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2007年9月

2007年9月29日 (土)

ついに・・・マスコミの事件報道のあり方に最高裁参事官もクレーム

<裁判員制度>「予断与える恐れの報道」で6項目 最高裁

          9月27日20時36分配信 毎日新聞

 国民が刑事裁判に参加する裁判員制度の施行(09年)に伴う事件報道について、最高裁の平木正洋・総括参事官は27日、福井市で講演し、裁判員に予断を与える恐れがある報道として▽容疑者の自白の有無や内容▽生い立ち・対人関係など6項目を例示した。「裁判員は職業裁判官と異なり、報道された事実と証拠に基づく事実を区別することに慣れていない」と説明した。最高裁関係者が裁判員制度と報道の関係について、公の場で懸念を示したのは初めてだが、報道規制につながりかねない内容で、論議を呼びそうだ。

 平木参事官は講演やその後の質疑で「職業裁判官は予断を排除する訓練をしているが、経験のない裁判員の場合、証拠を前にしても報道の影響を受け、公正・中立な判断をできるかどうか大きな不安がある。裁判員は報道が間違いがないと思ってしまうのではないか」と見解を述べた。
 また、報道規制につながりかねないとの質問に対しては「自白などの報道を一切するなという趣旨ではなく、報道に対する法規制はなじまないと考えている」と答えた。
 一方、報道側からは、「事件の背景や、社会的問題を明らかにするためには自白の内容や前科・前歴の報道が必要な場合もある」「捜査に誤りがないかどうかをチェックする役割がある」と事件報道の意義を強調し、参事官の発言に反発する意見が出された。
 日本新聞協会は裁判員制度の導入に伴う取材・報道のあり方について、年内をめどに加盟各社の参考になる指針を自主的にまとめることにしている。

 この最高裁参事官の意見について、学者の意見も紹介されている。

 ◆大石泰彦・青山学院大教授(メディア倫理法制)の話

  仮に示された6項目の規制がなされれば大変なことだ。犯罪は時代を映す鏡と言われ、社会のゆがみとして分析しなければいけない出来事なのに、当局が規制を始めれば報道を通じて犯罪を読み解くことができなくなる。例えば冤罪(えんざい)の告発は報道の役割の大きな一つだが、もし偏向報道だと言われると「無罪ではないか」と言うこともダメということになり、私は反対だ。
 しかし最近の報道では、犯罪を人間ドラマ、娯楽として扱う内容が目立つ。例えば元検事や弁護士といった出演者に感情的なコメントを語らせるのはやめたほうがいい。メディアの自浄努力が働いておらず、公権力に規制の口実を与える状況になっていると思う。捜査機関に誤りがないかチェックするのは報道の大きな役割だが、今は非常に弱い。無罪推定の原則を著しく傷つけるような報道はすべきではない。

 ◆服部孝章・立教大教授(メディア法)の話

 今回、参事官が示した懸念は、報道機関に対して事件に関する独自取材をするな、と言っていることに等しい。犯人視しない配慮は大切だが、公正な裁判の実現を名目に捜査機関が捜査の過程を明らかにしないことにお墨付きを与えたり、報道機関による捜査や起訴、裁判の誤りに対するチェックを困難にさせるもので、社会全体の利益を損なう恐れが大きい。

 裁判員制度を目前にして、最高裁参事官からも今の日本の事件報道のあり方に問題提起がなされたわけだ。

 今回の光市母子殺害事件のマスコミ報道とその影響も、おそらく平木最高裁参事官の

 裁判員は職業裁判官と異なり、報道された事実と証拠に基づく事実を区別することに慣れていない

 職業裁判官は予断を排除する訓練をしているが、経験のない裁判員の場合、証拠を前にしても報道の影響を受け、公正・中立な判断をできるかどうか大きな不安がある。裁判員は報道が間違いがないと思ってしまうのではないか

               上記 毎日新聞 より

という懸念に繋がっているのだろう。

 大石教授の

 最近の報道では、犯罪を人間ドラマ、娯楽として扱う内容が目立つ。例えば元検事や弁護士といった出演者に感情的なコメントを語らせるのはやめたほうがいい。メディアの自浄努力が働いておらず、公権力に規制の口実を与える状況になっていると思う。

              上記 毎日新聞 より

というご意見も、もっともである。

 本来、メディアには刑事裁判を監視するという役割があったはずだ。

 刑事裁判が適正な手続にのっとって進行しているか、弁護人だけでなく、検察官、裁判官をも監視する役割があるはずだ。

 今回の光市母子殺害事件の裁判報道では、なぜか被害者遺族と弁護団にばかり光があてられ、検察官の捜査や訴訟活動、裁判官の訴訟指揮などには、ほとんど光があてられていない。

  検察側主張の犯行態様を争い、被告人の殺意を否認している弁護団が、その証拠として重視している、遺体の鑑定書、法医鑑定人(弁護側、検察側)の証言などの詳細を報道したメディアは殆どなかった。

 被告人の奇異な発言のみをセンセーショナルに取り上げ、その被告人の供述に基づいて主張を組み立てる弁護団を攻撃することに終始する報道が殆どだった。

 そして、「弁護団は死刑廃止運動のためにこの裁判を利用している」などという根拠なき風聞を、テレビのキャスター、コメンテーターらから何度聞かされたであろうか。

 このままでは、江川紹子さん(江川紹子ジャーナル 刑事弁護を考える~光市母子殺害事件をめぐって)が言われるように、

 自主的な対応ができず、今のように感情を煽るような番組が垂れ流されている状況が続けば、様々な規制がかけられる事態も考えられる。そうなれば、事実を詳しく伝えたり、批判をしたりする報道の自由も危うくなってしまう。

 ことにもなりかねない。

 今のところ、平木最高裁参事官は、

 自白などの報道を一切するなという趣旨ではなく、報道に対する法規制はなじまないと考えている

       上記 毎日新聞 より  

と答えておられるが、こんな事件報道が続けば「法規制」もやむなし、という方向に進むかもしれない。

 町村先生が、ブログMatimulogで、このニュースについて次のように論評されている。

 news:マスコミの事件報道に最高裁参事官が注文をつける

 マスコミの問題性は、警察発表をとりあえず真実と発表し、捜査機関が意図的に流していることかもしれない内容を無批判に受け入れてしまうやり方である。
それから、被害者の感情や社会的な義憤に迎合し、かえって煽り立てるような報道姿勢も大きな問題である。
こうした報道姿勢が予断と偏見に充ち満ちた世間の見方を作り上げるのが問題なのであり、裁判員もその一部として予断を植え付けられるにすぎず、要するに裁判員の予断が独立して問題なのではなく、マスコミが世間に発する予断偏見の問題性の一部に裁判員もあるにすぎない。

 しかし他方で、犯罪を犯したと疑われる人について、マスコミが独自に様々な観点から調査し、取材して報道することは、必要なことである。平木参事官が挙げる6項目は、全部、自制すべき点ではなく、積極的に明らかにして欲しい点である。もちろんそこには、家族のプライバシー尊重とのせめぎ合いがあるわけだが。

 そういうわけで、裁判員制度の推進のためになすべきことは、マスコミに自制を求めるのではなく、報道の影響を受けた人が裁判員候補になることを前提に、予断排除のための手続的工夫を、陪審選定手続や評議における説示などを通じて実行していくこと、それしかないのである。
後は、アメリカのように、裁判員をホテルに缶詰にしたり、地域的な問題があればより被害者感情の少ない土地に移送するとかの方法もあり得るところである。

 町村先生は、

 マスコミの問題性は、警察発表をとりあえず真実と発表し、捜査機関が意図的に流していることかもしれない内容を無批判に受け入れてしまうやり方である。

 それから、被害者の感情や社会的な義憤に迎合し、かえって煽り立てるような報道姿勢も大きな問題である。

 とされながらも、

 裁判員制度の推進のためになすべきことは、マスコミに自制を求めるのではなく、報道の影響を受けた人が裁判員候補になることを前提に、予断排除のための手続的工夫を、陪審選定手続や評議における説示などを通じて実行していくこと、それしかないのである。
 後は、アメリカのように、裁判員をホテルに缶詰にしたり、地域的な問題があればより被害者感情の少ない土地に移送するとかの方法もあり得るところである。

 とされている。

 しかし、私は、自主規制にせよ、法的規制にせよ、マスコミの報道規制なしに、今の日本で、「予断排除のための手続的工夫」によるのみで裁判員による公正・中立な裁判を期待することなど夢物語ではないかと思う。

 これは、このブログで光市母子殺害事件の記事を書くようになって、一般の方々から多くのコメントを頂いて実感したことであるひょっとしたら、平木参事官は今枝弁護士や私のブログのコメント欄をご覧になっておられるのではないか)。

 もちろん、アメリカのように裁判員をホテルに缶詰にしてテレビ、新聞、雑誌を見せないのがベストだろうが、そんなこと実現不可能である。そんなことをしたら予算がいくらかかるか知れないし、自由を束縛される裁判員も黙ってはいないだろう。

 ボツネタ(岡口裁判官のブログ)には、こういう記事も紹介されている。

「イギリスの刑事司法制度に見られる幾つかの特徴について(要旨)」                         著者 仙台地方検察庁検事正 倉 田 靖 司

 イギリスの報道規制はたいへん厳しいようだ。

 私は、やっぱり、マスコミの事件報道について何ら規制のない今の日本で、裁判員制度を実施することなど無謀にすぎると考える。

 裁判員制度には絶対反対!!

追記:

 「辺境通信」さん経由で知った記事

 【野菊】裁判員制度で報道はどうなる?

         (Sankei Express、9月17日)

  産経新聞の福富正大記者の記事である。にしてんま傍聴記でおなじみの司法記者さんである。

 新聞社45社とNHKから、社会部長やデスク、司法担当記者らが参加する裁判員制度の勉強会というものがあるそうである。そこでの話。

  
 裁判員法が制定される過程で、03年に政府の司法制度改革推進本部が用意した「たたき台」には、以下のような規定が盛り込まれていた。

 「報道機関は事件に関する報道を行う際、裁判員らに偏見を生じさせないよう配慮しなければならない」

 刑事裁判は、法廷に提出された証拠のみで判断するのが鉄則だ。それが職業裁判官ならともかく、素人の裁判員の場合、報道によって「有罪」の心証を抱いてしまいかねない-というのがこの規定の趣旨だ。

 結局、表現・報道の自由との兼ね合いで、裁判員法に先の規定は盛り込まれなかった。だが、制度が始まるまでに、業界内でなんらかの「自主ルール」を策定しなければならない。

 勉強会では、陪審制が実施されている英国などの事例も報告された。英国では裁判所侮辱法により、逮捕あるいは起訴後の「裁判の公正な進行が妨げられる危険のある報道」は処罰対象となる。裁判所が報道禁止命令を出すことすらある。

 山口県光市の母子殺害事件のことも話題になった。現在、審理がひと区切りつくたびに遺族の本村洋さん(31)の会見の様子が報道されている。だが、英国の基準に照らしたならば、問題となる可能性が高いという。例の懲戒請求発言なども、オンエアは難しかろう。さてさて、今後の事件報道はどうなっていくのだろうか。

 司法記者さんたちも、光市母子殺害事件の報道について、こういう問題意識を持たれているのだなあ、と興味深く読ませて頂いた。

 裁判員制度が始まる前に業界内の「自主ルール」の策定がなされるというが、どんなルールだろう。

 前記したイギリスの報道規制では、今回の光市母子殺害事件のテレビ報道の殆どがオンエアは無理だろう。もちろん、今回の懲戒請求煽動事件の発端となった、あの「たかじんのそこまで言って委員会」などは絶対にオンエアできまい。

 さて、マスコミ業界はどうするのだろう。

 私はその遵守が期待できそうもない「自主ルール」の策定よりも、問題山積みの裁判員制度の実施を諦める(最低限延期する)ことの方を検討すべきだと思うのだが・・・。

               Hana3bb

「光市母子殺害事件のマスコミ報道をについて、あなたはどう思いますか?」のアンケート間もなく締め切りです。関心のある方はご参加をどうそ。

   アンケート記載の記事「ようやく・・・。」   

2007年9月28日 (金)

橋下弁護士懲戒煽動事件:原告の意見陳述

 きょうは、橋下弁護士の懲戒請求煽動事件の第1回弁論期日だったようだ。

 原告らの意見陳述があったということだ。

  「今枝vs橋下」第1回口頭弁論で全面対決

                   Sankei Web(2007/09/27 14:27)

   橋下弁護士への損賠訴訟で口頭弁論「TV発言で業務妨害」

      (2007年9月27日14時49分  読売新聞)

 原告らの意見陳述は、光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページで全文読むことができる。

 原告らも被告も、双方とも訴状、答弁書、準備書面をネット上に公開するという、前代未聞の裁判になっている。

  橋下弁護士のブログ→ 橋下徹のLawyer's EYE

  原告ら代理人のHP→ 光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ

 この裁判は、法的観点からみても、なかなか興味深いものがある。今後も注目したい。

               Hana3f 

 さて、昨日の私の記事に対して、たくさんのアクセスやコメントを頂いている(たいした記事ではないと思うのだが)。

 「こんな子供っぽい事件を取り上げること自体が子供っぽい」などというコメントも頂いたが、私としてもたいそうな事件だと思って取り上げたわけではない。しかし、どういう事件を題材にするかはブログ主の自由だろう。

 この事件(事件というほどの事でもないが)は、どなたかがコメントで指摘されていたように、この裁判においては実に些細な手続的な行き違いにすぎない。

 しかし、それをあえて「おおごと」のようにまず取り上げたのは橋下弁護士である。それに対して、原告ら代理人が反論しただけのことである(反論といっても、ただ事実関係を明らかにしただけのことである)。

 橋下弁護士のこの2つの出来事に対する反応には、「自分のやっていることは全て世間の常識にかなったことだ」という彼の奢りを感じたので、あえて記事に取り上げてみた。

 ちなみに、私は、90枚もの準備書面を(たとえ事前に相手方に連絡するとしても)ファックスで送ることなどしない(したこともない)。相手のファックス受信に支障をきたすだけでなく、ファックス用紙を使わせてもらうことにもなるから。

 また、裁判所に90枚もの準備書面を(たとえ事前に裁判所に連絡するとしても)ファックスで送ることなどしない(したこともない)。裁判所のファックス受信(緊急の要件もあるだろう)に支障をきたすだけでなく、ファックス用紙(税金でまかなわれている)を使用させてもらうことにもなるから。

 更に、期日の調整については、裁判所が候補に掲げてきた日時には、できるだけ○をつけるようにしている(たいていは、裁判所がファックスで候補日時をいくつも記載した書面を送付してくるので、そこに都合のつく日時に○、都合のつかない日時に×などをつけて返信するようになっている)。

 ましてや、電話会議のときは、事務所で裁判所からの電話を待てばいいので、×をつけなければならない日時は格段に減るのである。

 ( 別に自慢にするようなことでもないけれど。)

  こういうことも考慮に入れつつ、橋下弁護士の記事を読んで頂ければと思う。

2007年9月26日 (水)

橋下弁護士ブログ考:子供のケンカじゃあるまいし・・・。

 橋下弁護士が、答弁書のファックス送信のことやら、期日の調整のことやらで、また吠えておられる。

 答弁書のファックスの件は、

  橋下弁護士の言い分はこう↓

    原告らのあまりにも身勝手な法律上の義務

    (長いので引用はカンベン)

※ 事実関係の提示と感情の発露がごっちゃになっていて長いこと、言葉遣いが荒く品がないこと、から引用は差し控えさせて頂きました。

   懲戒扇動被害弁護団の言い分はこう↓

  橋下弁護士が9月22日のブログで触れられている「大量のFAX送信」に関するご連絡について,ご説明をしておきます。
 大量のFAXを送る前に連絡を入れることが法律上の義務であるなどと言うつもりは毛頭ありません。社会的マナーとして,次回からのお願いを差し上げた次第です。
 なお,9月21日に橋下弁護士にお送りしたご連絡文書の全文は以下のとおりです。
「広島地裁 平成19年(ワ)第1417号事件 について,当職宛に答弁書及び準備書面1の送信を受けておりますが,文字のポイント数が小さく,読みづらい箇所がありますので,クリアコピーを郵送いただけますよう,お願いいたします。
 また,今回の答弁書のように大部にわたる書類を送信されるときは,郵送されるか,FAX送信前にご連絡をいただけるようお願いいたします。」
 Posted by 弁護団事務局長(管理者) 2007年09月23日(日) 22:48:25
    (太字は管理人による)  
 
 期日の調整の件は、
  
   橋下弁護士の言い分はこう↓
      原告らいい加減にしてくれよ!!
     (長いので引用はカンベン)
※ 事実関係の提示と感情の発露がごっちゃになっていて長いこと、言葉遣いが荒く品がないこと、から引用は差し控えさせて頂きました。
   
   懲戒扇動被害弁護団の言い分はこう↓
第2回期日(弁論準備手続)  期日は未定です。
 被告橋下弁護士は,平成19年9月26日付けのブログで,「原告らには、代理人がぞろぞろ就いているんだけど、全員が第2回にも出席するとの一点張りで、向こうの日付がなかなか合わないわけ。」と記載されておりますが,この点は事実と異なります。
 原告側は,裁判所の示された候補の中から,5名の代理人のうち一部しか出席できない期日を含めて,これまで4日間に及ぶ候補日時について出席可能と回答しております。
 裁判所からお聞きした限りでは,これまで,被告のご希望の時間帯がかなり限定されていた(木曜午後1時から2時のみをご希望されていた)ため,調整が調わなかったようです。
    (太字は管理人による)

はてさて・・・

  どっちが、非常識? どっちが、子供?
         Seesaw
追記:「光市母子殺害事件のマスコミ報道をについて、あなたはどう思いますか?」のアンケート間もなく締め切りです。関心のある方はご参加をどうそ。
   アンケート記載の記事「ようやく・・・。」          

2007年9月22日 (土)

着服?いや着席!

 きょうは、朝から消費者被害事件の訴状の起案をしている。そろそろ仕上げなければならない。

 ちょっと休んで、いつも拝見させて頂いているボツネタ(岡口基一裁判官のブログ)を見たら、こんなニュース(?)が・・・。

 []社保庁関係者 記者会見で「着席」を「着服」と言い間違える。

「失礼ですが,着服してお話をさせていただきます。もとい,着席してお話をさせていただきます。」

 きっとこのお方は「着服問題」で頭がいっぱいだったのだろう。

 笑えるけど笑えない話。

              Bassman2

2007年9月21日 (金)

今枝弁護士、産経新聞福富記者、フリージャーナリスト綿井さんの記事の紹介

 光市母子殺害事件の差戻審の集中審理が終了した。第1回公判が5月24日であるから、昨日の第10回公判まで約4カ月である。

 このような重大事件の審理としては異例のスピードだったのではないか。

 昨日からこのブログのアクセス数も増えている。昨日のアクセス数は1万を超し、今日も既に1万4,000を超えている。

 コメントも頂いているが、あいかわらず仕事に追われており、お返事をしたり、まとまった記事を書いたりできそうにもない。

 ひょんなことからネット上でこの事件に関わることになって以来、私もこの事件について多くの資料を読んできたし、思うところも多い。もうちょっと時間に余裕ができたら、まとまった記事を書きたいとも思う。

 さて、昨日は本村さんの意見陳述があったり、被告人の思わぬ発言があったり、また記者会見で今枝弁護士が号泣されるなどの出来事があったようだ。

 私はテレビのニュースでちらっと見た程度で、そもそも事実の詳細を知らないので、意見を述べることはできない。

 以下の3人の方のブログは事実を知る上で、また考える上で、大変参考になるものだ。ぜひお読み下さい。

 今枝弁護士のブログ 

   本村洋さん 1   

   検察官は、僕をなめないでいただきたい! 

 産経新聞福富正大記者のブログ

   彼が犯した新たな罪《光市母子殺害・番外》

 フリージャーナリスト綿井健陽さんのブログ

   【また広島にて その3】    

 

2007年9月20日 (木)

被告人質問3日目

 きょうは、午前中に検察側申請の法医鑑定人の証人尋問があったようだ。

光市母子殺害差し戻し控訴審、法医鑑定人の証人尋問

Sankei WEB (2007/09/20 11:52)

光母子殺害:法医鑑定の教授弁護側主張否定…集中審理で

毎日新聞 2007年9月20日 11時37分 (最終更新時間 9月20日 12時25分)

 私が今回の集中審理で一番注目していたのは、実はこの検察側の法医鑑定人の証言。しかし、あまり詳しく報じた記事がなかったのは残念である。

 やはり弁護側申請の法医鑑定人と検察側申請の法医鑑定人では真っ向から意見が対立しているようだ。医療事故の調査で専門医の意見が割れたり、医療過誤訴訟の鑑定人の意見が割れるのと同じである。

 裁判官はどう判断するのか。裁判官も苦しいところだろう。

 昨日の被告人質問については、産経新聞の記事が比較的詳しく報じていた。

光市母子殺害差し戻し審第9回の詳報(上)

光市母子殺害差し戻し審第9回の詳報(下)

Sankei WEB (2007/09/19 23:49)

 被告人質問の一部を担当された今枝先生、お疲れ様でした。

きょうは四日市へ出張

 きょうは四日市に出張した。

 暑い日の出張は辛い。駅から裁判所まで歩いたら汗びっしょり。

 帰りに○○百貨店で安売りしていたCDを2枚購入。

1枚目はこれ。「朝のモーツァルト ☆リラクゼーション」

    Sutoresu

 私は事務所まで車で通勤している。大体2,30分位の運転なのだが、朝は大体クラシック音楽を聞くことにしている。別にクラシックファンというわけでもないのだが、雑念が湧かなくて落ち着くから。

 特にお気に入りはモーツァルト。それで、「朝の」モーツァルトという題名に惹かれて購入した。

 もう1枚はこれ。「アルファ波分析によるストレス解消 ストレス解消の音楽」。

   Storesu

 こちらは、聞けば誰でも知っている、カノン(パッヘルベル作曲)、四季の春(ヴィヴァルディ作曲)、愛の夢第3番(リスト作曲)などが入っている。

 確かにアルファ波が出そう。

 帰りの車の中で聞こう。最近ストレス溜まり気味だから。

2007年9月19日 (水)

被告人質問2日目

 本日の被告人質問のニュース速報を拾ってみた。

光母子殺害:元少年「反省仕方分からなかった」 集中審理

 毎日新聞 2007年9月19日 11時40分 (最終更新時間 9月19日 12時14分)

「殺すつもりなく殺した」 元少年、教戒師に打ち明け 光市母子殺害事件

 Sankei WEB (2007/09/19 12:52)

「弁護人に言われ起訴事実認める」母子殺害差し戻し審

 (2007年9月19日13時52分  読売新聞)
  [時事通信社:2007年09月19日 19時10分]
 新聞社ごとに少しずつ光のあて方が違っているようだ。
 
             Xxx
            
                
 昨日の被告人質問については、産経新聞が詳細を報道している。

詳報・光市母子殺害差し戻し審第8回

 Sankei WEB  (2007/09/18 21:59)

 これらの記事を読んでいて思ったのは、やはり記者の主観の入る要約記事ではよく分からないということだ。

 被告人の供述の変遷の理由と反省の情を問うという重要な被告人質問は、やはり法廷で見聞きしないと(最低でも速記録がないと)、微妙なニュアンスは伝わらないし、その言葉の奥底にある被告人の心情も伝わってこない。

 Sankei WEB の記事にある

・・・教戒師に「殺すつもりがなくて殺した」と打ち明けていたと明らかにした。

 元少年は「背負いきれないほどの責任の重みを感じていた。弁護士は嫌いなので伝えられなかった」と述べた。

はあまりに要約がすぎて、趣旨が明確ではないのだが、これを1審、2審の弁護人はどんな気持で読んだのだろうか。

 被告人が1審、2審の弁護人について述べていることが真実かどうかは分からないが、こういう事態に陥ってしまったことは被告人にとっても、1審、2審の弁護人にとっても、大変不幸なことだ。

 本件のように重大かつ被疑者・被告人が少年という事件には、本当は捜査段階から弁護人がつくべきであったし、その弁護人も複数であった方がよかったのに、と大変残念に思う。 

2007年9月18日 (火)

被告人質問始まる。

 きょうは光市母子殺害事件の差戻審の大詰めとも言うべき被告人質問が始まる日。

 京都から帰って夕方のテレビニュースをちらりと見た。

 ネット上では次のような記事が。

   「傷害致死知らなかった」(共同通信)

     [共同通信社:2007年09月18日 19時26分]

  「傷害致死知らなかった」 母子殺害の元少年が殺意否定

              中國新聞  '07/9/18

   被告「黙秘権知らされず」光市母子殺害差し戻し審

             産経新聞  (2007/09/18 19:46)

 ほぼ最高裁弁論要旨、差戻審更新意見書記載どおりの供述内容だったようだ。

            Waremokouc

 それにしても・・・。

 テレビニュースの被告人の供述のアテレコ(?)の声。

 ちょっと意地悪すぎやしないか。

きょうは京都出張

 きょうは医療過誤訴訟の打ち合わせのために、京都へ出張した。

 名古屋も暑いが、京都も暑い。

 新幹線を降りて、汗だくになって市営地下鉄の乗り場に向かった。

Rokka_2

 乗り場近くのロッカーがこれ。

 さすが京都。コインロッカーにも桜の花びらが描かれている。

  

 

 

  烏丸御池付近の交差点にさしかかったとき、チンドン屋さんに遭遇。

  Tindonnya_3

  残念ながら後ろ姿しか撮影できなかった。

  チンドン屋さんを見たのは何十年ぶりか。

  本日の京都土産がこれ。

          Miyage_2

 今まで使っていた扇子が夏うちに使い倒して骨が折れてしまったため、新しいものを購入。

 紙でなく布製で、少々高かったが丈夫そうなので購入した。

 あとは、京漬け物と生麩餅。

 生麩餅は先回の京都出張でお土産に買っていったら事務員に好評だったため購入。

 日持ちはしないが、生八つ橋よりもおいしいと思う。

   

2007年9月17日 (月)

懲戒請求扇動被害弁護団のホームページが開設

 今枝弁護士のブログに続いて、懲戒請求扇動被害弁護団のホームページも開設された。

 ホームページを開設した趣旨は、

 ここは,光市事件弁護人のうち4名が原告となって提起した橋下徹弁護士に対する損害賠償請求訴訟事件の原告代理人弁護士グループ(懲戒扇動被害弁護団)の広報用ページです。
 この事件に関する情報発信を通じて,より多くの方々に,光市事件に限らず,刑事裁判・刑事弁護の意義について考えていただきたいと思っています。そのためには,なるべく原典に近い情報に直接触れることができるよう,提供できる情報は提供し,皆さんの疑問に答えていくことが大事だと考えています。

ということだそうだ。

 このホームページには、橋下弁護士を被告とする損害賠償請求事件の訴状の主要部分も公開されている。法曹関係者には関心のあるところだろう。

 そのほかにも、

  • 平成19年9月3日 提訴記者会見でのプレスリリース(提訴の趣旨)
  • 平成19年9月6日 橋下弁護士記者会見に対する弁護団のコメント

などは、今回の懲戒請求事件に関心のある方は必見である。

 これからも、このホームページでいろいろな情報が開示されるようだ。

 光市母子殺害事件の弁護団の今枝弁護士も、懲戒請求扇動被害弁護団も、ついに自らの手で情報の発信を開始された。

 このような情報の開示が社会にどのような影響を及ぼすのか、静かに見守りたい。

   Cosumosu0002

 

 

2007年9月14日 (金)

ようやく・・・。

 きょうは、こんなニュースが!

 光市事件:「報道を検証する会」がテレビ局に申し入れ

     毎日新聞 2007年9月13日 21時04分 

  この光市事件:「報道を検証する会」のメンバーは学者とジャーナリストらしい。メンバーがどういう方かは知らないし、申し入れ自体にどの程度の効果があるかも分からないが、ともかくこういう動きがあったのは喜ばしいことだ。

追記:上記記事に

 同会は放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会にこの問題を取り上げるよう求めるという。

という一文の追加がありました。BPOの調査・検討に期待します。

 読売テレビも対象になっていたらしいから、例の「たかじんのそこまで言って委員会」もしっかり検証して頂きたいものだ。

 今枝弁護士もブログを立ち上げられたことだし、私はちょっとブログを休ませて頂こうと思う。

 その前にこんなアンケートを考えた。9月30日までです。よろしければご参加下さい。

 「マスコミ報道」というと抽象的すぎるかもしれませんが、テレビ、新聞、雑誌など全てを含め、何かおかしいと感じたら「おかしいと思う。」、まあこんなもんだろうと思ったら「普通だと思う。」をご選択下さい。

  

光市母子殺害事件の弁護団の一人、橋下弁護士を提訴した原告の一人、今枝仁弁護士の話(総まとめ)

今枝仁弁護士の話をまとめて掲載する。

 この話は、超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)と私のブログのコメント欄へ投稿されたものである。

 ご本人のものであることは確認できている。また、転載についても許可を頂いている。

 ※ この今枝弁護士のお話は転載OKです。ご本人の了解を得ています。弁護団の一人である今枝弁護士から直接発信された情報として、できるだけ多くの方にお読み頂きたいと思います。 

 今枝弁護士は、最近になって、ご自身のブログを開設された。

 そのブログはここ→弁護士・人間・今枝仁

 今、橋下弁護士と並んで渦中の人であることからすれば、ご自身のブログを開設するというのは勇気がいることだと思う。

 現在、弁護団が差戻審で裁判所に提出した更新意見書の全文を少しずつアップされている。ぜひお読み下さい。

 下記に、当ブログの記事「今枝弁護士の話」へのリンクをはっておく。

   今枝仁弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士を提訴した原告の一人)の説明  

   (事件全体について)

 今枝弁護士の経歴

  (橋下弁護士もびっくりのご経歴の持ち主です。しっかり「世間の風」を吸い込んでおられます。)

 今枝弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士提訴の原告の一人)の話ーその1

  (弁護団に加わった経緯、被告人の斜視についてー本村氏を法廷で睨んだとの報道に関するもの、被告人の未成熟性の主張について、その他被告人の問題の手紙について)

 今枝弁護士の話ーその2

  (弁護団の主張の報道について)

 今枝弁護士の話ーその3

  (弁護団による情報提供について、もっと早く情報を開示すべきではなかったかという批判に対して)

 今枝弁護士の話ーその4

  (被告人の問題の手紙について)

 今枝弁護士の話ーその5

  (被告人が4~5歳の発達レベルで(問題の)手紙を書いたというのかという批判に対して)

 今枝弁護士の話ーその6

 (今枝弁護士に最高裁の弁論に欠席した責任を追求することに対して)

 今枝弁護士の話ーその7

 (弁護団は被害者・遺族の気持ちを考えていないという批判に対して)

 今枝弁護士の話ーその8

 (弁護団からの説明方法についての反省、間違った報道による誤解、弁護団からの説明の限界、差戻審の集中審理は弁護団からの提案であったこと等について)

 今枝弁護士の話ーその9(コメントの質問に対する回答)

 (コメントの質問に対する回答ー今枝弁護士のコメントに対する他の弁護人の反応、弁護人が22人も必要な理由、被告人の反省について、被告人の未成熟について、被告人の不謹慎な手紙について、被告人をサポートしなかった周囲の責任について)

 今枝弁護士の話ーその10(コメントの質問に対する回答2)

 (被告人の手紙について、最高裁弁護人の最高裁の弁論欠席について)

今枝弁護士がブログを開設

 光市母子殺害事件の弁護団の一員で、橋下弁護士を提訴した原告の一人である今枝仁弁護士が、ブログを開設されました。

 こちら→http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490/view

 現在は更新意見書を少しずつアップされています。

 ぜひご覧下さい。

 また、皆様、ぜひリンクもお願い致します。

         Cosumosu0001

今枝弁護士の話ーその10(コメントの質問に対する回答2)

 引き続き今枝弁護士の話を掲載する。

 ご本人のものであることは確認済みである。

 誤解が生じてはいけないので取り急ぎ説明します。

  <被告人の手紙について>

 被告人は、「少年は7年で仮釈放される」という知識は、A君が差し入れてくれた本村さんの「天国からのラブレター」の末尾にそう記載されていることで知った、と言います。しかし、現在出版されている「天国からのラブレター」で、そこは削除されています。なぜ削除されたのか、理由は分かりません。

 被告人が持っていた「天国からのラブレター」を見ると、平成12年3月発行で問題の手紙より前であり、末尾に、少年は無期懲役になっても7年で仮出獄する、と記載がありました。

 もちろん、本村さんが悪いわけではありません。ただ、こういう経緯を前提にすると、被告人がそういう知識をもっていたからと言って、「法制度まで詳しく知っていたのだから、悪質」と言うのはいかがでしょうか。

 もっとも、被告人は、本村さんの書籍で知ったとしても、それをああいうかたちで手紙に書いた不謹慎さは、今反省しています。

 「犬がある日かわいい犬と出会ってやっちゃった。これは罪でしょうか?」についてこれは、弥生さんに対する本件犯行についてふざけて書いたものかのように言われています。しかし、被告人によれば、そういう意図ではなく、この手紙を書いた経緯や動機からは「犬」というところに意味があり、自分が当時、人間としてではなく犬畜生として扱われていた不満を表したものでありそれに尽きると述べます。

 捜査段階で、検察官は、被告人に、「罪を受け入れ、生きて償いなさい。」と諭しました。そのことは検察官調書に記載があります。しかし、「生きて償おう」と考えた被告人が検察官の言うとおりのストーリーの調書作成に応じた(「罪を受け入れ生きて償え」という言葉とともに、「罪を受け入れなければ死刑を求刑する」という威圧を感じていた)被告人に対し、死刑を求刑するという矛盾、被告人の認識と異なる事実関係を前提にすすむ裁判、こういう状況で孤立した被告人が、「僕は人間ではなく犬畜生として裁かれている。」と卑屈に考えたとしても、不自然ではありません。

 たしかに、読み手にとってはいろいろと邪推の余地がある不謹慎な手紙かもしれませんが、この手紙は特定の友人に送られ公表を予定していなかったものですし、読み手がどう受け取るかというよりは被告人がどういう認識や動機で書いたかどうかで不謹慎さは評価されるべきではないでしょうか。被告人が述べる理由でも不謹慎には違いありません。しかし、一般に理解されているような動機ではない可能性も吟味された上で評価すべきと思います。 これらの指摘を前提にしても、評価はいろいろ分かれるでしょう。しかし、評価の前提としての事実関係が、誤解されている状況は改善しなければなりません。

  A君は検察庁に手紙を提出するのと並行して、被告人にふざけた手紙を書いたり面会してことさらに被告人を煽り、またその手紙を検察庁に提出することを繰り返していた、この経緯だけでも、被告人の不謹慎さへの認識がある程度改められるべきではないでしょうか。

 さらに、手紙は伝聞証拠ですから、簡単に証拠として裁判所に採用されることはありません。当然、2審の弁護人は、これらの手紙の証拠採用に抵抗しています。しかし、最終的には、被告人が裁判所からの質問に答え、「手紙を提出してもらっていいです。」と述べたことで、証拠採用されています。

 被告人は、友達の気を引くために非公開を前提に書いた手紙ながら、そういう手紙を書いたのは事実であり、正々堂々いさぎよく裁判所に提出されることを受け入れようとし、受け入れました。手紙の提出を阻止しようとしていたら、手紙の内容でここまで責められることもなかったでしょう。死刑の求刑で命を危険にさらされている中、このような手紙の提出を甘んじて受容した行為、そこに一定の誠実さを看取るのはあまりに甘すぎるでしょうか。

 <最高裁の弁論欠席について>

  最高裁の弁論欠席について私の見識を示せとの要望についてこれを述べることは、私にとってリスクが大きいだけですが、疑問を示されるのももっともですから、誤解され得ることを承知で述べておきます。

 これはよく知られているように、決してドタキャンではありません。期日変更の要請が却下され、それでは出席できない旨の事前連絡がなされていたようです。それでも弁論期日開催を強行した裁判所にも、疑問を感じます。「その日は都合が悪い」という理由で欠席の連絡を受けたのであれば、「じゃあこの日はどうですか。この日は。」と、できるだけ審理の遅延がない間近の期日を指定するという対応で問題を回避することもできたはずです。

 私自身は、他の事件で、最高裁から期日指定の連絡を受け、「準備に時間がかかるから」と言って9ヶ月後に延期してもらったことがあります。しかもその間準備し主張したことが影響し、重要判例集に載るような新判例になりました。ほかの弁護士にも同様の体験があります。

 この事件に限り、裁判所はこういう慣例に反した強硬な対応をしており、その理由も示されていません。ただ、私は当時の状況を直接体験したのではないので知る限りの情報や結果から見た独断的な評価にすぎませんが、私自身であれば、裁判所がこのような強硬な姿勢を示しているのに対し、それは不当と思うものの、他方でもっと早くから被告人と接見を開始するなどして、最終的には弁論期日を欠席しなかったであろうし、最終的に欠席という方法を選択したことは過ちであったと言えるだろうと思っています。

 裁判所の姿勢から、確実と断定できないものの、破棄差し戻しが予想されます。なにより欠席する度胸がありません。前述したような裁判所の通常の対応は法曹界のみの常識ですし、弁護人の欠席連絡を遺族に連絡しなかった裁判所の態度に不満を持つとしても、遺族として弁護人の行動に疑問と不満を感じるのはやむを得ないことですから、遺族に経緯を説明し過ちを謝罪する努力をするでしょう。しかし、実際には、言うは易く行うは難し、ですし、当時の状況から遺族が会ってくれない状況であったのかもしれません。

 もっとも、当時の弁護人としては、漫然と弁論に出席したことにより万が一にも最高裁が弁論を終結して自判し、すぐに被告人に死刑判決が下されることを容認することができずその損失を、自分らの信用失墜等の損失よりも回避したかったのでしょうから、価値観のウエィトの置き方が私などのレベルよりはるかに卓越しており、私の意見はたぶんに当事者でない者による結果論の性質もなくはありません。

2007年9月13日 (木)

今枝弁護士の話ーその9(コメントの質問に対する回答)

 今枝弁護士が、当ブログのコメント欄記載の質問に回答されたコメントをここに掲載する。

 ご本人の了解を得て、一部編集及び誤記の訂正をさせて頂いた。

いくつかの疑問に答えます。

Q 私のコメントに対する他の弁護人の反応
  静観されています。辞めろ、とか、こうしろ、という声は一切ありません。

Q なぜ22人も必要か
 本件は、最高裁が「事実認定は揺らぎなく認められる」とまで述べており、実質的に再審請求に近い困難な状況です。しかしなぜわざわざそこまで言及されたのか、読み方はいろいろあるでしょうが、差し戻し審に対する牽制の意味もあるのかもしれません。そうすると最高裁自身、差し戻し審で事実が覆らないか不安があったとも読む余地も生じます。
 再審弁護団で20人くらい集まることは珍しくありませんし、再審弁護団もほぼボランティアです。
 また、法医鑑定、心理鑑定、精神鑑定、短期集中審理などの方針から、通常よりもはるかに多くの人員を要します。

Q 被告人の反省について
 被告人は、最高裁段階まで、親にも見放され、友達も離れ、「不謹慎な手紙」の提出で誰にも手紙も書けなくなり、孤立していました。
 しかも、旧2審までは、被告人自身が認識していない事実関係を前提に、反省を迫られていました。「僕のやったことと違う。」という思いの中、真摯な反省ができるのは、どれほどの人間でしょう。
 彼の反省が十分ではなかった、到底反省していると思われにくい状況であったとしても、それを全て彼の責任にするのは酷ではないかと思います。
 今現在、被告人は、自分のした事実と厳密に向き合い、弱いところは弱いところとしてさらけ出し、今後反省を深めていくための努力をなしています。
 特に、彼を分析した家裁記録を彼自身が読んで内省を深めることが、成長に影響した面は少なくありません。
 私も当初は接見中、?、と思うこともありました。しかし、徐々に、本当に徐々にではありますが、ようやく彼も成長し始めています。十代の少年の苦悩と成長を、ようやく26歳の今ゆっくりと始めています。

Q 被告人の未成熟について
A 家裁の調査記録の随所に現れています。

 家裁記録で、

  •  「自尊意識が傷つきやすい未成熟」
  •  「原始的な迫害不安がでてくる」
  •  「幼稚で自己愛が強く」
  •  「性格偏奇、精神障害の疑いがある。」
  •  「内的活動は活発で空想癖を持ちやすい。」
  •  「3歳以前の生活史に起因すると思われる深刻な心的外傷体験や剥奪、あるいは内因性精神病の前駆等により人格の基底に深刻な欠損が生じている可能性も窺え」
  •  「父親から当時の少年としては理由の分からない強い叱責を受けていたことが原因であろう」
  •  「このような家族状況が、自己無価値感や傷付きやすい幼児的な自尊心の源泉」
  •  「同姓の友人関係での親睦や連帯に大きな価値を置いており」
  • 「異性関係については、未熟である」
  •  「男女の接近した関係を、『母と自分、それに介入する父(エディプス的状況)」といった枠組みで認知してしまいがちであり、そのために生起した依存感情や憎悪と性愛的感情の区別がつかなくなり混乱した行動に至りがちであろうと推察される」
  • 「被害者に実母を投影」
  •  「退行した心理状態」等とあり、「死者が生き返ると本気で信じている」
  • 「劇画化して認識することで安定しようとのの防御機制が働いている」

旨報告されています。
 学校の先生から見た被告人像も、「動作や話の内容が幼稚」「幼稚さがあり、判断力も甘い」等、その幼稚性を窺わせるものです。
 さらに、被告人が逮捕後に実弟から来た複数の手紙を見ると、延々とプロレスの話題のみが書かれています。こういう事態になって、兄弟とプロレスの話しかできない関係であった、ということです。

Q 不謹慎な手紙について
A これは私は、手紙の相手が酷いと思います。仮に相手をA君とします。
 A君は、検察に「こういう手紙をもらっている」として被告人の手紙を提出しながら、並行して、被告人に手紙を書き、その中で被告人を挑発し、誘惑してことさら不謹慎な手紙を書かせています。
 「天国からのラブレター」を差入れ、「こんなん書いてるけど、どう思う?」と感想を求めたのもA君です。ほとんど「おとり捜査」です。
 一方被告人は、自分の認識している事実とは異なる事実に反省を求められ、親からも見捨てられ、親しく話や手紙ができるのはA君でした。A君とは拘置所の部屋が隣りだっただけの関係なのに、A君を「親友」と呼びます。
 A君には分かってもらいたい、A君に離れていってほしくない、そういう寂しい状態の被告人が、A君が手紙の中でふざけた手紙や本村さんへの非難に迎合して、書いたものに過ぎません。少年記録にも、「その場ごとの期待に合わせて振る舞う順応性を見せる。」「周囲の顔色をうかがいながら行動することが習性になっている。」等と評価されています。
 それにしてもあまりに不謹慎すぎるとは思いますが、そういう背景を前提に評価して頂きたいと思います。

Q サポートしなかった周囲の責任
 少年記録にも、

  •  「受け入れがたい自分の悪の部分を切り離さずに自分のものとして受け止めていく作業を必要とするものであり、事件の重さに応じた相応の期間を要する。」
  •  「精神的にサポートを受け、ある程度安定した状態にないと困難であるため、定期的なカウンセリングが望まれる。」
  •  「今後起こりうる精神的な落ち込みを語れる場がないと大きく崩れるおそれも否定できない。社会復帰後の予後は施設内での経過次第である。」
  •  「いわゆる自己愛の傷つきに由来する人格の偏りであると考えられるため、将来的に当人格障害を含む、いわばDSMーⅣのクラスターBに該当する人格障害に固まっていく可能性はある。」
  •  「今後さらなる精査を行う機会があれば、衝動統制の問題については、器質的な負因の存在の有無を確認すること」
  • 「刑事裁判手続を通じて、罪の重さと現実の厳しさを直視させることが、本少年については不可欠の教育的意義を持つと考えられる。その上で、かなり長期間の施設内教育に委ねることが相当であろう。とりわけ贖罪教育に重点を置いて指導を行い、少年に罪の重さを認識させ、遺族に対する償いの念を深めていきたい。」

とあります。
 このような対処を、司法の過程できちんとなしていたら、もっと早く被告人に真摯な反省と更生の芽が生じていたのではないでしょうか。
 残念なことです。

2007年9月12日 (水)

産経新聞福富記者とフリージャーナリストの綿井さんの記事

 橋下弁護士がらみの場外乱闘に気を取られていたら、

 もう光市母子殺害事件の公判期日が迫っている。

 そのせいか、ジャーナリストや司法記者らのブログも更新されている。

 かねてから注目していたお二人のブログも更新されている。

 その一人は、産経新聞記者の福富正大記者のブログ

   にしてんま傍聴日記

 もう一人は、フリージャーナリスト綿井健陽氏のブログ

   チクチクPRESS

 このお二人とも、先回の公判のときの被告人の服装(タンクトップに軍パン)を取り上げているのが興味深い。

  福富記者の7月25日の記事はこちら

     月日はめぐれども

 別に被告がどんな服装をしようが決まりはないんだが、やっぱりタンクトップってのはこういう場でこういう立場でいかがかと思う。ちなみに遺族の本村洋さんは、どんなに暑かろうが法廷ではダークスーツを着ている。もちろん、ジャケットを脱ぐこともない。

 私もこのブログの記事を読んだときに、えーっと思った。弁護人は被告人に最低限「不謹慎と思われるような服装は避けるように」と注意するはずだ。ただでさえ被告人に対する眼が厳しいのに、どうしてこんな服装をさせてしまったのだろう、と思っていた。

  そして、綿井氏の9月12日の記事はこちら

     ランニングシャツ

 この服装に対して、傍聴していた記者たちの間でも様々な「推測」から「憶測・思い込み」までが飛び交った。「戦闘モードに入った」「調子に乗ってきた」などなど。その後のメディア報道でも同じだ。その服装に対して「ここに反省の情のかけらも見ることは私にはできません」とまで結びつけるテレビキャスターまで。毎回裁判の傍聴記を書いている人たちは、「猛暑とあって…」「梅雨明け直後の広島が暑かったこともあるだろうが…」と単純な想像をしていた。

 さて、実際にはこのランニングシャツの向こう側にどんなことがあったのだろう。なぜ彼はそんな服を着ていたのだろうか? いまヤフーにアップされている弁護団会見映像(7月分)の1回目を見てほしい。

 この被告人の服装の話は、今枝弁護士の話の中にも出てくるし、ヤフーの動画の弁護団の記者会見で安田弁護士も詳しく説明している。

 今枝弁護士によれば、

 さらに被告人が「午後からタンクトップのラフな格好で出廷した」と非難されていますが、その実態は、昼休みに護送車に乗った際、他の被告人の汚物が服に付き、着替えが無かったためです。弁護団は即日マスコミに説明しましたが、まったく報道されていません。

ということらしい。

 福富記者はこの記者会見を聞いていなかったのだろうか。もし聞いていたのなら、報道してもよかったのではないか。あるいは、産経新聞の記者も誰かは記者会見に出ていたであろうから、新聞記事やブログの記事に一言書いてくれてもよさそうなものなのに。

 被告人の服装というのは、裁判の内容に影響するような事実ではないが、こういうところからもいろいろな憶測や誤解が生ずるのである。

 綿井氏は、

 被告の元少年の法廷での表情・顔つき・目線・態度・容姿も含め、「一挙手一投足」にメディアが注目するのは気持ち的にはわからないでもない。しかし、ある細部の事柄から原因や胸中までを結びつけたり、ある事実にむやみに飛びついて勝手に推測するのは、ジャーナリズムや報道とは違うと思う。これでは「小さな事実から、間違った憶測」しか導かない。それがメディアを通じて「社会」や「世間」に拡散する。橋下弁護士の指し示す「社会」や「世間」とはそれで成り立つような世界なのだろう。

 と言われている。

  これは今枝弁護士の言う

 報道で言われていることというのは、ふたを開けてみれば意外な理由や状況であったりすることが多いのが、生の事件というものです。
 報道で分かるのは、実像の1パーセントにも至りません。

現在までの報道のほとんどは、枝葉だけを取り上げて根幹は紹介せず、「枝葉が腐っているから木ごと切り倒せ」というようなものと認識しています。

 に相通ずるものがある。

 もっとも、福富記者は大変良心的な記者だと思う。

  9月12日のブログの記事で

  弁護側の更新意見書の要旨と検察側の意見書要旨をしっかり掲載してくれている。あくまでも要旨だが、報道されているものの中ではかなり詳しい方だろう。

  本件に興味を持たれて、もっと情報がほしいと思っておられる方は、ぜひお読み下さい。

 

2007年9月11日 (火)

江川紹子さんの意見「刑事弁護を考える~光市母子殺害事件をめぐって」

 山口貴士弁護士のブログ

弁護士山口貴士大いに語る: 【続】橋下弁護士を提訴へ 光母子で「懲戒呼び掛け」

にジャーナリストの江川紹子さんの記事が紹介されていた。またコメントを頂いた「あおき」さんも同じ記事を紹介されていた。

 江川紹子ジャーナル

 刑事弁護を考える~光市母子殺害事件をめぐって

 さすがジャーナリスト、文章もすんなり読めて分かりやすい。

 橋下弁護士にたいそう厳しいご意見である。

 弁護士がワイドショーやバラエティ番組に出演するのは、法律的な説明や理性的な解説を加えて、話が感情だけに流れないようにすることに意味があると思っていたが、橋下氏はまったく逆。人々の怒りの感情をあおり、番組を盛り上げる役割に徹していた。弁護士というより、まるで大衆受けを狙う人気取りのタレントである。橋下氏を応援する人たちは、「彼は弁護士として、懲戒請求という制度を視聴者に教えてあげただけ」と言うが、実際の彼の発言はとてもそのようには聞こえない。

 全く同感である。確かに、このブログへのコメントやワイドショーのコメンテーターの発言にも「橋下弁護士は懲戒請求制度を教えてくれただけ」というものが多かった。

 しかし、橋下弁護士の発言を何度聞いても、「教えただけ」のようには聞こえない。明らかに「煽り」だろう。

 橋下氏らテレビでの発言の機会が多い弁護士は、本来は「世間」に対して「刑事弁護人の役割はこういうものです」と説明をし、冷静な対応を求める立場ではないか。なのに、ただでさえヒートアップした「世間」に対して、燃料を送り込んで団扇でバタバタあおいで炎を大きくしている感じさえする。

 請求の内容によっては、懲戒請求をされた弁護士の側から訴えられる可能性もある。実際、懲戒請求をした側が敗訴し、50万円の慰謝料を支払うよう求める判決が出ているケースもある。橋下弁護士は、そういう負担やリスクを説明せず、ただ「誰でも簡単に」できると、気楽なノリでしゃべっている。
 そのくせ、自分は懲戒請求をしてない。「時間と労力を費やすのを避けた」そうだ。橋下弁護士の話に共感して懲戒請求を行った人たちの「時間と労力」はどうでもいいのだろうか。煽るだけ煽って、自分は面倒だからと何もしないのでは、無責任のそしりは免れない。

 こちらも同感。

 そして、問題の番組「たかじんのそこまで言って委員会」についても、

 橋下弁護士の問題発言があった読売テレビ「たかじん そこまで言って委員会」は、生放送ではない。橋下氏も、「ここはカットされるかもしれないけれど」と前置きして話をしているところをみると、実際の放送時間より相当長い時間をかけて収録しているはずだ(出演者の顔ぶれを見ても、収録時間は相当長いだろうなと想像できる)。橋下弁護士の”煽動”が公共の電波に乗って放送されたのは、この発言を選んで放送したテレビ局の判断がはたらいている。
 番組では、橋下弁護士以外の出演者もすべて弁護団を叩いており、違う角度からコメントをする者は1人もいなかった。弁護団の言い分がVTRで紹介されることもなかった。一方的な「行け行けドンドン」の雰囲気で、果たして現在進行形で審理が行われている事件ものを扱うやり方として、適切だったと言えるだろうか。

と、厳しいご意見を述べておられる。

 裁判員制度との関連についても、

 特に、刑事事件に関しては、再来年には裁判員制度が導入され、一般国民が被告人を裁くようになることを考えなければならない。
 「あいつら許せん」という感情で裁判を行うわけにはいかないわけで、そのためにも、裁判員が予断を持ったり、「世間」が裁判員に危害を加えたりすることのないよう、冷静な判断を行える環境作りがメディアにも求められる。
 自主的な対応ができず、今のように感情を煽るような番組が垂れ流されている状況が続けば、様々な規制がかけられる事態も考えられる。そうなれば、事実を詳しく伝えたり、批判をしたりする報道の自由も危うくなってしまう。

 とされる。

 橋下弁護士と「たかじんのそこまで言って委員会」に対する批判のご意見については全く同感である。私もこのブログで同趣旨のことを何度も書いてきた。

 しかし、オウム真理教教祖麻原彰晃こと松本智津夫の控訴審の弁護人に対する批判については、私はまだ弁護人側の弁明を知らないので、賛否は決めかねる。

 また、富山の冤罪事件の国選弁護人については、弁護士会が調査中という記事が出ていたのを以前見たことがある。まだ処分が決まっていないのではないか。こちらについては、冤罪で逮捕された男性の言うとおりなら、弁護人は懲戒処分を受けても仕方がないと思う。

 その他、死刑廃止運動との関連についての記述には飛躍があると思う。

 弁護人が死刑の適用が見込まれる事件において死刑を回避するために弁護活動をするのは当然で、これは死刑存置論者の弁護人であっても当然しなければならないことだ。永山判決など他の判例の量刑基準を引き合いに出すのも当然である。

 今枝弁護士の話からしても、弁護団の全てのメンバーが死刑廃止論者ではないし、厳罰化の流れの阻止のために集まったわけではなかろう。21人(今は22人)というのも、本件のように業務妨害が見込まれる事件の弁護人としてはそれほど多い人数ではない。弁護人の仕事の内容からしても、2,3人でとてもこなせる量ではない。集中審理ともなれば、20人いても1人当たりの仕事の分担量は少なくなかろう。

 弁護団に対する批判「同じ内容の主張をするにしても、もう少し被害者側に配慮した対応はできるはずだ。なのに、もっぱら権力に敵対して権利を主張することを美学とする”原理主義”的な態度が、遺族の感情を逆撫でし、それに共感する多くの人たちの反感を招いている。にしても、もう少し具体的な指摘をして頂きたかった。

 「原則論だけで押し通そうとする弁護団の前時代的でKY(空気が読めない)的な対応」というが、私はヤフーの動画の記者会見からはそう感じられなかったが。特に今枝弁護士の対応はなかなかのものに感じた。

 ひょっとしたら最高裁の弁論後の安田弁護士らの記者会見のことだろうか。確かにあの記者会見については私もあまりいい印象を抱かなかった。安田弁護士と足立弁護士はどうも記者会見向きのお方ではないように思う。要するにヘタクソなのだと思う。しかし、弁護団の戦術や内容までも記者会見における「感じの悪さ」で評価するのはどうか。

 「今のように感情的なバッシングの嵐が吹き荒れていると、それには加担したくないと思えば、意見の表明がしにくい、実に不自由な状況になってしまっている。というのは本当だろう。

 しかし、江川さんには、ぜひワイドショーにコメンテーターとして参加して、この記事に書いてあるようなご意見をバンバン言って頂きたい。

 特に、橋下弁護士が出演する番組に一緒に出演して、橋下弁護士にバンバン意見を言ってほしい。

 (注) 枠内と青字は、江川さんの記事からの引用です。

               Yajirobei_mini

 

今枝弁護士の話ーその8

 今枝仁弁護士から、このブログに寄せられたコメントを掲載します。

  ご本人であることは管理人が確認済みです

 超初級革命講座で、多方面にご迷惑をかけてはいけないので一応説明を終了する旨書きましたが、やはりどうしても説明し誤解を解いたり、さらに議論の前提となる情報を提示したいとの思いがあり、今日コメントすることにしました。

 私の予想以上に、ご理解やご支援をいただき、恐縮、感謝、なにより安堵致しました。
 なおも反対意見も根強いですが、私は、意見には反対意見があるからこそ意味があるのであり、全ての反対意見をねじ伏せようとするものは意見ではなくプロパガンダに過ぎないと思っていますので、批判も大歓迎です。批判されることによって、意見は洗練されていくことが可能になります。そしてプロパガンダをするつもりは一切ありません。

 また、私は形式的には「理を述べた」つもりでしたが、自覚していなかった者の、実質的には「情を述べた」面も多々あり、しかもその「情」の部分が意外に支持を受けたようで、情を欠いた論理が、これまで法曹関係者に軽視され国民から不満が募る要因となっていたのではないかという問題意識が生まれました。
 丸山弁護士は、「裁判は情に流されてはならない」と述べましたが、情に流され過ぎて理を失ってはならないものの、あまりにも情を軽視した裁判は国民から信頼され期待される司法とは言えなくなりつつある、という社会情勢を感じました。

 そういう意味では、懲戒請求という制度を誤解させ扇動(本人は乗らなかったので先導や船頭ではない。)するような発言をした橋下弁護士の行為は違法だとは思うものの、示された問題意識に一部真摯に理解すべき部分があったことは否定しません。

 このコメントは、弁護団の公式見解ではなく私個人の考えであり私個人のみが全責任を負うべきものですが、上記した観点から鑑みると、これまでの光市事件の説明方法について、弁護士の身に付いた「論理」「強調」「アピール」という技法の用い方が下手で、強調すべきところがうまく強調できず、下手に強調すべきでないところの表現が下手(雑)で、受け手にとっては変に強調されて過印象を与えてしまった面は、不用意、未熟と思われても仕方がないかもしれないな、と思うようになりました。
 単に法廷で述べるだけの意見ではなく、記者会見しマスコミに交付する前提もあり作成された意見ですから、誤解や偏見が生じやすいマスコミの報道情勢に鑑み、誤解され偏見を持たれないような配慮はもっとすべきだったと反省しています。
 いくら理論的に説得を試みても、相手の情に響かない論理は、詭弁と言われても仕方がない場面もあるということを勉強しました。

 もちろん、報道の側の方では、より誤解と偏見がない報道姿勢を模索していただきたいとの思いと現状への不満は変わりません。

 その後いくら説明を尽くしてもいまだ誤解が解けない点も多々あります。

 例えば、アエラに、「赤ん坊を床に叩きつけたのは『ままごと遊びの感覚だった』」と引用されていますが、弁護人の更新意見で「ママゴト」と表現しているのは、水道工を装っての戸別訪問行為のことのみです。
 これまでの記録にも「暇つぶしと称して寂しさを紛らわすために」「会社の制服である作業着を着て会社名を名乗り会社のPRのつもりで」などとあること等から、強姦相手を物色するための行為ではなく、時間つぶしで仕事を演じて「仕事していない」罪悪感の代償行為であったことを評して「ママゴト」という言葉を使ったのですが、「ママゴト=幼い子供」というイメージが介在してか、夕夏ちゃんを叩きつけた行為がママゴトであったと主張したかのように誤解されいます。
 しかしそもそも弁護人らは「夕夏ちゃんを頭の上から叩きつけたというような行為は、夕夏ちゃんの遺体に頭蓋骨骨折や内出血が無いような状況から不自然で、被告人の捜査段階の自白にしかなく、公判でも述べられていないから、捜査官の創作である」旨主張しているのです。

 このような明らかな間違いが報道され続けることには閉口しますが、文字通り「口を閉ざし」ていても問題は解決しないことに早く気付けばよかったのかもしれません。

 それから、特に理解して頂きたいことがあります。
 橋下弁護士は、「供述の変遷理由を国民や被害者に説明しない説明義務違反が懲戒理由」と主張していますが、供述の変遷理由は次の被告人質問で被告人から聴くことになっています。
 その内容を、事前に説明しろと言われたら、それを不用意にすることによって被告人の利益を害する結果となることは目に見えています。検察官に反対尋問の材料を与えてしまいます。裁判所に予断を与えるおそれもあります。

 また、弁護団が審理を遅延させているのではないかという批判について、今現在「月に3日」の集中審理を行っているのは、弁護団からの提案です。
 遠隔地から来る弁護人の都合という実際的な面もありますが、この差し戻し審を、迅速に進めたいという訴訟戦略でもあります。
 その結果、年内結審も不可能でないペースで訴訟が進んでいます。
 繰り返しますが、集中審理は「弁護側からの提案」なのです。
もしも通常のペースで審理していたら、もっと時間がかかっていただろうし、仮に「死刑廃止のプロパガンダ」や「どんな手を使ってでも死刑を阻止」しようとしているのだったら、牛歩戦術のような方法をとっていたりするのではないでしょうか。
 そしてこの重大事案をこの迅速ペースで審理可能となったのは、約20人もの弁護士が集まっているからできたことなのです。

 もちろん、繰り返しになりますが、反対意見や批判をねじ伏せようとは思いません。
 しかし、状況認識を正しくされた上で、反対や批判の評価をなして頂きたいと願います。
 そのような反対意見のみが、相手の心に響き良い影響を与えることがあると思います。

 また、批判されることは、今後私たちがどうすべきかという点で参考になることもあります。
 「人間の心に響かない論理はいくら筋が通っていても詭弁だ」というご批判は、とても(表現できないくらい)有益でした。
 最も説得すべき裁判官も、人間ですから。

 長文におつきあい頂きありがとうございました。
 橋下弁護士のように簡潔に説明できないのが私の弱点です。

2007年9月10日 (月)

丸山弁護士が橋下弁護士に苦言ー「裁判は人情論に流されてはいけない。」

 昨日のこのブログのアクセス数は 12,851 であった。

 しかし、読者数はテレビの視聴者数の足下にも及ばない。

 ※ このブログの「今枝弁護士の話」をお読みの方で、ブログをお持ちの方、また掲示板などに書き込み可能な方は、ぜひこの「今枝弁護士の話」が多くの方に伝わるようご協力下さい。今枝弁護士ご本人の了解も得ていますので、転載もOKです。

 光市母子殺害事件の弁護団はいずれ裁判資料の一部をネット上に公開されるようだ(すでにマスコミ関係者や報告集会に出席した弁護士には提供されている)。確かに、この資料自体を直接検証しないことには、弁護団の主張に合理性があるかどうか、証拠に基づくものかどうか、も検証できないであろう。

 しかし、マスコミもそういう検証をした上で報道をしているのかにも疑いの眼を向けて頂きたい。

 公開される裁判の資料はごく一部にすぎない。その全ての公開が許されるのは判決が確定してからにすぎない。

 それにしても、弁護団から今現在公開されている資料

    弁護団の記者会見

     (ヤフーの動画で公開) 

 新たな記者会見(全9回)の映像も公開されている!!今枝弁護士もしっかり語っておられます。

    光事件Q&A(ヤメ記者弁護士さんのブログで公開)

    今枝弁護士の話(私のブログで公開)

 からすると、弁護団自体や弁護団の主張内容についての報道や風評にはデマが多すぎる。

 ぜひ上記資料に直接あたってみて下さい。

 ところで、

(前置きが長くなってすいません)

 昨日(日曜日)には今回の懲戒請求騒動の発端となった橋下弁護士の出演する「たかじんのそこまで言って委員会」が放映された。私の住んでいる地域でもこの番組を見ることができる。

  橋下弁護士には「今回の懲戒請求は絶対に不法行為に該当しないという(ご自身の)ブログに書いてあった)ご見解」や「なぜご自身では懲戒請求をしないのかという根本的な疑問」について説得力ある説明を期待していたのだが、全くの期待はずれであった。この番組については、後日また記事を書きたいと思っている。

 そして、今日は、橋下弁護士とともに「行列のできる法律相談所」に出演していて、今や国会議員となられている丸山弁護士からも、橋下弁護士に対して厳しい苦言が呈されたという報道があった。

丸山氏が橋下弁護士に苦言「発言やや軽い」

「丸山氏は「裁判は人情論に流されてはいけない。発言としてはやや軽い。結果的に国民感情をあおってしまった」と指摘。橋下弁護士は視聴者に対し、少年の弁護団の懲戒請求を求めるよう発言したが「懲戒請求は厳格なもの。十分な判定をせずに、請求をしたら制度が崩壊する」とした。

      (2007年9月10日06時00分  スポーツ報知)

丸山議員 橋下弁護士を「ガツーン」

「(橋下発言は)ちょっと軽い発言で、必ずしも適切ではない。国民感情をあおったからね。裁判は感情に流されてはいけない。これでは懲戒請求制度自体がダメになってしまう。今度会ったら、ガツーンと言っておきます」と一喝した。この一件で、橋下氏は被告弁護士4人に計1200万円の支払いを求める損害賠償請求を起こされたが、丸山氏は「橋下が(弁護を)頼みに来たら、感情を切り離してやってやらんといかん」と話した。

           ( 2007年09月10日付 スポニチ )

 丸山弁護士はさすがに同じ番組の出演者だけあって橋下弁護士の発言を「やや軽い」とか「ちょっと軽い」とかかばっておられるが、橋下弁護士の今回の発言は「やや」「ちょっと」軽い程度のものではない!!

 しかし、そのほかのご意見「裁判は感情に流されてはいけない。」「懲戒請求は厳格なもの。十分な判定(調査・検討のこと?)をせずに、請求をしたら(懲戒請求)制度自体が崩壊する」はごもっともである。

 丸山弁護士が橋下弁護士をどう諫めるのか、興味あるところだ。

2007年9月 8日 (土)

光市母子殺害事件の弁護団の一人で、橋下弁護士を懲戒請求煽動の件で提訴した原告の一人である今枝仁弁護士の話(まとめ)

 今枝仁弁護士の話をこのブログに掲載した。

 この話は、超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)と私のブログのコメント欄へ投稿されたものである。

 ご本人のものであることは確認できている。また、転載についても許可を頂いている。

 ※ この今枝弁護士のお話は転載OKです。ご本人の了解を得ています。弁護団の一人である今枝弁護士から直接発信された情報として、できるだけ多くの方にお読み頂きたいと思います。  

  下記に、今枝弁護士の話の当ブログの記事へのリンクをはっておく。

   今枝仁弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士を提訴した原告の一人)の説明  

   (事件全体について)

 今枝弁護士の経歴

  (橋下弁護士もびっくりのご経歴の持ち主です。しっかり「世間の風」を吸い込んでおられます。)

 今枝弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士提訴の原告の一人)の話ーその1

  (弁護団に加わった経緯、被告人の斜視についてー本村氏を法廷で睨んだとの報道に関するもの、被告人の未成熟性の主張について、その他被告人の問題の手紙について)

 今枝弁護士の話ーその2

  (弁護団の主張の報道について)

 今枝弁護士の話ーその3

  (弁護団による情報提供について、もっと早く情報を開示すべきではなかったかという批判に対して)

 今枝弁護士の話ーその4

  (被告人の問題の手紙について)

 今枝弁護士の話ーその5

  (被告人が4~5歳の発達レベルで(問題の)手紙を書いたというのかという批判に対して)

 今枝弁護士の話ーその6

 (今枝弁護士に最高裁の弁論に欠席した責任を追求することに対して)

 今枝弁護士の話ーその7

 (弁護団は被害者・遺族の気持ちを考えていないという批判に対して)

追記:

<コメントをお寄せになる方は、まず管理人からのお願いをお読み下さい。>

 管理人が「真面目な議論が可能な方」と判断させて頂いた方のコメントのみを掲載させて頂きます。

 感情のみに依拠する論拠のないコメントは排除させて頂きますのでご了解下さい。

 また、コメントを寄せられるときは、必ず実名かハンドルネームをおつけ下さい。引用するときなどに特定ができませんので。

 なお、「名無し」とか「通りすがり」などのハンドルネームはあまりにも多用されていて、どの方のコメントか特定しずらいので、できるだけ特定が容易なお名前をご選択下さい。

今枝弁護士の話ーその7

引き続き今枝弁護士の話

 弁護団は被害者・遺族の気持ちを考えていないというコメントに対して

 被害者・遺族の気持ちを考えていない、という批判に対し、誤解され得ることを承知で、正直に気持ちを述べます。

 私は、前述のように自分自身事務所を拳銃で銃撃するという被害に遭いましたし、裁判所刑事部事務官、検察官、刑事弁護人の職務を通じ、何十・何百という被害者の方と話をし、その法廷供述を目の当たりにし、何百・何千という供述調書を読んできました。

 不謹慎に思われるかもしれませんが、仕事がら死体の発見状況、解剖状況を見ることも多く、ご遺族のやるせない気持ちに触れることもたくさんありました。

 その課程で、図らずも不覚ながら涙を流したことは数えきれません。 

 本件も特にそうですが、それ以外にも、松本サリン事件の現場記録には胸がつぶれる思いをしました。
 普通の生活の課程で、突如サリンによる攻撃を受けた人は、何が起こっているか分からない状況で苦しまれ死に至っており、その状況からそれがはっきりと分かりました。

 通常の事件では、被害に遭った方が亡くなっている状況だけですが、その現場付近は、ありとあらゆるすべての生き物が、死んでいました。 池の魚は浮き、鳥は地に落ち、アリは隊列のまま死に、まさに地獄絵図とはこういうものか、と感じました。 

 そして、亡くなった方々の生前の写真、友人らの追悼の寄せ書き、それらの資料からは、突如として亡くなった方々の無念や、ご遺族・知人らの残念な思い、怒りは、想像を絶するものと思われました。

 私は、日常の生活とは無関係なところで起きている事件の、マスコミ報道を見て怒っている方々の多くよりはきっと、職務経験的に、被害者やご遺族らのお気持ちを、もちろん十分理解したとまでは言えないかもしれないものの、少なくとも触れて目の当たりにし体験しています。その壮絶さは、ときには肌を突き刺す感覚で身を震わせます。

 職務の過程で、もし自分や家族がこういう被害に遭ったらどう思うだろうか、同じような被害に遭って果たして加害者の死刑を求めないだろうか、という自問自答は、それこそ毎日のように私の心を襲います。そしてときには苦しみ、ときには悩み、日々の職務を遂行してきました。正直に言いますが、自責の念にとらわれて煩悶することも、ありました。

 しかし、対立当事者間の主張・立証を戦わせて裁判官が判断する当事者主義訴訟構造の中での刑事弁護人の役割は、被告人の利益を擁護することが絶対の最優先です。

 むやみやたらに被害者・遺族を傷つけるような行為は自粛すべきものの、被告人の権利を擁護する結果、被害者・ご遺族に申し訳ない訴訟活動となることは、ときには避けられません。
 そういう衝突状況で、被害者・ご遺族を傷つけることを回避しようとするばかりに、もしも被告人に不利益が生じた場合は、刑事弁護人の職責は果たしていないことになってしまいます。

 被害者・ご遺族の立場を代弁し、擁護するのは検察官の役割とされています。それが当事者主義の枠組みです。

 典型的な例は、被害者が死亡しているのが明らかな場合に、被告人が「自分は犯人でない」と主張し、それに従って弁護するときです。
 ご遺族からすると、検察官が起訴した以上その被告人が犯人であり、犯人が言い逃れをするのは許し難く、被害感情を傷つけることになります。
 しかし弁護人は、被告人が「自分が犯人でない」と主張する以上は、その言い分に従い(証拠構造上その言い分が通るのが困難であればそれを説明し議論した上で最終的には従い)、被告人が犯人ではないという主張・立証を尽くさなければなりません。
 その場合、職務に誠実であればあるほどご遺族を傷つける可能性もありますが、それをおそれて被告人の利益を擁護することに手をゆるめてはならない立場にあります。 

 そして、被告人の弁護をなす課程で、「被害者・遺族の気持ちをまったく理解しようとしない。」という批判を受けます。
 人間ですから被害者・ご遺族の立場に最大限配慮しているかのような態度をとって、批判をかわしたい気持ちもありますが、そのような自分の都合で被告人の権利擁護の手をゆるめることはできません。

 このような刑事弁護人の苦悩は、経験のない一般の方に理解していただくのは困難かもしれません。なにも見下しているわけではなく、実際に体験してみないと分からないことはほかにもたくさんあります。

 私も体験したわけではないので適切な例でないかもしれませんが、会社で例えると、従業員をリストラせざるを得ない上司の立場に似ているでしょうか。
 リストラされる従業員の苦悩を、その上司は経験上痛いほど自分なりに感じて苦悩していることも多いでしょう。
 そして第三者は、「リストラされる者や家族らの気持ちを考えているのか。」「考えていないから平気でリストラができるんだろう。」と批判するかもしれません。

 おそらく、「そのような一般論はいいけれど、光市事件差し戻し審の主張内容からすると、被害者の尊厳やご遺族の気持ちを考えていないのではないかと批判されても仕方ないだろう。それに被告人の利益にもなっていないではないか。」とのご指摘があろうかとは思います。
 しかし、これだけの凄惨な事件の弁護活動を職務とし、毎日のように記録(もちろん本村さんの「天国からのラブレター」も)に触れ、世間から激しいバッシングを受けている過程で、被害者・ご遺族の気持ちにおよそ思いを馳せないというような人間が存在し得るでしょうか。

 自分の家族が同じような被害に遭ったら、という自問自答は、数え切れないほど繰り返し、何度夢に見たことでしょう。
 こういうバッシングを受けたり脅迫行為も受けている状況ですから、他の大勢の方々とは異なり、私たちには現実に起こりうる危惧です。

 「主張内容からみる限り、被害者・ご遺族の気持ちをまったく理解しようともしていない」「被告人の利益にもなっていない」とのご批判についても、マスコミ報道から受けた印象だけではなく、私のつたない文章(すべての思いがとうてい筆舌に尽くせぬことにもどかしさを感じます)や、もうすぐ広まりわたるだろう弁護団の主張全部やその根拠となった鑑定書等を検討した上で、ご再考いただきたいと思います。

 すべてを書き尽くすことは到底できませんが、家裁記録に「孤立感と時間つぶしのため、会社のPRと称して個別訪問した」「部屋の中に招き入れられて、不安が高まっている」という記載は「個別訪問は強姦相手の物色行為ではなかった」との主張に結びつき、「被害者に実母を投影している」「非常に退行した精神状態で進展している」という記載は「甘えようとする気持ちで弥生さんに抱きついた」という主張に結びつくなど、従前の記録中の証拠にも、現在の主張の根拠は多数あったことを紹介しておきます。

 私たちは専門家としての刑事弁護人ですから、なんら証拠に基づかない主張の組み立ては行っていません。
 あの「ドラえもん」ですら、捜査段階の供述調書に出てきます。

今枝弁護士の話ーその6

引き続き今枝弁護士の話

 今枝弁護士に最高裁の弁論に欠席した責任を追求するコメントに対して

 ○○○さんのように、最高裁段階の弁護団と、現在の弁護団を混合して批判されることには戸惑いを禁じ得ません。

 橋下弁護士が懲戒請求を扇動し、懲戒請求を受けている1人である私は、最高裁段階で弁護人ではなく、よって欠席などもしておりません。

 
 それなのに、なぜ、その後弁護団に入ったということで、最高裁で欠席したことの批判を受けなければならないのでしょうか。

 批判されている弁護団に後から入ったら、自分が参加する前に自分が関与していない行為についても懲戒請求できる、という論拠はどこにあるのでしょうか。

今枝弁護士の話ーその5

引き続き今枝弁護士の話

 被告人が4~5歳の発達レベルで(問題の)手紙を書いたというのかという批判のコメントに対して

 それから、弁護団は、「被告人の発達レベルが4、5歳程度」という主張はしていません。
 これは、「家裁の記録にはそう書かれている」、という指摘です。弁護団ではなく家裁調査官が言ったことです。

 弁護団としては、「4、5歳というのはあまりに言い過ぎだが、状況的に見て、事件当時は11~12歳レベルの発達だったのではないか」と主張していいます。

 逮捕後の被告人の写真を見ても、中学1~2年生かと思うような幼稚な風貌です。

 皆さんは、非行を繰り返した挙げ句の凶悪少年をイメージしておられるでしょう。私もこの事件に入るまではそうでした。

 そうすると、これを前提に類推すると、「不謹慎な手紙」を書いたころの発達レベルは、14~15歳前後レベルという推測になるでしょうか。
 そうすると、手紙の内容と発達レベルがおおむね合致してくるのではないでしょうか。

 「4~5歳レベルであの手紙を書いたというのか」という批判が論理的でないことは理解頂けましたでしょうか。

 なお、精神鑑定医は、「被告人は、父親の暴力から互いを守り合う母親との母子の精神的分離が未熟だった上、13歳のときに母親が自殺しそれを目撃したショック等で発達が停滞していた」とし,通常の18歳の少年と同等の責任を問うのは厳しい、と鑑定しています。

今枝弁護士の話ーその4

 引き続き今枝弁護士の話

  被告人の問題の手紙について

 2審の段階で取りざたされた、被告人の「不謹慎な手紙」が今なおマスコミで取り上げられ、被告人が反省していないという根拠とされます。

 これについては、旧2審判決で、「しかしながら、被告人の上記手紙の内容には、相手から来たふざけた内容の手紙に触発されて、殊更に不謹慎な表現がとられている面もみられる(少年記録中では、被告人が、「外面では自己主張をして顕示欲を満たそうと虚勢を張る」とも指摘されている)とともに、本件各犯行に対する被告人なりの悔悟の気持ちをつづる文面もあり」とし、被告人なりに一応の反省の情が芽生えるに至っていると評価しています。

 つまり、手紙の一部ですから、全体の中の流れ・文脈や、その手紙を書く動機となった相手からの手紙の内容等を総合して評価すべきであり、枝葉を取り上げてのみ評価すべきではないとの価値判断をされたものと思います。

 確かに不謹慎な内容の手紙であることは否定できませんし、上記判決の評価に加えこれを擁護する説得力ある論拠もなかなか現時点で見あたりませんが、判決でこのように評価されていることを踏まえ、報道されるのが正しいあり方ではないでしょうか。

 なお、橋下弁護士の発言が報道されるまで差し戻し審弁護団への懲戒請求は0件、放映日の日付が1件目でした。

今枝弁護士の話ーその3

 引き続き、超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)に寄せられた今枝弁護士のコメントを、ご本人の了解を得て転載する。 

 弁護団による情報提供について、もっと早く情報を開示すべきではなかったかという他のコメントに対して

 情報提供についてですが、これまで弁護活動上の情報開示としては、弁論要旨や更新意見書等の書面を配布して記者会見をする程度が一般的であり、かつ、それで十分とされていました。

 光市事件弁護団も、通例に従ってそのような努力をなしていました。
現在、重要資料を冊子にして配布し始めたほか、それらをインターネット上で開示することを準備中ですが、これまでそこまでやっていなかったことをもって説明義務違反になるというご批判でしょうか。

 確かに、誤った前提による誤報道については、もっと早く対応をすればよかったかもしれません。

 たとえば「21人全員死刑廃止論者だから、死刑廃止のプロパガンダのために事件を利用している」などという誤認については、放置してしまったがために誤解が固定してしまったかもしれません。しかし遺族である本村さんがそれをおっしゃっている場合にそれに反論することが、遺族攻撃と批判される可能性もあり、それを自粛したという面もあります。

 なお、そのような一例を挙げると、「不謹慎な手紙」の中の「7年でひょっこり地上に芽を出す」という記載について、元検察官のコメンテーターが、「こういうことは普通知らない。そういう悪知恵がついているということは、相当な知能犯」みたいなコメントをしているのをテレビで見たことがあります。しかし、被告人によると(守秘義務は解除されています)、本村さんの「天国からのラブレター」を読んだときに、「少年だと無期懲役と言っても7年で出所してしまう」と書いてあったことで知ったとのことです。仮にこれが本当だとすると、遺族の書籍が被告人に知識を与え、不謹慎な手紙に影響してしまった可能性、という不幸な連鎖の可能性があります。これまでこのことは「遺族批判」と批判されるおそれがあるので伏せてきました。しかし次回の被告人質問で明らかになるし、そのときにまたこのことが「枝葉」として拡大され全体像をぼかすおそれもあるので、思い切って書きました。

 こういうふうに、一つ一つあげればきりがないほどですが、報道で言われていることというのは、ふたを開けてみれば意外な理由や状況であったりすることが多いのが、生の事件というものです。
 報道で分かるのは、実像の1パーセントにも至りません。
 言うなら「事件は報道より奇なり」です。
 橋下弁護士ら弁護士であるコメンテーターは、そのようなことが十分に分かっていてしかるべき経験を有しているはずではないか、と思います。

今枝弁護士の話ーその2

 先回の記事と同様、超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)の今枝弁護士のコメントを、ご本人の了解を得て転載する。

 弁護団の主張の報道について

 なんども繰り返すようですが、弁護団の主張がどういうものであるかは、報道を見ただけの感想で評価するのではなく、全体として評価していただきたいと思います。

 これについては、今、更新意見書等の資料をアップする作業を進めています。なお、最高裁段階の主張は、すでに「光市裁判」という書籍が発売されています。

 弁護団の主張の内容を検討して、なお「おかしい。納得がいかない。」と批判されるのであれば、我々も自己批判の検討材料とすることができますが、現在までの報道のほとんどは、枝葉だけを取り上げて根幹は紹介せず、「枝葉が腐っているから木ごと切り倒せ」というようなものと認識しています。

 私も、もし、外部から今の報道だけを見て判断したら、こういう荒唐無稽な主張をすることは被告人のためにならないばかりではなく、裁判制度を侮辱しているのではないかと感じるかもしれません。しかし、報道のされかた自体の問題が介入していることを理解していただき、主張を全体として評価して頂ければ、その中での枝葉の位置づけ(なぜそういう枝葉がそこにあるか)がより理解されるのではないかと思います。

今枝弁護士の経歴

 これから、今枝弁護士が超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)に投稿されたコメントを、ご本人の了解を得て、このブログで紹介する。

他のコメント投稿者の指摘(出所は不明)

 この今枝弁護士は、広島で屈指の刑事弁護人。
  しかも、高校を中退し大検で大学入学、マサチューセッツ工科大学に留学し、ホスト、裁判所事務官、検事を経て弁護士になったということだから、橋下弁護士と同等以上に世間の荒波にもまれていた様子。
 さらに、3年前には拳銃で銃撃されたらしい。

に対しての今枝弁護士の回答

 広島屈指の刑事弁護人か、橋下弁護士以上に世間の風を吸っているか、その評価はともかく、それ以外の経歴についての記載はおおむね事実です。ただしマサチューセッツ工科大学に留学というのは誇張で、夏休みに4週間語学留学したにすぎません。生徒は全員日本人でした。

 私の経歴としては、高校を中退して大検を取得して22歳でようやく法学部に入学した、水商売をやっていた、東京地方裁判所刑事部の職員をしながら働きながら勉強して司法試験に合格した、検察官をやっていた、事務所を(おそらくヤクザに)銃撃された、ということでたまにとりあげられることがありました。
 

 このように私はエリートではなく、「弁護士はみな法律オタクのエリートで世間知らず」という橋下弁護士の論調自体、視野が狭いものと言うべきではないかと思います。

 検察を辞めた理由は、体調を崩したのと、父親が60歳前に退職し長男だから広島に帰ろうと思ったのと、18歳の女子高生が飲酒運転の車にはねられ顔を複雑骨折したというせい惨な事件の公判立ち会いで泣いてしまったことから検察官として失格と思ったこと等です。

 私が刑事事件に力を入れるのは、上述のように社会の底辺をさまよっていた経緯で、自分も多くの過ちを犯した自覚もあり、人間が失敗することと人生に再チャレンジすることへの思い入れからくるのかもしれません。

 なお、事務所を銃撃されたときの犯人はまだ逮捕されていません。その目的も分かりません。目的次第によってはいつ何をされるか分かりません。事件のあと数ヶ月間は「今日1日生きられるか」という緊張感で頭が狂いそうでした。家族らに加害される心配で仕事も手に付きませんでした。銃撃にまで至らなくても、なんらかの加害行為はいつどういう態様でやってくるか分かりません。今もその心配はぬぐえません。

 このように、私も、犯罪被害者としての苦悩を、本村さんの何百分の1かもしれませんが、少しは実感しているつもりです。

今枝弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士提訴の原告の一人)の話ーその1

 このブログのコメントに、今枝仁弁護士からのコメントが寄せられた。

 ご本人のものであることは、私が直接事務所に電話をして確認したので、ここに掲載する(コメント欄は読みにくいので)。

 光市母子殺害事件について弁護団を批判される方も、マスコミ報道から得られる情報(その多くが被害者遺族寄りである)のみではなく、弁護団から直接発信される情報も、検討資料とされるべきであると思うからである。

 これから順次、今枝仁弁護士のコメントをアップしていく予定である。

 ここで示されている疑問について、説明致します。

 私が弁護団に加わった理由と経緯について
正直に言いますと、端的に言えば、足立修一弁護士との友情関係からです。
 最高裁の弁論欠席後、社会からバッシングを受けている足立弁護士の憔悴しきった姿を見て、事件が広島高裁に差し戻されたときに、負担と批判、リスクを広く分担するために、広島で何人かお手伝いしようという話になったときに、多くの弁護士は断りましたが、私は他人事として放置することができませんでした。
 しかしそのときは、私もそれまでの報道の影響を受けており、この事件におよそ救いというものはないだろうし、本村さんの発言にもある程度共感をしていましたので、死刑判決という結果になる過程でやるだけのことをやって弁護人の役割をこなせばよい程度の認識を出ていませんでした。

 その後、被告人と接見し、記録を読み込んでいるうちに、本件については看過できない事実誤認が生じており、これをそのまま維持されて量刑も死刑に変わるということになると、もはや刑事司法における正義には絶望せざるを得ないとも言える状況にあることが理解でき、証拠を吟味し、被告人の言い分に耳を傾け、その内容の合理性を考えながら、今のような訴訟活動をなすに至りました。

 主張の根幹は、被告人の精神的未熟性、生育歴と家庭環境の本件発生への影響、個別訪問の目的は強姦対象の物色でなかったこと、弥生さんに抱きついた時点では強姦の意図まではなく抵抗を受けてパニック状態で死に至らしめたこと、殺害態様として認定されているような行為態様ではなく確定的殺意の認定は不合理であること、夕夏ちゃんへの無惨な殺害行為は客観的証拠と矛盾し被告人の捜査段階の自白しかなくことさら凶悪に創作されていること、姦淫行為は純粋な性行為と言うよりは自殺した母親に甘えたいという抑圧された愛欲の面も窺えること、等です。

 確かに、その文章における表現方法において、マスコミに揚げ足をとられるようなデフォルメ的な表現があったことは、より慎重に検討すればよかったと今となっては反省する面もあります。根幹の主張に力が入っていましたが、枝葉をここまで拡張されて報道されることを予想すれば、枝葉のディテールをもっと慎重に描写すればよかったという反省です。

 被告人の斜視について
被告人は、片目の視線を見たい対象に合わせ、その際他方の目は外側を向きます。
 だいたいにおいて、左目で相手を見、そのとき右目はかなり外側を向いています。
 退廷するときも、被告人から見て右側が傍聴席ですから、被告人が前を見ていても、右目は斜め右前、つまり本村さんの方向を向いていた可能性はあります。
 その右目を、本村さんが、睨んだと感じたとしても不自然ではありません。
 その際、その右目は、何も見ていないので、感情のない、冷たい、不気味な目のように感じられるかもしれません。

 被告人の未成熟性の主張について
 家裁の記録は、「発達レベルは4、5歳程度」という部分だけではなく、随所において、被告人の精神的未熟性と、退行的心理状態を認定しています。
 家裁記録には、鑑別所技官の意見と、家裁調査官の意見の2通りあり、それぞれ複数の担当者が共同調査を行っていますが、いずれの意見においても、被告人の未熟性が認定されています。
 これに加え、あらたに鑑定を依頼した心理学者、精神科医のいずれも、その分析方法は異なるものの、結論においては被告人の精神的未熟性を認定します。父親の虐待から守りあつ母親と母子未分離の精神状態にあるなかで母親の自殺死体を目撃したことがトラウマとなり、発達は停止し、「ゲームなど虚構の世界に逃避し、その後退行状態に逃避する。その2重構造は容易に崩せない」等と評されています。
 これまでの刑事記録における被告人の供述内容にも随所に上記の評価を得心させるような発言があり、弁護人が接見した際の被告人の言動からも上記の評価は納得できるものであり、これらを総合して、主張の根拠としました。

 「不謹慎な手紙」の、「7年でひょっこり地上に芽を出す」という表現から、「普通の人がおよそ知らないような法制度まで熟知しており、ずる賢い上に能力も高いはず」と批判されますが、被告人によれば、本村さんの「天国からのラブレター」に、「少年であれば無期懲役になっても7年で釈放されうる」という記述で知ったそうです。仮にこれが事実ならば、遺族の著述で加害者が知識を得、それが不謹慎な手紙に記載され、しかも相手と検察官により暴露された、という不幸な連鎖ではないでしょうか。
 この言い分については、本村さんを傷つける可能性があるため、これまで伏せていました。
 しかし次回の被告人質問で出てしまうため、これが「枝葉」として拡張されすぎることを回避するため、被告人のためにあえて書きました。 

管理人からのお願い

 光市母子殺害事件について、有意義なコメントをたくさん頂いている。

 刑事弁護人の役割について、弁護士の使命について、またこの事件の真相について、読者の皆様からたくさんのご質問やご意見を頂いている。

 私は、弁護団には橋下弁護士のいうような「説明責任」は全くないと思うが、弁護士や弁護士会には弁護士の使命や刑事弁護人の役割について、世間に理解を求める責任(法的責任ではなく社会的責任)があると感じる。

 しかし、にわかブロガーの一弁護士にすぎない私には大変荷が重い。時間の許す限りで努力するつもりではあるが。これからまた忙しくなるので、コメントの質問に一つ一つお答えするのは無理である。

 そこで、

 このブログをお読み下さっている法曹関係者の方には、ぜひコメントを寄せられる一般の方々の刑事裁判、刑事弁護人の役割、弁護士の使命などについてのご質問に、ご都合のつく限り回答をお願いしたい。また、誤解に基づくものであれば、その誤解を指摘し説明をして頂けると大変ありがたい。

 また、

  できれば、今枝弁護士や弁護団の方々には、公表可能な弁護資料をインターネット上に直接公開して頂けないかとかねがね思っていた。その後、弁護団はネット上の公開を準備中であるという情報を得た。

 光市母子殺害事件についてもっと知りたい、正確な情報を得たいという方は、今しばらくお待ち下さい。そして、マスコミ報道のみから弁護団の弁護活動を批判している方々も、弁護団から直接情報が公開されるまで待って下さい。

 今枝弁護士のコメントを読むと、こういう弁護団の生の声というのは、大変説得力があると感じた。

  私はなにせ1年半程度のにわかブロガーだし、このブログのコメント欄は視認性の点でいまいちなので、できれば今枝弁護士や弁護団には、HPやブログなどで直接生の声を公開して頂ければと思うのだが。

 (橋下弁護士もそうしているように)コメント欄やトラックバック欄は閉じておけばいいし、弁護団全員が記事を掲載できるようにする(複数の人間が記事の投稿ができる設定も可能なはずだ)などの工夫をすれば、時間もそれほどかからないし、労力も分担でき、根拠なき批判を回避することが可能な気がするが。ぜひご検討頂きたいと思う。

 なにせ、私は部外者の一弁護士にすぎず、弁護団や弁護内容に対する誤解を一つ一つ解いたり、守秘義務違反にならないか、関連の出版物からの引用について著作権法違反にならないかなどチェックできる立場にない。

 弁護団が報告集会で交付された資料や出版物に掲載されている資料に基づいて一般の方々の抱いている誤解のいくつかを訂正することは可能であるが、それにも限界がある。

 弁護団は、本件の弁護活動や日常業務、それに懲戒請求に対する対応でたいへん忙しいのはよく理解しているが、最近の情勢からするとこういう努力も必要ではないかと感じる(もちろん、説明義務などというものではないが)。

 もし、技術的な面で困難を感じておられるのであれば、協力できる弁護士(今やネットに詳しい弁護士はたくさんいる)もいると思うのだが。

追記:

 これからは「真面目な議論が可能な方」と管理人が判断させて頂いた方のコメントのみを掲載させて頂きます。

 これからは感情のみに依拠する論拠のないコメントは排除させて頂きますのでご了解下さい。

 また、コメントを寄せられるときは、必ず実名かハンドルネームをおつけ下さい。引用するときなどに特定ができませんので。

 なお、「名無し」とか「通りすがり」などのハンドルネームはあまりにも多用されていて、どの方のコメントか特定しずらいので、できるだけ特定が容易なお名前をご選択下さい。

2007年9月 7日 (金)

光市事件弁護団への怒りと刑事弁護人の役割の理解の難しさ(人生幸朗さんのコメントと小川弁護士のHPから)

 刑事弁護人の役割について、また真面目な質問を頂いている。

 この質問に分かりやすく答えるのが(去年もそうだったが)一番難しい。

 しかし、この光市母子殺害事件の弁護人の弁護活動にこれだけ多くの方が怒りを抱かれるのは、やはり刑事弁護人の役割について根本的な誤解があるからと感じる。誤解に基づいた怒りが暴発しているのである。

 本当は、テレビに出て弁護士の仕事について説明するのがうまい橋下弁護士らがこういう誤解を解くために説明して下さるといいと思う。橋下弁護士が、弁護人の誠実義務を理解していることは、先日のTV番組の発言ではっきり分かった。醤油のびんを万引きした被告人が「醤油のびんの方が勝手に買い物かごに入ってきたんだ」と言うのをそのまま主張したことがあるが、それも弁護人としては仕方がないことなのだ、などと述べていたから。

 だから、橋下弁護士も例の弁護団の報告集会に出てからは弁護団の主張を攻撃しなくなった。さすがに彼も弁護士だ。弁護団の説明を聞き資料も見て、弁護団の主張が弁護団の捏造や弁護団が被告人に言わせているものではなく、誠実義務に基づくものであることを理解したのだろう。

 だから、今は、懲戒事由として、弁護団の「説明責任」などという珍妙な概念を持ち出しているのである。

 テレビに出る弁護士らは、どうしてこういう刑事弁護人の役割を説明しないのか。それは、被害者やその遺族に反発を受け、ひいては視聴者の反発を受ける可能性があるからだ。被害者であるという「絶対的正義」に寄り添った方が、反発を受けやすい刑事弁護人の役割をくどくどと説明するよりも、はるかに楽だからである。

 おそらく刑事弁護人の役割について理解が得られないと弁護団がいくら本件の主張を説明しても弁護団の弁護活動自体についての理解も得られないだろう。それを全て弁護団に説明せよというのは酷である。ましてや説明しないから懲戒事由になるなんていうのは暴論にすぎる。

 裁判員制度の実施を目前にして、刑事弁護人の役割が理解されないままでは大変なことになってしまうと実感する。本来、弁護士会や弁護士会の刑事弁護委員会などが組織的に説明するべきであると考える。

 さて、私は一ブログの管理人として、自分のできることはしようと思っているが、仕事もありそうそうコメントに回答したり、記事で説明したりすることはできない。

 まずはできることから始めようと思う。

 そこで、以前コメントを下さった「人生幸朗さんのコメント」を紹介する。

 (管理人の説明に)異論を述べる方々のコメントには、そもそも刑事弁護人の役割についての誤解があります。これを解かない限り、いつまで経っても不毛な議論が続き、弁護士のごく当然の議論に対して「一般人を見下している」だの、「理屈で感情を抑え込もうとしている」だのといった筋違いのコメントが戻ってきます。この点について、自由法曹団の松井繁明弁護士が自由法曹団通信1242号(7月11付)に分かりやすい説明を書いておられます。全文引用は長くなりますので、ポイントを紹介します。

①「無罪の推定」・・如何に凶悪な罪を犯した(と報じられている)者も有罪判決が確定するまでは「無罪の推定」を受ける。光市事件の被告人は未だ有罪判決が確定してはいないので、罵倒、侮辱してはならない。

②近代司法における弁護人制度・・いかに全ての国民から非難されるような被疑者・被告人といえども、資格を有する弁護人の弁護を受ける権利が憲法で保障されている。「弁護人を選任した」「弁護人が被告人に有利な主張をした」ことを「卑怯」「無反省」と非難するのは誤りである。

③弁護活動の自由・・弁護人は職業的知識と経験に基づいて自由な弁護活動が保証されなければならない。弁護活動の内容が気にくわないからといって非難するのは弁護活動の自由を侵害しかねない。

④「有罪の弁論」は許されない・・・・この点が一番理解されていない。被疑者、被告人があくまで無罪を主張する場合、弁護人には「有罪の弁論」が禁じられている、「有罪の弁論」こそ弁護士倫理の最大の背反であり、弁護人の無罪主張を非難するのは弁護士倫理への背反を強要するものであること。

 結局長い引用になりましたが、参考までにご紹介しておきます。

 また、α-staffさんという方が紹介して下さった小川総合法律事務所の小川義龍弁護士のHPの「今、私が考えていること」というページの

  刑事弁護人の役割 からの引用

 法治国家というものは、リンチを否定して、適正手続で刑罰権を行使するという建前です。裁判所が犯人と認定するまでは、犯人ではありません。
 そして、この認定は、人が行うものですから、一つの過ちだってあってはいけないのです。だから、検察官と弁護人が、それぞれの角度から光をあてて裁判所に誤りのない判断をしてもらう。そのために、弁護人は「敢えて」アンチテーゼを唱える役割を法律上担わされているんです。
 弁護人個々人の主観としては「こんなのこいつが犯人に決まってんだろ、やってらんねーよ」と思うものもあるかもしれません。でも、弁護人は、アンチテーゼを建てる役目を法律上決められているんだから、仕方ありません。国民がそう決めたんですから。しかも、弁護士の誰かが必ずこの役割を担わなければならない。
 じゃぁ、100%間違いなく「こいつが犯人」というケース、誤判のありえないケースでも、弁護することは意味があるんでしょうか?
 あります。
 それは、「こいつ」のために弁護をしているんじゃないんです。「皆さんが将来冤罪に泣かないように」、たまたま今、弁護している「こいつ」の事件をきっかけとして、刑事裁判制度全体がちゃんと適正手続で遂行されているかどうかを監督している役目でもあるんです。
 どういうことかわかりますか?
 100%「こいつ」が犯人であることは決まり切っているから弁護人はいらないし、裁判も簡単にさっと済ませてしまったら、今後どうなってしまうでしょうか?
 きっと次第に裁判手続は緩やかなものになっていってしまうでしょう。100%だったのが、99%こいつが犯人ならいいや、ということになり、それが98%ならいいやということになり、そして・・・。
 そもそも100%なんてまずないことなんですよ。だから、どんなに明らかな犯人性を持った事件でも、その事件で刑事訴訟の厳格な手続の建前を崩してしまったら、その後来るべき事件で「先例がある」ということで、いい加減な裁判が起こり得ない。
 そんな世の中になってしまって、たまたま身に覚えのない事件であなたが被告人として立件されてしまったらどうします? マスコミに扇動された国民が、あなたをすぐ極刑にせよ!と騒ぎ立てたらどうします? ぞっとするでしょう。これこそリンチです。魔女裁判じゃないでしょうか。

 小川弁護士の文章は大変分かりやすいと思う。ぜひ、全文をお読み頂きたい。 

 どんなに凶悪性が疑われる犯人であっても、適正手続の保障を与えなければならないのだ。それが、ひいては国民のためにもなるのである。

2007年9月 6日 (木)

今枝仁弁護士(光市事件弁護団の一人、橋下弁護士を提訴した原告の一人)の説明

 超初級革命講座(坂井弁護士のブログ)に今枝仁弁護士がコメントを記載されている。

 ご本人のコメントであることは私が直接確認した。ご了解を得て、ここに転載する。

 もちろん、(橋下弁護士のいう)弁護団に「説明責任」があるからではない(念のため)。

 先の記事「懲戒請求問題について」で書いたように、弁護団やその主張に対する誤解のために、弁護団が懲戒請求されるまでの批判を受けるのは残念だと思ったからである。

 ここでの議論はかなり有意義と思いますので投稿します。
 昨日橋下弁護士に訴訟を提起した原告の今枝です。
 光市弁護団は、全員が死刑廃止論者ではありません。私は元検察官ですし、現行法を前提に弁護活動をなすのが正当と思ってます。弁護団の中には死刑廃止論者が何人かいるようですが、そのような議論は弁護団の活動の中でなされていません。もちろん、弁護活動に死刑廃止運動のために事件を利用しようという意図もありません。誰が言い始めたのか、そういうレッテルを世間が鵜呑みにしただけです。

 弁護団は(というより他の人の思いは分からないので少なくとも私は)、今までなされた事実認定に疑問を持ち、真相をより解明し適正な量刑を果たされるために弁護活動をしています。

 現在の被告人の発言は、弁護人が指示したり教唆したものではありません。被告人は旧1・2審では、訴訟記録の差し入れもしてもらっていなかったので、記憶喚起も曖昧であり、検察官の主張に違和感を唱えても弁護人に「下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示し無期懲役を確実にする方が得策」と示唆を受けたと述べます。最高裁段階で証拠の差し入れを受け、記憶が整理され、今の主張に至っています。
 また、家裁での調査記録に「戸別訪問は孤独感が背景」「予想外に部屋に入れられ不安が増大した」「被害者に実母を投影している」「退行した精神状態で進展している」「死者が生き返るとの原始的恐怖心に突き動かされている」「発達程度は4、5歳レベル」などと書かれています。いずれも今までの認定と矛盾し、今の主張と整合しています。また家裁記録には「劇画化して認識することで自己防御する」とあります。そうすると「ドラえもんが」や「魔界天性」等も、そういう被告人の性癖が露呈されただけとも言えます。
 さらに1審の被告人質問では殺意を否認する供述をし、強姦の計画性は刑事や検事に押しつけられた、と否認しています。現在の供述の片鱗は、すでに随所に現れていたと言えます。なお被告人質問は1審で2回、2審で4回ほど行われていますが、犯行態様について聞かれたのはわずか20~30分間、全体の10分の1以下の時間に過ぎません。

 現在は、被害者の遺体の法医学鑑定も大きな争点です。弥生さんについて「両手で体重をかけて締めた」とされていますが、片手のみの跡が残っており、舌骨骨折もないから疑問を提起しています。夕夏ちゃんについて「頭上から後頭部を下に叩きつけた」とされていますが、頭蓋骨骨折も脳内出血も無いことから疑問を提起しています。被告人は「弥生さんは片手で押さえた」「夕夏ちゃんを叩きつけたというのはない」と述べており、現供述の方が客観証拠と整合します。
 これらについては、すでに5月に陳述し、マスコミにも配布した「更新意見書」に書かれています。ですから守秘義務違反も生じないし、これらの内容がきちんと報道されていない実態に疑問を感じます。橋下弁護士も、大阪の集会でこれを読んで以降は、「弁護団の主張自体はもう批判しない。1・2審であれば自分も同じ主張をしたかもしれない」としています。 

 さらに被告人が「午後からタンクトップのラフな格好で出廷した」と避難されていますが、その実態は、昼休みに護送車に乗った際、他の被告人の汚物が服に付き、着替えが無かったためです。弁護団は即日マスコミに説明しましたが、まったく報道されていません。
 また本村さんを睨んだとされましたが、被告人は斜視で(家裁記録にも「斜視であり、脳器質の異常が疑われる」とあります)、目が視線とは別の方を向いています。つまり実際に目があったときには、どこかほかのところを見ているかのように見えるのです。そのことも記者会見で説明しています。

 そういう状況ですから、マスコミ報道だけを鵜呑みにして評価するのはちょっと待っていただきたいと思います。
 徐々にですが、弁護団の説明が伝わっていきつつあります。
 「説明義務違反が懲戒理由」という橋本弁護士の主張には賛同できませんが、もっと積極的に説明を尽くすべきという指摘には被告人の利益のために考えていくべきことと認識しています。

 裁判員制度を迎えるいま、刑事裁判の本質が正しく国民に理解されなければなりません。中でも刑事弁護人の役割は、なかなか理解されにくいものがあります。刑事弁護人は、たとえ全世界が被告人に唾棄しても、被告人を擁護し、被告人が述べるところに従って(議論はするとしても最終的には従い)弁護すべき立場にあります。だからといって、裁判所が受け入れる余地もない荒唐無稽な主張をしても被告人のために意味はありません。

 光市事件では、被告人の成熟度、強姦の計画性、殺意の有無・程度・殺害態様などを証拠に基づき争っており、報道過程で荒唐無稽で中身の無いもののようにされているにすぎません。視聴者が飛びつきやすいセンセーショナルな枝葉を拡大され表面に膜を張られ、根幹が見えなくされています。

 裁判所は鑑定書や証人を採用し、検察官も法医学者の証人尋問を申請しました。このように、弁護人の主張はスルーされるわけでもなく、法廷では事実が証拠に基づき主張が激突しているのです。その本質を理解された上で、感情でなく論理的に批判を受けるのであれば、私たちも反省をしなければならないかもしれません。

刑事弁護人の役割についての記事(Because It's Thereさんより)

 いつも拝見しているBecause It's Thereさんの記事がすばらしかったので、ここに引用させて頂く。 この方は、弁護士ではないようだが、法律家のようだ。

2.英国のブルーム卿は、1821年、「刑事弁護の真髄」について、次のように説いています(戒能通孝「リーガル・エシックスとその基本」法律時報32巻5号(1960年)5頁、佐藤博史『刑事弁護の技術と倫理』26頁)。

 「弁護人はその依頼者に対して負担する神聖な義務として、世界のうちでただ1人の人、つまり、依頼者のために、かつ依頼者のためにのみに、その職務を行わなければならないということであります。いかなる手段をつくしても依頼者を助けること、弁護人を含む依頼者以外のものに対するいかなる人にどのような迷惑をおよぼしても、依頼者を保護することは、弁護人の最高にして疑いを容れる余地のない義務であります。弁護人は依頼者以外のものに対し、驚き、苦しみ、災厄、破壊をもたらそうとも介意すべきではありません。否、弁護人が愛国者として負担する国家に対する義務をも必要あれば風に吹きとばし、依頼者保護のため国家を混乱に陥れることも、それがもし不幸にして彼の運命だとしたら、結果を顧みることなしに、続けなければならないのであります。」

  この過激とも思える「刑事弁護の真髄」を読むと、刑事弁護人の役割がよく理解できるのではないかと、思います。被告人のために、かつ被告人のためにのみ、献身的に最善を尽くすこと(積極的な誠実義務)の遂行こそ、弁護人の任務・役割なのです(佐藤博史『刑事弁護の技術と倫理』26頁)。

 このような「刑事弁護の真髄」に関して教育を受けている外国人は、裁判制度・刑事弁護人の役割に対してどのような意識を持っているでしょうか? 一例を挙げておきます。

 英国人女性ルーシー・ブラックマンさん(当時21歳)ら女性10人に乱暴し、うち2人を死亡させたとして、準強姦致死や死体遺棄などの罪に問われた会社役員、織原(おばら)城二被告(54)の判決が平成19年4月24日、東京地裁でありました。栃木力裁判長は、起訴された10件の事件のうち9件については有罪と認め、織原被告に求刑通り無期懲役を言い渡したが、ルーシーさんの事件については、「事件についての直接的な証拠は一切ない」と述べ、無罪としたのです。

 ルーシーさんの父、ティムさんは、弁護側を批判するのでなく、検察側の立証を痛烈に批判し、「織原被告の関与を明確に示す証拠」があった-と述べ、「理由は分からないが、検察が法廷に出さなかった。明らかな失敗だ」と厳しい口調で語ったのです(産経新聞)。検察側が状況証拠しか示せなかったことについて、「捜査を速やかに展開して証拠をしっかりさせられなかった検察の失敗だ」とも(朝日新聞)。

 カリタ・リジウェイさん(当時21)の家族も会見し、カリタさんが死亡した92年に被告を調べるよう警視庁に求めたが応じてもらえなかったといい、「適切に捜査していれば彼を止めることができた。警察の対応について調査するよう日本政府に求める」との声明を発表しました。

 これらの発言により、日本の市民と異なり、裁判制度・刑事弁護人の役割がよく分かっている英国人は、どういう意識を持っているのかはっきり分かると思います。無罪の認定など被害者側に不利な判決が下された場合、被害者家族は、裁判所や弁護士を非難するのではなく、立証に失敗した検察、捜査を怠った警察に対して批判するものだ、と。

日本の市民、日本の報道機関は、「刑事弁護の真髄」を理解しているのでしょうか? 裁判制度・刑事弁護人の役割について、どれほど理解しているのでしょうか? 橋下弁護士だけでなく、裁判制度・刑事弁護人の役割への理解を欠如し、懲戒請求を煽り立てた「たかじんのそこまで言って委員会」の責任も大きいとは考えないのでしょうか? 

 裁判制度・刑事弁護人の役割を知ってなすべき行動とは何か、よくよく考えてほしいと思うのです。

 ルーシーさんの父、ティムさんの怒りは弁護人ではなく検察官に向けられた。

 もしこれが日本人であったら、おそらく「被告人を許せない。絶対被告人は犯人だ。証拠がないからといって、犯人である被告人の無罪を主張する弁護人は卑劣だ。弁護人も許せない。」となっただろう。

 この記事

は、刑事弁護人の誠実義務を説明するものとして大変参考になる。

 ぜひお読み下さい。

 私のブログの左サイドバーにあるテーマ記事ー刑事弁護の本質に関する記事ーも併せてお読み頂ければ幸いである。

 特に、刑事弁護人は「雇われガンマン」か?「聖職者」か?

  欧米では、刑事弁護人の「雇われガンマン」的性格が社会に浸透しているのではないかと思う。

 これに対して、我が国の光市母子殺害事件の弁護団を許せないと言う方々は、弁護人に「聖職者」を期待しすぎているのではないのだろうかと思うこの頃である。

 

懲戒請求問題について

 橋下弁護士の記者会見があってから、また懲戒請求関係のコメント投稿が増えるようになってきた(当初ほどではないが)。

 コメントに一つ一つお答えする余裕はないので、私の基本的なスタンスを記事に書くことにする。

1 私は光市母子殺害事件の弁護団に対して懲戒請求をした方、あるいは懲戒請求をしようとしている方に対して、やめろとか、やめた方がいいとは言わない。それはご自身の判断だ。橋下弁護士がご自身では労力と時間がかかるのでイヤだと言っておられる懲戒請求をあえてやると言われる方に、あれこれ申し上げても仕方がないであろう。

 ただ、最高裁判例をよく読み検討してからの方がいいとだけはアドバイスしている。この最高裁判例は懲戒請求についての有名な判例であり、本件に限らず、弁護士であろうと一般人であろうと、懲戒請求を検討するときには読んでおくべき判例だからだ。

2 個別の懲戒請求が不法行為に該当するか否かは、その方がどの程度懲戒事由の有無について調査・検討されたか等という個別事情によるので、このブログでご回答できるようなことではない。個別の法律相談に該当する。ご心配であれば、懲戒請求の申立書を持参し、法律相談を受けられたらどうだろうか。自治体等で無料相談も実施している。

 その際には、懲戒事由を何と考えるか、どうして懲戒事由に該当すると考えるのか、どのような調査をし検討をしたのか、調査に際し弁護団の主張等についてどのような資料を読んだのか、等を具体的に説明する必要があるだろう。

3 私は、弁護団が公表している弁護資料をほぼ全部読んだし、ヤフーの動画で公開されている記者会見も見たが、懲戒事由に該当するような弁護団の行為を見出すことはできなかった。

 このブログにもいろいろと弁護団を批判するコメントが寄せられたが、

A 刑事弁護人の役割、刑事弁護の意義について誤解しているもの

B 本件の弁護団の弁護活動についてマスコミ(特にテレビ)からの情報によって誤解しているもの

 が殆どであった。

 Aについては、左サイドバーの刑事弁護についての記事を読んで頂きたいというほかない。

 Bについては、私も当初より弁護団の主張について勉強しているので、皆さんの誤解を解けなくもないが、一つ一つ解いていくのは本当に大変だ。

 弁護団には「マスコミが取り上げてくれないのであれば、公開できる限りの主張や証拠をインターネット上で公開してもらえないか」と思っていたところ、最近になってその準備をされているという情報を得た。

 弁護団が公表しないのなら、先日の報告集会でもらった資料を私がネット上に掲載しようと思っていたのだが、どうやらその必要はなくなったようだ(協力を申し出て下さったSさん、ありがとうございます。こういう事情ですので)。

 今後もこの弁護団の活動についての誤解(どうやら些細な誤解が大きく発展してしまったものもあるようだ)については、少しずつ記事の中で触れていくつもりである。

 Aにしても、Bにしても、この事件に関心を抱いている方々が、いろいろな資料を読む等して「勉強する努力」が必要である。弁護団の資料にしても更新意見書、鑑定書、法医実験結果報告書など膨大な量であり、私も読むのに時間を要した。

 最初からこの努力を放棄する方には何を申し上げても仕方がない。

 しかし、一般市民の方々も、裁判員制度で裁判員に選任されたら、こういう努力を拒否することができないということは頭に入れておいて頂きたいものだ。

                Rindouc

 

弁護人の説明責任?

 橋下弁護士はご自身のブログと昨日の記者会見で、さかんに弁護団が「説明責任」なるものを果たしていないとご主張なさる。

 この説明責任とは、橋下弁護士のブログ橋下徹のLawyer’s EYEによれば、

 一言で言えば、説明義務違反、被害者に対して、国民に対してのね。

 一審・二審で全く主張していなかった、新たな主張をなぜ差し戻し審で主張することになったのか。
 第一に被害者への、そして第二に裁判制度という制度の享受者である国民への説明を怠っている。
 今回新たな主張を展開することによって、判決が遅れる。
 これによって一番苦痛を被るのは被害者だ。一審・二審で弁護人がきちんと主張していれば、今回のように裁判制度によって被害者が振り回され、翻弄されることはなかっただろう。一審・二審の弁護人の弁護活動が不十分だったのであれば、その点をきちんと説明した上で、今回のような主張を展開すべきだ。
 一審・二審では被告人自身もその犯行態様を完全に認めており、最高裁までもその点については事実誤認は全くないとしていることについて、差し戻し審でこれまでの主張と全く異なる主張をするのであれば、なぜそのような新たな主張をすることになったのか、裁判制度に対する国民の信頼を失墜させないためにも、被害者や国民にきちんと説明する形で弁護活動をすべきだ。
 その点の説明をすっ飛ばして、新たな主張を展開し、裁判制度によって被害者をいたずらに振り回し、国民に弁護士というのはこんなふざけた主張をするものなんだと印象付けた今回の弁護団の弁護活動は完全に懲戒事由にあたる、というのが僕の主張の骨子です。

 というものらしい。

 橋下弁護士の説によれば、弁護人は被告人の供述が変わり、弁護人も主張の変更を余儀なくされたときには、裁判所にその理由を説明するだけでなく、被害者と国民に(どうも「裁判所に説明する前に」らしい)理由を説明しなければならないようだ。

 これをつきつめれば、被害者と国民に理由を説明した後でないと弁護人には主張の変更も許されないことになるだろう。それでは被告人の弁護を受ける権利を害する。

 このような弁護人の説明責任を定めた法律がないことはいうまでもなく、このような見解を取っている法曹関係者、法律学者は(橋下弁護士以外には)日本中どこを探しても一人もいないであろう。

 橋下弁護士は「説明責任」と繰り返し述べられるが、その説明責任が発生する根拠については全く説明していない。

 仮に「道義的」な責任が発生するとしても、弁護人には被告人との関係で「守秘義務」という法律上の義務がある。被告人の了解なしに、マスコミ等に対して被告人の供述の変遷の理由をベラベラしゃべったら、それこそ懲戒ものだ。

 弁護人には、被告人の弁護のために裁判所に被告人の供述の変遷や弁護人の主張の変更の合理的理由を説明すべきであるが、本来、被害者に対しても国民に対しても、主張の変更の理由を説明する義務はない。

 もし、この義務があるとすれば、たとえば捜査段階で自白し公判になって否認する事件全て(たくさんある)について、それぞれの事件の弁護人は被害者と国民に対して、記者会見等によって「どうして否認に転じたのか」を説明しなければならないことになる。そんなことは現実に不可能であることは誰にでも分かることだ。

 本件は被害者遺族がマスコミに度々登場することによって注目を集めているが、現実には注目を集めていない事件でも被告人の供述が変遷し弁護人の主張が変わる事件がたくさんある。その全ての事件について、弁護人は被害者と国民に対してその理由を説明せよというのだろうか。それとも、注目を集めている事件についてだけ説明し、注目を集めていない事件は説明しなくてもいいのか。そんな不公平な説明責任は「道義上」もありえないだろう。

 それでは、なぜ弁護人は記者会見を開くのか。私もかねがね疑問に思っていた。

 これについては、「法と常識の狭間で考えよう」さんの

  弁護人は被疑者との接見内容をマスコミに話してよいか?

 「山野草一郎ブログ」さんの

  語り始めた弁護士

 が弁護人の記者会見の意味について検討されている。

 弁護士も、記者会見肯定派、否定派に分かれるようだ。つまり、弁護人の守秘義務の観点から記者会見もしない方がよいという法曹関係者も多数いるのである。

              Xxx

 それでは、国民は一切裁判の蚊帳の外に置かれるのか。そうではない。憲法は「裁判の公開」(37条1項、82条1項)を定めている。

  このため、裁判所には傍聴席がある。しかし、座席には限りがあるため国民に広く裁判の情報を提供できる立場にある記者席が優先的に設けられている。

 よって、国民は傍聴した記者らによる報道を通して裁判の情報を得ることができ、裁判を監視することができるのである。

 以上のとおり、弁護人には被害者及び国民に対してその主張を説明する義務はない。国民が裁判の情報を知るには、原則として自ら傍聴するか、裁判報道によるほかないのである。そこで、マスコミの裁判報道が重要となる(本件ではこの裁判報道の多くが恣意的で公平さを欠いていたことこそ問題にされるべきである)。

 次回公判(9月18日、9月19日)には被告人質問があり、被告人の供述の変遷について弁護団から質問がなされる予定であるという。この結果をマスコミがしっかり報道してくれれば、国民にも被告人の供述の変遷の理由が伝わるだろう。

             Buranko

 それなのに、本件の弁護団はなぜ記者会見をこんなに頻繁にするのか。それについは今度記事で書くことにする。

2007年9月 5日 (水)

橋下弁護士はどういう反論をするのだろうか?(追記:記者会見記事の感想)

 最近またアクセス数が増えている。

 橋下弁護士が提訴されたことが原因らしい。

 忙しくて記事を書く余裕がなくて申し訳ない。

 橋下弁護士は記者会見を開くとか。見られないのが残念だ。

  このブログを見られる方には、ぜひこの記事を読んで頂きたいと思う。

 県弁護士会:弁護人の立場、役割は?ーー曽我・副会長に聞く/鳥取                

――検察、弁護人、裁判官の役割とは 

  みんなが「正義の味方」と思われているかもしれないが、犯罪の立証は検察の役割で、弁護人の役割は被告人を守ること。裁判官は、何が証拠としてふさわしいか、法で定められた犯罪に当てはまるか、有罪ならどれくらいの刑が適当か、などを判断する。「正義」と「悪」の対立ではなく、各々の役割を果たすことで「正義」が実現できる。

 ――光市の事件についてどう考えるか 

 高裁に差し戻されてから、被告人が「ドラえもんを信じていた」「被害者に甘えたかった」などと言い始めたような報道だが、取調べの段階で供述があったとも聞く。裁判では基本的には必要な証拠しか出さないから、検察はその部分に触れなかった可能性がある。弁護側は1、2審で犯行を認めて死刑回避に成功したが、最高裁が審理を差し戻した以上、同じ方針では死刑の見通しが強い。そこで今の弁護人は被告人の生の声を主張する方針をとった。被害者の心痛を考えると弁護人はひどいように見えるが、被告人の主張、立場を主張しているという意味では、職責を果たしているとの評価もできる。 

――被告人の話が信用できなくても弁護するのか

 国選弁護人は、裁判所が解任を命じない限り辞任できないし、弁護人がいないと裁判もできない。国選にしろ私選にしろ、弁護人である以上、被告人の主張内容や道徳的にいいか悪いかにかかわらず、被告人の言っていることを法的に整理して伝えることが職責。ただし、被害者を傷つけない配慮は必要だ。

         8月27日13時1分配信 毎日新聞

  地方版なのだろうか。この時期にこういう取材をして記事にした新聞記者に敬意を表する。

  もう少し下世話な記事はこちら。

  橋下弁護士は「業界の笑いもの」なのか?

               9/4 J-CASTニュース

「刑事事件で加害者を弁護するのですから、弁護士に反感を持たれるというのは当然あると思います。弁護士に対する『批判』にとどまるならばならしょうがないというのはありますが、『懲戒請求』は刑事事件で言えば、告訴・告発に当たるものです。だから、数の問題ではないし、しかも報道を根拠にして、署名活動のように懲戒請求することを扇動することは理解に苦しみます」。

(橋下弁護士の言動について)

「業界内では笑い話になるくらいとんでもない話。しかもブログやテレビの主張もころころ変わって何を思っているのか分からないし、どういった反論が返ってくるのか量りかねている」

という他の弁護士の弁には同感。

追記:橋下弁護士の記者会見の模様が記事になっていた。 

「弁護士会はバカ」 橋下弁護士会見でケンカを売る

             2007/9/ 5  JーCASTニュース

 会見は2時間以上に 及んだが、そこには 「タレントめいた」空気はいっさい無く、弁護士としての「真面目」な説明が展開された。

 さすがに、ご自身のブログで書いているような「○○カス弁護士」とか「カルト集団」とか「○○ニー集会」とかというお下品な言葉は使用されなかったようだ。

 「世間に晒されることがなかった弁護士」も、刑事裁判で被害者遺族の主張がマスメディアを通じて様々に報じられるなかで、「説明責任」がある。それを怠って、被告人のためだけに活動すればいいんだ、という弁護活動は「品位を失うべき非行」に僕は当たると思っている。

 その一方で、「品位を失うべき非行」という規定についても「品位の中身を決めるのはできないし、馬鹿げた規定で、弁護士会はバカ」とし、

 今回の弁護団に対する懲戒請求は「品位を失うべき非行」に該当するからと言っておきながら、その「品位を失うべき非行」を馬鹿げた規定というの?

 矛盾していませんか?

 こうした説明には、記者からは質問も相次ぎ、弁護士とマスコミの「関係論」にも発展。

 橋下弁護士は、「刑事弁護人は世間に迎合して刑事裁判をしてはならないと思う。世間になびくということと、国民が疑念を持ったときに説明することは別だ」

 「社会のための刑事裁判であるという感覚があれば、いえない部分もあるでしょうけど、批判があればきちんとしたかたちで説明するべき。弁護団として(1審2審の弁護士が何もやっていなかったということを)明確に主張したところを見てないし、なぜ主張を変えたのか書面のなかできちっと主張してない」と譲らなかった。

  さすがに記者たちも橋下弁護士には追求の手をゆるめなかったようだ。もしかして芸能記者?たぶん司法記者よりも質問はきびしいのだろう。

 弁護団は裁判所に提出した書面できちんと主張している。また、弁護団は、被告人の供述の変遷の理由について、次回公判における被告人質問で明らかにする予定という。

※ ところで、橋下弁護士は、懲戒事由についてのご自身の主張の変遷について説明されたのであろうか? 記事には記載がない。弁護団に対して主張の変遷の理由を世間に説明せよという前に、ご自身の主張が変遷した理由を世間に説明すべきであろう。

 「批判があればきちんとしたかたちで説明するべき」って、何をせよということ?あれだけ記者会見(こんなに弁護人が記者会見をする前例を知らない)をし、弁論要旨等も出版物に掲載しているのに、どこまで説明すれば「きちんとしたかたち」というの?

 また「懲戒請求を呼びかけていながら、自身が懲戒請求していないのはおかしいのでは」といった指摘もあり、これについは、「時間と労力を省いた。自分でやらなくても、というところはありました」と弁明した。

 これには笑った。「時間と労力を省いた。」って、橋下弁護士に躍らされて懲戒請求した市民の方々の時間と労力はどうでもいいの?

 この記事を読む限りでは、橋下弁護士に質問した記者らはなかなかの力量だ。

2007年9月 4日 (火)

鳩山法務大臣のHPにコメント殺到

 鳩山法務大臣の公式ホームページに、慶應義塾大学法科大学院の新司法試験問題漏えい疑惑事件、ロースクール制度、司法試験のあり方などについて、コメントが殺到している。

 現在の司法試験制度、法曹養成制度は、もともと制度設計を誤っていたところへ、今回の司法試験問題の漏洩疑惑により司法試験の公正さまで疑われる事態となり、ロースクール、新司法試験制度自体に亀裂が生じているのを感じる。

 司法試験を管轄する法務省とロースクールを管轄する文部科学省は、制度そのものを見直す時期に来ていると思う。

2007年9月 3日 (月)

光市母子殺害事件弁護団報告集会in名古屋

 本日午後5時から7時まで、愛知県弁護士会会館で開かれた光市母子殺害事件弁護団報告集会に参加した。

 テレビカメラも1台入っていた。

 本日の集会の内容は全て公表してもいいと弁護団から了解を得たので、膨大な資料(100頁以上)と報告内容を一体どのように公表したらいいものか、と思案中である。

 集会では、かねてから疑問を感じていた点について、私もいくつか質問をさせて頂いた。

 ブログに掲載するには分量が多すぎる。もう一つHPでも作るかなあ。

 私は今大変忙しい。どなたか協力して下さらないかなあ。

 集会ではマスコミが報道していない情報や出版物に掲載されていない情報もたくさん得ることができた。橋下弁護士のブログに対する弁護団からの反論も聞いた。これを埋もれさせるのは大変惜しい。

 私が整理するとなるとちょっと時間がかかりますので、お待ち下さい。

                         Waremokouc

追記:配布された資料のうち、光事件Q&A(弁護団への疑問に答える)については、ヤメ記者弁護士さんが早速ブログにアップして下さった。ぜひお読み下さい。      

  

朝日新聞社説「新司法試験―公正さが揺らいでいる」

 朝日新聞が新司法試験について社説を書いている。

 新司法試験―公正さが揺らいでいる

 考査委員は半数が裁判官や検察官、弁護士らだが、残りは法科大学院教授らが務めている。1人でも多くの合格者を出したい大学院の教員を考査委員にするのが、そもそも間違いなのだ。来年からは全員外した方がいい。

 今回の疑惑の背景には、新司法試験の合格者の決め方の問題もある。

 これまでの司法試験は、合格率3%ほどの狭き門のため、受験技術の習得に走りがちだった。その反省から生まれた新司法試験では、法科大学院で法律をじっくり学んだあとで受験させる。合格者の門戸も広げ、法曹人口を増やすことをめざしている。

 ところが、法務省は増員計画をもとに合格者数に枠を設けている。このため、1回目の昨年の合格率は48%だった。今年も大きくは変わらないだろう。

 合格率の低い法科大学院は、志願者が減るのは避けられない。全国74の法科大学院で生き残り競争が過熱している。

 ここは本来の改革の理念に帰るべきだ。合格者を一定の人数にしぼるのではなく、受験生が一定の水準に達していれば合格させる方法に変えるべきだ。

 それでも合格水準まで教育できないような大学院は、退場すべきであることはいうまでもない。

     2007年09月03日(月曜日)付 asahi.com  

 この社説については、PINE's page さんが「分かっているようで、分かっていない。」という記事を書いておられる。

 確かに、分かっているようで、分かっていない社説だ。

 新司法試験の公正さが疑われるような事件が続き、司法試験の考査委員からロースクールの教員をはずすべきだというのは正論だと思う。

 しかし、「合格者を一定の人数にしぼるのではなく、受験生が一定の水準に達していれば合格させる方法に変えるべきだ。 」という部分については、それじゃその「一定の水準」は誰がどうやって決めるの?と言いたい。毎年試験の内容も変わるし、「この位のレベルなら合格させてもいい」というラインが毎年公平に引けるものなのか。 

 旧司法試験にせよ新司法試験にせよ、結局は法務省が合格者数を何人にするかによって合格水準を決めてきたのであろう。

 「はじめに合格水準ありき」とするのであれば、その合格水準によっては合格者数が激減することも、激増することもあり得るわけだ。それで、研修制度が成り立つのかについては、小倉秀夫弁護士が「コネがものをいう社会の方が論説委員には都合がよい」という記事を書いておられる。

 結局は合格者数を何人にするのが社会のニーズにあっているのか、何人であれば十分な養成が可能であるのか、を考慮に入れざるをえないだろう。

 朝日新聞は一定の合格ラインさえ決めれば合格者が何人になろうとも十分な養成ができ社会のニーズに答えることもできると考えているようだ。

 しかし、裁判官、検察官の採用人数は一向に増えないし、弁護士も就職難である。企業や行政機関も一向に採用人数を増やそうとしない。

 今後は、法曹資格が魅力あるものではなくなり、定員割れをするロースクールも続出するだろう(既に出ているという噂も聞く)。優秀な人材も集まらなくなるかもしれない。

 朝日新聞社には、ぜひ新人弁護士を多数採用して頂きたいものだ。新聞社だって弁護士過剰によりこれからは名誉毀損だなんだといって訴えられる可能性が高くなるかもしれない。今のうちに有資格者を多数採用しておかれたらどうだろう。 

 他ブログの関連記事 

 Matimulogさんの LS:新司法試験に関する朝日の社説(コメントも)

 「黒猫のつぶやき」さんの="「司法試験合格者3千人、多すぎる」 法相が「私見」(朝日新聞)   

小倉秀夫弁護士のブログla_causette朝日新聞社は毎年1000人以上の新入社員を引き受けるべきだ

2007年9月 2日 (日)

ロースクールの予備校化?

法科大学院協、慶大の会員資格停止…新司法試験の類題で(読売新聞)

今年の新司法試験で出題担当の「考査委員」を務めた慶応大法科大学院の植村栄治元教授(57)(8月に辞職)が試験の類題を事前に学生に教えた問題で、法科大学院協会は1日、東京都内で臨時理事会を開き、慶応大の会員資格を同日から1年間停止する処分を決めた。

 74の法科大学院すべてが加盟する同協会が、会員校を処分するのは初めて。不正な受験指導を見逃していた慶応大の組織としての責任も認定しており、「予備校化」が指摘される法科大学院教育のあり方が問われそうだ。

 法科大学院協会の会員資格の1年間停止という処分が、どの位の実効性があるものかは知らないが・・・。

 ロースクールは、司法試験対策としての予備校教育に対する批判があって制度化されたものだったはずだ。

 しかし、ロースクール生は司法試験の受験対策のためにロースクール以外にも予備校に行かざるをえないらしい。

 過去記事  ロースクール生の悲劇

 私も受験当時、予備校の答案練習会に行っていた。しかし、答案練習会自体はそんなに費用がかかるものではなかったという記憶である。

 今の受験生はロースクールにも行き、予備校にも行かなければならないのでは学費が大変だろう。それで、ロースクールも受験生へのサービスのために答案練習会を開いたり受験指導をしているのだろうか。

 予備校化しているロースクールにも行き、本物の予備校にも行かなければならない位なら、以前のように予備校だけの方が受験生の費用がかからなくていい。

 一体なんのためのロースクールなんだIc_03 

2007年9月 1日 (土)

法相が「司法試験合格者数3000人多すぎる」との私見を発表

 最近、弁護士増員問題についての記事を書いていない。

 週末に弁護士会で弁護士増員問題を検討している委員会のメンバーと会合を持った。いわば作戦会議である。

 来週にはこのブログでも紹介したいと思っている。

(来週には例の光市母子殺害事件の弁護団の報告集会にも出席するので、そちらの報告もしなければならない。たいへんだ。)

 そんなときに、こんなニュースが。

「司法試験合格者3千人、多すぎる」法相が「私見」

 司法制度改革の柱として司法試験合格者を年に3000人程度に増やす政府の基本方針について、鳩山法相は31日、報道各社によるインタビューで「ちょっと多すぎるのではないか」との見解を示した。法科大学院の現状についても「質的低下を招く可能性がある」と述べ、現在の政府の計画に疑問を呈した。

 裁判官や検察官、弁護士ら「法曹」となる司法試験合格者は現在は約1500人。10年までに3000人とするのが政府の計画。法相は「私見」と前置きしたうえで「毎年3000人増えるのは多すぎる」と発言した。

               asahi.com 2007年08月31日23時28分

 司法試験合格者2500人時代の初年度の今年、アンケート調査によれば現時点で弁護士志望者のうち100人以上の就職先が決まっていないという。実際にはもっと多いかもしれない。

 本当に弁護士のニーズがたくさんあるのなら、こういう志望者の就職先もササッと決まるはずだ。しかし、あれだけ日弁連が「イソ弁」のみならず「ノキ弁」の採用のススメ作戦を展開しても、これだけ就職できない志望者が出るということは、ニーズがないといわざるをえない。

 そして、弁護士自らが弁護士のニーズを作り出す(増員賛成論者はこれをニーズの「掘り起こし」という)ことの危険性については、このブログでもずいぶん書いてきた。

  過去記事 弁護士と市場原理: 日本人と規制緩和:

 やはり増員には限界がきているのではないか。

 日弁連の会長の発言の前に、政治家の法務大臣が私見とはいえこういう発言をされるというのは、なんとも皮肉なものである。

             Akazami

 

9月の風

 はや9月。

 今回は早めにブログの模様替えをした。

 今年の夏は、「暑かった 」、「早かった」という印象しかない。

 冷夏だという予報は見事にはずれ、名古屋の夏は本当に暑かった。近くの多治見は、40度を越す日があり、日本一暑い場所として一躍有名になってしまった。

 私の事務所のあたりは官庁街で公園が多く、比較的緑も多い。

 その分、セミも多い。そのセミもクマゼミという「しゃあ、しゃあ」とけたたましい声で鳴く大きな黒いセミが多いのだ。

 しかし、9月になったらさすがにそのクマゼミも大人しくなり、夕方になるとコオロギの声も聞こえるようになってきた。

 季節のうつろいを一番感じる時期である。 

  Mizuumi0017

 

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