マイペット

アクセスカウンター

  • 2006年5月18日~

コメント・トラックバックについて

  •  このブログのコメント、トラックバックは管理人の承認制となっています。このため、ブログに記載されるのに時間がかかることがあります。管理人の判断でブログの記事と無関係なコメント等や、誹謗中傷等の公序良俗に反する内容のコメント等は承認致しません。

アクセスランキング

ブログランキング

  • ブログランキング・にほんブログ村へ
     クリックして頂くとブログランキングがアップします。 よろしければクリックお願いします。

ねこちか2

サイバーキャットと遊べます。猫じゃらしで遊んだり、エサを与えることもできます。

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月29日 (水)

梅雨入り。・・・Twitterもどき(5月29日午後7時35分)

 残業中。打ち合わせのため、相当遅くなりそうだ。 

 東海地方は、早くも梅雨に入ってしまい、連日雨降り。

 今年の梅雨入りは、例年よりも10日以上早かったとのこと。

 ベランダのプランターに咲く、「キャットテール・メメ」。

P1020994

 多年草で、もう3,4年ベランダで冬越ししている。挿すと直ぐに根付くので、増殖もしている。

 この赤いフサフサは日に日に大きくなっていく。隣に白いロベリアを植えて、今年は紅白にした。

 うっとうしい日々が続くが、こういうお花を見ると、ちょっとだけ気持ちが晴れる。

2013年5月27日 (月)

やっぱ、外国特派員は違う!橋下氏の外国特派員協会での会見

 外国特派員は、やっぱ日本人記者のように甘くない。

 しかし、よくもまあ、聞きにくいところをズバリと聞きましたねえhappy02

 そこを攻めるとは思っていなかった。

大阪旧遊郭街顧問弁護士の経歴もやり玉に 外国人記者らが橋下市長釈明を追及 (J-CASTニュース)

 ・・・すごいやりとりだ。こわっ!

「合法な風俗」を米軍司令官に勧めた橋下市長、「違法な売春」が横行する飲食業組合から顧問弁護士料を得ていた事実について説明責任を果たすべき (岩上安身氏 BLOGOS)

           thunder

橋下大阪市長、慰安婦問題について会見(BLOGOS)

 ノーカット動画もあります。

27日の橋下氏と特派員らとのやりとり (朝日新聞)

橋下氏、外国特派員協会で会見 慰安婦めぐる発言「誤報された」 (FNNニュース)

橋下氏は、外国人記者などを相手に、アメリカ軍に風俗業を勧めた発言を撤回したが、いわゆる「従軍慰安婦」をめぐる発言については、「『戦時においては』、『世界各国の軍』が女性を必要としていたのではないかと発言したところ、『わたし自身が』必要と考える、『わたしが』容認していると、誤報されてしまいました」と述べた。

 あいかわらず、「誤報」を貫き通したようだ。

 ここは、日本人記者も頑張ってもらわねば。

 橋下氏の5月13日の問題発言

認めるところは認めて、やっぱり違うところは違う。世界の当時の状況はどうだったのかという、近現代史をもうちょっと勉強して、慰安婦っていうことをバーンと聞くとね、とんでもない悪いことをやっていたとおもうかもしれないけど、当時の歴史をちょっと調べてみたらね、日本国軍だけじゃなくて、いろんな軍で慰安婦制度ってのを活用してたわけなんです。

そりゃそうですよ、あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです。ただそこで、日本国が欧米諸国でどういう風に見られてるかというと、これはやっぱりね、韓国とかいろんなところの宣伝効果があって、レイプ国家だって見られてしまっているところ。ここが一番問題だからそこはやっぱり違うんだったら違うと。

橋下徹大阪市長「米軍の風俗業活用を」はいかなる文脈で発言されたのか(2013年5月13日) 大阪市長・橋下徹氏ぶらさがり取材全文文字起こし (synodos).より (下線は私が付したもの)

 この「慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです。」の「誰だって」の中に「橋下氏ご自身」だけは入っていないというのは、どう言い訳したところで「詭弁」でしょう。

2013年5月25日 (土)

司法試験合格者数3000人をやたら急ぐ中坊公平氏と慎重な他の委員たち。

 この集中審議の議事録は大変興味深い。この集中審議が、現在の司法改革の失敗の発端といえるだろう。

司法制度改革審議会集中審議(第1日)議事録 より (下線、太字は私が付したもの)

【佐藤会長】時間もどんどん進みますけれども、この法曹人口の問題について御発言いただければと思います。

【水原委員】先ほどのところでも議論が出ましたけれども、法曹人口が足りないという意味において、これは異論のないところだと思うんです。したがって、増加はしなければいけないけれども、先ほど来議論になったとおり、増加にはマーケットと質が伴わなけれはいけない。どれくらいのマーケットがあるものなのか、需要はどれくらいあるのかということの予測と、それから、ロースクールになるかどうかわかりませんけれども、司法試験の合格者の質がどれくらい向上していくか、その2つがもう少し検証されていかないと、法曹人口について幾らが適正であるかというのは非常に難しい問題ではないかという、当然の話を申し上げました。そういう意味では、その都度その都度の検証をしていくことが非常に大事じゃないかという気がいたします。

 この水原委員というのは 弁護士(元名古屋高等検察庁検事長)水原 敏博氏のことです。

 この水原氏のご意見はごもっともだと思います。

 この水原氏の意見の後に、吉岡初子委員(主婦連合会事務局長)、井上正仁委員(東京大学法学部教授、現在は法曹養成制度検討会議委員)、藤田耕三委員(弁護士、元広島高等裁判所長官)の発言が続きます。

【吉岡委員】質の問題で、先ほど井上委員が、合格者の下の方と不合格者の上の方との差がすれすれだとおっしゃっていましたね。その不合格者のすれすれのところが相当数いらっしゃるとおっしゃっていましたね。そのすれすれのところ、例えば100点満点の90点が合格だとしたらば、それを89点とか88点にした場合には、相当数が合格するわけですね。

【井上委員】理屈の上ではそれはそうですけれども、合格点自体が、80点とか90点というほど高ければいいんですが、今の合格点がどの辺に位置するかというのはなかなか位置づけにくい。人によっても受け取り方が違いますから、あくまで私の感じで申し上げますが、私にもし絶対権力を与えてくれてやれば、かなり低いんじゃないかと思います。それは毎年の答案の採点を付けている感じで、試験問題との対応もあるものですから、一概には言えないんですけれども、私から見ますとちょっと力が足りないかなという層がかなりいる。しかし、これはきちっと教育をすればレベルアップすることは恐らく間違いないだろうと、印象で物を申し上げたのです。

【吉岡委員】相当数というところが非常におおざっぱでわかりにくいんですけれども、今、司法試験の合格者が1,000人までいっていますが、相当数あるというのは、今のままでいっても、合格点を少し下げてやるか、あるいは少し教育をすれば、1,500人とか2,000人にはすぐ行くということですか。

【井上委員】合格水準を単純に下げればどんどん増えることは確かです。詳しいデータは分かりませんけれども、恐らく真ん中の辺がふくらんでいる成績分布になっていると思うのです。おおまかなことしか言えないんですが、その中にある程度教育すれば上に乗る人もいる。今の司法試験を前提にしてもそう言えるかもしれませんが、制度論としては、層としてレベルを上げていくということで考えないとちょっと難しいのではないかと、私は思うのです。

【吉岡委員】既存の制度を前提にして、今の4年制の法学部でロースクールはないという、その前提でしても、相当数上がりそうだということですか。

【井上委員】今の分布を前提にしますと、法学部を前提にするのか、受験予備校を前提にするのかわかりませんけれども、合格点を単純にどんどん下げていけば、かなりの数が受かるというのはその通りです。

【水原委員】今の問題なんですけれども、今、吉岡委員は80点くらいが合格ラインだという御理解のようですけれども。

【吉岡委員】90点です。

【水原委員】実は60点が合格ラインだと思います。

【吉岡委員】それで3%なんですか。

【水原委員】はい。だからそれより下げたならば、量はどんどん合格者は出るんだけれども、それでいいのかというのが議論になっているわけなんです。

【吉岡委員】でも、60点が合格ラインでもって、3%しか合格しないとすると、今の法学部の教え方がよっぽど悪いということなのでしょうか。

【井上委員】法学部だけじゃなくて、今の制度の下での受験を専らの目標にして勉強しているわけです。ですから、本当に中身がどれだけわかっているのかということで見ると、かなり厳しくなるのです。

【吉岡委員】後で言おうと思ったことですが、司法試験に問題があるのかということなんです。井上先生が思っているような、この人だったら合格させてもいいなという資質、そういう人たちが拾えるような内容の司法試験であればかなり上がるということではないですか。

【井上委員】そこは私の報告でも申し上げましたし、ヒアリングでも法務省の小津人事課長が指摘されていましたが、一種のイタチごっこでして、あくまで客観的、公平な試験をしないといけないということからすると、今のような形は崩せないのです。そして、それに効率的に受かるためには、受験予備校だけが悪いとは申しませんけれども、今のような勉強の仕方になってしまう。そうすると、かなりの層は、大体同じような金太郎飴的になってしまって、その間での評価になってしまう。今のような仕組みを維持する限りは、試験問題を変えるということによって救い上げるようなことはなかなか難しいのではないか。そういう努力を現に試験の方ではやってきた。毎年のようにやってきたわけです。

 しかし、問題の出し方を変えても、1年か2年しか効果がなくて、受験に向けた効率よいプログラムをうたい文句にしているところがたくさんあり、プロですから対応してしまう。そうなるともうだめなのです。

【藤田委員】大分前ですけれども、私も司法試験の考査委員をしたことがあるんですが、及落判定会議で議論をしますと、1点、2点下げるとかなり数は増えるんですが、いつも学者の試験委員の方が下げることを主張され、実務家の司法研修所の教官などが下げるのに反対するという図式で毎年同じことをやっていたんです。学者の方は1点、2点下げたところで大したレベルの違いはないとおっしゃる。研修所の方は、無理して下げた期は後々随分手を焼いて大変だったということなんです。

 そういう意味で学者が学生を見る目と、実務家が見る目とちょっと違うかなという気もするんです。口述試験も守秘義務があるから余り言っちゃいけないのかもしれませんけれども、あるレベルの点数がほとんどの受験者について付くんですが、出来がよければプラス1、プラス2、悪ければマイナス1、マイナス2というような点を付けます。本当は全科目についてレベル点以上を取らなければいけないのですが、それでは予定している人数に達しないので、1科目や2科目、マイナスが付いているような受験生も取るということでやっていました。そういう意味では以前のことではありますけれども、質的なレベルについてはかなり問題があるんじゃないでしょうか。

【井上委員】私も現役で守秘義務があるので、具体的には申し上げられないのですけれども、その点はもっとはっきり差が出るような形でやるようにはなってきているのですけれども、それでもおっしゃるような問題は残っています。

 司法試験合格者数1000人の時点でも、司法試験考査委員経験のある井上委員、藤田委員は、質が低下していると嘆いている。

 その後、高木 剛委員(日本労働組合総連合会副会長)、山本 勝委員(東京電力(株)取締役副社長)が、話を変える。

【髙木委員】試験の出来がいいか悪いかの話はまた別途やってもらう場があるんだと思うんだけれども、人口論をやるわけでして、ともかくアクセスが良くない、弁護士さんも弁護士事務所も、あるいは一部裁判所も、警察には余り連れていかれたくないけれども、そういう意味でのアクセスが非常に悪い、使い勝手を良くしてほしいという、その根っこには、現状ではより多く、より良く、より早くというのもあるんだろうと思うんです。そういう意味で、今までいろんな議論を重ねてきましたが、裁判所にもあるいは検察庁にも弁護士さんも、人が足りない、少額訴訟などは受けてくれる人がいないと、みんな言っているわけです。

 こういうのを予測してどうのこうのというのは、いろんな職種、いろんな仕事があるわけですが、長く定着したような仕事は、一部例外的に仕事の予測可能性みたいな世界があるのかもしれませんが、大方のものというのは、世の中の動きで、結局、過剰になれば、社会がおのずと自律的に調整していくんですよ。食えなくなるわけですから。

 そういう意味で、足りないときはともかく増やす方向を一生懸命志向してみて、それに伴って、陥ってはいけない弊害はどういうことなんだというのをできるだけレベルなどで押えてという、そういう意味で、予測ができないからどうだとか、予測しながらというのは、この種の問題では余り意味がないんじゃないかなと、私はそんなふうに思います。

【山本委員】全く同じ意見です。将来何年ごろまでに幾らにするという議論は、ちょっと現実離れした議論だと思うんです。確かに、現在足りないということは事実なわけですから、とにかく増やしていくということでいいと思うんです。前提が幾つかあるんですけれども、質・量とも必ず需要は増えていくわけですけれども、弁護士さんの兼職禁止というものを徹底的に自由化するということがまず一つ挙げられるでしょう。

 現実問題として、かなりの数の隣接職種の人たちがいるわけです。中坊先生が最初におっしゃったように、将来どういう形でいくんだろうかというのはやはり議論する必要があると思います。してみると、多少は整理という方向が出てくるんじゃないかと私は思うんです。その間はその人たちのリーガル・サービスというのは現実に受けていくわけですから、いろんな不確定要素がありますので、何年ごろまでに何万人にするという議論は、余り好ましくないんじゃないか。現実に来年から幾らくらいに増やしていくかというところを我々は議論すべきじゃないかと思っています。

【髙木委員】山本さんの言われた、私はちょうど中間くらいの感じなんですが、22ページの2050年、こんなものわかるかと思います。この時代に日本はどういうことになっているか。ただ、2010年とか2015年とか、それくらいはまだ、例えば2015年とか2020年に毎年5,000人増やしていったらこうなるとか、3,000人増やしたらこうなるとかいうくらいは、数としては頭に入るけれども、結果的にそれだって社会の需要力として、トータルでそれだけのものが要るか要らんかは、結果的にそれでも足らんということになれば更に社会的に修正されるでしょうし、あそこ入ったって余りうまい飯は食えんぞということになれば違う選択するわけですから。

【山本委員】そうですね。だから、一気にこんなに出るかということも考えなきゃいけないと思うんです。

 高木委員は、他の発言を見ても、弁護士に対してかなり悪い印象をお持ちのようだ(関わられた弁護士がよほど悪かったのではないだろうかと推測する)。

 しかし、「・・・大方のものというのは、世の中の動きで、結局、過剰になれば、社会がおのずと自律的に調整していくんですよ。食えなくなるわけですから。

 そういう意味で、足りないときはともかく増やす方向を一生懸命志向してみて、それに伴って、陥ってはいけない弊害はどういうことなんだというのをできるだけレベルなどで押えてという、そういう意味で、予測ができないからどうだとか、予測しながらというのは、この種の問題では余り意味がないんじゃないかなと、私はそんなふうに思います。 」というのは乱暴すぎる発言だ。

 高木委員は、弁護士過剰の弊害というものを、あまり理解されていないようだ。弁護士が「食えなくなる」までに国民にどういう被害を与えるかということに対する洞察力が欠如している。そして、弁護士には司法の担い手として他の職業と異なる重い責任が課されているとともに、弁護士の養成過程において国民が経済的負担を負っていることも無視している。 

 もっとも、高木委員の「あそこ入ったって余りうまい飯は食えんぞということになれば違う選択するわけですから。」という見通しは、今まさに法曹志望者の激減という形で的中している。但し、単純な高木委員には、井上委員の有する「質の低下」に対する懸念などはみじんもないようだが。

 これに対して、山本委員は、この高木委員に同調しているかのようにみえるが、隣接士業の存在に触れ、「いろんな不確定要素がありますので、何年ごろまでに何万人にするという議論は、余り好ましくないんじゃないか。現実に来年から幾らくらいに増やしていくかというところを我々は議論すべきじゃないかと思っています。」と述べており、 慎重派で、むしろ水原委員の意見に近いように思える。乱暴な意見を頻発する高木委員に同調するかのように見せて、実は懐柔しようとしていたのではないか。

 ちなみに、この山本委員は、ネットで調べると既にお亡くなりになっているようだが、残っている記録を見ると、なかなか人望のあった方のようだ。発言をみても、慎重で理知的な感じがする。なんでも、東電の将来の社長と嘱望されていたとのこと。この方が早死にせずに東電の社長になっていたら、原発事故に対する東電の対応も変わっていたかもしれないと思うと実に残念である。

 高木委員は、労働組合側の代表者であるにもかかわらず、市場原理の徹底を主張するなど、使用者側と立場が逆転しているようで、なんだか皮肉だ。

 さて、これに対して、中坊氏だが、

 【中坊委員】私らこの前やったんだけれども、警察でも550人に1人で、それを外国並みの500人に1人と言っている世の中に、弁護士が7,000人に1人だというのは、やはり絶対的な数字が大きくそれを物語っておると、私はそのように思うんです。

 仮にこれが5万人としても、今度は2,400人に1人なんです。だから、私も弁護士だから、余り急激に増えるのはいけないけれども、国民の立場に立ったときには、せめてそれくらいの人数になって、そのときにも条件付けたみたいに、先ほどからも出ているように隣接業種との関係をどうするのか、それらを全部合わせれば10何万人もいるということですから、そういうところとの関係を言うならば、私は5万人か6万人というものを我々の具体的な頭に描いて、弁護士人口の増加を考えなければならないのではないかということを言ったわけです。

 5万人、6万人にしていこうと思うと、今、私は具体的には毎年3,000人の弁護士が新しく生まれる一方で、毎年500人が死んだりやめたりするとして、2,500人が毎年新しく増えていくとする。現在の1万7,000人がその勘定でどうなっていくかというと、ロースクールというものがこれからできてきて、新司法試験になって、2003年くらいになって、3,000人の数が入ってくるとして、おおざっぱに計算して、2018年にならないと5万人の数にはならないわけです。まず極めておおざっぱにそういう数字をもって言わないと、今、司法制度改革審議会を国民が注視しているんですから、それに対してインセンティブのある数字というものを提示しなければ、私は世の中の人にも、この司法制度改革審議会の在り方が問われると思うんです。

 そういう意味では、私は法曹人口ということから言えば、まず、ロースクールができて、新司法試験に受かる人は毎年3,000名という提案をしていくべきではないか。そうしないと、何もかもすべてが、今おっしゃったようにロースクールだって、仮に卒業生の8割が新司法試験に合格するとしたら、1学年に4,000人くらいがロースクールにいるということになってくるわけでしょう。そういうものを想定しないで、相当数であるとか、急激に増加するとかいう言葉だけでは、我々司法制度改革審議会が国民に対峙したときに、本当にそれでいいのかという問題がある。

 確かに水原さんのおっしゃるように、世の中というのは一般におっしゃるように、社会の需要というものをどう考えるのかということを考えなければいけない。これは確かにおっしゃるとおりなんです。しかし、需要というものは、余りにも今の在り方が違って、だから、懸け離れてしまって、司法がこれほど病的現象になっているというので、これは非常に長くなりますけれども、私は住宅金融債権管理機構・整理回収機構というところで、年間40億円を弁護士さんに払ってきたんですよ。日本最大の依頼者として私はやったんです。そういう弁護士さんの在り方を見ておったら、弁護士さんは全部会社に来てもらっているんですよ。弁護士事務所などへは私の方は行っていないです。約400人の弁護士に、我々としては契約して動いてもらう。そうすると、弁護士の在り方から何から何までがもっと根本的に変わっていただかないと進まない。そういう意味で言えば、需要というものも、そういう意味において重要なんですよ。だから、私はこれから企業内弁護士というのは当然生まれてくるべきではないかと思います。事務所へ来てくれなどと言っておったら話にならない。住専の不良債権は、1兆円とか2兆円とか、ごつい数字ですよ。その不良債権を回収するんだと言われたら、弁護士さんの事務所へ行っていたら話にならない。会社へ来ても、支店長の隣に席が置いてあるわけですよ。あるいは、班長さんの隣に席を置いて、それでやってあれだけの債権が回収できたわけなんです。だから、弁護士の在り方というのはこれから変わらないといけない。

 そういうことで言えば、非常におおざっぱな数字で言えば国民1人に対して幾らだよということを聞いたときに、今の数字では余りにも少ない。それでは、これからどうするのかと具体的に言われたときに、その合格者の人数ですら、「相当数」ということでは、審議会としての国民に責任を果たしたことにはならないと思うんです。

 私は一つの提案ですけれども、毎年3,000人の新司法試験の合格者をこれから採用していくんだということを審議会の方針として打ち出していくことが、今、必要なのではないか。私はそのように思います。 

 やっぱり、中坊氏は、強硬に3000人案を提案する。これは、明らかに、青山善充教授の   ロースクール構想(司法試験合格者数3000人の出発点はここ。参照)に呼応した発言だ。中坊氏は、法科大学院制度推進派と完全に提携していることが分かる。

 そして、中坊氏は自身の住宅金融債権管理機構・整理回収機構における実績をひけらかしつつ、弁護士が変われば需要も生まれる、企業内弁護士も必要と強調する。

 他の委員は、

【北村委員】私は法科大学院ができて新司法試験となったときに、今、中坊委員は3,000人とおっしゃったんですが、その3,000人でやってみて、途中で、例えば2,000人にしましょうとか、1,500人にしましょうということは非常に難しいことだと思うんです。一旦法科大学院を作ってしまったときに、それが国のお金でできているならまだしも、それぞれの団体が自己の負担の下に作っているときに、そういうような政策はとってもらいたくないなと。だから、はじめに何千人と決めたときには、多少の上下はありますけれども、ほぼそういうような形でいくというような見込みが必要なんじゃないかなと思うんです。

 今、中坊委員が3,000人とおっしゃったこともすごくよくわかりまして、これは例えば2,000人にしますと、なかなか数が増えていかないということもあると思うんです。そのために、今とにかく足りないんだから、今の問題としては、先ほど山本委員がおっしゃったように、隣接士業の中でいろいろと弁護士の仕事をカバーしている方がいらっしゃる。そういう人たちを取り込むような形で、国民が使いやすいようなものを考えていく。それを法曹人口の中に入れる入れないは別の話だと思います。そういう形でカバーしていくというようなことで、今のところは考えていくということがいいんじゃないかなと思っているんです。

 弁護士さんが何年間働くかと言えば、私は45年じゃないかと思うんです。ちょっと支障が出てきてしまうんですが、あくまでも平均で45年くらいじゃないか。特に弁護士事務所の法人化とか何とかということになりますと、必ず定年制というのが置かれることになりますし、もし定年で辞めてから個人で開業ということになると、なかなか仕事が増えていかないという部分があるんじゃないかなと思うんです。そうすると、細かい点はいろいろありますけれども、45年で考えて、例えば2,000人ですと、単純に計算して約9万人というのが概算の数かなと思っているんです。ですから、3,000人というのは増やし過ぎであるという意見が出てくるかなと思います。

 北村委員というのは、中央大学商学部長の北村敬子氏のことである。この北村委員も、大変慎重である。

 北村委員の「私は法科大学院ができて新司法試験となったときに、今、中坊委員は3,000人とおっしゃったんですが、その3,000人でやってみて、途中で、例えば2,000人にしましょうとか、1,500人にしましょうということは非常に難しいことだと思うんです。」という発言は、まるで現在の状況を見通したかのようだ。

 現実に、日弁連は、司法試験合格者数2000人維持と提言して、その後1500人への減少を提言し、大変苦戦しているのだから。

 北村委員は、大変優秀な予言者といえるだろう。

 しかし、中坊氏は、この北村委員の発言に対して、直ちに反撃する。

【中坊委員】私はときどき北村さんと意見が合わないから言いますと、先ほどからも言っているように、仮に3,000人を合格者としても、人口比で行けば、5万人になるのに2018年、今から約20年近く先なんですよ。今言う3,000人というのは、正直言ってミニマムの数字、少ない数字なんです。だから、当面の目標が3,000人になってくるし、確かに言うように隣接業種との関係を何とかしてこれは統合していかないといけないと思うんです。だからおっしゃるように、今、職業としてできている隣接業種というものをどう見るか。これはこの前の弁護士改革の審議のときに申し上げたように、日本国はなぜ社会の血肉と化していないのか、弁護士の要らない社会政策というものをずっと取ってきて、この前も税理士さんがおっしゃったように、税理士さんは行政の監督でしょう。国税庁の下にできておる人が税務のことをするということ、確かに申告のことはできたとしても、本当にそういう姿が司法のあるべき姿だろうかということを考えてみると、やはり根本的に問題があるわけです。

 だから、私としては、先ほど言う3,000人という数というのは、少ないところで取って、かつ当面の目標としてこのくらいということ。そうすると、大学の学生は4,000人くらいになるだろうということを想定して、この間私は5万人から6万人ということを弁護士改革のときに言ったのであります。だから、今、北村さんの御心配いただくことは、3,000人という数はむしろ一番少ないところで勘定して、私らはこのときにはこの世にいないわけです。だから、あなたの言われるように弁護士さんは70歳で辞めている。だから私も4月25日のこの審議会で決まったときに、私が数というものについてかなりこだわったのは、そういうふうに審議会というものが国民に対峙しておるときに、我々が今それを言うべきかということは、確かに北村さんもおっしゃいました。私は場合によっては訂正しますがなと言うておいたけれども、今この審議会というものは国民に対してどう返事をするかということが差し迫っているんで、3,000人という数は、決して、今言うように、下げなければいけないという数字にはならない。必ず将来は増えてくる。そして、統合して、私は本来言えば、一つの職業として、司法として独立したものの中に、あらゆる業種が、アメリカと同じように弁護士さんがタックス・アトーニーにもなるようにもっていかないと、これは日本全体の司法制度がうまくいかない。

 だから、決して北村さんのおっしゃるように3,000人という数は多い数ではなしに、一番少ない数字を言って3,000人ということです。

 中坊氏は、簡単に「隣接士業の統合」などと言われるが、そんなに簡単にいくものではないことは当時から分かっていたことだ。

 さて、井上委員は、

【井上委員】北村先生が心配なさっているのは、最初の3,000という数が多いということよりは、そのままずっと増えていって、どこまで行くんだろうか、それを懸念しておられるのではないでしょうか。

 もう一つ、ロースクールとの関係なんですけれども、3,000人にしたらロースクールの総定員は4,000人とおっしゃいましたけれども、最初から一挙にそうなるわけではなくて、将来ロースクールに一本化するとしても、当分の間は経過措置として現在の司法試験も残さないといけないわけです。

 他方、質の維持という点で、余り質を言うと叱られるかもしれませんけれども、ロースクールのレベルを維持するためには、少なくとも学生と教師の割合というのはきちっと決めないといけませんし、その教師に一定の資格要件というものを課するとすると、現実問題として、最初から一気にそれだけの数を育成できるだけのロースクールが設立されるものかどうか。その辺は予測の問題ですが、私は、現実的には、もう少しステップを切って、増やすとしても、5年ごとに増やすとか、あるいは2年ごとに増やすとかいうことを考えていかないと、滑り出しのところで、わっと広げたけれども、お客さんが来ないということになるかしれません。あるいは逆に非常に乱立してしまうという恐れもあるので、その辺は慎重に制度設計をした方がいいかなという感じがします。

 井上委員は、ロースクールの数は徐々に増えていくものと予想していたようである。最初から3000人とぶち上げると、ロースクールが乱立し、学生の質も教師の質も下がってしまうことを心配している。

 この井上委員の心配は、北村委員の心配と同様に、現実のものとなってしまったわけだ。

 井上委員も、中坊氏に比べれば、はるかに慎重である。

 法曹養成制度検討会議の議事録を読んで抱いていた井上教授に対する悪感情が、この議事録を読んでからはかなり緩和されました。 

 その後、 

【鳥居委員】さっき山口さんが説明してくれた73ページの資料22は精密にできています。私、実は明日御報告しようと思っていたのですが、日本では医師1人に対して国民が大体520人なんです。弁護士1人につき国民7,230人なんです。これに対して、アメリカは医師1人につき国民336人、弁護士1人につき国民は307名です。ですから、アメリカを一つのメルクマールと見たときの目的値になるんですね。

 しかし、それはどう考えても無理で、もっと手前で考えなきゃいけないわけで、弁護士1人当たり国民7,230人を、どのくらいまで持っていくのかということを考えてみます。約5万人の弁護士を想定したらどうかという試算をしてみますと、弁護士1人につき国民2,450人です。資料22では、一番右端の列を上からずっと見てきますと、2013年のところに2,455という数字が出てくるんです。これは、3,000人の司法試験合格者を想定していった場合に、2013年で目的が達成されるということを示しており、要するに、この数字がポイントだと思います。2010年から2013年、つまり今から大体10年計画で5万人の弁護士を作るという数字と整合的なのです。この表の一番上の左端を見てみますと、この審議会の議論が平成13年に終わった後、諸々の制度改正が行われて、平成14年にロースクールの設置申請を受付けて、平成15年の4月1日から開校となりますと、最初の卒業生が出るのが平成18年になります。平成18年から3,000人ずつ増やしていくか、あるいは段階的に10年後に3,000人のレベルに持っていったとすると、弁護士1人につき国民2,450人になるわけです。この表は非常にいいところを、期せずして示していると私は思うんです。

 それから、アメリカの弁護士が本当に増えたのは1970年から1980年の10年間です。この間は年率5.2 %で増えています。それ以前の時期は大体3%、少ないときは2%くらいで増えています。1980年以降は増加率は減速しています。年率4%くらいに減速しています。何が起こったのかを別の統計で見てみますと、犯罪は激減しているんです。アメリカは1990年代に入って今まで増えっぱなしだった犯罪が減っているんです。一方で民訴はもの凄い勢いで増えているんです。その兼ね合いで、結局、アメリカの弁護士の全体のニーズは、まだ頭は打っていませんけれども、増え方は減り始めている。日本もそれを目指すべきなんだと思うんです。刑事事件が減っていく時代を実現するために我々は司法を強化しているのです。今はとにかくこのくらいは増やさないといけないというところじゃないかと思います。

 詳しいことは明日御説明します。

 この鳥居委員というのは慶應義塾大学学事顧問(前慶應義塾長)鳥居 泰彦氏のことであるが、この方がおっしゃることは私にはよく分からない。どうしてアメリカの医師の数と比較しなければならないのか分からないし、アメリカの弁護士の増加率の減速と犯罪の減少との間に因果関係があるのかも分からない。それに、刑事事件を減らすには、弁護士を増やすよりも警察官を増やす方が効果的でしょう。

 これに対して、やはり水原委員は慎重だ。

【水原委員】私は決して増やすことについて反対しているわけじゃございません。増やさなければいけないということは大前提として共通の認識があるということを最初に申し上げました。ただ問題は、一気に合格者数を決めてしまうのか、それとも段階的に持っていくのかというところの違いがあるわけでございまして、先ほど来法曹養成のところでもお聞きしましたとおり、そう一気に年間何千人も合格が出るかというと、その組織を作るまでの間には相当な時間があるでしょうというお話でもございました。

 国民の立場に立って、良質の、信頼できる法曹、これを育てていかなければならない。今の制度とロースクールとでは、教育の違いはどんどん広がってくるんで、合格者の質は違ってきましょうけれども、今、1,000人を取るのに大変苦労しておる時代に、一挙に3,000人というものを持ってきていいのかということを私は申し上げる。やはり質の確保がどうしても大事だということでございますので、増員についての数値は私は申し上げなかったけれども、1,000名でいいとは思っておりません。勿論、多くしなければならないということでございます。

 水原委員は、「今、1000人を取るのに大変苦労しておる時代に」と発言しており、1000人でも質の低下が既に生じていることを実感しているのでしょう。

                               (つづく)

ようやく1週間が終わる。・・・Twitterもどき(5月25日午前5時)

 先週は、かなり忙しく、金曜日の夕方にはぐったり。

 でも、神経を使う難しい書面はなんとか仕上げたので、ヤレヤレだ。今週末はようやくゆっくりできる。

 気がつけば、もう5月も終わりではないか。5月中に解決を図りたい問題もまだたくさん残っているのだが、考え出すと休めないので週末は考えないことにする。

              clover

 昨夜は、事務所のビルの自治会の会合に参加した。

 ビルの耐震性が心配だったのだが、耐震チェックの成績は良かったそうで、一安心。

 先輩方からいろいろなお話をお聞きし驚く。やっぱり、生の情報交換は重要だ。ただ、飲み会だと、どうしても周囲がうるさくて声がかき消されるため、じっくりと会話ができないのが残念だ。もうちょっと静かなところで、お話をしたかった。

 しかし、昨夜は中華料理を食べ過ぎた。夏までに、本格的に減量をしないとやばいことになりそう。

 ・・・週末はちょっとゆっくりしてから、司法審の議事録の紹介記事を書こうと思っています。

 やっぱり歴史を知ることは今を知ることにもつながりますからね。 

2013年5月24日 (金)

きょうの「とくダネ!」の弁護士特集。

 きょうの朝、偶然、とくダネを見ていていたら、弁護士の貧困化の特集をやっていた。
 
 「色あせる夢の金バッジ・・・弁護士なのに低所得?その真相を直撃!」
 
というもので、司法試験合格者数の激増や訴訟事件の減少などを説明するとともに、先日国税庁が発表した弁護士の所得の分布図などを紹介していた。
 そして、年収500万円の仕事を辞め、400万円ほど奨学金を借りて法科大学院に入学し、司法試験に1発で合格したものの、就職できず即独となった弁護士を紹介していた。
 仕事がないので、このままでは廃業だという。
 
 どうして、こんなことになってしまったのかについて、最後にコメンテーターの深澤真紀さんがよいことを言っていた。
 
 録画し忘れたので、うろおぼえだが、
 弁護士が激増した理由について、「フランスを見習ったそうですが、どうしてフランスだったのか、根拠がないそうですよ。
 仕事をやめて弁護士になってもこんなことでは気の毒。司法改革で合格者数を増やした人たちが責任取ってあげればいいのに。」
 という趣旨のことをおっしゃっていた。
 
 ・・・確かに。私もそう思います!
 法曹人口・法曹養成問題について、最近メディアもちょっと変わってきたかなぁ、と思った。
(追記)
 早速、ネット上に記事が上がっていた。

 弁護士「仕事がない!」人数は2倍、訴訟件数3分の2。大半が年収100万円以下 (J-CASTニュース)

2013年5月23日 (木)

私もそう思う。・・・Twitterもどき(5月23日午後9時25分)

 以前にもご紹介した中島岳志さんのツイッター

 いま橋下さんは議論に「負ける」ことの恐怖心で必死なのだろう。「過去の発言の意味内容を狭める」「論点を巧みにずらす」というテクニックを駆使してあがいている。橋下さんに言いたいのは、「勝ちか負けか」という二分法から、早く自由になってほしいということ。   2013年5月17日 - 18:02

 リツイートの数がすごい。私はツイッターをしていないが、していたらリツイートするだろう。

 ホントに、橋下氏、「過去の発言の意味内容を狭める」、「論点を巧みにずらす」というテクニックを駆使しているよな。

 ・・・ところで、私も他の弁護士とのある議論で、このテクニック駆使されて怒っているのですけど・・・。分かる人には分かるでしょう。

 やはり、以前にもご紹介した山口二郎教授は、こんなツイッターを。

喧嘩を売られたら買わなければならない場面もある。橋下に誤報と言われたメディアは、ぜひ喧嘩を買って、どこが誤報か、橋下に委細を尽くして説明させなければならない。書かれた文章の上での喧嘩に持ち込めば、彼のはぐらかし、はったりは通用しないはずである。メディアの上層部の見識が問われる。 2013年5月21日 - 2:02

 確かに、メディアも「誤報」と言われてそのまま、というのは情けない。どこがどう誤報なのか、ちゃんと説明してもらわないと。

 「書かれた文章の上での喧嘩に持ち込めば、彼のはぐらかし、はったりは通用しないはずである。」と山口先生が言われると、実感がこもるわ。

(過去の関連記事:確かに面白い対談であった。参照)

 ・・・私も、「書かれた文章の上での喧嘩」頑張ります。 

(追記)

 私は、このミッツ・マングローブさん(どういう方かはよく知らないが)の批判は核心をついていると思う。

橋下徹氏の発言を西川史子、ミッツらが批判「芯にあるものが露呈した」(モデルプレス)

同じく意見を求められたミッツも「芯にあるものが露呈しましたね」とコメント。

「男の本能にあぐらをかいて、その傲慢さが招いたのが慰安婦制度。生物的なものじゃなくて心情的、道徳的なものの中でこの問題がずっと言われてきているのに、またそれでこんな男の本能を振りかざして立ち戻っていて、バカだなぁと思うんですよね。しかも政治家ですからね」とバッサリ切り捨てた

 橋下氏は戦時下で「慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」と言ったことについて、「過去の戦争のことを言っただけで今は許されるものとは思っていない」と弁明している。

 しかし、戦時下の兵士の生理的本能とかストレスとか言い出したら、過去に限らず現代だって、戦争になれば同じことになるじゃない。これは「過去の発言の意味内容を狭める」テクニックを駆使した弁明でしょう。

 ミッツさんの「芯にあるものが露呈しましたね」というコメントどおりでしょう。

2013年5月22日 (水)

下村文部科学大臣の予備試験についてのコメント

下村文部科学大臣会見(平成25年5月21日)

 7分42分頃から始まります。

 法科大学院制度については、改めて見直しの転換期に来ている、

 予備試験については、「法科大学院まで行って勉強しても、あまりにも年数がかかり過ぎて、費用対効果の観点から、特に、今なかなか弁護士になっても就職するのも大変だというところからですね、それであれば、もっと早く結果的に司法試験が受けられるような、抜け道ということではなくてですね、受験 生からすると合理的な判断をしている部分もあると思いますから、世の中の今の状況からですね、制度設計をトータル的に考えていくと。そういうことで、抜け道があるからけしからんという指摘をするということは、必ずしも適切でないと思います。」

と述べられています。
 
 一刻も早く、政治的決着が必要な問題だと思います。

ますます、ささくれてきたなあ。・・・Twitterもどき(5月22日午前7時30分)

 黒猫さんのブログを見、schulzeさんのブログを見、また、http://www.lawschool-jp.info/press/press13.pdf(プロセスとしての法曹養成制度の堅持と一層の充実に向けてー平成25年5月11日 法科大学院協会理事長 鎌 田 薫氏)を読むにつけ、法科大学院側も法科大学院制度死守に必死になっているのがよく分かる。

 しかし、本当に法科大学院制度を死守することが、法曹を志す人たちや日本国民のためになるのか、また教育の理念にかなったことなのか、という原点に戻って考えてもらいたいと思う。

 国際的にも通用する弁護士を育てたいというのであれば、そういう法科大学院があってもいいと思う。そして、司法試験に合格した者のうち、希望する者が、そういう法科大学院の講義を受けることができるようなシステムにしてもらえばいいと思う。

 なにも、法科大学院修了を司法試験受験資格という「関所」にする必要はないと思う。このような縛りがあるために、法科大学院の教育内容にも縛りがかかり、かえって教育の自由が阻害されてしまっている。

 そして、学生にとっても、無理矢理させられる勉強が身につかないのは当然だ。

              libra

 私は、昨日午後、カルテの証拠保全があり、きょうは少々疲れ気味。これから膨大なカルテの分析が始まる。

 電子カルテのソフトというのは、病院ごとに違っていて、逐次、パソコン画面から見るのは便利でも、プリントアウトして遡って見るのは難しいというものもある。

 字が読めないということはないので(手書きを取り込んだもの以外は)大変助かるのだが。

 きょうは、落合洋司弁護士の

 世は乱れてきているが、しがない弁護士は、自分の仕事をきちんとやるだけだな。

 2013年5月19日 - 18:34

 というツイッターに妙に共感。

 私は、当分、仕事とこのブログでの司法審議事録の紹介に専念します。

 ここらで司法改革の原点に戻って考えてみるのも、問題解決の一助になるような気がするので。

2013年5月21日 (火)

論点整理に法曹人口数(3倍の数字)を記載せよと迫る中坊公平氏

第18回司法制度改革審議会議事録

 論点整理案(中間取りまとめ案のようなものらしいーhttp://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/dai18/18toujitu2.html)を作成するに際し、他の委員が皆「法曹人口の大幅な増加」と記載しようとしているのに対し、中坊氏一人が、「大幅増加では2割、3割増ととらえられかねないので、法曹人口数の、2倍、3倍、あるいは6万人とはっきり記載せよ」と迫っているのには驚き。

 あの佐藤幸治教授や井上正仁教授でさえ、たじたじの剣幕。

   (下線は私が付したもの)

【中坊委員】ちょっと待って下さい。だから、そういう人口という問題については、相当程度問題なんですよ。まず法科大学院をつくると言ったって、どの程度の大学をつくるんですかとか、どれだけの卒業生を持つんですかとか、そして、それがどのように司法試験でやっていくんですかとか、どうして研修でいくんですかというのが、全部具体的な構想に当てはまってこないで、そういうものが途端にぽんと、法科大学院構想、何もかも任せますというんではならない。

 現に、あんたの言うてはるとおりならば、少なくとも、今日あなたが1字か4、5字加えられたというのを別にしたら、内容としては、その制度の運用たる質・量とも豊かな人材について、どれだけ書かれていますか。抽象的な字句だけが21世紀に司法に必要な資質として、豊かな人間性や感受性や、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考、これは何ぼ書いてあるんですか。5、6行も書いてあるんです。

 資質に関しては5、6行も書いてあって、そして、人員のことに関しては、今、あんたがにわかに今日言われても、法曹人口の大幅な増加ということだけで、大幅とは一体2割が大幅なのか、何倍にも該当することなのか。そして、それを具体的にどうして養成しようとしているのか、していないのか、それをまたなぜしなければならないのかということが書かれていない。論点整理から、私たちの弁護士改革の中で、そしてまた、これをだれが教えるんですかということについて書かれてこないと、弁護士として単に教えに行くわけがないですよ。

 だから、私の言う公益的な責務。公益的な責務についてはみんなが持っておるということについては、認識が一致し明らかになって、一歩ずつそれが前進して、ロースクールという問題に立ち入るまでの我々の論議が進んできて、認識の一致したものまでが来ているわけです。

 ところが、今まで決まってきたことの大筋のことも全く書かれずに、だから研修所もどうなるのかということも書かれずにですね。

 それなら仮に、この前から私の言うているように、司法試験合格者が1,000名にされただけで、もう既に研修所は2年の修習はやれなくて、1年半に短縮したんですよ。これを仮に3,000名ということに仮定したら、もう1か所ではできないということは目に見えているわけです。

 そういう意味における司法修習とはいかにあるのか。あるいは実務修習とはいかにあるのか、そんないろんな問題が関わってくるのに、人数の問題についてほとんど論及されていない。この問題をこのままの状態で他の機関に移管させるということについては、私は極めて問題があると思う。それこそ先ほどから北村さんやみんながおっしゃるように、このままでどうして人に委任できるんですかということが、私も極めて疑問に思うんです。

 しかも、今までやってきたことを、私にしてみたら、何と私らが言うてきたことを、これほど聞いていただいていなかったのかと思います。全く意に解されずに中坊が勝手に言っているとして、それだったらわざわざこの間、我々の書いたことを文章の中で、私のレポートのときに関しても、ここまでは認識が一致した、ここまではまだ論議の対象だと、わざわざ区別して書いていただいたんじゃないですか。そうしたら、それを当然にして、認識の一致したものは書くべきです。ところが、それを全く書かないでおいて、私はこのものが一体どこへ赴くのかと言えば、法曹一元という中から、その中から裁判官が更に選ばれていくんです。このような構想を描いて研修はいかにあるべきかということも触れて、私はロースクールについても5項目を書いているわけです。

 そういう今までの論議でやってきたことを、少しは踏まえて、具体的にまとめて書いていただかないと。今日の字句を見れば、私は竹下レポートと私のとは質が違うと思っています。だから、同じように並列的に書かれても納得できないのです。

 それなら、私が言うに、竹下さんのときにはわざわざ断って、竹下さんがここでも言われた。何故私の文章には認識が一致したのがないんだと。中坊さんのやつはなぜ認識が一致したのがあるんだ。そのときにも佐藤会長は、みんなで合意して、これが一歩一歩前に進んでいくんだから、この意味では認識が一致したことにしておきますとおっしゃっていた。そうしたら、それが当然生きて、詰めの論議の前提となった事実となって決まっていかなければ、私はこの審議会の在り方自体が迷走を始めていると思うんです。今回のこれによって。

 それでは、論点整理でみてみましょう。論点整理まで言えば、例えば今の髙木さんが最初におっしゃったことに近いことですけど、まず法曹一元ということも論点整理の中で我々は触れておるわけです。そして、法の支配の理念を共有する法曹は厚い層をなして存在し、相互の信頼と一体感を基礎としつつ、国家社会の様々な分野でそれぞれの固有の役割を自覚しながら幅広く活躍することが、司法を支える基盤となる。そして、弁護士制度の在り方が深く、あるいは法曹養成制度の在り方が深く関わっているとまで、全部ここに書かれておるわけです。

 そうしたら、先ほど髙木さんの言うように、このような字句がもっと先生の意見の中に入ってこなければ、何も今までのことを全く関係なくお書きになっているというのは、私としては、今まで進めてきた論議というものを、どこかでウサギのフンみたいにぷつんと切っちゃって、はい、これだけ、と言っているように見えるのです。だから、余計にみんなが迷走し始めて、それこそ焦点の定まらない自由な論議になっている。私は大変恐縮ではありますけれども、このようなものをまとめていただいたことについては、いわんや今おっしゃるように、そこの字句を今日加えられたんでしょう。そこまでがっと大きな声で言わはるなら、大幅な人口増加ということを具体的に書いてもらわないと困りますよ。

【井上委員】大声はお互い様だと思いますけれども。

【中坊委員】あんたね、なぜ今日これをにわかに加えたんですか。だれかがこの字句を入れろと言うたんですか。

【井上委員】それはよくよく考えて、先生が前回おっしゃったように、これまでの議論では、数は別として、先生がおっしゃっているような6万というところまで皆さん一致したかどうかは別として、大幅に増加させるということは前提にしているだろうと思われたので、最終的にそのような文言を加えたのです。

【中坊委員】そこが違うんですよ。あんたそう言わはるけど、そのことに関しては、法曹人口の問題についても、論点整理では、合格者数が最初500人だった、今は1,000人だ、イギリスはどうだ、アメリカはどうだ、日本の弁護士はどうだ。だから、何も私のやつが、そりゃ5、6万と言うてるけど、その数字の問題は既に出されておって、今の我々の法曹人口の数が2割増えたらいいのじゃない。弁護士人口も私のだったら3倍に増える。それが大幅なんですよ。だから、大幅と言っても意味がいろいろあるんですよ。

【井上委員】分かりますけれども、3倍というところまでは、皆さんまだ一致してないということは事実でしょう。

【中坊委員】違いますな。

【井上委員】「大幅」ということならばいいんですよ。

【中坊委員】違う。私の言うのは、20%、30%増えても大幅増と言うときもあります。あるいは2倍に増えてもそれが大してないというときもあります。だから、我々としては、今言うように、私も同じ弁護士でありながら、弁護士の人口が2倍とか3倍になりますということを同じ弁護士自身が覚悟して、そこまで書いておる。それは何も私に言わしたら、それを突如書いたんじゃなしに、論点整理の中でここまで踏まえて書かれたから、我々としての、登山口としての弁護士人口はどうあらねばならないかということを書いてある。

 それでは、その弁護士をどのような過程の中で、修習の中でまず養成をし、司法試験をどうし、ロースクールまでつくってこないと、今のままでは司法試験のところで首を締めてしまうから、余計にいびつなものになってくるという病的現象が出てきて、それを根本的に治療するためにロースクールというものが必要ですということになって我々の審議は進んでいると思う。

 そうしたら、当然に今までの審議経過というものが、しかもすべてが有機的に結合していると言うているんだから、今までのように基本的な認識とかいうところで書いていただかないと、基本的認識の中にはそのところがなくて、量と質まで言ったら、質のところばかり書いてあって、量は全然書いていない。

【井上委員】おっしゃることは分かりました。これは、当然、中坊先生のレポートに基づき議論して、みんなで確認したことを踏まえている。それをここに書き入れるかどうかということだと思うのです。この文章は、それを当然踏まえた上で、法曹養成制度の在り方について皆さんが議論して、ほぼ一致したというところを整理して書いたというものでして、具体的に数が何千というところまで一致しているわけではなく、先生のレポートに基づいて議論をして、大幅に拡大していかないといけないということになった。

 そして、それを前提にした場合に、質の問題が当然出てくるだろうということで、法曹養成制度の見直しということにつながった。不十分かもしれませんけれども、それは踏まえているつもりなのです。

【佐藤会長】時間も大分経ち、議論も大分白熱してきましたんですけれども、ちょっとコーヒーブレイクで15分ばかり。

 中坊委員のおっしゃる趣旨は、私もそれなりに分からぬわけではありませんので、表現の仕方など今日考えさせていただきます。

【中坊委員】表現のあれだけよりも、この審議会の審議の在り方が、積み重ねていかないと、いつまでたっても、また1みたいな議論ばかりしていたらおかしいから、一つひとつ、筋はこのような進行していますよというところを明らかにした上で議論を進めていかないと、この審議自体が私は迷走してしまいますということを言っているんです。恐らく北村さんが先ほどおっしゃった、まだ詰まっていませんよという感覚は、みんな同じようにしていると思う。いわんや、これは文部省に投げるということについてはそうです。

【佐藤会長】「投げる」というのはちょっと。

【中坊委員】そういう格好になってくると、ますますみんなが何を委ねたか分からなくなって、だから、この審議会の審議の在り方そのものをもう一度まとめのところで、中坊さんの言うことなら当然入っているんだなんて言わないで、もっと謙虚に私たちの言ったことをよく書いてもらってね。こんなでやってはったら、それこそおかしくなると思います。

【佐藤会長】そうしたら、25分に再開させていただきます。いつもよりは5分ばかり多いんですけれども、15分ばかり休憩にさせていただきます。

 中坊委員の「そこまでがっと大きな声で言わはるなら、大幅な人口増加ということを具体的に書いてもらわないと困りますよ。 」という発言に対して、井上委員の「大声はお互い様だと思いますけれども。」には笑った。

 あいかわらず、中坊氏の発言はまともな文章になっていない。しかし、大声で繰り返される発言を生で聞いていたら、きっと相当の威圧感を感じただろう。

 議長の佐藤幸治氏もお困りの様子。

 中坊氏よりも、井上氏の方が、法曹人口増加に慎重だなんて・・・。

 当時、司法試験考査委員でもあった井上氏には、やはり法曹の質にこだわりがあったようだ。 

 結局、司法審委員の中で、法曹人口激増に一番積極的だったのは、中坊氏だったんじゃないか。

 驚いた。

 中坊氏とはこういう人だったのかと改めて認識した。

2013年5月20日 (月)

魔の交差点。・・・Twitterもどき(5月20日午後7時10分)

 先日、一旦停止義務違反だと、ねずみ捕りにつかまった交差点で(私としてはちゃんと停止したつもりだが、停止の時間が不足しているとお巡りさんに言われた)、今度は気をつけてじっくり停止していたら、追突された。

 泣ける・・・weep

 また、当分、代車だ。

 この交差点付近を通ると、確かにねずみ捕りにつかまったらしい車をよく見かける。

 もう、二度とあの交差点は通らないぞ。

2013年5月18日 (土)

橋下氏と中坊氏はやっぱり似たところがある。・・・Twitterもどき(5月18日午後11時15分)

 きょうは衣類の整理(急に暑くなったので、早く半袖を出さなきゃ)や部屋のかたづけに明け暮れた。事務所では書類の整理、家では衣類の整理、どっちの整理も本当にめんどくさい。

 合間に、司法審の議事録を読んだが、この議事録からは本当にいろいろなことが分かる。

 中坊公平氏が、大声を上げて、他の委員を威圧しているところなど、本当に生々しい。他の委員がびっくりしている様子が行間から読み取れる。

 ちょうど、橋下氏の慰安婦発言で久しぶりに橋下氏をニュースで見たが、中坊氏と橋下氏は似ているなあと思った。

  自分が正しいと思うことが目的であればたとえ違法の疑いのある方法であっても強引に実行しようとする

  威勢良く人を引きつけるしゃべり方をする

  エネルギッシュ

  反対意見を述べる者をとことん攻撃する

  市民が蓄積させている不満のはけ口となるようなターゲットをつくる

ところなど、そっくり。

 橋下氏も中坊氏も、総理大臣になるかも、と言われた人たちだ。

 橋下氏の本性がだんだん国民にも分かってきたようなので、ちょっとホッとする。橋下氏も、アメリカや中国にまで目の敵にされたのは痛かっただろう。

 ・・・・・司法審の議事録は、引き続きブログにアップします。

 中坊氏の司法審での発言には驚かされることばかり。

 こういう人を司法審の委員に推薦したのは日弁連のいったい誰だったのだろう。責任重大でしょう。

2013年5月17日 (金)

司法試験合格者数3000人の出発点はここ。

司法制度改革審議会議第7回議事録

青山善充東京大学副学長が、はじめて3,000人を口にしたときの発言。

一つは、資格試験であります司法試験を、あたかも採用試験であるかのように運用していることに対しまして、これは法曹三者による新規参入規制ではないかという批判。もう一つは、日本社会が事前規制型社会から、今後事後規制型社会へ転換していくとすれば、当然のことながら増加する紛争に対処するには、司法の容量を増やさなければならないという主張でございます。

 御存じのように、日本の法曹人口は、現在法曹全体で弁護士、裁判官、検察官、すべて含めまして、全体で約2万2,000人でございます。これが少な過ぎるということが言われているわけですが、それでは一体日本の法曹人口の適正な規模というのは幾らなのかと。この点は実は何名だという指摘が余りたくさんありません。しかし、国際比較ということでは、英米独仏の中ではフランスが一番法曹人口が少ない国でございます。フランスは日本と同様に中央集権的な国家でございますので、とりあえず日本もフランス並みの法曹人口が最低限必要ではないかということがあちらこちらで言われております。

 それで計算いたしますと、フランスの法曹人口は現在約3万5,000人でありまして、国民総人口は、日本はフランスの2.16倍でございます。したがって、単純に3万5,000に2.16を掛けますと7万5,600という数字が出てまいります。簡単に申しますと、日本の法曹人口は仮にフランス程度に充実することがとりあえず必要だといたしますと、約7万5,000人ということになるわけでございます。中坊先生が『文藝春秋』の12月号でお書きになっております。論文では6万人という数が出ておりましたけれども、これは少し控え目な数字ではないかと私は受け取っております。

 それでは、日本の法曹人口を仮に7万5,000人にするためには、毎年何人の法曹を、具体的には司法試験合格者をつくり出す必要があるかと言いますと、私は次のような前提で試算いたしまして、毎年3,000人の司法試験合格者を出さなければならないということを、かつての法曹養成制度等改革協議会以来、主張してまいりました。その試算というのは、こういうものです。ごく単純な計算ですけれども、仮に3,000人が平均29歳から法曹として仕事をし始めて、仮に平均65歳まで、実際にはそうではないでしょうけれども、仮に65歳まで36年間働いてリタイアするというふうにいたしますと、単純に計算いたしますと、それで36年目に10万8,000人になるはずですけれども、これは全員が65歳まで生存し、しかも途中でリタイアしなかったという前提ですから、途中でお亡くなりなる人や、あるいはリタイア率を引くということになります。これを非常に低く見積りして、3割というふうに見積りますと、ちょうど7万5,000人になる。現在の法曹人口2万2,000人は、36年先には全員リタイアしているというふうに考えられますので、それ以上は増えない。7万5,000人の規模でその後も推移するということになる。これがフランス並みの法曹人口だということになるわけです。

 これは非常に架空の数字でございまして、実際にこうなるかどうか、もちろん分かりません。もっと厳密な人口統計等を駆使しなければできない。しかし、一応7万5,000人、そのためには毎年3,000人という数をラフにお出ししてみた次第でございます。

 青山教授はさすがしっかりされている、というのが私の感想。

 第4回議事録の中坊公平氏の発言と比べてみると、誰が読んでもこれは明らかだろう。

 青山教授は、中坊氏の法曹人口6万人の発言をうまく利用して、3,000人(もちろんロースクールの定員を考慮しての数字)を導き出している。

 中坊氏が第4回審議会で口にした「6万人」という言葉(果たしてこれは計画的だったのか?)が大きな意味を持ったことは明らかだ。

 青山教授が「中坊先生が『文藝春秋』の12月号でお書きになっております。」というのは、中坊公平氏の例の「金権弁護士は法で縛れ」という記事のことを指す。

 この記事の中でも中坊氏は法曹人口6万人という自説を開陳しているから、青山教授にとってはなおさら都合がいい。

 なにしろ、中坊氏は、元日弁連会長だし、マスコミの寵児だ。その人が、フランス並と口にしたのだから、このチャンスを逃す手はない。

 もし私が佐藤教授や青山教授のように是が非でもロースクール制を導入したい立場だったら、同じことをすると思う。

 私には、中坊氏がそれほど思慮を巡らせて発言しているようには思えないのだが(むしろ、一旦口にしてしまってから後悔しているように思えるのだが)、青山教授の方は計画的でしたたかだと思う。

 この審議会に中坊氏を選んだ人間の思惑通りにことが進んだのかもしれない。

 しかし、これが果たして当時の日弁連執行部の計画通りだったのかは大いに疑問である。

 中坊氏は当時日弁連の代表でもなんでもなかったのだし、少なくとも「法曹人口6万人」というのが当時の一般会員の大多数の意向とはかけ離れたものであったことは間違いない。

                spade

司法制度改革審議会の議事録は全てこちらで見ることができます。

http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/gijiroku-dex.html

橋下氏と中坊氏とポピュリストと。・・・Twitterもどき(5月17日午前6時15分)

 5月もはや半ば。暑かったり寒かったりで、体調悪し。でも、やらなければならないこと、やりたいこと、山積み。

 ブログも書きたいことが一杯あるのだが、山場を迎えている仕事がいくつかあるので、当分仕事の方に専念します。

 さて、巷では、橋下徹氏の例の発言で大騒ぎになっている。でも、私は「何を今さら」とさめた気分です。

 橋下氏のタレント弁護士時代の「ODA発言」(引用するのもイヤなので、ご存じない方は検索して下さい)を知っていれば、こんなことを言っても全然おかしくない。むしろ、「本性が出た」だけのこと。

 橋下氏も、人気低迷で、それだけ抑制が効かなくなっているのでしょう。

 自民党も、橋下氏を大阪府知事に担ぎ上げたとき、橋下氏がこういう人物であることは分かっていたはず。それを、人気があるからといってチヤホヤしていたのはいったい誰なんだ、と言いたい。

                 libra

 私は、今、仕事の合間に「司法改革の失敗」(花伝社発行)を読んでいて、中坊公平氏の時代のことを思い出している。

 今、ふりかえると、「いったいアレは何だったのか・・・」と思う。

 もっとも、あの時代を生で知っている私には、少なくとも、弁護士らが「法曹一元」に熱狂していたからなんてトンチンカンなことは絶対に言えない。

 橋下氏も、中坊氏も、典型的なポピュリストだ。

 そして、どっちも、弁護士でありながら、「弁護士タタキ」を売りにしてきた人。

 中坊氏なんか、文藝春秋に「金権弁護士を法で縛れ」という記事を書いて、法曹人口6万人論をぶち上げていたらしい。

 「金権弁護士」って、なんか、この間のドラマ「リーガル・ハイ」の古美門弁護士、思い出したわ。ドラマとはいえ、今の日本じゃ、「大金払わなきゃよい仕事しないよ」の古美門弁護士も人気らしいが。

 でも、ポピュリストの末路というのは、残酷なもの。

 マスコミにはしごをはずされたら、あっという間に転落だ。

 ・・・・・世の中の、いいかげんさ、うつろいやすさ、を感じる5月。

2013年5月16日 (木)

これが法曹人口5万人の出発点か。

 現日弁連会長が、

 ――なぜ日本の法曹界がフランス並みの法曹人口にならなければいけないのか。

 ……それは、はっきりしない。

 司法制度改革は理念に走りすぎてしまった
今は10年前より地に足の着いた議論をしている
――山岸憲司・日本弁護士連合会会長インタビュー【前編】

(ダイアモンド・オンラインの特集記事「弁護士界の憂鬱 バブルと改革に揺れた10年」)

と答えられていた部分が気になって、司法審の議事録を見てみた。

 第4回司法制度改革審議会議事録  より、中坊公平氏の発言を抜粋

私個人といたしましては、それでは2万人からどの程度増やすべきかと言われれば、別に数字で言うのもいかがとは思いますけれども、最少、アメリカ型のようなむちゃくちゃに法曹人口の爆発、現在約100 万人、その2分の1にしても50万人というのはやはり多過ぎて、これはまた一つの問題であろう。仮にフランス並みと仮定すれば、向こうは約3万人ですから、向こうの人口の倍として、2万人が6万人程度にはならないと、法曹が社会の隅々にまでいきわたっているとは言えないのではないかというふうに個人的には考えておるところであります。

【中坊委員】 私は少なくともこの審議会、これは公開されてもやむを得ないと思って言っているんですけれども、確かに今髙木さんのおっしゃったように、私は弁護士会の代表ではありませんと言っても弁護士会を代表しているように皆さんがお取りになるわけでしょう。 Z むしろ率直に言って、日本弁護士連合会の数多くの会員は、数が少ない方が自分たちの生活が安定するし、それがいいと思っているから、先ほど言われたように、まさに自治というんだったら、職業のエゴ集団になりませんかということを指摘されているわけです。

 そういうところに私が位置づけされておるということを意識してあえて言っているだけであって、そこを抽象的に言えば、「中坊さん、実はそう言っているけれども、言葉だけのことでほんまは何も思ってへんのや」と、こういうことになりかねないということをおもんぱかって言っているだけで、私も何も6万人という数字にはこだわりません。

 ただ、一つで言えることは、私は今のアメリカ型の、今は何しろアメリカさんが偉いから、グローバリズムでばんと言うてきはる。それにはおっしゃるように、今100 万人の弁護士がおるわけです。それでいくと、日本の人口で割ると半分としても、50万人いるわけです。50万人と2万人では余りにも格差がある。それでは、50万人が正しいのかということについては、私たちも大しては知りませんけれども、アメリカの社会の在り方、あるいは弁護士の在り方、特にその中でのプロフェッション性というよりかはビジネス性というのが非常強くなってきているアメリカの現状などを私も多少弁護士会におりまして、そういうことを聞いてきたり、調べに行ったりしましたから、そういうことを考え合わせたときに、それは人口をただ爆発的に増やせばよいという問題でもなかろうと思うんです。

 それでは、2万人では足らぬと言ったときに、私は何も6万人が正しいと言っているんじゃなしに、ここで審議するためには、多少そういうことを言わないと、私が自ら言わないと、弁護士会の代表ではないかととられかねないから言うているだけで、先ほど井上さんのおっしゃったように、いつでも変説しますので、数は幾らでも平気で減らしますから、大して意味があるわけじゃない。

・・・・・・gawk

 正直、何を言いたいのか、さっぱり分からない。後半はまともな日本語の文章にもなっていないだろう。

 これが「日本の法曹人口をフランス並みに」の発端か?

それでは、2万人では足らぬと言ったときに、私は何も6万人が正しいと言っているんじゃなしに、ここで審議するためには、多少そういうことを言わないと、私が自ら言わないと、弁護士会の代表ではないかととられかねないから言うているだけで、先ほど井上さんのおっしゃったように、いつでも変説しますので、数は幾らでも平気で減らしますから、大して意味があるわけじゃない。

 って、どういう意味?

 これから、少しずつ司法改革の歴史を掘り下げて、ブログに書いていこうと思っています。

 法曹養成制度検討会議の中間取りまとめ案を読んでパブコメを起案してみて、やっぱり過去の失敗の歴史を正確に知らないと、打開策も見出せないような気がしてきましたので。

2013年5月12日 (日)

このインタビュアーは、よく食いついていると思う。・・・日弁連会長のインタビュー

 ダイアモンド・オンラインの特集記事「弁護士界の憂鬱 バブルと改革に揺れた10年」 

 ちょっと前のものだが、改めて読むと興味深い。

 このインタビュアーはなかなかよく勉強して、会長にしつこく食いさがっていると思う。

        (誤記が多かったのはちょっと残念だが。)

司法制度改革は理念に走りすぎてしまった
今は10年前より地に足の着いた議論をしている
――山岸憲司・日本弁護士連合会会長インタビュー【前編】

 最初に3000人という目標ありきで、いってしまった。司法試験合格者数1500人を超えたあたりからひずみが出てきたというのが、実感としてある。急ぎ過ぎた、急激すぎた、ということだと思う。見誤った、ということについては素直に認めて、軌道修正をして行かなければならないというのが私の思いだ。司法制度改革が失敗だったのか、失敗ではなかったのかということではないと思っている。

 会長、苦しそうですcatface 

 諸般の事情から、失敗と認めてしまえないんでしょうねえ。

――法曹人口問題の元凶である年間司法試験合格者数3000人という数字の根拠は、結局、だれもよくわかっていなかった。弁護士のだれに聞いても、その根拠を知らない。

 なぜ3000人だったかは、司法制度改革審議会のときに、諸外国との比較で、日本は法曹人口が少ないということが指摘されていた。それで、せめてフランス並みの法曹人口に持っていくことが必要だという結論が出た。そこで2018年にフランス並みの法曹人口5万人に達するためには毎年何人の合格者数を出せば良いのか、ということで合格者数3000人という数字が出た。ある意味、ラフな数字だった。需要については当然議論をしている。しかし、目標値として3000人という数字が掲げられた。

――なぜ日本の法曹界がフランス並みの法曹人口にならなければいけないのか。

 ……それは、はっきりしない。

 中坊公平氏が言い出したから・・・とは言えなかったのでしょうねえ。

司法制度改革が成功したのか、失敗したのかという、そういう立て付けで話をするべきではない。一概には、成功か失敗かは言えない。

 インタビュアーの追求は手厳しい。認めてしまった方が楽だったのに・・・。

――企業における弁護士の必要性について、企業側と弁護士界側の思惑のギャップがあるように思う。確かに、企業内弁護士は10年前と比較して10倍に増えた(本連載第5回参照)。企業に弁護士がやるべき仕事があったということだろう。しかし、弁護士界側の目標人数に、企業での採用数を結びつけるべきではないと思う。なぜなら、企業は企業の論理で、個々の企業の戦略に合わせて、必要なときに、必要な数だけ採用するからだ。弁護士界の要望を聞いて、目標人数を達成させるために必要でもない弁護士をわざわざ採用するような、お人好しの企業はないと思う。

 このインタビュアーの指摘は鋭い。ホントですよ。

 これに対する会長の弁明もやはり苦しい。

弁護士側が、企業にもっと弁護士を採ってくれということではない。司法制度改革審議会で、経済界はもっと弁護士が必要なんだと言っていた。法廷作業ばっかりやっているんじゃない、国際戦略から遅れてしまう、と。経済同友会は弁護士大増員論者だった。経団連は必ずしもそうではないが、増やしていくべきでないかという考えだったようだ。弁護士会が弁護士を企業に押し込む、ということではなくて、本当は経済界がもっと採ってくれるはずだったということだ。

 これは、弁護士を雇ってくれない経済界に対して「話が違う」という「ぼやき」ですねえ。

派閥については強調されすぎていて違和感がある
弁護士界のゆがみを軌道修正するのが私の仕事だ
――山岸憲司・日本弁護士連合会会長インタビュー【後編】

――その事務所を回せるだけのお金になる仕事が、人数が増えてしまった弁護士界のなかには、なかなかないという現状がある。今、ノキ弁や即独して困窮している若手弁護士は、どうすればいいのか?

 弁護士の人数が増えて、案件の取り合いになってしまうと、無報酬でやるような公益的な仕事ができなくなる。弁護士会がそういうと、大手新聞などのマスメディアが弁護士会を批判する。

 事務所が回っていくだけの経済的な案件が無ければ、弁護士事務所はまわしていけない。そういうことを弁護士会が言うと、世間から「カネくれないと、仕事をしないのか!」 ということを言われる。

 しかし、消費者団体や労働関係の方々は、こうした弁護士の世界の実情を理解してくれるようになってきたと思う。

 ここは、会長は頑張っているなあ、と思った。今までの主流派は弁護士のいわゆる「経済的自立論」をバカにしていたんではなかったのかなあ。

 でも、法曹養成制度検討会議の委員の岡田ヒロミ氏(消費者相談員)などは、全然理解してくれていないと思いますけど。

 司法修習生の給費制については、

 給費制のことも、法科大学院の学費のために借りた奨学金、それから司法修習のときの経済的な問題など、借金を背負わせた状態で弁護士として社会に送り出していては、良い仕事はできないだろう。給費制という言葉にアレルギーがあるなら、何らかの経済的支援といったものを考えれば良い。借金火だるまになって弁護士になるんじゃ、ねえ。

――給費制に変わる制度というのは、なんらかの経済的支援を用意するといことか。具体的にどういう制度になるのか。

詳細が決まってくるのはまだまだ先だ。どういうことであれば着地可能かというのをこれから考えて行く。ビギナーズ・ネットも頑張って主張している。実費と最低限の生活費、その他支援はどうやって組み合わせいけばいいかを考えている人もいる。

――どのくらいのタイミングで決まってくるのか?

 1年以内、大臣は年度末には結論を出すといっている。いまから年度末といったら、本当に時間がない。おそらくパブリックコメントを募集して決めていくということになると思う。

 一度、給費制ではなく貸与でやるということが決まっている。しかし、修正案が国会で出て、見直し、支援を考え直すということになっている。給費制復活も排除しないということになっている。しかし、その先の具体的なことは見えていない。

 繰り返しになるが、法律を武器として、国民の権利義務に重大な影響を与える職業人をきちっと育てて行くということが大事だ。弁護士は、社会的インフラとして機能しなくてはならない。社会の重要な一角を担う。そういう存在を、借金を負わせて送り出すというのは良くないと思う。

「なんで弁護士だけ就職を保証されなきゃいけないのか」ということを言う人もいる。就職難はほかの学生も一緒だろう、と。だが、単純に、そういう問題で語ることはできない。

 これは、去年8月の記事だが、今はもう日弁連執行部は給費制復活はあきらめてしまっている。貸与制を前提としての経済的支援を求める、ということになってしまっている。

このインタビューは珍しく派閥にまで切り込んでいる。なかなか、鋭い。

――取材をしていると「法曹養成制度改革実現本部」では、早くも派閥に属する委員会メンバーが、正規の会合とは別の会合を持っていて、その会合の開催は無派閥の委員会メンバーには知らされなかったようだ。“裏会議”と非難されている。

 そりゃ、毎回毎回、いろいろな会議や委員会の関係者全員が集まって丁々発止の議論をすることはないかもしれない。事前準備等もやる。資料を用意したり、方針を決めたりする。少人数の会合をやったりするだろう。それが派閥とどういう関係にあるかというと、まったく関係ない。

 会長は、きれいなことばかり言って逃げていますが。歯切れの悪さは隠しきれていないと思うのは私だけ?

 法科大学院については、

――法科大学院について、日弁連は7月13日に提言を出した。それに対して、愛知県弁護士会は「法科大学院の修了を、司法試験の受験資格に入れるべきではない」ということを言っている。そもそも法科大学院は、司法制度改革がスタートした当時とは、まったく想定が違ってしまっている。どのように考えているか。

 統廃合をして、うまくいってないからやめちまえ、ということ言う人もいるが、じゃあ、今学んでいる学生はどうするんだ、教員はどうするんだということです。ダメだダメだじゃ、しょうがない。

 おおっ、インタビュアー、愛知県弁護士会の決議までご存じですね。

 学生は、法科大学院修了が司法試験受験資格でなくなれば、喜ぶでしょう。その上で、法科大学院を退学するか修了するか選択すればいいと思う。困るのは教員だけでしょう。

 地域適正配置に配慮して、法曹を目指す人の多様性を確保しつつ、法科大学院の統廃合を大胆にやっていく。定員削減も実現していく。優秀な人材が法曹を目指さなくなるのが問題。年間司法試験合格者数1500人になるように、法科大学院の数や定員数を考えていく。むしろ、法科大学院の教育資源を、弁護士になった人たちの継続教育の資源として使うべきだ。

 バイパス受験(※)を優先させるとか、または修了を受験資格の条件にすべきではないというと、法科大学院は“のたれ死に”でいいということか。それは無責任だ。

※ 司法試験の受験資格を得るには法科大学院修了が必要だ。だが、法務省の行なう「司法試験予備試験」の合格でも受験資格を得られる。法科大学院修了者は3回、司法試験を受験でき、3回以上不合格となってしまうと受験資格は失効する。大学院の学費負担を減らすための“ショートカット”のために、予備試験を受験する者もいる。そのため、“バイパス受験”などと呼ばれる。

 やっぱり、予備試験は目の敵なんですね。「バイパス試験」という言葉自体に「予備試験憎し」という気持ちが込められているように思えます。

 どうして予備試験の受験者が増えているのかという理由を考えるお気持ちはさらさらなさそうです。そして、最後のお言葉に、「法科大学院制度は何としても守る」という決意がみなぎっているのを感じます。

――実際に、法科大学院の統廃合を促すというのは、どうやるのか。A大学とB大学はいっしょになってください、と日弁連が言うのか? 大学の意向もあるはずだ。

 中身はこれから詰めて行く。ケース・バイ・ケースだ。1年間かけて議論していくことになると思う。

 神戸学院大学や明治学院大学が撤退したように、そういうところが増えてくる。74校も法科大学院ができてしまったのは問題だった。上位20校程度はうまくいっているという認識だ。失敗したからといって、法科大学院を廃止して、また10年前のような状況に戻るのは乱暴だ。つくったものは上手に活かしていくという風に、考えて行く。 

 「失敗」というのは、法科大学院をたくさん作りすぎてしまったことに対してのようです。一瞬、法科大学院制度の失敗を認められたのかと錯覚してしまいました。

 20校程度は残そうというのが会長のお考えなのでしょうか。ここまで言い切ってしまって、いいのでしょうか?

 現状、司法制度改革によって、ゆがみが生じていること、問題が生じていることは十分に理解している。法科大学院の乱立と急速な法曹人口の増員でゆがみが生じた。そこを軌道修正していく。私の役割はそういうことだと思っている。

 それから、司法制度改革にも光の部分はある。そこにも注目してほしい。

 会長は、司法改革の「影」の部分を強調して聞いてくるインタビュアーにかなりご立腹だった様子。

 確かにどんな改革にも多少の「光」はあるでしょうが、司法改革には「影」の方が大きいからこそ、インタビュアーもこういう厳しい質問をしているのでは。

 かなり面白いインタビュー記事だったと思います。

 インタビュアーの片田江康男さん、これからも頑張って下さい!

2013年5月11日 (土)

ちょっといい話。・・・Twitterもどき(5月11日午後3時25分)

 ワープロの手を休めて、ネット上のニュースを見ていたら、こんな記事が。

 宮沢りえ、代役は野田秀樹への“恩返し” 背景に電撃妊娠&結婚(スポニチ)

 宮沢りえさん、根性と男気(変だけど他にピッタリな言葉が思い浮かばない)ありますねぇ。

 そして、こんな記事も。

 天海降板舞台10日夜再開へ 代役宮沢りえの「男らしさに感謝」 (オリコン・スタイル)

 三谷さんと野田さんの言葉もよい。

 女性が仕事をしていると、どんな仕事でもこういうことはあり得ると思う。

2013年5月10日 (金)

法曹養成制度検討会議・中間取りまとめ案へのパブコメ(その3)

第3 法曹養成制度の在り方
1 法曹養成制度の理念と現状
(1) プロセスとしての法曹養成

  第1段に対してー国民にとって重要なのは、法曹自体の質であり、法曹養成の過程ではない。かつての旧司法試験時代の司法修習中心の法曹養成制度の問題点が、法科大学院制度の導入によって克服されたのか、法科大学院制度は法曹の質を高めたのかの検証が全くなされないまま、「プロセスとしての法曹養成が重要」という言葉のみが一人歩きしている。

ⅰ) 取りまとめ案は、「法科大学院修了を司法試験の受験資格とする制度を撤廃すれば、法科大学院の教育の成果が生かされず、法曹志願者全体の質の低下を招くおそれがある。」としています。
 しかし、国民が法曹に求める「質」とは、まさに司法試験法1条の定める「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力」であり、同法3条の定める(短答式による筆記試験については)「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な法律知識及び法的な推論の能力」(論文式による筆記試験については)「裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な専門的な学識並びに法的な分析、構成及び論述の能力」でしょう。
 法曹にこのような学識や能力さえ確保できれば、国民は法曹志望者が法曹になるまでの過程には何ら異存はないはずです。
 取りまとめ案は、「『プロセス』としての法曹養成の考え方」という言葉を頻繁に繰り返し、法科大学院制度は「法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた『プロセス』としての法曹養成を目指して導入されたもの」と位置づけています。
 しかし、この「プロセス」や「有機的に連携」という言葉が具体的にどのような意味を有しているのか、理解できる国民はどの位いるでしょうか。
 弁護士である私であっても、理解不能です。

ⅱ) 法科大学院制度が導入される以前の法曹養成制度は、法学教育(法学部における教育が中心)、司法試験、司法修習(司法研修所における合同修習、各地の裁判所、検察庁、弁護士会・法律事務所における実務修習)によるものであり、実務家教育は2年間の司法修習が中心となっていました。この法曹養成制度の一体どこが問題なのか十分に検証もなされないまま、司法試験という「点」のみによる選抜ではダメ、旧司法試験では予備校による受験技術優先の教育が前提とされていたのでダメというレッテル貼りのみがなされ、新たな法曹養成の方法としてアメリカ式ロースクールの導入が突如提唱されたのです。
 現在、法科大学院制度導入後の法曹の質の低下が問題となり、法科大学院による教育効果が疑問視されていますが、これに対して法科大学院側は猛反発して、法科大学院卒業の法曹の「質の低下」を具体的に明らかにせよと迫っています。
 しかし、これと同じことが、かつての旧司法試験合格の法曹についても、議論されたのでしょうか。かつての2年間の司法修習とOJTを中心とする法曹養成制度によって養成された法曹の「質の低下」はきちんと実証されていたのでしょうか。そして、司法試験という「点」により選抜(実際には司法試験による選抜後に2年もの司法修習があり、修習終了後に2回試験もあるのですから、「点」による選抜というのは適切な表現とはいえません)が、受験技術を優先するものであったという事実は、きちんと実証されていたのでしょうか。

ⅲ) 法科大学院を中核とする法曹養成制度は多くの問題を抱えていること(このこと自体は取りまとめも認めている)が明白となった今、旧司法試験時代の法曹養成制度よりも、法科大学院制度導入後の新法曹養成制度の方が、法曹養成制度として優れていると主張する方々は、改めて旧司法試験時代の法曹の質の低下を具体的に説明し、法科大学院制度を中核とする新法曹養成制度ではその質の低下がどのように改善・克服されたのかを、だからこそ多くの問題を抱えていても新法曹養成制度が維持されるべきであるということを、具体的に説明するべきです。
 その上で、法科大学院制度を中核とする法曹養成制度を維持するのが、法曹の利用者である国民、法曹志望者らにとって本当に望ましいことなのかが検討されるべきですが、取りまとめ案にはこのような視点は全くありません。

第2段に対してー法科大学院制度を維持するためだけに、一部の法科大学院に定員削減や統廃合などの組織見直しを迫ることは、新たな問題を発生させるだけである。法学未修者の法曹志望者には、法科大学院による教育以外の法学教育の場を検討すべきである。

 取りまとめ案は、あくまでも法科大学院制度の維持を前提に、「教育体制が十分でない」法科大学院の定員削減と統廃合などの組織見直しを促進する必要がある、としています。
 しかし、法科大学院も大学である以上、本来、大学の教育の自由が認められるべきであるにもかかわらず、「教育体制が十分でない」という必ずしも判断が明確ではない基準によって、補助金削減等の方法(いわば兵糧攻め)で事実上強制的に定員削減や統廃合等を迫るということは、教育の本来あるべき姿とはほど遠い残酷な施策であると思います。このような残酷な施策を取らなければ法科大学院制度による教育理念が実現不可能というのであれば、直截に法科大学院制度自体を見直すべきです。
 法学未修者に対する法科大学院教育に無理がある(法学教育1年だけで既修者と同じレベルに達することが要求されている)ことは多くの方の指摘するところであり、後述のとおり法学未修者に対しては法科大学院制度を前提としない法学教育の場が検討されるべきです。

(2) 法曹志願者の減少、法曹の多様性の確保
第1段・第2段に対してー法曹志願者の減少の理由は、司法試験合格率が高くないせいではない。一番の理由は、法曹、特に弁護士の職業としての魅力が低減してしまったためである。

ⅰ) 取りまとめ案は、法曹志願者の減少の理由の第一に「司法試験の合格状況における法科大学院間のばらつきが大きく、全体としての司法試験合格率は高くなっておらず」ということを掲げています。
 しかし、旧司法試験時代には合格率が2,3%であっても志願者は減ることはなかったのですから、これは理由になりません。
 取りまとめ案にもあるように、「司法修習修了後の就職状況が厳しい一方で、法科大学院において一定の時間的・経済的負担を要することから、法曹を志願して法科大学院に入学することにリスクがあるととらえられていること」こそが一番の原因でしょう。
 順番こそ違っていますが、後者を法曹志願者の減少理由の一つとして認めたことは評価できます。
 今日では、インターネットの普及等によって、弁護士過剰による司法修習生の就職難、弁護士の年収の減少等が知れ渡っているので、弁護士を目指そうという若者が激減したのは自然の成り行きです。
 前述のとおり、およそ資格というものは就職や収入において有利に働くものであるはずなのに、法科大学院の高額な学費を負担し数年という年月をかけて法曹資格を取得しても、就職や収入においてさして有利とはならないと分かれば、いやそれどころか弁護士になっても就職ができず奨学金や司法修習中の貸与金の返済すら困難となるというリスク(現在ではかなり高率となっており、これからますます高率となるであろうリスク)があるとなれば、法曹志願者が激減するのは当然です。また、法曹を将来の職業の選択肢の一つとして検討している法学部生以上に、既に社会人として一定の収入や地位を得ている者が、このようなリスクに躊躇するのは当然のことであり、法曹の多様性確保が困難になっている要因となっています。

ⅱ) なお、法曹志望者の圧倒的多数が弁護士を目指しているわけですが、裁判官や検察官をめざす法曹志望者にとっても、弁護士過剰によって弁護士として自活することが困難になっているという実情は無関係ではありません。一旦、裁判官や検察官となっても、仕事の内容や職場環境に適性を感じなかったり、家庭の事情等によって裁判官や検察官を退職し弁護士に転職する方も、かつてはかなりの人数がおられましたが、今は少なくなっていると思います。これは、弁護士に転職すると収入が激減してしまう可能性が高いためと推測されますが、このことも裁判官、検察官志望の法曹志望者も減少する背景事情となり、法曹全体の志望者が減少する理由の一つとなっていると思います。

ⅲ) 法曹志望者の絶対数が減少してしまうことは、相対的に優秀な志望者も減少することを意味し、司法の危機を招きます。
 この法曹志願者激減の要因を解消するには、法科大学院修了を司法試験受験の要件とせず、弁護士人口を弊害が生じない程度に保つために司法試験合格者数を1,000人以下(弁護士の自然減が年間500人程度なので、司法試験合格者数を1,000人程度としても弁護士人口は毎年500人程度増加する)にまで減らす以外にはないと思います。
 そうすれば、弁護士となるまでの時間的・経済的負担が減るとともに、司法修習生の就職難も解消し、弁護士という職業の経済面での不安が減少するので、もともと弁護士という仕事の本来の魅力に惹かれていた優秀な法曹志望者たちが戻ってくる可能性が高まるでしょう。
 
(3) 法曹養成課程における経済的支援
第1段に対してー意欲と能力のある学生が奨学金の返還免除を受けられるからといって、経済的理由で法科大学院への進学を断念する法曹志望者がいなくなるわけではない。

ⅰ) 検討結果は、法科大学院生のための充実した奨学金制度について説明し、意欲と能力のある学生なら奨学金の返還免除を受けられるから経済的理由で修学を断念することはない等と述べています。
 しかし、奨学金の返還を減免されるほどの意欲と能力のある学生であれば、法科大学院制度導入前には、法学部教育のみで、あるいは独学によって、短期間に司法試験に合格し、司法修習、OJTを受けて早期に優秀な法曹になっていたことでしょう。そのような学生にとっては、法科大学院に2年から3年拘束されるということは足かせ以外の意味しかありません。また、国民にとっては、そのような学生の(法科大学院制度導入前なら不要だったであろう)奨学金についてまで国庫から負担させられるというデメリットがあります。

ⅱ) また、意欲と能力のある優秀な学生であっても、奨学金の返還免除を受けられるからといって法科大学院への入学を断念しないですむとは限りません。現実には就職をして生計を立て家族を養わなければならない人もいます。夜間の法科大学院もありますが、仕事の責任を果たし、夜間の法科大学院に通学して単位を取り、かつ司法試験の勉強もする(法科大学院の授業では司法試験対策の勉強はさせてもらえないため)には並はずれた体力、気力が必要となります。
 かつての旧司法試験時代には、一旦就職をして仕事をしながらマイペースで司法試験の勉強を続ける人が大勢いました。しかし、今は、そのようなことをするのは、司法試験の受験資格を得るのに(極めて狭き門となっている)予備試験に合格しなければならないので、非常に困難です。
ですから、十分な経済的支援があるから、意欲と能力さえあれば、法科大学院制度のもとでも、経済的理由によって法曹志望を断念することはないという理解は間違いです。

第2段に対してー司法修習生に対する経済的支援の在り方について、なぜ「貸与制を前提」としなければならないのか。「司法修習生の修習専念義務の在り方」を検討するというが、修習専念義務を廃止して修習生にアルバイトを認めるということを意味するのであれば、司法修習期間の短縮、給与制の廃止とともに日本の法曹養成制度に危機を招くことになる。

ⅰ) 検討結果が、「司法修習が、法曹養成において実務教育の主要部分を担う不可欠の課程として置かれており」としていることは評価できます。
 いくら「法科大学院こそ法曹養成の中核」と美辞麗句を並べても、実際には司法研修所、裁判所、検察庁、弁護会及び法律事務所における実務家教員による修習にまさるものはありません。実際にあった事件を題材にして裁判所に提出する書面(訴状、答弁書、準備書面、弁論要旨等)を作成させる等の研修所における実務教育、裁判所、検察庁、法律事務所において実際の事件を生で体験した上で現役の裁判官や検察官や弁護士から受ける指導なくして、どうして実務家を養成できましょうか。
 ところが、新法曹養成制度では、司法修習はかつての2年間から1年間に減らされ、実務修習の際にも生の事件を断片的にしか体験できず(一つの事件は最初から最後まで短くても数ヶ月かかるため)、裁判修習では修習生の数が多すぎて、裁判官室に修習生の机が置けず修習生は裁判官の合議などを見聞きすることもできない状態だということです。

ⅱ) 弁護士志望者にとっても裁判修習は貴重な体験です。修習時代、私を指導して下さった裁判官は「良い弁護士が育つことは裁判官にとってもありがたいことだ。」と述べられて、弁護士志望の修習生に対しても分け隔てなく指導にあたっておられました。
 その裁判修習を満足に受けられないという今の司法修習生は大変気の毒であり、また裁判官にとっても残念なことだと思います。
 また、最近、トップクラスの法科大学院(法曹養成制度検討会議の法科大学院に関係する委員が「定評ある法科大学院」と評している法科大学院の一つ)を卒業した司法修習生から、「実際の事件の内容証明の起案をして、指導担当弁護士から細かい添削を受けたが、もっともなことばかりだった。いろいろな実務上の指摘をされるのは本当にありがたい。実際に弁護士の仕事をするときに役立つことばかりだ。法科大学院に行っていた2年間がなく、もっと早く実務修習を経て実務についていたら、今頃は自分はもっと成長できていたと思う。」という趣旨のことを聞いて、私は「定評ある法科大学院」であっても法科大学院における教育とはその程度のものだったのかと驚きました。自分自身の体験とも併せ、やはり実務家は現実の事件と向き合うことによって育てられるのであり、充実した実務修習と勤務弁護士時代のOJTは「より良き弁護士」を養成するためには絶対的価値を持つものだと確信しました。

ⅲ) ところが、今の司法修習では司法研修所の前期修習が廃止されてしまったため、司法修習生が実務修習地でいざ実務を実体験するという段になってどうしていいか分からず大変困った状況に陥ってしまい、前期修習の代替となる講習などを弁護士のボランティアによって実施している弁護士会もあるほどです。
 そして、司法修習の後半ともなると、弁護士志望の司法修習生は就職活動に力を入れざるをえず(早くから就職活動を始めないと就職が不利となるため)、遠方での就職を望んでいる者は就職活動のための移動時間や交通費等がかかり大変だということです。このように就職活動にいそしまなければならないため、司法修習生が修習に身が入らなくなるという事態に陥っている上に、「修習専念義務」がなくなりアルバイトをする修習生が増えれば一体どういうことになるかは容易に想像がつきます。
 司法修習の短期化と就職活動の激化に加え、修習専念義務がなくなれば、司法修習の一層の質の低下は避けられないでしょう。

ⅳ) 問題は、なぜ修習専念義務をなくしてまで修習生にアルバイトを認めざるを得ない事態に陥ったか、ということです。給費制を維持できていれば、このような事態には陥らなかったでしょう。
 貸与制に以降してから、司法修習を断念してしまう司法試験合格者も続出しています。司法修習を終了しても、過酷な就職戦線が待っており、就職戦線に勝ち残れないとOJTの機会が得られない即独にならざるを得ず、今の弁護士飽和状態では即独では奨学金や貸与金の返済もままならないどころか生計を立てることさえ難しい状況下では、そのような選択をするのも無理からぬことだと思います。しかし、それでは、せっかく並々ならぬ努力をして司法試験に合格した法曹志望者が気の毒であるし、国民にとってもその法曹志望者を育てるために負担した法科大学院への補助金等が無駄になってしまいます。
 かといって、そのような法曹志望者が司法修習を受けることを選択できるように修習専念義務をはずしてアルバイドフリーとすれば、ますます司法修習がおろそかにされ法曹の質の低下は避けられません。これも国民に被害をもたらします。

ⅴ) 取りまとめ案は、「より良い法曹養成という観点から、経済的な事情によって法曹への道を断念する事態を招くことがないよう」にするため、司法修習生の修習専念義務の在り方も検討するとしていますが、「経済的な事情によって法曹への道を断念する事態」を招いているのは、法科大学院制度と司法修習の貸与制です。
 より良い法曹養成のために必要なのは、修習専念義務の在り方を検討するなどということではなく、一刻も早く、法科大学院制度を廃止して、司法修習を2年間に戻し、司法修習を給費制として、修習生が充実した司法修習を受けることができるようにすることです。
 より良い法曹を育てることは国民に対する国の責務です。だからこそ法科大学院に対しても莫大な補助金が投与されているのでしょう。しかし、より良い法曹を育てるために最も効果的なのは、法科大学院制度を維持することではなく、司法修習を充実させることです。そして、そのためには、給費制は欠かせません。
 法科大学院制度を廃止すれば、法科大学院に給付されていた補助金分を給費にまわすことが可能です。その方が、はるかに「より良い法曹を育てる」という目的に対して合目的であると考えます。

2 法科大学院について
(1) この項目については、私は法科大学院制度の維持に反対の立場ですので、同制度を維持するための諸策(「定評ある法科大学院」のみを生き残らせるための苦肉の策と思えます)の提案については意見を述べることは避けさせて頂きます。
 この取りまとめ案が提示する次のような法科大学院制度が抱える課題は、法科大学院制度を廃止(法科大学院修了を司法試験の受験資格とすることをやめる)し、司法修習を中心とする法曹養成制度に戻すことで全て解決ができます。

① 法科大学院間のばらつきが大きく、教育状況に課題がある法科大学院もある。
② 現在の教育力に比して定員が過大な法科大学院が相当数あり、全体としても定員も過大になっている。
③ 法学未修者の司法試験合格率が低く、法学未修者に対する法科大学院の教育に課題がある。
④ 法学部以外の学部出身者や社会人経験者の法曹志願者が減少している。

 ①及び②については、検討結果にもあるように「法科大学院の設置は、関係者の自発的創意を基本としつつ、基準を満たしたものを認可することとし、広く参入を認める仕組みとすべきとした」ためであって、このような結果は法科大学院制度導入時から容易に予想できました。それを、今となって、補助金を削減したり(いわゆる「兵糧攻め」)、人的支援の見直し(裁判官及び検察官の教員としての派遣の見直し)によって統廃合を迫るというのは、「自発的創意」を基本として設立され大学の教育の自由を有するはずの法科大学院の自己否定にほかなりません。また、統廃合を迫られる法科大学院に在学中の学生に被害をもたらす危険もあります。
 ③及び④についても、もともと(純粋に法学を全く勉強したことのない)法学未習者をわずか1年多いだけの教育で法学既習者と同じ学識レベルにもっていくのには無理があったのであり、このことも法科大学院制度導入時に容易に推測できたことでした。
 法学部以外の学生、法学部以外の学部出身者、社会人経験者などを法曹に取り込むためには、他学部からの法学部への転入、社会人入学等がより容易になるように工夫すること、法学部教育をこれらの者にとっても充実した教育内容とすることの方が合理的であると思料致します。

(2) 私は法科大学院の教育に関与しておりませんので、実際の法科大学院においてなされている教育の具体的内容については自身の経験として論評できる立場にはありませんが、法曹養成制度検討会議の委員であり法科大学院の教員でもあられた和田吉弘弁護士が次のような意見を述べられています。

「法科大学院における教育は、現状では、残念ながらその多くが司法試験にも実務にもあまり役に立たないものである。」

 この和田委員の意見は、前記司法修習生から私が聞いた話の内容とも一致します。
 これが事実であれば、何のための法科大学院なのか、さっぱり分かりません。
 司法試験との関係でいえば、法科大学院は司法試験合格率の上下で評価されるにもかかわらず、司法試験の合格率を上げるための教育をすることは禁止されています。しかし、学生は、司法試験の受験資格を得るために法科大学院に通学しているのですから、これは大変つらいものだろうと思います。司法試験に合格しなければ法曹の卵にもなれないのに、合格する前から模擬裁判や尋問技術等の実務教育を受けても身が入らないのは仕方がないと思います。
 教育内容についていえば、法科大学院教育はおそらく医学部教育を見本としているのでしょうが、医学部卒業生の医師国家試験合格率が90%を越え、医師免許を有する教員が臨床でも直ちに役立つ医学知識や技術を教えている医学部とは根本的な違いがあります。
 結局、何としても法科大学院制度を維持しなければならないほどには法科大学院における教育が司法試験にも実務にも役立つものではないというのであれば、一刻も早く法科大学院制度を廃止すべきです。
 法科大学院制度を廃止しても、優れた実務教育を実施している法科大学院であれば、法曹志望者以外も、企業の法務部に所属する社員、司法修習生、弁護士らの中にも専門講座の受講を希望する者も出てくるでしょうから、これらの者も受講できるように法科大学院の教育課程が工夫されるべきであると考えます。

3 司法試験について
(1) 受験回数制限―受験回数制限は撤廃されるべきである。

 検討結果では、受験回数制限は「法科大学院における教育効果が薄れないうちに司法試験を受験させる必要があるとの考え方から導入したものである。」としています。
 そして、受験回数制限を撤廃するべきという立場に対しては、① 旧司法試験下で生じていた問題状況を再び招来することになること、② 法科大学院修了を受験資格とする以上は法科大学院の教育効果が薄れないうちに受験させる必要があること、③ 人生で最も様々なものを吸収できる、あるいは吸収すべき世代である20歳から30歳代で本人に早期の転進を促し法学専門教育を受けた者を法曹以外の職業での活用を図るための一つの機会ともなること、から受験回数制限を設けること自体は合理的であるとしています。
 しかし、①の旧司法試験下で生じていた問題状況とは何なのかの具体的説明はなく、②の5年程度で「教育効果」なるものが薄れるのか疑問であり、③については、法曹という職業に就くことを断念するか否かは法曹志望者個人の問題であり、国が介入すべきではない私的領域に属する事柄であることから、何ら受験回数制限には合理的根拠はないものと思料致します。
 この受験回数制限なるものは、結局、法科大学院卒業者の累積合格率を下げないためにだけ設けられたものとしか思えません。

(2) 方式・内容・合格者決定
 検討結果にあるように、司法試験において基本的な法律科目を重視して法的思考力を試すことには賛成ですが、基本的な法的知識の習得の確認を軽視することには賛成ではありません。
 あくまでも、前記司法試験法の定めるように法曹として「必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定すること」(同法1条)が目的とされるべきであり、法科大学院の現実の教育内容に合わせて「法科大学院の修了試験」のように改変されることには反対です。
 また、司法試験委員会において、「現状について検証・確認しつつより良い在り方を検討」されるのには賛成ですが、司法試験委員会の委員からは法科大学院の教員ら関係者は一切排除されるべきであると考えます。法科大学院関係者の委員が実際には公平を欠くような行為をされていなくても、外部からみれば公平を欠く行為がなされているのではないかとの疑念を持たれかねないのですから、法科大学院に関係している方は委員の選考要件を満たさないとすべきです。

(3) 予備試験制度
 検討結果は、予備試験によって「既に本来の制度の趣旨とは異なる状況が生じており、その傾向が拡大して法科大学院を中核とする法曹養成制度のいわゆるバイパスになるおそれや、それが法科大学院の教育及び法曹を目指す者の学習に及ぼす影響等への懸念が示されている。」としています。
 「本来の制度の趣旨とは異なる状況」とは、おそらく法科大学院生が在学中に予備試験を受験することを意味していると推測されますが、学生がなぜそのようなことをするのかが理解されるべきです。
 法科大学院生にとって、法曹になってからも「法科大学院修了資格での司法試験合格」という事実よりも、「予備試験合格資格での司法試験合格」という事実の方が高く評価され、就職にも有利になるからにほかなりません。結局、学生にとって、法科大学院は経済的・時間的負担でしかないのです。
 いわゆる大手の法律事務所は、こぞって予備試験合格の法曹を優先的に求職しているという事実を、そして予備試験合格者の司法試験合格率が法科大学院修了資格での司法試験合格率よりもはるかに高いという事実を、検討会議はどのように理解されているのでしょうか。
 法曹を利用する国民にとっては、優秀な法曹でさえあれば、法科大学院卒業者であっても予備試験合格者であってもどちらでもかまわないのです。
 「法科大学院の教育及び法曹を目指す者の学習に及ぼす影響等への懸念」とは、予備試験経由で法曹になる途を選択する法曹志望者が増え(現実に今年は激増しています)、法科大学院への入学希望者が減少することを指しているとすれば、これは単に法科大学院制度を維持したいがための懸念でしかなく、国民や法曹志望者の視点に立った考え方とは到底思えません。

4 司法修習について
(1) 法科大学院教育との連携

 法科大学院と司法修習との「有機的な連携」(この言葉に合理的意味があるのか不明)と言われますが、実務教育が法科大学院と司法修習とに分断されてしまい、かえって成果が上がっていないと考えます。現在は、前述のとおり多くの弁護士会が前期修習(本来は法科大学院によって「実務への導入教育」としてなされていなければならないもの)に代わる教育を担当弁護士のボランティアによって行っているという状況ですが、これも弁護士過剰による競争の激化のために担当弁護士に余裕がなくなってきているので、いつまでボランティアで質を維持しつつ継続できるか分かりません(現在は司法修習生の指導担当弁護士ですら、なかなか確保できないという状況です)。
 法科大学院において法曹になれるかどうか分からない者に対して、法曹倫理や尋問技術等の実務を学習させても、学生自身に勉学意欲が湧かないのは当然のことであり、また国民にとっても補助金等の国庫負担が無駄になる確率が高く、合理性がありません。
 法曹志望者にとっても、国民にとっても、法曹になることがほぼ確実な人間に法曹に必要不可欠な実務教育を実施することの方がはるかに合理的です。
 実務教育は、司法修習1本に絞り、司法修習を2年間に戻して充実させるべきです。

(2) 司法修習の内容
 検討結果は、「司法修習の段階でも、より多様な分野について知識、技能を習得する機会を設けられていることが望ましい。」としていますが、1年間に短縮され、しかも弁護士志望者の場合、就職難のために早くから就職活動を開始せざるをえず、そのため修習に身が入らないという状況下で、「多様な分野について知識、技能を習得する機会」を設けること自体に無理があります。
 また、和田委員が指摘されているように、弁護士の場合、「法廷外の弁護士活動も、最終的に法廷に持ち込まれた場合にはその事案が裁判所によってどのように判断されるか、ということを念頭に置きながら行う必要がある」のであり、訴訟実務の習得は必要不可欠です。しかし、1年間の限られた修習では、この訴訟実務すら満足に習得することは困難です。ましてや、多様な分野について知識、技能を習得するというのは至難の技であり、逆に散漫な修習となって虻蜂取らずとなりかねません。

5 継続教育について
 現在でも弁護士会では継続教育を実施していますが、これに法科大学院の教員らが協力することについては、異存ありません。
 大学院が、専門講座を法曹や法曹以外の企業や公共団体の法務担当者らに開放し、これらの者が「先端的分野等を学ぶ機会を積極的に提供する」ことは取り組まれるべきことであると思いますが、現在の法科大学院に弁護士会の専門研修以上の実務教育が可能であるかどうかは疑問です。

<最後に>
 現在の日本の法曹養成制度は破綻に瀕しつつあると思います。今の法曹養成制度と弁護士人口の激増のもとでは、優秀な人材が集まらないし、優秀な弁護士は育っていかないでしょう。
 この書面を推敲している際中に、今年の法科大学院入学者合計数が2,698人で過去最低を更新し、学生を募集した法科大学院69校のうち93%に当たる364校で定員割れとなったことが発表されました。日本の若者は司法界を見限りつつあります。
 いかに優秀な種をまいても、土壌が豊かでないと立派な苗には育ちません。貧困な土壌に粗悪な種をまけば、更に育ちません。
 このままでは、日本の司法は崩壊し、国民を不幸にする事態が遠からずやってくるでしょう。
 法曹養成制度検討会議におかれては、出来てしまった法科大学院制度をなんとか維持・改善しようと必死に打開策を見出そうとされているようにお見受け致します。これは、法科大学院関係者の委員が多かったことも影響していると存じます。
 しかし、そのような立場を離れて、客観的・公平な立場からみて、果たして法科大学院制度の維持を至上命題とすることが本当に日本の司法のためになるのか、国民や法曹志望者のためになるのか、熟考して頂きたいと存じます。
                                         以 上

法曹養成制度検討会議・中間取りまとめ案へのパブコメ(その2)

第2 今後の法曹人口の在り方について
 1 第1段に対してー司法審意見書から12年が経過しているにもかかわらず、なぜ法曹に対する需要が増えていないのか、裁判官、検察官の採用数はなぜ増えないのか、という当然の疑問を無視している。

(1) 司法審意見書から12年が経過し、この間にも「社会がより多様化、複雑化」したはずなのに、法曹に対する需要は増えてはいません。
 検討結果では、「過払金返還請求訴訟事件を除く民事訴訟事件数や法律相談件数はさほど増えておらず」(現在では過払金返還請求訴訟事件も激減しており、訴訟事件全体が減少傾向にあります)、「法曹の法廷以外の新たな分野への進出も限定的」であり、「司法修習終了者の終了直後の弁護士未登録者数が増加する傾向にあり」、「法律事務所への就職が困難な状況が生じていることがうかがわれる」という事実認定をしておりながら、どうして「法曹に対する需要は今後も増加していくことが予想される」「全体としての法曹人口を引き続き増加させる必要があることに変わりはない。」という楽観的な結果が導き出せるのか、理解に苦しみます。

(2) なお、「法曹人口」の中には、弁護士だけではなく裁判官、検察官も含まれていますが、裁判官や検察官の採用数は増加するどころか、ここ数年は減少傾向に転じています。
 「法曹に対する需要」というとき裁判官と検察官の需要も含まれていることは明らかですが、裁判官や検察官の採用数は国家の施策として決められています。そして、法曹人口を増加させるというのも司法審意見書に基づく国家の施策だったはずです。にもかかわらず、どうして国は、裁判官と検察官の採用数を増加させないのでしょうか。裁判官と検察官を増加させるほどの需要がないと判断しているからではありませんか。
 社会がより多様化、複雑化するので法曹に対する需要が増加する、だから法曹を増やす必要があるというのであれば、社会の多様化、複雑化により弁護士だけではなく裁判官と検察官の仕事も増えるはずなので裁判官と検察官も増やすべきでしょう。
 取りまとめ案には、国がなぜ裁判官と検察官を増やそうとしないのかという視点が落ちています。

2 第2段に対してー現時点においては、司法試験の年間合格者数の数値目標は設けないのが相当であるということであるが、いつになったら、あるいはどういう事態が発生すれば数値目標を設けるのが相当となるのか。

(1) 司法審意見書には「司法試験の合格者数を年間3,000人程度とすることを目指す。」という数値目標が定められていました。そもそも、この「年間3,000人」という数値に合理的根拠があるのか大いに疑問ではありますが、少なくとも法曹の需要を考慮して国が決めた数値目標だったはずです。
 検討結果には、「なお、もとより、実際の司法試験合格者は、司法試験委員会において、法曹となろうとする者に必要な学識・能力を有しているかどうかという観点から、適正に判定されるものである。」との記載がありますが、もし司法試験委員会が純粋に「学識・能力」のみで司法試験の合否を決定しているのであれば、合格者の数値目標などを決めたところで、受験生の数、学識・能力によって毎年の合格者数も大幅に変動するはずですから、数値目標を決めたところでその実現はまず困難ということになります。
 結局、司法試験合格者数は、過去も現在も司法予算と法曹の需要を考慮して政策的に決められているということは、司法審以来の暗黙の了解であるというべきでしょう。

(2) また、いつの時代も、法曹志望者におおよその司法試験合格率を知らしめ自身の将来設計の資料とさせるために、国によって司法試験合格者数の目安が公表されてきました。
 国が「司法試験合格者数の目安」を決め、それを公表することには、このような意義があったはずです。
 しかし、取りまとめ案は、このような「司法試験合格者数の目安」の意義を無視し、この有識者会議に求められていた命題に対する答えを出すことを放棄してしまっているので、無責任と非難されても仕方がないでしょう。

(3) もっとも、第1段で、「今後も社会がより多様化、複雑化するので法曹に対する需要は増加する、だから法曹人口を引き続き増やす必要がある」と述べているので、現在の司法試験合格者数を維持すべきであり、「減らす」という選択肢は全く考慮の範疇にはないことだけはよく分かります。
 しかし、現在の年間2,000人程度の司法試験合格者数を維持していけば、司法審意見書が目指すべきとしているわが国の法曹人口5万人に近い将来達し、その後もどんどん法曹人口は増え続けることになります。
 司法審意見書から12年が経過しても法曹需要が増えなかったという事実、及び現在の司法試験合格者数2,000人でも既に弁護士人口は飽和状態に達しており、むしろ弁護士過剰により後述する多くの弊害が生じていて、近い将来国民に多大な被害を与えかねない状況にあるという現実を直視すべきであり、司法試験合格者数を「減らす」という選択肢も十分検討されるべきであったにもかかわらず、取りまとめ案にはこの選択肢が全く検討されていません。これもまた、無責任というべきです。

3 第3段に対してー現時点の法曹人口の在り方について結論を出さず、将来「その都度検討を行う」というのは、問題の先送りにすぎない。

 今後の法曹人口の在り方について協議・検討するのが、法曹養成制度検討会議の目的の一つであったはずですが、「法曹有資格者の活動領域の拡大状況、法曹に対する需要、司法アクセスの進展状況、法曹養成制度の整備状況等を勘案しながら、その都度検討を行う必要がある。」とするのみで、現在の「法曹有資格者の活動領域の拡大状況、法曹に対する需要」等を勘案した上での今後の法曹人口の在り方については全く検討結果を出さないというのはいかがなものか。
 国民の血税を財源として長期間にわたり調査・検討・協議がなされてきたにもかかわらず、これらが無駄であったとしか思えず、法曹志望者や国民に対して不誠実かつ無責任であると思料致します。

4 弁護士過剰による弊害について
(1) 私は25年近く弁護士をしてきましたが、ここ数年、弁護士過剰による様々な弊害が表面化してきたと実感します。弁護士ですので、守秘義務があり、具体的事案を説明することはできませんが、直接経験したこと、他の弁護士から聴取したこと等を抽象化してここに掲げさせて頂きます。

① 事件の内容からして信じられないほど高額な報酬を依頼者に請求して受領していた事案
② 依頼者にも落ち度があったにせよ、事件の委任契約を途中で解約し、預かり金の精算書や先払いの報酬の精算書も依頼者に交付せず、通常の相場よりもはるかに高い報酬金を受け取ったままにしていた事案
③ 過去の判例や一般常識からして、とても成り立たない請求について、簡単に委任を受け報酬を受け取り、内容証明を送付したものの、当然相手方から支払いを拒否され、その後何もせずに放置している事案
④ 依頼者に精神障害があることは少し注意を払えば明らかであるにもかかわらず、依頼者の言い分をそのまま信じて(あるいは信じたふりをして)法外な請求をし、相手方の怒りをかった事案
⑤ 依頼者に対して預り金を長期間にわたって返還せず、依頼者が請求すると「経営が苦しいので、返還はもう少し待って欲しい」と言い訳をしていた事案
⑥ 自己破産申立事件(破産管財人事件)の申し立ての委任を受け、通常の相場をはるかに上回る報酬を受け取り、破産管財人に否認された事案

 このような事案の中には懲戒事件に発展するものもありますが、多くは事件処理の方法等について同業者にはその違法性・不当性が明らかでも依頼者らには分からずじまいで終わってしまう事案もたくさんあると推測されます。

 これらは弁護士の職業倫理の問題ですが、過当競争にさらされて、力量のある弁護士よりもセールスや宣伝のうまい弁護士の方が評価されて勝ち残れるとなれば、弁護士としてのアイデンティティーを見失い、仕事に対するモチベーションが低下し、金銭的利得の方を重視して(違法とまではいかなくても)不適切、不誠実な事件処理に走る弁護士がますます増加することが予想されます。そして、国民にはそのような弁護士を見極めることは事実上不可能です。

(2) また、事件数が減少しているのに弁護士数が激増しているため、弁護士1人当たり、特に若い弁護士1人当たりの経験できる法律相談件数や受任事件数が減少し、弁護士が経験を積む機会が極端に減ってしまっています。これがオン・ザ・ジョブトレーニング(OJT)を受ける機会の減少とともに、弁護士の質の低下をもたらしています。
 後述する司法修習の短縮化やOJTの機会を得られない若手弁護士の増加、そして弁護士過剰(中堅以上の弁護士の数に比し若手弁護士の数が極端に多い)によって指導に当たる弁護士にも余裕がなくなってきていること等から、この弁護士の質の低下の状況は今後もますます悪化していくと思われます。
 このような弊害は、いくら法曹倫理教育で精神論を語ったところで、避けられるものではありません。
 弁護士に過剰な競争を求めれば、弁護士も宣伝やセールスに時間を費やさねばならず、仕事、自身の研修、後輩の指導等に多くの時間を充てることができなくなります。そして、弁護士は互いに競争相手にすぎなくなり、先輩弁護士が後輩弁護士の実務修習やOJTに協力するという良き伝統も次第になくなっていくでしょう。現在はまだあからさまではありませんが、既にその途上にあると実感します。

(3) 更に、私がもう一つ大きな弊害と考えるのは、裁判官や検察官が中途退官して弁護士になるという途が事実上塞がれてしまったということです。 弁護士過剰により、裁判官や検察官を退職してから弁護士として独立開業することも、他の弁護士の法律事務所に入所することも、難しい状況となりました。このことにより、裁判官や検察官が自身の良心に従って思い切った判決を書いたり処分を選択することを困難にし、裁判所や検察庁がますます官僚化して独善傾向に走りやすくなるのではないかと危惧致します。

(4) このようなことになれば、国民に大きな被害を与えることになります。
 需要がないのに弁護士を増やすことには大きな危険が伴うということは、実務経験のある弁護士であれば誰もが実感するところでありますが、これを自分たちの既得権擁護のために誇張しているにすぎないと捉えるのは狭量にすぎます。
 弁護士を利用する国民の視点に立っても、需要のないところに弁護士を激増させることの危険から眼を反らすべきではないと考えます。

2013年5月 9日 (木)

法曹養成制度検討会議・中間取りまとめ案へのパブコメ(その1)

 本日、郵送しました。

 このような機会は、数年に1度しかないことなので、頑張って書きました。

 時間がなく、データなどを引くことはできませんでしたが、データの方は既に検討会議の資料として上がっているので、率直な意見を分かりやすく書こうと思いました。

 つたない文章ですが、一弁護士、一国民としての、精一杯の抗議です。

 これから少しずつ掲載していきます。

  法曹養成制度検討会議 中間取りまとめ案

                libra

 法曹養成制度検討会議作成の「中間的取りまとめ」(以下「本取りまとめ」といいます)に対するパブリックコメント募集に応じて、一弁護士として、一国民として、次のとおり意見を述べさせて頂きます。

第1 法曹有資格者の活動領域の在り方について

1 第1段に対して―法曹有資格者の活動領域が「限定的なままである」原因について何ら分析・検討がなされていない。

(1) 本取りまとめでは、「法曹有資格者の活動領域は、広がりつつあるものの、その広がりはいまだ限定的といわざるを得ない状況にある」としています。
 そもそも、司法審制度改革審議会(以下「司法審」といいます)の意見書は、「法曹有資格者の活動領域が広まっている、あるいは広まりつつある」のに対して、「法曹有資格者の質、量ともに不足している」という認識があったからこそ、司法試験合格者数の増加を提唱したのではないでしょうか。
それなのに、司法審意見書から既に12年近くが経過しているにも関わらず、どうして法曹有資格者の活動領域が「限定的」なままなのでしょうか。
本取りまとめは、この「法曹有資格者の活動領域が限定的なままである」原因について、何ら検討・分析していません。

(2) 本取りまとめは、「更なる拡大を図るため、関係機関・団体が連携して、各分野における法曹有資格者のニーズを多角的に分析するとともに、課題や解決策をきめ細かく検討し、拡大に向けた取り組みを積極的に行う」としています。
「法曹有資格者の活動領域やニーズが広がっているから、法曹有資格者が既に不足しているあるいは近い将来不足が見込まれるから、法曹有資格者の数を増やさなければならない」というのであれば理解できますが、先に法曹有資格者の数を急激に増やしておいてから、「法曹有資格者の活動領域やニーズを分析して、活動領域を拡大するための取り組みを積極的に行わなければならない」という思考過程が理解できません。順番が違うのではありませんか。
 法曹有資格者数の激増は国民の経済的負担を伴っています。このような思考過程は国民にも納得がいくものではないと思います。

2 第2段に対してー法曹有資格者等の企業への就職が増加しない原因の理解が間違っている。

(1) 本取りまとめは、「企業における法曹資格者の役割・有用性の周知」「企業で勤務する意義についての法曹有資格者等の意識改革」に向けた取組などを積極的に行うことが重要、としていますが、企業内弁護士についての情報は既に社会に広まっているにもかかわらず、企業内弁護士の数はそれほど増加していません。そもそも、自由経済国家においては、企業内弁護士のニーズを決めるのは企業自体であって国ではなく、その企業が法曹有資格者をさほど必要としていないことが明確になった現在、どうして国がこのような「企業における法曹有資格者の活動領域の更なる拡大」に向けた取組を行わなければならないのか不明です。

(2) 「企業で勤務する意義についての法曹有資格者等の意識改革」の意味は明確ではありませんが、法曹有資格者等(「等」とあるのは、いわゆる「三振者」を含む意味でしょうか。ここだけ「等」が付されている説明がないのもおかしい。)も、法律事務所への就職が困難となっている現在では(本意ではないにせよ)企業への就職を希望する法曹有資格者は(もちろん法科大学院修了生も)少なくありません。
 しかし、企業の方がニーズを認めていないのに、法曹有資格者等がいくら「意識改革」をしたところで就職の促進は期待できません。
また、法曹有資格者の「意識改革」とは企業の「雇用条件」にあまり期待するな、ということでしょうか。
 現在では司法試験合格者数の激増によって新人弁護士の法律事務所、企業等における雇用条件は急激に悪化しており、4年生大学新卒で資格を有しないまま一般企業に就職する者と法曹有資格者の雇用条件はそれほど変わらなくなっています。
 およそ「資格」というものは、法曹資格に限らず、その資格を前提とする仕事のやりがい以外にも、それを得れば就職に有利になる、生計を立てるだけの収入が期待できるために、皆努力をして費用と時間をかけてでも資格を取ろうとするのです。
 にもかかわらず、費用と時間をかけて(それも他の資格に比べて莫大な費用がかかる)「法曹資格」を取っても、新卒で就職するのと変わらない待遇の仕事しか得られない、就職できずに即独となれば生計を立てるだけの収入を得るのも困難となる、となれば、法曹志望者が激減するのは当然です。法曹志望者が激減しているにもかかわらず、このまま司法試験合格者数を増加させていけば、「必要量」以上の「量」は得られても「質」を維持することが困難になるのは自明の理です。
 企業としても、そのような法曹有資格者であれば、ますます採用に躊躇するようになるだろうことは容易に推測できます。
「意識改革」しなければならないのは、法曹有資格者の需要を十分に検討・分析することもなく司法試験合格者数を激増させた方々の「意識」の方でしょう。

3 第3段・第4段に対してー公務員になる法曹有資格者が増加しない原因の理解が間違っている。

(1) 国家公務員や地方公務員の採用は、法曹有資格者であれば足りるというものではなく、既に弁護士としての経験をある程度積んでいることや専門知識を有していることが求人条件であったり、短期間の任期付きのものが多く、これが公務員になる法曹有資格者が増加しない大きな原因となっていると思われます。しかし、これらの原因の分析・検討は全くなされていません。
 本取りまとめは、企業の場合と同様、国や地方公共団体等における「法曹有資格者の必要性・有用性」を強調し、「法曹有資格者の意識改革や能力向上のための取り組み」を強調しています。
 この「取り組み」の主語は、この文章からは明確ではありませんが、主語の多くは「国」「地方公共団体」と推測されます。しかし、国も地方公共団体も財政難であり、かつ不景気のために公務員志望者が増加し、優秀な法学部卒業生を採用できるにもかかわらず、何ら法曹経験がない法曹有資格者を採用するメリットは殆どないでしょう。

(2) また、国や地方公共団体が法曹経験や高度な専門的知識のある法曹有資格者の雇用を望んでも、そのような法曹は既に一定の地位や収入を得ているので、任期付きで将来雇用が不安だったり、雇用条件が必ずしも良くない公務員への転職を希望しないのはごく自然なことです。
 このような現実を無視して、「法曹有資格の意識改革や能力向上のための取組」「法曹有資格者の必要性・有用性の周知に向けた取組等を積極的に行う」等という抽象的な文言を羅列しても、精神論を語るものでしかありません。
 また、国や地方公共団体に不必要な法曹有資格者の採用を求めることは、国民や住民の経済的負担を増やすばかりであり、国民や住民の理解を得られるとは思えません。

4 第5段に対してー法テラスの常勤弁護士でしか対応できない法的ニーズ、及び常勤弁護士の活動の実態についての調査・検討が十分になされていない。

(1) 中間的取りまとめの検討結果は、「福祉分野など法的ニーズがありながら、必ずしも一般の弁護士の手が届きにくい分野においては、法テラスの常勤弁護士を活用することにより、弁護士の関与が必要な活動領域の開拓をなお一層進めることも有益である。」としています。
 しかし、「福祉分野など法的ニーズがありながら、必ずしも一般の弁護士の手が届きにくい分野」とは、どのような分野や事件を指しているのかはこの一文からは明確ではありません。ただ、個人事業者である弁護士が受任しても採算が取れないために受任できない分野や事件のことを指しているのではないかとの推測はできます。もしそうであるなら、そのような事件を弁護士に受任させて解決を図るのであれば、弁護士報酬等を国庫が負担する法律扶助制度の充実が必要となります。
 しかし、わが国の法律扶助制度は弁護士報酬の立て替えが原則であり、弁護士報酬を国が負担するわけではなく、結局は依頼者が法テラスに分割返済をすることになり、この分割返済さえも困難な依頼者が多いことも、「一般の弁護士の手が届きにくい」原因の一つとなっています。また、弁護士の仕事量としては同じであっても、法律扶助を利用した場合の所定の弁護士報酬は、利用しない場合の弁護士報酬に比べ、極端に低額であり、場合に  よっては採算が取れないことも、やはり「一般の弁護士の手が届きにくい」原因の一つとなっています。
 このため、法律扶助事件を多数抱える若手弁護士は、「ワーキングプア」と言えるような状態に陥っています。
このようなわが国の法律扶助制度の見直しこそが急務であるはずですが、取りまとめ案はこのことには全く触れていません。

(2) 上記のような問題を「法テラスの常勤弁護士を活用する」ことで解決することには限界があり、常勤弁護士の負担が増大して法テラスとの間の法的紛争に発展したり、あるいは常勤弁護士の中には不満のあまり誠実な事件処理を怠るものも出てきていると聞き及んでおります。
このようなわが国の法律扶助制度の問題点、常勤弁護士の実態等を調査・検討することなく、抽象的に「法テラスの常勤弁護士を活用することにより、弁護士の関与が必要な活動領域の開拓をなお一層進めることも有益である。」と述べるのは、極めて短絡的、楽観的な見方でありましょう。
 この「法テラスの常勤弁護士を活用することにより、弁護士の関与が必要な活動領域の開拓をなお一層進めることも有益である。」という一文の趣旨は必ずしも明確ではありませんが、法テラスの常勤弁護士をもっと増やして、常勤弁護士に「弁護士の関与が必要な活動領域の開拓」をさせるという意味であるとすれば、常勤弁護士の給与が国民の血税によって賄われていることを軽視しているとしか思えません。

(3) また、福祉の分野などに法的問題が発生しないようにすることは、そもそも行政の責任であり、それを「弁護士の活動領域の開拓」のチャンスと捉えることは、本末転倒であるとともに、福祉の分野などで救済を求めている方々に対して大変失礼な表現であると思料致します。
 なお、中間的取りまとめの検討結果には、「常勤弁護士は、災害の被災者に対する法律相談実施など公益性の高いサービスを組織的かつ迅速に実施し得る存在である。」という一文もありますが、法テラスの常勤弁護士にはまだ経験の浅い弁護士が多く、(各種の複雑な法律問題の解決が必要となる)災害の被災者の救済を「組織的かつ迅速に実施」するだけの力はなく、各地の弁護士会で弁護団が組まれて被災者救済にあたっているというのが実情です。 
 法テラスの常勤弁護士の給与は国庫負担ですので、国民の立場からすれば、法テラスの常勤弁護士を安易に増やすことには慎重であるべきです。

5 第6段に対してー刑務所出所者等の社会復帰等に果たす弁護士の法的支援が必要かつ有用というが、いったいどういう法的支援を想定しているのか不明である。

(1) 取りまとめ案は、「刑務所出所者等の社会復帰等に果たす弁護士の法的支援が必要かつ有用であるところ、これを充実・強化するなどの観点から、弁護士、弁護士会及び日本弁護士連合会並びに日本司法支援センター(法テラス)等との連携方策について検討すべきである。」としていますが、具体的には刑務所出所者が社会復帰を果たすためにどのような法的問題についての救済を求め、弁護士の法的支援を求めているのか、全く説明がありません。
 この取りまとめ案は、法曹関係者のみではなく、一般国民も読むものであり、パブリックコメントの募集も国民に向けてのものであるにもかかわらず、このような説明がないということは、いかにも不親切です。

(2) 刑務所出所者であろうと法的問題(借金問題、被害弁償等のことでしょうか)について救済が必要なのであれば、弁護士の通常の職務の対象となり、弁護士報酬については法テラスを利用することが多くなるでしょうが、法テラスの法律扶助には前記のような問題があります。しかし、刑務所出所者だから特別な法的問題の解決法が必要となるわけではありません。
検討結果に記載のある「刑務所出所者等の円滑な社会復帰・自立更正」には、弁護士の支援よりも、行政(就職支援等)や社会(差別意識をなくすこと等)からのアプローチの方が重要でしょう。

6 第7段に対してー日本の弁護士に「海外展開業務」が期待されているというが、誰がどのような期待をしているというのか、具体的内容の説明が全くない。

 検討結果には、日本企業の海外展開に資するよう、日本の弁護士が「個別のビジネスサポートや国際的な貿易・投資ルートの策定等において一定の役割を果たすことが期待される」としていますが、一体どういう個人ないしは組織がこのような「期待」をしているというのでしょうか。
 日本にも渉外事件を扱う大手の法律事務所がありますが、もしこのような期待が企業側にあるのであれば、渉外事務所の仕事も増え、渉外事務所の弁護士の求人数は増加するはずですが、そのような情報はなく、むしろ大手渉外事務所も軒並み求人数を減らしているというのが事実でしょう。
本当にそのような期待やニーズがあるのか、大いに疑問です。

7 第8段に対してー法曹有資格者の活動領域の拡大を図るための体制の整備がそもそも必要なのか、という観点が全く抜け落ちている。

 何のために「法曹有資格者の活動領域の拡大を図る」必要があるのでしょうか。本当に国民の利益や国益のためでしょうか。

 最初に述べたとおり、もともと法曹有資格者の活動を必要とする需要があったからこそ司法試験合格者数を激増させたはずなのに、なぜ今となって需要の拡大を図る、そのための体制の整備をする(例えば、弁護士の雇用を企業に義務づける等の法律をつくれということでしょうか)必要があるのでしょうか。
 司法試験合格者数を激増させたために、弁護士が余りすぎ、その弁護士の活用方法を急遽捻りだそうとしているとしか思えません。
「歯医者を増やすと虫歯が増える」「医師を増やせば病気が増える」というのと同じ危険な発想です。
 そんなことを国民が望んでいるとは思えません。
 弁護士が過剰となって弁護士登録をしない有資格者が増えたり廃業者が増えるということは、その者たちの不幸にとどまらず、弁護士を養成するために国民が負担した費用がその分無駄になるということですので、国民の不幸でもあります。そして、後述する弁護士過剰の弊害が国民に被害をもたらすという危険も無視されるべきではありません。
 この中間取りまとめ案には、このような視点が欠落しています。

パブコメは本日提出予定・・・Twitterもどき(5月9日午前8時5分)

 仕事中。パブコメは、少し手直ししてから本日中に郵送する予定です。

  ※ パブコメ締め切りは、5月13日(月)必着ですので、ご注意!

 このブログにも、私の書いたパブコメを少しずつ掲載するつもりです。

 ただ、仕事に追われていて、なかなか手がまわりません。

             libra

 今年の法科大学院入学者数が発表され、また毎日新聞が弁護士の収入についてショッキングな記事を出したので、昨日はこのブログのアクセス数もかなり多くなっています。

 あまり内容の濃い記事が書けないのが残念です。

 でも、他の弁護士がとても濃い内容の記事を書いて下さっているので、適宜紹介していきたいと思っています。

 まず、仙台の坂野智憲弁護士のこの記事。

 法科大学院、定員割れ9割超に 今春、入学者数は2698人で過去最低

制度が崩壊する様というのは凄いものだ。定員充足率63%などという教育機関がほかに存在するのだろうか。

・・・確かに。おそらく、法科大学院の入学者数は、このままドンドン減っていくでしょう(法科大学院制度が残ればですが)。

 入学者数が一桁とか十何人とかいう法科大学院では、学生一人あたりいったい何人の教員がいるのでしょう。

 いくら少子化で少人数教育がさかんと言っても、こんな教育機関は他にないでしょう。

 しかも、「卒業しないと司法試験受けさせてやんないよ」って、国から補助金もらって高い学費取って。でも、その教育は、司法試験にも実務にもたいして役立たないなんて。

 国民に負担を強いる裁判員制度と並んで、法曹志望者を苦しめるだけで、税金の無駄遣いにすぎます。

 日弁連は、一刻も早く、法科大学院とは手を切るべきだと思いますが、今の執行部にはそんな気はサラサラないようです。

 私は、こんな非道な法科大学院制度をいつまでも日弁連が見限らないのであれば、もう日弁連自体が崩壊してもらってかまわないと思っています。

2013年5月 8日 (水)

これじゃ、法科大学院入学者が減るはずだ。

 減らない方がおかしい。

<弁護士収入>増えた人数、業務は減 事務所維持で借金も

    毎日新聞 5月8日(水)10時31分配信

<弁護士収入>2割が年収100万円以下

    毎日新聞 5月8日(水)10時20分配信

今年の法科大学院入学者数は2698人!

 やっぱり、3,000人をはるかに下回りました!

 東京新聞がいち早く記事にしてくれました。

 法科大学院、定員割れ9割超に 今春、入学者数は過去最低

 パブコメの中にこの数字を入れます。

2013年5月 7日 (火)

「司法改革の失敗」(花伝社発行)を読んでみる。・・・Twitterもどき(5月7日午後10時30分)

 連休は終わったが、私はそもそも今年は「休み」という感覚が全くなかった。

 平日よりもキツかった!

 予定の仕事は、まあ7割程度は達成した。

 大作準備書面もほぼ完成し、尋問準備の方も7割くらいはできた。

 パブコメも書きました!中間取りまとめ案の各項目に対して準備書面的に反論していたら、20枚以上にもなってしまった!

 疲れた・・・sad

                   libra

 ちょっと一休みして他の弁護士のブログを見たら、小林正啓弁護士がこんな記事を書かれていた。

 中坊公平氏死去 (花水木法律事務所)

 あいかわらず、中坊氏は「敗戦処理投手」にすぎず、弁護士過剰増員の本当のA級戦犯(これは黒猫さんの記事司法改革の「A級戦犯」逝くへの皮肉なんでしょうね)はこちらだというご主張。

このような事態に至った「A級戦犯」は、800人案を提案した故辻誠もと日弁連会長であり、これを受け入れた故土屋公献日弁連会長(当時)、辻誠弁護士とともに800人決議案を提案した前田知克弁護士、そして、800人決議をめぐる「陰謀」(『こんな日弁連に誰がした?』94頁)に関わった全ての弁護士である。 

 この件に対する反論は、「司法改革の失敗」(花伝社発行)の鈴木秀幸弁護士執筆部分「Ⅰ 司法のあり方と適正な弁護士人口政策」に司法改革の歴史についての記載があるので、ぜひお読み頂きたい。

少しご紹介。

「ロ.司法審意見書が合格者3,000人計画を打ち出し、その結果、就職難と弁護士集団の経済的基盤の危機を迎える事態が避けられないことが明白になるや、執行部を支持してきた者達から、弁護士集団が弁護士増加に反対するというギルド的な態度をとったことが外部の人々からひどく反発を受けて、そのために大増員という結果を導いてしまったのだという言説が振りまかれるようになった。

   (中略)

執行部は、東京と大阪の大派閥の集票能力をフルに発揮して、一般会員を無視し、やりたいように日弁連の方針を決めてきたのであり、それにもかかわらずこの言い草はない。極めて政治的な言動である。法務省は、遅くとも1994年11月の時点で合格者を1500~3000人にし、修習期間を1年以下ないし廃止し、給費制廃止まで口にしていた。これに歩調を合わせる学者、連合、消費者、マスメディアが改革協の委員に集められていた。日弁連は、どの辺で手を打つべきだったと言うのであろうか。言われるままに 従うべきだったと言うのであろうか。」

  (同書83頁)

  小林弁護士は、日弁連は早いところ「司法試験合格者数1000人」で手を打っていれば、発言権も失わず、1000人を維持できたかのように言われているが、現実にはそんな甘い情勢ではなかっただろう。

 むしろ、早くからそんな妥協をしていれば、「日弁連、くみしやすし」と侮られ、さらなる無理難題をふっかけられ、日弁連執行部はズルズルと妥協を繰り返していたに違いない。

 皆様には、ぜひこの「司法改革の失敗」をお読み頂きたい。

 中坊公平氏の司法改革における「影」の部分がしっかり書かれている。

 もっとも、私は、日弁連をこんな事態に陥らせた一番のA級戦犯は、中坊公平氏ではなく、東京、大阪の「派閥」だと思っている。そして、その派閥を動かしたのは小林弁護士の言われるような「法曹一元」などという美しい理念ではなく、もっと「おどろおどろしいもの」だったと思っている。

                 libra       

 中坊公平氏は司法審に「弁護士会の代表」として参加したなどという記事を書いたマスコミの記者も、この「司法改革の失敗」をぜひ読んでほしい。

 なお、司法審の委員構成は、弁護士集団の抵抗を排除するため、弁護士は利害関係者であるから委員にするべきではないとされ、日弁連を代表する委員が1人も選任されなかった。国民・マスメディア受けのスタンドプレーと日弁連執行部への影響力を期待して、中坊氏が一本釣りされた。そのために、中坊氏は個人として委員に任命され、自ら弁護士の代表ではないと公言していた。

  (同書61頁)

 この司法審の委員構成のくだりは、私の当時の記憶とも合致しており、歴史的事実であろう。

 A級戦犯ではなくても、中坊公平氏、そして当時の日弁連会長の久保井一匡氏の責任は極めて重いと思う。

2013年5月 6日 (月)

中坊公平氏逝く。

中坊氏、光と影 法曹界に大きな影響 (産経ニュース)

日弁連会長時代から司法制度改革を主張し、平成11年に政府の司法制度改革審議会に弁護士会を代表して参加した。

 ※ この記事の「弁護士会を代表して参加」は間違いです。

 毀誉褒貶相半ばする方でした。

 ご生前に、今回の法曹養成制度検討会議の中間取りまとめ案について、どう思っておられるのか、聞いてみたかった。

 (この時期にお亡くなりになるとは、何か不思議な因縁を感じます。)

 ご冥福をお祈り致します。

2013年5月 4日 (土)

連休も終盤。藤と野菜。

 連休も残り少なくなってきた。

 パブコメの第一稿はなんとか作成。

 あとは、補充と推敲。

 やはり、弁護士過剰による弊害をどの程度具体的に書くかが悩ましいところ。

 短くすませるつもりだったが、中間取りまとめ案を読んでいたら怒りがこみ上げてきて、どんどん枚数が増えてしまった。

 連休の終盤は、医療過誤の仕事の方にしっかり取り組まなければならない。

             clover

 連休中、殆ど外出しなかったが、毎年恒例の地元の「津島天王川公園の藤まつり」だけは見に行った。

 今年の藤の出来は昨年に続いてあまり良くなかった。

P1020925

 川べりの藤は、元気がない様子。色も薄く、長さもない。3,4年前には、もっと色も鮮やかで長さもあったと思う。

 今年は、公園の中の島にある藤棚が悲惨(花が殆どつかなかった)で、中の島の橋の前に「奥に藤棚がありますのでお帰りにならないで下さい」などという看板が立てられたほど。この中の島の藤棚を見て、がっかりして帰ってしまう人もいたらしい。

 川から離れた場所にある藤棚は立派だった。

P1020927

 この日は風が強く、藤の花が風で揺れる、揺れる。

 こちらは、珍しい八重の藤。

P1020934_2

 中の島の藤棚といい、川べりの藤棚といい、ちょっと心配。かなり手を入れなければ生き返らないのではないだろうか。

                bud 

 実家の家庭菜園に、昨年秋に苗を植えた赤タマネギがこんなに大きくなっていた。

P1020920_2

 既に、赤い玉になっているものも。タマネギが育つところを初めて見たが、こういうふうに出来るのかと、なかなか面白い。また、赤タマネギなので、ルビー色できれい。

P1020919_4

 昨年秋に、鉛筆の太さより細い苗をホームセンターで見つけ、これなら虫にも喰われないし、病気もなさそうだから、楽だろうと思い、ちょちょっと植えておいたもの。 

P1020717

 今年の3月初めには、まだこんなに細かったのに。2カ月でよくもこんなに育ったものだ。

 毎年育てているエンドウマメの収穫。 

P1020916_4

 マメ類は連作障害が出るそうだが、今年もまあまあの収穫だった。

 野菜づくりは、なかなか面白い。

2013年5月 3日 (金)

予備試験出願者の激増!そして、パブコメ。

 パブコメは7割程度書いた。本当に、この中間取りまとめ案に対して反論を書き出すときりがない。

 中間取りまとめ案を読んでいると、途中で何度もあほらしくなってきたが、こんな論拠の乏しい見識のない意見が通用してしまったら、日本の法曹養成制度も司法制度も末期的だなあと思い、なんとか気を取り直してパソコンに向かっている。 

 時々、この中間取りまとめ案を起案した人物も、「これじゃダメなんだけど、なんとしても定評ある法科大学院だけは守らなきゃならんからなあ」と半ばあきらめ気分で起案したのではないか、と思えてくるほど。 

 法科大学院や司法修習に関する部分を読んでいると、私は、かつての非常に充実した司法修習、実務修習を受けさせてもらってきたのだなあ、と実感する。そういうことを許してくれた先輩方、国民の皆様のためにも、ここは頑張ってパブコメ書かなきゃ。

               libra

 ところで、今年の予備試験出願者数が発表された。

 司法予備試験、今年の出願は最多1万1255人 (読売新聞)

 法科大学院への入学希望者は激減、予備試験出願者は激増。

 この事実が意味するところを、法曹養成制度検討会議の法科大学院擁護派の委員の皆様は厳粛に受けとめて頂きたいと思う。

2013年5月 1日 (水)

なんだ、この文章は!?・・・Twitterもどき(5月1日午前10時25分)

 パブコメを書き出しているのだが、法曹養成制度検討会議・中間取りまとめを読んでいると、直ぐに嫌になってくる。

 そもそも、文章が変!

 今、「第1 法曹有資格者の活動領域の在り方」の部分を読んでいるのだが、やたら法曹有資格者の活用の「有用性」、「必要性・有用性の周知」、法曹有資格者の「活動領域の拡大」への「積極的取り組み」とかの言葉が繰り返され、抽象的で具体的事実のイメージの湧かない言葉が羅列されている。

 そして、「周知」が重要、「取り組み」が重要とか、頻繁に言われていますが、「周知させる」「取り組みをする」の述語に対する主語って、何ですか?主語が分からないものが一杯あるのですけど。

 あの・・・。

 こんな準備書面を提出したら、裁判官は怒るんじゃなかろうか!?

 ちょっと読んだだけで、嫌になってしまう。

 でも、反論を書き出すときりがない。

 こんな「取りまとめ」を作成するのに、一体どれだけの時間を費やして、どれだけの費用をかけたのか!? 

 ・・・ばかばかしいのだけれども、パブコメは書かざるを得ない。  

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

ストップ医療崩壊

  • Iryouhoukai_2   

     このチラシの中を見たい方はこちら

     医療危機打開の署名用紙(PDF)はこちら

     宛先はこちら

無料ブログはココログ

司法改革ニュース

医療過誤ニュース

天気予報