きょうは終戦記念日。
事務所に出て仕事に追われていた。2人ばかり他の弁護士に電話をしたのだが、どちらも事務所に出ていたのには驚いた。てっきり盆休みを取っていると思っていたのだが。皆忙しいのだろう。
12時の黙祷も仕事に紛れてうっかりしてしまった。
憲法改正問題があるせいか、今年のNHKは終戦記念日にかけて、太平洋戦争の報道番組が多いような気がする。再放送も多いが、随分力が入っているようだ。
私も、昨日と一昨日の東京裁判についてのNHKスペシャルを見た。特に昨日の「パール判事は何を問いかけたのか~ 東京裁判 知られざる攻防」は印象的だった。
パール判事とは東京裁判のインド代表の裁判官である。ただ1人、最後まで全員無罪の少数意見を貫いた。
しかし、戦争による残虐行為を容認していたわけではない。むしろ厳しい人だった。アメリカによる原爆投下はドイツのアウシュビッツに匹敵するとか、日本の中国に対する侵略は英国等を模倣したもの、などという戦勝国に対する手厳しい意見まで述べている。
平和に対する罪と人道に対する罪は事後法だから適用できない、共同謀議は国際法上確立していない、という筋を通したのである。これは法律家としては共感できるところがある。
パール判事は、ガンジーの平和主義を信奉し、東京裁判の後も「戦争は平和への道としては無意味だ」と講演などで繰り返し主張した。
東京裁判の裁判官の中にこういう裁判官がいたという事実をはじめて知り感動した。
もう一つ印象に残ったのは、少し前の BSの「取り残された民衆~ 元関東軍兵士と開拓団家族の証言~」
こちらの内容は、詳しく紹介して下さっているブログがあるので、ぜひお読み下さい。
NHK、HV特集「取り残された民衆」―元関東軍兵士と開拓団家族の証言―を視る。
私は特に見る予定ではなかったのだが、ソ連軍の侵攻から少しずつ運命が変わっていく開拓団家族と関東軍兵士の方々の証言に引き込まれ、長い番組だったがつい最後まで見てしまった。
特に印象的だったのは、
母親と小さな弟と一緒に逃げまどった開拓団の女性。お産がはじまった女性を誰も助けられず見捨て、泣き声がうるさいからと文句を言われ我が子を手にかける親も。ようやくたどりついた村で母と弟はもはや逃げられないと死を決意する。母は着ていた服を脱いで渡し体力の残っていた証言者には生きのびることを勧める。証言者は泣く泣く村を後にし、それが母と弟との永遠の別れとなった。
関東軍兵士の男性は父親の部隊にいたのだが、母親のいる避難所に一人戻ってきた。父の部下は次々と戦死する。母はいたたまれず父の死を望むようになる。そんなときに父は無事移動したという知らせが。母は一人避難所を出て凍死してしまった。
軍族といわれる軍関係機関に勤務する人たちやその家族はソ連侵攻の情報をいち早く入手していた。それで、満州鉄道を使って早く逃げることもできた。しかし、情報を得るのが遅れた開拓民や鉄道から遠く離れたところに住む開拓民らは、鉄道の爆破(ソ連に鉄道を利用されないため)ギリギリの逃亡となった。最後の列車に乗り込んだ避難民たちは爆破に巻き込まれて数百人が死亡した。この爆破にかかわった証人は「60年たってようやく話すことができるようになった。10年や20年ではとても話ができるようなことではない。」と涙した。
これらは一例である。さらに悲劇的な話もあり、また証言者よりももっと悲惨な目にあった開拓民もたくさんいたであろう。戦争が終わった後も中国残留孤児やシベリア抑留など多くの悲劇も生んでいる。
満州開拓団の悲劇については本やドラマなどで多少は知っていたが、こういう体験者の生の声を聞くのに勝るものはない。NHKの力作だと思う。
私は、まだギリギリ両親や叔父らが自分の体験として戦争を知っている世代である。私には軍人として戦死をした叔父もいる。
しかし、近くに戦争体験者がいない若い人たちには、戦争はゲームのように映るかもしれない。
再放送もあるだろうから、こういう番組はぜひ若い人にも見てもらいたいと思った。
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