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2007年6月

2007年6月30日 (土)

光市母子殺人事件とマスコミ報道3

 忙しくてなかなか記事は書けそうもない。書きたいことは山々あれど・・・。

 そこで、せめて、こういう記事を紹介。

 弁護士のあり方を通して見る日本と世界の現状

「事件そのものに対しては第三者である者たちには、センセーショナリズムに堕さない冷静さが必要」(上記記事内の文章)

  (『派兵チェック』第164号(2006年5月15日発行)掲載 太田昌国氏著)

来栖宥子★午後のアダージオ経由)

 もっともなご意見だと思う。

 (一部引用しようと思ったが、全文を読んで頂いた方がいいと思い直し、引用はしなかった。)

2007年6月26日 (火)

光市母子殺人事件とマスコミ報道2

 今日は、光市母子殺人事件の差戻審で被告人質問があったため、各テレビ局もかなりの時間を使って報道していたようである。

 私は残業で帰りが遅くなり、夜遅くのニュースしか見れなかったのだが、あるニュースキャスターが、

 「この被告人は被害者の頸を両手で締め、赤ちゃんを何度もたたきつけている。殺意がないはずがない。」

 などと述べていた。

 しかし、この事件では、検察官でさえ「何度もたたきつけた」などと主張していないし、裁判所の判決も「何度もたたきつけた」と認定していない。

 私は聞いていてびっくりしてしまった。

 このキャスターは、事件の記録を読んでいるのだろうか?

 弁護団は赤ちゃんの後頭部に打撲傷、頭蓋骨骨折等の重大な損傷がないことから、「たたきつけ行為」の存在を否定しているのである。

 また、「両手で締めた」という点についても、弁護団は遺体の所見や鑑定書と一致しないと主張しているのである。

 そのことをご存じなのだろうか?

               Kikyouc_2  

 こういう報道を何度も聞いていると、それが事実であるかのごとく錯覚してしまう。

 裁判員制度が実施されたとき、このような報道は大変危険だ。

 本気で裁判員制度をやるつもりなら、アメリカの陪審制のように、裁判員にテレビ、ラジオの視聴、新聞の購読等を禁止すべきだと思う。

 

2007年6月24日 (日)

光市母子殺人事件のマスコミ報道

 今回の懲戒請求騒動で、光市母子殺人事件についてのマスコミ報道に疑問を持つようになった。

 コメントの中には、刑事弁護の意義自体を誤解しているものと、弁護団の弁護活動自体を誤解しているものと、2種類あるようだ。

 コメントには、

A 21人の弁護団は死刑廃止運動のために裁判を利用しようとしている、そのために21人もの弁護士が集まったのだ

B 弁護団の主張が1審、2審の弁護人の主張と異なっていることを根拠に、被告人が述べていることではなく、安田弁護士らが死刑を回避するために創作したものだ

 ということを前提とするものが非常に多かった。

 しかし、この二つの前提は一体どこから出てきたものだろうか。

Aについては、本村氏が記者会見で話しているのは聞いたことがあるが、弁護団の弁護士自身が述べたことなのだろうか。

Bについては、差戻審における弁護団の主張が安田弁護士の創作という証拠がどこにあるのだろうか。

 コメントを寄せられた方々が、もしこのAとBについて、推測ではない信用に足る根拠をお持ちだったらお教え頂きたい。

私の知るところでは、

Aについては、安田弁護士は新聞の記事でこのように語っている。

 異端の肖像2006「怒り」なき時代に 弁護士安田好弘(58)
【中日新聞2006年5月11日夕刊】からの引用

  裁判を死刑廃止運動に利用しているという批判もあった。
 「死刑廃止を法廷で考えているとしたら弁護士失格だ。法廷は事実を争う場であって、政策や思想の場ではない。だいたい判決は死刑だろう、と考えて弁護なんてできやしない。」
 安田の弁護は徹底して事実にこだわる。愚直なまでに現場に行き、再現を繰り返す。
「よく被告のうそをうのみにして、とか言われるが、うそで起訴事実が覆せるほど、法廷は甘くない。肝心なのは遺体や現場の状況という客観的な証拠だ。被告がどう言ってるかは参考情報にすぎない」

 注:青字は引用 カッコ内は安田弁護士の弁)
  この記事を紹介しているHPはこちら

 kenjiさんがコメントで教えて下さったのだが、こういう本も出版されているのだそうだ(右サイドバーの本の紹介にも掲載した。アマゾンで購入できる)。

 光市裁判 年報・死刑廃止2006 インパクト出版

        Hikarisi  

  この本には安田弁護士らの最高裁の弁論要旨も掲載されている。

  「作られた事件を安田安弘弁護士と読み直す」とあるから、安田弁護士の主張も記載されているのだろう。

 私も購入して読むことにした。

 マスコミ報道のみで決めつけるだけでなく、こういう弁護団側からの情報も検討した上で、AやBが果たして本当なのかを判断すべきだと思う。  

刑事弁護の意義についての理解

 コメントやトラックバックを読んでいると、先回(光市母子殺人事件の最高裁判決前後)のときと同様、刑事裁判や刑事弁護について誤解されている方が実に多いことに驚かされた。

 今回は急に多数のコメントが送られてきたためその余裕がなかったが、少しずつその誤解を解くべく記事を書いていこうと思う。

 これについては、トラックバック頂いたBecause It's There さんが「弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否~“母子殺害で懲戒請求数百件”との報道を聞いて」の末尾で

 光市母子殺害事件の弁護団に対して懲戒請求が殺到したという事実は、煽った者がいたり、煽るようなマスコミ報道もその一因ではありますが、市民の側が裁判制度や刑事弁護に対する理解に欠けている点が一番の原因であるように思います。今後、裁判員制度・被害者参加制度の実施を考慮すると、裁判制度、法曹三者の役割、特に刑事弁護の意義に対する徹底した教育が必要不可欠であると思います

 (青字は引用、太字、下線は管理人による)

 と記載されているが、まさにそのとおりだと思う。

 これは本来、裁判員制度を推進した側の法曹関係者が真剣に取り組むべきことだと思う。

 このまま裁判員制度の実施に突っ走ってしまうと日本の刑事裁判は大変なことになってしまう、と実感した1週間であった。

              Bassman2_2

 なお、Because It's There さんの上記記事は懲戒請求についての最高裁判決(平成19年4月24日判決)、下級審判決を分かりやすく紹介、説明され(私のブログなどよりも大変親切だ)、今回の懲戒請求(懲戒請求を勧めるHPで懲戒理由を記載したテンプレートまで用意されていたらしい)について分析もされている。

 私のブログでは、最高裁判決(ヤメ記者弁護士さんのブログからの引用)を紹介したところ、「一般人に不安を与えるものだ」「懲戒請求をやめろという脅迫だ」とお叱りのコメントを受けた。

 しかし、ヤメ記者弁護士さんは「アドバイスします!」と言われただけだし、私も「(懲戒請求した方、しようとしている方は)最高裁の判決をしっかり読んで頂きたい。」(私の希望にすぎない)と申し上げただけで、懲戒請求を取り下げろとも懲戒請求をするなとも申し上げていない(今回誤解を招かないように記事に※の文章を加えさせて頂いた)。

 本来、懲戒請求についてはこういう判決もありますよ、こういうリスクもありますよ、と紹介し説明するのは、懲戒請求を勧める側ではないだろうか。

 これは、弁護士がある法的手段を勧めるときに「こういう法的手段がありますが、これには関連のこういう判例があり、この判例からはこういうリスクも考えられます。」と説明しなければならないのと、お医者さんが薬を出すときに「この薬はよく効くけれど、こういう副作用もありますよ。」と説明しなければならないのと、同じだろう。

 それに、最高裁のこの判決は法曹関係者の間では「懲戒請求をするとき(懲戒請求を依頼されるとき)は気をつけなくてはいけないな」と話題になっていたもので、何も今回の懲戒請求に限ったことではない。

 それを指摘しただけで、そんなに文句を言われなければならないことだろうか(それでは、指摘しない方がよかったのだろうか)。

 また、その判決を「読んで頂きたい」とブログで述べただけで(私は例のアピールをした508人の弁護士の1人ではない)詳しい説明までしなければならないのだろうか。

 正直、「ご自身の懲戒請求が不法行為に該当するか、懲戒請求を勧めた弁護士に説明してもらって下さい。」と言いたいところだ。

           Cuasizuk_4

 今回の懲戒請求の最高裁の判例についてもそうだが、裁判員制度についても、ブログの記事にすると、制度そのものについて質問されることが多い。

 これについては、裁判所、法務省、日弁連がそれぞれHPでQ&Aなどを設けて説明している。まずは、そちらのHPでご確認頂きたい。それで説明が足りているとは思わないが。

 正直、こちらも、「裁判員制度を(強引に)推し進めた方々に説明してもらって下さい。」と言いたいところだ。

           Asizuk1

 今、国は「紛争の事前抑制よりも事後解決」という方針を取っている。規制緩和によって行政等による事前チェックが働きにくい社会になってくるのだ。

 一般の方々も油断していると紛争に巻き込まれかねない。

 これからは、自分の身を守るために、自分で勉強しなければならないことがもっと増えてくると思う。

2007年6月23日 (土)

コメントの投稿の際には名前の欄にご記入を。+裁判員制度考

 裁判員制度についてのコメントをいくつか頂いた。

 陪審制との違い、本当に市民が裁判に参加した方がいいのかについて、いずれ記事に書きたいと思うが、今は時間がない。ちょっと先になりそうだ。

 裁判官による裁判にはまかせておけない、弁護士に裁判させておくのが心配だ、などというご意見があったが、

 裁判員制度が実施されても、検察官、弁護人の刑事裁判における役割に変わりがあるわけではない。仕事の内容は変わるだろうが。

 私も、若い頃、職業裁判官の裁判に疑問を持ったことがある。

 しかし、今は、裁判員制度を実施するよりも、職業裁判官の裁判に委ねた方が安心だと思うようになった。

 「裁判員制度はいらない」(高山俊吉著 講談社発行)の特別寄稿から

 蛭子能収氏 「やりたくないし、やられたくない」

  申し訳ないけど、俺は今の裁判もあんまり信用しちゃいない。裁判する人たちがホントに世間のことを知っているのかっていう疑問がある。何も知らないで裁判しているんじゃないかっていう感じがする。だけど、だから裁判員のほうがいいとは思わない。警察の調べとか検察官の調べとかが変わることが一番の問題じゃないかっていうのが俺の意見です。

 さだまさし氏 「信号も守れない人に裁かれたくない」

 「専門知識を持つ裁判官3人と国民代表6人の合議だから国民の感覚が生かされる」なんて嘘、錯覚、茶番です。「国民の感覚」はそういうところで生かす必要はありません。人が人を裁くということは、想像を超える大変な仕事だと思います。裁判官の中には唯我独尊の人がいないとは思いませんが、偉そうに断罪する人ばかりではないでしょう。多くの皆さんは、法律や判例と格闘し、精一杯苦しみ、苦労なお仕事をなさっておられると想像します。「悪いやつだが無罪になった」とか、「気持ちはわかるが法律上は有罪だ」というような矛盾だって感じながらやるのが裁判官の仕事でしょう。

 (青字は引用)

 私も同感である。

 また、裁判員裁判では裁判員にもリスクが伴う。

 被告人から逆恨みされたり、評議の内容を外に漏らして処罰される可能性があるほかにも、「裁判員が冤罪の加害者になる可能性」もあるのである。

 これについては、

 富山・強姦冤罪事件:再審初公判 取調官の尋問却下 男性、怒りあらわ/富山(6月21日17時1分配信 毎日新聞

 弁護団によると、男性は当時のことも十分に思い出せず、弁護団が尋ねたいことも聞けないほど、傷ついているという。
 また証人尋問が却下されたことについて、藤井輝明・弁護団長は「(裁判は)有罪、無罪を決めるためだけにあるのではない。根底には青臭いが正義がある」と語気を強めた。報道陣から、司法制度改革で裁判員が冤罪の加害者になる可能性について問われ「まさにその通りだと思う」と答え、今後予想される国家賠償訴訟での取調官の証人尋問については、「まだ保留。しかし、国家賠償でやれとせき立てられているような気がする」と語った。
 (青字は引用)
 というニュースがあった(ボツネタ経由)が、この弁護団長の回答にも同感である。

 この他にも、裁判員制度の問題点については、いくらでも掲げることができるが、それは後日とする。

(ご注意)

※ 「愚民どどいつもどき」の記事の太字部分の「私」とは「管理人」のことです。ご自身のことを言われていると怒っておられる方、それは誤解です。

※ コメントを送って頂くときは、名前の欄にご記入下さい(ニックネーム等で可)。同じ方からのコメントなのか特定できないし、コメント欄からそのコメントが読みにくくなります。

2007年6月21日 (木)

全く・・・。これでも裁判員制度をやるのか?

 またまたコメントの紹介。

 「ある学生」さんから

 今回の騒動を見る限り,やはり裁判員制度は時期尚早だと思います。
マスコミ報道と「知識人」のコメントによって,理性的な判断力を失う人が多いとすれば,裁判員制度は成り立ちません。
 光市事件に対するウェブ上の反応の多くは,まるで被告人が殺人を行った現場を見ていたかのような口ぶりです。なぜ,そのように断定できるのでしょうか。
 おそらく,このような断定的判断は,全証拠を吟味した上での判断ではなく,マスコミ報道による事実認識のみに基づく判断でしょう。マスコミ報道で知った事実のみで断定的な判断をするような人が多数いるとすれば,裁判員制度は,証拠に基づく裁判という刑事裁判の根幹を揺るがしかねないことになる思います。

 このようなコメントを書くと,「お前が刑事裁判の根幹とやらを説明しろ」と言われそうです。しかし,国民が自発的に刑事裁判について学ぼうとしない,という態度こそが,裁判員制度が国民の意思で取り入れられたわけではない,ということを物語っているように思います。

 というコメントを頂いた。

 素直なご感想だと思う。私も同じことを感じた。

 私のやっぱり!橋下弁護士の安田弁護士懲戒請求発言の影響の記事等のコメント欄への書き込み、及び

ヤメ記者弁護士さんのブログの記事

 橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなた、取り下げるべきだとアドバイスします!

 のコメント欄への書き込み(すごいことになっている)

 をご欄になった良識ある読者の方々は、これでも、今、「日本で裁判員制度を実施しても大丈夫だ」という確信をお持ちになれますか?

                 Light1_2

 アメリカの陪審制度では、陪審員にはテレビ・ラジオの視聴、新聞の購読、本屋行きを禁止するそうだ。

 日本の裁判員制度ではそこまではできない。

 今回の母子殺人事件におけるようなマスコミ報道が裁判員になる人たちへ及ぼす影響を考えると、裁判員裁判に対して絶望感を抱かざるをえない。 

                 Hana3bb

 何度も紹介した「裁判員制度はいらない」(高山俊吉著、講談社発行)の特別寄稿で、

 さだまさし氏は

 秤を高く掲げる法の女神は目隠しをしていると聞きました。「情」に流され判断を誤らないように真実の重さだけを量るためだそうです。

 裁判員制度はその女神から目隠しを取るようなものだと思います。

 だから僕は裁判員制度に反対します。

 (青字は引用)

と述べられている。

 なお、この「女神」については以前の記事 テミスの目隠しをご参照下さい。

世論と刑事裁判

「utsubosevensan」さんから

お忙しいのは分かるが、
> まずそちらの記事を読んでから
>ご自身の頭で考えてはいない
こういう表現が「感情的」な反発を買うことを理解した方が良いのではないか。それはあなたが「正しい」とする主張をあなた自身が広める上でもマイナスだ>。

そこで質問だが、あなたの「正しさ」を担保するものは何なのか? 法? 倫理? ではそれらを形成したもの、それらの正しさを担保するものは何なのだろうか?

あなたにとって気に食わないだろう意見には、世論の圧倒的支持がある。これらを感情に任せたポピュリズムだ、さらにはファシズムだと切って捨てる前に、ご自分の「正しさ」を担保しているものが究極的に何なのか、熟慮いただきたい。

絶対的正義というものが存在しないことは歴史を見れば明らかだ。だから、正しさを担保する主体は、最終的には世論に他ならない。

 というコメントを頂いた(青字はコメントからの引用)。

 ブログのコメントというのは、掲示板と違って、以前のコメントが非常に見にくくなる(埋もれてしまう)。そこで、私が注目したコメント(あくまでも私の独断で選択させて頂いたもの)については、時々、ブログの記事の方で紹介させて頂こうと思う。

 まず、

> まずそちらの記事を読んでから

 という表現がいけないということだが、何度も繰り返される質問やご批判に対して、その度ごとに管理人の回答や意見を記事にすることは事実上不可能であり、それをしなければならなければとすれば、

 1 ブログ自体を閉鎖するか。

 2 ブログの読者が増えないようにするか(増えれば質問や批判も増える)。

 3 コメント、トラックバックを受け付けなくするか。

  (そうしているブログも多い。マスコミの意見表明を含むネット記事でコメント、トラックバックを受け付けているものは殆どない。)

するしかない。

>ご自身の頭で考えてはいない
こういう表現が「感情的」な反発を買うことを理解した方が良いのではないか。それはあなたが「正しい」とする主張をあなた自身が広める上でもマイナスだ>。

 これについては、

  私の言いたかったのは、マスコミ報道やコメンテーターの言を全て鵜呑みにすべきではないということだった。表現によって誤解を与えてしまったのであれば反省している。

 これはあくまでも一私人である私の感想である。また、弁護士としての評価というわけでもない。ブログというのは、それぞれの個人の意見の表明の場であり、その意見をどう評価するかも読者の自由である。

あなたにとって気に食わないだろう意見には、世論の圧倒的支持がある。これらを感情に任せたポピュリズムだ、さらにはファシズムだと切って捨てる前に、ご自分の「正しさ」を担保しているものが究極的に何なのか、熟慮いただきたい。

絶対的正義というものが存在しないことは歴史を見れば明らかだ。だから、正しさを担保する主体は、最終的には世論に他ならない。

 これについては異論がある。

  「刑事裁判の刑事弁護が世論に従わなければならない」というのであれば、非常に問題である(これについては、もっと書きたいのだが、今は時間がない。また怒られるかもしれないが、左のサイドバーのテーマ記事を読んで頂きたいと言うしかない。)

 更に、正しさを担保する主体は、最終的には世論に他ならない。」ということは、長い歴史の経過の後(おそらく私が死んでから遙か先)ではそうかもしれない。

 しかし、世論が現在の政治の全てを動かしていると言えるのだろうか。

 例えば、裁判員制度は世論によってできたものだろうか。

 例えば、地方の医師不足は世論の結果だろうか。

 私は、裁判員制度を世論がよしというのであれば、仕方がないと思っている。個人的には今は刑事裁判をやっていないので、弁護士の仕事として特に利害はない。

 医師不足についても都会に住んでいるので、現実の問題として特に困っているわけではない。

 読者の方々に「これでいいのか?」と考えて頂きたいだけである。

 「あなたにとって気に食わないだろう意見には、世論の圧倒的支持がある。」

 「あなたにとって気に食わないだろう意見」とは光市母子殺人事件関係の意見についてのことだろうか。しかし、これもネットだけでは分からない。 

 そもそも世論とは何か。よほど厳正な世論調査でもしなければ分からないのではないのだろうか。

 「それはあなたが「正しい」とする主張をあなた自身が広める上でもマイナスだ」「正しさを担保する主体は、最終的には世論に他ならない。」

 と言われると全ての問題について、世論の支持を得ている意見かどうか、を考えて発言しなければならなくなってしまう。

 それではブログ自体が成り立たなくなってしまう。

 以上、少し時間があったのでコメントに対する意見を述べさせて頂いた。反論のある方もみえると思うが、これからまた仕事が忙しくなるので、当分ブログの方は留守にします。

 コメント、トラックバック(広告が多くて困る)には全部目が通せないと思うので、数が多くなると非表示になってしまうかもしれません(ココログに問い合わせたのだが対策がないそうだ)。

2007年6月20日 (水)

愚民どどいつもどき

「おやじさん」から、次のようなコメントを頂いた。

>日本で裁判員制度による裁判をするのは間違っている

この主張は私は正しいと思う。
あなたも私と同様、今の日本人は愚民だと
バカにしているからでしょうね(嘲笑)
まあ今後もせいぜい愚民をバカにしていてください。
最後に。
おまえもその日本人のひとりだよ。
自覚症状のないバカは最悪のバカだ。

 あんまりバカ、バカと言うのは品はないが、愚民(「おろかな人民」「無知な民衆」という意味)という言葉の方はちょっと珍しい。

 確かに、自分の中の「愚民」の部分を自覚することも必要だと思い記事に紹介させて頂いた。

 そこで、「愚民」を使ったこんな一節を考えた(本当は都々逸にしたかったが、へたくそで出来ず)。

               Himawarisic1

  愚民ですから、私は、裁判員になって、人を裁くことなどできません。

  愚民ですから、私は、マスコミ報道だけで、母子殺人事件の弁護活動を、批判も肯定もしません。

  愚民ですから、私はあなたの(具体的内容が不明な)懲戒請求に最高裁判例の基準が適用されると、不法行為になるとも、ならないとも断言できません。 

 by M.T

(注) この太字部分の私というのは、管理人のことです。おやじさんが「あなたも愚民の一人だが、その自覚がない」と言われたので、私は愚民の自覚があるから、こう考えると言っているのです。                                         . 

母子殺害で懲戒請求数百件

 昨夜から、アクセス数がものすごい数になっていると思ったら、この記事のせいだったんですね。ぜんぜん知りませんでした。

母子殺害で懲戒請求数百件 弁護士が中止求めアピール

 それにしても、懲戒請求が数百件というのにはびっくり。あの橋下弁護士の発言の影響はすごいものだったんだ。橋下弁護士は、こういう事態を予測していたのであろうか。いまさらながら彼の責任は重いと思った。

 ところで、コメントの中に、あんたも508人の仲間かとか、508人の他にもう1人いたのかとか、「508人」という数字が頻繁に出てくるのが、さっぱり分からなかったのだが、これでようやく謎が解けた。

 残念ながら、私はこの508人の1人ではない。しかし、このような懲戒請求は、請求する側にとっても、弁護団側にとっても、刑事裁判の進行にとっても、遺族側にとっても、何の成果も生み出さないと思っている。

 コメントを読んでいても、被告人への怒り=弁護人への怒り となっているものが多い。

 やはり刑事弁護人の仕事について、もっと理解して頂く必要がありそうだ。

 しかし、左サイドバーの刑事弁護についてのテーマ記事は、アクセス解析によれば、あまり読まれていない。懲戒請求関連記事のみ、ささっと読んで去っていかれる方が多いのは残念だ。

                 Fusigurosennouc_2

 ところで、昼休みの時間を使ってニフティに調べてもらい、ようやくコメント表示できない理由が判明した。

 10件しか表示できないところ、まだ私が目を通しておらず未承認になっているコメントが10件以上溜まっているために、表示ができなかったのだそうだ。

 これから少しずつコメントを整理させて頂こうと思っている(管理人の独断でやらせて頂きます。また、これ以上コメントを頂いても整理できないので、そのままお蔵入りとさせて頂く可能性もあります。)。

 裁判員制度についてのご意見も頂いているので、そろそろ裁判員制度と陪審制度の違いの記事に着手したいと思う。 

コメントの感想

 コメントを拝見したり、アクセス分析を見ると、以前の私の刑事弁護についての記事が読まれていないことがよく分かった。

 時間がないので、一つ一つのコメントの質問にお答えすることはできないが、ブログの管理人にはコメント、トラックバックの公開の選択権があることはご存じだと思うので、ご自分のコメントが公開されない、ご自分のコメントの質問に対して回答がない、とお怒りにならないで頂きたい。

 また、コメントを公開しないのは、コメントを掲載しなかった方の意見が気に入らないのではなく、コメント全部に眼を通す時間がないというのが主な理由である。

 少し眼を通したところでは、コメントで比較的多かったのが、光市母子殺人事件の1審、2審では今回の弁護団の主張が全く出てこなかったのに、安田弁護士が弁護人になったとたんに今回の主張が出てきたので、この主張は安田弁護士が創作したものではないのか、こんな非常識で遺族を傷つける主張をする弁護士はけしからん、というご質問及びご感想であった。

 しかし、マスコミで報道されている主張内容をみる限りでは、弁護士が創作できるような内容とはとても思えない。

 弁護人の主張が変わったことについて、以前のご質問と類似しているので、そのときの回答に少し手を加えたものを掲載させて頂く。

Q7 安田弁護士の場合、遅滞戦術を常套手段としており検察とも司法とも関係が良くないようです。
  今回の場合、過去の経歴が裏目に出た面もあるのではないでしょうか。
  そもそも検察が上告をした時点で最悪の事態を想定し足場を固めておくべきだったのではないかと私は思いますし、被告人が犯行当時18歳なりたてで未熟だからという点で争ってやっと 無期懲役を勝ち取ったわけですから上告審で判決が覆る可能性も少なくない。
  勝って兜の緒を締めずにいまさら慌てふためいても「もう遅い」となって当然だと思いますが。

 私は、安田弁護士の弁護活動をよく知らないが、たとえ「遅滞戦術を常套手段としており検察とも司法とも関係が良くないようです」ということがあったとしても、弁護人が誰かによって裁判所の判断が変わってくるようでは裁判所でさえ「公平」「中立」ではないことになる。弁護人が誰かによって被告人が不利益に扱われのであれば、裁判所の方が責められるべきであろう。

 「そもそも検察が上告をした時点で最悪の事態を想定し足場を固めておくべきだったのではないかと私は思いますし、被告人が犯行当時18歳なりたてで未熟だからという点で争ってやっと 無期懲役を勝ち取ったわけですから上告審で判決が覆る可能性も少なくない。
  勝って兜の緒を締めずにいまさら慌てふためいても「もう遅い」となって当然だと思いますが。」

  私は、安田、足立両弁護士の弁護活動も、辞任した前の弁護人の弁護活動も(辞任した理由も)、またこれらの弁護人らと被告人が接見室でどのような会話をかわしたのかも、具体的なことを何も知らないので、断定的な意見を述べる勇気はない。

(※ 「調べてから発言せよ」というようなコメントもあったが、これは弁護人になった弁護士しか分からないことだし、弁護人には守秘義務があるので、調べようがない。)

 ただ、一般論として、次のようなことがあることを述べるにとどめさせて頂くしかない。

 まず、拘束されている被告人の精神状態は揺れやすい。いくら弁護方針の決定権は最終的に被告人にあるとしても、特に人格形成の未熟な若い被告人の場合など、なかなか被告人自身で決断することが難しいこともある。ましてや自身の生命がかかっているような決断となればである。

 そして、弁護人の弁護方針の選択というのは、弁護人によって異なることが多い(たとえば設例A、B、Cのようなケースで意見が分かれることは前記のとおりである)。戦闘的な弁護活動を選択する弁護人もいれば、情状立証の方に重きをおく弁護人もいるのである。

 このような状況下では、被告人は同一人であっても、弁護人が変わることで、弁護方針に変更が生じても不自然ではないのではないだろうか。

 これについては、何度も引用している季刊刑事弁護NO22の特集刑事弁護の論理と倫理の上田國廣弁護士の次のような記述を参考にして頂きたい(「被疑者・被告人と弁護人の関係②」p33~)。

 「さらに、(被疑者・被告人の)自己決定権が必要・十分な条件で行使されたかも問題になるはずである。 

 捜査過程の人権抑圧的な構造、人質司法といわれる不正常な身体拘束の継続、無罪推定の形骸化と99.9%の有罪率。このような現在の刑事訴訟の条件を前提とする限り、弁護人が誠実義務の一環としての十分な説明をすればするだけ、自己防御権を徹底して行使しようとする依頼者は皆無に近くなる。

 弁護人が無罪になる可能性を誇張して説明しない限り、無罪を主張し争う依頼者は限りなく減少する。現に多くの依頼者が『執行猶予が付くのであれば』と言って、たとえ冤罪であっても、事実を認めている。」

 以上が私の考える回答だ。具体的な事件についてはこれ以上何か意見を述べるつもりはないことをご了解下さい。

 ※ 設例A,B,Cというのは、左サイドバーのテーマ記事に載っているので、興味のある方はご覧下さい。

 次に、最高裁の問題の判例をブログの記事に掲載したことについて(正確には他の弁護士のブログの記事を引用したことについて)、一般人に不安を与えるものだ、と大変お怒りになっているコメントが多かった。

 しかし、懲戒請求をする場合の調査・検討義務について一定の指針を示した最高裁の判例を、懲戒請求をしようとされる方が無視するのはいかがなものだろうか。

 この判例が出た当初、私は弁護士による懲戒請求ならともかく、一般人による懲戒請求について、このように「懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものというべきである」という調査義務まで課すのは、最高裁は随分厳しい判断をしたものだ、と感じたものである。

 私は、この最高裁の一般論を別に肯定しているわけではない。しかし、少なくとも、弁護士が懲戒請求を勧めるのなら、既にこういう判例が出ていることを教えるべきだと思う。

 また、最高裁は、懲戒請求をする者に対して、「懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成する」と判示している。

 コメントでは今回の懲戒請求について不法行為に該当するのではないかと不安を抱かれている方が多いようだ。

 この最高裁の判例によれば、懲戒請求が不法行為を構成するかどうかは、その懲戒請求が上記下線部分の基準に該当するか否かによって判断されることになる。これはその懲戒請求の具体的内容や申立人の個別事情によるところが大きいので、このブログで私が個別にお答えできるようなことではない(個別の法律相談に該当する)。

 

コメントが表示されない!

 少し仕事をしてから出勤しようと早朝に起きて、ブログを開いたら、左サイドバーのコメントが表示されない!

 私が意図的に表示していない訳ではありません。なにしろ、自分のコメントさえ、表示されないのだから・・・・。

 特に何か操作をしたわけではないと思うのだが。

 コメントが多すぎたせいだろうか・・・。それとも・・・。

 ニフティに聞いてみますが、仕事の都合上、復旧までに時間がかかると思います。

             Buranko_7

2007年6月19日 (火)

コメントの掲載について+またまた裁判員制度考

 橋下弁護士がTV番組で安田弁護士に対する懲戒請求を煽る発言をしたことについて書いた記事で、いくつかコメントを頂いた。

 コメントを寄せられる方は、まず左側の猫の下の文章を読んでからにして頂きたい。反対意見を全て削除するわけではないが、最低限のルールを守らない方のコメントは管理人権限としてあっさり削除させて頂く。

 また、刑事裁判の仕組みや刑事弁護人の仕事については、既にたくさん記事を書かせて頂いているので、安田弁護士を批判したい方はまずそちらの記事(左側サイドバーのテーマ記事)を読んでからコメントをして頂きたい。誤解をされたままのコメントについては(再び一つ一つ誤解を解くためのコメントを書いている余裕はないので)、これもまた管理人権限で削除させて頂くことがある。

P.S.ところで、最近、非常に長文のコメントを下さった方、公開しなくてごめんなさい。内容が問題なのではなく、あまり長文だと文字化けしてしまうらしく、ほとんど読めなかったからです。

             Csreng_1

 さて、私は、光市母子殺人事件そのものについて、特に関心があるわけではない。だから、マスコミの報道内容すらあまりよく知らない。ましてや、この事件の記録(供述調書、鑑定書、被告人質問、証人尋問調書等の膨大な証拠書類)を読んだこともなく、弁護人と被告人の接見のときの会話の内容も知らない。

 そんな状況で、安田弁護士らの弁護活動に対して、あれこれ具体的な批判を加えることなど、到底できない。多少の推測はできるが、そのような推測にあまり意味があるとも思えない。

・・・・・私が、この事件に関心があるとしたら、それは事件そのものではなく、マスコミ、被害者の家族、国民の反応の方だ。これは実に興味深い。2年後にせまった裁判員制度で、このような事件の刑事裁判のゆくえ(「行く末」というべきか)を占う一つの資料になると思うからである。

 一般の方々の反応を報道やネット上でみる限りでは、被害者側にのみ傾いた感情的な反応が多い中、意外に(意外というのは失礼か)法曹関係者以外の方の中に非常に理性的かつ論理的な考察を加えておられる方も少数ながらおられたのには感心した。

 しかし、やはり、マスコミ報道、一部のコメンテーターと称される方々の意見を鵜呑みにし、ご自身の頭で考えてはいない(感情のみが暴発している)と思われる反応が圧倒的に多い。

 こういう方々が裁判員に選任されたらどうなるのだろう。評議の際に、裁判官が一つ一つ誤解を解き、感情ではなく理性で判断するよう説明(説得?)するだろうが、これは大変な仕事になるだろう。

 もし、裁判員制度を推進、賛同する方々が、本気で裁判員制度によってまともな刑事裁判ができるようになると考えているのであれば、まず国民全員に刑事裁判の仕組み、裁判官、検察官、弁護人の役割などについて、分かりやすく説明すべきだ。模擬裁判で自主参加の模擬裁判員に3日間ばかり講釈するだけではなく、また裁判所、法務省、弁護士会のHPでQ&Aを公開するだけではなく、もっと根本的な理念を教えるべきだ。

 国民が「忙しいのに、そんなお勉強したくないよ。」とか、「そんな理念なんか知ったことか。」とか、「こんな極悪人どうして弁護するの。早く死刑にしてよ。」とか、「弁護士はどうして極悪人に反省させないの。どうして被告人のとんでもない言い分を主張するの。」とか言うのなら、裁判員制度など諦めるべきだ。

 刑事裁判は国民の司法教育の場ではない。

            Akazami_3

 さて、何度も紹介している「裁判員制度はいらない」(高山俊吉著、講談社発行)には、5人の著名人が特別寄稿されている。

 さだまさし氏と蛭子能収氏の寄稿の一部は、前の記事(地下鉄の女子高生+裁判員制度考)の末尾で紹介させて頂いた。

 その他にも、一部抜粋して紹介させて頂くと、

 嵐山光三郎氏は、

 「素人にできることとできないこと」

 ・・・・・人は感情次第で他人を陥れたいとか、重く処罰したいという気持ちになることがある。私は一日警察署長をやらせてもらった経験があるが、そのとき思ったことを正直に言うと、せっかくだから誰かを逮捕してみたいということだった。少し張り切ると人は怖いことを考える生き物だ。

 渡辺えり子氏は、

 「裁判をショーにしてはいけない」

 ・・・・・誰も戦争に賛成なんかしてなかったのに、空気にのまれて知らず知らずのうちに戦争に巻き込まれていった歴史を私たちは知っています。もしかしたら冤罪かもしれないと思っていたのに、なんだか悪人そうに見えるなんていう雰囲気で死刑を言い渡してしまう。人間には恐ろしいところがあります。

 ・・・・・10年着古した背広で頭ボサボサの弁護士だったらホントかしらと思い、やたら弁の立つ人のほうをカッコいいなんて信用するようになる。人柄より見栄えになってしまう。コツコツと努力する弁護士が忘れられ、気の利いた風のタレント弁護士が羽振りをきかすようになるのも私は心配します。アメリカの真似をすることはありません。

 (青字は引用)

 なるほどな、と思った。お二人は、人間の怖いところ、弱いところを、ご自身の経験から率直に語っておられる。

 「裁判員制度はいらない」の中には5人の著名人の特別寄稿が掲載されているが、いずれの寄稿も非常に説得力のある内容だ。難しい本は嫌という方は、ぜひこの寄稿部分だけでもお読み頂きたい。

 

 それにしても、今回の事件により、日本で裁判員制度による裁判をするのは間違っているという私の確信はますます強くなった。

           Photo_27

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2007年6月17日 (日)

やっぱり!橋下弁護士の安田弁護士懲戒請求発言の影響

 仕事が一段落したので、ちょっと他の弁護士のブログを読んでいたら、ヤメ記者弁護士さんのブログにこんな記事が。

橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなた、取り下げるべきだとアドバイスします!

 橋下弁護士がテレビの番組で、光市母子殺人事件にからんで、誰でも懲戒請求できるとコメントしたことから、弁護士会に懲戒請求が相次いでいるらしい。しかし、橋下弁護士は、安易な懲戒請求が違法行為となり、損害賠償の対象となることの説明はしなかったのだろうか。もし、しなかったとしたら、橋下弁護士は不法行為を煽る行為を行ったのであり、橋下弁護士こそが懲戒の対象となるべきだと思う。 

 (青字は情報流通促進計画byヤメ記者弁護士のブログからの引用)

 やっぱり、あの橋下弁護士のTVでの発言(涅槃の境地の末尾参照)によって、安田弁護士に対する懲戒請求が弁護士会に相次いでいるらしい。

 懲戒請求をした方、あるいは請求しようとしている方、ヤメ記者弁護士さんの引用している最高裁判所の判例(平成19年04月24日判決)をまずしっかり読んで頂きたい(※)。

※ これは関連判例を紹介するものです。読者の方はこの判例を読んでから懲戒請求を取り下げるか、懲戒請求をするか、ご自身でご判断下さいという意味です。 この判例についての簡単な説明はコメントの感想の末尾にあります。

橋下弁護士は、安易な懲戒請求が違法行為となり、損害賠償の対象となることの説明はしなかったのだろうか。>

・・・・・していません。私はちょうどその場面を見ていたから、断言できる。

<もし、しなかったとしたら、橋下弁護士は不法行為を煽る行為を行ったのであり、橋下弁護士こそが懲戒の対象となるべきだと思う。> 

・・・・・ホント、平気でTVであんな発言をする橋下弁護士も問題だが、それを平気で放映するTV局も問題だ。

追記:橋下弁護士は、他にもこんな問題発言をされていたようだ。

 彦根市長が謝罪要求・・・橋下弁護士の番組発言で

 質問状によると、2日の番組で出演者は市長発言を論評。橋下弁護士は「懲役1年以下」の酒気帯び運転の法定刑を「3年以下」と繰り返したという。

 元検察官の市長は「論評は、全般的に論理と法的視点を欠いた独善的なもの。橋下弁護士の発言は法律の専門家としてあってはならない重大な誤りだ」としている。

 (青字は 2006年11月14日19時58分  スポーツ報知からの引用)

・・・・・(これが事実とすれば)条文を確認してから発言すればいいのに。「元検察官」の市長を批判するんなら、なおのこと。

 

ちょっとひと息のHP

 こんなHPを見つけました。

    ちょっとひと息

 ゲームや、眼の疲れを取るという画像(ステレオグラム)、海や花火の不思議な画像を見ることができます。

 なかなか凝っていますね。

 HPの題名どおり、お疲れの方、仕事の合間などにちょっと訪問するのによさそうです。

           Cuajisa_1               

  

地下鉄の女子高生+裁判員制度考

 2週続けて土日を使って準備書面の草案を書いた。ようやく目途がついて、やれやれ。

 そこで、ちょっと閑話(むだ話のこと。ちなみに、よく使われている「閑話休題」というのは辞書では「横道にそれた話を本筋にもどす」という意味だそうです)。

                           Coffee_2 

先日、地下鉄に乗っていたときのこと。

 私は眼を疑うような光景を見た。

 3人の制服を着た女子高生が、地下鉄の床にべったりしゃがみ込んでお化粧をしている。

 まつげにはマスカラがべったり。眼のまわりには黒くて太いアイラインが引かれ、ファンデーションも厚塗り。

 しかも、驚いたことに、クリーム状のファンデーションが入った瓶を地下鉄の床に直接置き、そのファンデーションがこぼれて床に散らばっている。            

 私は、地下鉄の車内を見回した。乗客は皆知らんぷり。注意してもしょうがないと思っているのだろう。

 私は一言注意してやりたかったが、後が怖いので何も言わずに次の駅で下車した。

               Cuasizuk_3   

 私は最近あまり電車に乗らないのでよく知らないが、こんな光景日常茶飯事らしい。

 しかし、外国人が乗っていなくてよかった・・・。

 これで、「美しい国日本」って?

 ・・・・・こういう子たちも、数年すれば裁判員に選任される可能性があるわけだ。

 「裁判員制度はいらない」(高山俊吉著 講談社発行)の中で

 さだまさし氏は

  「信号も守れない人に裁かれたくない」

  裁判員制度が採用されると裁判が迅速に進むというのなら、それは 「拙速」というものです。むしろ怖ろしいとさえ思います。付和雷同、ミーハー、不人情・・・・・。そんな人が裁判員になって超短期裁判になってしまったらと不安が募ります。信号一つきちんと守れない人や、われ先に電車やエレベーターに乗ろうとする人たちの判断を誰が信用するのでしょう。

 蛭子能収氏は

  「やりたくないし、やられたくない」

 裁判員の裁判ていうのは裁判のときに一般人も入るっていうことでしょ。そうしたら同調するかそうじゃなけりゃ今度は感情的になって、もっとおかしなことになるような気がする。「あんな奴死刑だぁ」なんてね。

 と述べられている。

 私は、地下鉄であんなことを平気でできる人たちに裁判員になる資格があるとは思えない。         

          Photo_27

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2007年6月13日 (水)

医師不足ー苦しむ地方ー医師数は西高東低(中日新聞サンデー版)

 当分まとまった記事は書けそうにないので、写真日記や他の方々のブログの記事の紹介や、新聞などの記事の紹介をさせて頂こうと思う。

 これは、今週日曜日の中日新聞のサンデー版(6月10日 世界と日本 大図解シリーズ NO.789)の記事

   Zukai

 よれてしまって写真では見にくいが、医師不足についてとても分かりやすく図解した記事だった。

 この記事によれば、医師数は「西高東低」なのだそうだ。

 写真の赤系統の県は赤に近くなるほど人口10万人あたりの医師数が多く、青系統の県は青に近くなるほど人口10万人あたりの医師数が少ない。

 どうして西高東低になるのかまでは分析されていないが・・・。

 しかし、どの県も医師配置基準(原則外来40人に1人、入院16人に1人)を満たす病院の割合は、非常勤医込みでも100%に達していない。

 全国平均だと非常勤医込みで83.5%(常勤医のみだと35.5%)。

 ちなみに、私の住む愛知県は、この医師配置基準を満たす病院の割合は89.1%。常勤医のみだと、たった39%だ。

 人口10万人当たりの医師数が一番少ないのは、なぜか埼玉県。

 北海道と東北地方は、人口10万人当たりの医師数も少ないし、医師配置基準を満たす病院の割合も極めて低い。岩手県などは、医師配置基準を満たす病院の割合は55.1%に過ぎない(常勤医のみだと、21.5%)。

 この記事を見ると、医師の絶対数が少ないことに加えて、医師の偏在によって、地方の医療が崩壊の危機に瀕していることがよく分かる。

 コムスンが事業所の介護士の人数をごまかしていたことが問題になっているが、医師配置基準を満たさぬ病院が多いことももっと問題にすべきではないのか。

                Kusurimidori

 昨日、久しぶりにある総合病院における証拠保全(検証)に立ち会った。

 そのとき病院の外来を通ったが、長時間待たされて待ちくたびれた患者さんが大きな声で「まだでしょうか。」と看護師に尋ねていた。その患者さんは「朝早くから来て待っているのに、ちっとも診てもらえない。病院に来ると1日仕事になる。」などと他の患者さんに愚痴をこぼしていた。

 しかし、まだ診てもらえる医師がいるだけましなのかもしれない。北海道や東北地方では、診療科によっては医師がいない病院もあるだろう。

 この中日新聞の図解は、このほかにも日本の医師数を欧米主要国と比較したり、勤務医の過酷な労働条件についてグラフ化していたり、医師不足解消のための厚労省や自治体のあの手この手を説明していたり、とても興味深い。

 一つ紹介すると、岩手県遠野市では、2007年度から、希望があれば県立遠野病院の常勤医に乗用馬を無償貸与するという特典を設けたそうだ。しかし、今のところ、希望者はいないのだそうだ(馬なんか貸してもらっても、おそらく常勤医は乗ってる暇ないだろうに・・・)。

 この図解は、「学校の教材に役立つ大図解」のシリーズなのだが、学校に限らず、病院や公共施設などの人目につくところに貼って、国民の理解を深めるのに役立てたらどうだろう。 

2007年6月11日 (月)

お堀端の緑

Kodati

 今日は、裁判所まで自転車で出かけた。

 お堀端の路が緑のアーチになっている。

 ちょっとした森林浴気分が味わえる。

Hunnsui

 

名城公園入口の噴水が涼しげだった。

2007年6月10日 (日)

裁判官の爆笑お言葉集

 今週は、仕事に追われて、ブログを書く余裕がなかった。

 「ノキ弁」の最終記事、裁判員制度の問題点(特に裁判員選任のための質問や忌避事由などについて)、小説「破裂」の感想(というか、つっこみどころ)など、書きたいことはたくさんあるのだけれど、「準備書面や訴状を早く書かなければ・・・」と思うと、ブログの記事どころではないというのが本音。

 1週間更新のないブログを見に来て下さる方には申し訳ないのだけれど・・・。

 アクセス分析を見ると、あいかわらず光市母子殺人事件の記事を見に来られる方が多いようだ。この事件に対する世間の関心の高さには驚かされる。凶悪な事件はこの事件だけではないが、被害者の家族が頻繁にマスコミに登場したことが世間の関心を集めた理由の一つだろう。

 この事件に関心を持たれた方は、ぜひこの機会に、刑事裁判や刑事弁護人の仕事についても関心を持って頂きたいものだ。

 アクセス分析では、光市母子殺人事件の記事だけを読んで去っていかれる方が多いようなのは残念である。ぜひ、左のサイドバーの刑事弁護についての記事も読んで頂きたいと思う。また、この機会に裁判員制度についても考えて頂ければと思う。

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 ところで、裁判員制度が2年後に迫ったせいか、最近は裁判傍聴についての本やブログが話題になることが多いようだ。

 私も話題の「裁判官の爆笑お言葉集」(長嶺超輝著 幻冬舎新書)という本を買ってみた。

 これがなかなか面白い。見開き式になっていて、右頁には大きな字で裁判官の言葉や事件の概略、裁判官の名前や年齢等、左頁に著者の評が記載されていて、実に読みやすい。

 しかも、この本で採用されているお言葉を発した裁判官の中には、私と同期の裁判官や担当した事件の裁判官だった方などが何人もおられ、そういう観点からもなかなか感慨深かった。

 裁判官から被告人の立場に転落してしまったM裁判官も、修習時代に存じ上げている。大変物静かな方で、合議の際にもあまりご自身の意見を言わないような裁判官であった。

 この本の中では「生来気弱な性格で、刑事裁判にプレッシャーを感じていた。ストレスで息苦しく、法廷でもイスから転げ落ちそうだった。」と取り調べの際に述べたとあるが、本当にそうだったのだろう。

 ずっと民事部への配属を希望していたということであるが、その希望はかなえられず刑事部にまわされていたという。

 犯行自体は許し難いものであるが、刑事裁判の裁判官というのはやはり相当ストレスのかかるものなのだろう。もともと向かない方もおられるのではないか。

 裁判員制度が施行されると、裁判官は裁判員と一緒に事件を考えることになる。死刑か無期懲役か決断しなければならない責任は多少軽くなるのだろうか(しかし、その一方で裁判官は裁判員に刑事裁判についての基本的な知識を教えなければならず、その負担は増すだろう)。

 そして、裁判員制度により、裁判員となる国民は、人を裁く苦悩を裁判官と共有することになるのである。

 今の日本は、凶悪事件が多発し、刑務所は満室状態だ。私の事務所の前の名古屋拘置所も満杯状態になったため、増設工事の真っ最中である。

 このままでいけば、国民が抽選で裁判員に選出される確率は相当高くなるかもしれない。

 そのとき、裁判員になった国民は、M裁判官が感じていたストレスやプレッシャーを覚悟しなければならないだろう。

2007年6月 2日 (土)

東京地裁の裁判員制度模擬裁判

 東京地裁が、トヨタ自動車、キャノンなどの大企業の協力を得て、裁判員制度の模擬裁判を実施した。

裁判員制度 本番同様の模擬裁判、3日間の日程終える毎日新聞

「専門用語難しい」 模擬裁判に挑んだ6人 量刑判断…裁判長「まずは直感で」産経新聞

「疲れた」「もっと時間を」=判決終えた模擬裁判員-3日間で集中審理・東京地裁時事通信

 裁判員の一人で、キヤノンCE本部の室長加藤吉幸さん(59)は判決後「ものすごく疲れた。選ばれる前に裁判員のビデオを見たが、選任手続きが中心。調書とか最初は意味が分からず、もっと事前に裁判自体の説明があるといい」と語った。

 会社員女性は「もう少し評議の時間がほしかった。3日間で決めるのは難しい。ただ3日以上会社を空けられるかどうか。リラックスした雰囲気をつくってくれた裁判官には感謝したい」と述べた。

 合田裁判長は評議で一番苦労した点について「今、どういうことをやっているのか繰り返しお話しし、理解を得ていただくこと。正当防衛とか言葉の説明に配慮した」と話した

 (上記青字は時事通信のニュースから引用。)

 このお三方の感想はごもっともだ。真面目な方々なのだろう。

 こういう事件を、3日で審理するなど、しかも刑法や刑事訴訟法の基礎知識のない方々が3日で審理するなど、土台無理というものだろう。刑事裁判は教育の場ではない。

 次は量刑判断。裁判長に「まずは直感で」と促され、各裁判員が意見を述べたが、執行猶予付の懲役3年から懲役7年までバラバラ。「酌量の余地もあるのでは?」と再度裁判長から問われ、出された量刑は懲役5年が1人、同4年が4人、同3年が4人。裁判員法が定める量刑評決の手続きにのっとり、懲役4年と決まった。

 (上記青字は産経新聞のニュースから引用。太字は管理人による。)

 本番だったら、直感で量刑判断される被告人はたまったものではない。

 この模擬裁判では検察官の求刑は懲役13年だったそうだから(ボツネタ経由)、懲役4年では検察官はかたなしだろう。

 ますます混迷を深める裁判員制度・・・。

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  • Iryouhoukai_2   

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