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ねこちか2

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刑事弁護

2011年7月15日 (金)

橋下懲戒扇動事件の最高裁判決

 きょうは、最高裁の判決の日だったんですね。すっかり忘れていました。

 ブログのアクセス分析を見て、はじめて知りました。

 最高裁判決はこちら(裁判所HP)→

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110715165447.pdf

 うーん。

 細かく分析する時間はなかったのですが、簡単にまとめると、

 橋下氏の発言は軽率で不適切な点はあるが違法とまではいえない(表現の自由の範囲内)

 弁護人の負担は確かにあったが、著名事件の弁護人としては受忍すべき範囲内

 ということらしい。

・・・・・私の感想を一言だけ。

 これじゃ、こういう刑事事件の弁護人をやる弁護士はますますいなくなるでしょう!

 なにせ、あれを受忍せよというのだから。

 

2011年3月12日 (土)

映画「BOX 袴田事件 命とは」を見て

 きょうは、午前中、事務所で依頼者と打ち合わせをし、午後からは愛知県弁護士会主催の

  映画「BOX 袴田事件命とは」で死刑と冤罪を考える

 に参加した。

  「死刑を考える日」というのが弁護士会のテーマだったらしい。

 でも、この映画は、「死刑制度」を考えさせるものというよりも、むしろ、「取り調べの全面可視化」と「裁判員制度」を考えさせるもの、だったように思う。

 映画の中の袴田氏に対する警察官と検察官の肉体的・精神的な暴力はすさまじいものだった。

 そして、熊本裁判官の苦悩も、相当リアルに描かれていた。

 高橋監督の意図も裁判員制度を考えさせるものだったように思う。

 過去の私の関連記事:

 映画「BOX  袴田事件 命とは」 高橋伴明監督インタビュー のご紹介

                  libra

 どう考えても、この映画を上映するのであれば、「裁判員制度を考える日」という副題をつけるべきでしょう。

 しかし、弁護士会主催の催しとしては、「裁判員制度」反対の立場から迫るのは無理だったんでしょうね。

 でも、高橋監督も熊本元裁判官も、どちらも裁判員制度反対の立場を明かにしておられるのですが。

 映画の上映の後、会場から「熊本裁判官は裁判官だから守秘義務がないので死刑判決に反対だったことを暴露できたが、裁判員には守秘義務があるから暴露できない。裁判員の守秘義務を撤廃する動きはないのか。」という質問があった。

 やはり、熊本元裁判官の苦悩を映画によってリアルに感じれば感じるほど、裁判員になったとき自分だったらどうしよう、と思うのが自然だろう。

 これに対して、主催者側から「日弁連も守秘義務撤廃を訴える活動をしている」という回答があった。

 しかし、裁判員制度を廃止して国民の負担を除く活動こそしてほしい。

                   libra

 余談だが、映画としての出来を言わせていただくと、☆3つというところか。

 熊本元裁判官と袴田氏とのイメージシーンがちょっと冗長すぎた気がする。

 こういう映画は、やはり事実をリアルに淡々と描いた方が、胸に迫るものがあるように思う。

                   libra

  映画の後、弁護団の角替清美弁護士から袴田事件の説明があり、袴田氏の姉の袴田ひで子氏から家族の心情などが語られた。

 袴田事件は、冤罪の極めて高い事件だと思う。

 初期捜査も杜撰で、証拠の捏造も疑われるひどい事件である。

 一刻も早く再審が開始されることを願います。

2010年6月17日 (木)

熊本典道元裁判官についての中日新聞の記事

  中日新聞(静岡)のこんな記事を見つけた。

 裁く重み 人生翻弄 袴田事件裁判官・熊本さんの半生

 酒におぼれ 生活保護、自殺も  2010年6月2日

 壮絶な半生だ。

 「弱い人」という評価もあるかもしれないが、「無神経な人」だったらこうはならなかっただろう。エリート裁判官として順風満帆な人生を送ることもできたはずだ。

 人間誠実であろうとすると、時に残酷な結果をもたらす。

 熊本元裁判官は、裁判官として仕事に誠実であるためにはどうすればよかったのだろうか。判決を書く前に辞職すればよかったのか。

 辞職しても、後任の裁判官が加わって、結局は有罪判決が下されただろう。しかし、熊本元裁判官の良心はそれで救われたかもしれない。

 袴田さんも、熊本さんも、事件の犠牲者だ。

 裁判員制度がこのまま続けば、裁判員の中にも第二の熊本さんが生まれるかもしれない。

2010年6月11日 (金)

映画「BOX  袴田事件 命とは」 高橋伴明監督インタビュー のご紹介

 今この時期にこういう映画を作った監督の着眼点がすごい。

  映画「BOX  袴田事件 命とは」公式サイト→http://www.box-hakamadacase.com/

 高橋伴明監督は、裁判員制度に反対なのだそうだ。

 『BOX 袴田事件 命とは』高橋伴明監督インタビュー

  RL「裁判員制度に関する監督の考えをお聞かせください」

 TB「正直なところ、非常に問題がある制度だと思っています。用意された限定の証拠を見せられて、あのような短い時間の中で裁判に関して見識のない素人が、職業裁判官でも間違うことがある判断をどうして出来るでしょうか。法務省や裁判所は、国民に裁判にもっと関心を持ってもらうようにと考えていますが、裁判員の守秘義務には矛盾を感じざるを得ません。裁判員が判断に至るまでの心情や苦労を伝えない限り、国民は理解できないと思います」

 RL「そうしますと、監督はこの裁判員制度には反対の立場であると断言されますね」

 TB「反対です。出来ることなら、廃止を望みます。それより私は、この国の裁判官をもっと増やすことを望んでいます」

 一般市民が「用意された限定の証拠を見せられて、あのような短い時間の中で」は判断できないだろうというご意見は、もっともである。

 熊本典道元裁判官も裁判員制度に反対である。高橋監督は熊本元裁判官とも話し合ったそうだから、当然裁判員制度についても話が及んだことだろう。

 「裁判官は間違える」=「一般市民は間違えない」 にはならないのである。

 そして、もし間違えてしまった場合の代償は(裁判官であろうと一般市民であろうと)ものすごく大きいのである。

 私はまだこの映画を見ていないが、時間を見つけて見に行きたいと思う。

 過去の私の関連記事:

 裁判官の良心、裁判員の良心

 刑事裁判官の苦悩

  相棒「複眼の法廷」を見て・・・裁判員制度に反対の裁判官登場

 裁判員の良心

 熊田典道元裁判官のブログ:裁判官の良心

  

2010年4月28日 (水)

結局、裁判員裁判の対象となってしまったのか・・・。

 警察が配慮で立件見送り、地検は強姦致傷起訴 (2010年4月27日23時34分  読売新聞)

地検は「法と証拠に基づき、適正に起訴した。プライバシーには配慮する」としたものの、裁判員裁判になることについて女性が納得しているかは、説明しなかった。
 地検の立場としてはそうでしょう。

  しかし、被害者の女性の立場としてはどうなのか?

 「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上」のために、最も知られたくないプライバシーが、どこの誰かも分からない人たちの眼にさらされることに納得できるのだろうか?

 女性の場合、相手が専門家(典型的なのが産婦人科医)だと思うから我慢できることも多いのです。

 それが、将来どこかの街角で顔を合わせるかもしれない、ひょっとしたら直接間接に何らかの人間関係を持つかもしれないような人たちに、自分の最も知られたくない秘密を知られるのですよ!

 「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上」のためだから我慢しなさい!ということですか?

 裁判員裁判を考えつかれた方々には、こういう想像力が欠如していたとしか思えない。

参考:裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条

 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。

2010年3月23日 (火)

裁判員制度の欠席者に過料が科されることはあるのだろうか?

 先日、裁判所職員による川柳や狂歌をご紹介したが、その中に過料についての狂歌もあった。

 欠席者の増加に伴い、いよいよ過料を科すことも検討されているのだろうかと思っていたら、こういう新聞記事があった。

 裁判員手続き出席率が低下 県内裁判、3件目は10人欠席  徳島新聞 2010/3/17 15:22   

 欠席者への過料は裁判員法112条で規定。「審理を担当する裁判体が正当な理由の有無を確認して過料を科すかどうか判断する」としており、制裁の決定は事実上、職業裁判官の裁量に委ねられている。

 地裁は「裁判体が判断するために欠席理由を調査しているかどうかや、出席率低下への対策などについては答えられない」とする。ただ、実際に過料は科しておらず、欠席理由の調査は行っていないもようだ。最高裁によると、全国の地裁の対応も同じで、これまでに欠席者に制裁を加えたケースはないという。

 裁判所にとって、欠席に「正当な理由」があるかどうか調査して判断する労力たるや大変なものだろう。ただでさえ、裁判員裁判によって裁判官、書記官、事務官の負担は増えたのであるし。

 しかも、仮に裁判所が正当な理由のない欠席と判断して過料を科したとしたら、もともと裁判員制度は国民の要望によって導入されたものではないから、国民の不満が爆発する可能性もある。ただし、「国民の義務」と思い忙しい中時間を工面して出席した人からすれば、正当な理由なく欠席した人は腹立たしいであろうから、このような不公平感をどうするかも問題だ。

  元判事の西野喜一新潟大学法科大学院教授は「出席率の低下は当然」とみる。理由に<1>裁判員制度そのものに無理がある<2>もの珍しさが薄れてきた<3>簡単な事件ばかりでなく、大変な負担を伴う事件も審理することが理解されてきた-などを挙げる。

 過料は刑事罰でないため時効がなく、さかのぼって欠席者に制裁を加えることも可能。ただ、西野教授は「過料決定という制裁で脅さないと、国民が制度に参加しないのを裁判所が認めたことになる」と指摘。「今のところ必要な候補者数は出席しており、裁判所としては過料を科すのは避けたいところだろう」との見解を示した。

 西野教授のご意見はごもっともである。

 確かに「今のところ必要な候補者数は出席しており、裁判所としては過料を科すのは避けたいところだろう」というのが裁判所の本音だろう。

 しかし、それでは真っ正直に出席して裁判員に選任されてしまい、否認事件や死刑求刑事件などの審理で長時間拘束されて呻吟した裁判員はどうなるのか。あまりに不公平ではないのか。

 もともと国民の支持が得られないまま拙速に導入してしまった裁判員制度の限界はこんなところにも顕れている。         

    

2010年3月19日 (金)

裁判員制度についての裁判所職員作の川柳と狂歌

 「裁判員制度はいらない!大運動」から、おもしろい文書が送られてきた。

 名付けて、「インコ独断撰」

  裁判員職員による制度慶祝作品発表(第1弾)

 おもしろ!

  皆様は、この中の川柳、狂歌のどれがお気に入りでしょう?

  私は、

 川柳の部では

  裁判員 行き着く先は 災難員

 狂歌の部では

過料(あやまちりょう) 取れるものなら 取ってみよ

  そんな人手が どこにかあらん

 でしょうかね。

 折しも、

  鹿児島地裁で実施された裁判員裁判は、当初の抽出数200名に対し、辞退が続出し、出頭は50名、当日にも辞退者が15名出て、結局、残った数はなんと35名(17.5%)となったそうな(3月9日 読売新聞鹿児島版より)。

 そのうちに、

 選びたく ない人ばかり なりたがり

となりませんかね。

2009年9月22日 (火)

「気骨の記事」・・・こういう記事を書ける新聞記者もいるんだなあ。

 最近はちょっと旗色が変わってきたが、ひところの新聞は「裁判員制度バンザイ」みたいな記事ばかりだった。

 新聞社は、あれだけ大きな裁判員制度の広告を掲載して高額な広告料をもらっているんだろうから、仕方がないのだろうか、と残念に思っていた。

 しかし、少し前からは、裁判員制度に懐疑的な記事も少しずつ掲載されるようになってきた。

 そして、、本日、ボ2ネタで知ったこの記事などは、随分と大胆な裁判員制度の批判記事だ。しかも署名付き。

 <記者だより>裁判員裁判 東京新聞 2009年9月21日  (市川隆太)

 随分はっきりした意見だ。

 私の感想は、ボ2ネタのコメント欄に記載された方々と同じ。

 東京新聞は、東海地方では中日新聞。この記事は中日新聞でも掲載されたのだろうか。

 とすれば、ちょっと見直した。

 この記者はどういう方なのだろうかと検索してみたら、こういう方だった。

 確かに、この記事でも、「裁判員制度」についての「制度論」を語っておられる。

 記者がこのようなことを書くことについては賛否両論があるだろうが、私はこういう記者がいてもいいと思った。

 おしなべて「裁判員制度 翼賛記事」を書かれるのは、本当に気持ちが悪い。

 そう言えば、きょう届いた法律新聞第1824号の

 裁判員制度の危険性 その底に流れるもの (16)最終回  (織田信夫仙台弁護士会会員 の講演から)で、織田弁護士もこう言っておられる。

 私の恐ろしさは、ここ、すなわち権力が定めた以上、今さらじたばたしても仕方がない、その制度に潜む真実の姿、西野喜一先生のいわゆる「裁判員制度の正体」に、どういう訳か切り込もうとしないという、全体主義的傾向なのです。しかし、これは民主主義の破壊への道なのです。

 民主主義の敵は、民主主義を巧妙に装ってやってきます。ヒトラーのナチス政権誕生の経緯のように。

 確かに「できてしまった制度は仕方がない」という風潮は、弁護士の中にもある(これは裁判員制度に限らず司法制度改革全般について言えることだが)。

 でも、できてしまった制度は「おかしな制度であってもおかしいと言えない」というのは、織田弁護士の言われるように「民主主義の破壊への道」だろう。

 こういう記事を掲載した東京新聞の「太っ腹」と市川記者の「気骨」にはちょっと感動した。

過去の関連記事:

「ヒットラーがそこにやってきた」(西義之著)を読み返して

 

2009年9月17日 (木)

裁判員制度の廃止を求める声明

 9月14日に発表された「裁判員制度の廃止を求める声明」

 毎日新聞が短い記事にしてくれている。

 <裁判員制度>廃止求め、東海3県弁護士が声明   (毎日新聞)

 東海3県で初の裁判員裁判が津地裁で15日から始まるのを前に、「裁判員制度の廃止を求める東海弁護士の会」が14日、「裁判員制度は裁判員となる国民に過大な負担を強いる」などと廃止を求める声明を発表した。

 呼びかけ人は、当初の目標の200人以上が集まったという。

 ※ この声明の全文と呼びかけ人リストを、このブログの右サイドに掲示致しました。

2009年9月 1日 (火)

裁判員制度の違憲申し立て

「裁判員制度は違憲」申し立て=強盗致傷の被告側-裁判官3人の審理求める

 2009年9月1(火)13時22分配信 時事通信

 申立書で弁護人は、公判前に非公開で争点を絞り込む公判前整理手続きは、裁判の公開原則に反し、連日開廷への参加を強要されることなどで、被告の防御権が侵害されるとした。また、国民への裁判参加の義務付けは、裁判に参加したくない人の幸福追求権や、思想・良心の自由など基本的人権を侵害すると主張。公平な裁判所の保障や、裁判官の任命方法を定めた憲法の規定にも違反すると訴えた。 

  予想されていたことだが、ついに来たか!

  裁判所は、あれだけ「裁判員制度推進キャンペーン」をやってきて、全うに違憲審査権を行使できるのか。      

 個々の裁判官には「気骨の判決」を期待します。

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