「医療って」さんのコメントに対する回答ー続き
「医療って 」さんからのコメントに対する回答の続きです。
<今の裁判ではたまたま当たってしまった運の悪い医師が刑事告訴されたり、民事で多額の賠償金を払わされていることが少なくありません。そのような目にあわないために今「逃散」と呼ばれる、訴訟リスクの高い科からの医師がいなくなっています。>
医師の「刑事告訴」については私は経験したことがありません。大野病院事件の医師よりもはるかに悪質と思われる医療ミス(たとえば美容外科分野ではひどいケースがあります)をした医師であっても告訴されないことの方が多いと思います。大野病院のケースは極めて特殊なものであり、この事件をすべて前提にして医療過誤問題を考えるべきではありません。
そして、「民事で多額の賠償金を払わされる」といっても、それは大抵の場合保険会社が払っています。そして、保険会社における審査(医師も参加している)は極めて不透明です。患者側には「無責」という結果しか知らされないことが多く、その結果に至った理由について教えてもらえないことが多いのです。
訴訟リスクの高い科(おそらく麻酔科、産婦人科などでしょう)から医師が「逃散」している、という現実は非常に嘆かわしいことです。
麻酔科についていえば、もともと人数が少ないことが医療ミスを誘発しているということもあります。麻酔科医が多くの手術をかけもちしなければならなかったり、麻酔科医の立会いのないまま手術が行われることが、医療ミスの間接的な要因となっていることも少なくありません。
産婦人科については、今「集約化」が言われていますが、地方は別として、都会ではもっと集約化が進んでもいいと思います。産婦人科医が一人しかいない個人の開業医が無理をして事故が起こることが多いと感じます。高齢初産などのハイリスク妊娠が増え、また、少子化などにより、個人の産婦人科医院の開業はますます困難になり、かつ危険が伴うものとなるでしょう。
地方の産婦人科医師が少ないことについては、難しい問題だと思います。里帰り出産などで事故にあわれた被害者の相談も多いのです。今の現状では、私は妊婦の方には産婦人科医の少ない(いない)場所でのお産は勧められません。特に何らかのリスクのあるお産の場合は、都会でなさった方が無難でしょう。
この分野では、もっと行政、病院、大学が連携して改善がはかられるべきと思っています。
地方の自治体が多額の報酬(5千万だったか6千万だったか)を出すと言っているのに産婦人科医が来ないというニュースがありましたが、これは弁護士からみれば羨ましい限りです。なにしろ、弁護士が過疎地に行っても自治体はそんな多額の援助はしてくれません。事務所の開業資金などの大半を弁護士会が自前で(弁護士が収める会費から)負担しているのです。それでも日弁連は、過疎地に弁護士を派遣しています。
「訴訟リスクの高い科」からの医師の逃散といわれますが、もともとこれらの科は「3K」と言われて希望する医師が少なかったと思います。
しかるべき環境のもとで医師が誠実に医療行為にあたっていれば、重大な医療ミスというのはそれほど多発するものではないと思います。それでも人間ですから「ミス」があるのは仕方がないことです。これはどんな職業でも同じです。私もミスをしない自信はありませんので、弁護士賠償責任保険に入っています。ミスをしたときはこの保険を直ちに使うつもりです。
<医療従事者の関係者が医療事故・過誤にあったとき厳しい、とのことですがそれは当然だと思います。私は福島の件でも患者さんの家族の怒りは当然だと思うし、その行動は批判できないと思っています。
感情的であっても、患者さん・家族は自分の主張をされるべきだと思います。ただ、司法(特に検察・裁判官)や社会がそれに同調したらどうなるか。今回の福島の件の社会的な影響はご存知でしょう。結局萎縮医療になって患者さん全体の利益にならないと思います。>
これは言葉が足りませんでした。
医療従事者の方が被害者側に立ったとき、もちろん感情は入るでしょう。ただ、私たち患者側弁護士もそれを鵜呑みにしているわけではありません。専門的なアドバイスを受けたときでも、無条件に受け入れているわけではありません。
言いたかったのは、被害者側に立ったときは、ご自身の専門的知識を率直に開示し、治療行為の問題点を鋭く指摘されるということです。
つまり、協力医と同様のことをして下さるということです。
他人が被害者になった場合はできないことでも、ご自身の身内が被害者になった場合はできるということです。
福島の件や萎縮医療については、前記のとおりです。
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コメント
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札幌の医師江原朗と申します。
このブログを
「小児科医と労働基準」のトピックに引用させていただきました。
http://homepage3.nifty.com/akira_ehara/index.html
もし、引用が問題であれば、削除しますので、ご連絡ください。
akira.ehara@nifty.com
投稿: 江原朗 | 2006年5月28日 (日) 09時35分
>大野病院のケースは極めて特殊なものであり、この事件をすべて前提にして医療過誤問題を考えるべきではありません。
先日、前置胎盤の出血で緊急帝王切開したら脳性麻痺で裁判に負けていました(民事)。また、大野病院と同じような事例で子宮摘出したら、命は助かったもののやはり裁判に負けていました。我々はどうしたら良いのでしょうか?ブログの主旨とは外れるかもしれませんがM.T.さんの個人的な考えを教えてください。
投稿: 一産科医 | 2006年5月30日 (火) 08時07分
「一産婦人医」さんへ
大野病院のケースが特殊と言ったのは、あのように「いきなり逮捕」ということはまずないからです。
確かに産婦人科領域での民事の医療裁判は他科に比べると多いですが、個々の案件については一産科医さんのコメントの内容のみでは何ともご回答しかねます。
これからは、医師の方々も判例集に掲載される判例の事案等(新聞記事等ではなく)を分析する必要が出てくると思います。
投稿: M.T. | 2006年5月30日 (火) 09時45分