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2006年6月18日 (日)

テーマ記事をまとめてみた。

 過去の、安田弁護士に対するバッシングを契機として書いた刑事弁護についての記事と、医療問題について書いた記事、をテーマ記事として左側にまとめてみた。

 これらの記事には多くのコメントを頂いたのだが、私の力不足でコメントまで表示できるようにはまとめることができなかった。これらの記事に寄せられたコメントには、刑事弁護や医療問題について傾聴すべきご意見や情報がたくさんあるので、記事のみでなくコメントもお時間のあるときにお読み頂ければ幸いです。

 刑事弁護については、裁判員制度の施行を目前にして、強い関心を抱いておられる方が多い。それと同時に、刑事弁護人の活動に対して多くの疑問を持たれ、かつ誤解をされている方も多いようだ。裁判員制度が施行される前に、ぜひ刑事弁護の本来の目的について多少なりともご理解頂けたらと思い、長い記事を書いてみた。ちょっと難しくなってしまったのだが、原典が非常によいものなのでぜひ読んで頂きたいと思う。

                                Cuasizuk   

 医療問題については、患者側弁護士や患者としての率直な感想を書いたところ、医療関係者の方々からは大変な反発やお叱りを受けた。医療関係者の方々のご意見を(私なりに)大まかにまとめると次のようなものである。

1 大野病院産婦人科医逮捕事件を例にして、司法は医療行為がもともと危険性を内包していることを理解していない。司法の主張する「過失」は医療の現場や医療行為の現実を無視したものである。医療行為には、過失行為に該当するか否か司法では判断がつきかねるグレーゾーンがある。医師の責任の追求は、司法ではなく現役の医師などが構成員となった第三者機関の判定に委ねるべきである。

2 医師の責任を追求する訴訟提起や医師の責任を容易に認める判決の多発、医師を一方的に悪者にした節度のないマスコミ報道により、産婦人科医を中心に医師の「逃散」や「萎縮医療」が始まっている。

3 勤務医の労働条件は過酷であり、これに民事訴訟の多発(場合によっては刑事責任の追求まで)が加わって、優秀な勤務医が逃散している。

4 大病院では勤務医が不足しているため、研修医が代替労働力として重用されている。指導医は自身の医療行為以外にも研修医の指導監督にもあたらねばならず負担を感じている。

5 医療報酬基準の低下により病院経営がますます苦しくなっている。勤務医が外来で多くの患者を診ないことには採算が合わなくなっている。これが3時間待ち3分間診療の原因にもなっている。

6 このままでは、日本の医療は崩壊し、被害を受けるのは患者らである。医療ミスの被害にあった個々の患者よりも、「逃散」や「萎縮医療」により適切な治療を受けられなくなる多くの患者の利益を考えるべきである。

 この6は、私の 気管内挿管の危険の「柳」さん、「医療って」さん、のコメント内容を解釈して、短くまとめたものです。医療関係者の方々から多くの反発を受けましたので、直接お二人のコメントをお読み下さい(できれば、お二人のコメント内容を分かりやすくまとめて頂けないでしょうか)。

  このような医療関係者の方々のご主張を、患者となる市民の方々はどう考えておられるのだろうか(私の記事に対するコメントは、医療関係者の方々からのものばかりで、一般市民の方々からのコメントは皆無であった)。

 現実に医療ミスは存在しているのであり、その被害者も存在している。実際に、自分自身が、あるいは家族が被害にあったとき、医療関係者の方々の上記主張を、被害者はどう受け取るのだろう。

 私は、一患者側弁護士にすぎないので、上記のような医療関係者のご主張に対して応えることはできない。被害にあった方々が少しでも救済されるよう日々努めるのみである。

          Cuajisa       

 

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コメント

 管理人さん、こんにちは。
 上記にまとめられたこと、おおむねそうだと思うのですが、6はちょっとニュアンスが違うと思います。(このままの書き方だと患者さん側に誤解を与えかねないと思いますのでできればもうすこし書き方を変えていただければ、と思うのですが。)

 関係ないですが、管理人さんのおっしゃっていた協力医が少ないことに関して、他の方のブログで弁護士と医師とダブルライセンスの方が「敵は裁判官ではなくて、とんでも鑑定書をかく鑑定医だ」と言ったとあり、なるほどと思いました。とんでも鑑定団!ではなく可能な限り公平な鑑定システムを作らなくてはいけないのではと思いました。管理人さんもどこかのコメントでそのようなことを書かれていましたね。そのコメントを読んだときにはあんまり納得できなかったのですが、上記のブログでは非常に納得しました。

 そこで、やっぱり敵味方と言うか、偏見があって自分が素直に受け取れなかったのだなあと思いました。

 管理人さんも気がついていないのかもしれませんが、やっぱり医師に対して偏見があるのではないですか。

 6について被害者の方の権利を無視してよいといっているのではないのです。そうではなくて「人一人死んでいるんだぞ」という感情論ではなく、冷静に現実の平均的な日本の医療水準で可能であったか、もし可能でなかったらそれを可能にするように変えられるのかもしくは日本が医療にかけられる予算からは無理なので仕方ないのか、考えていかなくてはならないのだと思います。
 医師は感情に任せて、目の前の一人の患者さんで立ち止まってしまってはいけないのです。その患者さんに(受け入れられるかどうかは別として)誠実に対処しつつ、しかし他の患者さんのために前を向いて歩いていかなくてはいけないのです。

 私は昨今の医療崩壊について、医師としてよりは患者として(医師も人生のどこかで必ず患者になります)非常に危惧しています。現場の感覚がわかる分、見えない崩壊の恐ろしさがわかるのです。

 福島の件でも、「医師が悪い、お母さんがかわいそう」としか言わなかった、非医療関係者の友人が、最近知り合いが東京都であるにも関わらずなかなか分娩場所がみつからなくて、やっと私が危惧していたことの理由がわかったといっていました。

 産科だけでなく、その他の科も全土が医療崩壊の焼け野原にならないと本質的なぎろんにならないかもしれないと、最近少しあきらめの境地にあります。

>私は、一患者側弁護士にすぎないので、上記のような医療関係者のご主張に対して応えることはできない。被害にあった方々が少しでも救済されるよう日々努めるのみである。

もう、好きなだけやってください。

「人が一人死んでる」んですもんね。
(そんな事言ってないとか、またあげ足を取りますか?)

私は訴訟の無いところに行きます。

医者ですけど、もう無理です。医療崩壊は不可避です。この国の国民性がそうさせていると思います。
この国の人間は、赤ひげのような医師とか、医師に最低賃金包囲下の奴隷労働をやってもらってなおかつ責任を100%とらせるような国にしか思えません。
私はね、この仕事について人間嫌いになりました。個人個人は好きでも、日本人全体でみれば嫌いだね。

「医療って」さんへ

 6番はどのような表現にさせて頂いたらいいのでしょうか。
 (コメントもいろいろあって、まとめるのは難しかったので。)

こんにちは。
6をどう書けというのかというご質問ですね。脇から失礼いたしますが、例示させていただきたいと思います。個々の患者「よりも」という部分に管理人様の無意識の内の強硬な悪意が込められているということではないでしょうか。

6 このままでは、日本の医療は崩壊し、被害を受けるのは患者らである。医療ミスの被害にあった個々の患者よりも、「逃散」や「萎縮医療」により適切な治療を受けられなくなる多くの患者の利益を考えるべきである。

6 既に無理解な司法が現場を知らない鑑定医の杜撰な鑑定を盲信したことによるとんでもない有罪判決と和解勧告が垂れ流しの状態であり、医療現場はとうの昔に崩壊している。医療者は本当の医療過誤の被害者には本当に気の毒だと考えているが、本当の医療過誤ではない単なる医療事故を過誤と峻別できる有能な方が法廷という場にはいらっしゃらないようなので絶望している。今後数ヶ月から1,2年の間で医療事故は激減すると思われる。医療を受ける前に死亡する方が増加するだけである。医療を取り巻く環境を既定する責任のとどのつまりは国家にあるため、そういった事態の責任は行政にあるが、医療崩壊を背後から援護射撃しているのは法廷に集まる有能ではない方々である。

管理人様のブログを拝見しておりますと、大変気の毒な医療事故に見舞われた患者様を数多くご担当なさっておられるようです。人は自分の日々接する領域をどうしても重く見てしまうものです。管理人様のご担当なさるレベルの医療は非常に問題のある悪質なものなのでございましょう。

そういった低レベルな医療の被害にあわれたという案件が法廷で詳らかにされることについて私は何も問題はないと思っております。ただ、私が懸念いたしますのは、管理人様が、これは医療事故がご専門とはいえ医療者なわけではございませんのでやむをえないことではございますが、「明らかに医療者側からすれば過失とはいえない、しかし結果が死亡など重篤な結末を迎えた」という事案についてまでも一緒くたに問題視してしまわれる傾向がみられることでございます。医療者は少ない情報でも患者の年齢、性、背景疾患と症状、それまでの診療経過から、速やかにその症例の問題点を正確に突くことが可能です。それは10年以上医療に携わっていれば当然の能力でありますし、私も絶対の自信があります。管理人様もご自分の専門領域での法律的問題であれば同様の自負をお持ちのはずです。そういった私どもからすれば当たり前の判断が法廷では完全にずれたまままかり通っていることがこの世の不幸でありましょう。しかしもう手遅れもいいところでございますけれども、仕方ございません。

ー医療者は少ない情報でも患者の年齢、性、背景疾患と症状、それまでの診療経過から、速やかにその症例の問題点を正確に突くことが可能です。それは10年以上医療に携わっていれば当然の能力でありますし、私も絶対の自信があります。管理人様もご自分の専門領域での法律的問題であれば同様の自負をお持ちのはずです。ー
 
 私も弁護士を10年以上やっていますが、そのような絶対の自信はありません。法律の適用は簡単に割り切れるものではなく、法律の解釈が分かれることも多く、原則と例外が存在することも多いのです。

 「医療者」さんがそこまで自信をお持ちであれば、実際の事件で十分な情報のもと(新聞報道のみではなく、カルテや検査記録等が揃った時点で)、一度、鑑定医や協力医(別に患者側に有利な意見を述べる必要はなく、あくまでも公平、公正な意見を述べる医師のことです)をなさってみたらどうでしょうか。


 

コメントありがとうございます。私もできましたら、なかなかなり手がいないとお書きになっていた協力医として、お力になれる機会があればと希望しております。そうすることで微力ながら、法廷での判断に私なりの経験が生かすことができましたら幸いなことでございます。ただ、本当に、もう手遅れなのです。もう遅いのです。

管理人様も病院を受診なさることがおありでしょう。そこには医師が診療を続けているので、医療崩壊といってもどこが崩壊しているのかしら、とお思いになることと思います。しかし、それは間違いなのです。形だけ勤務しているだけで、もう医療者には心がなくなっているのです。診療を担当しているように動いているのは「ハニワ」みたいな空洞な物体だと考えていただければ適切かと存じます。残念なことですが、もうおしまいなのです。

>医療ミスの被害にあった個々の患者よりも、「逃散」や「萎縮医療」により適切な治療を受けられなくなる多くの患者の利益を考えるべきである。

 やはり「よりも」という表現がよろしくないのではと思います。以前何かの折にコメントで多くの患者の利益を考えるべきだと書いたかと思いますが、その記事―コメント全体の流れからこの部分だけ取り出すと真意が伝わらないと思うのです。

 簡単に変えるとしたら「医療ミスの被害にあった個々の患者よりも」の部分をなくすことでしょうか?

 患者さんがかわいそうだという感情論ではなく、できる限り公平な真実に基づく判定(絶対真実にはならなくても、一部のとんでも鑑定ではなくて、平均的な現実の医療水準の鑑定)は、医療従事者が事実を隠さず報告することを誘導し、結果的に患者さんが事実を知ることができ、今後の対策に生かせるのだと思います。

 無過失保障制度(異論がおありだと思いますが)で過失の有無に関わらず、救われるべき人救われる制度も必要だと思います。脳性まひはほとんどが体内に完成しています。そして長い年月の介護費用がかかり家族にとってお金は必要です。だから過失の有無に関わらず保障されるべきだと思うのです。
 一方で一部のクレーマーの主張は毅然と退けるべきだと思います。(アメリカでは医療格差があるため、貧困地域では「Dr.あんたには感謝してるよ。よくしてくれたからな。でも医療訴訟は起こすよ。こっちも生活していかなくてはいけないからな」ということがあるそうです。)

 医療事故・過誤が発生したとき、民事・刑事に関わらず、医療側の過失があるか、患者さん側の問題があるか2者択一で責任の所在を求めるから、ゆがみが生じるのではないのでしょうか。
 もっと社会全体で支える制度が必要ではないのでしょうか。

 医療事故・過誤が発生したとき、ご本人・ご家族に過誤の有無に関わらず、力及ばなかったことで謝り、その上で事実をお話し、必要ならしかるべき保障をする。そして究極的には今回のことが起こらないように次回に生かすことが謝罪になると思っていました。

 そうではないのでしょうか。

 患者さんのお気持ちとしては、医師個人を断罪し逮捕・刑事告訴しないといけないのでしょうか。

 

>6 このままでは、日本の医療は崩壊し、被害を受けるのは患者らである。医療ミスの被害にあった個々の患者よりも、「逃散」や「萎縮医療」により適切な治療を受けられなくなる多くの患者の利益を考えるべきである。

>現実に医療ミスは存在しているのであり、その被害者も存在している。実際に、自分自身が、あるいは家族が被害にあったとき、医療関係者の方々の上記主張を、被害者はどう受け取るのだろう。

>私は、一患者側弁護士にすぎないので、上記のような医療関係者のご主張に対して応えることはできない。被害にあった方々が少しでも救済されるよう日々努めるのみである。

この文章から透けて見えるのは、貴方の「私は『被害者』の弁護人であり、正義は常にこちらにある。医療関係者はどう弁明するつもりなのだろうか。」とでも言い出しかねない、あなたの訂正困難な思い込みである。

これは、「医療事故の被害者は常に弱者であり、常に救済すべき対象であり、憎むべきはこのような弱者を作り出した医師と医療機関である。」と言った類のステレオタイプな思い込みに起因するものであろうか。

だが、これは純粋な正義ではなく、自分の中の思い込みを実社会に当てはめているに過ぎない。

「被害者」が、実は単なる思い込み、あるいは、もっと悪い事に一攫千金を狙って病院を訴えただけの方で、「被害者」が実は単なる自然死である、と貴方が知ってしまった時、貴方の正義感は、病院を弁護して、名誉毀損を行った「被害者」と相対する、という方向に向くだろうか。

他人である私に、答えはわからない。

しかし、もし、医療者側が正しく、自称「被害者」が悪しき場合に、医療者側に味方をしないのならば、それは正義感に基づく行動ではない。社会からのバッシングを恐れて、組しやすい相手に組んでいるだけの事である。

そうではない事を信じたい。

「医療って」さんへ
 
 医療ってさんのご指摘の「無過失保障制度」が以前にコメントに書かせていただいた委員会の提唱するものでしたら、反対です。

 日本の法律では、医療過誤に限らず、人が損害賠償責任を負うか否かは(不法行為や債務不履行における)「故意」や「過失」があるかによります。過失が成立しなければ、そもそも責任が発生しません。
 医療ってさんの「医療側の過失があるか、患者さん側の問題があるか2者択一で責任の所在を求めるから、ゆがみが生じるのではないのでしょうか。」については、心情的には分からなくもありませんが、前提自体が違うと思います。

 「もっと社会全体で支える制度が必要ではないのでしょうか。」というご意見はもっともですが、医療過誤やその疑いがある場合に限らず身体障害者の方は保護されるべきです。それは社会福祉の問題だと思います。社会福祉の観点から脳性麻痺のお子さんに無過失保障をするのなら、どうして両親が医療過誤訴訟を提起するとその保障を奪わなければならない(補償金を返還しなければならない)のでしょうか。前記の委員会の保障制度の問題点については、後日記事でも書くつもりです。

 「医療事故・過誤が発生したとき、ご本人・ご家族に過誤の有無に関わらず、力及ばなかったことで謝り、その上で事実をお話し、必要ならしかるべき保障をする。そして究極的には今回のことが起こらないように次回に生かすことが謝罪になると思っていました。」はとても誠実な対応だと思います。
 しかし、「過誤」イコール「過失行為」とすれば、過失がなくても陳謝するということでしょうか。
 医療ってさんは大変誠実な方だと思います。
 しかし、過失がないのに謝るということに抵抗を感じておられる医師の方は多いと思います。また、「謝る」(あるいは力が及ばなかったことを詫びる)という行為によって、「医師が過失を認めた」と誤解する患者もいます。これがかえって解決を難しくすることもあるのです。そうそう簡単に割り切れる問題ではないと思います。

 「医療って」さんも、鑑定医や協力医を経験されてはいかがでしょうか。やはり、いろいろな誤解があるように思います。
 紛争の現実を知るということも大切なのではないでしょうか。

 6番の表現については、少し工夫をしてみます。

ーこの文章から透けて見えるのは、貴方の「私は『被害者』の弁護人であり、正義は常にこちらにある。医療関係者はどう弁明するつもりなのだろうか。」とでも言い出しかねない、あなたの訂正困難な思い込みであるー

 私は、そんなことを言っていません。
 私は政治家でもなく、一弁護士にすぎないので、医師の不足や待遇問題等について、何もできないと申し上げているだけです。
 もっと、この問題については一般市民の方々の意見があってもいいのではないかと思っているだけです。

 それと、たぶん私の記事が誤解されている理由には、こういうこともあるのだと思います。

 私のブログには、多くの医療関係者の方々から「被害者」を名乗る患者(元患者)に対する文句が寄せられています。
 これは、医療関係者内部の話としては、互いに理解可能で納得がいくものなのだと思います。

 実は、弁護士だって依頼者とトラブルになることもあるし、(クレーマーとされるような)相談者や依頼者についての文句を言い出したら弁護士同志では(医師の方々に負けない位)沢山の文句が出てくるでしょう。

 しかし、それを外部に向かって言うことは、聞く側の外部の人間にとって気持ちのいいことではありません。

 私は、多くの医師の方々のコメントを読んで、正直こういう不快感を頂きました。それが、私の記事の表現に出ているのかもしれません。

 弁護士会も今いろいろな問題をかかえており、弁護士も集まれば愚痴ばかりです。それで、このブログの中でまで医師の方々の愚痴を聞かされるのはごめん、という気持ちもあります。愚痴は内輪だけにしてもらいたいものです。
 医師も弁護士も愚痴っているだけでは、何も前に進まないのです。
 
 それに、「医師」というのは、患者にとって「聖職」なのです。

 もう少し、私のブログを読まれている一般の方々や患者側の視点も持ってコメントを書いて頂いた方がいいのではないでしょうか。

ーこれは、「医療事故の被害者は常に弱者であり、常に救済すべき対象であり、憎むべきはこのような弱者を作り出した医師と医療機関である。」と言った類のステレオタイプな思い込みに起因するものであろうか。ー

 この文章の意味はよく分かりません。
 私は単に、現実に医師の過失行為によって損害を負った「被害者」もいるということを言っているのであり(これは否定されないでしょう)、「被害者」でない方まで救済せよと言っているのではありません。
 医師でなくても、例えばタクシーの運転手であっても、人は過失行為によって人的損害を与えれば責任を負うのであって、その当然の事理を言ったまでにすぎません。
 それがどうして「ステレオタイプ」になるのか、全く理解できません。

 


これまでさまざまな議論し医療サイドの意見にも一定の理解示したようにみせかけても結局これですか。

-社会福祉の観点から脳性麻痺のお子さんに無過失保障をするのなら、どうして両親が医療過誤訴訟を提起するとその保障を奪わなければならない(補償金を返還しなければならない)のでしょうか。-

脳性麻痺うんぬんは他のひとが書いてくれているように医療者の関与によるケースよりも自然の摂理でなるケースがほとんどなんです。

例えば3年目産科医であろうが10年目であろうが、ほとんど結果は一緒。被害者と称する方々(我々は加害者のつもりはないので一般の人がみていようがこの表現とさせて頂きます)が伝家の宝刀のようにNSTの記録を胎児ストレスの証拠として主張しても、それは帝王切開のタイミングを計る材料にはなっても脳性麻痺の防止にはならなりません。分娩とはこのようにリスクを伴うもの、脳性麻痺は一定の確率で発生すること、分娩監視装置がいくら発達、普及してもそれは脳性麻痺の予防にはならずアラームでしかないこと、これらのことを理解せずに被害者と称する方々の代理人は引き受けないでもらいたいものです。

医療には限界があります。我々は脳性麻痺の子供を出産した両親にもちろん同情はしますが、できる限りのことをして結果悪ければ、あなた方司法の論理(結果悪ければ何かしら過失が有るはずだ)で訴訟されてはたまったもんではありません。

まあ無過失保障制度ができればあなた方の仕事が少なくなってしまい、商売の支障にしかならないんでしょうね。民事訴訟で近所の騒音問題の解決等どうでもいい金にならない仕事より確実にお金が取れる仕事ですもんね。医療系の仕事にシフトした本音はこれでしょ。正直に表明したらいかがですか?

いつもお疲れ様でございます。

>それで、このブログの中でまで医師の方々の>愚痴を聞かされるのはごめん、という気持ち>もあります。愚痴は内輪だけにしてもらいた>いものです。医師も弁護士も愚痴っているだ>けでは、何も前に進まないのです。

私の感じますには、こちらへの記入は、愚痴ではなく、現場レポートといった類の記載ではないかと拝察いたします。ぜひ一般の方々にも医療者側の率直な意見をお聞き願いたいのです。医療者は自分で診療報酬を決めることも不可能で、労働条件を決めることも応召義務のため実質不可能ですが、患者様のためを思い耐えがたきを耐えてまいりました。しかしもう限界です。

ところで管理者様は、今後いよいよ医療が崩壊して焼野原になるわけですがそのことについてご意見をお聞かせ願えませんでしょうか。

こんなに医療者からの書込みが多いことについて、管理者様は不当だと戸惑っておられることかと思います。むしろ怒っておられるのかもしれません。怒ればパワーが出てくるタイプの方だとおっしゃっておられましたよね。

こんなに書き込まれるのは、やはり管理者様の記載がおかしいのです。全体的に異常なのです。それを老婆心ながらお教え致したいと思い、皆さん親切心からお書込みだと思いますけどいかがでしょうか。「どこが異常なのか例示するべきだ」とおっしゃるかもしれませんが、さんざん書き込まれているのですからもうこれ以上はご自分でお考えください。しかし全くご理解いただけないようなので、再び沈黙する次第です。もう応召されない世界にみなさん旅立たれ、ハニワしか残りませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

まず、前提として「医療ミス」があってMTさんは話している。
医療者は「トンデモ判決を何とかしろ」といっているのです。

それを恣意的に解釈し、「患者側の方がみられたらどう思うでしょうか?」ばっかり。
患者さん側の書き込みが全くないのはあなたの書き方に問題が無いとは思いませんか?

また、医療者側だけの人間性を問題にされておられますが、
私も(あなたのような方ばかりではないのかもしれませんが)弁護士という職についておられしかも、年齢も重ねられている方が「こんなに幼稚な人間だったのか!」と、驚いており、また裁判で味方になっても、相手になっても付き合っていくのは大変だなと思っています。幸い、まだ弁護士の方にお世話になったことはありませんが、もっとまともな先生がいらっしゃるであろうことを願います。

まとめると、実名を晒してまでこのような内容のブログを継続されるにはちょっと何か足りないんじゃないの?ってことです。

>>投稿 医療って | 2006/06/19 4:06:32
>そうではなくて「人一人死んでいるんだぞ」という感情論ではなく、冷静に現実の平均的な日本の医療水準で可能であったか、もし可能でなかったらそれを可能にするように変えられるのかもしくは日本が医療にかけられる予算からは無理なので仕方ないのか、考えていかなくてはならないのだと思います。


つまり、あなたは現場の医師として、現在のシステムに無理があると、認識していた。
しかし、それに関して声をあげなかった。
患者が死んでも声をあげなかった。
で、医師が逮捕されて初めて声を上げると。

あなたの態度は社会人としての医師の態度ではなく、高校生がバイトで無責任に働いている、って風なんですよ。

おそらく、医者の社会が全体的にあなたの様な態度なのではないでしょうか?

だから、社会対医師って構図で見た場合、
取り合えず医者の数を増やし、違法のある医者はガンガン逮捕し、医師社会内部からの浄化作用を待つ、
という態度で望むのが適切なのでは?
と考える次第です。

ブログのコメントを読ませていただいて、医療関係者が多いですね。
でも医療関係者のコメントには、何故か心とか愛とかそんなものが感じられない。なぜだろうと思ってしまう。
6番についてのコメントだって、管理人が医療関係者の意見を推し量って記載したものであり、それが間違いであるというなら、どこが間違いかを指摘すべきである。ところが、実は誰もそんなことをしていない。誰が、何のために書いたのかという思考回路が無いのだろうか?
そんなことを思いたくないのだが、医療関係者とは論理的な思考ができない人達ばかりなのだろうか?
ステレオタイプで見ると誤ってしまう。良心を持った心豊かな医療関係者も大勢存在すると思う。だから安心して生きていけるのでしょうね。

疑問者様

コメントありがとうございます。

>実は誰もそんなことをしていない

お言葉ですが私なりに上の方で書かせていただいております。ご参照頂ければ幸いです。

>医療関係者とは論理的な思考ができない人達ばかりなのだろうか?

自分のことを客観的に判断することは難しゅうございますが、私なりに論理的だと考えております。不足な点がありましたらご容赦ください。

>弁護士会も今いろいろな問題をかかえてお>り、弁護士も集まれば愚痴ばかりです。そ>れで、このブログの中でまで医師の方々の>愚痴を聞かされるのはごめん、という気持>ちもあります。愚痴は内輪だけにしてもら>いたいものです。


訴えを起こした「被害者」と、訴えを起こされた側のどちらに正当性があるかを、他職それもそれを専門にしていらっしゃる方と議論をしようとする事が「愚痴」なのでしょうか。
思うに貴方は、「被害者」が実は認識を誤っており、正当性は医療機関にある、という事態の可能性を考慮した事がないのではないでしょうか?

そういう疑問を持たざるを得ない返答内容です。


>医師でなくても、例えばタクシーの運転手>であっても、人は過失行為によって人的損>害を与えれば責任を負うのであって、その>当然の事理を言ったまでにすぎません。
>それがどうして「ステレオタイプ」になる>のか、全く理解できません。


医師でなくても、例えば患者でもあっても、人は過失行為によって人的損害を与えれば責任を負うのではないですか?
誤った認識で、特定の医療機関、個人の医師の風評を傷つければ、責任は存在するのではないですか?
私が今述べた事は、貴方の言う「当然の事理」ではないですか?

繰り返しますが、貴方は「被害者」が認識を誤っており、正当性が医療機関にあるという事態の可能性を考慮した事はないのではないでしょうか。

だから、
>『医療事故の被害者は常に弱者であり、常>に救済すべき対象であり、憎むべきはこの>ような弱者を作り出した医師と医療機関で>ある。』と言った類のステレオタイプな思>い込みに起因するものであろうか。
と、書いたのです。

そういう先入観が少なからず、貴方にはあるのではないか、という事です。

 現場が限界の非人間的状態で動いていたことは何年も前から医療側はいっていました。
 しかしマスコミも絶対にとりあげなかったし、弁護士も一般の人も聞こうとはしなかったのです。
 
 ブログで一般公開しているのなら、あまりにも誤った認識で書かれていることに、コメントで反論されても仕方が無いのではないですか。

 少なくとも公開された場で人を批判するときには、批判された側の意見を聞くのは必要なことではないかと思いますが。
 それでも愚痴としか受け取ってもらえないのですね。

 弁護士さんは裁判がお仕事、医師は患者さんの診療・医学研究が本来の仕事です。
 膨大な時間がかかり、社会的に抹殺される(福島の件では当然無罪判決が出ると思いますが、この先生が一線の臨床に復帰されるかは疑問です)不必要な裁判は減らしたいと思うのは当然ではないですか。

 「謝る」ことも、決して過誤を認めるのではなく、「力が及ばなかったこと」を患者さんへの哀悼の気持ちで謝るのです。
 これは実際に多くの患者さんが希望されているように思います。そして謝ったほうが訴訟に発展しにくいというstudyがあります。
 しかし、日本の法律は謝ったら直ちに過誤を認めたと認定するというのですか?

 NY州では脳性まひの子に200億円の賠償判定が出ました。

 アメリカでは訴訟対策のための医師賠償保険の年間加入金が700万円/年です。医師の給料もそれをまかなうため、アメリカは3倍です。当然、その訴訟費用は患者さんの負担に上乗せされます。医療費のGNP比は日本の2倍以上に膨らみ、一方で無保険で医療が受けられない人がたくさんいます。

 理不尽なものも好きなだけ訴訟を起こせばこういうことになります。

 医療に医師と患者さんの信頼関係がとても重要です。

 ⑥はわざわざ、悪意を持って信頼関係を壊したいようにしか見えません。

私は医療関係者でもなければ司法関係者でもなく、ただの「患者側」の人間です。

ここに意見を述べられている医療関係者の方や弁護士の立場にたたれた管理人の方のいい分、それぞれなるほどなぁと思う部分があり、興味深く読ませていただきました。


私が患者として、医者に腹が立つときは説明不十分なときです。
最近ではネットでいくらでもどんな病気であってどんな治療法があってというような事は誰でもかんたんに調べられるようになりました。
自分の病気や家族が病気になった時にその病気について知りたいと思うのは当然ですし、自分達が理解する事でよりよい方向に進んでいけばいいとおもうからそうするのですが、ときどきそれをよしとしない医療関係者のかたがいて、そういう方とであってしまった時は大変残念に思います。
こちらは素人ですから間違った事もいうかもしれません。お医者様との意見も食い違うかもしれません。
そこを話し合う事で擦り合わせしていければきっとよりよい医療が出来るのではないかと思います。
現状のお医者様の現場というのは過酷で時間もなかなか取れないというのは十分承知しています。
患者のくせにとかではなくて、この患者さんは一生懸命理解しようとしているとそう受け取ってもらえれば嬉しいのですが。


お医者さまも人間ですから間違いはあります。
患者側にも誤解もあるでしょう。
ただ、そこで、言葉をつくしたかどうかで患者の気持ちも変わるような気がします。
言葉の選び様では短い時間でも相手に通じる話しが出来るのではないでしょうか。

ただただミスだ!賠償だ!ではこの先の日本の医療は崩壊するにきまっています。


私も医学知識も法律もわからない、単なる一般人ですが書き込ましてもらいます。
まずこの問題の根底にあるのは医師と患者の信頼関係がなくなったからではないでしょうか。
マスコミの過度なバッシングにより患者の権利意識が肥大化し、
また医療の高度化によりお産などに対するリスクを考えなくなってしまった。
病気は治って当たり前、治らなかったら医師のせい。どんなに医師が全力を尽くしても、
結果が悪ければ結果責任を問われることが多くなったと思います。

もちろん、明らかな医療ミスがあれば当然医師は責任を取るべきだと思いますが、医療過誤とごっちゃにしてはならないと思います。
弁護士さんの言う医療事故の当事者=弱者という考え方には違和感があります。
こうもまで医療に携わる人間が反発するのは、医療過誤と医療ミスの判別が理不尽極まりないからだからだと思います。

弁護士さんの書き込みを見てると、患者=弱者・医師=悪者という構図を前提に意見してるようにしか思えません。

>>医療過誤と医療ミスの判別が理不尽極まりないからだからだと思います。

訂正
医療事故と医療過誤の判別が理不尽極まりないからだと思います。

「ぽんた」さんへ

ー弁護士さんの言う医療事故の当事者=弱者という考え方には違和感があります。ー

 私は、(医療過誤の)「被害者」とは書いていますが、一律に「弱者」とは書いていません。ただ、現実には、多くの被害者は医学的知識もなく、また知識を補ってくれる専門家も少ないため、その意味で公平ではなく弱い立場にはなると思います。
 また、私は医師(全ての医師)イコール悪者と書いたこともありません。隠蔽や見て見ぬふりはいけないとは書いていますが。

ー医療事故と医療過誤の判別が理不尽極まりないからだと思います。ー

 これについては、具体的にはどのケースのことを言われているのでしょうか。
 最高裁の医療水準論についての判例を紹介した記事について言われているのでしたら、「医療慣行が即医療水準ではない」という判例の事案を後日記事で書くつもりですので、ご参考にして下さい。

 また、大野病院事件のことを言われるのでしたら、私は具体的な事実関係を知らないので、どちらの立場でも意見を述べたことはありません。

医を営利目的のサービス業ではなく公共財としてとらえるならば、医療関係者サイドの主張に一票です。

長期的に、我々の未来をよりよいものにするには、グループ全体にとっての全体最適を考えて意見してもらいたいです。

・・・ハイ、道徳のお話です。

Adam Smith said the best outcome for the group comes from everyone trying to do what's best for himself.Incorrect.
The best outcome results from everyone trying to do what's best for himself and the group.
by John Nash

患者となる市民の方々の一人です。

>現実に医療ミスは存在しているのであり、
>その被害者も存在している。実際に、
>自分自身が、あるいは家族が被害にあった
>とき、医療関係者の方々の上記主張を、
>被害者はどう受け取るのだろう。

私にはこの文章が医療者と思われる方々とあなたとの意見の乖離の原因と思います。
広い日本です。現実に医療ミスは存在しているのであり、その被害者も存在しているのは事実でしょう。したがって、医療ミスにより被害にあった患者の方々に限定すれば医師の方々の意見は自分勝手だと思うところもあります。
しかし、患者が訴えた被害の中には医療ミスもあれば医療過誤の事例もあるでしょう。さらに、医療ミスの定義も裁判官によって異なるみたいです。私が読んでも疑問に感じる判決をニュース等で聞きます。
もちろん、各病院によって施設、人員の条件は異なっておりますが、それに起因する責任に関しては現場の医療者には無いものと思います。 責任は自治体、政府に帰する物でしょう。各医療者は与えられた環境で可能な限度の範囲内で責任が発生する物と思います。残念ながら医療の水準と予算とは関連が大きいと思います。とするならば、患者の気持ちにのみ依存した結果論による裁判で、医療過誤が医療ミスと判決される可能性が現場医師の実感として感じられるレベルになっているとしたら、私には医療防衛に走る医師の方々を非難する気持ちにはなれません。

管理人さんとは意図することが違う話になっていたらすみません。

> 医師でなくても、例えばタクシーの運転
>手であっても、人は過失行為によって人的
>損害を与えれば責任を負うのであって、そ
>の当然の事理を言ったまでにすぎません。

よく出てくる業務上過失・・・の件でのたとえ話ですね。これって適切な例えですか?
当然過失があれば医師も(例えば民事上の)責任を負うのは当然だと思いますが。

タクシー運転手に例えるなら、今にも死にそうなお客さんを病院に運んでいることを思い浮かべてください。(あり得ない話かも知れませんが、お付き合い下さい。乗車拒否できない善良な運転手さんです(^^;))
 もしこの運転手さんが道を間違えて遅れてしまったら業務上過失致死でしょうか。民事上の責任が出たとしても、亡くなったのはお客さんの状態によるものですから、よほご悪質なものでない限り「致死」として刑事責任を問うのはどうかと思います。
 しかし、これは過失があることが見えますからわかりやすいですが、実際の医療過誤とされている事件は違います。

 このタクシーの運転手が明らかに道を間違えたのではなく、渋滞を避けて、裏道に入るか、それとも遠回りで首都高がいいのかを検討して最適と思われる道を選びました。しかし、結果的には他の道路の方が空いており、渋滞の中でお客さんは亡くなってしまいました。もしかしたら他の道なら助かったかもしれません。
 遺族は怒ります。当然遺族は運転のプロではありませんから道路事情なんか知りません。その選択が間違ったものではないとどんなに説明しても「亡くなった」ことだけで頭に血が上ってます。あの道路をなんで通らなかったのか、の一点張りです。言えば言うほどむしろ素人を煙に巻こうと思いこむかもしれません。
 やがてこの事件は報道されて、結果が重大であったこと(客が死んだ)を捉えて、刑事事件もやむを得ないと世論が形成されていきます。

 こんなイメージですがどうですか。もちろん医師の持っているライセンスとタクシードライバーの持っているライセンスが違い、その使命が違うこともよく分かってます。が、管理人さんはあえてその対比をされたのですから、もう少し付き合ってくださいね。

 僕たち医師がここで考えている事故と、管理人さんが対象とされている事件は、おそらくすれ違っていると思います。ですから総論で思い描く事象が違いすぎているだけで、個々の事件に関して話をすればお互いに理解し合える余地はあると思います。

 僕は、とんでもないダメ医者を免責したいと思って書いているわけじゃありません。
 またよそ見して人をひき殺したタクシーの運転手さんを助けたいわけではありません。(そもそも交通事故の罪状は、「業務上過失」なんていう例外的な名前ではなく、それぞれに罪を定義すればいいと思います。「前方注意義務違反」とか、「一時停止不履行罪」とか。ありましたっけ?)
 リスクを顧みずにまっとうに仕事をしていれば、自分に責任がなくともある一定の確率で出会うであろう不幸な出来事なのに(ましてや医療現場では死に瀕している方が対象です)、あたかも殺したかのごとく罪人として裁かれ、世に晒されることに怯えるのです。
 頑張れば頑張るほどその危険は増えます。子どもが大きくなった時に、「お父さんは捕まったけど悪いことはしてないよ」と言うよりは、この仕事を辞めた方がいいのかな、頑張らない方がいいのかな、と思うことがあります。迷っています。
(弁護士さんももし「あの弁論が悪かったせいでえん罪で死刑になったんだ」お前を業務上過失致死で訴えてやる、と言われたらどうですか? 僕なら刑事事件担当から逃散するか迷いますね)

「消化器内科中堅どころ」さんへ

 混乱があるようですね。私の掲げた例は、民事(不法行為)上の過失(注意義務違反)のものです。

 お分かりのことだと思いますが、医師の治療行為における注意義務と、タクシー運転手の運転における注意義務とでは、中身が異なります。
 タクシー運転手について掲げられている例では、まず不法行為上の過失(注意義務違反)は成立しないと思います。タクシー運転手には、その患者さんが病気で亡くならないように(治療が可能なうちに)病院に連れて行くという注意義務までは発生しないと思われます。また、タクシー運転手には、その患者が「いつまでなら治療が可能か」などの予見が不可能ですから、その点からも過失は成立しないでしょう。
 
 私は、医師の刑事責任については記事の中で書いたことがありません。
 大野病院の件については、他のコメントで事故調査委員会の3人の医師の有責の報告書に触れたことはありますが。

 私の問題としているのは、(民事上の)過失の公正な認定のことです。

 今の司法がおかしいというご指摘が多いのですが、大野病院事件で有責の意見を述べた医師が複数おられるように、民事裁判でも裁判に至る前、あるいは裁判後に、有責とする意見を述べた医師もおられるのです。

 弁護士も、検察官も、専門家である医師の意見を全く聴かないで動くということはまずありません(全く協力医が見つからないために、文献のみでやむなく提訴するということはあるでしょうが)。

 困るのは、A医師は有責、B医師は無責というように(大野病院事件はそうだったのでしょう)、医師の意見が分かれることが非常に多いことです。

 公立副院長さんが提案されたように、カンファレンス方式がいいのかもしれませんが、そんなに大勢の協力医や鑑定医がいないので(また、その費用もばかになりません)、カンファレンス方式の実施は現実的ではありません。また、カンファレンス方式だって、きっと意見は分かれるでしょう。

 そういう現実もご理解頂きたいと思います。
 

 とても冷静にご指摘頂いてありがとうございます。

 タクシードライバーの話はもっとしたいのですが(^^;、それよりも興味あるのは、「過失の公正な認定」についてです。
 医療従事者は当然、医療行為を行うに当たりその影響を考えて行動をします。しかし、突発的な予期せぬ出来事と、結果の大きさを捉えて、わずかな過失(もしくは過失がない)をもって大きな責任を負わせられることがあることにとても不安に感じています。
 医療の場では、そもそもが重大な結果(例えば死であったり小児麻痺であったり)につながる方を相手にしてます。その結果の大きさから、あたかも過失が大きかったかのような捉え方をされることがあり困惑します。

 ちなみに、管理人さんは裁判前に意見を聞くとありますが、医師は任意に選んでますか? また、複数の医師に聞いて賛同を得られなかったらそこでやめますか? 全てとは言いませんが、むしろ協力してくれる医師が出るまで探すのではないのですか?
 司法における、意見を対立させて結論を導く方法を否定しませんが、結論ありきで自分に有利な医師を捜し出して、「弁護士も、検察官も、専門家である医師の意見を全く聴かないで動くということはまずありません」というのは、ムシがいい話に思えます。

「困るのは、A医師は有責、B医師は無責というように(大野病院事件はそうだったのでしょう)、医師の意見が分かれることが非常に多いことです」とありますが、過失なしで医師の意見がまとまるものも多いですよ。まさにそれが大野事件だと思います。「A医師は有責、B無責、C無責、D無責、E無責・・・無責」のような状態ですが、やはりこれも意見が分かれると表現するのでしょうか、司法的には。

ー管理人さんは裁判前に意見を聞くとありますが、医師は任意に選んでますか? また、複数の医師に聞いて賛同を得られなかったらそこでやめますか? 全てとは言いませんが、むしろ協力してくれる医師が出るまで探すのではないのですか?ー
 
 とんでもない誤解です。
 私はできるだけ複数の医師に意見を聞いています。しかし、そもそも協力医が少ないので、聴きたくても「複数」の医師に意見を聴くことができないというのが現状です。そういうときは、一人の協力医の出した意見(結論)だけではなく、その意見に至るまでの経緯(理由)を、よく検討した上で(文献などと併せて)、訴訟の委任を受けるかどうか判断しています。

 たとえば3人の医師に意見を聞いて3人とも「医師の治療行為に全く問題なし」という意見だったときに、依頼者に訴訟を勧める弁護士はまずいないでしょう(これから弁護士人口が過剰になったときは、どうなるか分かりませんが)。

追記 複数の協力医に意見を聴くことが難しい理由がもう一つあります。それは協力医の方々にお支払いする謝礼金です。
 これは医師の方にとっては多額ではありません。調査には時間も労力もかかるので、当然の金額だと思います。
 しかし、資力の十分ではない依頼者にとっては大変負担になります。法律扶助協会も協力医の謝礼金を立て替えてはくれませんので、依頼者が個人的に工面しなければなりません。協力医の数が増えればその金額も増えるわけです。
 このため、複数の協力医の意見を聴きたくても聴けないことがあります。

いつもお疲れ様でございます。

管理者先生の記載を読んでいくうち、やはり協力医や、鑑定医といった人々の質が大きな問題だと理解するようになりました。

管理者様はご多忙だと思いますので、急ぎではないのですが、お聞きしたいことがあります。

今の医療訴訟の状況とその与える影響の大きさから考えて、協力医や鑑定医として、協力することにやぶさかではないという意思を持つ医師は少なくないと思うのですが(私もその一人です)、協力医は協力医リストのようなものがあってそこから選んでいるものなのでしょうか。広く公募されたりしたことは今までないと思いますが、どのような方法で協力医を選んでいるのでしょうか。
もっと沢山の候補の中から選べるようなシステムを作ることはできないのでしょうか。また、重要な裁判では鑑定医の意見が重要とおもわれますが、鑑定医はどのように選ばれているのでしょうか。その分野の権威と思われる医師に複数依頼しているものの断られることが多いというのが現状なのでしょうか。

協力医の数が少ないといつもお書きになられているのですが、どのようにして協力医になればよいか寡聞にして存じませんので教えていただきたいと思います。また、協力医として協力された医師が、本当に判断できるような資質があるのかどうかはどうやって判断なさっているのでしょうか(例えば、被告もしくは原告と利益相反する立場の人間では困ると思いますし、報酬目当てで実務経験が全くないペーパードライバーみたいな医師も不適切かと思います)。

募集や応募はなく、つてを頼りにえらんでいるのでしょうか?実際の手続きがわからないので想像できません。
ご教授ください。

「医療者」さんへ

ー協力医は協力医リストのようなものがあってそこから選んでいるものなのでしょうか。広く公募されたりしたことは今までないと思いますが、どのような方法で協力医を選んでいるのでしょうか。もっと沢山の候補の中から選べるようなシステムを作ることはできないのでしょうか。協力医の数が少ないといつもお書きになられているのですが、どのようにして協力医になればよいか寡聞にして存じませんので教えていただきたいと思います。また、協力医として協力された医師が、本当に判断できるような資質があるのかどうかはどうやって判断なさっているのでしょうかー

 医療事故情報センターが、協力医のデーターベースを作成しています。このデーターベースが外部に漏れることはありません。
 協力医となってもいいというご意向の先生方の、勤務先などの連絡先、専門分野、どの程度調査に協力できるか(面談で意見を述べる程度ならよい、書面を作成してもよいー無記名か、記名も可能か)などがデーターベースに入れられます。
 特に、選考基準などはありませんが、第一条件は公平、中立な立場で(医師側、患者側どちらかに偏ることなく)意見を述べて頂けることです。
 また、臨床経験、研究の実績、発表された論文などをご提示頂くことや、予め担当の弁護士が面接で確認させて頂くこともあります。
 協力医として登録して頂いた後、最初は、医療過誤の経験のある弁護士が担当する事件について、ご意見を伺わせて頂くことになります(他の複数の協力医の意見と照合させて頂くこともあります)。その過程で、あまりにご意見に偏りがあったり、結論に至るまでの経緯(結論よりもそこに至るまでの過程の説明が大事です)があまりに不合理だったりするときは、協力医をご遠慮頂くこともあります。
 医療界の外にいる人間にとって、どの医師が協力医として資質があり、あるいは資質がないのか、判断することは非常に困難です。以上のような実践で確認していくしかありません。

ー例えば、被告もしくは原告と利益相反する立場の人間では困ると思いますし、報酬目当てで実務経験が全くないペーパードライバーみたいな医師も不適切かと思います。ー
 
 相手方と利益相反する場合、出身大学や勤務先などから明らかであれば、最初からそのような事件を配転することはありません。分からない場合もありますが、大抵の協力医の方がご自身からその旨申告されます。協力医の先生方は(私の経験では)臨床医として中堅クラスの方が多いようです。また、残念ながら、協力医の謝礼金はとてもそれを「目当て」として協力医になろうと思われるような金額ではありません。

ー重要な裁判では鑑定医の意見が重要とおもわれますが、鑑定医はどのように選ばれているのでしょうか。その分野の権威と思われる医師に複数依頼しているものの断られることが多いというのが現状なのでしょうか。ー

 他の地域の裁判所のことは知らないのですが、名古屋地方裁判所では次のような方法で鑑定医が選任されています(これは今年の4月からです)。1 東海地方の事件については、北陸地方の大学の推薦による。逆に北陸地方の事件については、東海地方の大学の推薦による。2 名古屋地裁から鑑定人選任要請があれば、名古屋高裁が北陸地方の大学に推薦を依頼する。名古屋高裁が北陸地方のどの大学に依頼をするのかは不明(おそらく順番と推測される)。
 今のところ、このような方法で鑑定人が選任されたのはまだ2,3件程度らしいです。北陸地方の大学で推薦ができず(専門分野などの都合で)東京の大学に推薦依頼をしているケースもあるようです。
 患者側弁護士の集まりである医療過誤問題研究会では、このような鑑定人選任方法に強く反対しましたが、名古屋高裁の強い意向に押し切られてしまいました。

 なお、原告あるいは被告が鑑定の申請をする場合、それぞれが鑑定人の候補者を掲げることもあります。しかし、原告(患者側)から候補者を掲げることは難しい状況です。また、一方当事者が候補に掲げる医師は、他方が警戒しますので、個人的なつながりなど不適任な理由が提示されれば選任されないこともあります。

 以上は、裁判所の正式な鑑定についてです。
 この他に、私的な鑑定(鑑定意見書の作成)をすることがあります。これは協力医の意見書作成と同じです。ただ、鑑定意見書は記名のものでなければ(作成者の所属する病院、経歴などの記載が必要です)、証拠としての価値はありません。

 裁判所の正式な鑑定にせよ、私的な鑑定意見書の作成にせよ、鑑定人になる医師は極めて少なく、どうしても特定の人に集中しがちになるというのが現状です。

 協力医の件でお困りなことはわかりました。
 協力したいとは思っているんです。しかし名前を出すことには抵抗があります。なぜなら医療事故裁判の報道はかなり偏っており、誠実に報道されていれば理解されるものを、偏向報道のためにまたとんでもない裁判が起きていると思うものです。そこで協力者として名前が漏れ出ることは、耐え難いです。

 また蛇足ですが、医療事故情報センターに対してはアレルギーもあります。
 先にあげたような偏向報道の一つに、医療事故情報センターの柴田弁護士のコメントがありました。
 大野事件に対して抗議行動する医師に対して「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」と全国紙で述べてます。
 それこそ自分自身が「あまり情報がない」のにも関わらず想像でコメントを出しています。立場から言えば非常に影響力があります。医療事故情報センターは勝つためには誤った世論操作も辞さないと植え付けられました。(実際は報道のまとめ方も悪かったという噂を聞きましたが)
(蛇足はここまで)

 一つお聞きしたいのは、なんでこんな裁判が起こるのだろうというものがたまにありますね(心臓移植目的で渡米後に亡くなった彰吾ちゃんの遺族が国立循環器病センターに対して起こした訴訟とかそう思いました)。
 そうした裁判で協力医が得られない時もあると思うのですが、そういう時どうするのですか?僕が前に書いたように、都合のいい協力医が出るまで探すわけではないことはわかりました。しかし民事裁判を起こすといえば起こせますよね? 辞めるように諭すのですか?それとも協力医なしのまま(または弁護士なしのまま?)裁判に突入するのですか?
 勝てないと分かっていれば、弁護士としては辛い裁判だろうと思うのですが。
(僕たちでは、100歳の大往生に対して心臓マッサージをはじめフルコースの蘇生を頼まれた時がそんな心境でしょうか)

ーまた蛇足ですが、医療事故情報センターに対してはアレルギーもあります。
 先にあげたような偏向報道の一つに、医療事故情報センターの柴田弁護士のコメントがありました。
 大野事件に対して抗議行動する医師に対して「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」と全国紙で述べてます。
 それこそ自分自身が「あまり情報がない」のにも関わらず想像でコメントを出しています。立場から言えば非常に影響力があります。医療事故情報センターは勝つためには誤った世論操作も辞さないと植え付けられました。(実際は報道のまとめ方も悪かったという噂を聞きましたが)ー

 これは初耳ですが、柴田先生は研究会の集まりでは「今はあまり情報がないので静観すべきだ」と言ってみえましたよ。
 たぶん「あまり情報がないまま、医者の逮捕はけしからんという意識に基づく行動という気はする」ということの趣旨(実際にはそんな言葉ではなかったでしょう)は、多くの医師の方が「十分な情報」がまだ得られない段階で行動しているのではないか、ということではないでしょうか。
 大野病院事件には、まだまだマスコミ報道などではうかがい知れない多くの隠された事実がたくさんあるように思います。
 医師側、患者側のどちら側も(直接この事件にかかわっている方々を除いて)、今は裁判の行方を見守るしかないのではないでしょうか。

ーそうした裁判で協力医が得られない時もあると思うのですが、そういう時どうするのですか?僕が前に書いたように、都合のいい協力医が出るまで探すわけではないことはわかりました。しかし民事裁判を起こすといえば起こせますよね? 辞めるように諭すのですか?それとも協力医なしのまま(または弁護士なしのまま?)裁判に突入するのですか?
 勝てないと分かっていれば、弁護士としては辛い裁判だろうと思うのですが。ー

 私は、調査の結果医療過誤ではないと判断できた事件(裁判しても勝訴の見込みのない事件)については、患者がどうしても裁判したいと言われても、委任を断っています。
 実際には調査の結果訴訟を断念する事件の方が訴訟となる事件よりもはるかに多いというのが実感です。
 裁判にまで至る事件は相談件数からすればごく一部だと思って頂いていいでしょう。

 しかし、十分な調査のないまま訴訟となることもあると思います。これには、いろいろな原因が考えられます。

 1 協力医が見つからず文献のみで訴訟提起せざるをえなかった。

 2 弁護士が十分な調査をする能力がなかった、あるいは意欲がなかった。
 
 3 患者が弁護士の説得をきかず自身で訴訟を提起した。

 また、調査が十分ではなかったというわけではなくても、勝訴の見込みがはっきりしないケースで裁判に踏み切らざるをえないことがあります。これは、

 4 過失、因果関係の判断がきわどいケースで、協力医の意見も分かれ、患者の裁判の意向が強く、弁護士としても勝訴の見込みの判断がつきかね、委任を断って裁判を断念させていいのか(これは事実上泣き寝入りを強いることにもなりかねない)判断しかねるようなときです。
 
 医療紛争に限りませんが、裁判の前に結果がはっきりみえていたら、誰も裁判などしません。
 医師の方々がよく医療の「グレーゾーン」と言われますが、弁護士にとっても勝訴の見込みの「グレーゾーン」というのがあるわけです。
 
 また、裁判の中で医療側が新たな事実を明らかにしてくることがあります。調査や示談の段階では明らかにしなかったことを、原告側の求釈明によって明らかにしてくることも多いのです。そして、医師の尋問によって明らかになる事実もあります。

 調査や示談の段階で、医療側ももっと事実を明らかにすれば(そういう対応をされる医療側ないしは医療側代理人もおられます)、防げた裁判もあると思います。示談の時点で、医療側代理人が送ってくる回答書は1頁(ときには数行)しかないことが多いことをご存じですか。どうしてそういう判断(無責の判断)をしたか、その過程が書いていないことがほとんどです。何カ月も待たされた結果がこれなので、患者も(患者側代理人も)怒りが募ります。

 また、今は、1と4のようなケースが多いと思いますが、弁護士人口の過剰などのためにそのうちに2のようなケースも増えてくると思います。
 更に3のようなケースでは、委任を断った弁護士に怒りが向けられ、患者が弁護士に懲戒申立てをすることもあります。弁護士過剰により弁護士の不祥事が増え、世間の弁護士不信が高まると(今の医師不信のように)、こういう方も増えてくる可能性があります。

 弁護士は応招義務のある医師と異なり、受任義務はありませんので、委任を断ることはできます。
 しかし、これからはますます委任を断りにくい状況が生まれてくると思っています。これは、弁護士の職業倫理やモラルをいくら強調しても、避けがたいことだと思います。 

「調査や示談の段階で、医療側ももっと事実を明らかにすれば(そういう対応をされる医療側ないしは医療側代理人もおられます)、防げた裁判もあると思います。」

 僕もそう思います。根底にあるのは相互不信であるのが多いと思います。多くは十分な説明で納得されます。
 しかしどんなに説明しても誤解が解けず困ることがありますが、それもきっかけははじめの説明の時間が十分とれなかったことが原因でのボタンの掛け違いであることもあります。
 また医療の世界での常識と一般とのギャップが原因で、事実を説明しても納得されないこともあります。どこの世界でもあることだと思いますが、こと命が関わる医療ではそうした文化の違い、バックグラウンドの違いがあることは大変なことです。なんとか埋めていかなくてはいけないギャップだと思います。


 大野事件の柴田弁護士の件については、僕としても柴田弁護士に同情できる面があるかと思い(しかし読売新聞の紙面ではその後釈明されておらず、そのいい加減なコメントを言いっぱなしになってます)、「実際は報道のまとめ方も悪かったという噂を聞きましたが」とまで書きましたが、管理人さんは、なんの確認もされず、そのまま繰り返すがごとく「多くの医師の方が「十分な情報」がまだ得られない段階で行動しているのではないか、ということではないでしょうか。」というコメントなんですね。がっかりです。
 原文はこちらです。参照して下さい。一般の方が受ける印象を考えてください。この掲示板は一般の方も見ていると仰っていましたよね。その視点で見て下さい。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/kikaku/062/1.htm
 医療の本質を考えればこそ、こうした逮捕がおかしいと考えて行動を起こしているのに、ただ仲間をかばっているという見方で論じています。それも「気はする」というコメントの曖昧なこと。

 当時の情報は錯綜していて十分なものではなかったかもしれません。しかし、当時の報道をみても、仲間のかばい合いではない問題があったことはわかると思います。
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/03/post_2520.html

そうした中で「今はあまり情報がないので静観すべきだ」と仰っていた柴田弁護士が、あえてその沈黙を破って全国紙に載せた言葉は、読者をミスリードする推測でした。
 もう一度書きますが、これはマスコミがあえて修飾した可能性があり、これまでの偏向報道と同様に、柴田弁護士が名前をうまく利用されただけの可能性があります。ですから、「実際は報道のまとめ方も悪かったという噂を聞きましたが」と書きました。
 柴田弁護士をご存じのようですから御本人にお聞きなったらいかがでしょうか?

(長くなって済みません)

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