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« 昨夜の民主党法務部門会議は大変だったようだ。 | トップページ | ある日の法廷と裁判員制度 »

2011年10月26日 (水)

ある日の法廷と弁護士強制主義

 昨日は、10時に1件地方裁判所の訴訟事件が入っていて、法廷に行った。

 といっても、既に期日外で和解ができている事件だったので、原告席にいるのは1分も必要ないような事件であった。そこで、直ぐに事務所に戻って次の仕事をする予定であった。

 法廷の前に貼られている期日予定表をみると、10時に3件、10時30分に3件ほど事件が入っていた。

 私の事件は予め裁判所とも打ち合わせがすんでいるので、1分とかからないことは裁判所にも分かっている。だから、10時から10時30分の間に3件弁論が入っていても、裁判所としては十分余裕のあるタイムスケジュールだっただろう。

 ところが、私の前に本人訴訟(原告が弁護士をつけていない事件)があった。傍聴席で聞いていると、原告本人の方は裁判官に一生懸命説明をしている。若い裁判官も、一生懸命説明をし、原告本人の説明も一生懸命聞いている。

 事件自体は比較的単純な部類で、弁護士が代理人についていれば、おそらく弁論は5分とかからないで終了していたであろう。

 しかし、原告本人の方は事前におそらく弁護士にも司法書士にも相談しておられないようで、裁判官がいくら説明しても、裁判手続や事件の解決の方法(要件事実の立証や和解条項など)がなかなか理解できない様子。素人なのだから仕方がないのだが、裁判官に示していた書証(事前に写しが提出されていなかったのでその場で原本を提示)の内容では、このままでは請求棄却の判決となりかねないという状況なのが傍聴席からも分かった。

 こういう事態に陥ったとき、かつてはたいていの裁判官が「弁護士に相談に行って下さい。で、次回期日は・・・・」と打ち切っていたが、この若い裁判官は原告本人を救済しようとたいそう頑張って説明している(まるで弁護士が依頼人に説明するかのよう)。原告本人の方も何とかしてもらいたいと、この親切な裁判官に対して被告との人間関係など要件事実とは全然関係のないことをとうとうと語り出す。話がちっともかみ合わない。困る裁判官(見ている方としてはちょっと笑えた。弁護士の大変さがちょっとは分かってもらえたかなあ)。

 私は「裁判官、えらいなあ。粘るなあ。」と思いつつも、被告(第1回で欠席)との関係でみると、ちょっと中立性に反しないか、原告に肩入れしすぎではないか、とはらはらした。

 そうこうしているうちに、10時から始まったこの原告の弁論は10時40分になっても収拾がつかない(原告本人も裁判官もしゃべりづめ)という事態になってしまった。私の次の仕事の時間もせまっている。法廷には10時と10時30分の弁論の予定の弁護士らが続々とやってきて傍聴席に座って待っている。書記官や事務官も唖然としていて、書記官がそろそろじれてきた私に「すいません。」とあやまりに来てくれる。私も「こういうのは弁論準備でやるべきでしょ。」と皮肉の一つも言ってしまう。

 結局、10時45分位にようやく終了し、私は原告席でそそくさと30秒で弁論を終了し(次に待っている弁護士がたくさんいるため)、事務所に戻った。

                  libra

 この裁判官の方は、「国民に開かれた司法」「国民に対する司法サービスの充実」を実現しているとはいえるだろう。おそらく、裁判官に対する国民の厳しい眼を気にしての行動だろう。(かつては、本人訴訟に極めて冷淡な裁判官もいたからなあ。)

 でも、これでいいのか・・・。

 こんなことをやっていては、裁判所の仕事は停滞してしまうだろうに。待たされている代理人や本人たちの都合を無視していいわけでもない。それに、出席していない被告との関係では、ここまでやるのはちょっと中立性にも反しているのではないかとも思った。

 この原告本人の方の話を聞いていると、事前に弁護士に30分程度相談していれば、解決できそうなことばかりだった。どうしてそうしなかったのはよく分からないが。

 もし、こういうことまで国民に対するサービスとして裁判官がやらなければならないのであれば、裁判官はもっと増員されるべきだし、期日の入れ方も30分間に1件程度にすべきである。それに対して、弁護士はその分必要がなくなって増員の必要もなくなるだろう。

 但し、裁判官は高給取りだ。裁判官を増やせば、国民の税金負担は増加する。

                 libra

 最近、日弁連の理事会では地方裁判所の事件について「弁護士強制主義」の導入が検討されているということだ。つまり、今は、上記の原告本人のように弁護士をつけなくても当事者本人が裁判をすることができるが、それを弁護士をつけなければできなくしよう、というのが弁護士強制主義だ。

 この弁護士強制主義の導入が持ち出されたことは何度もあったが(どこからかは知らない。おそらく裁判所は望むところだろう)、日弁連は反対してきたという歴史がある。

 しかし、今回は、弁護士の需要拡大のため(つまり、弁護士の仕事を作り出すため)、弁護士強制主義の導入も肯定しようというのが、どうやら今の日弁連の理事会の大勢のようなのだ(反対意見は殆ど出なかったそうだ)。

 先日、委員会でこの情報を聞いた委員たちは喧々囂々。 私もびっくり仰天。日弁連、本気か!と思った。

 地方裁判所に弁護士強制主義が導入されれば、前記のような若い裁判官の苦労はなくなるだろう。だから、おそらく裁判所は全面的に賛成にまわるだろう。

 本人訴訟に対応する裁判官の労力が減る分、裁判官の増員はしなくてもよくなりその分国民の税金負担も減るかもしれない(しかし訴訟事件が減少傾向にある今、もともと裁判官の増員は期待できないだろうから、逆に裁判官の減員がない限り、実質的には国民の税金負担は変わらないだろう)。

 しかし、当事者となる国民は弁護士をつけなければ裁判ができなくなるから、弁護士費用がかかることになる。前記の原告本人のような「自分で裁判をやりたい。」という強い意志を持つ方にはマイナスだ。

 そして、弁護士にとっても、昨日私が記事で書いたような「大変な方たち」から依頼があったとき、断りにくくなる。その方たちにも裁判をする権利はあるからだ。断れば社会問題にもなりかねない。

 マスコミによって弁護士の「受任義務」が声高く主張されるようになるかもしれない。

 そうなれば、やむなく受任した弁護士と依頼人との間のトラブルも増えるだろう。

 そして、今は弁護士が「大変な方たち」からの依頼を断ることによって救済されていた相手方の国民も、「大変な方たち」の訴えた裁判に付き合わされることになりかねない。

  弁護士の需要拡大のために導入するという目的自体にも問題がある。そんなことであれば、弁護士を需要に見合った供給にすればいいだけのことだ。その方が国民の税金負担も減る。

 本当に、弁護士強制主義の導入が今の日本にとってよいことなのか。

 弁護士強制主義の導入は、弁護士だけの問題ではない。

 今後の議論にぜひ注目して頂きたい。

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弁護士」カテゴリの記事

コメント

受任義務といっても、医師と異なり、絶対的正義や価値観を代弁するわけではないから、正当化できないでしょう。
また、刑事弁護でもあるように、不利な側に立つと弁護士が不当な非難(なんで悪者の弁護をしてるのかという非難)に晒される世情です。刑事弁護は、人の身体の自由がかかっているから使命感でやれるとしても、民事事件で果たしてそうすることができるかは、強い疑問が残ります。

弁護士HARRIERさんへ
 おっしゃるとおりですが、「弁護士にことごとく断られたから、裁判ができない!弁護士が悪い!裁判を受ける権利の侵害だ!」と騒ぐ方が必ず出てくると思います。
 法的な受任義務は無理でも、事実上受任せざるをえなくなる状況に追い込まれるのではないかと心配です。

最終的には、法テラスが受忍義務を負うようになるのではないでしょうか。
そうなれば、法テラスの拡充が要請され、そこへ予算が投入されることになります。

さらに最悪なシナリオは、日弁連が格好付けて、「民事当番」「民事国選」をつくり、公益義務の名の元に、刑事国選並みの報酬で若手に半強制的に押しつけることだと思います。

@さんへ
 ありえることですね。

 弁護士強制制度となれば、原告はもちろん、被告となった国民はなんとしてでも代理人の弁護士を探さなければなりません。

 法テラスを頼る人も増えるでしょう。
 そこで弁護士が断ると問題になるので、日弁連の理事会で民事国選などのようなシステムが作られる可能性はあるでしょうね。
 

弁護士強制主義で検索したらここが
トップに来たので書き込ませて頂きます。
はじめに書かれたようなケースについて

①一方では素人原告の説明に不備がある、とする裁判官の解釈や適用の方が不合理な
場合もあると思います。司法の慣習を合理的根拠なく押し付ける事のほうが
はるかに弊害と思います。
いかなる法的主張も、素人にもなるほどと理解して貰える説明に最終的に
行き着かなければいけないし
そうする事によってしか法理論は深化しないと思います。

②それでもなお「酔っぱらいの人のような中学生の国語も出来てない人
が本人訴訟すれば困るじゃないか」という指摘がもしあるならば、
中学生までの国語的な常識を補佐するだけの目的の
中卒以上の公務員の方を補助につければ良いだけの話と思います。

そんな訳で強制主義は誰にとっても得がないと思いました。

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