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2009年5月20日 (水)

「ヒットラーがそこにやってきた」(西義之著)を読み返して

                 Hitra

 「ヒットラーがそこにやってきた」は昭和40年半ば文藝春秋社の雑誌「諸君」に連載されたものを昭和46年7月に文藝春秋社が単行本として発行した西義之氏(当時、東京大学教養学部教授)の著書である。

 私は、大学生のときに、教養学部で「戦間期のドイツ」をテーマとした講座を取った際に、講師に勧められて読んだ。

 この本は、大学生の時に読んだ本の中でも、特に印象に残っている本である。

 今読んでも実に面白い。いや、今読んだ方が、よりリアルに感じられて興味深い。

 「ヒットラー」というと、チャップリンの映画「独裁者」などの映画やドラマの影響か、今では大声を張り上げておかしな演説をするちょび髭をはやした滑稽で悪魔のような男という印象が強いのだが、どうしてそのようなヒットラーとナチスという怪物が議会制民主主義下にあった戦間期のドイツで権力を掌握してしまったのかという歴史の謎はいまだ解明されたとはいえない。

 この本は、なぜ戦間期のドイツにヒットラーが生まれたのか(さしずめ負の意味での「天地人」か)を様々な角度から考察したものである。歴史学者ではなく文学者の方が書かれた本なので比較的読みやすい。

 たとえば、ヒットラーに懐疑的な仲の良い中年の独身政治家数人のうち一人が若い愛人と結婚して子供までもうけてしまったため、急にその仲に亀裂が入って疎遠になり、それがヒットラーの台頭を押さえ込むことができなくなった原因の一つとなった等というくだりもあって面白い。

                  club             

 数年前、小泉元総理によるあの郵政民営化選挙のあたりから、なんだか私はこの本のことを思い出すようになり、次第に読み返してみたいと思うようになった。

 そして、昨日、とうとう本棚をひっくり返してこの古い本を探し出して読み始めた。

 この本のあとがきには、西氏のこのような文章がある。

 どうしてヒットラーはやってきたのだろうかーこのテーマは、現代史研究者をだれでも一度はとらえるもののようである。それはヒットラーが、私たちの未来にふたたび現れるかも知れぬという予感のためというよりはむしろ、私たちの生きている民主主義体制というものが、いかにも脆く、いかにも他愛なく、全体主義体制にとってかわられうるかという、なんとはなしの感触からの場合が多いのではないかと思われる。ヒットラーのような絶叫する雄弁家は、ひょっとすればもはや現れないかも知れない。未来のそれは、むしろ微笑する全体主義であるかも知れない。

 私の現在の関心とはなにかと言うと、大衆社会において忍び足(クリーピング)で近よってくる全体主義を、私たちは果たして知覚できるのだろうか、そして知覚できたとしても、どうやってそれを阻止することができるのだろうかということである。

   (太字は私が付したもの)

 「民主主義の脆弱性」がこの本のテーマだろう。この本に書かれたヒットラーが政権を握るまでの経緯をみると、それがよく分かる。

                 club

 当時のドイツには、基本的人権の尊重をうたったワイマール憲法があり、議会制民主主義が採用されていた。政党政治もたけなわであった。そして、当時のドイツには世界に冠たる知識人や文化人がたくさんいた。

 もちろん、経済恐慌による中産階級の崩壊も一因となったし、ワイマール憲法の致命的な欠陥(大統領に独裁的権限を認めた第48条)も大きな要因であった。ヒットラーを首相に任命したヒンデンブルグ大統領の老衰という不幸な事情もあった。 

 しかし、ヒットラーは1日にしてやってきたのではない。そして、最初から悪魔の姿をしていたわけでもない。

 当初はヒットラーに懐疑的だった保守的な将軍たちでさえも、ヒットラーと会って「苦学力行型の、謙遜な、まともな人間」と評していたほどである。そして、ヒットラー自身も、法廷で「合法的、合憲的な方法」しかとらないことを宣言して、ナチスは「憲法を尊重しながら政権に近づく政党」という印象を強め、人々の信頼を勝ち得ていった。

 ヒットラーの率いるナチス党員にはいきいきとした若者が多く、女性にも大人気であった。ヒットラーとナチスを支持したのは善良な普通の市民であった。当時は多くの知識人もヒットラーの演説を聞いて感動している。

 ヒットラーとナチスは、ゲッペルスという今でいうマスコミ対策に秀でた人物の力も得て、懐疑的な眼を向けていた政治家、将軍たち、大学教授などの知識人、労働者、農民、中産階級、そしてユダヤ人まで(初期の頃は「ユダヤ人ナチス青年同盟」というものまであったという)様々な人々の不満に巧みに付け入り、人々に「改革」の夢を持たせ、多くの階層を取り込んで、政党政治、議会制民主主義のもと合法的に次第に勢力を拡大していったのである。

                 club

 この本を読んでいると、なんだか今の日本にだって西氏のいう「微笑するヒットラー」だけでなく「ユーモア上手のヒットラー」「おとぼけ者のヒットラー」が現れそうな気がして怖い。

 人間自身も人間社会もそうそういっぺんに進化するものではない。戦間期のドイツのこの悲劇からは日本人も多くのことを学べそうだ。

 民主主義が安全かつ確固たるものと信じることは危険である。ポピュリズムは一歩間違うとファシズムとも結びつきやすい。私たちは、民主主義がいかに脆いものか、いつも心しておく必要があると思う。

                 club  

追記: この方のブログ(しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑誌帳)のこの記事 (2006-10-02 ヒットラーの台頭と現在の日本を見つけて、私と同じことを感じた方もいるのだなあ、と思った。

追記2:上記の西中眞二郎氏のブログのこの記事

 改革と崩壊(スペース・マガジン4月号) には全く同感。短歌も面白い。

 この「改革」の中には、もちろん「司法改革」も含まれているでしょう。   

過去の関連記事:

ドキュメンタリー「アウシュビッツ」(BBC制作)と映画「シンドラーのリスト」を見てーその1

ドキュメンタリー「アウシュビッツ」(BBC制作)と映画「シンドラーのリスト」を見てーその2

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