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2008年3月

2008年3月30日 (日)

サンデープロジェクト特集「グレーゾーン金利撤廃は是か非か?」を見て驚いた。

 仕事と家事が一段落したのでテレビをつけたら、ちょうどこれがやっていた。 

 http://www.tv-asahi.co.jp/sunpro/

 消費者金融大激変で日本版サブプライム問題深刻化

 グレーゾーン金利撤廃は是か非か?

 「是」側は、

 木村 達也 弁護士 (全国クレジット・サラ金問題対策協議会 代表幹事弁護士)

 新里 宏二 弁護士(日弁連多重債務対策本部 事務局長・弁護士)

 いずれの方も長年多重債務者救済問題に取り組んで来られたことで有名な弁護士だ。

 「非」側は、

  小林 節 氏 (慶応大学教授) この方は憲法学者。

  植本 栄介 氏 (リベルタス・コンサルティング 副社長)

 番組の特集の紹介を少し引用すると、

  こうした「過払い」「金利下げ」「総量規制」のトリプルパンチの影響で消費者金融を巡る環境は、激変。中小の消費者金融は、この2年で半減し、返済能力が低い顧客への融資を減らす「貸し渋り」に走っている。この結果、資金繰りのメドが立たず倒産に追い込まれる中小零細企業が増え「官製不況」との批判の声もあがっている。

  ところで元々、今回の法改正の狙いは、9年連続、自殺者3万人超えの要因の一つとされる多重債務者問題の解決と「腎臓売って返せ」といった一部業者の強引な取立てが社会問題となったことによるものだ。こうした社会政策上の問題解決を重視して改正された貸金業法であるが、果たしてそれで良かったのか。

  長年、多重債務者問題に取り組んできた弁護士2人とグレーゾーン金利撤廃は、憲法違反と主張する憲法学者、改正貸金業法は、悪法だと主張する経済アナリストをスタジオに招き徹底討論する。

 議論の内容自体は、貸金業法改正の際にも同様の議論がなされていたので、それほど目新しいものではなかった。

 学者や経済界の方々が多重債務者の被害の実態をいかに知らないのか、再認識しただけのことである。

 私が驚いたのは、議論の途中で(司会者の田原総一朗氏から指名された)

 吉崎達彦氏(双日総合研究所副所長・主任エコノミスト)

1960年 富山市生まれ。一橋大学卒。日商岩井株式会社入社後、広報誌編集長、経済同友会代表幹事秘書調査役などを経て現職。

の次のようなご発言。
 私はやっぱり法学部の議論だと思うんですね。ちょっと経済学部的に言うと、なんで被害者救済のために利息制限という方法が必要なのかなと。それは他の手段でできないのかなというふうに、率直に思うんですね。で、利息で制限したら何が起きるかというと、意図せざる金融収縮が起きるか、あるいはアングラ経済が拡大するか(田原氏の発言「ヤミ金ね」)、どっちにしろいい話ではないと思うんですね。
 で、もうちょっと言わして頂くとですね、これちょっと申し上げにくいことなんですが、経済学部ワールドからみると、今の司法に対してすごいその疑問があるんですよ。裁判はへんな判決一杯でるし、検察は国策捜査だし、で、弁護士さんもなんかへんな人一杯いるし、そうするとこの過払請求なんかも実は弁護士さんを儲けさせるためのね、そういう手段なんじゃないかと。

 司法を批判するのはいいが、

 裁判はへんな判決一杯でるし、検察は国策捜査だし、で、弁護士さんもなんかへんな人一杯いるし、

 とは、いかにも抽象的で、何を言っているのか分からない。「へんな判決」「検察が国策捜査をした事件」「一杯いるへんな弁護士」を特定しなければ、こういう報道番組で取り上げるようなまともな発言ではないだろう(ワイドショーのタレントのコメントよりもひどいと思った)。

 そして、その抽象的なわけのわからない司法批判(裁判官や検察官も含むもの)がどうして「過払請求は弁護士を儲けさせる手段」という結論に結びつくのか。

 弁護士が過払請求で儲けたかったら、(むしろ彼らの言い分に従って)グレーゾーン金利が撤廃されない方がいい。

 しかし、多くの多重債務者問題に取り組んできた弁護士が「グレーゾーン金利撤廃」を悲願として、ようやく法改正にこぎつけたのである。法改正に至るまでには貸金業者やその意向を受けた政治家らの激しい抵抗があったのであり、改正は最後の最後まで難航した。

 最近になってこそ、国や自治体が多重債務者救済に力を入れるようになったが、それまではさしたる対策を取るでもなく放任状態。新聞もテレビも有名タレントを使って利息制限法違反の金利を堂々と掲げるサラ金のCMを垂れ流していた。

 銀行の定期預金が0.3とか0.4%の時代。利息制限法の15~20%の金利だって、高いと思う。

 この番組でも小林氏が「金利が2割では貸金業者の経営が成り立たない」と主張していたが、その手の主張は交渉の最中に貸金業者の担当者からよく聞かされる。しかし、借手だって、サラ金から借金をするような人が仕事や事業で2割の利益を上げるのは容易なことではない。2割の利息の返済ができないために、他社から次々と借り入れを繰り返し「多重」債務に陥りやがて破綻する。サラ金はそういう結果になることが分かっていながら貸すのである。

 経済界の人達は、何かと「競争」「自己責任」を強調するが、それは強者の理論である。

 吉崎氏は、

 ちょっと経済学部的に言うと、なんで被害者救済のために利息制限という方法が必要なのかなと。それは他の手段でできないのかなというふうに、率直に思うんですね。

 と言われる。

 「他の手段でできないのかな」の「他の手段」とは何なのか。高金利の貸付を許し、どんどん多重債務者が増えても、破綻したら生活保護などのセーフティーネットがあるからいいだろうということか。ところが、その生活保護だって受給するのは容易なことではないのである(おそらくサラ金の審査よりも厳しいだろう)。なにしろ、本来生活保護を受けるべき人が受けられずに、サラ金からの借金でようやく生活しているなんてこともザラなのだから。

 また、「サラ金がつぶれるとヤミ金が繁栄する」という主張も、法改正のときに貸金業者からさんざん主張されたものである。幸い警察の取り締まりの強化やヤミ金被害の広報のせいか、ヤミ金被害は最近めっきり減っている。ヤミ金被害から振り込め詐欺被害の方にシフトしているようだ。しかし、サラ金の貸し渋りによってヤミ金に手を出すような人が増えないとも限らない。そのためには、更なるヤミ金被害防止の広報活動やヤミ金の取り締まり強化が必要だろう。「ヤミ金を跋扈させないためにサラ金による高利の貸付を許すべき」などという議論は本末転倒というほかない。

 それにしても、こんな吉崎氏のコメントを平気で流すサンデープロジェクトには、本当に驚いてしまった。

 さすが、かつて商工ローン「日栄」をスポンサーにして頻繁に日栄のCMを流していた番組だけのことはある(日栄による過酷な取立問題が発覚したとき、すぐに日栄をスポンサーからはずしたが)。

 なお、最近ワイドショーによく出演されて過払請求案件にも積極的に取り組んでいるアディーレ法律事務所の石丸幸人弁護士なら、私などよりももっとマスコミに受ける素晴らしい反論ができるに違いない。

他の弁護士の関連記事:

 法学部的議論 (la_causette

2008年3月28日 (金)

桜吹雪

  きょうの名古屋は、「花冷え」といっていい冷え込み様だった。

  昼休みにお弁当を持って資料館の早咲きの桜を見に行ったのだが、無情な冷たい風に濃い桃色の花びらが舞い散っていた。

     Sakura2

 そんな桜の花びらの中にたたずむ虎猫2匹。

     Neko2 

 何を思っているのやら・・・・・。

          Sakura2    

 最近、司法改革(改悪)の正体がいよいよ露呈してきたようだ。

 「裁判員参上!」などという悪趣味な看板が登場するやらhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080325-00000051-yom-soci

 司法試験の予備校化が指摘されるロースクールが出てくるやら・・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080324-00000054-yom-soci

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080326-00000136-mai-soci 

http://www.asahi.com/national/update/0327/TKY200803270359.html

 もはや修復不可能な末期症状をきたしているのではないか。

 もともと綿密な調査をすることなく、司法の現場にいる実務家の意見も国民の意見も十分に聴取することなく、(法曹資格を有さず市民の法律相談もやったことがない)学者や財界人の机上の空論のみで拙速に策定された制度である。

 こうなることは10年以上前から予想がついていたことで、今更驚くことでもない。

 最近やっきとなってロースクール制の維持を主張している学者らの真の目的が何か、よく考えてみる必要がある。

 弁護士人口過剰の弊害を主張すると、彼らは直ぐに弁護士が「既得権」にしがみついていると批判する。

 それではロースクールの乱立による弊害(司法試験合格者数を競うがために予備校化せざるをえない)を主張すると、「ロースクールをつぶすな」というのはロースクールの「既得権」を守るためではないのか。

 裁判員制度もそう。法律ができた以上仕方がないとばかりに、国民不在のままどんどん進められてしまった。

 週間朝日3月28日号の「最高裁が取り仕切るまたまたおかしな入札 そのカラクリがわかった」という記事を読んだ。

 最高裁は裁判員制度のテレビCMに4億3400万円の予算を組んでいるそうだ。

 当初は「いわゆる有名タレント」を起用しない方針だったそうだが、その後「タレントを起用すること自体を否定するものではないことを、本書面によって確認いたします」(いかにも裁判所らしい表現が笑える)と変更し、タレントを使わない前提で入札した業者らのひんしゅくをかっているそうだ。

 さて、裁判員制度のテレビCMには、長谷川京子、仲間由紀恵、上戸彩に続いて、一体誰が登場するのか。

 最高裁が裁判員制度の広報や法廷の改修に使用した税金は一体いくらなんだろう。

 そんな金があるのなら、もっと裁判所の人的設備の充実に使ってもらいたいと思う。

 家庭裁判所の調査官はこれからますます複雑化していくであろう家族問題に対応するためには絶対数が不足している。審理を充実させるためには裁判官も書記官もしかるべき数を確保してほしい。ましては裁判員制度を本気で実施するつもりなら、刑事裁判官の数は絶対に足りないだろう。

        Sumires1w_3                 

 桜吹雪の下で、きょうは鬱々とそんなことを考えた。

2008年3月18日 (火)

日本テレビ「東京大空襲」を見て。

 開局55年スペシャルドラマだそうだ。HPはこちら

 ぜんぜん見るつもりはなかったのだが、途中からつい見入ってしまった。

 言問橋やプールのシーンは、目を背けたくなる凄まじさだった。しかし、実際はもっと悲惨だったのだろう。

 若い人気俳優を主役にしてこういうドラマを製作するのはとてもいいことだと思った。日本テレビは、よくぞこういう企画を通したものだ。

            Torisora1

 最近の若い人たちの憲法改正に対する感覚は、どこか理解しがたいところがある。

 弁護士であってもそうだ。先頃の会長選において候補者が「憲法9条改正反対」と声高に主張することに対して(両候補とも改正反対だったので、強調の度合いが違っただけだったのだが)、「左寄り」だから嫌だ、などとネット上に書き込まれているのを見た。

 私は別に左でも右でもないが、戦争反対には左も右もないと思うのだが。

            Hosikirakiraopt

 このドラマを見て、このような民間人の大虐殺を組織的に行ったアメリカは戦後反省したのだろうか、と思った。イラクでも同じことをやってはいないのか。

 日本は、そういう国を、政治においても経済においても、それに司法制度においても、なんでもかんでも見習う必要などないのではなかろうか。

過去の関連記事:終戦記念日

2008年3月17日 (月)

春の風邪

 先週後半にうっかり風邪をひいてしまい(確定申告が済んでホッとしたせいかもしれない)、ブログを更新できなかった。

 といっても、平日には1日も休まず(休めず)。

 金曜日の午後は、ちょっと郊外の自治体の無料法律相談が入っていた。

 私は、風邪をひいても、めったに熱は出ないし、(生来丈夫なせいか)寝込むこともないのだが、鼻と喉にはくる。鼻水は出るわ、くしゃみは出るわ、という大変な状態で、

Drink こういうものを飲んで(別に宣伝ではありません)、なんとか乗り切ることができた。

 どちらも、カロリーオフというのがみそ。

 このリポビタンファインを飲むと、私の場合、2時間ほどはシャッキリする(身体にいいのかどうかは不明)。

 金曜日を乗り切るために、午前に1本、午後に1本飲んでしまった。

 豆乳の方は、ほぼ毎日飲んでいる。このカロリー45%オフというのは、癖がなく、豆乳ぎらいの人にも飲めると思う。ちょっと遠くのスーパーに行かないと売っていないというのが難。

 仕事は溜まってしまったが、土日まるまる休んで、なんとか回復した。今週は頑張らねば。

          coldsweats01

 弁護士は本当に身体が資本。

 遠方の無料法律相談などは、直前になって交替してくれる弁護士を探すのは至難の業である。電話をかけまくっても、一人も見つからないということもしばしば。

 私は、幸い弁護士になって以来、急病の方の相談担当を替わってあげたことはあるが、自分が急病になって替わってもらったということはない。

 今春は、適度な運動をしてダイエットに努めるとともに、各種検査を受ける予定。

 きょうは、腹部超音波検査を受けてきた。胃カメラや大腸ファイバーもそろそろ受けなければ。

 健康管理には本当に気をつけねばと思う。

2008年3月11日 (火)

新聞社が揃って弁護士バッシングの謎?

 TV局があれだけ揃ってバッシングをしていた光市母子殺害事件のときも比較的冷静だった新聞社が、どうして弁護士増員抑制の動きにだけは揃いも揃って反対の社説を出すのだろう。

 今度はそちらの方に関心が向いてきた。

 PINEさんのおっしゃるように、誰かが、裏原稿を渡してるんじゃないか?

 内容については、あまりに論拠が希薄かつ陳腐で、私はもう反論するのも馬鹿馬鹿しくなってきている。

 今度は、こういう記事がボツネタに紹介されていた。

  河北新報社社説 揺らぐ法曹増員/市民の目線、基本に据えて

 弁護士と医師にまつわる課題には似通った面がある。訴訟社会化の進行と医療の高度化による不足感の高まりと、人材の都市部への偏在だ。安心・安全な社会へ、身近に託せる専門家を欠く状況を放置できない。
 需要の量的増大と質的多様化に見合った増員は必然だ。訴訟をめぐる気質の違いがあるにしても、10万人当たりの法曹人口は欧米に比べ格段に少ない。

 この記事については、地元の仙台弁護士会理事の坂野智憲弁護士が、ブログで詳細な批判を加えておられる。

             clip

 あいもかわらず、過疎地問題と欧米の弁護士人口との比較だ。

 これを書くなら、最低限、医師人口についても欧米との比較を書くべきだろう。それに、裁判官、検察官数の比較も。

 そして、国選弁護報酬の欧米との比較は絶対に書くべきでしょう。

 過去の記事:諸外国の国選弁護の報酬額ー弁護士人口を比較するなら、国選弁護報酬額も比較すべき。 参照。

 どうしてこうも新聞社は「市民」や「国民」は弁護士大量増員を望んでいると断定的に書けるのだろう。アンケート調査でもやったのか。「弁護士をもっと増やしてほしい」という市民からの投書が新聞社に殺到したのか。

 殺到しているのは「ある方々」からの要望でしょう。

 関連記事:

 司法試験合格者数見直しについての新聞の反応 その1 その2(「ひとりごと」さん)

           think

 3月7日の週間法律新聞の「飛耳長目」にアメリカの弁護士についてのジョークが紹介されていた。 

 そのうちのいくつかを紹介。

依頼者「あなたは依頼料の高い弁護士だそうですね。五百ドルで2つの質問に答えてもらえますか」弁護士「もちろんですとも。で、2番目の質問は」

弁護士ばかりを乗せた飛行機がハイジャックされた。犯人いわく、「要求を飲まなければ、一時間に一人解放するぞ」

道路でのリスと弁護士の違い。車でひきそうになったら、運転手はリスなら急ブレーキ、弁護士ならアクセルを踏む。ひいてしまったら、リスなら運転手はバックして生死を確かめるが、弁護士ならバックしてもう一度ひく。

 アメリカの弁護士の市民からの嫌われ方は半端じゃないようだ。

 関連記事:  日本もアメリカのようになればいいんだっ。(PINE's page)

2008年3月 6日 (木)

ヤブでもいないよりマシ?!

 時々拝見している「新小児科医のつぶやき」さんに 

  ブ排除論に産科医が悲鳴

という記事があった。

 どういう意味?と思って見たら、要するに、「産科の場合、ヤブ医者の産科医を排除してしまうと、周囲の産科医の分娩数の負担が過大になって共倒れになる。産科の場合、ヤブ医者でも不可欠の戦力である。」ということらしい。

 産婦人科医の人材不足はそこまでいっているのか、と唖然とした。

  【風】医師 警察官より多いのに…

  (産経新聞 2008年3月4日(火)18:00 )

  表題はともかく(なんで警察官との比較なの?)、

 日本の医師数は平成18年の厚生労働省の調べで約26万3000人。全体の医師数は増加傾向にはあるが、先進国で比較すると圧倒的に少ない。OECD(経済協力開発機構)に加盟している国の人口1000人あたりの医師の数は平均3・1人。日本は2人だ。平均に達するまで、10年かかるとされている。

 大阪府内の40代の医師は《今の医療界では、若い医師ほど絶望しています。新人はつらい科は避けて楽な仕事を目指します。卒業して産科・小児科・外科・内科を目指す人は激減しています》とし、《業界内では、今のペースでは10年以内には外科を目指す研修医は日本全国でゼロになるといわれています》。

 この医師の言うとおり、厚生労働省の調べでも外科の勤務医は平成10年あたりから連続して減少傾向にある。医師はメールをこう続ける。

 《現状が続けば本当に医師のなり手はなくなります。僕も仕事への熱意は下がるばかりで、できれば早く引退したいと思っているくらいです》

 《将来、日本の医師は眼科医や皮膚科ばかりになり、日本では救急医療が受けられなくなります》

 という深刻な事態だ。

追記:この記事については、「新小児科医のつぶやき」さんが更に産経基準という記事を書いて酷評されている。コメント欄を読んでも、医師の方々のマスコミ不信がよく分かる。最近の各新聞の社説の論調に怒っている弁護士と全く同じだなあ、と思った。

 マスコミは、医師や弁護士をたたいても偏在は解決できない、ということがどうして分からないのだろう(それとも、分かっていて書いているのか)!?

 日本は、自由主義国家であり、医師であろうと弁護士であろうと、何を専門に選ぶか、どこに住むか、は自由なのである。医師や弁護士が自らの意思でその専門や地域を選択するようにするには、行政の力が必要だろう。地域の人だって医師や弁護士にイヤイヤ(あるいはシブシブ)その地域に来てもらいたくなんてないだろう。

 (思うに、偏在をなくすためには、今の日本では、医師の場合は数、弁護士の場合は資金、がまず必要だと思う。)

 でも、私の感想では、この記事自体は医師のメールをたくさん紹介しており、医師に同情的なもので悪意は感じられなかった。「警察官」の数と比較することには何の合理性もないが。

 現場の記者の書いた記事は、社説に比べればはるかに良質である。

 国が財政負担の増大を怖れて今まで医師の増員を抑制してきたツケがこれだ。

 国民は弁護士なんかより医師の方を必要としているだろう。弁護士を増やすよりも医師を増やす方が先だろう。

 しかし、国に対して財政負担のかからない(なりたい人に自己負担でロースクールに行ってもらえばいいのだし、司法研修所の研修期間も1年に短縮されたし、おまけに間もなく司法修習生の給与も貸与制になるのだし)弁護士は急激に増やされた。弁護士が激増して弁護士自治が崩壊することは、市場原理主義者、新自由主義者の利益に合致していたからということもある。 

            cute

 医師の方々を怖がらせてはなんだが、弁護士はこれから急激に増える。

 加えて国民の医療不信はすさまじいものがある。

 最近は医療過誤を取扱分野と広告を出している弁護士が急激に増えている(本当にやっているのかどうかは知らないが)。また、弁護士会などが主催する医療過誤事件の研修会にも多数の若い弁護士が参加しているという(私が弁護士になった当時はこの分野の研修会に来る弁護士はまだ少なかったが)。

 私は最近「負けてもいいから引き受けてくれ。費用ならしっかり払うから。」と言われる方のご依頼をお断りした。どう考えても勝訴の見込みがなかったからである。私が「いくらお金をもらってもお引き受けすることのできないものはお引き受けできない。」と言ったら、その方から「そんなことを言うのは先生だけですよ。」などと言われた(本当かどうかは不明)。

 しかし、これからはそういう事件を引き受ける弁護士も増えるだろう(もう増えているのかも)。

 弁護士は負ける事件を引き受けても着手金をしっかりもらっていれば損はしない。弁護士費用はかつては弁護士会が一定の基準を設けていたが、規制緩和により今は自由化されている。もちろん、あまりに高額な場合は問題になるが。しかし、医療過誤事件は実際に他の一般民事事件よりも時間と労力がかかることが多いから、他の民事事件に比べて高額の着手金をもらっても問題にはならないだろう。そこで、事件を引き受けるときに高額の着手金をもらっておけば、あとは負けると予想される事件を引き受けて適当に事件処理をしていて負けても損はしないというわけだ。しかも、負けても「医療の不確実性ゆえに立証が難しい」などを口実に依頼者になんとでも言い訳は立つ。

 あまりこんなことを書きたくはないけれども、昔からそういうことをする弁護士はいた。しかし、これからはますます増えるだろうというのは私の悲観的観測だろうか。

           think

 私の所属している医療過誤問題研究会では、先輩方の指導により、所属弁護士は訴訟を受任する場合、原則として着手金を分割払いで頂いている。

 私の場合は、大体月4万円程度(たいてい訴訟には2人の弁護士がつくが2人であってもこの金額)を着手金の内金として頂いている。勝訴して実際に賠償金を得た段階で報酬基準により計算した残りの着手金と報酬金を支払って頂く。しかも、1年を経過するとたいていは期日の間があく(鑑定や尋問などが入るため)ので、期日1回ごとに4万円程を頂くようにしている。それでも、依頼者にとっては2年、3年となるとこの分割払いの着手金もばかにならない金額に達するのである。

 しかし、はっきり言って、弁護士からすれば、かかる労力と時間に比し、このような金額の着手金では事務所経営は成り立たない。だから、あまりたくさん医療過誤訴訟を抱えると経営に支障をきたすというのが現実である。それで、受任の際は、やはり勝訴の見込みのある事件に絞り込むという傾向になる(但し、救済されるべき事件はできるだけ受任するようにはしている)。

 が、高額の着手金を最初にもらうのであれば、こういう心配はないわけだ。しかも、「負けてもともと」という気で受任していれば、気楽なものだ。

 本音を言うと、多額の着手金をもらってたいした調査もせずに事件の依頼を受けておられる先生方の風聞を耳にすると、コツコツ仕事をしているのがばかばかしくなることもある。いかんいかんと手綱をしめることもしばしば。

 これが現実である。

 医師の方々にとってはあまりの忙しさに「ヤブでもいないよりまし」というのが現実なのだろうけれども、国民の不信の眼にも耐えることのできるきちんとした医療過誤被害者の救済手段を考えないと、ヤブどころかまともな医師だって大変な目にあうことになるだろう。

 参考ブログ:不適切な医療行為について、医師の方が考えること (白鳥一声さん)

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 もっとも、これは別に医療過誤事件に限ったことではない。

 弁護士は、他の事件だって、勝訴の見込みが乏しい(これについては不確定要素が強いのでどうとでも言える)、あるいは倫理的には許されない(しかし法的には違法ではない)事件を平気で受任し、高額の着手金をもらって適当に事件処理することなどいくらでもできるのだ。頭に血がのぼっている依頼者は、それがおかしいことに気づかないことが多い。また、負けたところで、別に受任の際に「絶対勝てる」と断定的に言ったわけではないから問題になることはない。

 (私の過去の記事: A弁護士とB弁護士 参照。)

 現実にも、私は最近、法律相談などで、「どうして相手の弁護士はこんな事件を引き受けたのだろう。」と首をかしげることが多くなっている。

           spade

 弁護士を過剰に増やすということはこういうことなのだ。

 国民にとって、弁護士の場合は「ヤブでもいいから(多い方が)マシ」なんて言ってはいられないでしょう(もちろん医師もそうなんだけれど)。

 

2008年3月 4日 (火)

医療過誤の被害者が直面する不条理

 「それでもボクはやってない」を見て、日本の刑事裁判の不条理さにやりきれない思いをした方は多いだろう。周防監督も「怒り」をもってこの映画を作ったと語っておられた。

 しかし、弁護士も長くなると、あまりに多いこの世の不条理に慣れてしまうせいか、だんだんそういう「怒り」が枯渇していく気がする。そして、「怒り」が次第に「諦め」にすりかわっていくのだ。

 「怒り」はよい方向のエネルギーになることもあるので、私はそういう「怒り」を失わないようにせねばと思うことがしばしばある。

 「それでもボクはやってない」の主人公のように、司法の世界で刑事事件の冤罪被害者が受ける数々の不条理は、この映画のおかげでクローズアップされたと思う。

 この映画の一般の方々の感想を読むと、「びっくりした」というものが多い。でも、そういうことはずっと昔からあったのであり、ただ周防監督のような方や一般の方が目を向けなかっただけだ。

 弁護士であれば、たいていの者が自ら経験したり聞き知ったりしてきたことである。本当は、弁護士がこういうことをもっと世間に伝えるべきだったのかもしれない。

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 ところで、私が取り扱う医療過誤事件の被害者らが直面する不条理も、冤罪被害者に負けてはいない。

※ ここでは、「それでもボクはやってない」の映画が「主人公は痴漢をやっていない」ことを絶対的真実として前提としていたように、「医療ミスがあったこと」を絶対的真実として前提とする。

 病気になったのは患者のせいではないことが多い。

 その病院、その医師を選んでしまったからといって、患者を責めることはできない。医師の技術や経験はたいていの患者には明らかではないから。

 不幸な結果になったことについて、おかしいと思うだけで医療ミスか医療ミスでないかまでは素人には判断がつかない。

 病院にかけあっても、取り合ってはもらえない。医師会の相談に行っても同じ。

 弁護士に相談すると、証拠保全などでカルテや検査記録を入手し、調査をしないと医療ミスかそうでないか見通しがたたない、それには費用がかかる、と言われる。

 真実が知りたいと思い、費用の負担を覚悟して弁護士に依頼する。

 弁護士はカルテ等を入手して調査をするが、文献など調べても分からないことが多い。専門医に意見を聞きたいと思っても調査に協力してくれる医師がなかなか見つからない。幸いにも医師の意見を聞くことができても、A医師は「絶対におかしい、ミスだ。」と言い、B医師は「これはやむをえない事故だ、ミスではない。」と言う。弁護士は迷うが、A医師の説明の方が合理的で説得力があると判断する。

 弁護士から調査の結果を聞き、患者も迷う。しかし、A医師の説明に納得がいき、弁護士に病院との示談交渉を依頼する。

 何ヶ月も待たされて、病院の代理人の弁護士から「医師には過失がない」というそっけない短い手紙が届く。

 患者は弁護士から「もはや裁判によるしかない。」と言われ、費用や時間がかかることに驚き、迷う。このまま泣き寝入りするのは嫌だから費用や時間がかかっても裁判を決意するか、費用や時間がかかるのはたまらないと思い断念するか。

 裁判を選択してからも、病院側は「過失」や「因果関係」を否定し続ける。A医師に記名の意見書を作成してくれないかと頼むも、A医師からは裁判にかかわりたくないと断られる。他に記名の意見書を作成してくれる専門医がいないか探すも、被告の病院や医師とは知り合いだからとか、裁判にかかわるのは嫌だから、などという理由で断られる。

 病院側からはその分野で有名な医師の記名の(病院側に有利な)意見書が提出されることも。

 裁判所から鑑定の打診がある。患者は鑑定費用を負担することを覚悟の上で、鑑定の申請をする。しかし、裁判所がいろいろな大学や病院に声をかけても鑑定人はなかなか見つからない。鑑定人が決まるまでに半年、鑑定書の作成までに1年かかることも。

 そうこうするうちに1審だけで2年、3年が経過してしまうということも。

 しかし、判決で「訴訟的真実」として「過失」や「因果関係」が認められないこともしばしば。

※ 患者側に原則として過失や因果関係の立証責任があるので、立証が不十分とされれば過失や因果関係は認められない。たとえば手術中のビデオがあれば手技ミスが立証できても、ビデオがなければ立証できない場合などもある。 

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 私は、「それでもボクはやってない」を見て、周防監督には、今度はこういう医療過誤の被害者やその家族の被る数々の不条理をテーマに、「怒り」をもって映画を作って頂けないかと思った。

 男性なら誰でも痴漢冤罪の被害にあう可能性があるように、誰でも病気になる可能性があるのであり、従って誰でも医療過誤の被害にあう可能性があるのだ。

 医師の方々の中には、「医療ミスでないものを医療ミスであると認定している判決」が多いとお怒りになる方は多いけれども、「医療ミスであるものを医療ミスではないと認定した判決」がどの位多いのか、そして立証の困難さや費用がかかることを考えて裁判をあきらめ泣き寝入りをした患者がどの位多いのか、について関心を持つ方は少ないようだ。

 医療過誤「冤罪」に泣く医師の救済を考えるだけでなく、こういう患者の救済も真剣に考えて頂かないと、今の日本の医療が抱えている問題は解決しないと思う。 

2008年3月 2日 (日)

「それでもボクはやってない」をやっと見た。

 評判がいいので見なきゃと思っていて、映画館でもDVDでも見そこなっていた映画。土曜日にはじめてTV放映されたので、ようやく見る気になった。

 なかなか見る気になれなかったのは、弁護士の間で「リアルだ」と評判になっていたから。それで「これは楽しくない映画に違いない」と思っていたら、案の定楽しくない映画であった。

 非常に出来のいい大変面白い映画であることは確か。でも、救いがないなあ・・・・・。

  (いっそ伊丹十三監督のようにパロディ化して笑い飛ばしてくれた方が救われたかも。)

 この映画の評は、いろいろな方が書いておられるので、私などが今さらブログで書くまでもないのだが、ちょっとだけ感想を。

 裁判官、検察官、弁護士、警察官が実にリアルだ。弁護士からは、ほとんど文句が出ない映画だろう。裁判官(二人目の方)、捜査担当の副検事、警察官、看守の描き方から、裁判官、検察官、警察官ら(特に裁判官)は文句を言いたくなるかもしれないが。

 むしろ、役所広司の弁護士は立派すぎ。瀬戸朝香の弁護士は、イソ弁の新米弁護士の設定のようだが、迫力ありすぎ。あそこまでボス弁に自分の意見を言えるイソ弁というのは、今じゃ殆どいないでしょう。

 主人公は被告人としては運のいい方だと思う。

 よい弁護士にめぐりあい、信じてくれる母、友人に支えられ、同じ痴漢冤罪で苦しむ被告人(光石研)や市民グループの協力を得て、証拠のビデオまで作成してもらっている。ここまで闘える痴漢冤罪の被告人は現実には少ないだろう。

            heart

 それにしても、日本の法廷ドラマでここまで違和感のない作品ははじめて見た。

 もっとも、最初法廷の場面を見たときに、あれっ、検察官と弁護人の席が逆じゃん、と思ったのと、役所広司の法律事務所は、どうしてああもファイルが無造作に山積みになっているのか(今どきあそこまでの事務所はないでしょう)、なんていう疑問は感じたが。

 検察官と弁護人の席については、私の知っている名古屋の法廷では、傍聴人席から見て向かって左側が検察官席、右側が弁護人席である。大阪もそうらしい。

 坂和章平弁護士の映画評論それでもボクはやってない(日本映画・2006年)では、この検察官席と弁護人席の位置について詳しく説明されている。やっぱ、実際に弁護人になると法廷に入ってどちら側の席に座るかがまず最初の関心事なので、弁護士はこういうところが気になるのは同じらしい。

 この坂和弁護士の評論は実に面白い。さすが映画評論家と弁護士の2足のわらじを履いておられる方。この評論は多くの方にぜひ読んで頂きたい。

 私の感想も、この坂和弁護士が評論に書かれているのとほぼ同じ。

 特にごもっともと思ったのは、<弁護士費用(報酬)はあえて非公開・・・?><ここまでやってくれる弁護士は珍しい・・・?>の箇所。こういうところは弁護士ならではの感想だろう。

 主人公の母親(おそらく弁護士費用を負担したのはフリーターの主人公ではないだろうから)は一体いくらの弁護士費用を払ったのだろうとか、証拠のビデオの製作にどの位費用がかかったのだろうとか、気になる気になる。

            spade

 さて、そういう下世話な話は置いておいて・・・。 

 この映画はやっぱり見るべき映画であった。さすが周防監督作品である。               

 たとえば、最初に出てきて示談を勧める当番弁護士も、一方的に悪役にするのではなく、その背景が丁寧に描かれていた。

※ まさに、以前ご紹介した下記の上田國廣弁護士の嘆きのとおり。

 さらに、(被疑者・被告人の)自己決定権が必要・十分な条件で行使されたかも問題になるはずである。 

 捜査過程の人権抑圧的な構造、人質司法といわれる不正常な身体拘束の継続、無罪推定の形骸化と99.9%の有罪率。このような現在の刑事訴訟の条件を前提とする限り、弁護人が誠実義務の一環としての十分な説明をすればするだけ、自己防御権を徹底して行使しようとする依頼者は皆無に近くなる。

 弁護人が無罪になる可能性を誇張して説明しない限り、無罪を主張し争う依頼者は限りなく減少する。

 現に多くの依頼者が『執行猶予が付くのであれば』と言って、たとえ冤罪であっても、事実を認めている。

 (季刊刑事弁護NO22特集「刑事弁護の論理と倫理」「被疑者・被告人と弁護人の関係②」p33~)。太字・下線は私が付したもの。

 そのほかにも、最初に別の痴漢事件の真犯人(はじめは否認して言い逃れできないと分かるとあっさり謝る卑劣なヤツ)を登場させ、取り調べにあたる警察官の怒りや忙しさも表現するなど、一面的に描いていない。

 法廷の尋問の場面の脚本もすばらしい。

 坂和弁護士が<試写室では面白い試みを・・・><講義・講演に活用しなければ・・・>で提唱されているように、私も裁判員制度の実施の前に、最高裁判所や法務省や日弁連はやみくもに模擬裁判を繰り返すのではなく、また出来の悪い(しかし人気俳優を多数起用して金はかかっているであろう)映画やマンガを配布するのではなく、出来のいい法廷再現ドラマを製作して、多くの観客に見てもらい、有罪無罪や量刑判断についてアンケートを実施してみたらどうかと思った。また、試写会に裁判官が参加して説明した場合と裁判官の説明のなかった場合で結果が変わるのかなど、調査してみたらどうなのかとも思った。 

           diamond

 この映画を見て、職業裁判官にあきれ、「裁判員制度もいいかも」と思われた方もおられるかもしれない。しかし、痴漢裁判には裁判員制度は適用されないことをお忘れなく。裁判員制度が導入されるのは、なぜかこういう重大犯罪の裁判(裁判員制度の対象となる事件)だけなのだ。

 私もこういう市民にも身近に起こりうる(被害者となることも被疑者、被告人になることもありうる)犯罪について裁判員制度を導入するのはいいかもしれないと思っている。但し、まずは軽微な犯罪から試験的に導入すべきであるし、最低限被告人には職業裁判官による裁判と裁判員による裁判の選択権が与えられるべきだと思っている。

           bud      

 この映画について検索していたら、こんな面白い裁判傍聴のブログ(「気まぐれ写真日記」さん)を見つけた。

 それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その1それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その2それでもボクはやってない【横浜地裁篇】その3それでもボクはやってない【横浜地裁】論告・弁論それでもボクはやってない【横浜地裁】判決

 この「ひろともさん」写真だけでなく手書きの絵もなかなか味があるなあ。しかし、この横浜の被告人も痴漢をやっていないのだったら(映画と違ってそこのところは傍聴人には分からない)、本当にお気の毒だ。ひろともさんが女性検察官の尋問に感じた怒りもよく理解できる。

 痴漢冤罪事件は既に社会的問題になっている。乗客自らが身を守るだけでなく(男性は満員電車に乗るときできるだけ女性の側には寄らないとか、後ろ向きになるとか、両手を上げるとかか)、鉄道会社も女性専用列車をもっと増やすとか(男性専用列車も必要かも)、工夫が必要だろう。

 ダイヤを改正して満員電車自体をなくしてくれるのが一番ありがたいことではあるが。

           club

参考: 

「それでもボクはやってない」の公式HPはこちら

映画批評家の前田有一氏の評論はこちら

例会報告・映画「それでもボクはやってない」を巡って(日本裁判官ネットワーク オピニオン) ※ 裁判官がこの映画をどう見ているか分かって面白い。

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