Twitterもどき(5月31日午後4時13分)
次の準備書面に取りかかり中。
午前中にウォーキングプールへ行ってきた。私の場合、眼精疲労による肩こり程度だが、男性弁護士は腰にくる人が多いようだ。生活は不規則になりがちだし、体調管理は大切。
人様の悩みごとを聞くことの多い仕事で、精神的にもストレスが溜まりやすい職業の一つだと思う。
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次の準備書面に取りかかり中。
午前中にウォーキングプールへ行ってきた。私の場合、眼精疲労による肩こり程度だが、男性弁護士は腰にくる人が多いようだ。生活は不規則になりがちだし、体調管理は大切。
人様の悩みごとを聞くことの多い仕事で、精神的にもストレスが溜まりやすい職業の一つだと思う。
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記事が書けないので、Twitterもどき のみ。
:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+
残業中。金曜日は電話が多い。かかってくる電話の対応で日が暮れた感じ。カルテの検査記録の数値にせよ、通帳や帳簿の金額にせよ、弁護士は数字に眼を光らせてないと。本日はとんでもないことが判明した。眼が疲れた。
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これからは、ブログの記事を書くときに、Twitterみたいな「つぶやき」「ぼやき」も記事の後ろに書こうかな。
例えばこんな具合。
:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+:;;;:+*+
自宅で医療過誤の準備書面を修正中。午前中は近郊の簡易裁判所に行って来た。駅から徒歩20分とHPの地図にあったので、運動不足解消だと思って歩いたら20分でたどりつけず。身近な司法をとおっしゃるなら、まずは簡易裁判所を駅前に移して市民が調停などを利用しやすくしてほしい。サラ金が占拠していた駅前ビルに今度は裁判所が入ったらどうだろう。
早めに帰宅して気がかりな準備書面を作成中。近くの駅がいつの間にか無人駅になっていた。「おはようございます」「お疲れさまでした」と切符を切りながら声をかけてくれる元気な駅員さんがいたのに残念。駅前の花屋さんのシャッターがおりていて「入居者募集中」の張り紙が。ささやかな商いをしていた老夫婦はいずこへ。親切にしてもらっていたのでとても悲しい。
乗り継ぎ駅のホームで電車を待っている。駅の壁一面に上戸彩の裁判員制度の大きなポスターが貼ってある。10枚以上はあるだろう。さすがにインパクトはある。裁判員制度の広報にこんなことまでしなきゃ追いつかないのかなあ。
・・・・・・・140字以内にはおさまらないけど。ご愛敬ということで。
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法曹ブログの有名人である落合洋司弁護士も使っておられるTwitter(yjochiはTwitterをつかっています!)
一体どういうものかと思ったら、こういうものらしい→ウィキペディア Twitter
Twitterはブログとチャットを足して2で割ったようなシステムを持つ。 各ユーザーは自分専用のサイト(ホーム)を持ち、「What are you doing?(いまなにしてる?)」の質問に対して140文字以内でつぶやきを投稿する。つぶやき一つ一つはブログのエントリに相当し、つぶやきごとに固有のURLが割り当てられる。
ホームには自分のつぶやき以外に、あらかじめ登録した知人など他者のつぶやきもほぼリアルタイムに表示される。このつぶやきの一覧を「タイムライン」と呼ぶ。例えば「ビールが飲みたい」というつぶやきに対し、それを見て賛同した知人が応答することで、メールやIMに比べて「ゆるい」コミュニケーションが生まれる。
ふーん。
落合弁護士のTwitterを読んでいると、「つぶやき」というより「ぼやき」が多いようだけど。
フォロー中が「FBI PressOffice」 とはしぶい。
メールのやりとりをするほど親しくはない人の近況を知りたいときとか、有名人のファンサービスとか、あるいは単身赴任のお父さんの近況をそれとなく知るためとか、遠くの大学に入学して下宿している息子さんの様子をお母さんがそれとなく知りたいときとか、いろいろとニーズはありそうだ。考えましたな。
私はやるつもりはありませんけど。
そのかわりブログでつぶやいちゃいます。
「準備書面の作成中。内容証明はようやく書いたけど。まだ訴状と準備書面をここ1週間のうちに用意しなきゃ。今度の司法記者クラブとの懇談会に提出する裁判員制度についてのレジュメも書かなきゃなあ。ブログの記事の続きは週末に書けるかどうか。」
やっぱり、ぼやきか・・・。
![]()
ところで、このブログのフィギュアスケートの記事で何度もご紹介したアメリカのフィギュアスケート選手のジョニー・ウィアー選手もTwitterをやっています(JohnnyGWeirはTwitterをつかっています!)。
ファンサービスとはいえ、まめですね。
ジョニー選手のTwitterで私の注目したのはここ。
Waking up early to be a juror.
「
Yay I wasn't selected for jury duty.
The judicial system is not so fascinating
「
「仕事が忙しい」を理由に、裁判員の責務を逃れられるか(巣窟日誌)
海外赴任中でも呼び出すなんて、恐るべし陪審制。
![]()
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明治憲法下の天皇制国家における陪審制は「天皇の大御心の発露」によるものと位置づけられてたので、前記のような名ばかりの制度であったのはやむをえないことだったかもしれない。
結局、戦前の陪審制は15年で停止されてしまった。その原因については諸説あるようだ。
日弁連のHP 日本でも陪審制度が行われていた! の説明はこう。
1943年、陪審法は停止されるに至りました。その理由については、「陪審事件数が減る一方、戦争が激化する中で、陪審制度維持のための労力(市町村による陪審員資格者名簿・候補者名簿作成の事務負担など) を削減する必要があるため」と説明されています(岡原昌男「『陪審法ノ停止ニ関スル法律』に就て」(法曹会雑誌21巻4号 1943年)参照)。
そして、陪審事件数が減少した理由については、さまざまな分析が行われています。そもそも、日本国民は裁判官による裁判を志向したとの見解もある一方、制度上の問題点を指摘する見解もあります。例えば、陪審法の下では、被告人は、有罪判決を受けてもこれに対し控訴することができませんでした。また、事件によっては、有罪判決の場合、訴訟費用や高額に上る陪審費用(陪審呼出の費用や日当、宿泊料など)を負担するリスクもありました。さらに、陪審裁判の選択は、審理前に、担当裁判官への不信を表明することを意味します。陪審法では、陪審の判断は裁判官にとって「参考意見」にすぎず、最終決定は担当裁判官が行いましたので、被告人側にとっては、裁判官の悪印象を避けたいとの心理的抵抗があったともいわれています。こうした理由から、被告人が陪審裁判を選択しづらかったと指摘されています。
当時の法律新聞(1930年6月28日付法律新聞3135号)には、次のような記載がある(高山俊吉著「裁判員制度はいらない」135頁)。
司法裁判史上画期的な試みとして各方面から非常に期待された陪審法は実施以来1年8ケ月になるが期待に反して実際陪審裁判の開かれる数が非常に少なく、当局も奇異な現象として調査している。(略)このごろでは、この撤退組がますます殖えて来ているし、青森、大津、富山、松江あたりはまだ1回も陪審裁判を開かないという閑散振りである。従って、その後司法省の予算もぐっと減らされている。
※ 読みやすくするため一部の旧仮名遣いは現仮名遣いに変更した。
結局、国家の財政面においても、被告人の防御権の面でも、支持されない制度であったわけだ。
早川議員は、「私たちは、常に歴史に学ぶ必要があります。」と言われるのであれば、こういう歴史的事実も学ぶ必要があるでしょう。
(つづく)
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保坂展人議員のブログで知った早川忠孝議員(自民党衆議院議員、法務大臣政務官、弁護士)のブログ衆議院議員早川忠孝の一年発起・日々新たなりの記事「66年ぶり司法へ民意反映」という見出しがいい/裁判員制度」を読んで、絶句してしまった。
早川議員は、戦前の陪審制を「大正デモクラシー」によるものとして礼賛し、
私たちは、常に歴史に学ぶ必要があります。
裁判員制度のスタートの背景には、「平成デモクラシー」といったものがあるのかも知れない。
裁判員制度が万一瓦解するような時代がくるとすれば、その時は、再び日本が戦争の時代に突入し、あらゆる民主的な制度が改廃される時代なのかも知れない。
私はそう思っております。
と述べられている。
早川議員は、本気で裁判員制度が「平成デモクラシー」の産物だと思っておられるのだろうか。
なら、どうしてこうも裁判員制度に反対する国民が多いのだろう?
![]()
戦前の陪審制についていえば、
確かに大逆事件や日糖事件を嘆いた原敬首相の理想としたところは「国民による司法の監視」だったのかもしれない。
しかし、実際に出来た日本の陪審制は、
陪審法における陪審員は、直接国税3円以上を納める日本国民の男子から無作為抽出で選ばれた12人で構成されました。 対象事件は、被告人が否認している重罪事件。陪審員は、有罪・無罪の結論を出し、裁判官に対し「答申」しますが、裁判官は法律上これに拘束されず、「答申」を採用せず審理のやり直しを命じることができました。また、被告人は、陪審員による裁判か、裁判官による裁判かを選択することができました。
日弁連の裁判員制度HP 日本でも陪審制度が行われていた! より
という制度だったことを忘れてはいけない。
戦前の陪審制の場合、裁判官は評議には加わらなかったし、被告人には陪審員による裁判か、裁判官による裁判か選択権も与えられていた(その点では今の裁判員制度よりまし)。そのかわり、陪審員になれる国民は限られていたし、裁判官はいつでも陪審員の評議の結果をくつがえすことができたのである。
もともと欧米の陪審制とは似て否なるものだった。
この日本の陪審制の導入の意義については、陪審制発足3年後の1931年に陪審員候補者の全国団体「大日本陪審協会」が刊行した「陪審手引」が次のように説明している。
陪審制度を採用することになりました理由は、(王権乱用の抑止から出発した欧州各国の陪審制度とは)根本から相異っているのであります。決して民衆から要求されたものでもなく、また従来の裁判に弊害があった訳でもありません。従来行われて来た日本の裁判は、その厳正公平なることに於いては、全く世界にその比をみない程、立派なものでありまして、国民もまた絶対にこれを信頼していたのであります。しからばいかなる理由で、これを採用致しましたかと申しまするに、それは立憲制度の大精神に基づいているのであります。
国民をして国政の一部に参与せしめられましたのは、全く天皇の大御心の発露にほかならないのであります。素人である一般国民にも、裁判手続の一部に参与せしめたならば、いっそう裁判に対する国民の信頼も高まり、同時に法律知識の涵養や、裁判に対する理解を増し、裁判制度の運用を一層円滑ならしめようとする精神から、採用されることになったのであります。
(陪審員の意見に裁判官が拘束されると)その結果感情に動かされて、立派な犯罪事実を「否」と否定し、裁判官はよんどころなく無罪を宣告する、・・・こうした欠点や非難に鑑みまして、わが陪審では、裁判官が陪審の評決意見には、拘束されないことになっております。わが陪審法独特のものであると同時に、大なる誇りであります。
評決は過半数の意見によって、決定するのであります。即ち陪審長共に7名以上の同意を必要とする訳であります。万一陪審の答申を裁判所が不当と認めた場合は、裁判所はこれを採択しないのであります。新たに陪審を構成して、その事件に対する裁判のやり直しをなし、裁判所の意見と一致するまで、何度でもこれを行うことができるのであります。
※ 読みやすくするため一部の旧仮名遣いは現仮名遣いに変更した。( )内は要約。太字と下線は私が付したもの。(高山俊吉著「裁判員制度はいらない」118頁~ より抜粋)。
戦前の陪審制の問題点はこれを読むとよくお分かりだろう。
裁判所の意見と一致するまで何度でもやり直しが命じられる陪審員の評議に何の意味があるのか。ただ、裁判所の判断に国民を従わせ国民が参加したというアリバイづくりのために利用されただけではなかったのか。
(つづく)
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保坂議員は相当健闘されたようだが、凍結法案の提出は間に合わなかったようだ。
裁判員・問い直す議連に本日、10人が加わる (保坂典人のどこどこ日記)
議連が裁判員凍結法を断念、法改正目指す(ニッカンスポーツ・コム)
保坂議員のブログに引用されている司法関係者のメールの内容は切実。
先日メールを差し上げた司法関係者です。裁判員法実施凍結延期法案が提出されなかったことに大変失望しています。民主党の党内事情があったとのことですが,本当に残念です。この上は,直ちに停止及び改正法案を提出して下さい。このままでは,実際の事件が実験材料にされてしまいます。
昨今のマスコミの調査では、裁判員制度を支持しない国民が圧倒的多数であることが判明しているというのに・・・。
こんなに門出が喜ばれない制度って、近年希じゃないのか。
保坂議員には引き続き頑張って頂きたい。
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「ヒットラーがそこにやってきた」は昭和40年半ば文藝春秋社の雑誌「諸君」に連載されたものを昭和46年7月に文藝春秋社が単行本として発行した西義之氏(当時、東京大学教養学部教授)の著書である。
私は、大学生のときに、教養学部で「戦間期のドイツ」をテーマとした講座を取った際に、講師に勧められて読んだ。
この本は、大学生の時に読んだ本の中でも、特に印象に残っている本である。
今読んでも実に面白い。いや、今読んだ方が、よりリアルに感じられて興味深い。
「ヒットラー」というと、チャップリンの映画「独裁者」などの映画やドラマの影響か、今では大声を張り上げておかしな演説をするちょび髭をはやした滑稽で悪魔のような男という印象が強いのだが、どうしてそのようなヒットラーとナチスという怪物が議会制民主主義下にあった戦間期のドイツで権力を掌握してしまったのかという歴史の謎はいまだ解明されたとはいえない。
この本は、なぜ戦間期のドイツにヒットラーが生まれたのか(さしずめ負の意味での「天地人」か)を様々な角度から考察したものである。歴史学者ではなく文学者の方が書かれた本なので比較的読みやすい。
たとえば、ヒットラーに懐疑的な仲の良い中年の独身政治家数人のうち一人が若い愛人と結婚して子供までもうけてしまったため、急にその仲に亀裂が入って疎遠になり、それがヒットラーの台頭を押さえ込むことができなくなった原因の一つとなった等というくだりもあって面白い。
数年前、小泉元総理によるあの郵政民営化選挙のあたりから、なんだか私はこの本のことを思い出すようになり、次第に読み返してみたいと思うようになった。
そして、昨日、とうとう本棚をひっくり返してこの古い本を探し出して読み始めた。
この本のあとがきには、西氏のこのような文章がある。
どうしてヒットラーはやってきたのだろうかーこのテーマは、現代史研究者をだれでも一度はとらえるもののようである。それはヒットラーが、私たちの未来にふたたび現れるかも知れぬという予感のためというよりはむしろ、私たちの生きている民主主義体制というものが、いかにも脆く、いかにも他愛なく、全体主義体制にとってかわられうるかという、なんとはなしの感触からの場合が多いのではないかと思われる。ヒットラーのような絶叫する雄弁家は、ひょっとすればもはや現れないかも知れない。未来のそれは、むしろ微笑する全体主義であるかも知れない。
私の現在の関心とはなにかと言うと、大衆社会において忍び足(クリーピング)で近よってくる全体主義を、私たちは果たして知覚できるのだろうか、そして知覚できたとしても、どうやってそれを阻止することができるのだろうかということである。
(太字は私が付したもの)
「民主主義の脆弱性」がこの本のテーマだろう。この本に書かれたヒットラーが政権を握るまでの経緯をみると、それがよく分かる。
![]()
当時のドイツには、基本的人権の尊重をうたったワイマール憲法があり、議会制民主主義が採用されていた。政党政治もたけなわであった。そして、当時のドイツには世界に冠たる知識人や文化人がたくさんいた。
もちろん、経済恐慌による中産階級の崩壊も一因となったし、ワイマール憲法の致命的な欠陥(大統領に独裁的権限を認めた第48条)も大きな要因であった。ヒットラーを首相に任命したヒンデンブルグ大統領の老衰という不幸な事情もあった。
しかし、ヒットラーは1日にしてやってきたのではない。そして、最初から悪魔の姿をしていたわけでもない。
当初はヒットラーに懐疑的だった保守的な将軍たちでさえも、ヒットラーと会って「苦学力行型の、謙遜な、まともな人間」と評していたほどである。そして、ヒットラー自身も、法廷で「合法的、合憲的な方法」しかとらないことを宣言して、ナチスは「憲法を尊重しながら政権に近づく政党」という印象を強め、人々の信頼を勝ち得ていった。
ヒットラーの率いるナチス党員にはいきいきとした若者が多く、女性にも大人気であった。ヒットラーとナチスを支持したのは善良な普通の市民であった。当時は多くの知識人もヒットラーの演説を聞いて感動している。
ヒットラーとナチスは、ゲッペルスという今でいうマスコミ対策に秀でた人物の力も得て、懐疑的な眼を向けていた政治家、将軍たち、大学教授などの知識人、労働者、農民、中産階級、そしてユダヤ人まで(初期の頃は「ユダヤ人ナチス青年同盟」というものまであったという)様々な人々の不満に巧みに付け入り、人々に「改革」の夢を持たせ、多くの階層を取り込んで、政党政治、議会制民主主義のもと合法的に次第に勢力を拡大していったのである。
![]()
この本を読んでいると、なんだか今の日本にだって西氏のいう「微笑するヒットラー」だけでなく「ユーモア上手のヒットラー」「おとぼけ者のヒットラー」が現れそうな気がして怖い。
人間自身も人間社会もそうそういっぺんに進化するものではない。戦間期のドイツのこの悲劇からは日本人も多くのことを学べそうだ。
民主主義が安全かつ確固たるものと信じることは危険である。ポピュリズムは一歩間違うとファシズムとも結びつきやすい。私たちは、民主主義がいかに脆いものか、いつも心しておく必要があると思う。
追記: この方のブログ(しなやかに、したたかに、無責任に・・・西中眞二郎雑誌帳)のこの記事 (2006-10-02 ヒットラーの台頭と現在の日本)を見つけて、私と同じことを感じた方もいるのだなあ、と思った。
追記2:上記の西中眞二郎氏のブログのこの記事
改革と崩壊(スペース・マガジン4月号) には全く同感。短歌も面白い。
この「改革」の中には、もちろん「司法改革」も含まれているでしょう。
過去の関連記事:
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昨日、裁判員制度はいらないの集会に出席している間に、ザ・スクープで裁判員制度をテーマにした特集が放送されていた(放送時間を間違えていて録画し忘れてしまった)。
第一部 「私は間違えた」・・・袴田事件元裁判官 “贖罪の旅路”
には、熊本典道元裁判官も出演されたようだ。
※ 熊本元裁判官に関する私のブログの過去の記事:
ぜひ見たかったのだが残念だ。それで、この特集を見た方のブログを探してみた。
この特集を見られた市会議員の方のブログ(山下明子の幸せの黄色いニュース)の記事はこちら。この特集の内容を詳しく紹介して下さっている。
裁判員制度が始まってしまったら、裁判員の「冤罪をうまない」責任は重い。
感情に流されることなく冷静になって、証拠を慎重に分析し、検察官、弁護人双方の主張をよく検討し、論理的に判断しなければならない。
そのためには時間も必要だろう。裁判官の言葉をうのみにするのではなく、時には裁判官に懐疑的な眼を向けることも必要だろう。そもそも職業裁判官に裁判を任せっぱなしにしていてはいけないと始まったのが裁判員制度なのだから。
職業裁判官と対等に議論するためには、職業裁判官と同等かそれ以上に証拠や記録を分析する必要があろう。しかし、公判前整理手続には裁判員は参加しないので、裁判が始まる時点で既に裁判員のスタートは遅れている。それを取り戻すのには裁判員にも相当の努力が必要となろう。
裁判員制度が冤罪をうまないための原動力になるには、裁判員に多くのことが求められると思う。
現実にそれが可能なのか?
それが可能な裁判員がいても、多数決で多数を取ることができるのだろうか?
一生懸命記録を読み証拠を分析して無罪を確信しても、多数決で破れ、量刑判断にまで加わらざるをえず、心ならずも死刑を宣告せざるをえなくなった裁判員の良心はどうなるのだろう?
その裁判員にとって熊本元裁判官の苦しみは人ごとではなくなるだろう。
職業裁判官は、自ら裁判官という職業を選択したのだから、その苦しみを引き受けるのも仕方がないことかもしれない。しかし、裁判員は自ら裁判員という仕事を選択したわけではない。それどころか「義務」として強制されるのである。
熊本元裁判官の言葉にはもっと耳を傾けるべきだと思う。
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きょうは、名古屋はあいにくの雨。
午後から「裁判員制度はいらない」の名古屋集会に参加し、高山俊吉弁護士の講演会の後、デモ行進へ。
栄周辺を旗を持って歩いた。
私にとって生まれて初めてのデモ行進参加であったが(人前で大声を上げるのは苦手)、こういう目に見える形での反対運動も大切だと思って参加させて頂いた。
裁判員いらなインコ もご苦労様でした。
たっぷり税金を使っている「サイバンインコ」と違い、こちらの費用はカンパによるもので、いたってチープ(心はこもっているけど)。
裁判員制度に反対される方、ぜひカンパをお願いします。
※ カンパの振込先はこちらのHPに記載があります。
活動に参加すること自体は無理という方は、ご署名をお願いします。
※ 右サイドに署名用紙・送付先を紹介させて頂いております。
![]()
慣れないせいかデモ行進というのは結構疲れるものだった。
実行委員の方々、参加者の方々、また交通整理にあたった警察官の方々(こちらも結構大変そうだった)お疲れ様でした。
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裁判員制度の実施が目前にせまったところで、いろいろな動きがあったようだ。
超党派いいですね。しかも、民主党代表選出馬の鳩山さんも参加だし。
(法曹養成、法曹人口問題についても超党派だといいのだけれど。)
この超党派議連の活動については、社民党の保坂典人議員のブログ保坂展人のどこどこ日記が詳しい。
保坂議員の裁判員制度関連の記事はこちら
自民党の法務大臣政務官早川忠孝議員の意見にも反論されていますね。
早川議員の 裁判員制度の実施を凍結させようとする人たちの誤謬 に対するもの。
早川議員は、
この制度を作ったのは、国会です。
この制度を作るために司法制度改革審議会等で何度も議論を重ねてきております。
勿論、日弁連や最高裁判所等の専門家も一連の作業に加わっております。
と言われているが、反対する弁護士や専門家の意見も十分に聴いた上での決断だったのだろうか。
司法改革の熱に浮かされていた当時は、反対意見を述べる者は「抵抗勢力だ」と排斥していたのではないか。
早川議員は「日弁連」とひとくくりにされているが、実際には多数の弁護士が裁判員制度に反対しています(※)。
※ 裁判員制度に関する日弁連全会員のアンケート集計のご報告 参照
一方、保坂議員は、5年前の衆参両院で裁判員法を全会一致で成立させてしまったことについて、国会議員として責任を感じておられるようだ。
5月1日の週間法律新聞(第1806号)の論壇に「今ごろになって何だというお叱りの声を受けるかもしれないが、・・・」と書かれている。
同新聞の記事「裁判員制度 今国会に凍結法案 超党派議連が方針固める」にも、議連の会合の出席者から、
「賛成した当時、この法案の問題がよく分かっていなかった」「国会議員として憲法問題ととらえなければならない」とする声も出された、という。
との記載がある。
保坂議員の上記論壇によると、昨年の8月に社民党と共産党が裁判員制度の見直しについての見解を発表した後、
本来なら、昨年9月に予定されていた臨時国会が「裁判員制度の見直しの検討」を腰を据えて議論するいい機会だったが、福田総理の辞任と自民党総裁選挙、そして解散・総選挙へという奔流が、これを不可能とした。
ということで、こんな裁判員制度の実施が直前に迫った時期にずれ込んでしまったようだ。
裁判員法を成立させてしまった国会議員の方々の責任は重い。一刻も早く、裁判員制度は凍結してもらいたいと思う。
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私のブログの人気記事ランキングの1位が、ついに謎が謎をよぶ青嶋ひろの氏の女子フィギュアの記事 になってしまった。しかも、人気記事10のうち4つまでがフィギュアスケート関連の記事 という事態に・・・。
検索ワードを調べても、フィギュアスケート関連のワードやフレーズが多くなっている。
国別対抗戦も終わって、フィギュアのシーズンも終わったというのに、一体どうしたことだろうと思って、ちょっと調べてみたら、なんとなく原因が分かってきた。
青嶋ひろの氏がniftyのフィギュアスケート特集の
という記事に
世界選手権終了後、一部ファンがお気に入りの選手を愛するあまりに暴走し、その言動にたくさんの人が傷つくことになった。選手たちを支えることを仕事とする人々が、業務に支障をきたすことになるなど、あってはならないことだ。国別対抗エキシビションへの参加を断念せざるを得ない海外選手が出てくるなど、あまりに悲しいことだ。いったいこの国のスケートファンは、どうなってしまったのか……そんな気持ちにもなった。
という一文を書いたことが、様々な憶測や反発を生んでいるらしい。
この一文は、前後の「日本のフィギュアスケートファンは最高」という文章とは明らかに異質である。
そして、あいかわらず抽象的な文言の羅列である。
青嶋氏は、この一文で、読者に一体何を言いたいのだろう、何をしてもらいたいのだろう、そしてこの一文を書くことがその目的に役立つと本気で思っておられるのだろうか。
私にはかえってあらぬ火だねを播いただけのように思える。
こういうのがプロのライターの仕事といえるだろうか。
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私はこういう事実関係を曖昧にしたままの記事についての話題に参加するつもりはありません。
そして、私は、もうniftyのフィギュアスケートの記事は読まないことにしました。
もう少し休んだら、また少しずつ司法改革関連の記事を書く予定です。
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ところで、フィギュアスケートの審査員の国籍や氏名等が公表されていないことが、採点の無責任さ、不公正さをもたらしている、という意見があるようだ。
裁判員裁判では、被告人には裁判員がどこの誰か知らされない。裁判員の仕事に真剣に取り組んでくれるかどうかも分からない。
万が一、あなたが被告人になってしまった場合、そういう裁判員に裁かれることに納得がいくだろうか。
こういう問題も考えて頂きたい。
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