医療過誤

ヤブでもいないよりマシ?!

 時々拝見している「新小児科医のつぶやき」さんに 

  ブ排除論に産科医が悲鳴

という記事があった。

 どういう意味?と思って見たら、要するに、「産科の場合、ヤブ医者の産科医を排除してしまうと、周囲の産科医の分娩数の負担が過大になって共倒れになる。産科の場合、ヤブ医者でも不可欠の戦力である。」ということらしい。

 産婦人科医の人材不足はそこまでいっているのか、と唖然とした。

  【風】医師 警察官より多いのに…

  (産経新聞 2008年3月4日(火)18:00 )

  表題はともかく(なんで警察官との比較なの?)、

 日本の医師数は平成18年の厚生労働省の調べで約26万3000人。全体の医師数は増加傾向にはあるが、先進国で比較すると圧倒的に少ない。OECD(経済協力開発機構)に加盟している国の人口1000人あたりの医師の数は平均3・1人。日本は2人だ。平均に達するまで、10年かかるとされている。

 大阪府内の40代の医師は《今の医療界では、若い医師ほど絶望しています。新人はつらい科は避けて楽な仕事を目指します。卒業して産科・小児科・外科・内科を目指す人は激減しています》とし、《業界内では、今のペースでは10年以内には外科を目指す研修医は日本全国でゼロになるといわれています》。

 この医師の言うとおり、厚生労働省の調べでも外科の勤務医は平成10年あたりから連続して減少傾向にある。医師はメールをこう続ける。

 《現状が続けば本当に医師のなり手はなくなります。僕も仕事への熱意は下がるばかりで、できれば早く引退したいと思っているくらいです》

 《将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります》

 という深刻な事態だ。

追記:この記事については、「新小児科医のつぶやき」さんが更に産経基準という記事を書いて酷評されている。コメント欄を読んでも、医師の方々のマスコミ不信がよく分かる。最近の各新聞の社説の論調に怒っている弁護士と全く同じだなあ、と思った。

 マスコミは、医師や弁護士をたたいても偏在は解決できない、ということがどうして分からないのだろう(それとも、分かっていて書いているのか)!?

 日本は、自由主義国家であり、医師であろうと弁護士であろうと、何を専門に選ぶか、どこに住むか、は自由なのである。医師や弁護士が自らの意思でその専門や地域を選択するようにするには、行政の力が必要だろう。地域の人だって医師や弁護士にイヤイヤ(あるいはシブシブ)その地域に来てもらいたくなんてないだろう。

 (思うに、偏在をなくすためには、今の日本では、医師の場合は数、弁護士の場合は資金、がまず必要だと思う。)

 でも、私の感想では、この記事自体は医師のメールをたくさん紹介しており、医師に同情的なもので悪意は感じられなかった。「警察官」の数と比較することには何の合理性もないが。

 現場の記者の書いた記事は、社説に比べればはるかに良質である。

 国が財政負担の増大を怖れて今まで医師の増員を抑制してきたツケがこれだ。

 国民は弁護士なんかより医師の方を必要としているだろう。弁護士を増やすよりも医師を増やす方が先だろう。

 しかし、国に対して財政負担のかからない(なりたい人に自己負担でロースクールに行ってもらえばいいのだし、司法研修所の研修期間も1年に短縮されたし、おまけに間もなく司法修習生の給与も貸与制になるのだし)弁護士は急激に増やされた。弁護士が激増して弁護士自治が崩壊することは、市場原理主義者、新自由主義者の利益に合致していたからということもある。 

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 医師の方々を怖がらせてはなんだが、弁護士はこれから急激に増える。

 加えて国民の医療不信はすさまじいものがある。

 最近は医療過誤を取扱分野と広告を出している弁護士が急激に増えている(本当にやっているのかどうかは知らないが)。また、弁護士会などが主催する医療過誤事件の研修会にも多数の若い弁護士が参加しているという(私が弁護士になった当時はこの分野の研修会に来る弁護士はまだ少なかったが)。

 私は最近「負けてもいいから引き受けてくれ。費用ならしっかり払うから。」と言われる方のご依頼をお断りした。どう考えても勝訴の見込みがなかったからである。私が「いくらお金をもらってもお引き受けすることのできないものはお引き受けできない。」と言ったら、その方から「そんなことを言うのは先生だけですよ。」などと言われた(本当かどうかは不明)。

 しかし、これからはそういう事件を引き受ける弁護士も増えるだろう(もう増えているのかも)。

 弁護士は負ける事件を引き受けても着手金をしっかりもらっていれば損はしない。弁護士費用はかつては弁護士会が一定の基準を設けていたが、規制緩和により今は自由化されている。もちろん、あまりに高額な場合は問題になるが。しかし、医療過誤事件は実際に他の一般民事事件よりも時間と労力がかかることが多いから、他の民事事件に比べて高額の着手金をもらっても問題にはならないだろう。そこで、事件を引き受けるときに高額の着手金をもらっておけば、あとは負けると予想される事件を引き受けて適当に事件処理をしていて負けても損はしないというわけだ。しかも、負けても「医療の不確実性ゆえに立証が難しい」などを口実に依頼者になんとでも言い訳は立つ。

 あまりこんなことを書きたくはないけれども、昔からそういうことをする弁護士はいた。しかし、これからはますます増えるだろうというのは私の悲観的観測だろうか。

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 私の所属している医療過誤問題研究会では、先輩方の指導により、所属弁護士は訴訟を受任する場合、原則として着手金を分割払いで頂いている。

 私の場合は、大体月4万円程度(たいてい訴訟には2人の弁護士がつくが2人であってもこの金額)を着手金の内金として頂いている。勝訴して実際に賠償金を得た段階で報酬基準により計算した残りの着手金と報酬金を支払って頂く。しかも、1年を経過するとたいていは期日の間があく(鑑定や尋問などが入るため)ので、期日1回ごとに4万円程を頂くようにしている。それでも、依頼者にとっては2年、3年となるとこの分割払いの着手金もばかにならない金額に達するのである。

 しかし、はっきり言って、弁護士からすれば、かかる労力と時間に比し、このような金額の着手金では事務所経営は成り立たない。だから、あまりたくさん医療過誤訴訟を抱えると経営に支障をきたすというのが現実である。それで、受任の際は、やはり勝訴の見込みのある事件に絞り込むという傾向になる(但し、救済されるべき事件はできるだけ受任するようにはしている)。

 が、高額の着手金を最初にもらうのであれば、こういう心配はないわけだ。しかも、「負けてもともと」という気で受任していれば、気楽なものだ。

 本音を言うと、多額の着手金をもらってたいした調査もせずに事件の依頼を受けておられる先生方の風聞を耳にすると、コツコツ仕事をしているのがばかばかしくなることもある。いかんいかんと手綱をしめることもしばしば。

 これが現実である。

 医師の方々にとってはあまりの忙しさに「ヤブでもいないよりまし」というのが現実なのだろうけれども、国民の不信の眼にも耐えることのできるきちんとした医療過誤被害者の救済手段を考えないと、ヤブどころかまともな医師だって大変な目にあうことになるだろう。

 参考ブログ:不適切な医療行為について、医師の方が考えること (白鳥一声さん)

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 もっとも、これは別に医療過誤事件に限ったことではない。

 弁護士は、他の事件だって、勝訴の見込みが乏しい(これについては不確定要素が強いのでどうとでも言える)、あるいは倫理的には許されない(しかし法的には違法ではない)事件を平気で受任し、高額の着手金をもらって適当に事件処理することなどいくらでもできるのだ。頭に血がのぼっている依頼者は、それがおかしいことに気づかないことが多い。また、負けたところで、別に受任の際に「絶対勝てる」と断定的に言ったわけではないから問題になることはない。

 (私の過去の記事: A弁護士とB弁護士 参照。)

 現実にも、私は最近、法律相談などで、「どうして相手の弁護士はこんな事件を引き受けたのだろう。」と首をかしげることが多くなっている。

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 弁護士を過剰に増やすということはこういうことなのだ。

 国民にとって、弁護士の場合は「ヤブでもいいから(多い方が)マシ」なんて言ってはいられないでしょう(もちろん医師もそうなんだけれど)。

 

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医療過誤の被害者が直面する不条理

 「それでもボクはやってない」を見て、日本の刑事裁判の不条理さにやりきれない思いをした方は多いだろう。周防監督も「怒り」をもってこの映画を作ったと語っておられた。

 しかし、弁護士も長くなると、あまりに多いこの世の不条理に慣れてしまうせいか、だんだんそういう「怒り」が枯渇していく気がする。そして、「怒り」が次第に「諦め」にすりかわっていくのだ。

 「怒り」はよい方向のエネルギーになることもあるので、私はそういう「怒り」を失わないようにせねばと思うことがしばしばある。

 「それでもボクはやってない」の主人公のように、司法の世界で刑事事件の冤罪被害者が受ける数々の不条理は、この映画のおかげでクローズアップされたと思う。

 この映画の一般の方々の感想を読むと、「びっくりした」というものが多い。でも、そういうことはずっと昔からあったのであり、ただ周防監督のような方や一般の方が目を向けなかっただけだ。

 弁護士であれば、たいていの者が自ら経験したり聞き知ったりしてきたことである。本当は、弁護士がこういうことをもっと世間に伝えるべきだったのかもしれない。

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 ところで、私が取り扱う医療過誤事件の被害者らが直面する不条理も、冤罪被害者に負けてはいない。

※ ここでは、「それでもボクはやってない」の映画が「主人公は痴漢をやっていない」ことを絶対的真実として前提としていたように、「医療ミスがあったこと」を絶対的真実として前提とする。

 病気になったのは患者のせいではないことが多い。

 その病院、その医師を選んでしまったからといって、患者を責めることはできない。医師の技術や経験はたいていの患者には明らかではないから。

 不幸な結果になったことについて、おかしいと思うだけで医療ミスか医療ミスでないかまでは素人には判断がつかない。

 病院にかけあっても、取り合ってはもらえない。医師会の相談に行っても同じ。

 弁護士に相談すると、証拠保全などでカルテや検査記録を入手し、調査をしないと医療ミスかそうでないか見通しがたたない、それには費用がかかる、と言われる。

 真実が知りたいと思い、費用の負担を覚悟して弁護士に依頼する。

 弁護士はカルテ等を入手して調査をするが、文献など調べても分からないことが多い。専門医に意見を聞きたいと思っても調査に協力してくれる医師がなかなか見つからない。幸いにも医師の意見を聞くことができても、A医師は「絶対におかしい、ミスだ。」と言い、B医師は「これはやむをえない事故だ、ミスではない。」と言う。弁護士は迷うが、A医師の説明の方が合理的で説得力があると判断する。

 弁護士から調査の結果を聞き、患者も迷う。しかし、A医師の説明に納得がいき、弁護士に病院との示談交渉を依頼する。

 何ヶ月も待たされて、病院の代理人の弁護士から「医師には過失がない」というそっけない短い手紙が届く。

 患者は弁護士から「もはや裁判によるしかない。」と言われ、費用や時間がかかることに驚き、迷う。このまま泣き寝入りするのは嫌だから費用や時間がかかっても裁判を決意するか、費用や時間がかかるのはたまらないと思い断念するか。

 裁判を選択してからも、病院側は「過失」や「因果関係」を否定し続ける。A医師に記名の意見書を作成してくれないかと頼むも、A医師からは裁判にかかわりたくないと断られる。他に記名の意見書を作成してくれる専門医がいないか探すも、被告の病院や医師とは知り合いだからとか、裁判にかかわるのは嫌だから、などという理由で断られる。

 病院側からはその分野で有名な医師の記名の(病院側に有利な)意見書が提出されることも。

 裁判所から鑑定の打診がある。患者は鑑定費用を負担することを覚悟の上で、鑑定の申請をする。しかし、裁判所がいろいろな大学や病院に声をかけても鑑定人はなかなか見つからない。鑑定人が決まるまでに半年、鑑定書の作成までに1年かかることも。

 そうこうするうちに1審だけで2年、3年が経過してしまうということも。

 しかし、判決で「訴訟的真実」として「過失」や「因果関係」が認められないこともしばしば。

※ 患者側に原則として過失や因果関係の立証責任があるので、立証が不十分とされれば過失や因果関係は認められない。たとえば手術中のビデオがあれば手技ミスが立証できても、ビデオがなければ立証できない場合などもある。 

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 私は、「それでもボクはやってない」を見て、周防監督には、今度はこういう医療過誤の被害者やその家族の被る数々の不条理をテーマに、「怒り」をもって映画を作って頂けないかと思った。

 男性なら誰でも痴漢冤罪の被害にあう可能性があるように、誰でも病気になる可能性があるのであり、従って誰でも医療過誤の被害にあう可能性があるのだ。

 医師の方々の中には、「医療ミスでないものを医療ミスであると認定している判決」が多いとお怒りになる方は多いけれども、「医療ミスであるものを医療ミスではないと認定した判決」がどの位多いのか、そして立証の困難さや費用がかかることを考えて裁判をあきらめ泣き寝入りをした患者がどの位多いのか、について関心を持つ方は少ないようだ。

 医療過誤「冤罪」に泣く医師の救済を考えるだけでなく、こういう患者の救済も真剣に考えて頂かないと、今の日本の医療が抱えている問題は解決しないと思う。 

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マンパワー不足

 きょうは、久しぶりに医療過誤問題研究会の勉強会に出席した。

 麻酔科医の先生がスライドを使って脊髄麻酔と硬膜外麻酔について分かりやすく説明して下さる。

 麻酔に使う針の実物も見せて頂いた。よくもまあ、こんなに細くて長くて柔らかい針を扱えるものだと感心する。硬膜外麻酔の場合、硬膜に達しないよう硬膜外腔に針を止めなければならない。細心の注意と訓練を要する手作業だ。

 麻酔科と病理の先生には、医療事故の調査の際にお世話になることが多い。しかし、どちらの分野も医師が不足している。

 患者としては直接接することが少ない分野だが、実際の治療行為にはとても大切な分野だ。

 きょうご説明頂いた先生も、麻酔科医師の不足、マンパワー不足を嘆いておられた。

 今の日本で全ての手術に麻酔科専門医の立会を望むことなど到底不可能だ。

 しかし、私は、自分や自分の家族が手術を受けるなら、麻酔科専門医が立ち会って下さる病院でお願いしたいと思ってしまう。

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 患者が安全な治療を受けられるよう、なぜ国はもっと力を注いでこなかったのか。なぜもっと長期的展望をもって医師の数を増やしてこなかったのか。

 いきなり数を増やしても、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)(仕事の現場で,業務に必要な知識や技術を習得させる研修)が困難であることは、医師も弁護士も同じである。

 それなのに、国は(そんなに必要とされていない)弁護士は急激に増やしてOJTに支障をきたしている。しかし、国民に必要とされている医師は増やしてこなかった。

 舛添厚生労働大臣と鳩山法務大臣は、この問題についていろいろ発言はされているが、本当に期待していいのだろうか。

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医師不足ー苦しむ地方ー医師数は西高東低(中日新聞サンデー版)

 当分まとまった記事は書けそうにないので、写真日記や他の方々のブログの記事の紹介や、新聞などの記事の紹介をさせて頂こうと思う。

 これは、今週日曜日の中日新聞のサンデー版(6月10日 世界と日本 大図解シリーズ NO.789)の記事

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 よれてしまって写真では見にくいが、医師不足についてとても分かりやすく図解した記事だった。

 この記事によれば、医師数は「西高東低」なのだそうだ。

 写真の赤系統の県は赤に近くなるほど人口10万人あたりの医師数が多く、青系統の県は青に近くなるほど人口10万人あたりの医師数が少ない。

 どうして西高東低になるのかまでは分析されていないが・・・。

 しかし、どの県も医師配置基準(原則外来40人に1人、入院16人に1人)を満たす病院の割合は、非常勤医込みでも100%に達していない。

 全国平均だと非常勤医込みで83.5%(常勤医のみだと35.5%)。

 ちなみに、私の住む愛知県は、この医師配置基準を満たす病院の割合は89.1%。常勤医のみだと、たった39%だ。

 人口10万人当たりの医師数が一番少ないのは、なぜか埼玉県。

 北海道と東北地方は、人口10万人当たりの医師数も少ないし、医師配置基準を満たす病院の割合も極めて低い。岩手県などは、医師配置基準を満たす病院の割合は55.1%に過ぎない(常勤医のみだと、21.5%)。

 この記事を見ると、医師の絶対数が少ないことに加えて、医師の偏在によって、地方の医療が崩壊の危機に瀕していることがよく分かる。

 コムスンが事業所の介護士の人数をごまかしていたことが問題になっているが、医師配置基準を満たさぬ病院が多いことももっと問題にすべきではないのか。

                Kusurimidori

 昨日、久しぶりにある総合病院における証拠保全(検証)に立ち会った。

 そのとき病院の外来を通ったが、長時間待たされて待ちくたびれた患者さんが大きな声で「まだでしょうか。」と看護師に尋ねていた。その患者さんは「朝早くから来て待っているのに、ちっとも診てもらえない。病院に来ると1日仕事になる。」などと他の患者さんに愚痴をこぼしていた。

 しかし、まだ診てもらえる医師がいるだけましなのかもしれない。北海道や東北地方では、診療科によっては医師がいない病院もあるだろう。

 この中日新聞の図解は、このほかにも日本の医師数を欧米主要国と比較したり、勤務医の過酷な労働条件についてグラフ化していたり、医師不足解消のための厚労省や自治体のあの手この手を説明していたり、とても興味深い。

 一つ紹介すると、岩手県遠野市では、2007年度から、希望があれば県立遠野病院の常勤医に乗用馬を無償貸与するという特典を設けたそうだ。しかし、今のところ、希望者はいないのだそうだ(馬なんか貸してもらっても、おそらく常勤医は乗ってる暇ないだろうに・・・)。

 この図解は、「学校の教材に役立つ大図解」のシリーズなのだが、学校に限らず、病院や公共施設などの人目につくところに貼って、国民の理解を深めるのに役立てたらどうだろう。 

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平成18年の医事関係訴訟の統計

 最高裁が平成18年の医事関係訴訟の統計(速報値)を発表した。

       医事関係訴訟の現状 (6番のところ)

 これによれば、平成18年の新受件数は912件。平成16年の1110件をピークに減り続けている。

 平成18年の平均審理期間は25.1ケ月。平成12年の35.6ケ月に比べると、10.5ケ月も短縮された。

 平成18年の判決の割合は35.3%、和解の割合は53.3%。ここ10年では最高の和解率である。

 判決の認容率(勝訴率、一部勝訴も含む)は35.1%で、ここ10年では平成11年の30.4%に次いで低い。平成18年の通常訴訟事件の認容率が82.4%(医事関係訴訟事件も含む)(うち人証調べ実施事件の認容率は63.5%)であるのに対し、いかに医事関係訴訟の勝訴率が低いかが分かる。

 勝訴率は平成15年には44.3%であったが、その後低下傾向が続いている。

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 このように統計からみると、医療関係訴訟は増えていないし(むしろ減少傾向)、勝訴率も低下しているのである。

 最近(特に大野病院事件以来)、医師の方々は訴訟リスクを強く訴えられているが、この統計で見る限りではむしろ訴訟リスクは減少しているのではないか。

 患者側弁護士としては、審理期間が短くなり、和解率が増え、敗訴率が高くなっていることが心配だ。

 増加した和解の内容にもよるが(統計からは和解の内容までは不明)、審理の迅速性ばかりが優先され、充実した審理がなされないまま和解が勧告され、和解に応じなければ敗訴、という事件が多くなっているのではないか。

 今後もこの統計は注意して見ていく必要がある。

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医療亡国ニッポンーTVタックル

 昨日のビートたけしのTVタックルで、医療崩壊問題が取り上げられていた。ご覧になった方も多かろう。

 出演者は、TVでおなじみのこの方々。

 三宅久之氏(評論家)、宮崎哲弥氏(評論家)、坂口力氏(元厚生労働大臣)、武見敬三氏(厚生労働副大臣)、鈴木寛氏(民主党衆議院議員)、小池晃氏(共産党衆議院議員)、南淵明宏氏(医師・大和成和病院心臓センター長)、浅野史郎氏(元宮城県知事)。

 私は知らなかったのだが、メタボ対策で有名なこの武見敬三氏って、あの有名な元日本医師会会長の武見太郎氏の息子さんなのだそうだ。

 この方のプロフィールはこちら

 この方のHPでのTVタックルへの出演予告には、こう記載されている(青字はHPからの引用)。

  過酷な労働を強いられる医師、
  そしていわばサービス残業の上に成り立っている勤務医の実態、
  産科・小児科だけでない医師不足問題。
  相互扶助で成り立つ国民健康保険制度での保険料の滞納、
  国民皆保険制度を如何に保持するか。
  日本の医療の現状と課題を武見が議論します

 しかし、番組では、医師不足について宮崎氏から「医師偏在か医師不在か、どちらか厚生省の立場をはっきりさせよ」と詰め寄られ、三宅氏からは「(今日の医師不足は)厚生省の無策によるものだ」と叱られ、「武見が議論します」どころではなく、「武見が責められます」状態で、ちょっとお気の毒だった。

 武見氏は、厚生労働省が医師の数を制限してきた理由として「医師の数が増えると医療費の支出が増加するという考え方、即ちコスト管理という考え方で医師数の適正化をはかってきた。しかし、もはやそれは限界にきている。」と述べられていた。

 そこを今度は小池議員から「武見さんは医師会の仲間だからいい顔してるけど、厚生労働省はまだ方針を変えていないでしょう。まだ医師偏在と言って医師不足とは認めてないでしょう。」などと責められる。

 これに対して武見氏は「私は厚生労働省の中でもきちんと今みたいに意見を言ってますよ。」と答えていたが、そこへすかさず、三宅氏が「あなたが言ってても(厚生労働省が)動かないっていうことは、あなたが無力だっていうことでしょ。」と皮肉を言われる。

 武見氏に言われなくても厚生労働省ははっきり医師不足であるという紛れもない事実を認め、医師を増やす対策を取るべきだ。

 この問題については過去の私の記事とそれに対する医師の方々のコメントもご参照下さい。

 医師の卵も弁護士の卵も同じなのか・・・。:

 この記事の頃には、厚生労働省は「医師は足りているが、(若手医師の気質などによって)偏在が生じているだけだ」と主張していたのか。

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 さて、TVタックルには小泉政権下で厚生労働大臣をされていた坂口氏も出演されていた。

 私は知らなかったけれど、坂口氏は小児科医だったんですね。

 坂口氏も前厚生労働省大臣として三宅氏に「(医師不足を生じさせたことなどについて)厚生労働省は全く無能だね。」と責められ、「厚生労働省としてもやりたいことは山ほどあるけれども、そこは財務省からピシッと抑えられるわけですよ。」と言い訳をされていた。しかし、三宅氏は「それは厚生労働省が自らの手腕がないっていうことを言っているようなものでしょ。それは財務省の横っ面をはり倒してでも俺ら人の命を預かっているんだからヤレって言えばいいじゃないですか。」と追求の手をゆるめない。これに対して、坂口氏は「そこは政治の出番だと思う。与野党問わずバックアップをして頂いて・・・」とお茶をにごしていた。

 そして、最後に、宮崎氏が「そこは選挙のときに国民に負担は増えるだろうけど命は守られるというのをとるか、命はあんまり守られないかもしれないけれども財政は良くなるということを選ぶのか、選択をしてもらわなければいけないと思う。」などとしめていた。

 ・・・それって、参院選で「医師増員」と「保険料増額ないしは自己負担割合アップ」あるいは「消費税アップ」がセットで問われるということ?

 家計の負担を増やさずに医師の増員は望めないのだろうか。

 これについては、「家計の負担を増やさずに医師を増やす方法がある」という山家悠紀夫氏(元神戸大学教授、元第一勧銀総合研究所専務理事)の講演をご参考にして下さい。

 この講演は、全国保険医団体連合会(開業医の過半数ー約10万人ーの医師が加入されているという)発行の冊子に記載されているもの。

 下記で同連合会のHPから読むことができます。

    「医療も命を削られる 医師不足、医療難民はなぜ生まれたか?」

 このパンフは、看護師と患者が一緒に穏やかにほほえんでいたり、医師の方々が並んで穏やかな笑顔を見せている写真などが掲載されていて、一見普通の医療関係のパンフのようである。

 ところが、実は厚生労働省や政府やあの有名な規制改革推進派の方(私たち弁護士にも超有名なあのお方)に対する大変辛辣な批判を加えている(よくここまで書いたなと思った)、相当過激な内容のパンフなのである。

 しかし、医師不足の現状やその原因について多角的に分析し分かりやすく説明されており、大変格調の高いパンフでもある(弁護士会の通称「ノキ弁のすすめ」パンフとは大違い!!)。

 医師不足のため、「外科医の7割が当直明けで手術、病院勤務医は週70時間労働」なのだそうだ。それじゃミスも起こるはずだ。

 あまりの激務のため、地方でいくら医師の年俸を高くしても(北海道など年2000万円以上)、勤務医が集まらない。

 勤務医の先生方が「もはや逃散しかない」と次々と病院をやめていき、休診となってしまった診療科や病院が続出している。

 こんな状態では、安心して病院に行けやしない。

 国は「弁護士はフランス並みの人口にするために司法試験合格者を3000人に増員せよ」と言う。しかし、上記パンフによればフランスでは医師は国民1000人当たり3.4人であるのに対し、日本は2.0人であるにすぎない。どうして、「医師もフランス並みの人口にするために増員せよ」と言わないのか。弁護士よりも命を預かる医師の方が、より国民にとって必要ではないのか。

  同じ規制緩和路線にありながら、どうして医師と弁護士でこうも違うのか。ここにアメリカ政府、日本の財界、新自由主義者らの意図するところが露骨にあらわれている(上記パンフ参照)。

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 病気や怪我はいつ降ってくるか分からない。若い人であってもいつお医者さんのお世話になるか分からないのである。

 私もここ1年近く、父が入退院を繰り返していたので、病院がいかに人手不足かを実感している。土日、祝日などは病棟は閑散としているのだ。実際、医療ミスは休日に起こることが多い。

 しかし、医師不足について、TVタックルを見る限りでは、政治家も厚生労働省もあてにはならないようだ。

 参院選で医師増員が主要な争点になるとも思えない。

 一体どうしたらいいのだろう。

 今できることは、上記連合会のHPの医療危機打開の署名活動に参加すること位だろうか。

 この記事をお読みの方は、ぜひ上記署名にご協力下さい。

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茨城の「医療問題中立処理委員会」その後

 ブログを再開してから、医療問題関係の記事を書くのに気が進まない。

 他の弁護士の方のブログの様子を教えてもらったせいである。

 私は今あんなに医師の方々からのコメントにお返事できる状況ではないし、あちらのブログのコメント欄をちょっと拝見したところ「議論のための議論」の様相を帯びている気がしているからである。

 だから、議論の好きな方はあちらのブログの方へコメントをお願いします。

 以下は、あくまでも私の「ため息」です。

                Oobagibousic

  連休が終わって、協力医の方々から意見書を3通(別々の事件で、科も異なる)ご送付頂いた。おそらく時間のできる連休中に書き上げて下さったものだろう。

 私の方も連休中に準備書面を書こうと思っていたので、医師も弁護士も考えることは同じだなあと思った。

 意見書が届いたことで、それを分かりやすく依頼者に伝えたり、裁判官に分かりやすくするために鑑定意見書に出てくる医学用語についての文献や図を書証として提出したり、更に意見書にかかわる部分の主張をするための準備書面を作成しなければならない。

 それで、連休明けに一挙に忙しくなってしまった。

 しかし、もっとも悩ましいのは協力医(事案に応じた科の臨床医)の方々の意見が割れること。同じ事件で同じ資料を見て頂いていても、意見が異なることが多いのである。それもかなり重要な点で180度意見が違うときはどうしたらいいのか。

                Miyamaodamakic            

 今、医療事故について中立的な「第三者機関」の設置が問題となっている。

 以前、茨城県医師会が「医療問題中立処理委員会」という記事を書いたが、その後はこういう状況だそうだ。

  東京新聞 医療トラブルへの対応<3> 患者と医者の不信 解く 第三者機関

 この記事では、「委員は、弁護士、学識経験者、市民代表、医師の十人で構成。中立性を保つため、医師の人数は三分の一に抑え、市民代表には医療被害者の支援団体の代表も加わっている。」ということである。

 ということは、医師は委員10人中3人以下ということになる。しかし、その医師はたぶん専門が異なるのだろう。ということは、案件について一番意見が尊重されるのは、その専門の科の医師の意見ということにならないか。例えば心臓手術のケースでは内科、外科、循環器外科の医師3人であれば循環器外科の医師の意見というように。

 とすれば、3人の医師の意見はその専門の医師1人の意見で決まってしまう可能性が高いのではないか。そして、他の7人の委員は、医師3人の意見にひきづられはしないか(これは、裁判員制度における「法律を知らない裁判員は、結局裁判官の意見にひきづられるのではないか」という危惧と似ている)。

 つまり、案件について専門とする医師一人の意見で、委員会の意見が決まってしまう可能性が高いのではないかということだ。

 しかし、前記のとおり、専門の医師であっても実は意見が割れることが多いのである(これを医師の方々は医療の不確実性といわれる)。

 それを、たった一人の医師の意見だけで決めてしまってもよいものか。

 もっとも、専門の医師を複数にしてカンファレンス方式で意見を述べてもらうという手段はあるだろう。最近は裁判所もこういう鑑定を取り入れているところもある。私もこの鑑定方式には大賛成である。

 しかし、一番の問題は、裁判であろうと第三者機関であろうと、そんなに多くの専門医が集まるのかということ。医師の方々は多忙であるし、責任の重い鑑定人や第三者機関の委員にふさわしい方には限りがあろう。

 それに、専門の鑑定人や委員がカンファレンスをしても、意見が割れたらどうするのか。第三者機関の場合は裁判員制度のように多数決で決めるのか(裁判の場合は、裁判官が最終的に評価して決めることになるだろうが)。

 ・・・などなど、2人の協力医の意見の割れたケースについて、もう一人協力医の意見を聞いた方がいいかどうか悩みつつ考えた。

              Buranko_6  

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小説「破裂」の感想ーその1

 週末の半分は仕事にあてる予定だったのだが、風邪をひいたらしく、頭痛と吐き気がひどく、やむなく自宅で休養することにした。

 横になって小説「破裂」を半分ほど読んだ。

 この小説はいろいろな意味で本当に面白い。

 医療従事者の方々にも医療事故を扱う法曹関係者にもぜひ読んでもらいたい本だ。

 主人公は大学病院の青年麻酔科医。ジャーナリストの求めに応じて「痛恨の症例」(いわゆる「苦いカルテ」)を同僚らから聞き取っている。その最中に勤務先の大学病院で、助教授(次期教授候補)が手術ミスを疑われる。それは患者の娘に内部告発の匿名の手紙が届いたことがきっかけだった。

 主人公はその手術ミスを調査することになり、死亡した患者の娘に恋愛感情を抱くようにもなって、医療過誤訴訟にも協力する。裁判の行方は・・・。

 というようなストーリーである。

 この主人公のような医師が本当にいるんか?というのが正直な感想だが、医師や看護師のなにげない会話等は著者が現役の医師であるだけに現実味を帯びている。

 この小説の中には弁護士も何人か登場する。

 こちらも本当にそんな弁護士いるんか?という場面もあり、ちょっとちょっと違うんじゃない、という部分もあって、それはそれで面白い(後日、時間のあるときにツボをまとめてみようと思っている)。

 それも小説だと思えば結構楽しめる。

 真面目なところでは、主人公が助教授の医療ミスを追求したために左遷され、麻酔科で送別会をしてもらったときの二次会(ゲイバー)での同僚と(時々ゲイバーのママも加わった)会話(232頁から236頁)が印象的。

 著作権に触れるといけないし面倒なので引用はしないけれど、このブログや私が休んでいる間にあちこちのブログで医師の方々がコメントされている内容を彷彿とさせる内容だ。

               Hana3f

 正義感の強い青年医師を主人公にして、日本の大学病院(あいかわらず「白い巨頭」的に表現されている)や医療体制の問題点を浮き彫りにし、それに立ち向かっていく主人公が挫折し、また立ち上がるというストーリー展開は、舞台は違うものの「司法占領」(鈴木仁志著、講談社発行)にどこか似ている。

 この小説のもう一つのテーマは、超高齢化社会に突入した日本の老人医療のあり方(「ピンピンポックリ」という言葉が頻繁に出てくる)。こちらはかなり衝撃的な内容だが、非現実的と言い切れないところが怖い。

 今抱えている医療過誤訴訟の準備書面の作成や、証拠保全・調査が一段落したら、もっと感想を書きたいと思う。

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小説「破裂」

 ゴールデンウィークは中間の平日も含めて半分は仕事をしていた。

 しかし、机の上に山積みになっていた書類をなんとか整理できたので、少し満足。

 休みの間に、読み始めた本に、「破裂」(久坂部羊著 幻冬舎発行)という小説がある。

         

 この本は、循環器科の医師の方のブログhttp://tomochans.exblog.jp/3940759

を見て、読む気になったもの。

 ちょうど循環器科の事件や相談が続いたため、参考になればと読み始めたのだが、これがなかなか大変な内容。作者は医師だから、医学用語も頻繁に出てくるし(但し、カッコ書の説明がついている。ちょっと不十分な気がするが・・・。)、理解しづらい箇所もあるものの、結構勉強にはなる。

 小説だから誇張もあるだろうが、それにしても衝撃的な内容だ。

 まだ読み始めたばかりなので、読み終わったら感想を書こうと思う。

                 Book_1 

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医学部の定員増大へ

.大学医学部の定員増容認へ(共同通信)

 「厚生労働、文部科学、総務の3省は19日までに、医師不足が深刻な都道府県の大学医学部の定員を暫定的に増やすことを認める「新医師確保総合対策」の原案をまとめた。一定期間地域にとどまることを条件とする奨学金の拡充など、実効性のある地域定着策の実施が条件で、離島・へき地の医師を養成する自治医大の定員(現行100人)も合わせて暫定的な増員を認める。」

 「一定期間地域にとどまることを条件とする奨学金の拡充」とあるが、奨学金はどこが負担するのであろうか。

 「実効性のある地域定着策の実施が条件」とは、具体的にはどのような策なのだろうか。

 このニュースだけではよく分からない点もあるが、医師不足はその地域の住民にとって大変不安なものである。医師が不足すれば医療過誤も生じやすくなる。

 医師不足解消のために医学部の定員を増やすことに誰も異議はあるまい。現場の医師も増員を望んでいるし、患者も増員を望んでいるのだから。本当は今のような事態になる前にもっと早く定員を増やせばよかったのに・・・。

 弁護士の養成にはまもなく国費がかからなくなるが(司法修習生の給与は貸与制になる)、医師の養成には国費がかかるから増やさなかったのだろうか。

 国のやることには不可解なことが多い。

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