時々拝見している「新小児科医のつぶやき」さんに
ヤブ排除論に産科医が悲鳴
という記事があった。
どういう意味?と思って見たら、要するに、「産科の場合、ヤブ医者の産科医を排除してしまうと、周囲の産科医の分娩数の負担が過大になって共倒れになる。産科の場合、ヤブ医者でも不可欠の戦力である。」ということらしい。
産婦人科医の人材不足はそこまでいっているのか、と唖然とした。
【風】医師 警察官より多いのに…
(産経新聞 2008年3月4日(火)18:00 )
表題はともかく(なんで警察官との比較なの?)、
日本の医師数は平成18年の厚生労働省の調べで約26万3000人。全体の医師数は増加傾向にはあるが、先進国で比較すると圧倒的に少ない。OECD(経済協力開発機構)に加盟している国の人口1000人あたりの医師の数は平均3・1人。日本は2人だ。平均に達するまで、10年かかるとされている。
大阪府内の40代の医師は《今の医療界では、若い医師ほど絶望しています。新人はつらい科は避けて楽な仕事を目指します。卒業して産科・小児科・外科・内科を目指す人は激減しています》とし、《業界内では、今のペースでは10年以内には外科を目指す研修医は日本全国でゼロになるといわれています》。
この医師の言うとおり、厚生労働省の調べでも外科の勤務医は平成10年あたりから連続して減少傾向にある。医師はメールをこう続ける。
《現状が続けば本当に医師のなり手はなくなります。僕も仕事への熱意は下がるばかりで、できれば早く引退したいと思っているくらいです》
《将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります》
という深刻な事態だ。
追記:この記事については、「新小児科医のつぶやき」さんが更に産経基準という記事を書いて酷評されている。コメント欄を読んでも、医師の方々のマスコミ不信がよく分かる。最近の各新聞の社説の論調に怒っている弁護士と全く同じだなあ、と思った。
マスコミは、医師や弁護士をたたいても偏在は解決できない、ということがどうして分からないのだろう(それとも、分かっていて書いているのか)!?
日本は、自由主義国家であり、医師であろうと弁護士であろうと、何を専門に選ぶか、どこに住むか、は自由なのである。医師や弁護士が自らの意思でその専門や地域を選択するようにするには、行政の力が必要だろう。地域の人だって医師や弁護士にイヤイヤ(あるいはシブシブ)その地域に来てもらいたくなんてないだろう。
(思うに、偏在をなくすためには、今の日本では、医師の場合は数、弁護士の場合は資金、がまず必要だと思う。)
でも、私の感想では、この記事自体は医師のメールをたくさん紹介しており、医師に同情的なもので悪意は感じられなかった。「警察官」の数と比較することには何の合理性もないが。
現場の記者の書いた記事は、社説に比べればはるかに良質である。
国が財政負担の増大を怖れて今まで医師の増員を抑制してきたツケがこれだ。
国民は弁護士なんかより医師の方を必要としているだろう。弁護士を増やすよりも医師を増やす方が先だろう。
しかし、国に対して財政負担のかからない(なりたい人に自己負担でロースクールに行ってもらえばいいのだし、司法研修所の研修期間も1年に短縮されたし、おまけに間もなく司法修習生の給与も貸与制になるのだし)弁護士は急激に増やされた。弁護士が激増して弁護士自治が崩壊することは、市場原理主義者、新自由主義者の利益に合致していたからということもある。

医師の方々を怖がらせてはなんだが、弁護士はこれから急激に増える。
加えて国民の医療不信はすさまじいものがある。
最近は医療過誤を取扱分野と広告を出している弁護士が急激に増えている(本当にやっているのかどうかは知らないが)。また、弁護士会などが主催する医療過誤事件の研修会にも多数の若い弁護士が参加しているという(私が弁護士になった当時はこの分野の研修会に来る弁護士はまだ少なかったが)。
私は最近「負けてもいいから引き受けてくれ。費用ならしっかり払うから。」と言われる方のご依頼をお断りした。どう考えても勝訴の見込みがなかったからである。私が「いくらお金をもらってもお引き受けすることのできないものはお引き受けできない。」と言ったら、その方から「そんなことを言うのは先生だけですよ。」などと言われた(本当かどうかは不明)。
しかし、これからはそういう事件を引き受ける弁護士も増えるだろう(もう増えているのかも)。
弁護士は負ける事件を引き受けても着手金をしっかりもらっていれば損はしない。弁護士費用はかつては弁護士会が一定の基準を設けていたが、規制緩和により今は自由化されている。もちろん、あまりに高額な場合は問題になるが。しかし、医療過誤事件は実際に他の一般民事事件よりも時間と労力がかかることが多いから、他の民事事件に比べて高額の着手金をもらっても問題にはならないだろう。そこで、事件を引き受けるときに高額の着手金をもらっておけば、あとは負けると予想される事件を引き受けて適当に事件処理をしていて負けても損はしないというわけだ。しかも、負けても「医療の不確実性ゆえに立証が難しい」などを口実に依頼者になんとでも言い訳は立つ。
あまりこんなことを書きたくはないけれども、昔からそういうことをする弁護士はいた。しかし、これからはますます増えるだろうというのは私の悲観的観測だろうか。

私の所属している医療過誤問題研究会では、先輩方の指導により、所属弁護士は訴訟を受任する場合、原則として着手金を分割払いで頂いている。
私の場合は、大体月4万円程度(たいてい訴訟には2人の弁護士がつくが2人であってもこの金額)を着手金の内金として頂いている。勝訴して実際に賠償金を得た段階で報酬基準により計算した残りの着手金と報酬金を支払って頂く。しかも、1年を経過するとたいていは期日の間があく(鑑定や尋問などが入るため)ので、期日1回ごとに4万円程を頂くようにしている。それでも、依頼者にとっては2年、3年となるとこの分割払いの着手金もばかにならない金額に達するのである。
しかし、はっきり言って、弁護士からすれば、かかる労力と時間に比し、このような金額の着手金では事務所経営は成り立たない。だから、あまりたくさん医療過誤訴訟を抱えると経営に支障をきたすというのが現実である。それで、受任の際は、やはり勝訴の見込みのある事件に絞り込むという傾向になる(但し、救済されるべき事件はできるだけ受任するようにはしている)。
が、高額の着手金を最初にもらうのであれば、こういう心配はないわけだ。しかも、「負けてもともと」という気で受任していれば、気楽なものだ。
本音を言うと、多額の着手金をもらってたいした調査もせずに事件の依頼を受けておられる先生方の風聞を耳にすると、コツコツ仕事をしているのがばかばかしくなることもある。いかんいかんと手綱をしめることもしばしば。
これが現実である。
医師の方々にとってはあまりの忙しさに「ヤブでもいないよりまし」というのが現実なのだろうけれども、国民の不信の眼にも耐えることのできるきちんとした医療過誤被害者の救済手段を考えないと、ヤブどころかまともな医師だって大変な目にあうことになるだろう。
参考ブログ:不適切な医療行為について、医師の方が考えること (白鳥一声さん)

もっとも、これは別に医療過誤事件に限ったことではない。
弁護士は、他の事件だって、勝訴の見込みが乏しい(これについては不確定要素が強いのでどうとでも言える)、あるいは倫理的には許されない(しかし法的には違法ではない)事件を平気で受任し、高額の着手金をもらって適当に事件処理することなどいくらでもできるのだ。頭に血がのぼっている依頼者は、それがおかしいことに気づかないことが多い。また、負けたところで、別に受任の際に「絶対勝てる」と断定的に言ったわけではないから問題になることはない。
(私の過去の記事: A弁護士とB弁護士 参照。)
現実にも、私は最近、法律相談などで、「どうして相手の弁護士はこんな事件を引き受けたのだろう。」と首をかしげることが多くなっている。

弁護士を過剰に増やすということはこういうことなのだ。
国民にとって、弁護士の場合は「ヤブでもいいから(多い方が)マシ」なんて言ってはいられないでしょう(もちろん医師もそうなんだけれど)。
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