男女逆転「大奥」を見終わって(その2)・・・有功の名セリフ
このドラマを見ていた方ならお分かりでしょうが、ドラマの中で有功様は本当に良いことを言っておられるのです(※)。
※ 演じる堺雅人さんの声がまたよく通る優しい声なので、ますます説得力があるのです(堺さんは、正当派の美男子とは言えないと思うけどーファンの方ごめんなさいー、お声とたたずまいと所作で有功になりきっておられました)。
その素晴らしいセリフをいくつかご紹介。心惹かれる言葉がいくつかありましたので(多少聞き間違いがあるかもしれませんがご容赦を)。
でも、ラブストーリーとは直接関係ない(色気のない方の)セリフです。そっち関係のセリフはまた今度。
もっとも、有功は、いくら元僧侶だからといって、10代か20代の設定のはずなので、その年齢でこんな深遠なセリフを吐ける人間がいるとは思えません。
(もちろん、原作者のよしながふみさんかドラマの脚本家が有功に言わせているわけですが)。
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宮中の女房たちとの恋の駆け引きよりも、この世に生きる苦しさから人はどうしたら救われるのか、わたしはそのことを考えていきたいのでごじゃりまする。 (第1話より)
都の貧しい民の生活を見て、もう公家には戻れない、僧侶になると決意したときのお言葉です(有功は公家出身なので京言葉なのです)。
そして、河原で「赤面疱瘡」(若い男のみが罹患する伝染病、男女逆転はこの病気の蔓延のため)で苦しむ病人のために自ら炊き出しまでしていたのです。
聖職者でもこんな立派な心がけを持った人って、現代では殆どいないのでは。
私もいろいろなお坊様にお会いしてきましたが、今や戒名もパソコンソフトで作れるのだそうですし、49日や一周忌などのスケジュール管理もお坊様はスマートフォンでなさっていました。また、葬儀のときには、しっかりボードに仕事の中身と料金(お布施ですね)が書き込まれた表を見せて説明をなされ、私は弁護士としてたいそう刺激を受けました。弁護士もこうでなきゃなぁ、と思ったものです。
もちろん、お経はしっかりあげて下さいましたが。でも、なんだか有り難みが薄れるような。
「弁護士の報酬は僧侶のお布施」(by 中坊公平氏)というよりも、いまや「僧侶のお布施は弁護士の報酬」なんじゃないでしょうか、いや、そんなことを言ったら僧侶の方に失礼か。
でも、少なからぬ弁護士がこの有功様と同じような気持ちを少しは持っているんですけどね。あまり評価はされていない気がします・・・。
もっとも、僧侶になっても、生活費や炊き出しのための費用は必要です。有功様だって、どこかから寄進を受けているんでしょう。
(そういえば、春日局が有功様に大奥入りを願ったときに山と積んでいた金子は一体どこにいったのでしょうか。)
ちなみに、実在のお万の方が院主だった伊勢慶光院は由緒正しい尼寺なので寄進も多かったことでしょう。
有功様は貧乏公家の出身とはいえ身分が高く、若くして名刹の「院主」になったという人で、大奥に入ってからも常に部屋子に身の回りの世話をしてもらっている立場にあり、ご自身はお金の苦労などされたことはないのでは。
心ならずも大奥に入ってしまい、貧しさや病とは違う「この余に生きる苦しさ」を知ってしまうわけではありますが。でも、この当時の庶民の貧困と病の苦しみって、有功様が大奥で体験した色恋の苦しみなんて比じゃないもんがあったのではないでしょうか。
こういう方が大奥総取締役などになって、大奥の経費の算段は大丈夫なのか。
実在のお万の方が大奥を取り締まっていた頃から大奥は京風に華美となり、やがて財政の逼迫を招いたそうですが。
男女逆転大奥では、男性の裃に派手な柄を入れるようになっていくという設定で、これがまた可笑しい!
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弔いというのは、残された者が気持ちの整理をするためのものと思います。
念仏を唱える間しばし心を落ち着け失った者を思い出してはまた唱える。
そうするうちに人は少しずつ悲しみから立ち直ってゆくのではございますまいか。(第3話より)
これもお坊様らしい言葉ですね。
葬式というのも、本当は残された人間のためにあるんでしょうが、実際に経験してみると必ずしもそうではないように思います。
でも、念仏については有功様の言われるとおりかも。私も父が亡くなってから、仏壇の前で「南無阿弥陀仏」を3回唱えるようにしています。
でも、この有功様のセリフに対して、家光は、
そんなもので救われるのはもともと幸せだった人間だけよ。
念仏を唱えて楽になる暇もないくらい次々と悲しみが襲ってくる者はどうしたらよい。
と言い返すのですが、確かに本当に苦しくてたまらないときはお経を唱えるどころではありません。
ここは、育ちがよく大切に育てられてきたであろう有功と悲惨な生い立ちで心が荒んでいる家光との違いを浮き彫りにしたうまいセリフのやりとりだったと思います。
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人は皆、己ではどうにもできぬ運命を受け入れ生きているのでございます。
私だってそうや。あなたのために、こないなとこに連れてこられたのやないか!
ご自分だけがつらい思いをしてるとお思いなら、それは大間違いや!(第3話より)
言葉は違えど、こういうことは、結構、私たちもいろいろな場面で言っているのではないでしょうか。
現代だって、自分ではどうにもできない運命がたくさんありますからね。
私も、最近では、弁護士会で「育児と仕事の両立の困難さや経済的な苦しさ」を訴えて会費免除を主張する女性会員にも言ってしまいました。病気や不妊や介護の方がもっと苦しいんじゃないかと・・・。
そう言えば、このドラマも男性側に不妊の原因があることがそもそもの悲劇の原因でした。現代と違って、不妊治療も人工授精もないわけですし。
このドラマの有功の苦しみは男女問わず現代にも通じるものがあります。
現代でも数百万円をかけて不妊治療をしても成功しないこともあり、知人の産婦人科の先生が「そこまでして血のつながりにこだわるのはどうかとも思う。」と言っているのを聞いたことがあります。日本は今も昔も欧米に比べ「血のつながり」というものを重視する国だと感じます。
このセリフを聞いた家光は反省して、はっきり言ってくれた有功に惹かれるようになるんですね。
有功もその後家光の生い立ちを知って、言い過ぎたことを後悔する。そして、目の前にいる家光一人を救おうと思うんですが、最初の「この余に生きる苦しさから人はどうしたら救われるのか考えていきたい」という志とどうつながるのかはよく分かりませんでした。
むしろ、春日局の言う「戦のない平和の世のため」というのなら分かるんですが。戦争になったら「生きる苦しさ」どころか「生きる」のも困難になるわけですから。
やっぱり「恋」と「志」は別だったんじゃないんですかね。
むしろ、これは「Pity's akin to love」(夏目漱石が「三四郎」の中で「かわいそうだったぁ、ほれたってことよ。」と訳すやつ)ですね。
人は皆老いるもの。私も歳を取れば誰かの助けを借り用を足すのです。その巡り合わせに恥も何もないと思うております。(第7話より)
春日局を看病しているとき、春日局を厠に連れて行くときの言葉。
さんざんイジメられた春日局を有功は自ら看病するのですが、布団の中でモジモジしてる春日局を見て直ぐに察した有功は、布団を剥がして春日局を抱き上げ、厠に連れて行こうとするのです。しかし、さすがに春日局も決まり悪がって「そうやって私に恥をかかせようと・・」と嫌がるのに対し、有功が言った言葉です。
こういうシチュエーションは現代でも介護の現場ではよくあることでしょう。
たとえば、こんなことを言って姑さんを看病する嫁さんって、今の日本に何人くらいいるのかしらん。
有功様は、本当に人間の出来が違います。
ドラマの中の有功様の春日局と捨蔵に対する献身的な介護は素晴らしかった。「赤面疱瘡」に感染するかもしれないというのに、恋敵だった側室の捨蔵にまで最後まで優しくて、ここは涙が出ました。
(でも、他にも人手はあるでしょう、春日局の身体は誰が拭いていたの?と思ったのは内緒。)
春日局と捨蔵を最初は看病していた女性の乳母は、有功の手に触るのも気持ち悪がって逃げていったというのに・・・。でも、私もこの乳母の気持ちは分かるので、とがめられません。
こんなことを言って、こんなことができる、若い男って、現代には一体どの位いるんでしょうか。
力仕事の多い看護や介護の現場でこそ、男女逆転してほしい。
有功様は、大奥総取締役なんかじゃなくって(もちろん徳川家の「種馬」なんかじゃなくって)、現代に生まれ変わって、看護師や介護士になってほしい貴重な人材です。
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春日局様。恨みませぬ。それどころか私はあなたに感謝しておるのです。
もちろん、あのときは恨みました。心底あなたを憎みました。 けれど、私は苦しみを知りました。
今の私は病に貧しさに苦しむ人々の心が分かります。自分を助けるような気持ちで寄り添うことができます。もしかすると、これこそが私の求めていた道であったのかもしれぬと思うと春日局様に感謝したい心地さえするのです。(第8話より)
春日局に「さぞや恨んでいることだろう」と尋ねられたときの有功様の答え。
一見素晴らしいセリフなんですが・・・。こんなことを言われては、最初に有功様の目の前で春日局にバッサリ殺された罪のない弟子は浮かばれないのでは。
それに、有功様は男女の業の苦しみは知ったかも知れないけれども、別に貧乏や病気を自ら体験したわけではないのだし、大奥でも高い俸禄を貰って終生お金には困らなかったのでは。
本当に貧乏や病気になって苦しい人は他人のことにかまっていられないというのが私の仕事をしていての実感です。こういうことは、自分自身にある程度余裕がないと言えないのです。
そして、こんなことを言えて春日局を許せてしまうのは、有功様は、苦しみを知ったからというよりも、もともと慈愛の心に満ちた観音菩薩みたいな人だったからでしょう。
俗人にはほど遠いところにおられる聖人です。
恨みを抱いたままでも、職務として看護や介護をするというのが俗世の人間のすることで、そういえば「ドクターX」の最終回でもそんなシーン(病院の暴露記事を書いた雑誌記者を手術するシーン)がありましたねえ。
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今回の男女逆転「大奥」は、有功様が「権謀術策」によってではなく家光に対する「愛」と「人徳」によって、大奥の男たちが皆ひれ伏す存在になったという、大変美しい話でした。
(もっとも、その過程では、やっぱり大奥らしい陰湿なイジメと報復ーNHKの「セカンドバージン」では女性の嫉妬からも何とか難を免れた猫が、大奥の男性の嫉妬に対する報復では残酷な犠牲に
ーがありましたが。やっぱり、私は大奥のような閉鎖空間の話は嫌ですね。)
現実に有功様のような人がいれば、確かに弟子の玉栄(田中聖さんが演じていましたが、こちらは清濁併せ持つ人間臭さがよく出ていたと思います)みたいに、ひたすら「お仕えします」という気になるのも分かります。
聖職者の方などには稀におられるのかもしれませんが、私は、残念ながら、現実にこういう方に会ったことがありません。
(あっ、でも、この間お会いした救急救命医の先生には近いものがあるかもなあ。)
そして、ひたすら家光のことだけを愛して、家光の死後もその遺児を育てていくなんていうのも、ある意味女性の考える最高の男性像だったのかもしれません。
(現代なら、こういう優しい男は大モテでしょうから、あっさり再婚しちゃうだろうけど)。
・・・こういうことを考えてしまうから、私はドラマを純粋に楽しめないのだろうなあ。
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ここからは、かなり話が跳ぶのですが・・・。。
弁護士界には弁護士「成仏論」という有名な逸話(※)があります。
※ こちらの説明が詳しい→弁護士「成仏理論」が描き出す未来(元「法律新聞」編集長の弁護士観察日記)
この記事を書いていて、この弁護士成仏論を唱えている方というのは、弁護士に有功像に近いものを望んでいるのかもなあとちょっと思いました。
しかし、こういうことを言う方は、一見立派なようですが、有功様のように現実の苦難をご自身では体験されていない方に多いように思います。
もっとも、有功様は、自らの手で人を助けているところが立派なのですが、この方々は自らの手ではそういうことはなさらずに、若い弁護士にただやれと口で言うだけなので、いやらしいのです。
それにしても、こういうことを考えていると、今期のドラマの中で、「プロとしてしっかり手術をする、しかし、しっかり報酬ももらう」という「ドクターX」の大門未知子の方に視聴率の軍配が上がったのは、なんだかホッとしました。
もちろん、有功様のような方が現実におられたら、私も、ひたすら拝み、お仕えしようという気になっちゃうでしょうけどね。
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すみません。炊き出しや社会奉仕に基督教徒の存在をお忘れではないですか?確かに日本人口1%(政財界内20%)しかいない基督教徒ですが、聖職者を筆頭に動ける信徒も含め、炊き出しや社会福祉活動災害援助派遣などボランティアで動いています。先の東日本大震災では他国の基督教徒が被災地支援のため自腹を切って駆けつけてくれました。のべ5000人が物資もさることながら身体こころのケアに従事しています。かく言う私も被災地支援に入ってきました。介護のことについても、労働に見合った目に見える報酬、モチベーションを保つため、質の良いスタッフの増員人員の増員無理のないシフト組。など真剣に国に考えて頂かないと・・・現場からの離職者は減らないでしょう。そして何よりも自分の親を看取ること。経験から施設に入れる御家族は基督教徒は遥かにまれであること。親を施設に預ける際、目立つところではワタミの渡邊美樹さんみたいに御自身で施設を造っています。仏教徒や神道が多い日本ですが、お坊さんも基督教のミサや礼拝に出席し学ぶし基督教徒もまた学びます。そんな時勢です。。。
投稿: しゃろん | 2013年1月19日 (土) 17時49分