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ねこちか2

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2011年9月

2011年9月28日 (水)

11月12日「弁護士大増員の光と影」(市民シンポジウム)のご案内

 愛知県弁護士会の主催で、

 11月12日(土)午後3時~6時 栄ガスホール にて

  弁護士人口問題市民シンポジウム

 「弁護士大増員の光と影」

  ~市民にとって頼りがいのある弁護士とは~

が開催されます。

 参加無料・予約不要 定員:先着150名 です。

 コント集団「ザ・ニュースペーバー」 の特別公演 があります。

 それに、民主党法曹養成制度検討PT事務局長の前川清成氏もパネリストとして参加されます。 

 ザ・ニュースペーパーは、おなじみの小泉純一郎元首相に扮したコントもするのでしょうが、中坊公平氏や佐藤幸治氏に扮したコントもあるのでしょうかね。個人的には、期待しているのですが・・・。

 ザ・ニュースペーパーは、コントの台本に盛り込むために、司法改革当時に「はやった言葉」とか、「キャッチフレーズ」などを教えてほしいと言っているそうです。

 しかし、もともと国民の求めによる「司法改革」ではなかったため、弁護士増員にせよ、裁判員制度にせよ、当時国民の関心を集めたキャッチフレーズというのは思いつきません。

 一部の司法改革推進派が好んで使っていた言葉というのはあるのですが。

 「2割司法」とか、「弁護士の報酬はお布施」(by 中坊公平氏)とか、「国民の社会生活上の医師」くらいでしょうかねえ。

 そんな言葉に心当たりのある方は、コメント欄にぜひお願いします。

・・・・・あっ、「成仏」というのもありましたっけ。でも、これは、一般市民は誰も知らないでしょうしねえ。

 

2011年9月27日 (火)

きょうは「河井克行」議員での検索が多かった。

 きょうは、なぜか「河井克行」を検索ワードとする検索が多かった。

 その理由がなかなか分からなかったのだが、こういうことがあったからだと判明。

 平岡法相、自民の追及に激高=衆院予算委が紛糾(時事ドットコム)

 岩国基地問題のことはよく分からないが、この記事を読む限りでは河井氏の追及も平岡法相の回答も、感心できる内容ではないように思う。

 衆議院予算委員会は、こんなことで紛糾している余裕はないはずだ。もっと、議論すべきことがあるだろう。

 ・・・・・平岡法相にも、河井議員にも、法曹人口・法曹養成問題の検討では共に頑張って頂きたいのだが・・・・・。

委員会から帰る。・・・Twitterもどき(9月27日午後5時40分)

 きょうの午後は、弁護士会の司法問題対策委員会に出席した。但し、用事があったので、5時前に退席させて頂いた。

 事務所に戻って、事務員と少し打ち合わせをし、メールを開くと、相代理人から膨大な資料(医学文献)が送られてきていた。

 きょうは、これからこの資料(70枚くらい)を読まなければならない。

            libra

 それにしても、きょうの委員会では驚くべき情報があった。

 委員の中には、日弁連の理事の方や法曹人口政策会議の委員の方もみえるので、その関連の資料もどさりと頂いた。こちらも100枚はあるか・・・。

 日弁連の理事会は、現状を正しく認識しているのだろうか?会員のことも、国民のことも、本当に考えているのだろうか?

 法曹養成フォーラムや民主党のPTの方がよっぽどまともではないのか?

 委員の説明を聞き、資料にざっと目を通すと、そんな疑問が湧いてくる。

 こういう情報は、もっと会員に届けられてしかるべきだと思う。

 仕事の資料読みもしなければならないので、少々時間がかかりますが、少しずつブログの記事にする予定です。 

 

 

2011年9月24日 (土)

かぼちゃ、いろいろ。

 まだハロウィーンには早いのだが。 

 きょうは、近所の農協の直売店に行って、こんなカボチャを買ってきた。

 左側のが「バターナッツ」300円、右側は「栗坊」120円。

 Bater

 栗坊の方は、手のひらよりもちょっと大きい位の大きさ。

 どちらのカボチャも名前は知っていた。というのは、今年はこんなカボチャを作ってみて、5個ほど取れたのだが、名前が分からず食べ方が分からなかったので、ネットで調べまくったため。

Kabotya_005

 結局、この白いカボチャは、「ベイビー・ブー」という名前だと判明した。

 苗を買ったときには、「白いミニカボチャ」としか書いてなかった。でも、この方のブログを拝見して、これに間違いないだろう、と思った。本当にネットって便利だわ。

お気に入りのワインで・・・ mit dem Lieblingswein

 ドイツ在住の日本人の方のブログらしい。おいしそうな料理がたくさん紹介されており、特にこのベイビー・ブーがお気に入りらしい。

 私には、こんな本格的な料理は到底無理なのだが、ちょっと見習ってベイビー・ブーを半割にし、中に挽肉などを詰めて、オーブントースターで焼いてみたが、確かになかなかにおいしかった。
 
 ほくほくしたジャガイモというか、栗というか、甘過ぎないのでいろいろな料理に使えそうだ。
 
 見た目は白くてきれいなので、ハロウィーンや結婚式の装飾用に使うそうだが、これは食べないともったいないと思った。

 そんなことがあって、変わったカボチャに興味が出てきた私。
 
 ヨーロッパやカナダ、アメリカでは、面白いカボチャがたくさん作られており、カボチャ祭りというのがあちこちで開催されているようだ。

新種もいろいろ カボチャ祭 euen Sorten in Kürbis Fest

 (上の方のブログより)

 楽しそうですねえ。

 ちなみに、バターナッツは、ポタージュにするとよいそうだ。栗坊は、ホクホクとした甘いカボチャらしい。

 農協には、「スワン」という白鳥の首のように曲がった形の面白いカボチャも売っていたが、さすがにこれはどうやって食べるのか分からなかったので購入しなかった。

 カボチャの世界は深い。バラもいいけど、カボチャも面白そう。

 ベイビー・ブーの種は取っておいたので、来年もカボチャ作りにチャレンジしたい。

2011年9月23日 (金)

司法修習生の就職難・・・中日新聞の記事

 愛知県弁護士会における司法修習生の就職難の現状が、中日新聞の記事にもなっていた。

<はたらく>司法修習生が就職難 司法制度改革 合格者増やし弁護士急増

                  (中日新聞 2011年9月23日)

「研修で経験不足を痛感した。働きながら学びたい」「現場で指導してほしい」-。愛知県弁護士会が十四日、名古屋市で開いた「就活応援パーティー」。参加した十八人の修習生は、自己アピールで法律事務所への就職を強く希望した。

 同弁護士会は昨年から、就活中の修習生と事務所代表らを引き合わせるパーティーを開催。会のニュースにも顔写真や自己PRを掲載し売り込んだ。

 「何とか落ち着き先を見つけてきたが、今年は限界かも」と語るのは、同弁護士会副会長の田口勤弁護士。ことし県内で修習し、弁護士登録を希望する七十八人のうち、就職未定者はまだ二十四人いる(九月十四日現在)。

 昨年、就職が決まらなかった三人の修習生は、弁護士会の有志グループが半年間、家賃を免除して事務所を提供。仕事を紹介したり、相談に乗ったりして弁護士活動が軌道に乗るよう支援してきた。

 事務所側も雇いたい思いはあるが、不況もあって仕事は増えていないのが実情。ある弁護士は「ノキ弁を入れるにしても机やパソコンが要る。そんな余裕はない」と話す。

 田口弁護士は「金にならない仕事もする社会貢献の精神が弁護士には必要。その精神は先輩弁護士の姿を見て覚える」と指摘。「就職できないと学ぶ機会もなく、公益活動への心意気を持たない弁護士が増える可能性がある」と懸念する。

  「何とか落ち着き先を見つけてきたが、今年は限界かも」という田口勤副会長の嘆きは、本当だろう。

 修習担当の先生方は、毎年、毎年、本当に努力されていると思う。見ていて、お気の毒なぐらいである。

 でも、修習生の就職先はどうしても見つからないのだ。

 「修習生を雇うつもりはありませんか?」と打診したら、「あんたが雇えばいいだろう。」と憮然として断られた、という話も聞いた。

 なにせ、雇うにも給料を払ってまでやってもらう仕事がないのだから仕方がない。

 この記事には、

日本弁護士連合会の調査では、弁護士を志望しながら就職先が未定の司法修習生は今年、七月末現在で43%に上る。同時期で〇七年は8%だったが、〇八年17%、〇九年24%、一〇年35%と年々、未定者が増えている。

 という日弁連の調査結果の記載もある。

 このままでは、就職未定者は増加するばかりだ。

 弁護士会の就職斡旋活動もすでに限界だろう。

 むしろ、かなり強引に押し込んで、「金にならない仕事もする社会貢献の精神」を「先輩弁護士の姿を見て覚える」どころではないような勤務状況の新人弁護士も出てきているのではないか。

 司法修習生の方も、就職活動を早くから始める必要性が高まり、修習に身が入らないと聞いた。

 自分たちは責任をもって将来の法曹を育て上げていると豪語し、弁護士の需要はまだまだ眠っているからロースクールにぜひいらっしゃいと宣伝してきたロースクール関係者の方々は、ロースクール卒業生に対してこの事態をどう釈明されるのだろう。

もっかの検索キーワードNO1は「セカンドバージン」

 ファンの方、申し訳ありませんね。

 こんな記事書いちゃってcoldsweats01

  ・・・まさか、あのドラマが映画になるとは思わなかったわ。NHKエンタープライズ制作か。どうせまたDVDを出すんでしょ。

 私は、この映画、見る気はありません。

 今読んでいる「赤と黒」(こちらも、男の方が10歳ほど年下で不倫という設定)の方が、恋愛小説としても、ずっと刺激的でエロチックだと思います。

過去の私の関連記事:

 昨日のセカンドバージン(NHK)を見て(ちょっと弁護士的視点から)

 ちょっと溜飲の下がったセリフ(続セカンドバージン感想) 

 セカンドバージン(NHK)を見終わっての感想

 セカンドバージン感想(番外編)

2011年9月21日 (水)

人間は200年経っても変わらない。・・・Twitterもどき(9月21日午後4時55分)

 きょうは、台風の影響で、どこに行っても雨、風のようだ。

 本当は、この連休はちょっと休むつもりで、予定を入れず、小温泉旅行にでも出かける予定だったのだが、これじゃどうしようもないので、自宅で書面書きの仕事をしている。

 9月中に完成させなければならない仕事もあるので、むしろよかったかもしれない。

 書面書きや資料読みに疲れると、メーリングリストのメールをちょっと読んでみたり、この間本棚から出した「赤と黒」をちょこちょこと読んだりしている。

 この本を前に読んだのはいつのことだっただろう。10年は経っているなあ。

 司法改革関連のメーリングリストを読みつつ、この本を読んでいると、おかしな気分になってきた。

 ・・・弁護士会も、このままどんどん弁護士が増え、即独弁護士も増えていくと、そのうち若手会員の不満が爆発して革命が起こってぶっつぶれるかもしれないな。

 ぶっつぶれないにしても、支配層と被支配層、富裕層と貧困層に分かれて、そのうち被支配層・貧困層の不満が爆発し、内部崩壊するかもしれないわ。

 権威に盲従して明日の糧のことしか考えられない神学生みたいな人たちも多いけど、ジュリアン・ソレルみたいに誇り高くエネルギーのある人たちもいるのだし。

 しかし、きっと、弁護士会の外には、弁護士会や弁護士が内部崩壊して力がなくなれば嬉しい、という方々も多いんだろう。もともと、司法改革とはそれが目的だったのかも。

 ・・・200年経っても、人間も人間社会もちっとも変わっていない。

 

今年は台風の当たり年なのだろうか?・・・Twitterもどき(9月21日午前10時40分)

 台風15号が接近しており、昨日から名古屋では大騒ぎ。

 私も、(庄内川ではないが)川のそばに住んでいるので、心配でならない。

 昨日は、サイレンやらアナウンスやらが聞こえてきて、落ち着かなかった。

 もっとも、私は3階に住んでいるので、水浸しになることはないだろうが、駐車場に停車してある自動車が心配。

 でも、自動車を高台に持って行っても、駐車するところがないし・・・。

 などと思案中・・・。

 早く台風よ、去ってくれ!

2011年9月18日 (日)

「赤と黒」(スタンダール著)の話(その3)

 (ここからは小説の結末にも触れるので、差し支えのある方は読まないで下さい。)

 さて、レナール夫人の中傷の手紙によって、マチルドの父親は激怒し二人の結婚を反対する。ジュリアン・ソレルは、レナール夫人の裏切りに激高して、レナール夫人を撃つが、夫人は軽傷にとどまる。

 しかし、ジュリアンは愛するレナール夫人に危害を加えたことを後悔し、死刑を望み、簡単に殺意を認めてしまう。

 法廷では陪審員に向かって「わたくしをさばく人々がわたくしと同じ階級の人でないという事実によって、なおさら峻厳に罰せられるでありましょう。」などという皮肉も堂々と言ってしまい、彼を憎んでいた陪審員や裁判官の反感をかってあっさりと死刑を宣告される。

 マチルドは、ジュリアンの行動を復讐のための誇り高い行動とみて、ジュリアンを祖先の英雄に重ね合わせ、自身の恋愛に酔っている。しかし、マチルドはジュリアンの本当の姿を愛しているわけではない。それを見抜いているジュリアンにとって、彼の救命のために必死の嘆願運動をしてくれるマチルドも、ただわずらわしいだけの存在になってしまう。

 一方、命をとりとめたレナール夫人は、ジュリアンを牢獄に訪ね、二人は愛情を確かめ合い幸福なときをすごす。母親の存在を知らずに育ったジュリアンにとっては、レナール夫人が唯一本当の自分を無私無欲に愛してくれる存在である。

 牢獄には唯一の親友であるフーケも訪ねてくる。このフーケは地元で材木商を営んでおり、小説全編に時々登場しては、上昇志向の強いジュリアンをいさめ堅実な生活を勧める善良な人間だ。ジュリアンは、教育のない野卑なフーケを内心馬鹿にしてきたのだが、誠実なフーケは最後までジュリアンを見捨てず、献身的にジュリアンを助ける。このフーケも、どの時代にも共通する普遍的な存在であり、この小説に奥行きを与えている。

 ジュリアンは、死を目前にして本当の幸せを知る。若いときは将来のことしか考えず、今そこにある幸せが見えないことがあるものだ。しかし、死が目前に迫ったとき、あれほどまで野心家であったジュリアンも本当の幸せに気づくのだ。

 この最終章のこまやかな心理描写は読み応えがある。

               typhoon

 この小説を最初に読むと、ジュリアン・ソレルは自尊心が強い自己中心的なイヤなやつと思えるかもしれない。実際、スタンダールはジュリアンのそういう面をかなり露骨に描いている。

 確かに、ジュリアンの、女性、特にレナール夫人に対する態度もどうかと思う。 

 ジュリアンは聖職者をめざしているが、神など信じていそうにもない。不幸な生い立ちであり、信じるのは自分だけという個人主義者として描かれており、これは極めて現代的な人物設定だ。このため、この小説は出版当時ジュリアンの性格描写が酷評されたらしい。

 しかし、ジュリアン・ソレルは今なら大学生か、社会人1,2年生くらいの年齢であり、小説の中でも裁判の傍聴人に「まだ子供じゃないか」と表現されている。この年齢を考慮して読むと、さほど嫌悪感も感じない。

 むしろ、ジュリアンの感受性の豊かさ、純粋さの方に惹きつけられ、そのジュリアンの目から見た社会の醜さに身につまされる。

 これは、たぶん読者の年齢にもよるのだろう。 

 スタンダールは、「赤と黒」の副題を「1830年年代記」(ただし、実際に書かれたのは1820年代)としているが、「赤と黒」は現代にも通じる青春小説だと思う。

 ちなみに、フランスでは、この小説の王政復古期の後に、民衆の不満が爆発し、30年に7月革命が起こった(ウィキペディア フランス7月革命 参照)。 

 スタンダールは、この小説を書いた当時、ジュリアンのような貧しくても教育を受けエネルギーをもった若者たちが、やがて革命を起こすと思っていたらしい。

 ・・・・・少々長くなったが、「読書の秋」ということで、ちょっとこんな記事を書いてみた。

 「赤と黒」は、ぜひ若いときに一度読んでおくことをお勧めします。

 (もっとも、個人的には弁護士会の旧執行部派のえらい方々や給費制維持に反対するロースクール関係者にも読んでもらいたいのだが・・・)

              typhoon

 ところで、「赤と黒」は、フランスの名優ジェラール・フィリップがジュリアン・ソレルを演じたフランス映画が有名だ。しかし、私は見ていない。

 ジュリアン・ソレルは眼の大きい女の子のような容貌と表現されていて確かにジェラール・フィリップの顔立ちはイメージにあっているが、既に当時30歳くらいのジェラール・フィリップにはいくら演技力があっても10代後半から20代前半のジュリアン・ソレルの若さゆえのはかなさを演じるには無理があると思う。女優さんたちは、イメージにぴったりだが。

 同じジェラール・フィリップの「モンパルナスの灯」は見たが、こちらは年齢的にもモディリアーニにぴったりだった。

 ジェラール・フィリップにはもう少し若いときにジュリアン・ソレルを演じてほしかったなあ。

 

「赤と黒」(スタンダール著)の話(その2)

 「赤と黒」の恋愛パート部分を現代におきかえると、さしずめ、

 はじめての恋愛の対象が家庭教師先のやさしい奥さん、その次の恋愛の対象が勤務先の高慢ちきな社長令嬢。そして、社長令嬢とのできちゃった婚を社長にようやく認めてもらって重要な役職にもつけてもらい前途洋々と思ったところに、奥さんからの中傷の手紙が社長に届く。

 といったところだろうか。

 こう書いてしまうと身も蓋もないストーリーなのだが。

 正直なところ、いくら名作といっても「赤と黒」のストーリー展開にはちょっと無理があると思う。

 純真無垢に描かれているレナール夫人が、(そんな手紙を送ったらジュリアンが破滅することが分かるはずなのに)いくら告職師に指示されたからといってそんな手紙を書くということがまずおかしい。その後の展開も、実際の事件をモデルにしているそうだが、拙速にすぎる気がする。

 そして、女性の眼で見ると、マチルドのような若い女性は現代でもいっぱいいそうだが、レナール夫人はどうかなあ・・・と思う。ちょっと美化しすぎではないか。

 作者のスタンダールは相当ロマンチストだろう。やっぱり、レナール夫人は男性が作り上げた理想の女性像だなと思う(女性作家が書くと、絶対にこうはならないだろうな、と思う)。

 緻密なストーリー展開ではなく、女性の描き方にも不満がある。

 しかし、やはり「赤と黒」は時代を超えて読み継がれるだけの名作だ。

                 typhoon               

 よく女性を踏み台にして出世しようとする男性を「ジュリアン・ソレル型」などと言うが、原作を読むとちょっと違うだろうと思う。

 ジュリアン・ソレルは、恋愛においても次々と自分に課題を課し(これがちょっと滑稽)、最初は自尊心から女性を征服してやろうという気持ちはあっても、もともとが純情なので、逆に自分の方が恋に落ちてにっちもさっちもいかなくなるところなどが面白くもかわいらしい。

 野心はあっても女性を踏み台にしてはい上がろうというような計画的なものではない。なにしろ20歳になるかならないかの年齢なのだから。

 そして、俗世間を馬鹿にして虚勢を張ったところ、うまく立ち回ろうとしてもできない不器用さ、俗物になりきれない純粋さ、正義感を捨てきれないところ、傲慢さと繊細さを両方持ち合わせているところなど、どの時代の若者にもあることではないだろうか。

 「赤と黒」はどうしても恋愛部分が注目されがちだが、それだけではない。 

 神学校を描いた部分などは、身につまされる。

 神学校では、ジュリアンはひどいイジメにあうのだが、そこではじめて「世間」というものを知るのである。

 学生たちは、ジュリアンと同じ下層階級出身者なのだが、とにかく食べていくこと、上流階級の人たちに取り入って司祭の職を得ることしか頭になく、たいして勉強もしないで考えることをやめてしまっている。

 「権威」に盲目的に従おうとせず、「自分で考え」「自分で判断する」ジュリアンを、彼らは異質なものとみて、卑劣な嫌がらせをし、足を引っ張るのである。

 ところが、ジュリアンがちょっと上の人間に取り立てられると、手のひらをかえしたようにジュリアンを丁重に扱う。

 聖職者たちは打算的で卑劣な偽善者が多いのだが、その中で唯一高潔な人物であり、ジュリアンを理解しその純粋さを愛してくれるピラール師は、大変印象的な存在だ。

 しかし、神学校の中には派閥があり、ピラール師は派閥争いに負けて辞職してしまう。

 このピラール師がイジメにあうジュリアンを心配する思いには、胸を打たれる。

 この神学校の描写は実にリアルで、現代でもこういう社会があちこちにありそうである(少々、皮肉を込めています)。

        (つづく)

「赤と黒」(スタンダール著)の話(その1)

 「赤と黒」はサマセット・モームが世界の十大小説にも選んでいるスタンダール原作の名作である。

 (最近、NHKが放映している韓流ドラマのことではない。念のため。)

 この小説は、高校生の頃に読んだ。当時、とても強い印象を受けた。その後も、時々本棚から取り出して読んでいる。

 「砂の器」を見て、ちょっとこの小説のことを思い出し、また読んでみたくなった。

 「砂の器」の犯人和田英良は、社会の底辺からはい上がって大臣の令嬢と婚約までするが、過去を知る恩人三木巡査を殺してしまう。

 こういう「社会の底辺からはい上がって成功した人間」が「過去を知る人物」を殺害するというストーリーは日本の小説にはよくあるようで、たとえば水上勉氏の「飢餓海峡」もそうだし、松本清張氏の他の小説にもいくつかあったと思う。その犯人が殺すのが過去に愛してくれた女性というものも多い。

 「赤と黒」も、やはり社会の底辺からはい上がった主人公ジュリアン・ソレルが貴族の令嬢マチルドと婚約し出世を目前にして、過去に愛してくれた年上の女性レナール夫人を殺そうとする(但し、未遂に終わる)というストーリー。もっとも、殺そうとする動機は、松本清張氏や水上勉氏の小説のように過去を隠すためではなく、計画性も全くないのだが。

 なにしろ名作なので、きっと松本清張氏も水上勉氏もこの「赤と黒」は読んでいることだろう(そもそも、小説家なら読んでいない人はいないだろう)。

                 typhoon

 この「赤と黒」は、とても古典小説とは思えない。何度読んでも現代に通じるものを感じ新鮮だ。

 ジュリアン・ソレルの独白の記載が多い小説なのだが、その独白を読むと現代の若者の思考とあまり変わらない気がする。

 ナポレオンが失脚した後の王政復古の時代。抑圧された閉塞的な時代であり、社会の底辺に育った若者が出世する望みの持てない時代であった。貴族らは革命の不安を抱きながらも退廃的な生活をし、聖職者らも出世しか考えない堕落した者が多かった。

 ジュリアン・ソレルは、貧しい木挽き職人の息子で、金のことしか頭にない父親に育てられた。当時は、いくら頭が良くても貧しい若者が出世するには聖職者になることしかなく、ナポレオンを崇拝しつつも神学を勉強したジュリアンは、ラテン語ができることをかわれてレナール家の家庭教師となる。

 この時代背景はフランスの歴史を勉強しないとなかなか理解できないのだが、小説からは野心を持つ優秀な若者が希望を持てない時代の雰囲気というのが、ふつふつと伝わってくる。

 この雰囲気や空気感は、今の日本に似たものを感じる。

 バブルが過ぎ、新自由主義の時代となって、格差社会が進み、富める者はますます富み、貧しい者はいつまでも貧しいまま。その格差はそのまま次の世代にも継承される。

 「赤と黒」は、今の日本に舞台をおきかえても立派に成り立ちそうだ。

                  (つづく)

  

2011年9月17日 (土)

「砂の器」の話(その1)

 私は、松本清張氏の社会派推理小説というジャンルの作品はあまり好きではなく、まともに読んだのは、「点と線」と「霧の旗」くらい。

 松本清張氏の推理小説は、トリックや推理の過程よりもその時代の社会背景や犯人たちの情念、そして刑事の執念を描いたものが多く、どうもウェットすぎて重すぎるので、私にはあまり向いていない。

 唯一、時刻表を効果的に使った視点が面白い「点と線」は好きだが。

 むしろ歴史小説やノンフィクション小説のようなものの方が好きで、「昭和史発掘」は実家に文庫本が揃っていたのでほぼ全部読んでいる。飛鳥時代の石像遺跡から拝火教の伝来を推理する古代史ミステリー小説「火の路」も面白かった。

 だから、「砂の器」も原作は読んでいない。「ゼロの焦点」もどうも読む気がしない。

 ただ、松本清張氏の小説は、「これでもか」という位に何度も何度も映像化されているので、いくつかは見ている。それも、映像化されると、小説以上におどろおどろしく人間の情念や情欲のすさまじさに焦点があてられるような。

 これは日本人の特性なのかと思う。

                 typhoon

 「砂の器」は映画(野村芳太郎監督作品)を見た。テレビ放映でだが。

 映画の「砂の器」は、原作とはかなり違っているらしい。

 この映画は、最後の父と子の放浪シーンと父が成長した息子の写真を見せられて「そんな人知らない」と絶句するシーンが有名で、日本人でこのシーンを見て泣けない人は少ないのではないか。

 松本清張氏の社会派推理小説があまり好きではない私も、この映画のシーンでは泣けた。

 父と子があてのない遍路の旅をする日本の風景の映像もすばらしい。

 このシーンで流れる交響曲「宿命」もすばらしい。

 父親の加藤嘉さんと息子役の男の子の(演技というよりも)存在感がすごい。

 人のよい巡査役の若き日の緒方拳さんも印象に残る。

 (この映画は配役もよかった。特にこの3人の配役がなければ名作にはならなかっただろう。)

  しかし、このシーンで私が泣けた一番の理由は、父親が「ハンセン病」という設定があったからだと思う。

                     (つづく) 

 

2011年9月16日 (金)

出張あれこれ。・・・Twitterもどき(9月16日午後7時)

 きょうも大阪方面に出張し、5時頃に事務所に戻った。

 戻ってから、バタバタと事務員と打ち合わせをしたり、電話に対応したり、机の上の書面を処理する。

 ようやく一息。

 きょうのお昼は新幹線の中で駅弁を食べた。

 駅弁を食べながら、先週の土日にテレビでやっていた松本清張原作の「砂の器」のドラマの中で刑事らが電車の中でおいしそうに駅弁を食べているシーンを思い出した。

 私の出張は日帰りなので、昼も夜も駅弁ということもあった。

 私も刑事さんたちと一緒で、あちこちに調査(主に協力医の先生との面談)に出かけ、帰ってから報告書などの書面を作成することが多い(ドラマでは、刑事さんたちはちっとも捜査報告書を作成していないみたいだったけど)。

 きょうも、往復で合計12回乗り換えをし、クタクタ。

 特に、大阪でJR大阪駅から阪急梅田駅まで歩くのは辛かった。もうちょっと、近いところに駅ができなかったのか。大体、「新大阪」と「大阪」と二つあること自体が紛らわしい。

 ・・・・・と、また大阪への不満がフツフツとcoldsweats01

 刑事さんたちの捜査と同じで、私の調査も徒労に終わることもあれば、思わぬ成果があることも。

 刑事さんたちが地道な捜査をするのと同じで、弁護士の仕事も派手なことは少なく、コツコツと地味なことの積み重ねが多い。そして、その努力が報われないことも多いのだ。

 ドラマの「砂の器」では小林薫さんが今西刑事を演じていたが、電車の中で自分が作成した時系列表のようなものを見ているシーンがあった。そういう表を作成して検討するのもよく似ているなあと思った。

 このドラマの感想や、映画の「砂の器」の感想などを、またブログに書きたいと思っている。

 

2011年9月14日 (水)

近弁連には民主主義はあるのか?・・・Twitterもどき(9月14日午後5時20分)

 ここのところ、出張が続いたり、また暑くなったため、少々バテ気味で、ブログを書く気力が湧かなかった。

 もっぱら、ブログを読む方にまわっていたのだが・・・。

 きょうは、この方々のブログ記事を読んで、やっぱりなあと思った。

  近弁連議題上程ならず(武本夕香子弁護士のブログ)

  法曹人口問題は、近畿弁護士連合会で議論すらできないのか!(坂野弁護士ブログ)

             libra

 近畿弁護士連合会 のHPはこちら→http://www.kinbenren.jp/

 (立派なHPですねえ・・・。)

 近弁連に議題を上程するためには、理事会の決議を得なければならない。規定がそうなっているらしい。

 そこが、中部弁護士連合会と違うところ。

 中部弁護士連合会では、理事会の決議を得られなくても、一定数の会員が発議をすることができる。

 あの1000人決議も、会員の発議によって議題にすることができたから成立したのだ。

 議題にすることさえできれば、案外あっさりと採決されることもある。この1000人決議がそうだった。

 国会にだって、議員立法というものがある。

 どうして近弁連では、会員の発議が認められていないのか?

 理事会は現在の会員の意向を反映しているとはいえない。むしろ、理事会が「関門」になって会員の意向を反映した決議を阻んでいるのではないか?

 近弁連には民主主義はあるのか?

            libra

 大阪弁護士会は、不必要に立派な会館建設やら、高額な隠れ会費やら、そして今回のLED表示板やらで、若手会員の不満は募っているはずだ。

 先回の会長選では、2度目の投票では無派閥の宇都宮現会長が大阪でも勝利している(私があの選挙戦で一番驚いたのがこのことだった)。

 会員も理事者も、こんなことでいいの? 

2011年9月 6日 (火)

大阪弁護士会会館にLED表示板?・・・目が点!

大阪弁護士会のLED表示板の完成予想図。笑ってやって下さい。罵倒して頂いても結構です。(川添圭弁護士のツィッター)

 あきれた・・・・・。

 私がこの会館の建築士なら泣くわweep

 私が大阪弁護士会の会員なら怒り狂うわpout

 やっぱり、あきれている方々が多いようだ。

 http://topsy.com/twitpic.com/6gue6t

           libra

 そして、ちょっとグーグルで検索してみたら、こんな記事がヒット!

 大阪弁護士会の派閥「五月会」の幹事会議事録らしい。

    【幹事会】平成23年五月会幹事会の第5回議事録配信

  「平成23年度第5回幹事会議事録ー五月会 大阪弁護士会」

 (この議事録、一般公開しているんですよね。簡単にヒットしましたから。)  

 この議事録を読むと、このLED表示板の設置費用の見積もりが当初942万9000円だったのが、最終的に600万円程度となり、その見積書が常議員会資料として提出されたらしい。

 大阪弁護士会の常議員会がどのような判断を下すのか、他会のことながら注目しています!・・・それとも、もう決議されちゃったのか!?

過去の私の関連記事:

 虚飾の塔 その1 その2 その3 その4 その5 その6

 ・・・・・大阪弁護士会会館には(弁護士控室だったか役員室だったかは忘れたが)、北欧家具が設置されているらしい。

 これから会員は会費を払うのも大変になるというのに、何考えてるんだろうgawk。 

あいち消費者被害防止ネットワーク(A.C.Net)のご紹介

 最近、消費者事件から遠のいていたので、こういう団体があることを知りませんでした。

 特定非営利活動法人 あいち消費者被害防止ネットワーク

  どういう団体かは、設立趣旨書 をご覧下さい。

 事業者に対する是正申入活動 の頁を見て驚き。

  あの有名司法書士事務所とあの有名法律事務所が是正申入れを受けていました。

 私も、これから被害情報を提供しようと思っています。

爆弾を抱えた現内閣、まるで他人事のような菅前首相

 きょうはお昼にこんな記事を読んだ。

 日本は本当に大丈夫なのだろうか。不安が募るばかり。

 もう開き直って、面白がるしかないか・・・。

  外務省が「驚愕人事」と動揺…田中真紀子委員長 (読売新聞)

  この4大臣が“どじょうの火薬庫”!大炎上で窒息死も (夕刊フジ)

 ・・・私も、田中真紀子さんと安住淳さんには大変危険なものを感じる。

              typhoon

 一方、前首相の菅さんは、こんなことを言っているらしい。

 原発事故は人災、説明も伝言ゲーム…菅前首相 (読売新聞)

 「人災」って、あなたもその災の原因の「人」だろう!・・・と思わずつっこんでしまった。

2011年9月 5日 (月)

新64期司法修習生の就職難の現状・・・愛知県弁護士会の場合

 9月に入って、愛知県弁護士会の就職・採用プロジェクトチームから「新第64期司法修習生の就活応援パーティ第二弾のご案内」という書面がファックスで送られてきた。

 就活応援パーティは8月19日にも開催されていて、愛知県弁護士会の5階ホールに司法修習生31名が集まり、壇上から自己アピールしたそうだ。

 しかし、8月31日現在も、33名、43%弱の愛知県弁護士会入会希望の司法修習生の就職先が決まっていないという。

 そこで、第二弾の就活応援パーティを開催するというのだ。

 昨年同時期の未定者の数は23名、一昨年は9名だったという。

 愛知県弁護士会は、8月末にも、理事者室ニュースに「新64期 愛知県での就職希望者 自己紹介」という司法修習生の写真、経歴、自己アピール文を添付したものを全会員に配布している。

 しかし、この有り様だ。

 この事実をみれば、弁護士需要がないことは明白だろう。

 こんなに就職難が加速度化しているというのに、「司法試験合格者数を増やせば法曹志望者は増える」などといまだ豪語している法科大学院関係者がおられるのには驚きだ。

支持率がいいらしいが・・・。

 ご祝儀だろうけど。

 こんな記事を読むと、不安だ。

「仕分けで凍結」だったのに 国家公務員宿舎の建設再開 (JーCASTニュース)

朝霞の宿舎問題は、民主政権誕生後間もない2009年11月の事業仕分けで、「全面的に凍結」と勧告された。米軍キャンプ跡地に建設するもので、総事業費約105億円。鉄筋コンクリート13階建てが2棟、計850戸だ。13年6月に完成が予定されている。

凍結を解除し、建設を再開することは2010年12月24日に発表されていた。

  同検討会の参加者のひとり、山梨大学の西久保浩二教授(人的資源管理論)にきいてみた。当時、個別の公務員住宅事業についてではなく、全体的な官舎のあり方を話し合った。基本的には、「国家公務員の高い質を維持するため」に必要な処遇だという意見が多く、西久保教授も同様の意見を述べたという。

   参加者の中には公務員宿舎不要論を指摘した人もいたが、強硬な建設反対ではなかったそうだ。

 「国家公務員の高い質を維持するため」には高級宿舎が必要だということらしい。

 将来裁判官、検察官、弁護士となる司法修習生は、日本全国、どこの実務修習地にとばされるか分からないし、実務修習中の住居費は全額自己負担だ。そして、貸与制になれば全くの無給となる。修習専念義務があるから、アルバイトもできない。

 いくら見習いだといっても、ちょっと差別がすぎないか。

 

2011年9月 1日 (木)

法曹養成フォーラム第5回会議・・・やっぱりフォーラムは貸与制。

 あんまり書く気にもならないのだが・・・。

貸与制移行で最終合意 司法修習生の給与支給 (47NEWS)

 このメンバー構成では最初から結論ありきだっただろう。

 日弁連の作戦も見事に裏目に出たなあ。

 議事録はまだだが、資料が公開されている。

 法曹の養成に関するフォーラム第5回会議(平成23年8月31日開催) 

 日弁連執行部の愚かしさについては、Schulze BLOGさんが

 法曹養成フォーラム第一次取りまとめにあたっての日弁連会長声明(2011年8月31日)

 で書かれているとおり。

              libra

 大体、このフォーラムが、法曹養成制度や法曹人口の問題を根本的に見直すつもりがないことは、そもそもの発端となった司法審の委員であった井上正仁教授(第4回会議でオブザーバーの川上明彦弁護士を責め立てていた方)を構成員としていることからも明らかだろう。

 法曹養成フォーラム構成員名簿

 司法制度改革審議会委員名簿

 他の弁護士の関連記事:ムキになる井上委員。 (PINE's page)

              libra

 あの児玉龍彦教授は、

 「現在の原子力政策および、原子力災害に対する決定がほとんど原子炉関係者によって行われている。しかし、今までの失敗に責任を持つ人が、これからの政策を決めるのはやめてもらいたい」

 と言われている。

 司法改革問題についても同じことだ。

 「現在の法曹養成制度に対する決定がほとんど大学関係者によって行われている。しかし、今までの失敗に責任を持つ人が、これからの政策を決めるのはやめてもらいたい」

 と言いたい!

 

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