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« 光市母子殺人事件とマスコミ報道2 | トップページ | 刑事裁判官の苦悩 »

2007年6月30日 (土)

光市母子殺人事件とマスコミ報道3

 忙しくてなかなか記事は書けそうもない。書きたいことは山々あれど・・・。

 そこで、せめて、こういう記事を紹介。

 弁護士のあり方を通して見る日本と世界の現状

「事件そのものに対しては第三者である者たちには、センセーショナリズムに堕さない冷静さが必要」(上記記事内の文章)

  (『派兵チェック』第164号(2006年5月15日発行)掲載 太田昌国氏著)

来栖宥子★午後のアダージオ経由)

 もっともなご意見だと思う。

 (一部引用しようと思ったが、全文を読んで頂いた方がいいと思い直し、引用はしなかった。)

« 光市母子殺人事件とマスコミ報道2 | トップページ | 刑事裁判官の苦悩 »

刑事弁護」カテゴリの記事

コメント

まず,このような一般人の発言の場を設けていただいた事に感謝いたします。
この記事に対するコメントになるかわかりませんが,書き込みさせてください。

最初に,光市の殺害事件の報道を見ていて感じたことです。
前提として,私自身,報道番組および新聞のみからの情報で判断しているため,事実はわかりません。

まず,元少年は,1回目の裁判(表現がわかりません)と今回とでは,殺意の是非や経緯などが異なるようですが、
私の判断では,殺意があろうがなかろうが二人の人間を殺害したことには変わりないと思います。
元少年は,過去に母親を亡くしているようで,「自分の母親に甘える気分だった。」と述べており,弁護側はこの論述により弁護をしていますが,私は,それは犯罪の理由にはならないと考えます。同じ,若しくはもっと恵まれない環境におかれている方が,全て罪を犯していますか?

次に,弁護士の方の仕事・義務・思想がわからなくなりました。
私は,光市の事件に限らず,殺人犯が明確な場合,弁護士の方は,事実を明らかにした上で,犯人に反省させて罪を償わせることであり,決して「厳罰」に重きをおくものではないと考えます。

また,人権についてですが,犯罪者は法で護られ,人権もあります。一方,亡くなった方には一切ありません。
このような意見を述べると,弁護士の方や人権擁護団体は,決まって「これが今の法律ですから,我々は法律に則っています」と返ってきます。私はこれこそ納得できません。
「これが仕事で,弁護士は容疑者を護るもの」と割りきっているのかも知れませんが,被害者や遺族を無視して傷口に塩をぬるようなことが多いように見受けられます。明らかに犯人である者を護ることにも,一般者にはわからない苦悩が弁護士の方にはあると思いますが,被害者の方の気持ちも考えていただきたいと感じます。

さらに,刑事罰について。これもまた,「被告には更正の余地がある」などの理由で,一般人からみると軽すぎではないかと感じる罰があります。そして犯人は一通り罪を償うと社会に復帰します。場合によっては再犯を犯すこともあります。
例えば,「自分の母親を殺害し,社会復帰した後,女性二人を殺害」という事件もありました。この事件では,母親を殺害した時の罰が妥当なものであれば,次の女性殺害は無かった,と考えられます。
このように再犯の場合には,「それが起こってしまった責任の所在」がありません。私は,死刑を含めた妥当な刑罰を課すため,再犯を防止するために,被告の弁護士・更正施設・場合によっては当該裁判長らに責任をとらせるべきだと考えます。

最後に,情報開示について。
大抵の裁判では,一般人は事件を報道番組や新聞で情報を得ます。その結果,裁判の当事者からは「一般人は事実をしらない。一般人が何を知ってる?」という話が出ます。私もその考えは同様です。ならば,社会的な影響が大きいと判断される場合には,その事件について事実を全て公表すればいいと考えます。その媒体は結局マスコミになってしまいますが・・・。そのような点では,裁判員制度は良いのかもしれませんが,裁判員制度の是非については,まだ私も判断できないので意見は控えます。

以上,長くなってしまい,また表現が正しくないことや誤解もあると思いますが何卒ご容赦ください。

裁判員制度で評決についてわからないことがありましたのでよろしければ教えていただけませんか。評決について
「裁判員,裁判官のそれぞれ1人以上が賛成していることが必要」となっておりますが何度評決を行っても、あくまでも裁判員6名が「無罪」裁判官3名「有罪」となった場合はどうするのでしょうか。どこにも出ていないものですからご存知でしたら教えていただけませんか。

>殺意があろうがなかろうが二人の人間を殺害したことには変わりないと思います。

光市の事件では、殺人ではなく傷害致死を弁護団は主張しています。

>弁護士の方は,事実を明らかにした上で,

弁護団だって事実を明らかにしようとしています。
そうして首を絞めて殺したというのは間違いだ、という事実を明らかにしました。
検察の主張や本村さんが考えていることがどうして事実だとになるのでしょうか。

>人権についてですが,犯罪者は法で護られ,人権もあります。一方,亡くなった方には一切ありません。

加害者であろうが被害者であろうが、人権は守られるべきものです。
どういう意味で「亡くなった方に人権がない」と言われるのかはわかりませんが、たとえば被害者の実名報道をし、写真を載せ、家庭環境などを詳しく報道するマスコミこそ、被害者の人権を無視するものです。
また「犯罪者は法で護られ,人権もあります」とのことですが、何を守られていると考えておられますか。
逮捕され、警察、そして拘置所に勾留され、そして有罪となれば刑務所に入れられる。
人権が制約されているではないですか。
そして、犯罪を犯したことでさまざまな不利益(就職、結婚その他)があります。

>場合によっては再犯を犯すこともあります。

たしかにそのとおりです。
しかし、再び犯罪を犯すことのない人はたくさんいます。
そうした人のことは報道されませんから、我々は知らないだけのことです。

>その事件について事実を全て公表すればいいと考えます。

光市の裁判でも、本村さんの記者会見は長々と放映されますが、弁護団の会見はほんのわずかです。
ですから、最高裁になって急に否認したのはおかしい、ということをいまだに言う人がいるわけです。

30数年前の酒鬼薔薇事件と言われるサレジオ高校での事件について書かれた
「心にナイフをしのばせて」を読みました。

犯人である元少年は被害者遺族に謝罪などは一切なく
今は弁護士としてなにごともなかったかのように生活しているそうです。

一方被害者遺族や被害者の周りの人々は今も苦しみ
母親や妹などは事件がおこった時期の記憶がないそうです。
以前コメント欄でどなたかが「普通に社会生活が送れれば更正できたことになるのではないか」
と言われていましたが、この本を読んでいてより深く疑問に感じるようになりました。

裁判所での記録を抜粋した箇所などは光市の元少年の供述と似ている箇所も多く、
なんだか読んでいて複雑な気持ちになりました。

今は弁護士となった「少年A」が元少年の弁護人となったらどのような弁護をするのだろう
と思わずにはいられない内容でした。

HSさんへ
>「裁判員,裁判官のそれぞれ1人以上が賛成していることが必要」となっておりますが何度評決を行っても、あくまでも裁判員6名が「無罪」裁判官3名「有罪」となった場合はどうするのでしょうか。どこにも出ていないものですからご存知でしたら教えていただけませんか。
 
 私も確実なことは言えませんが、裁判所の下記Q&A 
http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/c4_8.html

日弁連の下記Q&AのQ10 
http://www.nichibenren.or.jp/ja/citizen_judge/about/qa.html#A10

からすると、
 裁判員が一人も有罪に賛成していないので、無罪にせざるをえないのではないかと思いますが。
 この点は、裁判員制度に賛同されている方の方が詳しいと思います。

横レスですさん>
傷害致死だろうが被害者が死んだのは事実では?
事故などでもないわけですし
殺意がなければ人を殺していいわけではないと思いますが。

>ともさん

横レスですさんは、刑法上の意味で殺人と傷害致死を区別しています。
このような区別は、世間では一般的ではないかもしれませんが、刑法上は殺意がなければ人を「殺した」とは言いません。

とおりすがりさん>
そのことはいままでのこちらのコメント欄から理解はしています。
ただ、その考え方そのものに司法関係者の方は何も疑問を抱かないのかなと不思議に思います。

元少年に後悔の念や重大な過ちを犯したという意識がなさそうに見受けられる原因の一端は
弁護人に殺意がなければ人殺しではない、
という考え方があるからなのかなと感じました。
法律上はそうなっている、と言われてもなんだか割り切れない思いでいっぱいです。

ともさん。そもそも刑法でそのように定められているのですから、もし今の法律が不満なら、刑法を改正する必要があります。

そして刑法を改正するのは立法府である国会の仕事です。司法関係者は国会が作った法律に従って法を適用していくだけです。

だから司法関係者にそもそも非はないのではないですか?少年法にしたっておかしいと思うのなら国会議員にたいして、改正を促せばいいのです。それなら筋は通っている。

そもそも批判を向ける矛先が間違っているのですよ。

それと、傷害致死も人を殺したということには変わりありません。ただ殺意すなわち殺人についての故意がない以上、死について過失責任しかとえないのです。このような考えは数々の歴史上の過ちに対する反省からきています。
人類の歴史から学んだ英知までも否定するつもりですか?それにまだ、裁判所によって殺意が否定されたわけではありませんよ。弁護人の主張が受け入れられない可能性は十分あります。

それと、今の刑事手続きというのは綱引きのようなものだと理解してください。

検察、弁護人双方がそれぞれの陣営に向かって思いっきり引っ張り合う。これが今の法律では理想的な形だとされています。なぜかというと、お互いが双方に精一杯引っ張ることで、真実があきらかになり、誤判が防げると同時に適正な法の適用が保障され社会秩序が保てると考えられているからです。だから検察官は客観的な証拠に適合する範囲でもっとも被告人の罪が重くなる人間に見えるようなストーリーを推察しそれを主張し、逆に弁護人はもっとも罪が軽くなる人間に見える主張をするのです。この事実のことを訴因といいます。だからほとんどの事件において両者の主張には
うそが混じるものなのです。これは裁判に関係しているものにとっては常識的なことなのです。

訴因というのはいわばたたき台ですから、両者が出した証拠に照らし合わせてだんだんと形を変えていきます。それで最終的に出てきた事実にしたがって法が適用されます。

ここの管理人さんが一番言いたいことは検察の主張した訴因は裁判が確定していない以上、まだ確定した事実ではないですよということなのです。

もうすぐ裁判員制度も始まりますからこのことは是非理解して憶えていてください。

それと法の予定している正義というのは最終的に確定した事実に基づいて刑が執行されることなんです。
まだ裁判の途中である以上、被告人はあくまでも容疑者であり、犯罪者とは認定されません。これは冤罪を防ぐためにできたルールです。これはどんな凶悪な人にでも平等に適用されます。なぜなら、憲法14条で法の下の平等が定められているからです。しかもこの法律があるからこそ、私たちは自由に行動することができるのです。例外は認められません。

それと弁護人は立場上、どんなに苦しくても被告人にとって有利になることしかいえません。被告人がした証言がどんなに苦しくてもそれにあわせた主張をしなければならない場合があるのです。もし世間の主張にあわせて死刑でしょうと一言でも言えばそれこそ皆さんが望んでいるように懲戒処分になります。弁護士資格剥奪です。だからこの弁護団が主張していることはいわば儀式のようなものだと理解してください。

大体、本当に死刑を廃止させようとするなら、皆さんのおっしゃるとおり、こんなお粗末な主張はしないでしょう。なぜおかしいと感じるのかといえば、それはこの弁護団が死刑廃止論者だから死刑を回避しようという私益を図るためにこの裁判を利用しているのではないかという色眼鏡で見ているからです。この偏見をなくして素直に見れば、彼らは法律的には筋の通ったことしかしてません。(ドラえもんが存在するかどうかというような具体的な内容については別です。)

だからそもそも批判の矛先が違うのです。

そして、今まで説明したような刑事裁判の基礎も知らないような人達が裁判員として裁判に関わることが本当にいいことなのだろうかと心配しているわけです。


aoさん>
法律を理解している人が全て正しいと思われますか?
いままでの歴史を否定するなと言われますが
今ある現実と現行の法律に合わない部分があるからこれほど議論になるのではないでしょうか?

裁判員制度については刑を決めるのではなく
法律関係者とは違った視点での意見という取り入れ方であればあってもいいようにも思います。

法律に詳しい方の意見を読んでいると
よくドクターが口にしがちな「素人が口出しするな」と同じような雰囲気を感じます。
ですが、プロがいつも正しいわけでもないですし
逆に素人の意見で気づかされることもきっとあると思います。
意見を言うくらいは自由なのではないですか?

矛先を向ける場所が違うと言われますが
第三者が見てもおかしいと思うような内容だから非難されているだけだと思いますが。
弁護団が非難されているのは死刑廃止うんぬんだけで責められているわけではないと思いますよ。

法律関係者の本音としては結局は「素人が口を挟むな」という所にあるような気がして仕方がありません。

ともさん。

>法律を理解している人が全て正しいと思われますか?

すべて正しいとは思いませんが、でも全く勉強していない人よりは、まだ信頼できる部分があるではないかと思いますが。
では逆にききますが、あなたは病気になった時に医者に診察してもらわないのですか?私は医学的知識は全くないので基本的には医者の言うことを信じることにしますが。
医者の診察のどこが間違ってるのか具体的に指摘できるだけの見識も能力もないので。

>今ある現実と現行の法律に合わない部分があるからこれほど議論になるのではないでしょうか?

あわない部分というのは具体的にはどこですか?
それを具体的に指摘してくださればお答えします。ただ少年法については私もおかしいと思いますが、これを改正するのは国会議員の仕事ですから、私は国会議員を批判しますよ。


>逆に素人の意見で気づかされることもきっとあると思います。

それはあるでしょうね。ただ素人の意見をしってもそれに直ちに対処できる部分とできない部分があります。もし今の刑事訴訟手続きがおかしいというのなら、それは法律の改正が必要です。やはり国会で議論すべきことでしょう。ただ具体的にどこがおかしいのか指摘していただかないと、手のうちようもありません。

>第三者が見てもおかしいと思うような内容だから非難されているだけだと思いますが。

逆にあなたに問いたい。あなたはどれだけこの事件について勉強しましたか?法律については具体的にどこがおかしいのか指摘できるだけの見識をお持ちですか?人のことを批判するならまず学んでからでしょう。人のことを前提知識0で闇雲に批判するだけなら誰でも簡単にできます。
でもそれだけでは何も生まれないでしょう。司法関係者に素人の意見に耳を傾けろとおっしゃるなら、ご自分も司法関係者の意見に耳を傾ける努力をすべきではないでしょうか?両者がお互いの言っていることから学びあうことが必要だと思いますが。あなたはただ自分の意見が正しいとごりおししているだけ。それではあなたが批判している人たちと同じでしょう。

>法律関係者の本音としては結局は「素人が口を挟むな」という所にあるような気がして仕方がありません。

というよりも司法試験レベルまでとは行かなくても、少なくとも刑事手続きの原則レベルについては勉強してほしいというのが本音ではないでしょうか?裁判員制度もはじまりますし。

アメリカやフランスなどでは義務教育過程において、法律についての一定レベルの知識を学ぶそうです。

追加

>裁判員制度については刑を決めるのではなく
法律関係者とは違った視点での意見という取り入れ方であればあってもいいようにも思います。

これから行われようとしている裁判員制度は単なる意見を取り入れるだけではなく、裁判員に刑も決めさせる制度です。

この制度が始まれば、あなたは単なる素人でいることはできなくなります。いつか裁判員として呼ばれるかもしれません。今やあなたも司法関係者の仲間入りなのです。責任が生まれるのですから、それに見合うようにしっかりと勉強してください。

aoさん,Delphiさん
 丁寧なご説明ありがとうございます。
 なかなか一般の方々にご理解頂くのは難しそうですね。
 私はギブアップしそうです。

 裁判員制度では、こういうことを裁判官が裁判員に説明するのでしょう。
 裁判官を今の2倍(いや3倍?)にでもしなければ、無理ではないかと思います。

 それにしても、傷害致死罪と殺人罪の区別から説明しなければならないとすれば、裁判官も大変だなあ。

aoさん>
医者にかからないとは言っていませんよ。
説明を受けて疑問を口にしたことに対して
「知らないくせに口を挟むな」という言い方だと言ったまでです。
司法関係者のそういった態度を感じるから素人からの批判が出るのではないですか?
知識がなければ聞いていておかしいと思った疑問も口にはできないのでしょうか。
納得のいく答えが得られないからこれだけ世論も批判的なのではないかと思われます。

a.oさんへ。

>いつか裁判員として呼ばれるかもしれません。今やあなたも司法関係者の仲間入りなのです。責任が生まれるのですから、それに見合うようにしっかりと勉強してください。

よく分かりませんが、勉強するって何をですが?法律ですか?むしろ法律を知らない人を参加させるのが制度趣旨では?法律の素養が必要なら法学部卒とかの資格を設けるべきですか?立法者は法律の素養なんて求めていそうもありませんが。

ともさん、まずはじめに言っておきますが、私は死刑反対論者でも、この被告人にたいする思い入れもありません。

おそらく今のところ出てきた証拠を見る限りでは(報道できく限りという限定がつきますが)、ドラえもん云々という弁明は死刑から逃れるための言い逃れに過ぎないというように推測してます。ならば、やはり殺人罪を適用して死刑にするのが、妥当でしょう。そのようになれば本村さんの心情も救われるでしょう。大多数の司法関係者の意見も同じでしょう。

しかしです。弁護人が、本件において、傷害致死の適用が妥当だと述べたこのとについて批判しようという気はおきません。
なぜなら、それが彼らの仕事だということを知っているからです。それが大多数の弁護士の意見でしょう。それが法によって科せられた彼らの使命なんです。刑事手続きというのはそういうもんだということ言うことを言いたいだけです。

それに私は素人です。法学部出身なんで普通の人よりは詳しいですが、ただそれだけです。

それと、司法関係者というのは弁護士だけではありません。裁判官、検察官、も含めて言います。
検察官というのはいわば被害者の代理人です。弁護士というのは被告人の代理人です。

あなたはおそらく、弁護人の言動だけを見て司法関係者すべてがおかしいと批判されているように推測します。

しかし、刑事裁判というのは裁判官、検察官、弁護人の三者がそれぞれ役を演じながら行われる、いわば共同作業です。
弁護人一人のちからで、適用される刑罰が決まるわけではありません。それに弁護人の主張する意見は説得力がなければそもそも取り入れられません。

全体を見てください。被害者の人権というのは検察官が代理人になって主張するのです。だから被害者の人権が全く保障されていないとは言い切れません。検察官の主張と弁護人の主張のバランスで刑は決まります。


それから、あなたは、年齢や更正の可能性があるかないかで、刑を区分けするのはおかしいとおっしゃっていますが、それは少年法に根拠があります。司法関係者は、単に司法試験に受かっただけのものです。民意を反映している国会によって作られた法律を無視して勝手に法を曲げて適用することは原則としてできないのです。日本は国民主権の国だからです。だからおかしいならば法を変えなければならないのです。疑問に思わないのかといわれても困るのだと思います。
批判の矛先が違うんですよ。

それから、殺人罪と傷害致死は人を殺したという点では同じだとおっしゃってましたが、なぜ刑罰に違いがあるかというと、それは責任主義と言う概念があるからです。

責任主義というのは善悪の判断の可能性がない、もしくは判断ができてもそれにしたがって行動できる可能性がない人に対しては非難することができないという考えです。

要は故意と過失では非難できる分量が違うという考えです。

これを否定したらどうかという考えもあるでしょう。被害者のために。でもそうするとどういうことになるか、日本の経済活動自体がとまることになるでしょう。うっかり車にも乗れなくなります。もし間違って人を引いたりでもして死んでしまったら、死刑を受ける可能性が高くなるからです。
当然、物流も止まります。トラック運転する人がいなくなるので。とすると食べ物が手に入らなくなります。多くの人は餓死するでしょう。これが論理的な帰結です。

これで納得していただけたでしょうか?

aoさん>
詳しくありがとうございます。
私の書き方が悪かったです。
司法関係者=弁護人の意味で書いています。
弁護人が被告を弁護するというのは頭では理解しています。
が、この事件に関してはおかしいと感じることが多すぎるのでこうしてコメントを書かせていただいています。
ちなみに私が批判しているのはこの事件に関しての弁護人や法律に詳しい方の意見についてです。

こちらで色々な意見を読んでいて
なぜここまで法律を知っている方と素人との間で意見が食い違うのだろうと考えています。

ただ、いままでのいろんな事件を見ていて
ここまで弁護人が批判を浴びた事件もそうないですよね。
その辺りはやっぱり批判されるだけの理由はそれなりに存在するのではないでしょうか。

弁護人を批判している意見の多くは死刑廃止うんぬんに関することではないように思います。
真実を明らかにすると言っているにも関わらず
結局真実が見えてこないような方向に行こうとしていることに批判が集まっているように思います。

私は安田弁護士が元少年の弁護人になった時に雑誌に書かれた記事は読みました。
(殺害が故意ではないという内容でした)
その記事自体は説得力があり、殺害自体は故意ではないのかもしれないとその時は思いました。
けれど、作業員を装って被害者宅を訪ねたりしていることを思えば
仮に殺害が故意でなかったにしてもそのことに何の意味があるのかと考えてしまうのです。
法律を知っている方が言われることは理解できますが
元少年の弁護人でもないのに「法律とはそういうものだ」という意見しかなく、
本音が見えてこないのがなんだかなと。
本当に元少年や弁護団の言っていることに関しておかしいと思ったりしないの?
という部分を聞きたいだけなんだと思います。私自身は。

元少年の以前の弁護人は無期懲役の判決が出た時にガッツポーズをしたという話もありますし、
この事件で弁護士に不信感を持っている人は少なくないと思います。
(もちろん全ての弁護士が悪いとは思っていませんが)
それは必ずしもマスコミに流された人間の意見ばかりではないんじゃないかなと思うのですが。

たびたびすみません。
以前ブログ主さんもコメント欄で
「一審・二審で無期懲役を勝ち取った」という言い方をされていましたが
裁判を真実を明らかにして法律に基づいて刑を決める場だとすれば勝ち負けという考え方はおかしくないですか?

弁護団にしても勝つことのみを目的として手段を選ばない(ように見える)から批判されるのではないでしょうか?
コスプレだとか聞いて呆れるような弁護は批判されても仕方がないように思います。

それが弁護士の仕事という言い方をされればそれ以上何も言えませんが、
その辺りにも世間とのズレが生じているのではないかなと感じます。

ともさんへ
>以前ブログ主さんもコメント欄で
「一審・二審で無期懲役を勝ち取った」という言い方をされていましたが
 
 どのコメントですか。すいませんが、私は「勝ち取った」と書いた覚えがありません。

>コスプレだとか聞いて呆れるような弁護は批判されても仕方がないように思います。

 コスプレという弁護団の主張はどこでみられましたか?弁論要旨にはないのですが。
 弁論要旨によれば、被告人は会社のネーム入りの作業服を着ていたとあります(証拠が引用されているので、客観的な証拠もあると思われます)。そして、この服装が原因で被告人が犯人だと判明しました。

 初めまして。私どもがエントリーしました記事を皆様に紹介してくださいまして、嬉しく思っています。また、リンクもありがとうございます。光市事件につきましては懲戒請求やバッシングなど異様な雰囲気の中、太田さんのような意見を出される方も居て、希望を感じています。貴ブログにも感動です。
 大田さんの記事ですが、拙ブログは更新に伴い、当該記事が出てまいりませんようですので、下記サイトからご覧いただけますか。
http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/column10-oota.htm

こんにちは。匿名で失礼します。

いくつかの専門家ブログに殺到しているコメントをだいたい読んだのですが、基本的なノリはイラク人質事件被害者&被害者家族バッシングと同じですね(ノリだけでなく担っている方々も同じでしょうけど)。

特に似ているところは、自分を主語に語らず、「国民が」「一般人が」「庶民が」みたいな表現を多用し、多数の背後に隠れるというか、自己正当化の根拠が「多数派に属する自分」的なノリのコメントがかなりあるところかなと。

声が大きいだけで、実際に多数派かどうかは不明ですが。というか、懲戒しろとまで思っている方たちが超少数派なのはたしかでしょうけど(笑)。

というか、私自身、法律や裁判に無知な普通の「国民」で「一般人」で「庶民」なんですけどね。勝手に私を代弁しないでよ、と思いました(笑)。

そんな法律や裁判に無知な普通の「国民」で「一般人」で「庶民」の私もこの事件のマスコミ報道や弁護団バッシングにもの凄い違和感を持ちました。

近現代史の専門家すべてが数はともかく事実としている南京事件を否定(=被害者なんて存在しない)している人(勝谷氏)がテレビで「弁護団は被害者を愚弄している!」とか怒りまくってるのを見たときなんて頭クラクラしました。ちなみに、おそらく橋下弁護士も南京事件否定派のような気がします(橋下弁護士の政治的傾向からの推測です)。

だけど、こうやって専門家の見解を簡単に読めるのって、なんだかんだ言ってもネットの良いところですね(笑)。勉強になります。ありがとうございます。

ついでに、この事件には直接関係はないですが、興味深い話がありましたので紹介させていただきます。少々長くなりますが、引用しておきます。

・・・・・・

『現在の東京裁判に関しての著作などではパル判事と比較して、ブレークニー弁護士らについての言及が少ないというのは以前から感じていました。

東京裁判に限らず、各地で行われた戦犯裁判に多くの外国人弁護人が日本人のために弁護していたという事実は右派左派問わずもっと広く知られるべきことでしょう。

世論の感情としては何十万の単位で身内に犠牲者が出た人のいる当時の戦勝国は光市事件に対する日本社会よりもさらに厳しいものではないかと。

笹川良一はこうも語っています。誰もがアメリカ人弁護士の誠実さを疑っていたのだが「後になってみて疑いを抱いた者の方がサモシイ気持ちであったと恥しくなった」、と。清瀬一郎の『秘録 東京裁判』でも東條が「米人弁護士が、本気で自分を弁護するだろうか」という疑問をもっていたものの、東條の弁護を担当したブルーエット弁護士は「大東亜戦争は自衛のための戦争であった」「東洋民族解放のための戦争であった」という被告の主張(当然、アメリカ人にとっては不愉快であるはずの主張)をもとに弁護活動を行う、と明言して受任してくれた、という記述がありますね。』

http://d.hatena.ne.jp/bat99/20070624/1182693819

・・・・・・

『また、アメリカ人弁護人の「誠心誠意」の活動ぶりが高く評価されているのだが、「この気持ちは一寸日本人には理解し難い処」と率直に語っているのが注目される。光市事件の被告弁護団への敵意にあふれた今の日本社会にも、アメリカ人弁護人たちの職業倫理は理解されないのだろうか。』

笹川良一の見た松井石根
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070623/p1

・・・・・・

『横浜裁判は、「勝者の裁き」であって「文明の裁き」ではなかったといういいかたがされることがある。たしかに、先にみたように、軍事委員会(裁判所)は、合衆国憲法や英米法の証拠法則は占領地における軍事委員会の裁判には適用されないと判断した。その点では、この裁判は「文明」を拒否した規程によっておこなわれた。 わが国の国民からするとBC級戦犯裁判に対する不公平感が湧き出る理由がある。

しかし私たちは、同時にこの裁判のアメリカ人弁護人が、きわめて鋭く、日本人弁護士以上に、横浜法廷の論理の「非文明」性を指摘し、執拗といえるほどねばり強く再三にわたって警鐘を乱打していたこともみなければならない。この裁判がもっていた両面をみるべきである。

私たちが、横浜裁判が「文明の裁き」ではなく「勝者の裁き」であったというだけにとどまっていると、アメリカ人弁護人が身をもって示した「文明の裁き」という視点を見失ってしまうことになるだろう。


もし、今の日本で4ヶ月前までは敵国人だった者を弁護しようとしたのならば、その弁護士たちがどのような扱いを受けるかといえば、こんな扱い(安田弁護士)になるのだろう。

当時のアメリカの世論については調べていないのだが*1、実際こんな反応はあったと思う。そういった世論に押されて弁護人たちが手を抜いたり、弁護を拒否していれば横浜裁判における死刑判決はもっと増えていただろう。 』

http://d.hatena.ne.jp/bat99/20070529/1180457409

ブログ主さんが、書かれてることは正しいと思います。

Delphiさんが、おっしゃってるように、御時間割いて説明してくださってるM.T.さんの話にもっと耳を傾けるべきだと思います。

だけど、残念なのはともさんがおっしゃってるようにCHAOSさんや通行人さんとの感情の行き違いです。
弁護団を非難する人達も、一生懸命に感情を説明されようとされてたのに、お互い通じない感じですよね。

(いきなり何も知らない一般人が上から目線みたいで恐縮ですが、)何度も繰り返して説得されようとした皆さんの意見すべてが、何か意味を持ってると思うし、伝わらなかったとしても無駄になんてなってないと思います。
これからも、みなさん元気出して頑張ってください!

なお、この記事に自身のブログのトラックバックをさせていただきますが、その文章を書いた時と、ここを読んだ後では、自分の中で少し考えが変わったことを付け加えさせてもらいます。

はじめまして。
MTさんは、寺本ますみさんでよろしいのでしょうか。

「光市母子殺人事件」に関するエントリ、コメントが殺到していますね。普通、こういう状態になったブログを「お祭り」とか「アレている」とか言います。
が、今回はそうは思いません。読者の方が率直に心情を吐露されている、そう感じます。もっとも「アラシ」と呼ばれる罵詈雑言はMTさんの方で削除されているのかもしれませんが・・・

MTさんおおっしゃっていることは、弁護士というより法曹界の人間としての意見かと思います。一応筋は通っている、というよりああ言うしかないでしょうね。
ただ、読者とは、最初からボタンが掛け違っています。
その理由は

>私は、この事件についての情報に疎いのですが

という前提で、エントリを書いたことにあります。

この事件は世間の関心が高く、TVや新聞報道以上にこの事件について詳しく知っている国民も多数います。そして、そのほとんどが憤っています。
そこに「私は、この事件についての情報に疎いのですが」と言いながら、「・・・・・ホント、平気でTVであんな発言をする橋下弁護士も問題だ」と書いた。

あなたは、事件そのものに言及したわけでも安田弁護士を擁護したわけでもない。が、事件をよく知らないのに橋下弁護士を非難するという行為が、安田弁護士を擁護していると取られたのです。
その後の読者の憤りのカキコに対しても、あなたは「刑事弁護が分っていない」、「裁判制度が分っていない」という立場から応酬しました。
これは、あなたの以下のレスから読み取れます。
「こういう被告人には、裁判を受ける権利も、弁護人がつく必要もないということですね。最初から「絶対死刑」と決まっているわけですから」
「あなたはテレビから得られる情報だけで「絶対死刑」「あんな弁護士」と判断したということですね」
「おそらくあなたが裁判員に選ばれた場合、「魂の怒り」によって判断されるのでしょうね」

こういう状態の人をネット上では「空気が読めない人」と言います。
どうして読者が憤っているのか分らないまま反論すれば、それが彼らをさらに煽ることになります。
私の知っている限り、この事件に関心のある人は、そのほとんどが被告人はもちろん、担当弁護士にも憤っています。
そのことをあなたが知らなかったとすれば、ちょっとニュースに疎すぎると思います。
が、それは仕方がない。
が、であれば、ブログで「橋下弁護士も問題だ」なんて書かなければよかったのです。

今は情報化時代です。
昔は与えられた情報の中でしか判断できなかった国民が、自ら取捨選択できるほどの情報量の中で判断できるようになりました。
法律論以外の分野では、弁護士を凌駕する情報量を有している国民も多いのです。
政治家もしかりです。政治家が知っていること以上の情報を有している国民もまた多い。だから政治家も、うかうかしておれないのです。

なぜ、こういうコメントを書いたか?
庶民の味方であるはず弁護士と、現代の、ネットに親しむ庶民との意識の乖離に危機感を覚えたからです。
今や国民の8割がネットを利用すると言われています。
ネット上には無駄な情報も多いですが、中にはTVや新聞では得られない貴重な情報も多々あります。賢明な庶民は、その膨大な情報の中から「真実は何か?」を基準に取捨選択しているのです。
一般国民は、情報化社会の中で、情報に流される人たちと、情報を基に考える人たちに分化してきていると思います。

ブログは本来、個人的なもので、今回の出来事はMTさんにとっては心外だったかもしれません。
が、国民は以前の数倍の勢いで進化(変化?)しているということを忘れないでください。

弁護士の友人さんへ

>が、であれば、ブログで「橋下弁護士も問題だ」なんて書かなければよかったのです。

  私の他の記事(特に「刑事弁護の意義についての理解」という記事)もお読み下さい。
 なぜ、私が橋下弁護士の発言に怒ったのかがお分かり頂けると思います。
 弁護士であれば「懲戒請求は簡単だから皆さん懲戒請求して下さい。」と言うだけでなく、最低限そのリスクも説明すべきです。また、あの番組内で懲戒理由についても具体的な説明があったとは思えません。

>今は情報化時代です。
昔は与えられた情報の中でしか判断できなかった国民が、自ら取捨選択できるほどの情報量の中で判断できるようになりました。

 確かにコメントを寄せられた方々は、私よりもはるかにマスコミ報道にお詳しい方ばかりでしたが、この事件に限らず刑事事件の記録は全て公開されているわけではなく、マスコミが報道していない事実がたくさんあります(むしろ報道されているのはごく一部です。またその報道は必ずしも正しくありません)。
 それなのに、刑事弁護人の弁護活動をマスコミ報道だけで判断してしまうことが問題だと申し上げたかったのです。

追記:もし貴殿がこの事件についてマスコミ報道以外の事実も知りたいとお思いでしたら、右サイドバーの光市事件という本をお読み下さい。
 最高裁検察官弁論要旨
 最高裁弁護人弁論要旨
          補充書1~3
 最高裁判決
の記載があります。
 その他にも控訴審判決も裁判所のHPから見ることができます。

 

>追記:もし貴殿がこの事件についてマスコミ報道以外の事実も知りたいとお思いでしたら、右サイドバーの光市事件という本をお読み下さい。

これは書いてほしくありませんでした。
もちろん、知っています。

言いたいことが伝わらず、残念です。

やはり最後まで残るのは2ちゃん信者ですね・・・

>ネット上には無駄な情報も多いですが、中にはTVや新聞では得られな
>い貴重な情報も多々あります。賢明な庶民は、その膨大な情報の中から>「真実は何か?」を基準に取捨選択しているのです。

この方がつかんだネット上の貴重な情報では安田弁護士が被告人を騙して思いのままにあやつっている証拠があるんでしょうか?「世論」に歯向かうと賢明な庶民が許さない、ということですか。まったく嫌な世の中です。

M.T. さん

横槍の推測ですが、みなさんがおっしゃりたいことは、M.T. さんの言ってることは本当に正しい。だけど、例え話ですが、すごく興奮してる人に「六法全書でこう書いてるから、判例でこう出てるから、あなたは間違いです。」と言うような形で相手の心情や気分を考えずに説明したら、いくら本当にためになる良い話をされても、ますます怒る可能がある。だから、心情的に怒ってるような人に伝えたい気持ちがあるのなら、まず落ち着いてもらったりリラックスさせる方がいいのでは?と言うような意味合いのことをお伝えしたいのではないでしょうか?

以前書き込みさせていただいた者です。
まず,訂正です。
×「厳罰」→〇「減罰」
お詫びいたします。

aoさんとともさんの議論を読ませていただきました。
私としては,やはり,ともさんのご意見,考え方に賛成です。

弁護士の方や,法律に携わっている方々は,当然その法律に忠実ですよね。感情や人情なんてものは考慮しない。それも必要でしょう。
しかし,法律が改正され,例えば,殺意の有無は別として,「犯人が明らかな場合,被害者には復習を認める」とした場合にも,弁護士の方や,法律に携わっている方々は当然異を唱えることはありませんよね。法に忠実ですから。

>aoさん,「うっかり車にも乗れなくなります。もし間違って人を引いたりでもして死んでしまったら、死刑を受ける可能性が高くなるからです。」

上等です。気をつけて運転するようになり,飲酒運転なども減ると考えます。

>横レスですさん
ご意見ありがとうございます。

>「光市の事件では、殺人ではなく傷害致死を弁護団は主張しています。」
どっちだろうが,人が亡くなっています。

>「逮捕され、警察、そして拘置所に勾留され、そして有罪となれば刑務所に入れられる。
人権が制約されているではないですか。」
当然です。それが償いですよね。まだ手ぬるい感じもします。

>「再び犯罪を犯すことのない人はたくさんいます。
そうした人のことは報道されませんから、我々は知らないだけのことです。」
確かにそうです。ですが,再犯は,「1%」でも,「0.001%」でもダメなんです。「0%」を目指すべきでしょう。すでに,それを目標にしているはずです。だからこそ,一人一人の犯人の更正に責任を持って欲しいのです。

お久しぶりです。
ファブヨンさんに上手くまとめていただいたみたいですが、
私もそういった気持ちです。


今回の審理を見て個人的には
「相手が女性とはいえ一瞬の殺意も抱かず人間を殺せるんだろうか」という疑問が残りました。


ともさん<

ここで「感情論」と「法律論」両者がすれ違った形になったのは残念です。
自分は、単純に両者ともとても良いこと言ってる。だから両立や共存や住み分けをすべきで、打ち消しあって傷付くのはもったいないと思います。

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