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« 法曹養成制度検討会議・中間取りまとめ案へのパブコメ(その2) | トップページ | ちょっといい話。・・・Twitterもどき(5月11日午後3時25分) »

2013年5月10日 (金)

法曹養成制度検討会議・中間取りまとめ案へのパブコメ(その3)

第3 法曹養成制度の在り方
1 法曹養成制度の理念と現状
(1) プロセスとしての法曹養成

  第1段に対してー国民にとって重要なのは、法曹自体の質であり、法曹養成の過程ではない。かつての旧司法試験時代の司法修習中心の法曹養成制度の問題点が、法科大学院制度の導入によって克服されたのか、法科大学院制度は法曹の質を高めたのかの検証が全くなされないまま、「プロセスとしての法曹養成が重要」という言葉のみが一人歩きしている。

ⅰ) 取りまとめ案は、「法科大学院修了を司法試験の受験資格とする制度を撤廃すれば、法科大学院の教育の成果が生かされず、法曹志願者全体の質の低下を招くおそれがある。」としています。
 しかし、国民が法曹に求める「質」とは、まさに司法試験法1条の定める「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力」であり、同法3条の定める(短答式による筆記試験については)「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な法律知識及び法的な推論の能力」(論文式による筆記試験については)「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析、構成及び論述の能力」でしょう。
 法曹にこのような学識や能力さえ確保できれば、国民は法曹志望者が法曹になるまでの過程には何ら異存はないはずです。
 取りまとめ案は、「『プロセス』としての法曹養成の考え方」という言葉を頻繁に繰り返し、法科大学院制度は「法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた『プロセス』としての法曹養成を目指して導入されたもの」と位置づけています。
 しかし、この「プロセス」や「有機的に連携」という言葉が具体的にどのような意味を有しているのか、理解できる国民はどの位いるでしょうか。
 弁護士である私であっても、理解不能です。

ⅱ) 法科大学院制度が導入される以前の法曹養成制度は、法学教育(法学部における教育が中心)、司法試験、司法修習(司法研修所における合同修習、各地の裁判所、検察庁、弁護士会・法律事務所における実務修習)によるものであり、実務家教育は2年間の司法修習が中心となっていました。この法曹養成制度の一体どこが問題なのか十分に検証もなされないまま、司法試験という「点」のみによる選抜ではダメ、旧司法試験では予備校による受験技術優先の教育が前提とされていたのでダメというレッテル貼りのみがなされ、新たな法曹養成の方法としてアメリカ式ロースクールの導入が突如提唱されたのです。
 現在、法科大学院制度導入後の法曹の質の低下が問題となり、法科大学院による教育効果が疑問視されていますが、これに対して法科大学院側は猛反発して、法科大学院卒業の法曹の「質の低下」を具体的に明らかにせよと迫っています。
 しかし、これと同じことが、かつての旧司法試験合格の法曹についても、議論されたのでしょうか。かつての2年間の司法修習とOJTを中心とする法曹養成制度によって養成された法曹の「質の低下」はきちんと実証されていたのでしょうか。そして、司法試験という「点」により選抜(実際には司法試験による選抜後に2年もの司法修習があり、修習終了後に2回試験もあるのですから、「点」による選抜というのは適切な表現とはいえません)が、受験技術を優先するものであったという事実は、きちんと実証されていたのでしょうか。

ⅲ) 法科大学院を中核とする法曹養成制度は多くの問題を抱えていること(このこと自体は取りまとめも認めている)が明白となった今、旧司法試験時代の法曹養成制度よりも、法科大学院制度導入後の新法曹養成制度の方が、法曹養成制度として優れていると主張する方々は、改めて旧司法試験時代の法曹の質の低下を具体的に説明し、法科大学院制度を中核とする新法曹養成制度ではその質の低下がどのように改善・克服されたのかを、だからこそ多くの問題を抱えていても新法曹養成制度が維持されるべきであるということを、具体的に説明するべきです。
 その上で、法科大学院制度を中核とする法曹養成制度を維持するのが、法曹の利用者である国民、法曹志望者らにとって本当に望ましいことなのかが検討されるべきですが、取りまとめ案にはこのような視点は全くありません。

第2段に対してー法科大学院制度を維持するためだけに、一部の法科大学院に定員削減や統廃合などの組織見直しを迫ることは、新たな問題を発生させるだけである。法学未修者の法曹志望者には、法科大学院による教育以外の法学教育の場を検討すべきである。

 取りまとめ案は、あくまでも法科大学院制度の維持を前提に、「教育体制が十分でない」法科大学院の定員削減と統廃合などの組織見直しを促進する必要がある、としています。
 しかし、法科大学院も大学である以上、本来、大学の教育の自由が認められるべきであるにもかかわらず、「教育体制が十分でない」という必ずしも判断が明確ではない基準によって、補助金削減等の方法(いわば兵糧攻め)で事実上強制的に定員削減や統廃合等を迫るということは、教育の本来あるべき姿とはほど遠い残酷な施策であると思います。このような残酷な施策を取らなければ法科大学院制度による教育理念が実現不可能というのであれば、直截に法科大学院制度自体を見直すべきです。
 法学未修者に対する法科大学院教育に無理がある(法学教育1年だけで既修者と同じレベルに達することが要求されている)ことは多くの方の指摘するところであり、後述のとおり法学未修者に対しては法科大学院制度を前提としない法学教育の場が検討されるべきです。

(2) 法曹志願者の減少、法曹の多様性の確保
第1段・第2段に対してー法曹志願者の減少の理由は、司法試験合格率が高くないせいではない。一番の理由は、法曹、特に弁護士の職業としての魅力が低減してしまったためである。

ⅰ) 取りまとめ案は、法曹志願者の減少の理由の第一に「司法試験の合格状況における法科大学院間のばらつきが大きく、全体としての司法試験合格率は高くなっておらず」ということを掲げています。
 しかし、旧司法試験時代には合格率が2,3%であっても志願者は減ることはなかったのですから、これは理由になりません。
 取りまとめ案にもあるように、「司法修習修了後の就職状況が厳しい一方で、法科大学院において一定の時間的・経済的負担を要することから、法曹を志願して法科大学院に入学することにリスクがあるととらえられていること」こそが一番の原因でしょう。
 順番こそ違っていますが、後者を法曹志願者の減少理由の一つとして認めたことは評価できます。
 今日では、インターネットの普及等によって、弁護士過剰による司法修習生の就職難、弁護士の年収の減少等が知れ渡っているので、弁護士を目指そうという若者が激減したのは自然の成り行きです。
 前述のとおり、およそ資格というものは就職や収入において有利に働くものであるはずなのに、法科大学院の高額な学費を負担し数年という年月をかけて法曹資格を取得しても、就職や収入においてさして有利とはならないと分かれば、いやそれどころか弁護士になっても就職ができず奨学金や司法修習中の貸与金の返済すら困難となるというリスク(現在ではかなり高率となっており、これからますます高率となるであろうリスク)があるとなれば、法曹志願者が激減するのは当然です。また、法曹を将来の職業の選択肢の一つとして検討している法学部生以上に、既に社会人として一定の収入や地位を得ている者が、このようなリスクに躊躇するのは当然のことであり、法曹の多様性確保が困難になっている要因となっています。

ⅱ) なお、法曹志望者の圧倒的多数が弁護士を目指しているわけですが、裁判官や検察官をめざす法曹志望者にとっても、弁護士過剰によって弁護士として自活することが困難になっているという実情は無関係ではありません。一旦、裁判官や検察官となっても、仕事の内容や職場環境に適性を感じなかったり、家庭の事情等によって裁判官や検察官を退職し弁護士に転職する方も、かつてはかなりの人数がおられましたが、今は少なくなっていると思います。これは、弁護士に転職すると収入が激減してしまう可能性が高いためと推測されますが、このことも裁判官、検察官志望の法曹志望者も減少する背景事情となり、法曹全体の志望者が減少する理由の一つとなっていると思います。

ⅲ) 法曹志望者の絶対数が減少してしまうことは、相対的に優秀な志望者も減少することを意味し、司法の危機を招きます。
 この法曹志願者激減の要因を解消するには、法科大学院修了を司法試験受験の要件とせず、弁護士人口を弊害が生じない程度に保つために司法試験合格者数を1,000人以下(弁護士の自然減が年間500人程度なので、司法試験合格者数を1,000人程度としても弁護士人口は毎年500人程度増加する)にまで減らす以外にはないと思います。
 そうすれば、弁護士となるまでの時間的・経済的負担が減るとともに、司法修習生の就職難も解消し、弁護士という職業の経済面での不安が減少するので、もともと弁護士という仕事の本来の魅力に惹かれていた優秀な法曹志望者たちが戻ってくる可能性が高まるでしょう。
 
(3) 法曹養成課程における経済的支援
第1段に対してー意欲と能力のある学生が奨学金の返還免除を受けられるからといって、経済的理由で法科大学院への進学を断念する法曹志望者がいなくなるわけではない。

ⅰ) 検討結果は、法科大学院生のための充実した奨学金制度について説明し、意欲と能力のある学生なら奨学金の返還免除を受けられるから経済的理由で修学を断念することはない等と述べています。
 しかし、奨学金の返還を減免されるほどの意欲と能力のある学生であれば、法科大学院制度導入前には、法学部教育のみで、あるいは独学によって、短期間に司法試験に合格し、司法修習、OJTを受けて早期に優秀な法曹になっていたことでしょう。そのような学生にとっては、法科大学院に2年から3年拘束されるということは足かせ以外の意味しかありません。また、国民にとっては、そのような学生の(法科大学院制度導入前なら不要だったであろう)奨学金についてまで国庫から負担させられるというデメリットがあります。

ⅱ) また、意欲と能力のある優秀な学生であっても、奨学金の返還免除を受けられるからといって法科大学院への入学を断念しないですむとは限りません。現実には就職をして生計を立て家族を養わなければならない人もいます。夜間の法科大学院もありますが、仕事の責任を果たし、夜間の法科大学院に通学して単位を取り、かつ司法試験の勉強もする(法科大学院の授業では司法試験対策の勉強はさせてもらえないため)には並はずれた体力、気力が必要となります。
 かつての旧司法試験時代には、一旦就職をして仕事をしながらマイペースで司法試験の勉強を続ける人が大勢いました。しかし、今は、そのようなことをするのは、司法試験の受験資格を得るのに(極めて狭き門となっている)予備試験に合格しなければならないので、非常に困難です。
ですから、十分な経済的支援があるから、意欲と能力さえあれば、法科大学院制度のもとでも、経済的理由によって法曹志望を断念することはないという理解は間違いです。

第2段に対してー司法修習生に対する経済的支援の在り方について、なぜ「貸与制を前提」としなければならないのか。「司法修習生の修習専念義務の在り方」を検討するというが、修習専念義務を廃止して修習生にアルバイトを認めるということを意味するのであれば、司法修習期間の短縮、給与制の廃止とともに日本の法曹養成制度に危機を招くことになる。

ⅰ) 検討結果が、「司法修習が、法曹養成において実務教育の主要部分を担う不可欠の課程として置かれており」としていることは評価できます。
 いくら「法科大学院こそ法曹養成の中核」と美辞麗句を並べても、実際には司法研修所、裁判所、検察庁、弁護会及び法律事務所における実務家教員による修習にまさるものはありません。実際にあった事件を題材にして裁判所に提出する書面(訴状、答弁書、準備書面、弁論要旨等)を作成させる等の研修所における実務教育、裁判所、検察庁、法律事務所において実際の事件を生で体験した上で現役の裁判官や検察官や弁護士から受ける指導なくして、どうして実務家を養成できましょうか。
 ところが、新法曹養成制度では、司法修習はかつての2年間から1年間に減らされ、実務修習の際にも生の事件を断片的にしか体験できず(一つの事件は最初から最後まで短くても数ヶ月かかるため)、裁判修習では修習生の数が多すぎて、裁判官室に修習生の机が置けず修習生は裁判官の合議などを見聞きすることもできない状態だということです。

ⅱ) 弁護士志望者にとっても裁判修習は貴重な体験です。修習時代、私を指導して下さった裁判官は「良い弁護士が育つことは裁判官にとってもありがたいことだ。」と述べられて、弁護士志望の修習生に対しても分け隔てなく指導にあたっておられました。
 その裁判修習を満足に受けられないという今の司法修習生は大変気の毒であり、また裁判官にとっても残念なことだと思います。
 また、最近、トップクラスの法科大学院(法曹養成制度検討会議の法科大学院に関係する委員が「定評ある法科大学院」と評している法科大学院の一つ)を卒業した司法修習生から、「実際の事件の内容証明の起案をして、指導担当弁護士から細かい添削を受けたが、もっともなことばかりだった。いろいろな実務上の指摘をされるのは本当にありがたい。実際に弁護士の仕事をするときに役立つことばかりだ。法科大学院に行っていた2年間がなく、もっと早く実務修習を経て実務についていたら、今頃は自分はもっと成長できていたと思う。」という趣旨のことを聞いて、私は「定評ある法科大学院」であっても法科大学院における教育とはその程度のものだったのかと驚きました。自分自身の体験とも併せ、やはり実務家は現実の事件と向き合うことによって育てられるのであり、充実した実務修習と勤務弁護士時代のOJTは「より良き弁護士」を養成するためには絶対的価値を持つものだと確信しました。

ⅲ) ところが、今の司法修習では司法研修所の前期修習が廃止されてしまったため、司法修習生が実務修習地でいざ実務を実体験するという段になってどうしていいか分からず大変困った状況に陥ってしまい、前期修習の代替となる講習などを弁護士のボランティアによって実施している弁護士会もあるほどです。
 そして、司法修習の後半ともなると、弁護士志望の司法修習生は就職活動に力を入れざるをえず(早くから就職活動を始めないと就職が不利となるため)、遠方での就職を望んでいる者は就職活動のための移動時間や交通費等がかかり大変だということです。このように就職活動にいそしまなければならないため、司法修習生が修習に身が入らなくなるという事態に陥っている上に、「修習専念義務」がなくなりアルバイトをする修習生が増えれば一体どういうことになるかは容易に想像がつきます。
 司法修習の短期化と就職活動の激化に加え、修習専念義務がなくなれば、司法修習の一層の質の低下は避けられないでしょう。

ⅳ) 問題は、なぜ修習専念義務をなくしてまで修習生にアルバイトを認めざるを得ない事態に陥ったか、ということです。給費制を維持できていれば、このような事態には陥らなかったでしょう。
 貸与制に以降してから、司法修習を断念してしまう司法試験合格者も続出しています。司法修習を終了しても、過酷な就職戦線が待っており、就職戦線に勝ち残れないとOJTの機会が得られない即独にならざるを得ず、今の弁護士飽和状態では即独では奨学金や貸与金の返済もままならないどころか生計を立てることさえ難しい状況下では、そのような選択をするのも無理からぬことだと思います。しかし、それでは、せっかく並々ならぬ努力をして司法試験に合格した法曹志望者が気の毒であるし、国民にとってもその法曹志望者を育てるために負担した法科大学院への補助金等が無駄になってしまいます。
 かといって、そのような法曹志望者が司法修習を受けることを選択できるように修習専念義務をはずしてアルバイドフリーとすれば、ますます司法修習がおろそかにされ法曹の質の低下は避けられません。これも国民に被害をもたらします。

ⅴ) 取りまとめ案は、「より良い法曹養成という観点から、経済的な事情によって法曹への道を断念する事態を招くことがないよう」にするため、司法修習生の修習専念義務の在り方も検討するとしていますが、「経済的な事情によって法曹への道を断念する事態」を招いているのは、法科大学院制度と司法修習の貸与制です。
 より良い法曹養成のために必要なのは、修習専念義務の在り方を検討するなどということではなく、一刻も早く、法科大学院制度を廃止して、司法修習を2年間に戻し、司法修習を給費制として、修習生が充実した司法修習を受けることができるようにすることです。
 より良い法曹を育てることは国民に対する国の責務です。だからこそ法科大学院に対しても莫大な補助金が投与されているのでしょう。しかし、より良い法曹を育てるために最も効果的なのは、法科大学院制度を維持することではなく、司法修習を充実させることです。そして、そのためには、給費制は欠かせません。
 法科大学院制度を廃止すれば、法科大学院に給付されていた補助金分を給費にまわすことが可能です。その方が、はるかに「より良い法曹を育てる」という目的に対して合目的であると考えます。

2 法科大学院について
(1) この項目については、私は法科大学院制度の維持に反対の立場ですので、同制度を維持するための諸策(「定評ある法科大学院」のみを生き残らせるための苦肉の策と思えます)の提案については意見を述べることは避けさせて頂きます。
 この取りまとめ案が提示する次のような法科大学院制度が抱える課題は、法科大学院制度を廃止(法科大学院修了を司法試験の受験資格とすることをやめる)し、司法修習を中心とする法曹養成制度に戻すことで全て解決ができます。

① 法科大学院間のばらつきが大きく、教育状況に課題がある法科大学院もある。
② 現在の教育力に比して定員が過大な法科大学院が相当数あり、全体としても定員も過大になっている。
③ 法学未修者の司法試験合格率が低く、法学未修者に対する法科大学院の教育に課題がある。
④ 法学部以外の学部出身者や社会人経験者の法曹志願者が減少している。

 ①及び②については、検討結果にもあるように「法科大学院の設置は、関係者の自発的創意を基本としつつ、基準を満たしたものを認可することとし、広く参入を認める仕組みとすべきとした」ためであって、このような結果は法科大学院制度導入時から容易に予想できました。それを、今となって、補助金を削減したり(いわゆる「兵糧攻め」)、人的支援の見直し(裁判官及び検察官の教員としての派遣の見直し)によって統廃合を迫るというのは、「自発的創意」を基本として設立され大学の教育の自由を有するはずの法科大学院の自己否定にほかなりません。また、統廃合を迫られる法科大学院に在学中の学生に被害をもたらす危険もあります。
 ③及び④についても、もともと(純粋に法学を全く勉強したことのない)法学未習者をわずか1年多いだけの教育で法学既習者と同じ学識レベルにもっていくのには無理があったのであり、このことも法科大学院制度導入時に容易に推測できたことでした。
 法学部以外の学生、法学部以外の学部出身者、社会人経験者などを法曹に取り込むためには、他学部からの法学部への転入、社会人入学等がより容易になるように工夫すること、法学部教育をこれらの者にとっても充実した教育内容とすることの方が合理的であると思料致します。

(2) 私は法科大学院の教育に関与しておりませんので、実際の法科大学院においてなされている教育の具体的内容については自身の経験として論評できる立場にはありませんが、法曹養成制度検討会議の委員であり法科大学院の教員でもあられた和田吉弘弁護士が次のような意見を述べられています。

「法科大学院における教育は、現状では、残念ながらその多くが司法試験にも実務にもあまり役に立たないものである。」

 この和田委員の意見は、前記司法修習生から私が聞いた話の内容とも一致します。
 これが事実であれば、何のための法科大学院なのか、さっぱり分かりません。
 司法試験との関係でいえば、法科大学院は司法試験合格率の上下で評価されるにもかかわらず、司法試験の合格率を上げるための教育をすることは禁止されています。しかし、学生は、司法試験の受験資格を得るために法科大学院に通学しているのですから、これは大変つらいものだろうと思います。司法試験に合格しなければ法曹の卵にもなれないのに、合格する前から模擬裁判や尋問技術等の実務教育を受けても身が入らないのは仕方がないと思います。
 教育内容についていえば、法科大学院教育はおそらく医学部教育を見本としているのでしょうが、医学部卒業生の医師国家試験合格率が90%を越え、医師免許を有する教員が臨床でも直ちに役立つ医学知識や技術を教えている医学部とは根本的な違いがあります。
 結局、何としても法科大学院制度を維持しなければならないほどには法科大学院における教育が司法試験にも実務にも役立つものではないというのであれば、一刻も早く法科大学院制度を廃止すべきです。
 法科大学院制度を廃止しても、優れた実務教育を実施している法科大学院であれば、法曹志望者以外も、企業の法務部に所属する社員、司法修習生、弁護士らの中にも専門講座の受講を希望する者も出てくるでしょうから、これらの者も受講できるように法科大学院の教育課程が工夫されるべきであると考えます。

3 司法試験について
(1) 受験回数制限―受験回数制限は撤廃されるべきである。

 検討結果では、受験回数制限は「法科大学院における教育効果が薄れないうちに司法試験を受験させる必要があるとの考え方から導入したものである。」としています。
 そして、受験回数制限を撤廃するべきという立場に対しては、① 旧司法試験下で生じていた問題状況を再び招来することになること、② 法科大学院修了を受験資格とする以上は法科大学院の教育効果が薄れないうちに受験させる必要があること、③ 人生で最も様々なものを吸収できる、あるいは吸収すべき世代である20歳から30歳代で本人に早期の転進を促し法学専門教育を受けた者を法曹以外の職業での活用を図るための一つの機会ともなること、から受験回数制限を設けること自体は合理的であるとしています。
 しかし、①の旧司法試験下で生じていた問題状況とは何なのかの具体的説明はなく、②の5年程度で「教育効果」なるものが薄れるのか疑問であり、③については、法曹という職業に就くことを断念するか否かは法曹志望者個人の問題であり、国が介入すべきではない私的領域に属する事柄であることから、何ら受験回数制限には合理的根拠はないものと思料致します。
 この受験回数制限なるものは、結局、法科大学院卒業者の累積合格率を下げないためにだけ設けられたものとしか思えません。

(2) 方式・内容・合格者決定
 検討結果にあるように、司法試験において基本的な法律科目を重視して法的思考力を試すことには賛成ですが、基本的な法的知識の習得の確認を軽視することには賛成ではありません。
 あくまでも、前記司法試験法の定めるように法曹として「必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定すること」(同法1条)が目的とされるべきであり、法科大学院の現実の教育内容に合わせて「法科大学院の修了試験」のように改変されることには反対です。
 また、司法試験委員会において、「現状について検証・確認しつつより良い在り方を検討」されるのには賛成ですが、司法試験委員会の委員からは法科大学院の教員ら関係者は一切排除されるべきであると考えます。法科大学院関係者の委員が実際には公平を欠くような行為をされていなくても、外部からみれば公平を欠く行為がなされているのではないかとの疑念を持たれかねないのですから、法科大学院に関係している方は委員の選考要件を満たさないとすべきです。

(3) 予備試験制度
 検討結果は、予備試験によって「既に本来の制度の趣旨とは異なる状況が生じており、その傾向が拡大して法科大学院を中核とする法曹養成制度のいわゆるバイパスになるおそれや、それが法科大学院の教育及び法曹を目指す者の学習に及ぼす影響等への懸念が示されている。」としています。
 「本来の制度の趣旨とは異なる状況」とは、おそらく法科大学院生が在学中に予備試験を受験することを意味していると推測されますが、学生がなぜそのようなことをするのかが理解されるべきです。
 法科大学院生にとって、法曹になってからも「法科大学院修了資格での司法試験合格」という事実よりも、「予備試験合格資格での司法試験合格」という事実の方が高く評価され、就職にも有利になるからにほかなりません。結局、学生にとって、法科大学院は経済的・時間的負担でしかないのです。
 いわゆる大手の法律事務所は、こぞって予備試験合格の法曹を優先的に求職しているという事実を、そして予備試験合格者の司法試験合格率が法科大学院修了資格での司法試験合格率よりもはるかに高いという事実を、検討会議はどのように理解されているのでしょうか。
 法曹を利用する国民にとっては、優秀な法曹でさえあれば、法科大学院卒業者であっても予備試験合格者であってもどちらでもかまわないのです。
 「法科大学院の教育及び法曹を目指す者の学習に及ぼす影響等への懸念」とは、予備試験経由で法曹になる途を選択する法曹志望者が増え(現実に今年は激増しています)、法科大学院への入学希望者が減少することを指しているとすれば、これは単に法科大学院制度を維持したいがための懸念でしかなく、国民や法曹志望者の視点に立った考え方とは到底思えません。

4 司法修習について
(1) 法科大学院教育との連携

 法科大学院と司法修習との「有機的な連携」(この言葉に合理的意味があるのか不明)と言われますが、実務教育が法科大学院と司法修習とに分断されてしまい、かえって成果が上がっていないと考えます。現在は、前述のとおり多くの弁護士会が前期修習(本来は法科大学院によって「実務への導入教育」としてなされていなければならないもの)に代わる教育を担当弁護士のボランティアによって行っているという状況ですが、これも弁護士過剰による競争の激化のために担当弁護士に余裕がなくなってきているので、いつまでボランティアで質を維持しつつ継続できるか分かりません(現在は司法修習生の指導担当弁護士ですら、なかなか確保できないという状況です)。
 法科大学院において法曹になれるかどうか分からない者に対して、法曹倫理や尋問技術等の実務を学習させても、学生自身に勉学意欲が湧かないのは当然のことであり、また国民にとっても補助金等の国庫負担が無駄になる確率が高く、合理性がありません。
 法曹志望者にとっても、国民にとっても、法曹になることがほぼ確実な人間に法曹に必要不可欠な実務教育を実施することの方がはるかに合理的です。
 実務教育は、司法修習1本に絞り、司法修習を2年間に戻して充実させるべきです。

(2) 司法修習の内容
 検討結果は、「司法修習の段階でも、より多様な分野について知識、技能を習得する機会を設けられていることが望ましい。」としていますが、1年間に短縮され、しかも弁護士志望者の場合、就職難のために早くから就職活動を開始せざるをえず、そのため修習に身が入らないという状況下で、「多様な分野について知識、技能を習得する機会」を設けること自体に無理があります。
 また、和田委員が指摘されているように、弁護士の場合、「法廷外の弁護士活動も、最終的に法廷に持ち込まれた場合にはその事案が裁判所によってどのように判断されるか、ということを念頭に置きながら行う必要がある」のであり、訴訟実務の習得は必要不可欠です。しかし、1年間の限られた修習では、この訴訟実務すら満足に習得することは困難です。ましてや、多様な分野について知識、技能を習得するというのは至難の技であり、逆に散漫な修習となって虻蜂取らずとなりかねません。

5 継続教育について
 現在でも弁護士会では継続教育を実施していますが、これに法科大学院の教員らが協力することについては、異存ありません。
 大学院が、専門講座を法曹や法曹以外の企業や公共団体の法務担当者らに開放し、これらの者が「先端的分野等を学ぶ機会を積極的に提供する」ことは取り組まれるべきことであると思いますが、現在の法科大学院に弁護士会の専門研修以上の実務教育が可能であるかどうかは疑問です。

<最後に>
 現在の日本の法曹養成制度は破綻に瀕しつつあると思います。今の法曹養成制度と弁護士人口の激増のもとでは、優秀な人材が集まらないし、優秀な弁護士は育っていかないでしょう。
 この書面を推敲している際中に、今年の法科大学院入学者合計数が2,698人で過去最低を更新し、学生を募集した法科大学院69校のうち93%に当たる364校で定員割れとなったことが発表されました。日本の若者は司法界を見限りつつあります。
 いかに優秀な種をまいても、土壌が豊かでないと立派な苗には育ちません。貧困な土壌に粗悪な種をまけば、更に育ちません。
 このままでは、日本の司法は崩壊し、国民を不幸にする事態が遠からずやってくるでしょう。
 法曹養成制度検討会議におかれては、出来てしまった法科大学院制度をなんとか維持・改善しようと必死に打開策を見出そうとされているようにお見受け致します。これは、法科大学院関係者の委員が多かったことも影響していると存じます。
 しかし、そのような立場を離れて、客観的・公平な立場からみて、果たして法科大学院制度の維持を至上命題とすることが本当に日本の司法のためになるのか、国民や法曹志望者のためになるのか、熟考して頂きたいと存じます。
                                         以 上

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コメント

ちょっとかんどーしました。僕はここまで考える時間がないのですがちょっと読んで考えてみるとそうだなあって思います。まあ,無理筋の事件化は依頼者が納得して望まれるのなら,若手のとおる道のような気はしますけど。弁護士の裁判官への任官ばかり気になりますが,裁判官や検察官が弁護士になるのは事実上無理になったという視点は発想にはありましたが少し目が覚めました。たしかに,以前,裁判官,検事,一時的に弁護士をしていたというとても珍しい経歴の方がいらっしゃったけど「今は弁護士になるのは無理」って言っていたのが印象的でした。だから、検事から(一時的にせよ弁護士登録したものの)裁判官になったのというのは,何やら皮肉を感じます。修習生のころ弁護士任官をした人があいさつに来たのですが,部総括から「何か影の薄い人で,昔から裁判官のような方でしたねえ」と笑っておられたかな。

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