弁護士と市場原理と過疎地問題
週間法律新聞には、中殿政男弁護士(大阪弁護士会会員)の「平成事件譚」という名物コラムがある。これが大変面白い。中殿弁護士は(今までご紹介してきた弁護士ブログのどの毒舌弁護士にも負けないくらい)毒舌である。しかし、単なる毒舌にとどまらず、その切り口がすばらしく鋭い。そんなわけで、私はこの中殿弁護士のコラムの密かなファンである。
2月1日付週間法律新聞の中殿弁護士のコラムの「弁護士会の会長選挙」の欄をご紹介。
大阪弁護士会の会長選挙では、強弱の差はあれ、ともに弁護士の増員見直しを掲げている。大幅増員の問題点に今ごろ気付くのも鈍感過ぎるが、だれが当選しても公約を果たしてもらわなければならない。
ところで、増員をあくまで推進しようとする者は、弁護士の大幅増員を実現したうえ、あとは市場原理に任せるべしという。一方、弁護士会には、「ゼロワン地域を解消しないと(増員に)反対しにくい」などという声がある。
だが、弁護士が都市部に偏在するのも、「ゼロワン地域」が生じるのも、これみな市場原理によるものだ。であるのに、「ゼロワンを解消しないと市場原理導入に反対できない」という発想になるのが、よく分からない。
増員見直しを言う候補の話がいま一つすっきりしないのも、「ゼロワンが生じたのは市場原理の結果である」という点を、きちんと押さえていないせいではあるまいか。
※ 太字は私が付したもの。
私は、この中殿弁護士の文章を読んで実にすっきりした。
中坊会長以来、日弁連執行部は何かというと「ゼロワン地域解消」「津々浦々にひまわりの花を」と提唱し、過疎地問題を解消することを日弁連の至上命題としてきた。中殿弁護士の言われるように、日弁連執行部はまさに「過疎地問題を解消しない限りは弁護士増員の見直しを訴えられない」という卑屈な態度を取ってきたのである。
しかし、確かに弁護士がゼロワン地域に行かないのも、都市部に集中するのも、市場原理によるものである。とすれば、「弁護士を増やして淘汰させればいい」と主張する市場原理主義、新自由主義の規制改革会議の財界人らに「過疎地問題を解消しない限りは弁護士増員の見直しを訴えられない」などという遠慮は無用であろう。
企業は赤字覚悟の過疎地域に支店を設けるか。駅や郵便局を設けるか。
確かに人口100人の村にだって法律紛争は生じうるだろうから、弁護士がいればそれは便利だろう。しかし、採算の取れない過疎地にボランティア覚悟で行く弁護士がいなくても「弁護士が悪い、弁護士会が悪い」と文句を言う住民はいないだろう。住民の命にかかわる地方の医師不足であっても、住民が「医師が悪い、医師会が悪い」と言わないのと同じである。
地方のある病院は数千万円の年俸を提示して産婦人科医を招致しているそうだ。しかし、自治体などがそのような高額の年俸を提示して弁護士を招致したという話は聞いたことがない (招致されていなくても、弁護士はひまわり公設事務所の弁護士として、あるいは法テラスのスタッフ弁護士として、出向いているのである)。
それどころか、日弁連は、ひまわり公設事務所、スタッフ弁護士養成等に、多額の補助金(法律相談センターの維持、ひまわり公設事務所の設置に年間約5億円必要、スタッフ弁護士、ひまわり公設事務所に派遣する弁護士の養成事務所に養成弁護士1人当たり年間100万円援助 日弁連臨時総会2006年12月7日議事録 弁護士過疎・偏在対策のための特別会費徴収の件参照)を出している。
つまり、過疎地対策のために弁護士会は人だけではなく金まで出しているのである。そして、その金の出所は個々の弁護士が支払っている高額な弁護士会会費の一部である。そして、その会費は(先頃新人弁護士には多少減額されたというものの)あの即独の中井弁護士や年収200万円の生活苦の新人弁護士(「弁護士に“就職難の時代”到来!!」 参照)ですら負担しているのである。
これって、おかしくありませんか?
(私などは、新人会員の会費を多少減額する位なら、いっそ「税金」として累進課税方式で会費の額を決めて頂きたいと思うくらいである。)
これからは弁護士会会費を支払うこともままならないようなワーキングプア弁護士が加速度的に増えるのである。そして、弁護士は競争に勝ち残るために不採算業務(国選弁護、委員会活動、法律扶助事件、少額事件など)は切り捨てざるをえず、仕事をビジネスライクにしか考えられなくなり、著しくモチベーションが低下して、冤罪事件、弁護過誤事件、果ては非行も多発し社会的信用を失うことにもなりかねない。
それでもなお、過疎地に弁護士が少ない、国選弁護をしっかりやれ、とマスコミから責め立てられるのである。
日弁連執行部としては、市場原理主義を排斥するために、過疎地対策をもって公益性重視の姿勢を示したいのであろう。
しかし、それをしたところで、市場原理主義者は「ああ、そうですか。ご立派ですね。」で終わり。
過疎地の住民も「弁護士ってそんなに余裕があるの。そんならうちの町にも(金も人も出して)ひまわり公設事務所をつくってちょうだい。」で終わり。
これでは、もはや自己犠牲を通り越した自虐としか思えない。
ところで、ゼロ地域は全国であと2か所のみとなったそうだ(ボツネタ2008年1月2日より)。
宮崎候補によればゼロワン地域をなくすためにはあと30人程度が必要なのだそうだ(名古屋の公聴会において私の質問に答えられたもの)。そして、公聴会で、宮崎候補は「ゼロワンをなくすために3000人の増員は必要ない。ただ3000人は多すぎるのでスピードダウンするということでは、市民の理解は得られず、30人程度の弁護士がなぜ配転できないのかと問われる。」と述べられていた。
30人程度の人数であれば、弁護士過剰増員によるオーバーフローを期待したり、若い弁護士に過疎地に行けという前に、「津々浦々にひまわりの花を」と提唱してきた日弁連執行部のお歴々とその賛同者の方々が率先して行けば足りることではないのか。
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