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ねこちか2

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2009年1月

2009年1月30日 (金)

ある日のA弁護士とB弁護士の会話

 ずいぶん前のことだが、久しぶりに弁護士会館で依頼者と待ち合わせをした。

 弁護士会館は、弁護士大量増員が決定的になったときは、狭すぎるんではないか、打ち合わせ室が少なすぎるんではないか、などという心配の声もあったのだが、今ではたいてい閑散としている。もっとも、仕事に直結するような研修会が開かれるときには、「こんなに弁護士がいたの?」という位に顔も名前も知らないものすごい数の若手弁護士が集まるのだが・・・。

 普段でも委員会などは会館で開かれているのだが、弁護士の数が増えても委員会の出席者は減少しているため、たいてい閑散としているのだ。

 私が弁護士になった頃には、控え室でベテラン弁護士と若手弁護士が談笑している姿をよく見かけたものだが・・・。今ではめったに見ることはない。

 さて、話を戻して・・・。

 私がベンチで依頼者を待っていると、やはり事件関係で待ち合わせをしていたらしい弁護士会の重鎮であるA弁護士とB弁護士がこんな会話をしているのが耳に入った。 

 A弁護士「B先生、あんたんとこイソ弁取る気ない?プレッシャーかけられて困ってるのよ。」

 B弁護士「A先生んとここそ(イソ弁を)取ると思ってたよ。うちは(仕事が?余裕が?)なくって困っているんだ。」

 A弁護士は弁護士大量増員賛成派であった。今も3000人増員の積極的賛成者として有名だ。だから、弁護士会の司法修習生の就職あっせん担当の副会長からの「イソ弁を採用してほしい」というプレッシャーは相当きついものがあるのだろう。

 B弁護士は積極的な増員賛成派ではなかったようだが、表だって反対されたという話は聞かない。

 A弁護士のところにはたくさんイソ弁がいて、私は数年位前まではまだイソ弁の名前と顔が一致していたが、その後はたくさんのイソ弁がめまぐるしく出たり入ったりしているので、今ではどういう人がイソ弁なのか全く知らない。

 B弁護士はイソ弁が一人独立するとまた一人次のイソ弁を採用するという昔からのパターンのようだ。

 A弁護士のイソ弁がどうして次から次へと変わるのかについては、いろいろな噂が飛び交っているが、確かなところは分からない。

 でも、この会話を聞いて、こういうふうにA弁護士のところで採用されたイソ弁が大切に育てられていないだろうということだけは想像できた。

 先日FAXされてきた日弁連ニュースによれば、新61期の司法修習生のうち、まだ66名が弁護士登録できていないそうである。なんとか登録できた修習生の中にもかなりの数の即独やノキ弁がいるのだろう。そして、首尾良くイソ弁になっても思わぬ落とし穴が待っていたりするのだ。

 司法修習生の就職戦線はこれからますます厳しくなるだろう。しかし、どこでもいいから就職を、というのはやめた方がいいと思う。                    

※ このA弁護士とB弁護士にはモデルはありますが、どちらも実在の人物ではございません。

 なお、過去の私の記事「A弁護士とB弁護士」もよろしかったらお読み下さい。

 私は、このA弁護士とB弁護士をシリーズ化しようと密かに思っていたのですが、挫折してしまいました。でも、また司法修習生の就職シーズンなので、ちょっと書いてみました。

 

2009年1月20日 (火)

裁判員制度あれこれ・・・(その3)。

こういう問題もあったわけだ。

 裁判員、暴力団員も選ばれる?排除規定なし (asahi.com)

                (ボ2ネタ経由)

元判事の西野喜一・新潟大大学院教授(司法過程論)は「この制度では暴力団員も裁判員に交じる可能性があり、ほかの裁判員が危険な目に遭うかも知れない。実際に遭わなくとも『そんなことがあるかも』と考えることで冷静な判断ができず、結果的に公正な裁判ができなくなるおそれがある」と指摘する。

 また、暴力団事情に詳しい弁護士は、被告が暴力団員の事件での裁判員の安全確保を心配する。

 実際の裁判に臨む裁判員は裁判長による面接などを経て決まる。この際、検察官や弁護人には、理由を示さずに候補者をそれぞれ4人まで不選任とする権限が与えられている。最高裁や法務省の関係者は「暴力団員が裁判員になる可能性はないとはいえないが、選任までの過程に複数のフィルターがあり、そうした人たちを外すことはできる」と話している。(編集委員・緒方健二)

「暴力団員が裁判員になる可能性はないとはいえないが、選任までの過程に複数のフィルターがあり、そうした人たちを外すことはできる」というが、どうやって暴力団員かそうでないか判別するの?。フィルターって何?

 それに、裁判員の資格要件には「暴力団員でないこと」は入っていないのだから、暴力団員であるからという理由だけで排除するなら差別では?

 裁判員になることは権利だと思ってほしいと法務大臣もおっしゃっているのだから、暴力団員だって裁判員になる権利があるということでしょ。

 [裁判制度]裁判員制度「権利として積極的に受け止めて」と森法相(落合洋司弁護士のブログ)

 私は裁判員になる資格がなくてよかった・・・。

2009年1月17日 (土)

裁判員制度あれこれ・・・(その2)。

審理「スピードより充実」・・・裁判員制度で最高裁が報告書 (読売新聞)

5月に始まる裁判員制度に向けて、最高裁刑事局は、4年間にわたり全国の地裁で行われてきた模擬裁判の成果を分析した報告書を作成した。

 国民の負担を減らすため、審理期間の短縮を目指して工夫を重ねてきたが、報告書は、有罪・無罪などを判断する基礎となる真相の解明を重視し、「必要な審理は尽くされるべきだ」とした。「スピード審理」より「充実した審理」の必要性を指摘したもので、裁判員裁判のあり方を示す参考資料として、活用される。

 今まで、「3日で終わる、終わる」と強調していたくせに。何を今さら。充実した審理のためには、1週間でも、2週間でも、いや1カ月でも、2カ月でも、審理を続ける必要があるというのであろうか。

[裁判員制度元年]モニターなど工夫、視覚化へ課題も (産経新聞)

検察側はモニター画面に被告によってバラバラにされた被害者の骨などを提示。刑の重さに争点が絞られていることから、被告の犯行の「凶悪」さを強調しようという意図で映し出したとみられるが、あまりの映像の“生々しさ”に、思わず目を背ける傍聴人が多かった。

 以前から、「素人である裁判員に遺体の写真などを見せることは、精神的な負担が大きい」と指摘する法曹関係者は多い。現在、最高検と日本法医学会で、開示する画像をイラストで代替できるかについて検討作業を進めている。

 写真をイラストで代替するのは反対だ。やはり証拠は生のままで見なければ正しい心証は得られない。

遺体切断、法廷で検察再現 3時間半、号泣の遺族退廷 (asahi.com)

マネキンの右足の赤黒い切断面がディスプレーに映し出された瞬間、傍聴していた遺族の女性が悲鳴を上げて泣き出し、裁判所職員に抱きかかえられるように退廷した。検察側は、被告が描いた絵も使い、遺体を切り離していった方法や順序、感触などを約3時間半かけて被告に質問。星島被告も動揺した様子で「絶対に死刑だと思います」と突然叫ぶなど、法廷は一時、騒然となった。

 東京地検は公判後、「遺族にも事前に立証内容を説明して了解をもらっていたが、精神的なショックへの対処などは、今後の検討課題にしたい」と説明。ただ、「裁判員もこのような画像を見てもらう、というメッセージでもある」と意義を強調した。

 東京地裁のあるベテラン刑事裁判官は「検察側は法廷で死体損壊罪を立証する責任がある。たとえ正視できない証拠でも裁判所は取り調べなければならず、市民も避けて通れない」と話す。(河原田慎一、向井宏樹)

 マネキンの足だけで、こういう事態になっては・・・。

 しかし、このベテラン刑事裁判官の言われるとおりだ。

 こういう事態になることは、刑事裁判の現実というものを知っていれば容易に予想できたことだ。裁判員制度の生みの親である司法制度改革審議会の委員は、こういうことを予想しなかったのだろうか。

 この審議会の特色の一つは、審議会13名のうち、法律専門家の数をあえて半数以下の6名とし、法律専門家でない委員のほうを多くしたことです。その功罪はいずれ明らかになるでしょう。とはいえ、訴訟というきわめて専門的、技術的な問題を扱うのに、ずぶの素人の委員を多くするというのは、ずいぶん無謀なことであったと思われます。特に、刑事裁判のあり方を大きく変えようというのに、委員のなかに刑事専門の裁判官がいなかったということが、裁判員制度などという無謀な制度(後に詳述します)が出てくる1つの原因になりました。

    「裁判員制度の正体」西野喜一著 講談社現代新書 53頁

 確かに、刑事専門の裁判官を1人も委員としなかったのは無謀というほかない。

 国会でもこういうことは充分審議されなかったのだろうか。国会議員の中にも法曹関係者はいただろうに。

 裁判員制度の施行は4カ月後にせまっている。こんなことで本当にいいのだろうか。

2009年1月16日 (金)

裁判員制度あれこれ・・・。

裁判員制度、逆恨みへの対策は・・・  (産経新聞)

【裁判員制度】辞退希望など10万9000通返送、受け取り拒否も (産経新聞)

「裁判員代わりに断ります」と詐欺未遂 岩手 (産経新聞)

牧師、裁判員制度「非常に重い、すぐには答えが出ない」(クリスチャントゥデイ)

[裁判制度]宗教界、裁判員に悩む…「人裁けるか」「正式な制度だから」 (落合洋司弁護士のブログ)

「裁判員制度廃止を」 候補者3人、実名で会見 (中日新聞)

裁判員候補者通知を受けた当事者らが抗議の記者会見 (記者会見の会場に行かれた方のブログーとめよう戦争への道!百万人署名運動)
               pout

 これでも本当に実施するの?

 社民党からは延期法案が提出されたのだろうか?今はどういう状況なのだろう・・・。

 民主党の国会議員の先生方も、なんとかして下さい!

 先日の有志の会で、日弁連全会員を対象に実施した裁判員制度に関するアンケートの集計結果は、全国会議員に送付しようということになった。

追記:

 少なくとも過半数を優に超える国民と弁護士が、裁判員制度に反対している。

 裁判員制度の導入が民意に反していることは明らかだ。

 裁判員制度実施のために要する、テレビやインターネットによるCMの広告費、名簿掲載者への通知費用、宣伝映画の製作費、裁判員への日当などは、一体いくらになるのだろう。

 裁判員制度の実施のために使うことになる莫大な税金を、景気対策や生活保護費の拡充などに充てた方が、どれだけ国民のためになることか。

 

2009年1月15日 (木)

裁判員制度に関する日弁連全会員のアンケート集計のご報告

 昨日、裁判員制度アンケート調査実行有志の会の会合があった。

 集計結果表をここに掲載する。

     「裁判員制度に関するアンケート集計表」(PDF)

 本当は、全会員に配布すべきところであるが、費用の関係上難しい。

 こういう司法問題関係の資料をまとめて掲載できるHPがほしいところだ。

 もし、HPの作成・管理を担当してもいいという弁護士の方がおられたら、ぜひ私の事務所までご連絡下さい。

 私のブログもそろそろ限界だと思うのだが、私自身が新たなHPを作成して維持管理していく余裕がないため、いろいろな資料を削除していかざるをえない。

 右サイドバーに掲載した資料については、今でもアクセス数が結構ある。こういう資料は多くの方に見てもらいたいと思っている。

 やってもいいという方がおられましたら、ぜひご一報下さい。

2009年1月13日 (火)

坂野真一弁護士のマニュフェストに感動!

 坂野真一弁護士が、ご自身のブログで、

 私が仮に、大阪弁護士会の会長に立候補するのであれば、第1次粗案として、次のような選挙公報用論稿を考えていました(今後の戦略もありますので、たたき台として作成したものだけを公表します)。

 と、マニュフェスト(粗案)を公表されている。

 坂野弁護士は、昨年夏、大阪弁護士会の臨時総会に、司法試験合格者数を「直ちに見直し、法曹の質を確保し、社会の現実の需要に見合った数に減少するように求める」との議案を提案した会員の一人である。この臨時総会の経緯は、坂野弁護士が書かれた週刊法律新聞「論壇」を読むとよく分かる(坂野弁護士のブログ 週刊法律新聞の「論壇」)。

   大阪弁「合格増見直し決議」 2議案から見えたもの(2008.9.12日付週刊法律新聞「論壇」PDF)

 この記事を読むと、弁護士会の会派や常議員会のあり方に、改めて問題を感じる。これは大阪弁護士会だけの問題ではない。「会派による意見統制」というのはもう時代遅れだ。やめてもらいたい。

 私は、坂野弁護士のマニュフェストのどの項目にも大賛成である。

 ぜひ、大阪弁護士会の会長、いや日弁連の会長になって、このマニュフェストを実現して頂きたい。

追記:本日、坂野先生と電話でお話をする機会があったので、本当に立候補されるのかどうかお尋ねしたところ、諸般の事情により立候補を断念されたということでした。残念。次回はぜひ立候補して頂きたい。

2009年1月11日 (日)

裁判員向けの弁護人パフォーマンス!?

 最近、日弁連から送られてくるFAX記事の中に、裁判員裁判の弁護技術についてアメリカの弁護士を講師に招いて研修をしているとの記事がよく見られるようになった。

 私は、ちらっと見て直ぐに処分してしまっているのだが、確か講師が「裁判員を眠らせないことが大切」(※)(裁判員の興味を惹くことが大切という趣旨らしい)というようなことを言っていたような。

※ これは、私の記憶違いで、「法廷は劇場です。裁判員の興味を惹き、楽しませなければなりません。」(日弁連速報 裁判員号外No.4 より)というものだったので訂正。

 このアメリカ人弁護士による研修については、落合洋司弁護士が

  米国流の弁護技術を身につけよう 大阪弁護士会が研修

 という記事を書いておられる。

  これは産経新聞のこの記事についてのもの

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090108-00000593-san-soci

   米国人講師が肘を曲げて両手を胸の前で握りあわせると、立ち上がった受講者の日本の弁護士たちは一斉に同じ動作をした。講師はさらに「ここからジェスチャーを始める。声の抑揚や音量、沈黙も使って。最初は違和感があっても慣れれば大丈夫」と強調した。

  このくだりでは、ちょっと笑ってしまった。

 これからは裁判員裁判の弁護人は、皆、まず両手を胸の前で握りあわせてから、尋問を始めるのかしらん。 

 私は、アメリカの法廷ドラマや映画が好きで、結構見ている方だと思うが、(ドラマを見る限りでは)確かに日本の弁護士は、刑事、民事に限らず、アメリカの弁護士の尋問技術などに学ぶべき点はたくさんあると思っている。

 特に、「裁判員を眠らせない」ということはとても大切だと思う。

 もっとも、これは、民事、刑事に限らず、裁判員裁判に限らず、もともと「裁判官を眠らせない」ためにも必要とされてきたことだ。

 法廷傍聴をされた方ならご存じだと思うが、裁判官は長時間の証人尋問のときなど時々眠っていることがある(正確には、「眠っているようにしか見えない」ことがある。ー目をつむっているだけと言われるかもしれないから)。ついでに、脇に座っている司法修習生もコックリコックリしていたりする。こういう光景を見るのは、食後の午後の法廷のことが多い。

 2,3時間の証人尋問というのは、尋問する方にとっては結構短く感じるのだが、聞いているだけの方にとっては細かな面白くもない事実関係についての尋問などを聞くのは確かに辛いときもあろう。おまけに、法廷はどうも空調がよくないところが多いようで(大きな裁判所の法廷にはたいてい窓がない)、時間が経つにつれ空気が澱んでくる感じがする。それがまた睡魔を誘う。

 私は、裁判員裁判の伏兵は意外にもこの「睡魔」ではないかと思っている。

 弁護人としては、裁判官も裁判員もコックリコックリという事態だけは絶対に避けなければならない。

 だから、アメリカの弁護士の講師から「裁判員の興味を惹きつける」ための尋問技術を学ぶことも、それはそれで意味があることだと思う。

 ただし、上記落合弁護士の記事の

 この研修を受けたわけではないので、軽々に評価はできかねますが、米国流のパフォーマンスをそのまま日本の法廷でやっても、日本人である裁判員に対しどこまで効果的かということは、よく考えてみる必要があるように思います。内容によっては失笑をかう、という可能性も念頭に置いたほうが良いでしょう。

 裁判員に対してアピールしようとする場合、最も大切なのは「わかりやすさ」ということではないかと思います。いかにわかりやすく主張、立証するかということが、裁判員裁判になった場合には大きな課題になるでしょう。

 というご意見には賛成。

 ここで、ちょっと、たとえ話を・・・。

 年末年始に気楽に書いたフィギュアスケートの記事へのアクセスが意外に多かったことに気をよくして、ここは一つフィギュアスケートを例にとってみようと思う。

 アメリカのジョニー・ウィアー選手は、演技が終わると、観客に向かってウィンクやら投げキッスやらの大サービスをする。ショーじゃなくて競技なんだから、ちょっとやりすぎだろうと思うのだが、観客の女性ファンは大喜びだし、外人さんで様になっているので、まあいいかとも思う。ところが、これと同じことを日本の織田信成選手がやったら、観客は・・・・となりそうだ。それどころか、「織田信長の子孫というれっきとした日本男児がそんな軟弱なことをするんでない」と言う人も出てきそうだ。

 さらに、ウィアー選手は胸元のぱっくり開いた衣装を着ていることが多く(特に昨シーズンのフリープログラム「Love is War」のご自分がデザインしたというこちらの衣装ー公式HP写真ーはすごい)、確かに肩や鎖骨のラインがとても美しい(本当に男か?)ので似合っており、ご本人もそれが自慢でしっかりアピールしているのだろうが、着物の文化の人間としては「そういうのはチラリと見せた方が上品で色っぽいんだぞ」と思ってしまう(こちらの衣装の話はかなり私の好みが反映しているかも・・・ジョニーの衣装がお好きという方はお許しをcoldsweats01)。

 そして、小塚崇彦選手の飾り気のない衣装がさわやかに感じたりもする(もちろん演技がよかったということが大きいが)。小塚選手は大変シャイな人のようで、観客にアピールする表現力は今一つだが、でも日本人としてはそれが自然で好ましかったりもする。

 とんでもなく話がそれたようだが(でも、裁判に「ショー」的要素を求め、裁判員を「観客」のように扱うなら、まんざら遠いたとえ話でもないでしょう)、言いたかったのは、日本人とアメリカ人とでは(共通点はあるだろうが)、文化の違いもあって、表現の仕方や受け止め方がかなり違っているんじゃないか、ということ。

 もう一つ、話がそれたついでに。

 だいぶ前に見たアメリカ映画「ニューオーリンズ・トライアル」(原作はジョン・グリシャムの「陪審評決」)(映画のストーリーはこちら→http://www.eigaseikatu.com/title/s-4496)で、武器製造会社を訴える原告の代理人のダスティン・ホフマン演じる弁護士が、ネクタイについたシミを誰かに指摘されて、「これがいいんだ。シミがついていた方が庶民派弁護士にみえるから。」というようなことを言っていた。

 私はこのセリフを聞いてヘェーと思ったのでよく覚えている。アメリカの弁護士ってそんなことにも気を遣っているのか・・・(でも、その程度のことなら、私もよく食後にブラウスにシミを作るので、簡単にマネできますよ)。

 ちなみに、この「ニューオーリンズ・トライアル」はダスティン・ホフマンが弁護士、ジーン・ハックマンが陪審コンサルタント(アメリカには実際にこんな職業があるらしい)という役どころで、この名優2人がトイレで対決するシーンなどの見所もあり、ホフマンは尋問(かなり長い)をリアルに見せるために相当頑張ったそうだ。アメリカの陪審制度って本当にこんななの?日本じゃ絶対ありえない!というストーリー展開だが、映画としては意表をつく結末で結構面白かった。

 この映画については、以前ご紹介したことのある弁護士兼映画評論家の坂和章平弁護士が裁判員制度にからめて面白い記事を書いておられるのでご紹介→http://www.sakawa-lawoffice.gr.jp/sub5-2-a-226nyuorinzu.html

 アメリカ流というなら、弁護人も被告人もどういう服装をするか、どういう仕草をするか、身ぶり手ぶりなどの(尋問内容以外での)裁判員へのアピールというパフォーマンス面での配慮が重要になるのだろう。

 でも、こういうのって、先述のフィギュアスケートの例じゃないが、弁護士に限らず、日本人ってへたじゃないの?それに、アメリカ人がやれば説得力があっても、日本人がやれば逆効果という場面もあるだろうし、同じパフォーマンスをやってもアメリカ人陪審員と日本人裁判員とではおそらく反応が違ってくるだろうし。

 そんなに無理してアメリカ流をマネしなくちゃいけないんだろうか・・・。

 私は、裁判員制度の導入に積極的だった(お堅そうな)あの先生、この先生が、アメリカ流パフォーマンスを裁判員の前で繰り広げている姿を想像して、密かに楽しんでいる(悪趣味でごめんなさい)。

 でも、裁判員制度の導入を推進された先生方は、若い弁護士だけにアメリカ流の弁護技術を学ばせるのではなく、自らが率先して実践して頂きたいものだ(私は傍聴に行こうかな)。

                  key

 さて、本物の裁判は、小説や映画のようにドラマチックで面白いものではない。

 裁判官だって、どんな退屈な尋問にも眠らずしっかり聞いている人の方がはるかに多い。それは職業意識のなせる技である。

 裁判員制度が実施されれば、弁護人もアメリカ流にとらわれずに、裁判員にも分かりやすい尋問を心がけるべきだが、裁判員も面白くなくてもしっかり目を見開き耳を傾けるという努力と覚悟が必要になると思う。

 単なる「観客」ではなく、裁判官と対等の立場で、評議に参加し判決を下すのだから。

法廷は「劇場」ではなく、「楽しむ」ための場所でもない。

 いささか話が脱線したけど、休日なのでお許しを・・・。

追記: 

 過去に紹介したことのある「裁判員制度はいらない」(高山俊吉著 講談社)の中の、女優の渡辺えり子さんの寄稿をもう一度ご紹介。

 「裁判をショーにしてはいけない」

 ・・・・・誰も戦争に賛成なんかしてなかったのに、空気にのまれて知らず知らずのうちに戦争に巻き込まれていった歴史を私たちは知っています。もしかしたら冤罪かもしれないと思っていたのに、なんだか悪人そうに見えるなんていう雰囲気で死刑を言い渡してしまう。人間には恐ろしいところがあります。

 ・・・・・10年着古した背広で頭ボサボサの弁護士だったらホントかしらと思い、やたら弁の立つ人のほうをカッコいいなんて信用するようになる。人柄より見栄えになってしまう。コツコツと努力する弁護士が忘れられ、気の利いた風のタレント弁護士が羽振りをきかすようになるのも私は心配します。アメリカの真似をすることはありません。

 なんか、この渡辺さんがイメージする「10年着古した背広で頭ボサボサの弁護士」と「気の利いた風のタレント弁護士」って具体的で誰かモデルがありそう。でも、前記のダスティン・ホフマンのセリフからすると、意外に前者のタイプの弁護士もいけるかもしれない・・・ナ。

2009年1月 5日 (月)

裁判員制度の延期法案が国会に提出されるらしい!?

裁判員の導入延期法案提出へ (NHK) 

 社民党と国民新党は、ことし5月から始まる裁判員制度について「参加したくないという国民が多く、制度に対する理解も進んでいない」として、民主党などにも協力を求め、制度の導入を当面の間、延期する法案を通常国会に提出したいとしています。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 民主党や共産党にも協力を呼びかけて、裁判員制度の導入を当面の間、延期する法案を5日召集される通常国会に提出したいとしています。

 増田尚弁護士の社民党・国民新党 裁判員延期法案を提出への導入延期法案提出へ (ろーやーずくらぶ) で知りました。

 ようやく政治家も動いてくれたか。感慨深い。

 しかし、民主党や共産党はどうするんだろうか。

 

2009年1月 3日 (土)

冬の楽しみーフィギュアスケートの話(その3)

 今回はグランプリファイナルの男子シングルの感想など。

 私はここ数年あんまり男子シングルの放送を見ていない。4回転ジャンプを跳ぶか否かばかりに注目が集まるジャンプ至上主義に魅力を感じないせいもあるが、テレビ放映が女子に比べて遅い時間帯だったり、放映がカットされることが多いせいもある。

 日本ではフィギュアスケートの場合、浅田選手や安藤美姫選手の人気もあって、まず女子シングルの放送が優先のようだ。グランプリファイナルの放映権を独占するテレビ朝日に至っては、今回は男子シングルもショートプログラムでは一部選手の演技をカット、アイスダンスやペアに至っては全く放送しないばかりか、結果にすら言及しないという有様。グランプリシリーズの一つにすぎないNHK杯では、NHKは全選手の演技を放送したというのに・・・。グランプリファイナルはシリーズを勝ち抜いてきた世界のトップ選手の演技を見られる貴重な機会なのに、本当にもったいないことだ。

                                cute

 私はフィギュアスケートは音楽を耳だけでなく眼でも楽しませてくれるという演技が好きなので、そういう意味で今回の男子シングルでは3位のジョニー・ウィアー選手の演技がよかった。

 ジョニー・ウィアー選手をはじめて見たのは2,3年前だと思うが、そのときはこの方の長くてクルクルにカールしている睫毛(化粧経験のある女性ー一部男性もーなら絶対目がいくと思う)と、てっきりロシアか東欧の選手だと思ったらアメリカの選手だったのにびっくりしたということ位しか印象が残っていない(ファンの方ごめんなさいcoldsweats01。王者プルシェンコ選手が休業してからは、男子シングルをまともに見ていなかったので)。

 それで、今回のNHK杯やグランプリシリーズでのウィアー選手の女性ファンの多さ(声援やらプレゼントやらがすごかった)にはびっくり。NHK杯でも日本選手に対する以上の声援だったのではないか。

 ジョニー・ウィアー選手について調べてみると・・・。

 ウィアー選手(ウィキペディアはこちら)の胸元がパックリ開いた衣装をまとったお姿は、男性とは思えないほど時に可憐、時に妖艶(NHK杯の表彰台のこの写真などは私には「美女」にしか見えない)。その演技も、指先にまで神経がゆきとどいていて、優美で時に耽美的。最近とみにたくましくなって優美さという面ではちょっともの足りなさを感じる女子選手に、その優美さを分けてあげてほしいぐらい。

 でも、やっぱり男子選手なので、ジャンプは高くて迫力があるし、とても姿勢がよいので、ジャンプもスピンもステップもきれいにみえる。解説者が「流れるような演技が特徴」とよく言っていたが、本当にそうで、ジャンプのランディングポーズがきれいな上にジャンプ後にもスピードが落ちずに演技が流れるので、よくあるようにジャンプのたびにブッツンブッツンと演技の流れがとぎれて音楽と不調和をきたすというようなことがなく、とても気持ちよく見ていられる。ファンが多いのも分かる。

 日本にもファンが多くて一杯サイトがあるが、その中で面白かった2つのサイトをご紹介。

 バレエがお好きな方のロマンチックな評がこちら(音楽が流れるのでご注意)→Figure Skating Album サン=サーンス 「白鳥」 (ジョニーウィアー

 「白鳥」は、ウィアー選手がトリノオリンピックのショートで2位となったときのプログラム。私は知らなかったが、ウィアー選手といえばこの白鳥というぐらいに伝説的な名プログラムだそうで、振り付けはタラソワさん(浅田真央選手の現在のコーチ。今期の浅田選手のフリーの仮面舞踏会とエキシビションのタンゴもタラソワさんの振り付け)。

 衣装もとても独創的で、白鳥の頭を象徴する右手の赤い手袋(手首のあたりは黒)が印象的。そして、サン=サーンスの有名な白鳥の曲に合わせてジャンプ、スピン、ステップが絶妙に配置され音楽とみごとに調和して、氷上のバレエを見ているよう。また、ウィアー選手の中性的で若くはかなげな雰囲気にもぴったり合っていて、演じきったウィアー選手もすごいが、これをウィアー選手に踊らせようと思ったタラソワさんはさすが。

 もう一つ、毒はあるけど愛もあるファンの方の評がこちら→王子はある日突然に~ジョニー・ウィアー~                              

 この記事は2006年から2007年にかけてのシーズンのウィアー選手が不調の時に書かれたもののようだが、昨シーズンはウィアー選手は一念発起してコーチを変更し、全米選手権ではタイトル奪還をめざして気迫のこもった演技をした(ウィアー選手はフリーで会心の演技を終えるや号泣)。ところが、ライバルのライザチェック選手と同点となりフリーの得点がライザチェック選手の方が高かったために惜しくも2位となってタイトル奪還はならなかった。しかし、その後ウィアー選手は世界選手権で3位となり、みごとな復活をはたした。上の記事のファンの方も今は喜んでおられるだろう(ランビエール選手の方は残念ながら怪我のために引退してしまったけれど)。

 ちなみにこの方のフランスのブライアン・ジュベール選手に対する評ー007は3度跳ぶ(こちらは毒だけで愛はない?)には大笑いしてしまった(ジュベールファンの方、大変ごめんなさいbearing。これは、ひとえに好みによる差だと思うので)。

 ところで、ジョニー・ウィアー選手は、アメリカではタレントとしても有名なようで、たくさんのインタビュー記事やご本人のコメントがネット上に公開されており、それをファンの方が翻訳して下さっている。そのいくつかを拝見したが、彼のファンでなくてもとても興味深いものだった。

 ウィアー選手は、その演技から受ける印象とは全く違い、ポンポンと本音を言う人のようだ。インタビューする記者もそれを狙って、(日本人なら大変聞きにくいだろう)相当意地悪い質問もたくさんしている。それに対して、ウィアー選手もズバズバとあけすけに答えていて、それがまた面白い(日本選手の謙虚で優等生的な受け答えとは全然違っていてびっくり)。

 しかし、そのおかげで、アメリカのスケート事情、新採点方式に対する不満、トップスケーターとなるまでの道のり(特に、ある日突然自分の息子が天才スケート少年だと分かったときのご両親の決断ー家庭の経済的な事情なども含めてーが興味深かった)、選手と振り付け師、コーチとの関係など、日本選手の場合あまり表面に出てこないような事情も知ることができる。

 ただ、ウィアー選手自身は、あまりに正直すぎ、実際にも不用意な発言があったり(といっても日本の政治家の失言に比べればかわいいものだと思うが)、言葉の使い方がユニークで誤解を受けやすい上に辛辣なこともズケズケと言うため、アメリカの保守層、厳格なスケート協会、マスコミなどから相当バッシングを受けたらしい。

 私は若い人は「おりこうさん」よりも自分の意見をはっきり言える生意気な位の人の方が好きなので、ウィアー選手の受け答えは結構好きなのだが、現実には(どういう社会でも)こういう人は「大人げない」とか「配慮に欠ける」などと批判され、損をすることが多いようだ。実際ウィアー選手もこれだけ人気と実力があってもスポンサーがつきにくいなど損をしているらしい。

 アメリカはもっと個人の自由や個性を尊重する国だと思っていたが、日本(異色でも才能のある人には結構寛容な国じゃないかと思う)に比べて意外に保守的で排他的なところがあり、そのナショナリズムも相当のものだと感じた。

 このあたりのウィアー選手の話は大変面白かったので、機会があれば後日また書きたいと思う。

 ウィアー選手は、浅田真央選手と同様、希有の才能の持主だと思うが、強気の発言とは裏腹にメンタル面では大変デリケートな人のようで、大会の前には眠れなかったり演技の直前には極度に緊張するそうだ。そのためか、なかなか会心の演技がみられず残念だ。しかも、全米選手権は激戦になりそうだし、バンクーバーオリンピックまでの道のりは相当険しそうだ。

 でも、とても魅力的な演技をする選手なので、ウィアー選手にも、浅田選手と同様、よい演技を長く見せてもらいたいと思う。できれば、バンクーバーオリンピックで「白鳥」を超えるような名プログラムを見せてもらえるとうれしい。

               cute

 さて、男子シングルは新採点方式になってから4回転ジャンプばかりがクローズアップされているのかと思ったら、今回のグランプリファイナンスで表彰台に上った選手は、(ジュベール選手の欠場があったせいもあるが)ジャンプが目立つというよりもスケーティング自体がいい選手ばかりだったのは意外だった。

 2位の日本の小塚崇彦選手は、伸びのあるスケーティングで、オシャレなステップが素敵だった。小塚選手は、これからコスチュームと上半身の表現力を工夫すれば鬼に金棒だろう(小塚選手のコスチュームにはウィアー選手と正反対の意味でびっくり。最初見たときは衣装を忘れたので私服で滑っているのかと思った)。彼の世界選手権での活躍が楽しみである。

 肝心の1位のアメリカのジェレミー・アボット選手の演技は初めて見たけれど、今回はジャンプもスピンもステップもほぼパーフェクトな演技でどの技もきれがよく、1位というのも納得。ただ、(またまたファンの方には申し訳ないけれどcoldsweats01)なんとなく猫背にみえるときがあり、演技がくねくねとしているような感じがあるのは残念。これも好みの問題だと思うので、気にならない人は気にならないんだろうが。

                 cute

 男子シングルをあまり見なくなった私だが、今回のグランプリシリーズで男子シングルも面白いかもと思うようになった。

 日本のテレビ局も、フィギュアスケートの大会の放映権を入手するなら、BSの再放送でもいいから、男子シングル、ペア、アイスダンス(私はアイスダンスを見るのも好き)を放送してくれないかなあ。

2009年1月 2日 (金)

冬の楽しみーフィギュアスケートの話(その2)

 昨年12月に韓国で開催されたグランプリファイナルを独占放映したテレビ朝日の番組は、韓国のキム・ヨナ選手と浅田真央選手のライバル対決ばかりをクローズアップしていた。

 キム・ヨナ選手も浅田選手も、持ち味は違っているがそれぞれに素晴らしい演技をする選手だ。本当にその才能は甲乙つけがたく、その時々の体調やら気の持ち様やらによる出来不出来によって順位が変わってくるのは自然なことである。そもそもグランプリファイナルには他にもたくさんの世界のトップスケーターが参加しているのに、2人の対決ばかりをそんなにクローズアップする必要があるのかしらと思う。

 しかし、オリンピックが近くなるとどの国でもナショナリズムが高まるようで、今回の大会も会場の雰囲気は韓国対日本の対決のような様相を呈していた。特にキム・ヨナ選手は国の期待を一身に背負わされているようでとても気の毒に感じた。案の定ミスを連発してしまったのも、いかに強靱な精神力の持ち主といえども18歳の少女なのだから無理からぬこと。

 テレビの画面に時折心配そうにキム・ヨナ選手を見つめる中年女性が映されていたが、あれはお母さんなのだろうか。顔をおおわんばかりにしていて気になった。

 好みにもよるだろうが、私はキム・ヨナ選手の演技もとても好きでである。高くて正確なジャンプに情感のこもった表現力も加わって、高得点が出るのももっともだ。2人共によい演技を見せてもらえるなら、どっちが1番でどっちが2番でもいいと思ってしまう。

 しかし、実際にはフィギュアスケートも競技なので、審査員は公平な採点をして順位を決めなければならず大変だ。しかも、今は演技後にネット上でプロトコル(採点結果)が直ぐに公開されるので、アマチュア審査員も細かく採点をチェックすることができるようになっている。ただ、審査員の採点が信用できずに、あのジャンプは回転不足だとか、誤ったエッジで跳んだジャンプだとか等々を言うために、ジャンプをする選手の足下ばかり見たり、スロー再生で回転の数を数えたりしなければならないとしたら、なんだか楽しくないなあと思う。

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 これからオリンピックが近づくにつれ、公平な審査かどうか問題になる場面が増えてくるだろう。

 もともとスポーツ性と芸術性が混在化している競技である。スポーツという面での選手の技の評価はなんとか点数化できても、芸術性の評価を点数化することはもともと無理だと思う。

 いっそ、芸術性の面の評価は、(それこそ紅白歌合戦みたいに)審査員だけでなく会場の観客全員にも採点に加わってもらったらどうかと思ってしまう(しかし、国際大会ではナショナリズムが影響するだろうから無理だろうなあ)。

 フィギュアスケートという競技では、誰にも分かりやすくて納得がいくという採点方法は永久に見つからないのかもしれない。

2009年1月 1日 (木)

新年明けましておめでとうございます。

 新年明けましておめでとうございます。

 昨年はブログの更新があまりできず、お越し頂いた方々には大変失礼しました。 

 昨年末はちょっと疲れ気味だったんで、今年の私の目標は「身心のシェイプアップ」です。

 (ついでに、この重くなってきたこのブログのシェイプアップもしなければ・・・と思っています。)

 きょうは遅く起きてゆっくりお雑煮を食べていたら、ラジオからシンガーソングライターの馬場俊英さんという方の「いつか君に追い風が」という曲が流れていました。

 初めて聞いた曲だったのですが、「どんなに苦しくても どんなに寂しくても 闘う君に追い風が吹くように」という何気なくエールを送る歌詞と曲調が心地よく、馬場さんのソフトなお声と温かい語り口による「年を取ると失うことや失う人がたくさんあり、それまでできたこともできなくなってくることもあるけれど、それでもできることはたくさん残っているからそれを見つけて頑張ればいいと思っています」という趣旨のお話にも大変気持ちがなごみました。

 昨年末からの不況で、心がささくれだってくるような出来事も多い中、こういう方の存在にはとても安らぎを感じます。

 私も追い風に吹いてもらえるよう、私のできることを一つずつ頑張って、一歩ずつ前に進みたいと思っています。

 今年は新年早々難しい準備書面の作成に取りかからなければならないので、頻繁にブログを更新することはできそうもありませんが、たまにでも覗いて下されば幸いです。

              平成21年元旦

     Fukujyuso0005_3

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