「リア充批判」と「ガラガラポン幻想」ねえ。
中島岳志氏の橋下研究が面白い。
若者にも分かりやすい言葉を使っている。
中島丘志「橋下主義=ハシズムを支えるもの」(『週刊金曜日』12/23・1/6合併号)
このブログでは中島氏の言葉を紹介している。
<一つ目は「リア充批判」>で、「リア充」とは<「リアルな生活が充実している」ことを意味するインターネット用語>であり、
<ネット上の掲示板には、現実政治克に不満を持つ人間による「リア充批判」が溢れかえっている。
このリア充批判派は、丸山眞男のいう「引き下げデモクラシー」と通じる。
自分たちより恵まれた立場の人たちを引きずり下ろすことに溜飲を下げ、その実現に執着心を強めるあり方は、まさに橋下氏の提示する政策と合致する>
<二つ目は「リセット願望」><「ガラガラポン」への幻想>です。
<暗礁に乗り上げているかのように思える日本社会、
出口が見えない中、重苦しい閉塞感が漂うと、人々の間には「ガラガラポン」幻想が広がる。
とにかく、現在の現状を一気に打破してほしい。
固定化した構造を流動化してほしい。そんな「リセット願望」が共有され始める。
橋下氏の「大阪市役所をぶっ壊す」というスローガンは、そんな「リセット願望」と呼応した。
そして、この願望は「リア充批判」と一体化し、強力なハシズム推進力となる>
リア充批判とガラガラポン幻想。なるほど。
今の日本の政治、経済、社会の状況からすれば、誰もがこういう気持ちに陥りやすい。納得。これだからハシズム推進力は強烈なのか。
世の中には、リア充なんかよりも、もっと批判の対象となるべき巨悪があると思うが、そっちにはなぜか攻撃の矛先は向かないようだ。
橋下氏を市長選で圧倒的に支持したのは20代、30代の若者層だそうだ。
橋下人気は「若者の圧倒的支持」にある(日刊SPA!)
確かに40代にもなると人間懐疑的になるが、30代位までだと素直に期待してしまうのかもしれない。
一種の新興宗教の魅力に近いものがありそうだ。
なにせ日本人にはオウムの歴史があるからなあ。
オウムにはもっとあからさまな「ガラガラポン願望」があったし、「リア充」だからかどうかは分からないが特定の人間や組織への暴力という攻撃があったが。
現実に失望していると、ついつい「救世主」を期待してしまう。
そういえば、今ワイドショーが騒いでいるオセロの中島さんも同じような状況なのではないのか。
救世主が善人ならいいのだが、そうでないときは大変悲惨な目に遭うことになる。
・・・この機会に橋下研究を続けます。
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>このリア充批判派は、丸山眞男のいう「引き下げデモクラシー」と通じる。
自分たちより恵まれた立場の人たちを引きずり下ろすことに溜飲を下げ、その実現に執着心を強めるあり方は、まさに橋下氏の提示する政策と合致する
いわゆる「弁護士を甘やかすな論」や、「給費制廃止論」なども同じ土壌なのでしょう。この国はとっくの昔にポピュリズムに乗っ取られてしまったのでしょう。
投稿: 特になし | 2012年2月21日 (火) 14時58分