父の葬儀を終えて・・・Twitterもどき(11月10日12時50分)
先週の金曜日、父を亡くした。
私は、土曜日の午後には喪服を着て火葬場にいた。NHK杯のビッグハットのリンクサイドにいるはずであったちょうどその時間に・・・。
父は入院して12日で死亡してしまった。入院したときには、元気で、医師からは「入院の必要はない」と言われていたほどだったのだが、微熱が続き肺炎が怖いからということで、お願いして入院させてもらったのだった。
ところが、抗生剤が効かず、間質性肺炎の急性増悪という最悪の事態に陥り、唯一の治療法とされるステロイドパルス療法も効かず、そして急性腎不全、DIC(死亡の前日に聞かされたのだが、たぶんもっと前からだっただろう)を併発して、医師からは「打つ手がない」と宣告された。
とにかく難しい病気なので、今はなかなか分かりやすく書くことはできない。あまりに急なことで、病院での出来事については気持ちの整理がまだできない。
葬式の日は本当によい天気だった。火葬場のまわりは、霊園や田んぼになっていて、のどかな風景が続いていた。
火葬場の職員の若い女性が親類の者に「どの位時間がかかるか」と尋ねられて、「個人差がありますね。筋肉は燃えにくく、脂肪は油になって燃えやすいので、太った人の方が早いです。だいたい女性よりも男性の方が時間がかかります。」と屈託のない笑顔で答えていた。なぜかその答えに救われ乾いた気持ちになった。
2週間前にはピンピンしていた人が、白い骨や灰になっている。
T弁護士のときも感じたのだが、人間はなんとはかない存在なのだろうか・・・。
父が亡くなって直ぐに通夜や葬式の手配があり、それも大変だった。
父は亡くなる3日ほど前にアイスクリームを食べたがった。医師に確認したら「いいでしょう」と言われたので、父に伝えてアイスクリームを買いに行こうとしたら看護師から「急性期なのでやめた方がよいと(医師に)言われました」と告げられて、結局アイスクリームを食べさせることはできなかった。
ところが、通夜や葬式になると、参列者や親類の者たちの食べ物(助六寿司、おまんじゅう、出立ち料理、初七日の会席料理など)の手配をしなければならない。
生きている者はお腹がすくのは仕方がないが、どうして喪主はこんなに食べ物のことばかり心配しなければならないのだろうと、つくづく思った。一番参っている遺族が、そういう食べ物の数のことやお供物の配分のことばかりを考えなければならないというのが日本の葬式だ。
先日のNHKのドラマ「白州次郎」で白州次郎の父親と次郎氏本人が、「葬式無用、戒名無用」と遺言をし、常々「人間死んだら腐るだけ」と言っていたが、私も本当にそう思う。但し、日本は火葬なので、「人間死んだら灰になるだけ」であるが。
ただ、父のお葬式では香典を固辞し、私の仕事関係の方々(弁護士会関係など)にもお伝えしていなかったので、親類、近所の方々、父のかつての仕事関係や趣味の会の方々に参列して頂いたのみで簡素なものであった。その分、喪主の負担も軽かった。
大々的なお葬式をされる遺族の方は大変なことであろうと思う。
今回のお葬式では葬儀関係のいろいろなプロの方にお世話になった。私の心に一番残ったのは、前記の火葬場の若い女性職員の言葉と、映画「送り人」(私は見ていないのだが)で一躍有名になった納棺師の方の仕事。
納棺師は若い女性と若い男性が一人ずつで、その若さにちょっと驚いた。
既に遺体がきれいにされた後しか見ていないのだが、その変貌ぶりにはびっくりした。開いたままだった口はきちんととじられ、自然な化粧も施されて、旅支度の白装束に脚絆まで履かされていた。紙で作られた六紋銭も懐に入れられた(装束については他にもいろいろな説明があったが、あまり覚えていない)。
葬儀をやる以上、こういうプロの方も必要だとつくづく感じた。
・・・・・こんな理由で、NHK杯の記事を書けませんでした。また、ブログの方も当分お休みにさせて頂こうと思います。
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