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ねこちか2

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2007年5月

2007年5月31日 (木)

平成18年の医事関係訴訟の統計

 最高裁が平成18年の医事関係訴訟の統計(速報値)を発表した。

       医事関係訴訟の現状 (6番のところ)

 これによれば、平成18年の新受件数は912件。平成16年の1110件をピークに減り続けている。

 平成18年の平均審理期間は25.1ケ月。平成12年の35.6ケ月に比べると、10.5ケ月も短縮された。

 平成18年の判決の割合は35.3%、和解の割合は53.3%。ここ10年では最高の和解率である。

 判決の認容率(勝訴率、一部勝訴も含む)は35.1%で、ここ10年では平成11年の30.4%に次いで低い。平成18年の通常訴訟事件の認容率が82.4%(医事関係訴訟事件も含む)(うち人証調べ実施事件の認容率は63.5%)であるのに対し、いかに医事関係訴訟の勝訴率が低いかが分かる。

 勝訴率は平成15年には44.3%であったが、その後低下傾向が続いている。

              Turiganeninjinc_3

 このように統計からみると、医療関係訴訟は増えていないし(むしろ減少傾向)、勝訴率も低下しているのである。

 最近(特に大野病院事件以来)、医師の方々は訴訟リスクを強く訴えられているが、この統計で見る限りではむしろ訴訟リスクは減少しているのではないか。

 患者側弁護士としては、審理期間が短くなり、和解率が増え、敗訴率が高くなっていることが心配だ。

 増加した和解の内容にもよるが(統計からは和解の内容までは不明)、審理の迅速性ばかりが優先され、充実した審理がなされないまま和解が勧告され、和解に応じなければ敗訴、という事件が多くなっているのではないか。

 今後もこの統計は注意して見ていく必要がある。

2007年5月28日 (月)

涅槃の境地

 変なタイトルだけれど、最近はこういう心境なのである。

 新小児科医のつぶやきの管理人さんが、末期癌患者が死を受け入れるまでの意識の変化(受容段階説)にちなんで、医師の方々が医療崩壊についてどのような意識の変化をたどるか説明されている(意識階段説というのだそうだ)のだが、「涅槃の心境」はその第5段階なのだそうだ。

 ちなみに、この意識階段説というのは、こちら。

段階
末期癌の段階説
医療崩壊への意識
第一段階
否認

医療崩壊の存在自体の否定

第二段階
怒り
トンデモ医療訴訟やお手盛り医療改革への怒り
第三段階
取引

こうすれば医療崩壊を防げるの提案の摸索

第四段階
抑鬱

何をしても無駄だとのあきらめ

第五段階
受容

生温かく滅びを見つめる涅槃の境地

 ちなみに、涅槃の意味はこちら→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%85%E6%A7%83  もっとも、「さとり」ではなく「諦め」の方に近い。

管理人さんは、更に、第六段階として、「覚醒・・・出来る範囲で医療崩壊に対し行動を起し始めるを提唱されている。

 私は、司法改革や刑事裁判について、最近この第五段階の涅槃の心境になっている。

 多くの弁護士も司法改革(実質は司法改悪)について、この第四段階か第五段階にあるのだろう。

 私も、ちょっと元気のいいときは第六段階になるが、大体が第四段階か第五段階である。

               Akazami_1

 最近、週間文春(5月31日号)に

  新人2000人 「底抜けおバカ弁護士」急増中

       (ジャーナリスト 青沼洋一郎氏)

 という記事が載った。この中身は全文引用したいところだが、著作権法違反になってしまうし、入力が大変なので、しっかり紹介されているPINEさんの記事を紹介させて頂く。

 週間文春の記事を読んだ。

 この週間文春の記事の内容は、若手弁護士にちょっと厳しすぎるとは思うが(真面目で優秀な若手弁護士も多い)、弁護士人口激増の経緯や現状などの説明はそのとおりである。

 ちょっとだけ文春の記事を引用すると(青字が引用)

  政府の増員計画の根拠となった規制改革・民間開放推進会議では、大量に生み出された弁護士を自由競争させることにより、優秀な人材が自然淘汰で残るという、まさに市場原理が働いていた。

 「しかし、弁護士は商品ではない。まして、並べているだけで、どれが優秀な弁護士かなんて、依頼者の側から判断なんてつくはずもない」(中堅弁護士)

 就職先も見つからず、社会に放り出された新人弁護士は、そうなるといきなり独立という形を取らざるを得なくなる。それこそ、自宅アパートの一室で携帯電話を頼りに弁護士業務をゼロから始めるのだ。

 「医者でいうなら新人がいきなり心臓手術を行うようなもの。パイロットなら、いきなりジャンボ機を一人で飛ばすようなもの」(若手弁護士)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 事態を重く見た日弁連では、せめて事務所の軒下だけでも貸してやってくれと、「ノキ弁」制度を提案しはじめた。

 「給与も仕事も与える必要はない。ただ事務所の電話や設備を貸して、あとは勝手に仕事をさせておけばいいという、いわば軒下貸しの弁護士の契約を求めている」(ベテラン弁護士)

 それを日弁連が主導するのだから、もはや危機的状況だ。

 これが一般市民にどういう悪影響を及ぼすかについても文春の記事は言及しているが、こちらは上記PINEさんの記事に詳しい。

 東京を中心に、本当にひどい状態なのである。

 崩壊寸前なのは、何も医療ばかりではない。

                Arousok 

 さて、このブログのアクセス数は、今まで大体1日200から300程度だったのだが、ここ数日1,000を越す日が続いている。

 どうしてなのかと思っていたら、昨年書いた光市母子殺人事件の記事が、今もヒットするためらしい。

 同事件の差戻審が始まったことは知っていたが、ここのところ忙しくてワイドショーなどをあまり見ていなかったせいで、本村氏や弁護団の記者会見もちらっとしか見ていない。

 なんでも弁護団の意見陳述や記者会見がたいそうな怒りをかっているらしい。

 私は弁護団の意見陳述の内容を詳しく知らないので、具体的なことは何もいえないが、この問題については次のように考える。

1 この事件の全ての証拠(死体の解剖結果、鑑定書、供述調書など全てー特に解剖結果が重要)、それに被告人と弁護人の打ち合わせの内容が分からなければ、弁護団の真の意図など分からない。

2 弁護団の意見内容は、弁護団が創作したものではなく、被告人が述べていることである。それが常人にとうてい理解しがたく許し難いものであっても、弁護人としては被告人があくまでもその主張を望む以上、主張せざるをえない場合がある。

 これについては、私のかつての刑事弁護についての記事(左のサイドバーにまとめてあるもの)を読んで頂きたい。

 特に、

 刑事弁護人の役割ー3つの質問

 刑事弁護人は「雇われガンマン」か?「聖職者」か?  

 刑事弁護人の役割ー3つの質問(回答編)・設例B       

 この事件について寄せられたコメントの質問に回答したものとして、

 刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその1

 刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその2

 刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその3

 刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその4

 私の経験した具体例を掲げたものとしては、

 光市母子殺人事件の弁護人の意図

 ある覚せい剤犯の思い出

をお読み下さい。

 弁護人は、このように物理的にはありえない主張でさえ、主張せざるをえないこともあるのである。だから、私はそのような主張をせざるをえなかった弁護人を非難する気には到底なれない(私自身は根性なしだったので、辞任したり、委任を受けなかったりしたけれど)。

 ましてや光市母子殺人事件の弁護団の主張は、少なくとも「物理的に」ありえないわけではない。被告人の異常性を主張するのであれば異常な動機や心理過程を主張するのは不自然ではない。

 私がテレビを見た範囲では、昨年に比べると、マスコミやジャーナリストなどのコメンテーターの反応も冷静だった気がした。

 しかし、日曜日のOOO委員会というのは違った。この番組には本当に驚かされた。

 特に、

 三宅久之氏の発言 「弁護士というのは昔から三百代言と言って、もともとたいしたものじゃないんだ。」

 橋下 徹弁護士の発言 「皆さん、弁護団の弁護士の所属する弁護士会に懲戒申立をして下さい。」

 勝谷誠彦氏の発言「週刊誌は21人の弁護団の弁護士全員の顔写真、氏名、経歴等、ついでに住所を公表すべきだ。」

  これらが知識人と言われている方々のご発言である。

  いったいこの国はどうなっているんだ。こんなことで、裁判員制度なんてまともにできるのか。

・・・・という具合で、私はまた涅槃の境地に陥ってしまった。

 

2007年5月23日 (水)

裁判員制度はいらない!大運動2

 裁判員制度には約8割の国民が反対している。

 今の医師不足、看護師不足をよしとする国民もいないだろう。

 なのに、なぜ私たちは裁判員制度を受け入れ、医師不足や看護師不足を我慢しなければならないのだろう。

 本当におかしな国だ、日本は。

              Miyamaodamakic_1

 ささやかな抵抗だけれど、このブログの右サイドに、ストップ裁判員制度ストップ医療崩壊のパンフレットを貼り付けてみました。

 どちらも請願の署名用紙が印刷できるようになっています。ぜひ署名活動にご参加下さい。

 また、裁判員制度はいらない!大運動については、6月29日(金)午後6時から、東京の四谷区民ホールで反対集会が開かれます。東京の在住の方で、裁判員制度の問題点についてもっと知りたいという方は、ぜひご参加下さい。裁判員裁判批判劇を上演するそうです。

          Photo_27

 このチラシの拡大版はこちら この集会の詳細を知りたい方はこちら

※ 裁判員制度はいらない!大運動のチラシの下にマクパペットで裁判官(見えるかな?)を作ってみました。頭をクリックすると一応しゃべります(まだ試作品)。以前、記事の下にサイバー裁判官として登場させたものですが、もうちょっと工夫していろいろな言葉をしゃべらせたいと思っています。

 そのうちに、サイバー医師やサイバー看護師も作ってみたい。 

2007年5月22日 (火)

医療亡国ニッポンーTVタックル

 昨日のビートたけしのTVタックルで、医療崩壊問題が取り上げられていた。ご覧になった方も多かろう。

 出演者は、TVでおなじみのこの方々。

 三宅久之氏(評論家)、宮崎哲弥氏(評論家)、坂口力氏(元厚生労働大臣)、武見敬三氏(厚生労働副大臣)、鈴木寛氏(民主党衆議院議員)、小池晃氏(共産党衆議院議員)、南淵明宏氏(医師・大和成和病院心臓センター長)、浅野史郎氏(元宮城県知事)。

 私は知らなかったのだが、メタボ対策で有名なこの武見敬三氏って、あの有名な元日本医師会会長の武見太郎氏の息子さんなのだそうだ。

 この方のプロフィールはこちら

 この方のHPでのTVタックルへの出演予告には、こう記載されている(青字はHPからの引用)。

  過酷な労働を強いられる医師、
  そしていわばサービス残業の上に成り立っている勤務医の実態、
  産科・小児科だけでない医師不足問題。
  相互扶助で成り立つ国民健康保険制度での保険料の滞納、
  国民皆保険制度を如何に保持するか。
  日本の医療の現状と課題を武見が議論します

 しかし、番組では、医師不足について宮崎氏から「医師偏在か医師不在か、どちらか厚生省の立場をはっきりさせよ」と詰め寄られ、三宅氏からは「(今日の医師不足は)厚生省の無策によるものだ」と叱られ、「武見が議論します」どころではなく、「武見が責められます」状態で、ちょっとお気の毒だった。

 武見氏は、厚生労働省が医師の数を制限してきた理由として「医師の数が増えると医療費の支出が増加するという考え方、即ちコスト管理という考え方で医師数の適正化をはかってきた。しかし、もはやそれは限界にきている。」と述べられていた。

 そこを今度は小池議員から「武見さんは医師会の仲間だからいい顔してるけど、厚生労働省はまだ方針を変えていないでしょう。まだ医師偏在と言って医師不足とは認めてないでしょう。」などと責められる。

 これに対して武見氏は「私は厚生労働省の中でもきちんと今みたいに意見を言ってますよ。」と答えていたが、そこへすかさず、三宅氏が「あなたが言ってても(厚生労働省が)動かないっていうことは、あなたが無力だっていうことでしょ。」と皮肉を言われる。

 武見氏に言われなくても厚生労働省ははっきり医師不足であるという紛れもない事実を認め、医師を増やす対策を取るべきだ。

 この問題については過去の私の記事とそれに対する医師の方々のコメントもご参照下さい。

 医師の卵も弁護士の卵も同じなのか・・・。:

 この記事の頃には、厚生労働省は「医師は足りているが、(若手医師の気質などによって)偏在が生じているだけだ」と主張していたのか。

              Hosikirakiraopt_2

 さて、TVタックルには小泉政権下で厚生労働大臣をされていた坂口氏も出演されていた。

 私は知らなかったけれど、坂口氏は小児科医だったんですね。

 坂口氏も前厚生労働省大臣として三宅氏に「(医師不足を生じさせたことなどについて)厚生労働省は全く無能だね。」と責められ、「厚生労働省としてもやりたいことは山ほどあるけれども、そこは財務省からピシッと抑えられるわけですよ。」と言い訳をされていた。しかし、三宅氏は「それは厚生労働省が自らの手腕がないっていうことを言っているようなものでしょ。それは財務省の横っ面をはり倒してでも俺ら人の命を預かっているんだからヤレって言えばいいじゃないですか。」と追求の手をゆるめない。これに対して、坂口氏は「そこは政治の出番だと思う。与野党問わずバックアップをして頂いて・・・」とお茶をにごしていた。

 そして、最後に、宮崎氏が「そこは選挙のときに国民に負担は増えるだろうけど命は守られるというのをとるか、命はあんまり守られないかもしれないけれども財政は良くなるということを選ぶのか、選択をしてもらわなければいけないと思う。」などとしめていた。

 ・・・それって、参院選で「医師増員」と「保険料増額ないしは自己負担割合アップ」あるいは「消費税アップ」がセットで問われるということ?

 家計の負担を増やさずに医師の増員は望めないのだろうか。

 これについては、「家計の負担を増やさずに医師を増やす方法がある」という山家悠紀夫氏(元神戸大学教授、元第一勧銀総合研究所専務理事)の講演をご参考にして下さい。

 この講演は、全国保険医団体連合会(開業医の過半数ー約10万人ーの医師が加入されているという)発行の冊子に記載されているもの。

 下記で同連合会のHPから読むことができます。

    「医療も命を削られる 医師不足、医療難民はなぜ生まれたか?」

 このパンフは、看護師と患者が一緒に穏やかにほほえんでいたり、医師の方々が並んで穏やかな笑顔を見せている写真などが掲載されていて、一見普通の医療関係のパンフのようである。

 ところが、実は厚生労働省や政府やあの有名な規制改革推進派の方(私たち弁護士にも超有名なあのお方)に対する大変辛辣な批判を加えている(よくここまで書いたなと思った)、相当過激な内容のパンフなのである。

 しかし、医師不足の現状やその原因について多角的に分析し分かりやすく説明されており、大変格調の高いパンフでもある(弁護士会の通称「ノキ弁のすすめ」パンフとは大違い!!)。

 医師不足のため、「外科医の7割が当直明けで手術、病院勤務医は週70時間労働」なのだそうだ。それじゃミスも起こるはずだ。

 あまりの激務のため、地方でいくら医師の年俸を高くしても(北海道など年2000万円以上)、勤務医が集まらない。

 勤務医の先生方が「もはや逃散しかない」と次々と病院をやめていき、休診となってしまった診療科や病院が続出している。

 こんな状態では、安心して病院に行けやしない。

 国は「弁護士はフランス並みの人口にするために司法試験合格者を3000人に増員せよ」と言う。しかし、上記パンフによればフランスでは医師は国民1000人当たり3.4人であるのに対し、日本は2.0人であるにすぎない。どうして、「医師もフランス並みの人口にするために増員せよ」と言わないのか。弁護士よりも命を預かる医師の方が、より国民にとって必要ではないのか。

  同じ規制緩和路線にありながら、どうして医師と弁護士でこうも違うのか。ここにアメリカ政府、日本の財界、新自由主義者らの意図するところが露骨にあらわれている(上記パンフ参照)。

                 Tyuusya_1

 病気や怪我はいつ降ってくるか分からない。若い人であってもいつお医者さんのお世話になるか分からないのである。

 私もここ1年近く、父が入退院を繰り返していたので、病院がいかに人手不足かを実感している。土日、祝日などは病棟は閑散としているのだ。実際、医療ミスは休日に起こることが多い。

 しかし、医師不足について、TVタックルを見る限りでは、政治家も厚生労働省もあてにはならないようだ。

 参院選で医師増員が主要な争点になるとも思えない。

 一体どうしたらいいのだろう。

 今できることは、上記連合会のHPの医療危機打開の署名活動に参加すること位だろうか。

 この記事をお読みの方は、ぜひ上記署名にご協力下さい。

2007年5月21日 (月)

裁判員制度の落とし穴ーサンデープロジェクト

 日曜日のサンデープロジェクトで、裁判員制度の特集をやっていた。

  裁判員制度の落とし穴ー遅れる「取り調べの可視化」ー

 たまたまテレビのスイッチを入れたら、ジャーナリストの大谷昭宏氏がしゃべっていた。

 大谷氏の結論は、

  1 取り調べの可視化(取り調べの状況をビデオ等で撮影)が必要

  2 検察官は被告人に有利な証拠も全部開示しなければならない(この義務については立法化すべき)

  3 裁判員制度は否認事件のみに限る

  4 被告人に、裁判員制度による裁判か、裁判官による裁判か、の選択権を与える

 というものだった。

 大谷氏は、何度も鑑定がやり直された鶴見事件(冤罪が疑われている殺人事件)を例にして、裁判員制度によって「迅速」のみが重視されて充実した審理がなされないようではいけないと指摘されていた。

 しかし、「否認事件」を裁判員制度の対象とすれば例に掲げられていた鶴見事件のような鑑定を要する事件も裁判員制度の対象となるわけだ。

 刑事事件の場合も、医療過誤事件と同様、鑑定には時間がかかるし、鑑定人の意見が割れることも多い。そういう事件を裁判員制度の対象とするのはどうか。鶴見事件の弁護人(裁判員制度自体は反対ではない方)も、「裁判員制度ができれば鶴見事件のような弁護活動はできない」旨の発言をされていた。

 また、被告人には裁判員制度による裁判と、裁判官による裁判の選択権を与えるというが、これは実際には弁護人が選択しなければならないことになるだろう(被告人の意見を聞くとしても)。それは、なかなか厳しい選択だ。裁判員制度を選択した刑事裁判の結果が蓄積されれば、その結果次第では裁判員制度を選択する弁護人も増えるだろう。しかし、蓄積されない段階で、裁判員制度による裁判を選択するには勇気がいるだろう。裁判員制度による裁判の選択をすすめて良い結果がでなかったときは、被告人に責められるという事態にもなりかねない。

※ もし、こういう選択制になったとき、裁判員制度に賛同した弁護士の方々が弁護人として被告人に裁判員制度の選択を勧めるのか、大いに興味のあるところである。

 2の証拠開示は当然として、1の取り調べの可視化については賛成だが、取り調べ全部の可視化でないと意味がない。検察側に都合のよいところだけビデオに撮って裁判員に見せられれば、弁護側にとっては逆効果だ。

 大谷氏の提言のように、裁判員制度を限定的に運用するのにはまだ無理があると思う。

Photo_26

  このチラシの中を見たい方はこちら

 反対して頂ける方は、こちらの裁判員法の廃止を求める請願書にご記入の上、上記HPに記載されている宛先にご送付下さい。

 

2007年5月18日 (金)

弁護士人口問題についての他会会長のご意見

 私の所属する愛知県弁護士会は、以前の記事弁護士と市場原理で書いたように弁護士人口の激増に反対する弁護士人口に関する意見書を日弁連に提出した。

 ちなみに、この意見書は日弁連だけでなく、全単位会、最高裁をはじめとする裁判所、内閣総理大臣、政党、隣接士業の団体、ロースクール、マスコミや経済界等にも送付されている。

 弁護士会の他の単位会の状況はどうなのかな、と検索していたら、次のような会長のあいさつやインタビュー記事が見つかった。

  和歌山弁護士会の会長のあいさつ

  埼玉県弁護士会の会長のインタビュー

 弁護士人口問題のみでなく、裁判員制度についてもきちんとした意見を述べられている。

  このように地方の単位会では、現在の司法改革に批判的な意見をもっている会長が当選されている。この他にももっともっとそういう会があるのかもしれない。

 愛知県弁護士会だけでなく、他の単位会でも、ぜひ弁護士人口問題について協議して頂きたいものだ。そして、ぜひ意見書を提出して頂きたいと思う。

2007年5月17日 (木)

茨城の「医療問題中立処理委員会」その後

 ブログを再開してから、医療問題関係の記事を書くのに気が進まない。

 他の弁護士の方のブログの様子を教えてもらったせいである。

 私は今あんなに医師の方々からのコメントにお返事できる状況ではないし、あちらのブログのコメント欄をちょっと拝見したところ「議論のための議論」の様相を帯びている気がしているからである。

 だから、議論の好きな方はあちらのブログの方へコメントをお願いします。

 以下は、あくまでも私の「ため息」です。

                Oobagibousic

  連休が終わって、協力医の方々から意見書を3通(別々の事件で、科も異なる)ご送付頂いた。おそらく時間のできる連休中に書き上げて下さったものだろう。

 私の方も連休中に準備書面を書こうと思っていたので、医師も弁護士も考えることは同じだなあと思った。

 意見書が届いたことで、それを分かりやすく依頼者に伝えたり、裁判官に分かりやすくするために鑑定意見書に出てくる医学用語についての文献や図を書証として提出したり、更に意見書にかかわる部分の主張をするための準備書面を作成しなければならない。

 それで、連休明けに一挙に忙しくなってしまった。

 しかし、もっとも悩ましいのは協力医(事案に応じた科の臨床医)の方々の意見が割れること。同じ事件で同じ資料を見て頂いていても、意見が異なることが多いのである。それもかなり重要な点で180度意見が違うときはどうしたらいいのか。

                Miyamaodamakic            

 今、医療事故について中立的な「第三者機関」の設置が問題となっている。

 以前、茨城県医師会が「医療問題中立処理委員会」という記事を書いたが、その後はこういう状況だそうだ。

  東京新聞 医療トラブルへの対応<3> 患者と医者の不信 解く 第三者機関

 この記事では、「委員は、弁護士、学識経験者、市民代表、医師の十人で構成。中立性を保つため、医師の人数は三分の一に抑え、市民代表には医療被害者の支援団体の代表も加わっている。」ということである。

 ということは、医師は委員10人中3人以下ということになる。しかし、その医師はたぶん専門が異なるのだろう。ということは、案件について一番意見が尊重されるのは、その専門の科の医師の意見ということにならないか。例えば心臓手術のケースでは内科、外科、循環器外科の医師3人であれば循環器外科の医師の意見というように。

 とすれば、3人の医師の意見はその専門の医師1人の意見で決まってしまう可能性が高いのではないか。そして、他の7人の委員は、医師3人の意見にひきづられはしないか(これは、裁判員制度における「法律を知らない裁判員は、結局裁判官の意見にひきづられるのではないか」という危惧と似ている)。

 つまり、案件について専門とする医師一人の意見で、委員会の意見が決まってしまう可能性が高いのではないかということだ。

 しかし、前記のとおり、専門の医師であっても実は意見が割れることが多いのである(これを医師の方々は医療の不確実性といわれる)。

 それを、たった一人の医師の意見だけで決めてしまってもよいものか。

 もっとも、専門の医師を複数にしてカンファレンス方式で意見を述べてもらうという手段はあるだろう。最近は裁判所もこういう鑑定を取り入れているところもある。私もこの鑑定方式には大賛成である。

 しかし、一番の問題は、裁判であろうと第三者機関であろうと、そんなに多くの専門医が集まるのかということ。医師の方々は多忙であるし、責任の重い鑑定人や第三者機関の委員にふさわしい方には限りがあろう。

 それに、専門の鑑定人や委員がカンファレンスをしても、意見が割れたらどうするのか。第三者機関の場合は裁判員制度のように多数決で決めるのか(裁判の場合は、裁判官が最終的に評価して決めることになるだろうが)。

 ・・・などなど、2人の協力医の意見の割れたケースについて、もう一人協力医の意見を聞いた方がいいかどうか悩みつつ考えた。

              Buranko_6  

2007年5月16日 (水)

サラリーマン川柳あれこれ

 少し前になってしまったが、ワイドショーで今年のサラリーマン川柳のトップ10が報告されていた。

 今年のトップ10はこれ

 なんか皆さん自虐的ですね。

 今年は脳トレがらみが多いようだ。私は脳トレ(第一段の方)で20歳になりました!!(もっとも訓練に訓練を重ねてのことだけど・・・)。

 しかし、最近は第6位の川柳の状態に陥っている。

 ちょっと大作の準備書面(民事裁判で裁判所に提出する主張書面のこと)を作成するときなどは、自宅でもあちこちに直ぐメモできるようにメモ用紙を置いている。

 事件のことを集中して考えているときではなく、リラックスしているときになぜかよいアイデア(といっても、主張の組み立て方やちょっとした文章の工夫程度のものだが)が浮かぶのだ。

 こういうのを古来から三枕(さんちん)というらしい。

 私の場合は、特に寝入りばなのことが多い(トイレでの経験はない)。

 それで、こういう時期には枕元にメモ用紙が欠かせない。

 眠ってしまわぬうちにメモしておかないと翌朝にはアイデアはどこかに消え失せてしまっているからである。

 しかし、せっかくメモしていても持ち歩いているうちにどこかに行ってしまったり、文章にしようと机の上に置いていてどこかに紛れてしまったりすることも多い。そんなときの悔しさといったらない。             

             Turiganeninjinc_2

 今年のサラリーマン川柳の中では、この他にも

  第9位と第10位が気になる。    

  夏までには減量しないと・・・。

2007年5月15日 (火)

裁判員制度はいらない!大運動

 きょうのお昼は、会津若松市で起きた男子高校生が母親の首を切断した疑いのもたれている事件(J-CASTニュース)の話題でもちきりだった。

 私が事務員らに「これから裁判員制度ができれば、こういう殺人事件の裁判員として、被害者の死体の写真や解剖写真も見なければならないよ。」と説明すると、皆たいそう嫌がる。

 たいていの女性はこう言うとショックを受ける。

 たいていの方は裁判員制度を身近に感じておられない。しかし、現実問題、殺人事件では死体は重要な証拠なのだから、裁判員はまず見ないわけにはいかないだろう。

 最高裁判所の裁判員制度Q&Aもこう言っている。

 私たち法曹は、上記Q&Aのように、仕事柄そういう証拠写真も見なければならないと覚悟しているが、一般の方々が見ると大変ショックだろう。トラウマになってしまう人もいるかもしれない。

 私だって大人の写真ならともかく、子供のそういう写真を見るのは耐えられそうもない。夜中に夢の中にも出てきそうだ。

                Xxx_5

  私は、裁判員制度には絶対反対!

 その理由はこのブログでもいろいろ書いてきた(過去の記事については右サイドのサイト内検索をご利用下さい)。

 そこで、裁判員制度はいらない!大運動のHPをご紹介。

Photo_26

  このチラシの中を見たい方はこちら

 

 

 反対して頂ける方は、こちらの裁判員法の廃止を求める請願書にご記入の上、上記HPに記載されている宛先にご送付下さい。

 

追記:裁判員制度についてはこんなニュースも。

 「裁判員困る」零細企業悲鳴 東北 仕事に支障、死活問題

2007年5月14日 (月)

小説「破裂」の感想ーその1

 週末の半分は仕事にあてる予定だったのだが、風邪をひいたらしく、頭痛と吐き気がひどく、やむなく自宅で休養することにした。

 横になって小説「破裂」を半分ほど読んだ。

 この小説はいろいろな意味で本当に面白い。

 医療従事者の方々にも医療事故を扱う法曹関係者にもぜひ読んでもらいたい本だ。

 主人公は大学病院の青年麻酔科医。ジャーナリストの求めに応じて「痛恨の症例」(いわゆる「苦いカルテ」)を同僚らから聞き取っている。その最中に勤務先の大学病院で、助教授(次期教授候補)が手術ミスを疑われる。それは患者の娘に内部告発の匿名の手紙が届いたことがきっかけだった。

 主人公はその手術ミスを調査することになり、死亡した患者の娘に恋愛感情を抱くようにもなって、医療過誤訴訟にも協力する。裁判の行方は・・・。

 というようなストーリーである。

 この主人公のような医師が本当にいるんか?というのが正直な感想だが、医師や看護師のなにげない会話等は著者が現役の医師であるだけに現実味を帯びている。

 この小説の中には弁護士も何人か登場する。

 こちらも本当にそんな弁護士いるんか?という場面もあり、ちょっとちょっと違うんじゃない、という部分もあって、それはそれで面白い(後日、時間のあるときにツボをまとめてみようと思っている)。

 それも小説だと思えば結構楽しめる。

 真面目なところでは、主人公が助教授の医療ミスを追求したために左遷され、麻酔科で送別会をしてもらったときの二次会(ゲイバー)での同僚と(時々ゲイバーのママも加わった)会話(232頁から236頁)が印象的。

 著作権に触れるといけないし面倒なので引用はしないけれど、このブログや私が休んでいる間にあちこちのブログで医師の方々がコメントされている内容を彷彿とさせる内容だ。

               Hana3f

 正義感の強い青年医師を主人公にして、日本の大学病院(あいかわらず「白い巨頭」的に表現されている)や医療体制の問題点を浮き彫りにし、それに立ち向かっていく主人公が挫折し、また立ち上がるというストーリー展開は、舞台は違うものの「司法占領」(鈴木仁志著、講談社発行)にどこか似ている。

 この小説のもう一つのテーマは、超高齢化社会に突入した日本の老人医療のあり方(「ピンピンポックリ」という言葉が頻繁に出てくる)。こちらはかなり衝撃的な内容だが、非現実的と言い切れないところが怖い。

 今抱えている医療過誤訴訟の準備書面の作成や、証拠保全・調査が一段落したら、もっと感想を書きたいと思う。

2007年5月11日 (金)

検索ワードベスト3「弁護士」「法テラス」「中坊公平」

 最近、ココログでは、いろいろなアクセス解析ができるようになった。また、解析結果の一部をサイドバーに貼り付けることができるようになった。

 この他にも、どんな検索ワードでこのブログに来られたかが分かるようになっている。

 なかなか面白いので、時々見ている。

 ここ1ケ月のベスト3は、「弁護士」「法テラス」「中坊公平」である。

 記事では中坊公平氏について書いたものが1番。たまたま検索していて見つけたのだが、2チャンネルで私の記事が引用されたらしい。たいした記事でもないのに申し訳ない。

 「つまらん皮肉だ」と書いてあったが、ごもっとも。反論の余地は全然ない。

 検索ワードなどを見ると、司法改革に関心のある方(弁護士やロースクール生?)の読者が多いようなので、本当は、中坊公平氏が司法改革で果たした役割について、もっとまともな記事を書きたいのだが、今はとても忙しくて到底無理。

 そこで、ひとまずネット上で公開されている司法改革や中坊公平氏についての記事をここに紹介させて頂こうと思う。

  「司法改革」で日本の裁判は本当によくなるのか

   (ジャーナリスト本田勝一氏と高見澤昭治弁護士との対談)

  これでいいのか司法改革

    (佐藤和利弁護士の講演)

  中坊弁護士の起訴猶予処分の意味について考える

    (山下幸夫弁護士の分析)

 また、先日、会派の若手会でやはり若い弁護士から、「先輩方が弁護士激増をストップできなかったのだから仕方がない。」と言われた。

 しかし、当時良識ある先輩方は激烈に反対したのだ。私はあまり戦力にはならなかったけれど、それでも反対票集めに参加した。これについては

  3000人激増、ロースクールいまだ会員の総意ではない

    (憲法と人権の会HP) 

をお読み下さい。

  当時、中坊公平氏をはじめとする、弁護士激増に賛同し、ロースクール制へ拍車をかけた方々には、今の惨憺たる状況の責任を取ってもらいたいと思ってはイケナイのだろうか・・・。

               Buranko_5

 ところで、最近、大阪の若い弁護士と中坊公平氏について話をする機会があったのだが、この先生方は中坊公平氏の名言(迷言?)である「弁護士の報酬は僧侶のお布施と同じ」を知らないと言われていた。

 当時は殆どの新聞に中坊氏の写真入りででかでかと報道されていたのに・・・。時代は変わったものだ。

 私はこの言葉に大変憤りを感じたものだった。

 しかし、その後僧侶の方と仕事でお付き合いする機会があり、その方々からお聞きしたところでは「○○葬儀社は現金一括払いしか受けつけない。」「葬式で1日お経をあげると30万円のお布施がもらえる。」ということだった。また、今は戒名を考えるパソコンのソフトだってあるそうだ。

 とすれば、弁護士の報酬=お布施は弁護士にとって悪くない話なのかもしれない?

 中坊氏のお言葉はむしろ僧侶の方に失礼と言うべきだろう。

  

2007年5月 9日 (水)

「ギャンブル依存症」の本

 もう5月なので、テンプレートを変えてみた。ついでに、アマゾンのアフィリエイトで本が紹介できるようにした。最近はココログでも簡単にアフィリエイトができるようになっている。

               

 紹介した「ギャンブル依存症」の著者田辺等氏は、北海道立精神保健福祉センター指導部長で精神科医として、アルコール、薬物、ギャンブルなど、嗜癖問題の相談と治療に取り組んでこられた方である。

 この本を読もうと思ったのは、多重債務者の中にギャンブル依存症の方が多いことから。もちろん、多重債務者の陥っている依存症は、ギャンブルだけではない。買物依存症の方も多い。

 弁護士として依存症を抱えている方と仕事でかかわる場合(受任弁護士として、破産管財人として、あるいは相手方として等)には、大変参考になる本である。

 これらの依存症の方々の職業や地位は様々である。また、抱えている問題も様々である。

 借金は依存症の結果であるとともに、借金がまた依存症を加速させる原因にもなるようだ。

 私は多重債務者の依存症の方には、できれば精神科やカウンセリングによる治療も併せて受けて頂くよう勧めている。借金の問題が解決しても、心の問題は残ってしまうことが多く、それが原因で借金を繰り返す人も多いからである。

                Birthflo06_1 

 ところで、私の住んでいる名古屋はパチンコのメッカである。パチンコが原因で借金をしてしまう方が実に多い。

 ある相談者(若い女性)もパチンコにはまって数百万の借金があった。彼女は沖縄出身だった。沖縄にはパチンコ店はないそうだ(数年前のことなので、今は知らないが・・・)。彼女は「名古屋にいるとパチンコをやめられる自信がないから、沖縄の実家に帰る。」と言っていた。

 また、数年前に自己破産をした依頼人の娘さんから「また(依頼人が)パチンコにはまっている。いくら注意しても言うことをきかない。」という電話がかかってきたこともある。自己破産した当時は、あれほど「もう絶対パチンコはやらない。」と言っていたのに・・・。私はがっかりするとともに、精神科医による治療をもっと勧めるべきだったと反省もした。

 パチンコ依存症の人にとっては、名古屋はとても危険な地域である。

                Cuasizuk_1

 依存症の問題は、弁護士が破産等の手続をすることだけで解決できるものではなく、専門医の治療が必要な分野である。

 名古屋にも「ギャンブル依存症」の著者の田辺医師のような専門医がもっともっと必要だ。

 

小説「破裂」

 ゴールデンウィークは中間の平日も含めて半分は仕事をしていた。

 しかし、机の上に山積みになっていた書類をなんとか整理できたので、少し満足。

 休みの間に、読み始めた本に、「破裂」(久坂部羊著 幻冬舎発行)という小説がある。

         

 この本は、循環器科の医師の方のブログhttp://tomochans.exblog.jp/3940759

を見て、読む気になったもの。

 ちょうど循環器科の事件や相談が続いたため、参考になればと読み始めたのだが、これがなかなか大変な内容。作者は医師だから、医学用語も頻繁に出てくるし(但し、カッコ書の説明がついている。ちょっと不十分な気がするが・・・。)、理解しづらい箇所もあるものの、結構勉強にはなる。

 小説だから誇張もあるだろうが、それにしても衝撃的な内容だ。

 まだ読み始めたばかりなので、読み終わったら感想を書こうと思う。

                 Book_1 

2007年5月 8日 (火)

「ノキ弁」とは(その5)

 しつこくノキ弁の話を続ける。でも、その前にイソ弁(勤務弁護士)の話の続き。

 日弁連の「ノキ弁採用のススメ」(但し、私の命名)のパンフには、

 「勤務弁護士」タイプ

 基本内容

① 勤務弁護士は、勤務先事務所に所属し、経営弁護士からの依頼または指示により業務を行い、約定の報酬または給与を支給されます。指示は包括的であり、勤務弁護士の広範な裁量が認められるのが一般です。

② 事務所諸経費は、経営弁護士が負担します。

 このタイプのメリット

経営弁護士にとってのメリット

① 顧客のニーズに対応しやすくなり、対外的信用が高まります。

② 当面の事務処理にとってプラス(スピード・仕事の質・事件の幅等)になります。

③ 時間的・体力的・精神的余裕が確保できるようになります。

勤務弁護士にとってのメリット

① 安定した収入が確保できるようになります。

② 事件処理を通してノウハウを習得できます。

③ パートナーに昇格して、経営弁護士との共同事務所になることもよくあります。また、経営弁護士の事務所を承継することもあります。

 (青字はパンフからの引用)

 本当に、ボス弁にとってもイソ弁にとっても、こんなメリットばかりなのだろうか。一般論として言えることではなく、ケースバイケースだろう。   

 私はイソ弁の経験しかないが、この基本内容とメリットには疑問を感じる。

 たとえば、基本内容の「(ボス弁の)指示は包括的であり、勤務弁護士の広範な裁量が認められるのが一般です。」は、ボス弁の個性によると思う。具体的な指示を出さないと気がすまない人もいるし、イソ弁に任せっぱなしの人もいる。また、イソ弁の方も事件については一切任せてほしいという人と、任せられては困るのでボス弁に細かくチェックしたり指導したりしてほしいという人がいる。

 とある飲み会で他の弁護士から聞いた話では、最近のイソ弁はボス弁に具体的な指示を出してほしい、細かく指導してほしい、むしろ仕事を具体的に教えてもらわないと困るという人の方が多いそうだ(私が弁護士になった当初はその逆のイソ弁ー事件処理は任せてほしい、ボス弁にはあまり口を出さないでもらいたいというイソ弁ーの方がはるかに多かったが)。

 また、イソ弁とボス弁との間で、事件の処理方針(時には人生観にもかかわる)等について意見の相違が生じることもある。あるいは、ちょっとした感覚や好みの違いから、どうしても人間関係がうまくいかないこともある。

 特にボス弁一人、イソ弁一人という場合は、対立が深刻化することがある。

 私のイソ弁当時は、イソ弁になって1年も経たないうちにボス弁とうまくいかなくなって事務所を跳び出してしまう新人弁護士だっていた。しかし、当時は、そういう新人弁護士に対して、一時的に事務所に席を置かせてくれたり(いわば「ノキ弁」のはしり)、事件をまわしてくれたりする、親切な先輩弁護士が誰かしらいたものである。当時は弁護士にも余裕があったので、こういう互助会的なことが可能だったのだ。

 ところが、今は事情が違う。

 私は、昨今のイソ弁事情はよく知らないが、今のイソ弁のおかれている環境が厳しいだろうことは容易に想像できる。

 最近、愛知県弁護士会の理事者室ニュースに次のような理事者からの「お願い」が記載されていた。

 勤務弁護士を雇用されている会員の皆様へお願いです! 

 勤務弁護士の会務活動にご協力下さい。弁護士会は若手会員の熱意ある支えが不可欠です。また、委員会活動、国選弁護等は、皆様の弟子である勤務弁護士がりっぱな弁護士として成長するため、必ずや良い経験となります。

 (青字は引用)

 確かに弁護士会館に行くと普段は若い弁護士をあまり見かけない。委員会等は日常的に開かれているはずなのにである。

 ところが、「○○研修会」となると、ものすごい数の若手弁護士が会館に集結する。そういう研修会は、弁護士業務に直結する知識の習得に必要だから出席するのはいいのだが、業務には全く結びつかない委員会が閑散としているのとは実に対照的である。

 上記理事者ニュースの文章からはボス弁の方に原因があるように読めるが、若手弁護士の意識が変わってきていることにも理由はあるのではないだろうか。

 競争が激しくなり余裕がなくなれば、ボス弁からすれば事務所の経営、イソ弁からすれば地位の確保のため、ボランティアのような委員会活動や国選弁護など「やってられない」となるのは当然の成り行きだろう。

 弁護士会の形骸化、そして弁護士自治の崩壊が近いのを実感する。

 これは、弁護士人口を不必要に拡大して弁護士の業務に市場原理を持ち込もうとする規制緩和推進派(背後には日本の財界やアメリカの存在があるといわれている)がまさに意図するところである。

               Xxx_4   

 さて、ちょっと脱線したので、イソ弁の話に戻すと、日弁連のパンフには「イソ弁側のメリット」として「安定した収入」を掲げているが、「ボス弁側のメリット」として「売上の増加」は掲げられていない。

 経営弁護士側のメリットとして「時間的・体力的・精神的余裕が確保できる」という記載はあっても、「経済的余裕の確保」は掲げられていないのがミソ。

 これについては、福岡若手弁護士のblog がアンケート結果を明解に分析されている。

 イソ弁に相場の給料を払っていては経済的なメリットがない(むしろ経済的にはマイナス)のであれば、大量増員によって売上の確保が厳しくなることが予想される経営弁護士が、コスト削減のために相場以下の給料でイソ弁を雇おうとするのは自然の成り行きである。また、イソ弁を雇うことを差し控える経営弁護士も増えよう。

 更に、イソ弁の独立が難しくなってきていることで、イソ弁の空席が減り、これがイソ弁の就職難に拍車をかける。

 ノキ弁のススメは、こういうイソ弁雇用の限界を見越した日弁連の苦肉の策なのだろう。

 しかし、日弁連のパンフの掲げるノキ弁のメリットにも大いに疑問がある。

              (続く)

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