刑事弁護人の役割についての記事(Because It's Thereさんより)
いつも拝見しているBecause It's Thereさんの記事がすばらしかったので、ここに引用させて頂く。 この方は、弁護士ではないようだが、法律家のようだ。
2.英国のブルーム卿は、1821年、「刑事弁護の真髄」について、次のように説いています(戒能通孝「リーガル・エシックスとその基本」法律時報32巻5号(1960年)5頁、佐藤博史『刑事弁護の技術と倫理』26頁)。
「弁護人はその依頼者に対して負担する神聖な義務として、世界のうちでただ1人の人、つまり、依頼者のために、かつ依頼者のためにのみに、その職務を行わなければならないということであります。いかなる手段をつくしても依頼者を助けること、弁護人を含む依頼者以外のものに対するいかなる人にどのような迷惑をおよぼしても、依頼者を保護することは、弁護人の最高にして疑いを容れる余地のない義務であります。弁護人は依頼者以外のものに対し、驚き、苦しみ、災厄、破壊をもたらそうとも介意すべきではありません。否、弁護人が愛国者として負担する国家に対する義務をも必要あれば風に吹きとばし、依頼者保護のため国家を混乱に陥れることも、それがもし不幸にして彼の運命だとしたら、結果を顧みることなしに、続けなければならないのであります。」
この過激とも思える「刑事弁護の真髄」を読むと、刑事弁護人の役割がよく理解できるのではないかと、思います。被告人のために、かつ被告人のためにのみ、献身的に最善を尽くすこと(積極的な誠実義務)の遂行こそ、弁護人の任務・役割なのです(佐藤博史『刑事弁護の技術と倫理』26頁)。
このような「刑事弁護の真髄」に関して教育を受けている外国人は、裁判制度・刑事弁護人の役割に対してどのような意識を持っているでしょうか? 一例を挙げておきます。
英国人女性ルーシー・ブラックマンさん(当時21歳)ら女性10人に乱暴し、うち2人を死亡させたとして、準強姦致死や死体遺棄などの罪に問われた会社役員、織原(おばら)城二被告(54)の判決が平成19年4月24日、東京地裁でありました。栃木力裁判長は、起訴された10件の事件のうち9件については有罪と認め、織原被告に求刑通り無期懲役を言い渡したが、ルーシーさんの事件については、「事件についての直接的な証拠は一切ない」と述べ、無罪としたのです。
ルーシーさんの父、ティムさんは、弁護側を批判するのでなく、検察側の立証を痛烈に批判し、「織原被告の関与を明確に示す証拠」があった-と述べ、「理由は分からないが、検察が法廷に出さなかった。明らかな失敗だ」と厳しい口調で語ったのです(産経新聞)。検察側が状況証拠しか示せなかったことについて、「捜査を速やかに展開して証拠をしっかりさせられなかった検察の失敗だ」とも(朝日新聞)。
カリタ・リジウェイさん(当時21)の家族も会見し、カリタさんが死亡した92年に被告を調べるよう警視庁に求めたが応じてもらえなかったといい、「適切に捜査していれば彼を止めることができた。警察の対応について調査するよう日本政府に求める」との声明を発表しました。
これらの発言により、日本の市民と異なり、裁判制度・刑事弁護人の役割がよく分かっている英国人は、どういう意識を持っているのかはっきり分かると思います。無罪の認定など被害者側に不利な判決が下された場合、被害者家族は、裁判所や弁護士を非難するのではなく、立証に失敗した検察、捜査を怠った警察に対して批判するものだ、と。
日本の市民、日本の報道機関は、「刑事弁護の真髄」を理解しているのでしょうか? 裁判制度・刑事弁護人の役割について、どれほど理解しているのでしょうか? 橋下弁護士だけでなく、裁判制度・刑事弁護人の役割への理解を欠如し、懲戒請求を煽り立てた「たかじんのそこまで言って委員会」の責任も大きいとは考えないのでしょうか?
裁判制度・刑事弁護人の役割を知ってなすべき行動とは何か、よくよく考えてほしいと思うのです。
ルーシーさんの父、ティムさんの怒りは弁護人ではなく検察官に向けられた。
もしこれが日本人であったら、おそらく「被告人を許せない。絶対被告人は犯人だ。証拠がないからといって、犯人である被告人の無罪を主張する弁護人は卑劣だ。弁護人も許せない。」となっただろう。
この記事
は、刑事弁護人の誠実義務を説明するものとして大変参考になる。
ぜひお読み下さい。
私のブログの左サイドバーにあるテーマ記事ー刑事弁護の本質に関する記事ーも併せてお読み頂ければ幸いである。
欧米では、刑事弁護人の「雇われガンマン」的性格が社会に浸透しているのではないかと思う。
これに対して、我が国の光市母子殺害事件の弁護団を許せないと言う方々は、弁護人に「聖職者」を期待しすぎているのではないのだろうかと思うこの頃である。
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コメント
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>もしこれが日本人であったら、おそらく「被告人>を許せない。絶対被告人は犯人だ。証拠がないか>らといって、犯人である被告人の無罪を主張する>弁護人は卑劣だ。弁護人も許せない。」となった>だろう。
流石に、これは酷い言われ様ですね
一般人は馬鹿って言ってるのと同じ
(ここのHPをざっと見させてもらいましたが
そういうニュアンスはいたるとこで感じます)
ただ、一部マスコミに踊らされて
何も考えずに騒ぐのがいるのは困った事実ですが
投稿: ネットユーザー | 2007年9月 6日 (木) 22時52分
ネットユーザーさんへ
>一般人は馬鹿って言ってるのと同じ
そんなこと言っていません。
誰にでも分野によって知らないことがあるでしょう(たとえば私もコンピューター関係は全然分かりません)。
それを自覚して勉強した後に批判すべきだと言っているだけです。
また日本人全部がこうだと言っているわけではありません。
ただ、このアンケート結果を見るとかなり確率が高いように思われます。
ttp://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2007/09/enquete_41b0.html
投稿: M.T. | 2007年9月 6日 (木) 23時48分
>これに対して、我が国の光市母子殺害事件の弁護団を許せないと言う方々は、弁護人に「聖職者」を期待しすぎているのではないのだろうかと思うこの頃である。
違います。
あんな証言をされたら単純に被害者の遺族がかわいそう過ぎるからです。
事件であれだけ傷つけられて、さらに裁判で垢の他人の弁護人からもひどいことを言われて、二度傷つけられてかわいそうだからです。
それを自分に重ね合わせて感情的になるのは当然です。
被害者と被害者の関係者の保護についてはどうお考えですか?
投稿: 一市民 | 2007年9月 7日 (金) 21時01分
一市民さんへ
>被害者と被害者の関係者の保護についてはどうお考えですか?
こういう質問は以前にも受けたことがあります。
左サイドバーの「刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその3」をご覧下さい。
「あんな証言をされたら単純に被害者の遺族がかわいそう過ぎるからです。」というのは被告人の供述のことでしょうか。
あなたは、弁護人に、被告人に対して「そんなことを言ったら被害者の遺族を傷つけるでしょう。言ってはいけません。」などと諭すことを期待していませんか?被告人が「これが本当のことだ」と言っているのに、弁護人がその供述をやめさせることはできません。それは弁護人の誠実義務違反であり、それこそ(今回有名になった)懲戒事由に該当します。
あなたの「さらに裁判で垢の他人の弁護人からもひどいことを言われて」というのが弁護人のどういう発言のことを指しているのか不明ですが、そもそも弁護人が被告人の供述に基づいて殺意を否認すること自体が遺族を傷つけることになるかもしれません。しかし、殺意の否認は弁護活動としてやむをないことなのです。
被告人が殺意を否認しているのに、弁護人が「そんな主張をしたら遺族がかわいそうだ。」と殺意を認めると、やはり誠実義務違反になります。
投稿: M.T. | 2007年9月 7日 (金) 21時40分