刑事弁護

朝まで生テレビ裁判員制度特集の感想(少し)

 遅ればせながら感想を少し。

  パネリストはこちら→ http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/

  リアルタイムで見ようと仮眠していたら30分寝過ごしてしまい、あわてて録画した。

 リアルタイムで見ても、録画を見ても、論客揃いのとてもレベルの高い議論だったと思う。

 田原総一朗氏の言うように「国会議員にこの議論の録画を見てもらいたい」という内容だった。田原氏は、(わずか2ケ月で裁判員法を全会一致で可決した)「日本の政治家がいかにいいかげんだったかよく分かった」とも言っていたが、これも同感。

 本当はゴールデンタイムに放映してもらいたかった。何しろ来年5月21日以降はほとんどの国民が裁判員に選任される可能性があるのだから。そして、多大な負担を強いられるのだから。

 本気で裁判員制度を考えるなら、今の日本の刑事裁判に裁判員制度を導入すればどういうリスクがあるか、国会でも十分に議論し、マスコミ等を通じて国民にも情報を提供した上で、国民の採択を仰ぐべきだろう(姜 尚中氏の言っていたように選挙で国民の賛否を問うてもいいほどだ)。

 特に目新しい論点は出なかったが、議論を聞いていて反対意見の方が論理的かつ現実的と感じた。

 賛成派に、小池 振一郎弁護士(日弁連の裁判員制度実施本部委員)と伊藤 和子弁護士(「誤審を生まない裁判員制度への課題」著者)が参加されていたのは興味深かった。

 先日、私の所属している委員会が実施を予定している裁判員制度についてのアンケートの件で、裁判員制度を推進する立場の弁護士の方々との会談に参加したが、その方々の主張されるところは小池弁護士と伊藤弁護士の言われるところとほぼ同じだった。

 裁判員制度の導入に積極的な弁護士は、現在の刑事司法に絶望し、裁判員制度によって風穴が開けられることを望んでいるらしい。

 確かに現在の日本の刑事司法は多くの問題を抱えている。人質司法、代用監獄、検察による証拠の不開示、推定無罪の有名無実化など、多くの弁護士が長年その打開を悲願としてきた。しかし、一向にその打開が図られない現実に疲れ、一部の弁護士が陪審制の導入に一点突破を賭けた。

 ところが、反対派との妥協により陪審制ではなく裁判員制度という中途半端な多くの問題点を抱えた制度となってしまった。 

                 spade

 最近、栃木県弁護士会が新潟県弁護士会に続いて、裁判員制度の延期決議を成立させたが、延期理由の一つに次のようなものがある。

 広範な伝聞例外、人質司法、自白偏重体質を温存したまま裁判員制度を実施すれば、手続が拙速に流れ、被告人の防御権を損ない、誤判の可能性が高まる。

  週間法律新聞 6月27日 第1769号 論壇(栃木県弁護士会会員 山下雄大弁護士)より

 山下弁護士は、延期決議の実現に参画した動因として、模擬裁判で主任弁護人を務めたときの次のような経験を述べられている。

 模擬裁判では、裁判員は調書を読まないことが当然の前提とされ、調書の内容を切り張りしてまとめた上で要旨の告知をするなど、証拠裁判主義に悖(もと)る運用が、「裁判員に負担を掛けない」との号令のもとに行われた。この模擬裁判の経験こそが、決議実現に参画した動因である。

                   上記論壇より

 朝生で、江川紹子氏が「裁判員は簡単にできます、気軽にできます、などという広報をしないでほしい。」と言っていたが、本当にそうだ。

 実際の裁判の評議は、ワイドショーのコメンテーターが(マスコミが入手したごく一部の裁判資料を基に)いいかげんな意見を述べるのとは違う。

 膨大な証拠書類をコツコツと読み、たとえ取り調べの全面可視化が実現したとしても膨大なビデオをよく見、よく聞かなければならない(調書を読むよりも時間がかかるかもしれない)。

 また、遺体の写真や解剖記録も見なければならないかもしれない。裁判員には刺激が強すぎるとCG化なども提唱されているようであるが、生の写真を見るのとCGの画像を見るのとでは心証が違ってくる可能性もある。

 裁判員が裁判官と対等に証拠を検討し議論をするためには、こういう裁判資料を裁判員自らがコツコツと読み解くことが必要だ。

 そうでなければ、職業裁判官と対等に議論をすることなどできないだろう。これは一般社会においても、たとえば会社の会議で資料を読まずに議論に参加できないのと同じである。

 たった3日でこういうことができるのだろうか。

 裁判員制度の広報、日本のメディア環境、司法教育の不備、国民の7,8割が裁判員制度に乗り気でないこと、模擬裁判などでも負担を感じた裁判員参加者が多かったこと、などに鑑み、現状において国民にこういうことは期待できないと思う。

 ごく一部には熱心な裁判員もいるかもしれないし、職業裁判官には及びもつかない優れた能力を持つ裁判員もいるかもしれない。しかし、多くの裁判員は他に職業を持ち、あるいは家事を抱えているのであるから、こういうことを期待するのは酷というものだ。

 裁判員制度の導入によって、日本の刑事司法の抱える問題点が打開できるとはとても思えない。それは非常に楽天的な希望的観測にすぎず、むしろ新たに深刻な問題を生むだけだと思う。

 裁判員制度を推進する方々も、拙速な刑事裁判を望んでいるわけではなかろう。

 裁判員制度を導入すれば、本当に今の刑事司法が抱える問題点を打開できるのか、その勝算について、現実的な観点から今一度考え直して頂きたいものだ。

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「朝まで生テレビ」で裁判員制度を激論

 ボツネタとBarl-Karth弁護士からの情報で知りました。

テレビ朝日 6月27日(金)25:20~28:20
     (6月28日午前 1:20~ 4:20)

  激論!ど~する?ど~なる?裁判員制度(仮)

 Barl-Karth弁護士もご出演だそうです。

 しかし、深夜はきついなあ。私はたいてい金曜日の夜はぐったりなので、起きていられる自信がない。録画の準備をしておかないと。

 それにしても、最近になってマスコミが急に裁判員制度を取り上げるようになったのには驚く。

 裁判員法が成立する前に、もっと取り上げてくれていればもっとよかったが。

 でも今からでも遅くはない。

 来年5月21日の実施の前に、ぜひとも全面見直しをお願いしたい。

 弁護士会もサイサイ」※なんてやっている場合か。

 ※ 日弁連HP

  法務省も「サイバンインコ」※なんてやっている場合か。

 ※ 法相までサイバンインコに 着ぐるみで裁判員制度PR

          産経ニュース 2008.5.23 16:38

 こういうものにも、弁護士会の会費や国民の税金が使われているのかと思うと、脱力感を覚える。

              rain

追記:「光と影~光市母子殺害事件弁護団の300日~」は見逃しました。

知人からビデオを借りようか思案中。

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弁護士に対する裁判員制度についてのアンケートってそんなに問題なの?

 私の所属する司法問題についての調査・検討を目的とする委員会(司法問題対策委員会)で、愛知県弁護士会の会員を対象とする裁判員制度についてのアンケートを実施することが決まった。

 このアンケートを実施することについて、出席した委員の誰からも反対意見は出なかったし、(欠席しており)議事録の配布を受けた委員からも反対の意見は出なかった。

 委員会での議論は、アンケートを実施するか否かではなく、アンケート項目をどうするかという点に絞られた。

 私は弁護士向けのアンケートを起案したのははじめてではないが、一番苦労するのは、どうやったら多くの会員にアンケートに答えてもらえるかという点である。

 弁護士は日々ものすごい数の書類(事件関係のものだけでなく、裁判所や弁護士会からの連絡文書、広告等も多い)の配布を受けているし、いろいろな機関からいろいろな種類のアンケート用紙が送られてくる。

 それで、忙しいとアンケートの類はついつい机の上に積み上げたままにしてしまうのである(後で記入しようと思って積み上げているうちに、期限が過ぎていたなんてこともままある)。

 それを、負担感なく答えてもらうためには、質問を分かりやすくしたり、回答を選択すれば足りるようにしたり、いろいろな工夫が必要なのである。

 もちろん、どちらかの回答に誘導するようなものであってはならない。

 確かに私の所属している委員会の委員は裁判員制度に懐疑的な方ばかりである。しかし、裁判員制度について賛成か、反対か、そして実施を延期すべきか否かについて、できるだけ公平なアンケートになるよう項目を掲げ、自由記載もできるスペースもたくさん設けた。

 そして、多くの委員から貴重なご意見を頂き、A42枚程度にアンケート項目をまとめ、ようやく表現などを調整するだけにまでたどりついた。

 ところがである。

 突然、理事者からこのアンケートを実施することについて他の委員会から異議が出ているので協議してもらいたい、という申し出があった。

 そして、その2つの委員会の委員長名で会長宛(実質は司法問題対策委員会宛と思われるもの)に

 裁判員法に基づく裁判員制度は弁護士会の要求のすべてが採用されたものではなく、両委員会は同制度が完全なものであるとは考えておりません。また、会員の中にも様々な意見があり得ることは十分承知しております。

 しかしながら、制度の実施まで1年を切ったこの時期にあえて上記アンケート案のような内容の会員アンケートを行うことは、徒に同制度に対する会員の不信感を助長し、実施のための準備活動の妨げとなるのではないかと危惧を抱かざるを得ません。

 また、アンケート案の内容は、基本的に裁判員制度について賛成か、反対かを問うものとなっており、一般市民向けのアンケートであればともかく、法制度の運用、実践に携わることを職責とする弁護士向けのアンケートとして果たして適切なものと言えるのかと考えざるを得ません。

との記載がある要望書まで提出された。

 裁判員制度について会員の意見を調査するアンケートを企画しただけでこの始末である。

 新潟県弁護士会と栃木県弁護士会では、裁判員制度の抜本的見直しと実施の延期を求める総会決議まで出ているというのに・・・。

 この要望書を起案した人からみれば、アンケートを企画するだけでこの始末なのだから、弁護士が裁判員制度に反対するのは「法制度の運用、実践に携わる職責」に反する、ということになるんだろう。

 この対応には、大変驚くとともに、失望を感じた。

 弁護士会は、これまで幾多の法制度の策定や修正等について意見を述べてきたではないか。最近では貸金業規制法の改正(グレーゾーン廃止)にも貢献したはずである。「できてしまった法制度」に対してはたとえ憲法違反であってもただただ運用、実践に励むべきというのには納得がいかない。

 ・・・・・しかし、こういう圧力に負けていてはいけない。幸い委員長を初めとする委員全員がアンケート実施に前向きなので、このアンケートは実施することになるだろう。

 このアンケートの集計結果は定例となっている司法記者との懇談会で発表することも予定されている。

               Yajirobei_mini

 だいぶ前の記事だが、

 今週の本棚:大岡玲・評 『裁判員制度の正体』=西野喜一・著

       毎日新聞 2007年9月16日 東京朝刊

 裁判員制度ができてしまった経緯が分かりやすく述べられている。

 現行の司法制度が完全であるなどとは毛頭思わないが、まずやるべきは今の制度の欠点をすべて洗い出し、漸進的に改革することだろう。無謀な一足飛びで多大なリスクを負わされるのは、ご免こうむる。

 これは裁判員制度にかぎらず、司法改革全般にわたって言えることだと思う。

他の弁護士の関連記事:お茶の水山の上ホテルより(Barl-Karth弁護士)

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今枝弁護士のテレビ出演

 昨日の日曜日、今枝弁護士が「サンデージャポン」と「たかじんのそこまで言って委員会」に出演されていた。

 正直、失望した。

 一体どういうおつもりなのか、私には最後まで分からなかった。

 これが一般の方々に刑事弁護に対する理解を得るための活動なのか。

 どちらの番組でも出演者の一番の関心は、「どうして弁護人を解任されたのか」「弁護団と弁護方針について対立があったのか」という点だった。それはそうだろう。

 しかし、そんなことを今さらテレビ番組で公にしてどうしたいのか。

 今枝弁護士は「弁護団を責めるつもりはない」と言ってはいたが、結局、これら番組は、「今枝弁護士が正しい、弁護団が悪い」という方向に持っていっていた(特に「たかじんのそこまで言って委員会」)。

 「たかじんのそこまで言って委員会」は例の橋下弁護士の懲戒請求煽動発言を放映した番組である。この日もBPOの意見書を全く無視した番組づくりだった。

 そして、あのときの出演者もいたが、全く反省の弁はなかった。あれが正しい発言だったと今でも思っておられるのだろうか。

 こんな番組に出演しなくても、今枝弁護士が弁護団に対して言いたいことがあるのなら、直接弁護団に言えばいいことだ。

 ネット上で「ああいう弁護団に弁護を依頼した被告人も犠牲者だ」「今枝弁護士が弁護人だったら結果は違っていたかもしれない」などという意見も見るが、弁護人を選んだのは被告人である。弁護団は被告人と相談して弁護方針も決めており、もちろん今枝弁護士を解任したのも、今の弁護団に依頼を続けているのも、被告人の意思である。

 それを解任された弁護人が、現在の弁護人の非難に加担してどうしたいのか。ご本人にそのつもりはなくても、たかじんのそこまで言って委員会のような番組に出演すれば、そうなることは目にみえていただろう。

 最近、「今枝弁護士」の検索ワードで私のブログを見にこられる方が多い。

 その方々に言いたいが、私は今枝弁護士の今回のテレビ出演を擁護するつもりは全くない。

 このブログで今枝弁護士の発言を紹介させて頂いたのは、弁護団の記者会見の内容がきちんと報道されず、多くの誤解を生んでいたとき、その誤解を解くべく一つ一つ説明されていた態度に共感を抱いたからだ。

 しかし、今枝弁護士の今回のテレビでの発言に共感するところは一つもなかった。

 ただ、その涙に目を背けただけである。

             Leaf3

 今枝弁護士は当分テレビ出演を自粛されるそうだが、出演される前には刑事弁護の経験が豊富でマスコミ対策にも詳しい弁護士によく相談されてからにすることをお勧めしたい。  

他の弁護士の関連記事:今枝仁弁護士、サンドバッグになる(福岡若手弁護士のblog )

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光市母子殺害事件差戻審判決の日

 きょうは、光市母子殺害事件の差戻審判決の日だった。

 出勤前に朝のワイドショーを少しだけ見たが、キャスターやリポーターの発言は冷静で公平なものが多かった気がした。

 やはりBPOの意見書の効果があったのか。

 このBPOの意見書については、産経新聞の福富正大記者のこの記事がとても印象的だった。

    【野菊】お茶の間が裁判所

  同じくこの事件の報道に携わってきた者の一人として自分のことを棚にあげるわけではないのだが、確かに、この事件をめぐるテレビ、なかでもワイドショーやらトーク番組やらの放送内容には目を覆い、耳を塞(ふさ)ぎたくなるものがある。弁護側の主張をとりあげるのが相対的に少ないのはともかく、あまりに基本的な事実誤認が多すぎるのだ。典型的なのが「被告はままごと遊びの一環として被害児を床にたたきつけ殺害した」。法廷で取材していないのは言うまでもなく、検察側、弁護側双方の意見書や弁論にすら目を通していないのが明々白々なのである。

 そして「スタジオ裁判所」で、よってたかって検察官の役割を果たしているのが、コメンテーターと呼ばれる人たちである。それにしても、この人たちの無定見ぶりはなんとかならないものだろうか。もっとも、彼らもたかだかキャリア10年余りでコラムなぞ書き飛ばしている新聞記者に言われたくはないだろう。元読売新聞記者のジャーナリスト、本田靖春氏(2004年没、享年71)の慨嘆をひいておこう。

 《テレビを観(み)るとバカになる、というのは本当である。事実、私もかなりバカになった》(福富正大)

 この事件を取材してきた新聞記者からみても、この事件についてのテレビ報道は異常だったのかと少し安堵した。

 このBPOの意見書については、新聞社も社説等で取り上げており、特に4月20日の朝日新聞の社説は裁判員制度における裁判報道のあり方について鋭い問題提起をしていた。

    裁判番組―放送局は知識と冷静さを

 市民が参加する裁判員裁判が来年から始まる。これからは、報道に一層の冷静さが求められる。

 裁判員に予断を与えかねないから、報道を規制すべきだという議論がすでにある。これに対し、日本民間放送連盟などは、被告の主張に耳を傾けるなどの内容を盛り込んだ指針を作り、自由な報道を守ろうとしている。その精神からはずれた番組は規制の呼び水になる恐れがある。

 これは新聞を含む活字メディアにとっても切実な問題だ。

 番組を見る側も報道や情報を読み解く力を磨かなくてはなるまい。委員会が問題にしたような番組を支持する声もテレビ局に寄せられるという。だが、そうした番組がはびこり、放送への規制を招けば、知るべきことが伝わらない社会になりかねない。

 感情的な表現に陥らない冷静な番組こそが、視聴者の利益になり、自由な報道を続けられる道でもある。

 (おそらくこの事件の裁判報道を見てのことであろうが)最高裁参事官が公の場で懸念を表明したほどである。それに加えて、今回のBPOの意見書である。裁判員制度の実施に伴い報道規制がなされることについてマスコミも相当危機感を抱いているのだろう。

  過去の関連記事:ついに・・・マスコミの事件報道のあり方に最高裁参事官もクレーム

  判決についてはご存じのとおり。

 きょうは仕事が忙しくお昼のニュースをちらっと見ただけなので、具体的な判決理由はまだ知らない。

 ここ数日、私がこの事件について(主としてマスコミ報道や橋下弁護士による懲戒請求扇動について)過去に書いた記事へのアクセスが急に増えている。

 丁寧な事実認定がなされたのだろうか、鑑定書などはどう評価されたのかは弁護士としては気になるところではあるが、私はこの判決について意見を述べる記事を書くつもりはない。

 裁判資料を細かく分析しない限り、裁判所の事実認定の是非を語ることは難しいと思うからだ。それには、相当の時間と努力が必要だ。

 裁判員制度が実施されれば、こういう事件も裁判員の判断に委ねられることになる。

 いざ現実に人を裁くとなると、福富記者のいう「スタジオ裁判所」や「お茶の間裁判所」のようにはいかないだろう。

 裁判員制度の実施を目前にした日本に、いろいろな問題提起をした事件だったと思う。

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「それでもボクはやってない」をやっと見た。

 評判がいいので見なきゃと思っていて、映画館でもDVDでも見そこなっていた映画。土曜日にはじめてTV放映されたので、ようやく見る気になった。

 なかなか見る気になれなかったのは、弁護士の間で「リアルだ」と評判になっていたから。それで「これは楽しくない映画に違いない」と思っていたら、案の定楽しくない映画であった。

 非常に出来のいい大変面白い映画であることは確か。でも、救いがないなあ・・・・・。

  (いっそ伊丹十三監督のようにパロディ化して笑い飛ばしてくれた方が救われたかも。)

 この映画の評は、いろいろな方が書いておられるので、私などが今さらブログで書くまでもないのだが、ちょっとだけ感想を。

 裁判官、検察官、弁護士、警察官が実にリアルだ。弁護士からは、ほとんど文句が出ない映画だろう。裁判官(二人目の方)、捜査担当の副検事、警察官、看守の描き方から、裁判官、検察官、警察官ら(特に裁判官)は文句を言いたくなるかもしれないが。

 むしろ、役所広司の弁護士は立派すぎ。瀬戸朝香の弁護士は、イソ弁の新米弁護士の設定のようだが、迫力ありすぎ。あそこまでボス弁に自分の意見を言えるイソ弁というのは、今じゃ殆どいないでしょう。

 主人公は被告人としては運のいい方だと思う。

 よい弁護士にめぐりあい、信じてくれる母、友人に支えられ、同じ痴漢冤罪で苦しむ被告人(光石研)や市民グループの協力を得て、証拠のビデオまで作成してもらっている。ここまで闘える痴漢冤罪の被告人は現実には少ないだろう。

            heart

 それにしても、日本の法廷ドラマでここまで違和感のない作品ははじめて見た。

 もっとも、最初法廷の場面を見たときに、あれっ、検察官と弁護人の席が逆じゃん、と思ったのと、役所広司の法律事務所は、どうしてああもファイルが無造作に山積みになっているのか(今どきあそこまでの事務所はないでしょう)、なんていう疑問は感じたが。

 検察官と弁護人の席については、私の知っている名古屋の法廷では、傍聴人席から見て向かって左側が検察官席、右側が弁護人席である。大阪もそうらしい。

 坂和章平弁護士の映画評論それでもボクはやってない(日本映画・2006年)では、この検察官席と弁護人席の位置について詳しく説明されている。やっぱ、実際に弁護人になると法廷に入ってどちら側の席に座るかがまず最初の関心事なので、弁護士はこういうところが気になるのは同じらしい。

 この坂和弁護士の評論は実に面白い。さすが映画評論家と弁護士の2足のわらじを履いておられる方。この評論は多くの方にぜひ読んで頂きたい。

 私の感想も、この坂和弁護士が評論に書かれているのとほぼ同じ。

 特にごもっともと思ったのは、<弁護士費用(報酬)はあえて非公開・・・?><ここまでやってくれる弁護士は珍しい・・・?>の箇所。こういうところは弁護士ならではの感想だろう。

 主人公の母親(おそらく弁護士費用を負担したのはフリーターの主人公ではないだろうから)は一体いくらの弁護士費用を払ったのだろうとか、証拠のビデオの製作にどの位費用がかかったのだろうとか、気になる気になる。

            spade

 さて、そういう下世話な話は置いておいて・・・。 

 この映画はやっぱり見るべき映画であった。さすが周防監督作品である。               

 たとえば、最初に出てきて示談を勧める当番弁護士も、一方的に悪役にするのではなく、その背景が丁寧に描かれていた。

※ まさに、以前ご紹介した下記の上田國廣弁護士の嘆きのとおり。

 さらに、(被疑者・被告人の)自己決定権が必要・十分な条件で行使されたかも問題になるはずである。 

 捜査過程の人権抑圧的な構造、人質司法といわれる不正常な身体拘束の継続、無罪推定の形骸化と99.9%の有罪率。このような現在の刑事訴訟の条件を前提とする限り、弁護人が誠実義務の一環としての十分な説明をすればするだけ、自己防御権を徹底して行使しようとする依頼者は皆無に近くなる。

 弁護人が無罪になる可能性を誇張して説明しない限り、無罪を主張し争う依頼者は限りなく減少する。

 現に多くの依頼者が『執行猶予が付くのであれば』と言って、たとえ冤罪であっても、事実を認めている。

 (季刊刑事弁護NO22特集「刑事弁護の論理と倫理」「被疑者・被告人と弁護人の関係②」p33~)。太字・下線は私が付したもの。

 そのほかにも、最初に別の痴漢事件の真犯人(はじめは否認して言い逃れできないと分かるとあっさり謝る卑劣なヤツ)を登場させ、取り調べにあたる警察官の怒りや忙しさも表現するなど、一面的に描いていない。

 法廷の尋問の場面の脚本もすばらしい。

 坂和弁護士が<試写室では面白い試みを・・・><講義・講演に活用しなければ・・・>で提唱されているように、私も裁判員制度の実施の前に、最高裁判所や法務省や日弁連はやみくもに模擬裁判を繰り返すのではなく、また出来の悪い(しかし人気俳優を多数起用して金はかかっているであろう)映画やマンガを配布するのではなく、出来のいい法廷再現ドラマを製作して、多くの観客に見てもらい、有罪無罪や量刑判断についてアンケートを実施してみたらどうかと思った。また、試写会に裁判官が参加して説明した場合と裁判官の説明のなかった場合で結果が変わるのかなど、調査してみたらどうなのかとも思った。 

           diamond

 この映画を見て、職業裁判官にあきれ、「裁判員制度もいいかも」と思われた方もおられるかもしれない。しかし、痴漢裁判には裁判員制度は適用されないことをお忘れなく。裁判員制度が導入されるのは、なぜかこういう重大犯罪の裁判(裁判員制度の対象となる事件)だけなのだ。

 私もこういう市民にも身近に起こりうる(被害者となることも被疑者、被告人になることもありうる)犯罪について裁判員制度を導入するのはいいかもしれないと思っている。但し、まずは軽微な犯罪から試験的に導入すべきであるし、最低限被告人には職業裁判官による裁判と裁判員による裁判の選択権が与えられるべきだと思っている。

           bud      

 この映画について検索していたら、こんな面白い裁判傍聴のブログ(「気まぐれ写真日記」さん)を見つけた。

 それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その1それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その2それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その3それでもボクはやってない【横浜地裁】論告・弁論それでもボクはやってない【横浜地裁】判決

 この「ひろともさん」写真だけでなく手書きの絵もなかなか味があるなあ。しかし、この横浜の被告人も痴漢をやっていないのだったら(映画と違ってそこのところは傍聴人には分からない)、本当にお気の毒だ。ひろともさんが女性検察官の尋問に感じた怒りもよく理解できる。

 痴漢冤罪事件は既に社会的問題になっている。乗客自らが身を守るだけでなく(男性は満員電車に乗るときできるだけ女性の側には寄らないとか、後ろ向きになるとか、両手を上げるとかか)、鉄道会社も女性専用列車をもっと増やすとか(男性専用列車も必要かも)、工夫が必要だろう。

 ダイヤを改正して満員電車自体をなくしてくれるのが一番ありがたいことではあるが。

           club

参考: 

「それでもボクはやってない」の公式HPはこちら

映画批評家の前田有一氏の評論はこちら

例会報告・映画「それでもボクはやってない」を巡って(日本裁判官ネットワーク オピニオン) ※ 裁判官がこの映画をどう見ているか分かって面白い。

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橋下弁護士に対する懲戒請求のなぞが解けた!!

 最近また懲戒請求扇動関連の記事へのアクセスが多いと思ったら、こういうニュースが流れたためらしい。

   弁護士懲戒請求7倍、07年9585件・橋下氏の呼び掛け影響

                             (日経新聞)

 この記事については、町村教授がこういう記事を書いておられる。 

   Bar:橋下の弊害・懲戒事件が前年比7倍!(Matimulog)

      おー、辛辣!!

 橋下氏は、今でもこの結果について「自分の責任ではない」と考えておられるのだろうか。

 光市母子殺害事件の弁護団、弁護士会の懲戒請求担当の事務局、綱紀委員にかけた迷惑、それに橋下氏の言葉を信じて面倒な懲戒請求手続をした一般市民にかけた迷惑など、彼にとってどうでもいいことなのだろうか。

 最近は、橋下氏は懲戒請求扇動事件について全く触れなくなっている。

                 club           

 このブログのコメント欄で「Sezemonieさん」から

  376人の弁護士、市民が橋下徹弁護士を懲戒請求 元“親弁”の樺島弁護士が呼び掛け(浅野健一ゼミ)

 というHPをご紹介頂いた。

 このHPの記事の中に樺島正法弁護士の平成19年12月25日付「橋下徹弁護士に対する懲戒請求についてのコメント」が記載されている。

 私は、このコメントを読んでびっくりしてしまった。

 以前、このブログで

 今度は橋下弁護士が市民から懲戒請求される!?

 という記事を書いたが、こういうことだったのか。

※ この樺島弁護士のコメントは本当にご本人のものか、浅野健一教授が書かれていることは本当なのか、同弁護士の事務所に電話をして確認したところ、樺島弁護士ご本人から「間違いない」というお答えを頂いた。

 このHPの浅野教授の記事によれば、

 樺島氏は十二月二十五日、大阪司法記者会で記者会見して、懲戒請求と知事選挙は無関係であることを説明した。会見で発表したコメントは下記のとおり。
 樺島氏が懲戒請求の準備を始めたのは九月下旬で、十二月中旬ごろに懲戒請求するのは十一月の半ばに予定していた。橋下氏が知事選挙に出馬表明をしたのは、十二月十二日。樺島氏は「こちらの予定に橋下弁護士が何の予告もなく突然入り込んで来た、あるいは飛び込んできたというのが真実である。橋下氏が府知事選に出ることを見越して、九月当初から準備をしていたということはあり得ない」と強調した。

  実は光市弁護団の中道武美弁護士(安田好弘弁護士と同期)と橋本弁護士は共に樺島事務所で「イソ弁」だった。「兄弁」である中道氏を「弟弁」である橋下氏が不当にも懲戒請求を呼びかけたことについて、「親弁」の樺島氏が放置できないと考えて請求を行った。大阪の弁護士たちが請求に加わる動きもある。

 樺島氏は会見でこう述べた。「橋下氏は中道弁護士の所へ、光事件のことを聞きに行ったということもない。事件記録も見ていなかった。橋下弁護士は人権感覚をもって、もう一度、光市事件と弁護団の取り組みを、記録をよく読んで勉強し、再検討し、彼らの活動が、調べれば調べるほど、刑事弁護人として当然のことであり、しかも立派であることを理解し、テレビで彼らをあたかも国賊であるかのように宣伝した事を訂正し、反省すべきだ」

樺島氏の会見を報じたメディアは一つもなかった。

 ということである。 

 樺島弁護士のコメントにも、

 本件懲戒請求は、橋下弁護士が「知事選への出馬を表明した時期に懲戒請求した」のではありますが、上記に申しましたように12月17日頃に懲戒請求するのは元々、11月の半ばに予定していたことであります。橋下弁護士が大阪府知事選挙に出馬表明をされたのは、12月12日のことでありますから、こちらの予定に橋下弁護士が何の予告もなく突然入り込んで来た、あるいは飛び込んできたというのが真実であります。
 まさか、橋下弁護士が府知事選に出ることを見越して、9月当初から準備をしていたということはあり得ません。

 とある。

  とすれば、橋下弁護士に対する懲戒請求には何ら政治的な意図はなかったことになる。

 この樺島弁護士のコメントを報じたマスコミが一つもなかったのはなぜだろう。

 樺島弁護士は、橋下弁護士の親弁であった方である(もっとも橋下弁護士は9ケ月でイソ弁をやめたらしいが)。そして、光市母子殺害事件の弁護団の一人中道武美弁護士の親弁でもある(つまり、橋下弁護士は兄弁に対する懲戒請求を呼びかけたことになる)。

 また、本件とは関係ないが、以前紹介した元慶応大法科大学院教授植村栄治氏による新司法試験の「類題」指南問題で、植村元教授について国家公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで東京地検に告発状を提出し、法科大学院教授を考査委員からすべて除外することなどを求める上申書を長勢甚遠法相に提出した、あの神戸学院大法科大学院の樺島正法教授でもある(またか?!新司法試験の不正出題参照)。

 樺島弁護士は、週刊文春の2月28日号の「公約撤回 キレまくり 橋下知事はナニワにお似合い」という記事の最後で、

 そんな橋下氏へ一足先に三行半を突きつけた人物がいる。

「彼の本(『まっとう勝負!』小学館)を読むと『ウソつきは政治家と弁護士のはじまりなの』と書いてある。私はそのような教育をした覚えはない」

 と憤るのは橋下氏の見習い弁護士時代の恩師、樺島正法神戸学院大学法科大学院教授。   

 と紹介されている。

  同記事によれば、樺島弁護士は、

 昨年十二月、自ら請求人となり大阪弁護士会に「橋下弁護士」の懲戒請求の申し立てを行った。

「いまは三百七十六人の賛同を得ています。彼の人を扇動したり、騙すような行動を弁護士として許すことができなかった」(樺島氏)

 ということである。

                    spade 

 橋下氏がご自身の著書で「ウソつきは政治家と弁護士のはじまりなの」と書いていたなんて初めて知った。

  橋下氏は自らの未来を予言していたのか。

  そして、兄弁に対する懲戒請求の扇動によって、親弁から懲戒請求を受けるとは・・・・。

  なんという因果か。

  上記の町村教授のブログ記事と浅野教授のHP記事は、ぜひ多くの方に読んで頂きたい。

※ 但し、町村教授の「お○○な」タレント弁護士、浅野教授の「○○エ」のタレント弁護士という表現にはついていけない。大学の先生方の毒舌ぶりは弁護士の比ではない。

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「光市事件」報道を検証する会のHP紹介

 ちょっと前のことになるが、光市母子殺害事件のテレビ報道について、NHKと民放でつくる第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会が、「刑事裁判の弁護人の役割に対する無理解や誤解、一方的な見解の表明が見られる」として、小委員会を作って意見をまとめることを決めたそうである。

光市母子殺害事件報道で調査委=BPO検証委

 放送倫理・番組向上機構(BPO)放送倫理検証委員会(川端和治委員長)は11日、山口県光市の母子殺害事件の裁判報道で、一方的な弁護団批判や事実誤認、歪曲(わいきょく)があったと市民団体から指摘があった6放送局の18番組について、委員3人で組織する小委員会を設置し、調査に乗り出すことを決めた。
 また、香川県坂出市で起きた殺人事件では情報番組での不適切なコメントや取材方法について視聴者から多数の抗議が寄せられており、5月をめどに犯罪や裁判の報道についてシンポジウムを開き、制作現場に注意喚起する方針を決めた。

                    時事通信(2008/01/11-21:37)

  これについては、 Because It' s Thereさんが

「放送倫理・番組向上機構」(BPO)、光市事件裁判報道の調査を決定

 という記事で詳しく紹介されている。

 また、風の精ルーラの囲碁と法律雑記さんが、

    久々に光市事件のことを書きます。

 という記事で触れておられる(若者らしい正義感の感じられる文章だと思う)。

 上記2つの記事は、多くの方々にぜひお読み頂きたい。

 「「放送倫理・番組向上機構(略称=BPO、放送倫理機構)」の「08.01.07 放送倫理検証委員会、議事概要を更新」の、「第8回 2007年12月14日」議事概要には、

 「光市事件」の報道を検証する会から、「光市事件の差し戻し審報道では、あまりにも弁護団へのバッシングがひどく、事実関係についても間違いや歪曲がある。また、制作姿勢としての作為や、いわゆる演出過剰、再現映像でも事実に反した部分もあって非常に誤解を与えている。当該局には、質問書を出したが、いずれも門前払いのような回答で、真剣に考えてくれない。裁判員制度導入を間近に控えて、こういう裁判報道のありかたについて、6局18番組を取り上げて、委員会で検証して欲しい」と申し入れがあった。

 という記述があるが、

 このBPOに申立てをした「光市事件」報道を検証する会のHPでは、BPOへの申立書や添付資料も読むことができる。

 その中には、6局18番組(ニュース番組やワイドショーなど)のキャスターやコメンテーターの発言を一部反訳した資料(PDF)もある。 

 私は、例の「たかじんのそこまで言って委員会」しか見ていなかったのだが、それ以外にもこんなにたくさんの問題番組があったのかと驚いてしまった。

 BPOにはきちんと検証して頂きたい。そして、テレビ局は大いに反省し、報道機関としての良心を取り戻してもらいたいと思う。

             Xxx

 最近、こういう本が出版された(右サイドの「本の紹介」にも追加)。

      Photo   

   「光市事件報道を考える」現代人文社編集部

  「光市母子殺害事件」裁判が投げかけている問題について、論者がさまざまな角度から切り込む。被害者感情に傾いた世論や弁護団バッシングの中、もう一度、冷静な視点に立ち返る方向を提示している。

 逆風的な報道の中で刑事弁護がマスコミ対策や一般市民に理解を得ることを、被告人の正当な権利、利益よりも優先しなければならなくなる状況の危険性を指摘している。

   (2008年2月1日 週間法律新聞 新刊案内より)

 ちょっと時間ができたら読んでみようと思う。

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ブログを休んでしまいました。

  久しぶりに記事を書く。3週間近くブログを休んでしまった。

  仕事と私事で忙しく、おまけに風邪を引いたり歯痛で歯医者に通ったりという有様で、どうしてもブログを書く意欲が湧かなかったため。もともと余裕のあるときに不定期に記事を書く予定のブログなので、ちょくちょくお越し頂いた方には申し訳ないが、お許し下さい。

 私がブログを休んでいる間に、光市母子殺害事件の差戻審が結審し、東京弁護士会では弁護団に対する懲戒請求が却下された(東京弁護士会の「懲戒しない旨の決定」はこちらで読むことができる→http://www.toben.or.jp/whatsnew/webapp/whatsnew/detail/?id_whats_new=968)。そして、橋下弁護士が大阪府知事選に出馬するというニュースまで流れた(結局、橋下弁護士が出馬を断ったらしいが)。

 弁護団の最終弁論の内容はまだ読んでいないが、こういう状況下で弁護団はその職責をよく果たされたことと思う。

 橋下弁護士を府知事候補に推薦した自民党と公明党の方々は、橋下弁護士のブログを読まれたのだろうか。また、今回の懲戒請求煽動事件についてよくお調べになったのだろうか。橋下弁護士が出馬を断った真の理由は知らないが(懲戒請求煽動事件の民事裁判で忙しいから断ったという記事を読んだが、それは事実ではないだろう。裁判の方は代理人に依頼すればよいのだから。)、府知事候補にならなかったのはよい決断だ。もし候補者になっていたら、今度は「タレント弁護士」としてではなく「政治家」として大変な批判と反発を受けることになっただろうから。

                Hosikirakiraopt

 ところで、11月に、「あなたが光市母子殺害事件の弁護人だったら記者会見をしますか」というアンケートをやってみたが、その結果はこうだった。

    弁護団の記者会見がUPされています。

     記者会見をする・・・・・49票

     記者会見をしない・・・・88票

     分からない・・・・・・・・・14票

 圧倒的に「記者会見をしない」という方が多かった。

 このアンケートは、本当は法曹関係者とそうでない方とに分けてお聞きすればよかったかもしれない。

 私も、もしもこの事件の弁護人だったら記者会見をやらないだろうなと思う。

 今回の記者会見は綿井記者によってヤフーの動画でほぼノーカットで放映されたが、そうでなければテレビニュースで適当にカットされたものが放映されただけで終わっていた。いかにインターネットが普及しているといっても、ヤフーの動画を見ていないテレビ視聴者の方が圧倒的に多いだろう。

 それに、以前にも書いたが安田弁護士はあまり記者会見に向いている方ではないように思う。安田弁護士と足立弁護士の最初の記者会見は、へんな誤解を与えただけで終わってしまい、それが後々の弁護団に対する悪い印象に繋がってしまったように思う。

 ただ、「弁護団は死刑廃止運動のために事件を利用している」などというデマや「被告人はコスプレをしていた」などというデマは早い時期に払拭しておくべきだったろう。憶測が憶測を呼ぶというような悪循環を断ち切るためには、守秘義務に反しない限りで正確な情報を提供することが必要だったろうが、今回はそれをマスコミに期待することはできなかった。

 光市母子殺害事件のマスコミ報道には本当に驚かされたが、先日、私の所属する弁護士会の理事者が会員に配る理事者ニュースに、司法記者との懇談会の際にこの事件の報道が話題になったことが触れられていた。

 光市母子殺害事件弁護団の話題が出ました。名古屋にも弁護団員がおり、記者は彼らなりに取材し、弁護団の立場は理解してくれていますが、記事にしても世間の風当たりを考慮するデスクに取り上げられない等の悩みがあるようです。

 やはりこういう事情があったようだ。

 懲戒請求煽動事件が話題になった頃、私のブログや他の方々のブログや掲示板に「司法記者」と名乗る方から同様の趣旨の投稿があったが、あれは本当に司法記者からの投稿だったのかもしれない。

 マスコミが「世間の風当たり」を気にして真実を取り上げないのだとしたら、恐ろしいことだ。

                Xxx

 世間の注目を集めるような刑事事件の弁護人は、一体どうしたらいいのだろう。

 記者会見は、一部しか放映されない、会見のうまいへたで印象が変わってしまう、などの危険がある。

 それなら、ホームページを立ち上げ、公開してもよい情報だけを掲載し、それを記者らに知らせるだけでいいのではないのか。最近芸能人がよくやっているように。テレビで公開するのはよくて、インターネットではダメという理由はないだろう。

 きょうは例の「たかじんのそこまで言って委員会」があり、私は終盤部分のみを見た。

 橋下弁護士が宮崎哲弥氏から懲戒請求の却下について感想を聞かれていたが、橋下弁護士は「それはそれで仕方がない」とかなんとか答えていた(正直、あまり興味がなかったので聞き流してしまったが、あいかわらず「弁護士の品位」は誰が判断するのかなどと言っていたような)。

 宮崎氏は「自分は弁護団の意見書などを入手できる立場にあるが、一般の方々は判断の資料となる情報をどこで得たらいいのか」「ホームページで公開したら」などと意見を述べていた(メモを取っていないので正確ではない)。

 確かに橋下弁護士の発言を契機に懲戒請求をされた方の多くが弁護団の主張について十分な情報を得ていなかったであろう。誤解ゆえの懲戒請求も多かったことだろう。

 裁判員制度が実施されたとき、弁護人のマスコミ対策はますます重要になってくることが予想される。

 裁判員制度の実施を目前に大きな問題提起をした裁判として、これからも光市母子殺害事件の裁判に注目していきたい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 仕事が一段落したらまた記事を書きたいと思いますが、12月中にまた書けるかどうかは分かりません。毎年12月になると思うのですが、もう1カ月ほしい・・・。 

      Sikuramen_2

 ベランダのシクラメンの寄せ植え(私が植えました)。最近購入したデジカメで撮影。

 今までは携帯で撮影していたのですが、来年はデジカメでもっときれいな写真をUPしたいと思っています。

 

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相棒「複眼の法廷」を見て・・・裁判員制度に反対の裁判官登場

 いよいよ刑事ドラマでも裁判員制度が取り上げられるようになった。

 この「相棒」シリーズは、(おそらくシャーロック・ホームズを意識した)推理ドラマとして結構おもしろいので、時々見ている。日本の刑事ドラマに多い「人情物」ではなく、(ホームズ役の)変わり者杉下右京刑事(水谷豊)が(ワトソン役の)少々粗暴な亀山薫刑事(寺脇康文)とコンビを組んで、ちょっとした事象や会話から論理的に推理をし真相にたどりつくという設定で、地味ながらシリーズ化や映画化もされ、結構人気があるようだ。

 (ちなみに、このドラマ、こんなにヒットするとはだれも思わなかった刑事ドラマ(日刊ゲンダイ)なのだそうだ。ほめているんだか、けなしているんだか。)

 今回はその第6シリーズ開始の2時間ドラマ。

 警察官殺害事件の裁判に裁判員制度が試験的に導入されるという設定。

  ストーリーはこちらで→http://www.tv-asahi.co.jp/aibou/

※ ネタバレがあります。以下は、これから録画や再放送でこの番組を見ようという方は読まないほうがいいでしょう。→の右の青字は私の感想や疑問

※ ちょっと長くなってしまいました。お暇なときにお読み下さい。

★ マスコミは裁判員制度がはじめて試験的に導入される事件として大騒ぎ→実際に裁判員制度導入第1号の事件では、こんなかなあ。これじゃ、裁判員は裁判所に入るのも出るのも大変でしょう。裁判所は誰にも知られない秘密の出入り口を作っておかなければ。地方の小さな裁判所だったらどうするの?

★ そんな中、なんと裁判員の一人が変死をしてしまう。事故か殺人か。裁判員ゆえに殺害されたのではないかと疑われる。他の裁判員は怖がって全員裁判員を辞退してしまう。→そりゃ怖いでしょう。でも、裁判員が一人欠けても、補充裁判員がいるはずでは。他の裁判員は「怖いから」という理由で途中で辞退が許されるの?と思っていたら、こういうニュースが・・・。

<裁判員制度>「思想信条に反してまで」と反発も

  毎日新聞 2007年10月24日 21時40分

 どんな場合に裁判員を辞退できるかを定める政令案が24日公表された。ポイントは「思想信条を理由とする辞退」を明記せず、「自己または第三者に身体上、精神上、経済上の重大な不利益が生じると認められる場合」という抽象的な規定を盛り込んだことだ。裁判員を広く集める立場から政令案を評価する意見が出る一方、裁判員制度反対派は「思想信条に反してまで参加させられるのか」と反発している。

  「精神上、身体上、重大な不利益が生じると認められる場合」ということなので、もしかしたら「一緒に評議していた裁判員が殺されたかもしれないので怖い」というのも「精神的ないしは肉体的に重大な障害が生じる」と認められて気の弱い人の場合辞退の理由になるのかもしれない。しかし、全員辞退させてもらえるのかは疑問。

★ 裁判員の警備のために右京と亀山が選任される。2人は評議室の中にも入って警備する。しかも、評議にまで口を出す。→警備のためとはいえ警察官が評議に立ち会うのって許されるのか?。それにしても評議室が広くて立派すぎ。裁判官だけ別の机で、裁判員らと距離が離れすぎ(ちなみに、日弁連発行のマンガ本では裁判官も裁判員も同じ丸テーブルを囲んでいる)。

★ 「殺された被害者がたとえ一人でも死刑を求めるのが被害者遺族の当然の感情」と主張する倉品裁判員。裁判官は判例を説明し、「たとえ事故で家族が死亡しても遺族の悲しみは同じ。事故を起こした人間にも死刑を求めるのか。裁判は被害者遺族の復讐の場ではない。」とたしなめる。→どこかの事件を題材にしているのかも。しかし、ここまで被害者遺族と同化して感情的な裁判員に対して事前の面接審査の際に弁護人が不選任の請求をしなかったのだろうか。あるいは裁判官が不選任としなかったのだろうか。

★ 否認事件で「必要なら評議時間を延ばすことも可能」という裁判官に「これ以上拘束されるのは困る」と有罪を前提に量刑の評議を進めようとする裁判員→いきなり殺人の否認事件の評議をせよと言われて困るのは当然だろう。仕事や家事で忙しい裁判員が評議をあせるのも分かる。しかし、有罪、無罪の評議がまだなのに、いきなり有罪前提で量刑を考えようというのはいけません。

★ 「被告人の報復が怖い」という裁判員、警備がついているという裁判官に「裁判が終わっても護ってくれるのか」と詰め寄る裁判員ごもっとも

★ 評議の内容が裁判員から漏れる。情報を漏らした裁判員の目的は「世論の喚起による判決の操作」?登場人物が「裁判員は所詮素人、マスコミ報道に左右されるなという方が土台無理かもしれません。」と述べる。→マスコミ報道の影響について、よく分かっておられますね。ドラマの中の架空の人物の発言とはいえ、TVでこういう発言を聞くと思いませんでした。ワイドショーの実在の有識者のコメンテーターからは絶対に聞けない発言でしょうね。

★ 三雲裁判官、群がるマスコミ関係者に怒り「テレビの向こうから事件をながめて懲役何年だ、死刑だというのと、法廷で生身の被告人を見て法的拘束力のある刑を言い渡すのでは雲泥の差があります。テレビをご覧の方はどうぞそれを想像して下さい。そして、自分が裁判員になった場合の責任を感じて下さい。」→実際に事件を担当する裁判官がこのようなことをマスコミに言うとは思えない。この発言、なんか脚本家の念頭には光市母子殺害事件があるように思えるのは私だけ?

★ ホテルに缶詰にされている裁判員らは、TVのニュースやワイドショーを熱心に見ている。それを「皆さん、このような番組はできるだけ見ないように言われているはずじゃありませんか。」とたしなめる右京に、「気になるのよ、当然でしょ。」「こういう報道ってプレッシャー。」「(厳しい量刑を求めるマスコミ報道に)このまま懲役18年にしたら袋だたきにあいそう。」と心配する裁判員ら。亀山は「皆さんが裁判員だったことは秘密にされるはずですから。」と諭すが、「そんなこと言ったって、法廷で顔を見られているしね。」「こん中の誰かが裏切らないとも限らないしね。」と心配する裁判員。→裁判員の方々のご心配はごもっとも。それに、ホテルに何日も軟禁されていたら、TV位見たいでしょ。自分たちが裁判員をしている事件についてのマスコミ報道が気になるのも分かるし。

★ 被告人を挑発するような詰問調の質問をする倉品裁判員。感情を爆発させる被告人。被告人を責める発言をひかえるようたしなめる裁判官。→裁判員が検察官になっている。このように感情的になって被告人を責め立てる質問をする裁判員も出てくるかもしれない。

★ 量刑の評議になっても、マスコミが懲役18年では軽いと騒ぎ立てていることから、「それが世間一般の感情なのかなと思うから、懲役20年」と主張する裁判員も出てくる。→これもあり得ることではないか。

★ 量刑について裁判官の意見を聞こうとする裁判員に対して、裁判官が「われわれは皆さんの後に。」と答える。→裁判官が先に意見を述べなかったのは立派。先日の中部弁護士連合会のシンポでは、裁判官役の弁護士が裁判員役の一般の方々と一緒に模擬裁判を実施し、裁判官が積極的に意見を述べて誘導したところ、一般の方々の裁判員はその誘導どおりの評決をしたという。この結果を受けて、この大会では裁判官は裁判員より先に意見を述べてはならず、裁判長は最後に意見を述べることや、裁判官は議論の初めに各裁判員が意見を述べる段階で、それに反論してはならない。」などの評議のルール作りを訴える宣言が可決されている。しかし、そんなルール作りをしなければ真っ当な評議が期待できないのなら、裁判員制度自体を諦めるべきだろうに。

★ 「死刑、死刑」と繰り返す倉品裁判員に「あなたは簡単に死刑という言葉を口にします。しかし、あなたは被告人に死刑を言い渡す裁判官の苦さを知らない。裁判官はその苦さを一生背負い生きていかなければなりません。それが裁判官の責任だからです。その覚悟があって死刑と言っていたのですか。」という三雲裁判官。右京は三雲裁判官に「死刑を言い渡す苦さとおっしゃいましたが、裁判員もそれを一生背負うべきでしょうか。」と尋ねると、三雲裁判官は「それが人が人を裁くということです。」と答える。亀山が「それだと死刑を下す裁判員がいなくなるんじゃないですかね。」と言うと、「それなら裁判員などすべきではない。」「人を裁くなら覚悟すべきです。事件関係者からどれほど恨まれようと、たとえ悪夢にうなされようとも。裁判官はそんな夜との闘いです。」と述べる三雲裁判官。→三雲裁判官は「死刑を言い渡す苦さを一生背負う覚悟がないなら裁判員になるべきではない」とおっしゃるが、裁判員は「死刑を下すだけの覚悟がない、人を裁くということをしたくはない」という理由で裁判員を辞退できない。前記のように「思想・信条に反する」というだけでは辞退理由にはならない。裁判官に事前の面接審査の際に不選任としてもらうしかない。

 このくだりで、袴田事件の熊本典道裁判官を思い出した。熊本裁判官は袴田氏に死刑判決を書いた後、裁判官を辞職したが、自責の念から酒に溺れ家庭も失ったそうだ。

関連記事:裁判官の良心、裁判員の良心刑事裁判官の苦悩

★ 警察官による自白の強要、証拠の捏造を裁判官も裁判員も見抜くことができず、あわや冤罪の判決が下される直前、右京と亀山の活躍で警察官殺害事件も裁判員変死事件も真犯人が見つかる。警察官殺害事件の方は刑事ドラマによくある展開だが、裁判員変死事件の方はなんと新聞記者が裁判員にしつこい取材をしてもみ合っているうちに裁判員が転倒して死亡してしまったという展開。→この展開はドラマだから極端だが、注目の刑事裁判の場合、マスコミ関係者が裁判員に対する取材を本当に自粛できるだろうか。

★ 最悪の結末を迎えた裁判員制度の試験導入。三雲裁判官は「裁判員を裁判に参加させるには準備不足だと私は考えますが。」と述べると、法務省関係者は「法務省に一歩踏み出した足を止めろと。」と色めき立つが、三雲裁判官は「それが今後の司法のためだと私は考えます。」と言い放つ。→こういうことを法務省に言える「一裁判官」って本当にいるのだろうか。最高裁は、いまや各種メディアを使い、膨大な国費を使って、裁判員制度の広報に血道を上げている(仲間由紀恵の特大ポスターに続いて、先頃上戸彩を使った新聞広告まで出した)。裁判員制度に批判的な裁判官はたくさんいるだろうが、表だっては発言しにくい状況だろう。脚本家はそのことを承知の上でドラマの中に「三雲裁判官」のような裁判官を登場させたのかもしれない。 

★ ところが、その三雲裁判官にも裏が・・・。このドラマ、警察官、裁判官、裁判員、新聞記者、それぞれがスネに傷を持っていたという展開→弁護人が出てこなくてよかった・・・。

 最後の右京と三雲裁判官の対決。

三雲裁判官「今回の裁判も警察が捏造した証拠のせいで私は冤罪を作りそうになった。そんな冤罪が今後はきっと増えますよ。」「今まではプロの裁判官が長時間かけて膨大な資料を読み解き、判決を下していた。」

右京「それでも冤罪は起きていましたが。」

三雲裁判官「にもかかわらず、それをこれからは素人が短期間でやろうとしている。」

右京「裁判の長期化を避けるために、裁判員制度が導入されたはずではないでしょうか。」

三雲裁判官「そうして、裁判を短くして素人を参加させた結果、死刑を言い渡した人が冤罪だったらどうします。」

右京「現実に死刑被告人の再審無罪は何度かありますね。」

三雲裁判官「それが何十年も刑務所に入れた後に、いや、刑を執行した後に分かったら、あなたは責任が取れますか。あなたも。」

右京「僕は警察の人間として冤罪を作った場合の責任は背負っていく覚悟はできているつもりです。」

三雲裁判官「なるほど、あなたならそうかもしれない。しかし、そこまでの覚悟ができる裁判員は果たしているでしょうか。」

 →冤罪で処罰されないのは被告人の権利である。もし、冤罪を避けるために裁判員制度を導入するのであれば、被告人に(アメリカの陪審制のように)裁判官による裁判と裁判員による裁判を選択する権利を与えるべきだろう。

  裁判の長期化を避けるために裁判員制度が導入されたわけではない。裁判官による裁判でも長期化を回避するための方策を取り入れるのは可能であったはずだ。むしろ、裁判員制度を実施するために(裁判員を長期にわたって拘束しないために)裁判をとにかく短かくしてしまおうというのが実体である。

 右京「では、倉品裁判員のことはどう思われますか。」

 三雲裁判官「どうとは。」

 右京「彼女の言葉はそのまま被害者遺族の言葉でした。」

 三雲裁判官「被害者感情に偏れば、裁判は復讐の場になってしまいます。」

 右京「一方そのように一般の方の感情を無視してきたからこそ、裁判員制度が導入されることになったのだと思いますが。」

 三雲裁判官「どうやら、あなたとは永久に分かりあえそうもないですね。あなたとも。」

 →裁判官による裁判が「被害者遺族や一般の方の感情を無視してきた」から、被害者遺族や一般の方からの声を受けて、裁判員制度が導入されることになったのではない。

 裁判員制度の導入が国民の声によるものではないことは、各種アンケートで明らかになっている。タウンミーティングでヤラセがあったことも発覚している。

 裁判員制度ができた経緯については、ぜひ「裁判員制度の正体」(西野喜一著、講談社現代新書発行)の「第2章 裁判員制度はどのようにしてできたのか」をお読み頂きたい。

 内閣直属の審議会である司法制度改革審議会という組織の中で、「司法への国民参加」というテーマのもと、何ら現行の刑事裁判の問題点とその対策を議論することなく、陪審制を導入すればわが国の刑事裁判はよくなるはずだという強い思い込みのある陪審制導入論者と、英米の陪審制には誤判が多いから危険だと主張する反対論者との妥協の産物として生まれたのが裁判員制度である。

 国民のあいだから、「刑事裁判に国民を参加させるべきだ」という声が挙がったために、裁判員制度が議論され、採用されたのではないのである。

 どうやら右京には、この点における決定的な誤解があるようだ。

★ 事件を振り返る右京と亀山。「これも産みの苦しみなんですかね。」という亀山。「人が人を裁く。これまで限られた人間に委ねられていたことを普通の人々が参加するようになるのですからね。しかし、その可能性を信じてもいいと思いますよ。」と右京。・・・「裁判員制度は2009年5月までに実施予定です。」という字幕→なんだ、結局、裁判員制度の広報?。残念。

 右京と亀山にはぜひ前記「裁判員制度の正体」の「第3章 無用な制度ー誰も求めていないのに」「第5章 粗雑な制度ー粗雑司法の発想」を読んで頂きたい。

 ちょっとだけ引用させて頂く。

 「信念の危うさ」  同書71頁~ より、

  そのうえ、世論調査によれば、裁判員をやりたくないという人の割合が過半数を大きく超えています。このことは国民のあいだから抽選で無理やり裁判員をかき集めても、やりたくなくて、しぶしぶ出て来る人が大部分だということを意味しています。

 それでもこの裁判員制度を実施しなければならない必要性、仕方なくしぶしぶ出てきた人たちに被告人の運命を決めさせなければならないという必然性はどこにあるのでしょうか。そしてそれを強行した場合、いったいどんな裁判になるのでしょうか。

 「被告人の運命はくじで決まる」 同書97頁~ より、

  裁判員制度により刑事裁判が今よりも粗雑なものになりそうだ、との文章に続いて

  その理由はいくつも考えられますが、まず裁判員を抽選で選ぶことが挙げられるでしょう。抽選ではいったいどんな人が選ばれることになるのでしょうか。一方では、並みの裁判官ではかなわないほどの立派で有能な人がいる可能性もありますが、他方では、こんな人に裁判をやらせて大丈夫だろうかと思われるような人も必ず出てきます。

 抽選である以上、いちじるしく能力の劣る人や、ひどくマナーの悪い人が混じってくる可能性は避けられません。外国で現実にあったように、朝から酒の臭いをさせて来るような人は絶対にいないと断言できるでしょうか。まして裁判員の資格要件は義務教育終了ということだけなのです。

 およそ世のなかでくじで決めてよいのは、結果がどちらに転んでもかまわないというものだけです。たとえば会社でも役所でも個人の営業でも、人を雇用するのに応募者のなかからくじで決めようなどということは、いったいどんな人が選ばれることになるのか、恐ろしくて誰もできないでしょう。しかし、そうやって被告人の運命を決めようというのがこの裁判員制度なのです。審議会も裁判員法も、所詮被告人の運命などはどう転んでもよいのだと思っているのかもしれません。

 裁判官にもいろいろな人がいる。裁判官による裁判にも誤判はあり、完璧な制度というわけではない。

 しかし、裁判員による裁判なら、裁判官による裁判よりも信用できるのか。

 くじ引きで選ばれる裁判員が皆「健全な社会常識」の持ち主であるとは限らない。しかも、裁判員は、アメリカの陪審員のように12人ではなく、たった6人なのである。人数が少ないだけ1人1人の票の重みも増す。しかも、アンケートの結果からすると、裁判員の多くがおそらくしぶしぶ裁判員になっているのである。そんな裁