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2009年6月 4日 (木)

裁判官による誘導の危険(追記あり)

 足利事件の記事を読んで、保坂展人議員の次のような記事を思い出した。

 私は、東京地裁で模擬法廷を見たが裁判長は、「被告人は捜査段階で供述をコロコロと変えています。こうした人は一般的に信用性が低いと言うんですね。」と裁判員に語りかけているのをモニターで見てゾッとした。公開された法廷で予断を排除して審理に臨むと言っても、裁判長の描くシナリオに裁判員が強く影響されてはならないし、刑事裁判の原則を懇切丁寧に裁判員に伝える「説示」も個々の裁判体の扱いに任せるという最高裁の姿勢は、あまりに無責任だ。

 「裁判員法改正の実現を 凍結と罰則削除、2段構えで」(週間法律新聞第1806号 平成21年5月1日)より (太字は私が付したもの)

 この裁判長に限らず、こういう考えを持っている裁判官は少なくないと思う。

 しかし、それを裁判員に「一般的に信用性が低いと言うんですね。」などと言う神経が理解できない。こうまで言われて裁判員はそれに抵抗できるだろうか。

 供述の変遷(自白の撤回も含む)があったとしても、その理由こそ大切だ。

 週刊朝日の「冤罪はこうしてつくられる 自白の強要、証拠捏造…裁判員は見破れるか」(週刊朝日 2009年06月12日号配信掲載) 2009年6月3日(水)配信 の

 甲山事件や狭山事件をはじめ、数々の事件で被告人の供述調書を鑑定し、『自白の心理学』(岩波新書)の著書がある奈良女子大の浜田寿美男教授(心理学)によれば、

 それにしても、無実の人間がやってもいないことを自白するわけがないではないか。そんな疑問に前述の浜田教授はこう答える。

「自白する精神状態が異常なのではなく、被疑者、被告人が置かれる状況こそが異常なのです。よほどの人間でなければ、まずウソの自白をしてしまいます」

 ということだ。

 そういう状況に置かれたことのない、人間は常に冷静で合理的な思考が可能だと思っている優秀な人(※)には、こういう人間の心理状態は理解できないのかもしれない。

※ 私の主観ですが裁判官にはそういう方が多いように感じます。刑事事件に限らず消費者被害事件でもそう感じます。なぜそんなことで騙されたのか、なぜそんなバカなことをやってしまったのか、なかなか理解してもらえないように感じます。

  甲山事件で逮捕された山田悦子さんの場合も、捜査段階で自白してしまっている。

 74年3月、兵庫県西宮市の知的障害児施設で2人の園生が行方不明となり、その後、いずれも水死体で見つかった。目撃証言などをもとに、兵庫県警は保母をしていた当時22歳の山田さんを殺人容疑で逮捕した。当初は容疑を否認していた山田さんは、

「お前みたいに極悪非道な女はおらん。自分の罪に対して何とも思わんのか」

 といった警察官たちの威圧的な取り調べを受ける。アリバイの証明を連日求められるが、どうしても記憶が埋まらない。混乱し、次第に自分の記憶に自信をなくした山田さんは、ついにウソの自白をしてしまう。

〈獄中でも食事や排泄などの日常はあるわけですが、すべて監視の下に置かれ、他人から見られ続けて生活させられると、考える力もマヒし、取り調べに対抗して無実を訴える力をはぎ取られます〉

事件から25年後にようやく無罪が確定した後、山田さんは取材にこう答えている。取り調べそのものの苦痛よりも、苦痛がいつまで続くか見えない不安から、たいていの人間は“落ちる”と浜田教授は言う。

 被疑者の中には決して自白しない強靱な精神力の持主もいるだろうが、普通の人間にはこういう状況はそうそう耐えられるものではない。

 「難しいことは裁判官に教えてもらえばいいから」というお客さん的な立場ではなく、「専門家の裁判官がこう言ったから本当なんだろう」と安易に裁判官の言葉を信用するのではなく、裁判官の意見に立ち向かっていくこともできる裁判員がどれだけいるだろうか。

 模擬裁判と異なり、実際の裁判員裁判では守秘義務のために評議の内容が明らかにされないため、検証の仕様がない。

 保坂議員の見た模擬裁判のようなことが、実際の裁判員裁判の評議の中で起こらない保証はどこにもないのである。

関連記事

 講演「なぜ、無実の人が自白するのか?-アメリカの虚偽自白125事例が語る真実-」に参加して 

   ひらのゆきこ  2008/12/18  市民の市民による市民のためのメディアより

 この冤罪救済の第一線で活躍し、完全無罪事例の虚偽自白の実態を研究されているという 講師のスティーブン・ドリズィンさん(ノースウエスタン大学ロースクール教授)のお話は大変興味深い。

 アメリカでも虚偽自白の抑止のために被疑者の取調の電子記録(録画・録音)を取ることが議論されているそうで、ドリズィンさんは、

 日本では裁判員制度が導入されるが、ますます重要になるのが取調べの過程の全記録である。自白の部分のみの録画・録音は、まったくしないよりも悪い。自白の証拠として陪審員が信じるリスクが高まる。記録されない自白は信用性がない。証拠として採用されるためには、検察側が強力な証拠を提示しなければならない。

と述べている。ごもっともなご意見だ。(下線は私が付したもの)

 そして、

 アメリカの取調べの状況について、ドリズィンさんは「アメリカでも取調べの可視化を求めてきた。肯定的意見が出ている。アラスカ州では取調過程が全面可視化になった。2003年7月、イリノイ州でも全面可視化が実現した。そのとき尽力したのがオバマ氏」と述べ、次期アメリカ大統領のオバマ氏が可視化実現のために行動を起こしてくれたことを明らかにしました。

 そうである。

 オバマさんも弁護士だから問題意識をお持ちだったのだろう。

 筆者は、

 みなさんのお話を聞いて思ったのは、虚偽自白を生む温床となっている密室での取調べや代用監獄など、問題がまったく解決していないなか、「現代の赤紙」「召集令状」とも言われ、多くの人々が「参加したくない」と思っている裁判員制度の導入は、さらに冤罪を生み出す可能性があり、拙速に実施するべきではない、ということでした。

 と述べられているが、私も全く同感である。

 拙速に裁判員制度を実施するよりも、まず代用監獄の廃止と取り調べの全面可視化の法制化が先でしょう。                

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コメント

とはいえ、否認事件について言えば、まだ裁判員の方に希望を感じます。
足利事件では、DNA鑑定以前に、職業裁判官は自白に信用性を認めているわけですし。

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