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2008年3月 2日 (日)

「それでもボクはやってない」をやっと見た。

 評判がいいので見なきゃと思っていて、映画館でもDVDでも見そこなっていた映画。土曜日にはじめてTV放映されたので、ようやく見る気になった。

 なかなか見る気になれなかったのは、弁護士の間で「リアルだ」と評判になっていたから。それで「これは楽しくない映画に違いない」と思っていたら、案の定楽しくない映画であった。

 非常に出来のいい大変面白い映画であることは確か。でも、救いがないなあ・・・・・。

  (いっそ伊丹十三監督のようにパロディ化して笑い飛ばしてくれた方が救われたかも。)

 この映画の評は、いろいろな方が書いておられるので、私などが今さらブログで書くまでもないのだが、ちょっとだけ感想を。

 裁判官、検察官、弁護士、警察官が実にリアルだ。弁護士からは、ほとんど文句が出ない映画だろう。裁判官(二人目の方)、捜査担当の副検事、警察官、看守の描き方から、裁判官、検察官、警察官ら(特に裁判官)は文句を言いたくなるかもしれないが。

 むしろ、役所広司の弁護士は立派すぎ。瀬戸朝香の弁護士は、イソ弁の新米弁護士の設定のようだが、迫力ありすぎ。あそこまでボス弁に自分の意見を言えるイソ弁というのは、今じゃ殆どいないでしょう。

 主人公は被告人としては運のいい方だと思う。

 よい弁護士にめぐりあい、信じてくれる母、友人に支えられ、同じ痴漢冤罪で苦しむ被告人(光石研)や市民グループの協力を得て、証拠のビデオまで作成してもらっている。ここまで闘える痴漢冤罪の被告人は現実には少ないだろう。

            

 それにしても、日本の法廷ドラマでここまで違和感のない作品ははじめて見た。

 もっとも、最初法廷の場面を見たときに、あれっ、検察官と弁護人の席が逆じゃん、と思ったのと、役所広司の法律事務所は、どうしてああもファイルが無造作に山積みになっているのか(今どきあそこまでの事務所はないでしょう)、なんていう疑問は感じたが。

 検察官と弁護人の席については、私の知っている名古屋の法廷では、傍聴人席から見て向かって左側が検察官席、右側が弁護人席である。大阪もそうらしい。

 坂和章平弁護士の映画評論それでもボクはやってない(日本映画・2006年)では、この検察官席と弁護人席の位置について詳しく説明されている。やっぱ、実際に弁護人になると法廷に入ってどちら側の席に座るかがまず最初の関心事なので、弁護士はこういうところが気になるのは同じらしい。

 この坂和弁護士の評論は実に面白い。さすが映画評論家と弁護士の2足のわらじを履いておられる方。この評論は多くの方にぜひ読んで頂きたい。

 私の感想も、この坂和弁護士が評論に書かれているのとほぼ同じ。

 特にごもっともと思ったのは、<弁護士費用(報酬)はあえて非公開・・・?><ここまでやってくれる弁護士は珍しい・・・?>の箇所。こういうところは弁護士ならではの感想だろう。

 主人公の母親(おそらく弁護士費用を負担したのはフリーターの主人公ではないだろうから)は一体いくらの弁護士費用を払ったのだろうとか、証拠のビデオの製作にどの位費用がかかったのだろうとか、気になる気になる。

            

 さて、そういう下世話な話は置いておいて・・・。 

 この映画はやっぱり見るべき映画であった。さすが周防監督作品である。               

 たとえば、最初に出てきて示談を勧める当番弁護士も、一方的に悪役にするのではなく、その背景が丁寧に描かれていた。

※ まさに、以前ご紹介した下記の上田國廣弁護士の嘆きのとおり。

 さらに、(被疑者・被告人の)自己決定権が必要・十分な条件で行使されたかも問題になるはずである。 

 捜査過程の人権抑圧的な構造、人質司法といわれる不正常な身体拘束の継続、無罪推定の形骸化と99.9%の有罪率。このような現在の刑事訴訟の条件を前提とする限り、弁護人が誠実義務の一環としての十分な説明をすればするだけ、自己防御権を徹底して行使しようとする依頼者は皆無に近くなる。

 弁護人が無罪になる可能性を誇張して説明しない限り、無罪を主張し争う依頼者は限りなく減少する。

 現に多くの依頼者が『執行猶予が付くのであれば』と言って、たとえ冤罪であっても、事実を認めている。

 (季刊刑事弁護NO22特集「刑事弁護の論理と倫理」「被疑者・被告人と弁護人の関係②」p33~)。太字・下線は私が付したもの。

 そのほかにも、最初に別の痴漢事件の真犯人(はじめは否認して言い逃れできないと分かるとあっさり謝る卑劣なヤツ)を登場させ、取り調べにあたる警察官の怒りや忙しさも表現するなど、一面的に描いていない。

 法廷の尋問の場面の脚本もすばらしい。

 坂和弁護士が<試写室では面白い試みを・・・><講義・講演に活用しなければ・・・>で提唱されているように、私も裁判員制度の実施の前に、最高裁判所や法務省や日弁連はやみくもに模擬裁判を繰り返すのではなく、また出来の悪い(しかし人気俳優を多数起用して金はかかっているであろう)映画やマンガを配布するのではなく、出来のいい法廷再現ドラマを製作して、多くの観客に見てもらい、有罪無罪や量刑判断についてアンケートを実施してみたらどうかと思った。また、試写会に裁判官が参加して説明した場合と裁判官の説明のなかった場合で結果が変わるのかなど、調査してみたらどうなのかとも思った。 

           

 この映画を見て、職業裁判官にあきれ、「裁判員制度もいいかも」と思われた方もおられるかもしれない。しかし、痴漢裁判には裁判員制度は適用されないことをお忘れなく。裁判員制度が導入されるのは、なぜかこういう重大犯罪の裁判(裁判員制度の対象となる事件)だけなのだ。

 私もこういう市民にも身近に起こりうる(被害者となることも被疑者、被告人になることもありうる)犯罪について裁判員制度を導入するのはいいかもしれないと思っている。但し、まずは軽微な犯罪から試験的に導入すべきであるし、最低限被告人には職業裁判官による裁判と裁判員による裁判の選択権が与えられるべきだと思っている。

                 

 この映画について検索していたら、こんな面白い裁判傍聴のブログ(「気まぐれ写真日記」さん)を見つけた。

 それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その1それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その2それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その3それでもボクはやってない【横浜地裁】論告・弁論それでもボクはやってない【横浜地裁】判決

 この「ひろともさん」写真だけでなく手書きの絵もなかなか味があるなあ。しかし、この横浜の被告人も痴漢をやっていないのだったら(映画と違ってそこのところは傍聴人には分からない)、本当にお気の毒だ。ひろともさんが女性検察官の尋問に感じた怒りもよく理解できる。

 痴漢冤罪事件は既に社会的問題になっている。乗客自らが身を守るだけでなく(男性は満員電車に乗るときできるだけ女性の側には寄らないとか、後ろ向きになるとか、両手を上げるとかか)、鉄道会社も女性専用列車をもっと増やすとか(男性専用列車も必要かも)、工夫が必要だろう。

 ダイヤを改正して満員電車自体をなくしてくれるのが一番ありがたいことではあるが。

           

参考: 

「それでもボクはやってない」の公式HPはこちら

映画批評家の前田有一氏の評論はこちら

例会報告・映画「それでもボクはやってない」を巡って(日本裁判官ネットワーク オピニオン) ※ 裁判官がこの映画をどう見ているか分かって面白い。

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コメント

 地上波で放映しましたか。
 私は、映画館で見ました。
映画では、私の住んでいる地裁・高裁も弁護人と検察官の位置が逆。 違和感を感じていました。

 さて、私の勤務は出先が多くビジネスホテルから取引先へ行くのに電車をよく利用します。
 ホテルの朝食の時間が決まっている関係上、通勤・通学満員電車に多く乗ります。
 極力、女性の近くには行かないのですが、どうしても後から乗ってこられると重いカバンを荷棚に置き、両手でつり革を持ちます。
 乗り慣れている私としては、最高の防衛策と思っています。
 (残念ながら、過去2回痴女に遭っています。さりげない私の一言が効くのかすぐ離れていきました)

 さて、冤罪についてですが、私が強く残っている言葉が、『無罪を主張している中で無罪になる確率が3%』と、これは!と思って警察にはかかわらない様にしています。

 M.T.さんの意に反するかもしれませんが、裁判員制度については、かえって「無罪」が増えると期待しています。
 しかし、今の流れでは、高裁での「逆転有罪」。とても怖いことだと思っています。
 検察の控訴は、「想定済み」と予想しています。
 私が、今まで傍聴してきた百数十回の感想です。

 なお、被害者・遺族在廷、傍聴券の抽選の裁判では、傍聴を遠慮するようにしていました。

 このコメントは、アンケートのひとつとして理解してください。
 レスは、不要です。いろいろ、参考にさせて頂いています。感謝。

 

司法、特に、裁判官の暴走を阻止・修正するシステムは、ないのでしょうか?
このような制度では、社会生活を送る上でも不安に駆られてしまいます。
仕事としてしまうと、鈍感になってしまう面がありますが、何等かの手段で当事者の気持ちを察しつつ適正な判断が出せるようなシステムが必要なのだと思います。
これが、裁判員制度なのかもしれませんが、世間の無責任さ、マスコミに踊らされる様を見ると、難しいように思えます。
また、おっしゃられるように軽犯罪では選択できるようにすべきと思います。重犯罪では、かかわりが必要と思っています。

なんとかならないものでしょうか?

「気まぐれ写真日記」のひろともと申します。
このたびはご紹介いただきありがとうございます。
わたしは法律とかは素人なので、弁護士先生に読まれてしまうのはなんともお恥ずかしいことですが、面白いと評していただけて、たいへん光栄です。

「それボク」テレビ放映の後に拙ブログに匿名のコメントが入り、
「(横浜の事件について)コメントのやりとりは『冤罪』という流れだが、
それだけで判断はできないだろう」
との意見をいただきました。
私もその通りだと思いますし、軽々しく冤罪というつもりはありませんが、ブログの読者はともかく、実際に傍聴すればかなりのことがわかるのではないか、と私は思っています。
傍聴席にいると、法廷に登場する人物の発言だけでなく、その表情、勢い、憤り、ため息、そのほかいろいろなことが伝わってきます。私がブログで書けることは限られていますが、現にその場にいるともう書ききれないたくさんの情報が飛び込んできます。
この横浜の事件について、私がたぶん被告人は「やってない」だろうと思った理由は、そういった傍聴席に伝わってくるすべてから判断してのことです。
そして傍聴席から伝わってくるすべては、けっこういい線いってるとも思うのです。
というのも、検事や代理人は法廷以外の場所で被告人と会ったり話したりする機会はあるけれども、裁判官は被告人に実際会う機会は法廷だけではないでしょうか。それって(毎回傍聴している)傍聴人が被告人に会う回数と同じなのではないか?
たしかに書証とか、傍聴人には決して見えないものも数多くありますが、実際に接する機会は法廷だけで、裁判官自身もそこから事実認定をして心証を得なければならないのですよね?
「やった」か「やってない」か、真実は被告人本人しかわからないのだとしたら、裁判官に見えてくるものと傍聴席に見えてくるもの、それほど大きな差がないようにも思えるのです。
まぁ、ちょっと極端ですかね?
「映画と違って、傍聴席からはわからない」のだとすれば、
「映画と違って、実際の法廷ではわからない」というのがより正確な表現なのではないでしょうか。

裁判員制度……私も軽微な事件にも導入するの賛成です。
むしろこういう事件こそ一般人の感覚がものをいうのではないかと思います。
殺人とか放火とか、凶悪事件になると一般人の感覚からはちょっと離れてしまいますからね。

いきなり長文、失礼しました。

ひろともさん
 ブログの記事(特に絵)面白かったですよ。
 一般の方々もお時間があるときに裁判を傍聴することはいいことだと思います(但し、法廷にいる裁判官、検察官、弁護人、そして被告人にとっては真剣勝負の場であることはお忘れなく)。

>「映画と違って、傍聴席からはわからない」のだとすれば、
「映画と違って、実際の法廷ではわからない」というのがより正確な表現なのではないでしょうか。

 私が(映画と違ってそこのところは傍聴人には分からない)と書いたのは、映画の場合は主人公が「やってない」ことを絶対的な真実(本人と神のみが知る真相)として映画を見ている観客もそれを前提にしているのに対し、現実の裁判では裁判官であろうと傍聴人であろうと誰にも絶対的な真実は分からないということです。

 裁判では、証拠によって認定できる真実(訴訟的な真実)しか分かりません。それは「それボク」の最後で主人公も同様のことを言っていましたよね。また最初の裁判官も司法修習生に同様のことを説明していました。周防監督がこの映画で語りたかったテーマでもあると思います。
 
 ひろともさんが傍聴された裁判の被告人が「痴漢をやっているかいないか」という絶対的な真実はご本人と神様でないと分かりません。
 しかし、裁判官や裁判員は訴訟的な真実(有罪に合理的な疑いがないかどうか)の方は見極めなければなりません。

 傍聴人はどうかというと、確かに法廷にはいても、証拠書類(否認事件では膨大にあることが多い)などは見ていませんし、被告人や証人を後ろからしか見れません(顔色などは分かりません)。

 裁判官は本来被告人らの言葉だけではなく、顔色や仕草なども観察しなければなりません(http://kumamoto.yoka-yoka.jp/ー元裁判官の熊本典道弁護士のブログ「裁判は、人を見て裁くこと」参照)。だから、弁護人らはよく被告人や証人に「裁判官の方を向いてお答え下さい。」と言うわけです。もっとも、実際にどの位裁判官がそういう観察力に優れているかは分かりませんが。

 傍聴人や裁判員にも裁判官よりも優れた観察眼をお持ちの方はおられるかもしれません。
 しかし、裁判によって必ずしも前記のような絶対的な真実が明らかにされるとは限らないでしょう。
 
 ですから、裁判官や裁判員は、(「それボク」の最初の裁判官が説明していたように)「検察官の証明を吟味して、有罪の確信が持てなかったら(合理的な疑いを払拭できなければ)、無罪」とするほかないのです。
 そして、それが「無実の人を罰してはならない」という刑事裁判の使命につながるわけです。

管理人さん、初めまして。

管理人さんに、お聞きしたい事があり書き込みさせて頂きます。

管理人さんは、高知の白バイ事故の事はご存知ですよね?
高知地裁の判決理由に 「供述者が第三者と言うだけで、その供述には信用がある訳ではない」
として、弁護側の証言を却下してます。
管理人さんは、どのように思います?

お暇な時でも、レス頂けたらと思います。

高知白バイ事故ですが、先日最高裁は、上告を棄却しました。

これでは、法治国家として成り立たないと思います。

最後に、「ダイヤを改正して満員電車自体をなくしてくれるのが一番ありがたいことではあるが。」とありますが、ここは笑ってほしい所なのでしょうか。ちょっとボケただけ?

ダイヤを改正しても満員電車は無くならないと思うのですが、違うのでしょうか。現在でも混雑時には、2分に一度は15両編成の電車が到着しているのに、何か、私には思いつかないような方法があるのでしょうか?

単にオチが無いので、何か言って終わりにしようという事なのだとは思いますが・・・。

しょうもないところツッコんですいませんです。

高知白バイ事故を簡単に説明。
事故発生時の状況

スクールバスが国道沿いのレストから右折する為、片側の車線を塞いで停止していた。この時、バスの運転手は、左方向からの車の流れが途切れるのを待っていた時に事故が発生した。
検察の主張「バスは、左方向からの車の流れが途切れ、車線に合流した際に右方向の安全確認を怠っり、白バイとの衝突に慌てたバスの運転手が急ブレーキを踏み死亡した警官を3メートル引きずった。
弁護側主張「左方向の車が途切れるのを待ってた時に白バイが猛スピードで突っ込んできた。よって過失は無い」
検察は、バスが動いてた(急ブレーキ)の証拠として、約1メートルのブレーキ痕の写真を提出。

事故後の流れ

事故発生から約30分後、バスの運転手を業務上過失致傷で緊急逮捕。その後、バスの運転手と事故の目撃者を所轄署へ引致。
約1時間後、運転手が現場に戻って来た時には、事故車両が撤去されており、運転手は車から、降ろされる事なく実況検分がはじまる。

尚、運転手がブレーキ痕の存在を知ったのが、事故から8ヶ月後の事。

続き

一審についてですが、被告側の証人として、事故の瞬間を目の前で目撃した人(被告人と利害関係無し)が「止まっていたバスに白バイが突っ込んだ」と証言したが、裁判長は「第三者の証言でも信用は無い」として、証言を却下。
反対車線を走行していた白バイ警官が、「バスが時速5キロ~10キロの速さで動いてた」と証言。裁判長は、嘘を付いてる可能性を認めながらもこの証言を採用。
よって、被告人の禁固1年4ヶ月の実刑判決。

先日最高裁が被告人の上告を棄却。

どう考えても冤罪ですよね?

現場について、見通しの良い道路で、百メートル手前でも停止してた、すクールバスが確認できます。

高知県警は、事故現場の道路で継続的に白バイの緊急走行訓練を行っており、それを隠蔽する為に元運転手に罪を被せたと言われてます。
高知県警は訓練を否定してますが、現場付近の住民が、猛スピードで走ってる白バイを度々目撃してます。

恐れ入ります。読ませていただきました。

最後ですが、電車の問題というより、首都への人口一極集中が問題ではないでしょうか?

最近話題になってる「遠隔操作ウイルス」事件はご存じでしょうか?

大変なことになっているようです。
とうとう5人目の誤認逮捕なのかと。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20130219-00023545/

マスコミは「彼が犯人で確定」みたいな報道をしてますが、今後の生活は大変でしょうね。

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