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« 患者と医療の深い溝 | トップページ | 勤務医の忙しい理由ー3時間待ち3分診療の原因<患者側の要素> »

2006年5月29日 (月)

勤務医が多忙になる理由

 勤務医の方々から「忙しすぎる」「限界だ」というコメント(卒後12年勤務医さんら) をたくさん頂いた。

 大病院の勤務医がどうしてそんなに忙しいのか。これは外来患者が多すぎるということの裏返しでもある。「3時間待ち3分診療」の原因でもある。

 この問題については、右の「本の紹介」欄で紹介している「誤診列島」(中野次郎著 集英社文庫)で中野氏が明解に分析されている(同書111頁以下)。

 この本は日本の医療の現実にメスを入れるものであり相当辛辣である。医師の方が読むと腹立たしいかもしれない。しかし、日本の医療の問題点を鋭く分析し、かつ一般人にも非常に読みやすい本なので、多くの方にお読み頂きたいと思う。

 この中野氏は、アメリカのオクラホマ大学で医学部教授をされ、その後ハワイで循環器内科の開業医をされていたという経験を持つ方である。

 しかし、中野氏はアメリカの医療をパーフェクトとするアメリカ至上主義者ではない。アメリカの医療の良い点も悪い点も知りつつ、アメリカで長年臨床医として活躍されてきた経験をもとに、日本の医療を批判されている。

 これから少しずつこの本の内容を紹介するつもりだ。

 ただ、今日は、ちょっと難しい内容の医療過誤事件の報告書を作成したり、月曜日で電話の対応に追われたりして、かなり疲れた。

 中野氏が分析する、日本の大病院の「3時間待ち3分診療」の原因については、明日から少しずつ紹介しようと思う。

              Xxx_2

 

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医療過誤」カテゴリの記事

コメント

産婦人科医がどれぐらいの激務の中にあるかは先日の厚生労働委員会での奥田先生の発言を見ていただければと思います。

ごめんなさい、リンクわかりにくいですね。
http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%BD%B0%B1%A1%B8%FC%C0%B8%CF%AB%C6%AF%B0%D1%B0%F7%B2%F1%B1%FC%C5%C4%C0%E8%C0%B8%C8%AF%B8%C0

柳様
 私は読ませて頂きました。
 ただ、私は産婦人科の医療過誤の被害者の話もたくさん聞いています。脳性麻痺のお子さんを抱えた両親の苦しみというのは、筆舌に尽くしがたいものです。産婦人科医は辞めてしまえばそれで苦しみから解放されますが、被害者の苦しみは一生続くのです。
 産婦人科医が過酷な労働条件に置かれていることと、医師と病院の責任というのはまた別のものです。
 医療過誤の予防の上で、産婦人科医の労働条件の改善はぜひ訴えて頂きたいのですが、「逃散」や「萎縮医療」を避けるために被害者救済を抑制せよというのであれば、納得がいきません。

> 脳性麻痺のお子さんを抱えた両親の
> 苦しみというのは、筆舌に尽くしがたい
> ものです。産婦人科医は辞めてしまえば
> それで苦しみから解放されますが、
> 被害者の苦しみは一生続くのです

脳性麻痺の原因のほとんどは子宮内での発達で決まることであって、分娩時の処置では左右されないんですが・・・。
分娩のあるところ、一定の確率で脳性麻痺は起きる病気なんですから。病気の方とその家族であって、‘被害者’じゃないんですよ、大半は。
縫合不全など、外科の合併症でも同じです。
「苦しんでいる人がいるんだ! 正義の実現を! 責任者出てこい!」という発想で医療裁判(民事を含めて)が起きるから、産科医(その他高リスク分野の医者)が辞めるんですよ。
もちろん、産科医も上にあなたが書いたようなご家族の苦しみはわかっているから、「理不尽な訴訟だ!」と学会だの医師会だのを通して訴訟を起こした人を非理性的な人として集団で非難することはこれまでしてこなかったはずです。患者を診る立場上、それはできないと感じてるんですよ、普通の倫理を持ってる医者は。
そんなこんなで、これまで反論してこなかったから叩かれ放題にたたかれてしまったのかもしれませんね。(反論したらしたで非難轟々でしょうが)

まあ、弁護士さんにいわせると「ちゃんと判決文そのものをちゃんと読め! 個々の過失が認められた判決では、そんな病気なんかじゃなくて、産科医に責任があることがきちんと道理をたどって書いてある」って話になるんでしょうけど。
だけど、報道される内容から判断される限り、「なんで」というものが多いんです。医師向けのジャーナルにそれなりに詳しい報道が掲載されても、そう思うものがけっこうあります。判決文なんて一介の勤務医が法律の専門家と同等には一人では読みこなすのはむずかしいですよ。解説された記事を読むのがせいぜいですし、その時間だって本来は「医療の向上」に使いたいものです。判決がわかったら技術が向上して事故が防げる訳じゃないですからね。
結局、医者の側から診た印象では、一定の確率で起きるものに、その場に居合わせた人が責任を取らされるように見える。そんな状況では、「その契約は結果責任が取れないから、請け負えません」というしかないでしょう。
不可能な構造のビルを造れとか、絶対にあふれないダムを作れとかいうのと同じですね。つくれません、できませんとね。できないことは請け負わないのが“商道徳”です。「苦しい」から辞めるだけじゃありません。「できない」から辞めるんですよ。
その上、非人間的な職場環境があるのではね。さらに、「医者は威張るな! サービス業に過ぎないくせに! 患者はお客様だ!」とまでいわれる風潮では、他職並みの意識で離職しても良いはずですしね。
で、逃散です。

よくある医師の責任を問う判決は、医学的常識よりも、脳性麻痺を負った方とその家族の苦しみを慰めるために、産婦人科の道徳的、経済的負担にその苦しみの持って行き場を転嫁する行為にみえるんですよ、現場からはね。実感だから、これは司法の方から現場に出かけていって「そうじゃないんだ」と司法の立場をくわしくくわしく納得のいくように説明していただくしかないでしょう。こんなことで現場の側から出かけていってお伺いを立てるなんてことは常識としてしないとは思いませんか。あなた方司法関係者が動いて理解を求める方が、ここで主張されているように一方的に私たち医者に「研修制度を・・・」とか要求するより現実的なはず(かつ、あなたたちからは妥当で間違いのないことを伝えられるはず)なのに、なんでやってこなかったのでしょう(あるいはやろうと思わないのでしょう)? 本当にここで主張するほど判決が妥当なものなら、大多数の医者は理解してくれるはずですよ。それはしないで、「判決を読め」と押し付けておいて、弁護士さんはどんどん訴訟は請け負う、裁判所からは新しい判決も出る、さらにはこんなブログで医者の「不心得」「制度改革をしない怠慢」を非難する・・・現場の医師からはどう見えるか少し想像していただいた方がいいかもしれません。あなたの社会正義を実現するためには逆効果のように思えてなりません。実際、現場の医師からは好意的なコメントはあまりないでしょう? 直接会えば、遠回しにしか反対表明はされないでしょうし、「患者側」の医師を中心に会うのだから、ブログの方が本音に近いように思いますよ。
「脳性麻痺児に十分な生活補助が与えられないのは憲法違反だ。親はみんな苦しんでいる。法制度の不備だ!」と行政訴訟でも起こしていただくのが、本来弁護士さんのやるべきことだろうと、医療からは感じることもあります。

まあ、どう「医者はなっとらん!」を説こうともうおしまいです。上記のような理由で、現場で実際に診療にあたる医師の態度は決まってしまったからです。今後は、相当程度、日本の周産期死亡率と母体死亡率は上がるでしょう。お説のように集約化すれば、比較的多数ある中リスクの児・母体死が上昇しますから。センターで救命される高リスクの児・母体は絶対数が少ないので、この部分の救命率が多少上がっても相殺されません。これで死ぬ方は誰に「殺された」かは曖昧ですから、訴訟にはならないでしょうね。また、助産師立ち会いのみの出産が増えるでしょうから、医師の関与が減って訴えられる医師も減るかもしれません。(その場合、脳性麻痺児の出産に関わった助産師が司法の場でどう取り扱われるか、少し興味がありますが)

> 相当程度、日本の周産期死亡率と母体死亡率は上がる

これは言い過ぎかもしれませんね。「多少上昇する」程度で済むかもしれません。

脳性麻痺についてコメント
世界の産科学の標準教科書「ウイリアムズ産科学」改訂22版、2005年出版のpage656の下から22行にはっきり書いてます。
お産が原因の脳性麻痺は脳性麻痺の中の4.9%に過ぎないと。このような常識も知らないアホな弁護士や医療マスコミが未だにいるのです。

「anoano」さんへ
 このブログは、医師だけではなく一般の方も読んでおられます。
 あまり感情的な記載をなされると、ますます医師に対する不信感が募ることになると思います(私自身も最近そうなりつつあります。科学者である医師の方々の中にこんなに感情的な方がいるとはびっくりしています)。

 弁護士もそうですが、あまり自分たちの利益擁護の主張ばかりしていると依頼者や患者や社会の反感をかうことになります。もっと依頼者や患者の視点から考える必要があると思います。
 ただ、「忙しい」ということのみを強調されて、本当に医療ミスで被害にあっている患者さんたちを見て見ぬふりをしたり、切り捨てていると、ますます医療不信を深めると思います。今の患者さんたちの医療不信、医師不信は半端なものではありません(相談にあたっている弁護士としてこれは断言できます。私たちも患者の誤解を解いたり、なだめるのに大変なのです。本当はこういう仕事を医師の方々にやってもらいたい位です!)。

 それに、病院側にも弁護士がついています。多くの病院に顧問弁護士がいます。また、判例などについて医師の立場から説明されている本もたくさんあり、私も何冊か持っています。また、医師の方々も判例などについて研修を受ける場があると聞いています。

 私は、今後は弁護士が確実に増えアメリカ型訴訟社会になると思われるので、医師の方々もこういう対策をせざるをえないと申し上げているのです。
 現実を申し上げているのであって、本来訴訟になるべきではない医療事故も訴訟になっていることがあることは否定しませんし、それを容認しているわけでもありません。

 しかし、私はアメリカ型訴訟社会を容認する立場ではないので、私に文句を言って頂いても困ります。
 

「産婦人科勤務医」さんへ
 確かに脳性麻痺は、もともと母胎内で運命が決まっていた場合が多いことは認めます。
 ただ、ごく一部としても、お産の際の医療ミスで脳性麻痺になることもあり(これは否定されないでしょう)、医師が注意義務を果たしていれば避けられることもあるのです。
 その場合は、他の不法行為と同様に両親には示談や訴訟で損害賠償請求をする権利が認められるべきです。

はじめまして、この4月から医師となり大学病院で研修している者です。
身内に司法関係者がいることもあり、医療と司法の関係には興味があります。

御紹介の「誤診列島」学生時代に読んだ事があり、当時は日米の医学生の比較、の項を興味深く読んだ記憶があります。
今回、改めて読み返してみました、確かに、辛辣な意見を述べられている著書です。
ですが、あくまで「医療」の問題点を指摘する上で、医療関係者、社会、患者の批判されるべきところをきちんと批判している、と言う点で素直に納得させられる良書です。
個人的には、この本を読んで「腹立たしい」と思う医師は少数派に分類されるのではないかと思います。

これまでのこのブログ上の議論は興味深く読ませていただいています。
お互い、自分の立場からできること、するべきことを考えて発言しておられることと思います。
話がすれ違うのは、その自分達にとっての常識とお互いに相手に期待することの間に大きな溝があるからではないでしょうか?

お互い一致しているのは、「自分達の状況はこうだ、だから自分達はそういうことはできない。あたな達(あるいは行政等の他者)がこうすればいい」と言う事ですね。
「私はこう思います」
「現実を申し上げているだけです」

言い回しは少々異なりますが、anoanoさんもM.T.さんもお互いほとんど同じ話の展開になっているとは思いませんか?

自分が辞めればその地域の医療が崩壊する。それを食い止めるために必死で戦っている現場の人へかけられる言葉が罵倒。

献身の挙句訴訟、逮捕となるぐらいなら誰も手を出さない。
そうすれば医療ミスもなくなるから医療訴訟もなくなる。
一見滅茶苦茶な論理に見えますが、弁護士の方々が主張されているのはそういうことなんですよね。

1審で勝訴し、その後判決を覆されたら
「1審で勝訴しており、その後の裁判でも勝訴する高度の蓋然性があった」といわれて億単位。
「誤審」といわれて裁判官(および裁判員)は逮捕、処罰。
このような状況になっても、それでも弁護士続けますか?

>脳性麻痺のお子さんを抱えた両親の苦し>みというのは、筆舌に尽くしがたいもの>です。産婦人科医は辞めてしまえばそれ>で苦しみから解放されますが、被害者の>苦しみは一生続くのです。

M.Tさんへ

私は障害を持った子供の親であり、その苦しみ、悲しみで心が引き裂かれた経験があり、まさにあなたのいう一生続く苦しみを背負っています。しかし苦しみとか悲しみとかの感情論を排除したところに真理があると、医師でもある私は考えます。

感情論では解決しません。

柳さんのご発言、どの発言が感情的といわれているのでしょうか?
はしなくもここを見ておられる方達に伝わるようで興味深く感じます。

> あまり自分たちの利益擁護の主張ばかりしていると
> 依頼者や患者や社会の反感をかうことになります。
> もっと依頼者や患者の視点から考える必要があると
> 思います。

うーん、利益擁護のつもりはないんですが?
そう見えますか・・・

利益擁護をするのなら、「脳性麻痺は一定の確率で起きるんだから、訴訟を起こす人は医療を破壊しようとしている!」と、個々の原告を医師会なり学会なりが非難する声明を出し、集団の力で持って個々人の訴訟行動に圧力をかけようとするのが、おそらく本当の意味での利益擁護にあたるでしょう。でも、こんなことは誰もしていないでしょ? せいぜい、訴訟は医療になじまないからとか、無過失保険の制定を望むとか消極的一般論を出してきたのが関の山です。こんな程度のことでも、MT さんあたりから見ると「利益擁護」「医療界の隠蔽体質が」という話にしかならないんでしょうけど。で、実際その話は世論だか、厚労省だかにつぶされてますしね。

医者は一応、「患者さんのために」という意識は捨てきれないものですからね。個々の患者さんや家族が怒りや悲しみをぶつけてくるのはとうてい責められません。そのうえ、目の前でしょっちゅう人が死に、障害を負い、自分の無力を痛感させられ、罪悪感を感じる毎日ですしね。もちろん、MT さんのおっしゃるように世間の反感もすごいことになるでしょうし、個々の患者さんを踏みつけにした過激な利益擁護ってあんまりできる体質じゃないんですよ、元々は。

お断りしておきたいのですが、MT さんがイメージするほど医師会の力はありませんよ。学会も同じ分野の医師に対する限られた影響力しかありません。「封建的」だからブログが匿名なんていわれると、「え?」という感じです。だから、もっと言わせていただければ、勤務医にせよ開業医にせよ、よくも悪くも医師会や学会に圧力をかけて政治運動を・・・なんて発想はほとんどないのです。
もし、そんなに医師会に力があるのなら、医師会が反乱する医師を押さえ込もうと躍起になり内紛が表沙汰になるか、反乱勢力に乗っ取られて目立つ方向転換が起きるか、どちらかの事態が始終起きているはずです。実際は、医師会の中で権力を握り、医師会発の主張に影響を与えたところで、厚生労働省や法執行機関の動向に大した影響はないと“実感”しているので、そんな無駄なエネルギーは一部の物好き以外は使わないのです。ただし、地方の医師会は、地元の医療行政の一部に権益らしきものを持っていることが比較的多いので、そこにしがみつく人がいて選挙などはそれなりに派手になる地域もあります。まあ権益と言っても第一線の医師から見ると大したやりがいはないもの(検査センターの運営だのや夜間当番の輪番だのです)なので、ごく限られた開業医しか夢中になりませんが。

過重労働に耐え、訴訟の恐怖におびえ、疲労と無力感の中(産科の一人医長がデモできますか?)で、高リスク医療の現場に居る個別の医師が誰に先導されることもなく、「このままだと死ぬ人が増えます。その死は弁護士さんが関わらないところで起きる死であり、今現在怒りと悲しみにくれて弁護士さんを訪れる方の何倍にもなります。ちょっとだけ考えてください」と辞める前に最後の声を上げているのです。これは、感情論ではないし、ましてや自分たちの利益擁護ではないと思うのですが、いかがですか?。聞く聞かないは自由ですが、実際に現場で働く人の言い分を無視すれば、働く人がいなくなるのは当然のように思います。
で、その場にいなくなった後まで、“被害者”の方たち(想像してみてください。この方達は医者の目の目の前で死んでるんですよ。避けられないと理性では思っていても医者自身の罪悪感はゼロにできません)を擁護し社会正義を実現するとおっしゃる方から「怠慢だ」と非難めいた発言をされるんじゃ、最初からその進路を選択しない人が増えるのは防ぎようがない・・・・・じゃないでしょうか?

> 病院側にも弁護士がついています。

病院の顧問弁護士は「病院」の弁護士ですから、勤務医一人に責任をおっかぶせられるときは、勤務医から見ると「敵」の一人にしかならないですよ。しかも、原告側は勝てばお金が入りますが、被告側は勝っても収入なし、病院が擁護してくれなければ弁護士費用持ち出しです。今、辞めて困っているのは勤務医ですよ。顧問弁護士を雇っている開設者じゃありません。

> 今の患者さんたちの医療不信、医師不信は
> 半端なものではありません

「今の患者さん」一般ですか?・・・弁護士さんの所に「不信」を感じたから相談に行っている方のことでしょう? そりゃ、半端な不信じゃないでしょうね。一般論としては、サンプリングの偏りがあるのではありませんか?
と、逆ねじはともかく・・・もちろん、最近の患者さんの医療不信はひしひしと感じていますが、周産期死亡や母体死はここ何十年下がり続け、世界のトップレベルに達しています。他の医療分野でも過去に比べて後退したところはまずないと言ってもいいでしょう。本来なら信頼が上がるはずですがなぜなんでしょうね。
たぶん、事実よりも感情の方が人を動かすためかもしれません。多くの人が死んでいれば「しかたがない」とあきらめ、ほとんど死ななくなれば「なぜ自分のところだけ」と憤りにとらわれる・・・医師の目標がもし患者の満足を上げることなら、医学や医療制度はある程度低レベルに保つ方が良いのかも・・・「感情論」に基づけばこれが真かもしれません。でも、それで良いとは医師は思っていないのです。いっぱいいっぱいの時間で業務をこなし、優先順位をつけなくてはならないのなら、どうするかおわかりになることと思います。

> 相談にあたっている弁護士としてこれは
> 断言できます。私たちも患者の誤解を解いたり、
> なだめるのに大変なのです。本当はこういう仕事を
> 医師の方々にやってもらいたい位です!

おっしゃるとおり、傷ついた方の慰めは本来医療の業務と思います。しかし、医学的な処置による生死の境の危ない綱渡りだけでいっぱいいっぱいの状況です。感情的になって医療側の言い分を聞けなくなった人のお相手をしていたら、ますます本来の業務が逼迫するように思うのですが?
さらに、訴訟対策としか思えない・・・これは失言、法と契約に則って患者様本位の医療を行うためにでしたね・・・書類書きと会議、秘書なしの電子カルテ導入などで現場の医師の負担はこの数年で急上昇しています。さらに研修の義務化で、産科をはじめとして将来自分の診療科を担当しない研修医にまで教育する義務を負わされ、あっぷあっぷしています。製造業でいえば受注過多ですね。受注を制限するか、料金を上げるかしないといけないのですが、公定価格である料金は下げられ、受注は原則断ってはいけない(応召義務)のです。料金上げは医師会(!)が主張しましたが、MT さんが考えているほど権力はなかったらしく「利益擁護」と見られて全然受け入れてもらえませんでしたね。
結局、時間とお金(=人材)がないとどうにもなりませんと、発注元(患者さん=国民)にいくら主張しても聞いてもらえていない訳です。こうなると、契約を履行できないなら、個々の被雇用者(あるいは個人事業主)たる医師は割にあわない分野からは撤退しか選択肢はありません。もちろん良い面もあります。MT さんのおっしゃるようにミスで脳性麻痺を作ってしまうような少数のへぼ医者も、自信がないでしょうから現場から手を引く可能性が高くなりますからね。ただし、非難めいたものを現場の医者一般に向けられても、まじめにやっているつもりの医者はちょっとむっとすることになるでしょう。国民一般はそう思わないのかもしれませんが、実際に診療にあたる医師からは、それこそ弁護士さんの「利益擁護」にみえる場合もあるかもしれません。そして、反発して第一線の医師が現場を離れれば、悲劇に遭う人は増えていきます。
現場に居ない方には、事態がいくところまでいかないとその深刻さが分からないのかもしれません。事態がはっきりしてきた時点でまたお考えをお聞きしたいものです。

(お金=人材 と書いたのは、医師の収入を増やすということじゃありません。医療行為に伴う診療報酬を増やして、医師・看護師を含めて病院が雇える人を増やすってことです。誤解なきようお願いします)

「anoano」さんへ
 私は、「1年目研修医」さんの言われるとおり(下記)だと思います。
 ー「自分達の状況はこうだ、だから自分達はそういうことはできない。あたな達(あるいは行政等の他者)がこうすればいい」と言う事ですね。ー

 anoanoさんは、「逃散」しかないというのなら、それはanoanoさんのご選択として仕方がないでしょう。ただ、逃散や萎縮医療で、国民の医師への尊敬や信頼が得られるでしょうか。

 私は、弁護士が爆発的に増え日本がアメリカ型訴訟社会となってなんでも裁判で決着をつける(きちんとした意見を言う協力医がおらず弁護士も余裕がなくなるため勝訴の見込みの立たないままに提起される医療過誤裁判は今以上に増えるでしょう)殺伐とした社会とならないように、今、仲間の弁護士たちとささやかな抵抗運動をしています。

 弁護士会もかつてのような力がなくなっており、それは医師会と同じです。

 とにかく、ぐちを言っているだけでは始まらないので、アクションを起こす必要があると思っています。

「anoano」さんへ
ー病院の顧問弁護士は「病院」の弁護士ですから、勤務医一人に責任をおっかぶせられるときは、勤務医から見ると「敵」の一人にしかならないですよ。しかも、原告側は勝てばお金が入りますが、被告側は勝っても収入なし、病院が擁護してくれなければ弁護士費用持ち出しです。今、辞めて困っているのは勤務医ですよ。顧問弁護士を雇っている開設者じゃありません。ー

 私の述べたのは、そういう意味ではありません。
 たとえば、医師や看護師の注意義務についての裁判例などは、病院の顧問弁護士であれば、病院内で研修会などを開催することができるという意味で書いたのです。
 また、医療過誤裁判の場合、被告となるのは病院の経営主体であり、病院の顧問弁護士や病院が付保する保険会社の顧問弁護士が代理人なります。但し、たいていの場合は、被用者である医師本人の過失を争いますので、自らの過失を否定する勤務医と病院側の利害は一致しています。
 病院が「勤務医に責任をおっかぶせる」という意味がよく分かりませんが、勤務医の過失を病院が認めてしまうと、病院も使用者責任を負いますので、病院がそのようなことをしたという例を知りません。

MTさんへ
20年間にわたり大病院で数千のお産を取り扱ってきた自分の経験と実感から、お産の際の医療ミスでは、いわゆる脳性麻痺は起こらないと信じています。新生児の脳障害をおこすお産の事故は子宮破裂、胎盤早期剥離、臍帯脱出などがありますが、これらの事故では赤ちゃんは死ぬか、そうでなければ何の後遺症もなく元気に育つかで、生き残った子供はほとんど何の神経的異常も起こしていません。それぐらい赤ちゃんの脳は可塑性があります。まれに低酸素脳症で植物状態に近い状態で生き残りますがそれはいわゆる脳性麻痺という定義ではありません。ただ大切なことは子宮破裂、胎盤早期剥離、臍帯脱出などお産の事故はいつ誰に起こるかわからない事が多く予見も防止も不可能である事が多いのに、結果論で医師に責任を押しつけている事があまりに多いと思います。貴方のお言葉、「ただ、ごく一部としても、お産の際の医療ミスで脳性麻痺になることもあり(これは否定されないでしょう)、医師が注意義務を果たしていれば避けられることもあるのです。」について、そのようなケースは希中の希であるという意味でそのまま同意することはできません。
貴方の言われるように医師を訴える権利は誰にもあります。例え、思い違いでも、悪意でも訴訟を起こす権利は憲法で保障されています。医師を訴えるななど誰も言ってません。しかし、医師にも自分の身を守る権利があることが憲法で保障されています。不当な非難や暴虐な扱いに対して人間として反撃したり、あるいはそんなに医師に不信なら自宅分娩で勝手にやってくれと、逃散というサボタージュを行う権利はあります。それは医師にも認められている基本的人権ではありませんか?

始めまして、M.Tさん。整形Aと申します。一応医師の端くれです。

最近このブログを知りました。
まだ一部しかよんではいませんが、M.Tさんの誠実で几帳面なコメントに人柄がうかがえます。
末永くブログを通じて、情報発信されるよう希望してやみません。

さて、ブログなどで医師以外の人が医療についてコメントすると、(おそらく)2CHから流れてきたと思われる医師の書き込みが殺到する傾向があります。医師の目で見ると、彼らの主張はよく理解できるのですが、その物言いはかなり攻撃的で、ちょっとどうかと思うものが結構あります。
2CHの医者板ならまだしも、医師以外のブログなどに書き込むときには、それなりの礼儀をもつべきだと思います。それは医師だけでなく、社会人としての常識だと思います。

それはさておき、脳性麻痺(CP)について書かせていただきます。長文失礼いたします。もともと産婦人科は専門外でもありますので、多少の間違いについては重ねてご容赦願いたく存じます。

日本では年間約100万件の出産があります。CPの発生はそのうち約0.2%。2000例です。さらにその中で分娩に起因するCPが5%、100例です。
つまり産婦人科医が関与すると思われる脳性麻痺は年間100例です。

現在日本中で、CPが原因で裁判になっているのがどれだけあるのかわかりませんが、少なくともCPがらみで産科医になんらかの不満を抱く母親は100人ではきかないでしょう。もしかすると全員の2000人かも・・・。
するとCPがらみで医師に対して患者サイドが持つ不満の95%は、医師の側に言わせると実は、いわれなき不満、なのです。

それではCPに至った100例も、果たして産科医の怠慢、不注意、技量不足によって生じたものでしょうか。
もちろんそれを皆無とは申しません。しかし、現実にはかなり少ないと思います。むしろ、産科医の努力によって未然に防げた場合の方が圧倒的に多く、いくら努力しても何ともならず不幸にしてCPになってしまった結果が100例という数字ではないでしょうか。

これが単なる憶測でないことを示すデータです。
日本の出生児の周産期死亡、及び妊婦死亡率の推移です。
新生児、乳児死亡率はここにのっています。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai03/toukei2.html

明治32年には、出生千対
乳児死亡 153.8
新生児死亡 77.9

平成15年には
乳児死亡 3.0
新生児死亡 1.7

約50分の1くらいまでよくなっています。

また、周産期死亡(出生千対)でみますと、明治の頃のデータはなく、
昭和25年 46.6
平成15年 3.6
(妊娠満28週以後の死産数に早期新生児死亡数を加えたものを出生数で除している)

戦後まもなくに比べると、現在は10分の1以下に減っています。
こんな数字もあります。

http://www.togashira.com/anzan/sizen.html

>下に過去100年間のお産の統計があります。
>ほとんどが自然分娩であった明治時代では妊婦さんの約250人に1人、赤ちゃんの約13人に1人は亡くなっておりました。時代とともに病院でお産する人が増え、妊婦さん及び赤ちゃんの死亡は減少してきました。昭和20年代になって抗生物質の出現、さらに30年代後半になり陣痛促進剤の普及並びに哺育技術の進歩によって一層妊婦さん及び赤ちゃんの死亡率は減少し、現在では妊婦さんの死亡は約14300人に1人、赤ちゃんの死亡は約500人に1人にまで改善されました。

逆算すると妊婦死亡出生千対
明治時代 4
現在 0.07
こちらも50分の1以下になっています。

これらすべてが産科医だけの努力とは申しませんが、なんらかの医療の介入によって得られた結果です。おそらくCPにしたところで産科医の努力があって現在の数字年間2000例に押さえられているのではないでしょうか。

出産時のトラブルの結果、患者さん及びその家族が抱く被害者意識の多くは、患者サイドのさまざまな誤解に基づく、といったら言い過ぎでしょうか。
普通、犯罪における被害者には加害者がいますよね。しかし病気や怪我(お産も含みますが)で健康を損なうのは、もともと本人や医師の努力だけではなんともならない部分が多分に存在します。本来そこには加害者も被害者もいないはずなのです(もちろん例外はありますよ。それを否定するものではありません)。

実際には「被害者」ではないにもかかわらず、被害者意識をもたれる。現場で働く医師は、いわれなき(と医師思う)患者サイドの被害者意識により、医師の側こそ精神的、肉体的、経済的被害にあっている、と感じています。その先端を行っているのが2CHに集う医師たちです。
確かに彼らの言動は攻撃的で、眉をひそめたくなることも多々あります。
しかし、このまま医師サイドの被害者意識が増大することは、間違いなく日本の医療にとってマイナスです。

M.Tさんがおっしゃるように今後弁護士の数が増え、医療裁判が激増するのは目に見えています。しかし、いかな辣腕弁護士であれ、医療に手を染めない医師を訴えることは難しいでしょう。
医師が手を染めない医療って、どんなんでしょうかね。それが患者さんのため、ひいては国民のためになっている世界とは到底思えないのですが。

「整形A」さん、医師の皆様へ

 CPについては、日本医師会「医療に伴い発生する障害補償制度検討委員会」の答申「医療に伴い発生する障害補償制度の創設をめざして」では、「最近の研究では脳性麻痺の10~20%が周産期の低酸素・虚血状態に起因するものとされている。」(p19)としています。
 もちろん、そのうちどの位が医師の過失によるものかは分かりませんが。これについては、医師の中でも見解が分かれると思います。

 私は、このブログでCPの原因や医療ミスの割合について議論するつもりはありません。また、大野病院事件についてあれこれ意見を述べるつもりもありません。

 どうも皆様が私に要求していることが分かりかねるのです。医師の「逃散」や「萎縮治療」を防ぐために、医療ミスにあった患者に泣き寝入りを勧めろということですか?
 
 CPの場合に限らず、産婦人科領域に限らず、本当に明白な医療ミスというものもあります(生体反応とかグレーゾーンとかとは全く違った次元のものです。これからの記事で少しずつ具体例を掲げていくつもりです)。

 そういう場合、(後医の記事で書きましたが)医師の方々は「見て見ぬふり」をしていいのでしょうか。それで、患者や一般市民の信頼や尊敬を得られるのでしょうか。
 
 たとえば、後医になったとき、そして明らかに前医に(どっからみても)ミスがあることが分かったとき(こういう場合もあるでしょう)、患者が「どうしてこんなことになってしまったんだろう。」と苦しんでいるのに、事実を知らせなくていいのですか?(事実を知らせないと、患者も今後の治療について理解や心構えができないことがあります)。また、患者が蒙った被害の回復に協力しなくていいのでしょうか?
 
 私は、こういう素朴な疑問を持っているのです。

 皆様にも、たまには私の質問にも答えて頂きたいと思います。
 

 

 管理人さん、こんにちは。
 少し、落ち着いてください。いつもの冷静で説得力のある文体と違うように思います。私も少し冷静になりました。

 誰も、管理人さんに患者さんに泣き寝入りをしろとすすすめてくださいとは言いません。
 患者さんのほうにも今の裁判システムにご不満がおありでしょうけど、医師のほうも不満をもっている人が多いということです。

 私は今回の議論で医師と一般の方、司法の溝は深いのだと実感しました。これは埋められるのでしょうか。

 まずこれだけはわかって欲しいのですが、医師は患者さんのために、ということが第一であるということです。言葉は辛らつかもしれませんが、ここにコメントを残している人は少なくとも患者さんのためにいい医療を考え、今の現状に心を痛めているのです。そうでなければ黙って立ち去るのみです。

>たとえば、後医になったとき、そして明らかに前医に(どっからみても)ミスがあることが分かったとき(こういう場合もあるでしょう)、患者が「どうしてこんなことになってしまったんだろう。」と苦しんでいるのに、事実を知らせなくていいのですか?

 これは誰もいいとは思っていません。でも①自分の判断が正しいか(特に高度な医療を行えない状況でそこまで要求できるか)、②正しく司法に解釈されるかということがあるのだと思います。もちろん③人間関係のしがらみもあるとは思いますが、これは一匹狼的に行動する弁護士と違って、他医師とも、他職種とも連携して医療を行っている医師としては他の人をむやみに誤爆するわけにはいかないのです。できないのは、職業倫理に劣ると叫んでもかわらないので、そうしたくなるような医師側としても納得できるシステムを作るほうが建設的だと思います。現在のシステムには医師を守る法律は何もありませんから。
 
 管理人さんに訴えるなといっているのではないのです。そうではなくてもちろん個々の医療事故・過誤被害者の権利も重要だけど、全体として多くのいい医療を行うために考えていかなくてはならないのではないでしょうかということなのです。

M.Tさん、こんばんは。整形Aです。

僕の書き込みが、M.Tさんに何か要求しているように思われたのなら、申しわけありません。あやまります。
自分は何も要求しているわけではありません。ただ、医師、とりわけ勤務医の現実を理解していただきたいと思っただけです。

僕もかつては勤務医でした。現在は開業しています。
勤務していた頃の経験から申しますと、その地域に他に専門医がいない場合、結局その勤務医が最後の砦になります。
難しいものはもっと大きな町の、もっと大きな病院へ送れ、という意見もあろうかと思いますが、実際には患者さんの利便性や後送病院の状態などを考えれば、何でもかんでも送れるわけではありません。

中には本来は自分の手に余るような症例だって診ざるを得ないことはあるのです。そんな時、自分の知識や実力がないことをまざまざと感じさせられます。
そういう経験を積めば積むほど、医療ってのは怖いもんだ、難しいもんだというということがわかってきます。

仮に、自分があるうまくいっていない症例の後医になったとします。
そんなときに自分が考えるのは、この症例を自分が最初に手がけたとして、果たしてうまくやれただろうか?という自問です。
結果として確かにうまくいっていない。しかし、こうなるにはそれなりに訳があったはずだ。もし自分がやったとして、必ずうまくいかせられただろうか。
そんなことを思うのです。

医療というのは、うまくいかなくなる落とし穴は数限りなくあります。自ら経験すればするほど、予想される落とし穴は増えてきます。
前医がうまくいかなかった原因もそのどれかかもしれない。
そう考えると、簡単に前医を批判できるものではありません。
むしろ、安易に前医を批判する医者こそ、医師としての経験が不足しているんじゃないかとすら思います。

M.Tさんは「明らかにミスが・・・」とおっしゃいますが、医師からみれば本当に「明らか」かどうか正直わからないないんじゃないでしょうか。
それが、後医が見てみぬふりをする・・・と患者さんサイドが不満を抱く最大の理由だと思います。

ちなみに、乏しい自分の経験から言いますと、それが本当に「前医の医療ミス」と断言できるほどの症例にあったことはありません。
自分の行なった医療の結果として生じた不都合を、後医がカバーしてれた、なんて例はごまんとあるかもしれませんが。

まあ、(勤務)医師としてあまり有能でなかった僕の個人的な意見ですので、他の先生方には当てはまらないかもしれません。
M.Tさんの問いかけの答えになっているでしょうか。

それにしても、医師側の十字砲火を思わせる書き込みの連続に、本当に律儀に返答されるM.Tさんに頭が下がります。
あまり根をつめないほうが長続きするのではないかと思います。

M.Tさん、今晩は.初めまして.
医者歴ちょうど10年になる循環器内科医です.

M.Tさんの仰るとおり,単純なミスは許されてはいけないと思います.手術するべき病変の左右を間違えた,だとか患者さんを取り違えてしまったとか,というのは絶対に許されてはいけないミスと思います.

ただ医療は不確実な要素の積み重ねでここまで成長してきた科学です.trial and errorの連続があり,今の医療の進歩がありました.治療と銘打って御本人に行うことのほぼ全てのことに,患者さんの身体にストレスを加えます.人間の注意力,ミスを犯さない能力には限界があります.最近患者さんのご家族とお話しをしていて,なぜこんなにも家族の方は患者さんの生命は永劫だと錯覚してしまうのだろうと,強く思うようになりました.あたかもこちらの治療が上手くいけば,この患者さんは永久に行き続けたのに,と言わんばかりの口調で激しく責められることもあります(私は比較的救急外来などでCPA(来院時心肺停止症例)に立ち会うことが多いのですが,幸いなことに今まで大きなトラブルになったことはありません.しかし90歳くらいの超高齢者のCPAの患者さんにフルコースで蘇生術をお願いするご家族を見ると,疑問に思わざるを得ません.患者さんのご家族の目標が,患者さんの生命を維持することに主眼を置いているのだとしたら私たちのしている医療は最終的に100%敗北の医療です.現代の日本人の方の死生観や人生観に,最近どうも納得することが出来ない私です.
私は医者になって10年のまだまだ未熟者ですが,今でも医療訴訟の多くは患者さん,ご家族,医師間のdiscommunicationが一番の原因だろうと思っています.この3つの関係が100%の信頼関係で結ばれれば,よほどのケアレスミスでなければ医療訴訟は起きないであろうと,今でも青く信じています(先述したようなケアレスミスは別ですが).そして私自身も今後も献身的に医療に携わろうと思います.僕にとっては,患者さんから頂く感謝のお手紙が全てです.ああいうお手紙を頂くたびに涙が出るくらいに嬉しいです.
ただ今後この私の青い信念が崩されるような大きな訴訟などが自分の身に起きれば私は医者を辞めようと思っています.すみません,もしかしたら全く本題と離れているかもしれません.少しアルコールが入ってしまっているので・・・とりとめの無い文.お許し下さい.
医療は絶対にサービス業ではあり得ません!!

M.Tさんへ
誤解を招くような不完全な引用はしないでいただきたいです。
 ”CPについては、日本医師会「医療に伴い発生する障害補償制度検討委員会」の答申「医療に伴い発生する障害補償制度の創設をめざして」では、「最近の研究では脳性麻痺の10~20%が周産期の低酸素・虚血状態に起因するものとされている。」(p19)としています。”
の周生期の低酸素、虚血状態というのは未熟児に伴う低酸素ストレス、感染、炎症性サイトカインによる脳室周囲血管破綻などを含むものであり、産科医が不注意で起こしたものとは決めつけられません。周産期の障害がすべて産科医が注意しておれば防げるもので医師に責任があるというような誘導はやめてください。
医療事故は抗癌剤の量を間違ったりなど誰が見ても間違いである場合はあります。しかし多くの場合は後医の立場で見ても結果論でどうこういえても、いざ、自分が前医であればはたしてどうしたかわからないような判断の難しいものが多いので、そう簡単に前医を批判できないことが多いことは臨床経験を積めば積むほどわかるものです。
医師でも臨床経験数で大きく見解が違ってきます。それを全くの門外漢の法曹会やマスコミがいい加減な事をいうので嫌になります。私もそれなりに知られた医師ですので多くの医療裁判について原告側、被告側双方から意見を求められますが、そのとき確かに一流と評判の高い弁護士さんは、なるほどというほど良く医学も勉強もして感心しますが、大部分の弁護士さんの自然科学的知識のなさや勉強嫌いや不真面目さにあきれることが多々あります。(医者も本当に優秀なのは少ないことは認めますが)医療訴訟も海難審判のように専門家か、せめて弁護士の中で、さらに試験をして医療訴訟を扱う資格を持つ弁護士のみが担当できるように法制度を改めるべきです。

「産婦人科勤務医」さんへ

 私のコメントもよく読んで下さい。
 「産科医が不注意で起こしたものとは決めつけられません」とありますが、私もそんな決めつけはしていません。「もちろん、そのうちどの位が医師の過失によるものかは分かりませんが。」と書いてありますよ!
 私が引用した箇所は、一字一句変えていません。

 なお、この箇所は整形Aさんの「日本では年間約100万件の出産があります。CPの発生はそのうち約0.2%。2000例です。さらにその中で分娩に起因するCPが5%、100例です。
つまり産婦人科医が関与すると思われる脳性麻痺は年間100例です。」の箇所に対応するものとして、引用したものです。

 私の「医師の方々への質問ー具体例」にもお答え下さい。抽象的な質問には答えられても、こちらに答えられないというのはなぜでしょう。

 第三者機関(現役の医師が参加されることを希望される方が多いようです)の件は、医師の方々がこういうケースで患者に本当のことを話をし孤立無援な患者の救済に手を貸して下さるようであれば、専門家として出された結論に信頼ができます。

 患者も弁護士も、いくら勉強しても、それは医師として長年勉強してきた先生方にはかなわないでしょう。

 それを第三者機関の中で専門家だけが分かる言葉で議論すればよい、患者側には「理解できなくて結構」、公表するにしてもマスコミなどは「どうせ専門家の言うことなど分からないや」というのでは、そのような第三者機関は信頼できません。

 弁護士もそうですが、それぞれの分野で専門であるからといって、素人をバカにして、分からない言葉や独自の論理で事を進めるべきではありません(今、裁判員制度でこれが大変問題になっています)。

 「良識ある素人」にも納得のいく論理過程が分かりやすい言葉で説明されなければ、「公開による検証」になりません。

 私は、医師の方々(特に産婦人科医師の方々)のコメントを読んでいて、ますます第三者機関の設置というのに疑念を頂くようになってきました。
 

10年以上の経験をつんだ専門家ですら迷うようなことを、どうすれば良識ある素人の人にわかりやすく説明し理解してもらうことができるのでしょうか。臓器の位置すら知らない人たちに。

素人を馬鹿になど決してしませんが少なくとも管理人さんがここにくる医師を説得できないのと同じことではないでしょうか。

M.Tさんのお言葉の、
”それを第三者機関の中で専門家だけが分かる言葉で議論すればよい、患者側には「理解できなくて結構」、公表するにしてもマスコミなどは「どうせ専門家の言うことなど分からないや」というのでは、そのような第三者機関は信頼できません。”
の部分について、医師以外を排除するような専門機関を目指しているというのはとんでもない誤解です。求めているのは、医学的に我々が専門家が納得できる議論をしてくれる第三者機関を作ってくれと言っているのです。そこで現役の医師も患者さんの為に専門的な議論する、またそれに専門的に反論するもする。そのようなことが出来る場があればすばらしいです。専門的な議論をすべきものを非科学的な感情論で封殺され全く納得できないところで結論をだされる現状は魔女裁判に例えられるものです。患者さんは我々の顧客で、神様です。顧客にわかりやすい商売をしお客さんに支持してもらわなければなければならないのは、医療も一般の商売も全く同じです。今の時代どこに「素人は黙っていろ」などという態度をとれる医者がいますか?そんな時代はとっくの昔に終わっています。私のような古い医師でも自分の患者さんには敬意を払い、納得していただくまで説明し、心から元気になってほしい、自分に出来ることは何でもしてお助けしたいという真摯な態度で接してきたつもりです。それが医師としての誇りです。私の知る限り、現在でもほとんどの同僚の医師は患者さんと対等の同じ目線の立場にたち医師のあるべきモラルに従い行動し、実際、個々の患者さんと良い関係を築いています。医者が今の時代でも傲慢なパターナリズムやっていると思いこんでいるところが医療の現状に対する知識不足でしょう。M.Tさんのお言葉の「私は、医師の方々(特に産婦人科医師の方々)のコメントを読んでいて、ますます第三者機関の設置というのに疑念を頂くようになってきました。」といわれるのは私たち産婦人科医の何が問題なのでしょうか。産婦人科医が何か私たちの大切な患者さんを騙したり嘘をいったりひどいことをしたと言うのでしょうか?
確かに私たち第一線の産婦人科医はもう我慢の限界に達しています。そこまで我々を追い詰めたのは誰ですか?馬鹿番組しか作れぬマスコミ、勉強もせず正義ぶる反医者弁護士、自宅分娩が安全などと嘘を言う市民運動等々。第三者機関の設置に疑念を抱くのも結構ですが、上記の連中の前に、まじめに患者さんのために働いてきた我々が引きずり出されて裁かれるのだけはやめてもらいたいです。

「産婦人科勤務医」さんへ

 今の現状で産婦人科医の方々が非常に不満を持っておられることはよく分かります。私もいきなり医師を逮捕したり、一方的に医師を悪者扱いにするマスコミには怒りを感じます。

 ただ、それを私にぶつけないで頂きたいです。コメントを読むものとしては、ちょっと段落をつけて頂き、読みやすくして下さい。

 こういう文章で訴えられても、一般人や(ど素人の)弁護士はひいてしまいます。
 
 また、ご主張の「第三者機関」の具体像については、どういうメンバー構成とするのか、メンバーの人選は誰がするのか、複数の専門家のメンバーの意見が分かれたときにどうするのか、判断となる資料をどうするのか、など(他にも一杯あると思いますが、今ちょっと思いつきません)を明かにして頂かないと、どなたかが言っておられたように不毛の議論になると思います。

ー医学的に我々が専門家が納得できる議論をしてくれる第三者機関を作ってくれと言っているのです。ー

 私が申し上げているのは、専門家である医師だけでなく、「公開」による検証が必要で、患者や国民にも納得できるものでなければならない、ということです。
 

どの辺りに医師側と MT さんの主張の行き違いがあるのか、私の目からはよく見えるように思います。なかなか興味深い情報が集積されましたね。どちらの考えが正しかったのは、数年後あるいは十数年後の母児の周産期死亡率がどのような推移をたどるかではっきりするでしょうね。

病院の顧問弁護士の医療従事者向け勉強会は定期的にありますが、彼らは現場業務をある程度知っているので無茶は言いません。同意書の類いも彼らの意見を聞いて作成することも多いです。常識的な業務時間で作成できるものを考えてくれますし、訴訟対策を考えた実行可能なカルテ記載なども指導してくれます。
その一方で「現在の常識的判断と現実の業務の兼ね合いを考えると、要点はこの程度でしょう。ただし、これまでの判例を検討すると、これで訴訟が防げるとは思わないで欲しい。それどころか、敗訴する可能性は極めて高いと思ってください。我々にも、現在の医療従事者の責任を重くとらえる風潮を止める手だてはないのです」と、いろいろ突っ込んだ質問をするとそのような返答になります。複数の弁護士の回答が大体同じでした。私の尋ねた弁護士がひどく出来が悪くて、敗訴したときのいい訳を先に用意しているだけかもしれませんが。
この意味でも、あんまり役には立ってくれるという実感は持てません。多分、多忙な中、同様の勉強会に引っ張りだされる勤務医の多くがそう感じているでしょう。もちろん、裁判になっても、病院の組織防衛が主で、勤務医個人の弁護は従ですから、実際の裁判の流れはどうなるかわかりませんが、事が起きる前には「このお方が私たちをしっかり守ってくれる!」なんて実感は持てませんし。実際、「ここのところは妥協しておいた方が」なんて耳打ちされた方の話も聞きます。

「後医は名医」については皆さんおっしゃっている通りです。MT さんのようなお立場の方が、お読みになってもうまく理解できないのだなという事は大変よくわかりました。大きな収穫だと思います。結構きちんと説明してあるように私からは見えるんですが、実感がわかないのでしょうね。
それに加えて、病院顧問弁護士という同業者が個々の勤務医から見るとどのように写るものなのかさえ、「弁護士」とというお立場を持ちながらもよくわかっていない状況では、どうも司法の立場の方が現状のシステムに立脚して考える限り、勤務医の心理状態を変える事は無理ということですね。

医師の直面している現状や困難に対してピント外れな対策や批判を外から提案されても、当事者の心理状態は改善しません。そういった提案に対して個人が勝手に不快感を抱くだけなら良いんですが、環境の悪化とやりきれなさに同時多発的に耐えかねて逃げ出し(数年前までは逃げてませんでしたね?)、医療の空洞化が起きてしまうと、「どこのどいつが悪者だい!」という「裁判」を通して怒をぶつけられない「死」が社会に蔓延する結果になります。「人一人死んでるんだぞ!」という趣旨の発言は、民事、刑事の裁判の場でよくお聞きしますが、同じ死でも医療の空洞化による死は、あなた方の前に引き出される事はほとんどないでしょうから、責任を直接感じるチャンスはあまりないでしょう。だから、私の言った事を覚えておいて、将来各種の統計に目を通してみてくだされば幸いです。そこに書かれている単なる数も、裁判の場に持ち出されるドラマチックな「死んだ被害者(?)」も同じ死なのですよ。
現場で働く医師には、それがわかっているから、そして自分ひとりではもうそれが支えきれないとわかっているから、まじめに勘違いしている方のところに記録を残しておいて、論点を整理しておこうと考える人が私以外にもそれなりに居るのでしょうね。
MT さんの善意を私は微塵も疑いません。勘違いした利権主義の医者からの魔の手を少しでも減らすよう、被害者のために一生懸命なのでしょう。だから、私の書き込みにも一生懸命ご返事くださるのだと思います。
・・・・・そして、地獄への道には善意が敷き詰められています。

もちろん、現時点で MT さん個人が有効な行動を起こせると思っている訳ではありません。だから、このような書き込みを続けるのは心苦しくもあります。
ただ、このような司法と医療関係者の極端な認識の違いを浮き彫りにするやりとりがどこかしらに残っていれば、新しいシステムを作るときに何らかの参考になるのかもしれないと思って場所をお借りしているだけです。

「anoano」さんへ

ー病院顧問弁護士という同業者が個々の勤務医から見るとどのように写るものなのかさえ、「弁護士」とというお立場を持ちながらもよくわかっていない状況ー

 同じ弁護士同士でもそれぞれの仕事で何をしているかなんて分からないことの方が多いですよ。それは、無理というものです。
 でも anoanoさんのコメントで病院の顧問弁護士が何をしているのか少しは分かりました。

 ただ、今のまま、患者側弁護士が後医であれ協力医であれ臨床の現場の医師の意見を聞く機会も得られず、患者の言いなりに突っ走れば、もっとひどいことになりますよ。
 また、逆にanoanoさんのように患者側弁護士も「逃散」すると、患者本人が非常に(時には不条理な)怒りや不満や不信感を抱いていることがあるので、大変なことになることもありますよ。

 ちょっと怖い話ですが・・・。 
 私の知人の弁護士は、医療事故の相談を担当した後、相談者の患者が医師を刺したというニュースを知って、「もう医療事故の相談はやりたくない」と言っていました。私も、相談で「医療ミスではない」とお答えしたところ、「それなら医師を刺しに行く」と言う相談者にほとほと手を焼いたこともあります(幸いそういうニュースは聞かずにすみましたが)。
 
 こういう現実も知って頂きたいと思います。
 第三者機関の件につきましては、私の別のコメントをご参照下さい。
 ただ、医療や医師に対する不信感の強い今、第三者機関を医師中心でつくるということに国民が納得するかというと疑問だと思います。

 あの、一つ提案なのですが。
 勤務医の方々で勤務医の過酷な労働条件についてアピールし医師の増員を訴えるようなブログを作られたらどうですか?
 
 弁護士は逆に増えすぎて弊害が出ることが目にみえているので、ブログに限らずそういうアピールをしようとしています。

>勤務医の方々で勤務医の過酷な労働条件についてアピ>ールし医師の増員を訴えるようなブログを作られたら>どうですか?

そういうブログは既に星の数程(と、いうのは言いすぎですが)存在しています。

しかし、厚生労働省は医師数が増えれば、国民に提供される医療レベルの質・量双方の増加に伴い、医療費が増加する事を恐れています。

<医師不足>医学部定員5%増でも30年まで効果なし
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060529-00000152-mai-soci

医師数の将来予測「2015年以降は過剰」・厚労省研究班
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060530AT1G2902Z29052006.html

両者は、平成18年5月29日深夜~30日早朝にかけて、「医師の需給に関する検討会」の出した資料に対する記事です。
が、ご覧のように誘導の方向が正反対です。

厚生労働省あるいは、その上位省庁である内閣府は、あくまで医師の増員による医師の労働状態の正常化や、国民に提供できる医療レベルの向上など望んではいないのです。

ブログをいくら作っても、政府(あるいはその奥の経済財政諮問会議の生命保険会社のトップ達でしょうか)が提灯記事をぶら下げて、国民の認識を狂わせてしまいます。
もちろん、それにめげずにブログを作成する事も大事でしょうが、仮想現実にかまける事よりも、差し迫った問題として、現実に自分が置かれている狂った労働実態と誤った認識の患者さん達から訴訟され、健康を害したり、大事な家族を路頭に迷わせたりする訳にはまいりません。

「狂った労働実態」などと言いつつ、こんな平日の昼間に、ブログに書き込めるのは不思議かも知れませんが、私は既に、臨床から足を洗った医師なのです。
 我々は誰しも、それがどんな職業の方であれ、仕事をするためだけに生まれてきた訳ではありません。一人の人間として、夫として、父として、家族と一緒に家庭を育む時間と余裕が欲しかった。
 どんな職種の方でも、仕事よりも家庭を大事にする選択をする事は責められるべき事ではないと思います。

我々は、医師不足を防ぎたいなら、医療訴訟をするな、などと言いたいのではありません。いかなる社会集団がどういう意図を持っていようが関係なく、個人個人が「今のこの状況」よりマシな状況を選択しているだけなのです。結果として、医師不足が起きているだけなのです。
あなたや社会にどうにかして欲しい訳ではありません。
我々が自分自身で働く環境を選択するのを、阻害して欲しくないだけなのです。

「その結果、~~~なるから、~~~しろ」
と、個人に強制し、選択の自由を侵すのは、それこそ人権侵害になってくるのではないでしょうか。

期せずして、不幸な結果になってしまった方々が、医師を訴えるのは勝手だと思います。それを嫌って、医師が訴訟の頻発する現場を離れるのも、また勝手です。
結果から言えば、ブログ主さんには失礼ですが、いくら医療訴訟を起こした所で、日本の医療は「良く」なったりはしない。むしろ、私のように医療現場以外で働く医師が増えるだけです。
だから、訴訟を起こすな、などとは言いません。

あなたは、現実を理解しつつ、淡々と作業なされば良いのだと思います。

「T.R」さんへ

 「勤務医の方々で勤務医の過酷な労働条件についてアピ>ールし医師の増員を訴えるようなブログを作られたら>どうですか?」と書いたのは、私のようなアクセス数の乏しいブログなどに書き込まれるよりも、有効ではないかと思ったからです。

 ご理解頂きたいのは、患者側弁護士も患者や遺族から相談を受けて勝訴の見込みがある事件を「これは医療ミスではないですよ、こんなの訴えたら忙しい医師が気の毒ですよ、諦めなさい。」などと言ったら、それこそ「弁護過誤」になります(これは医療訴訟に限りませんが)。
 
 ブログは管理者が違法にならない限り(特定個人の誹謗中傷、著作権法違反などにならない限り)、自由に発言できるものです。私がどういう立場で、どういう発言をしても、いいはずです。

 やっぱり立場の上で平行線とならざるをえないと思いますので、勤務医の「労働条件問題」、「逃散」、「萎縮医療」を訴えられるのなら、それをテーマとした別のブログで討論して頂いた方がいいと思います。

 勤務医が過酷な労働になるのは、実は医師の責任なのです。毎年医師は増えているにもかかわらず、その医師たちが需要の多い診療科(例えば産婦人科や小児科)で働こうとせず、そのかわりに比較的楽して儲けられる眼科医や耳鼻科医、皮膚科医になろうとするのです。

 ゆえに、産婦人科の勤務医は労働時間が多くなってしまうわけなのです。
 結局のところ使命感を持った医師というのが少なくなってきたということなのでしょう。

私も医学部の方とともに共同研究をやってきましたが、医師達の多忙さには驚きました。自分も年に100日は徹夜するというふうに相当忙しかったのですが、人命を預かっている彼らにはもう少し時間の余裕を持って貰えるようになると良いと思います。最近医療過誤が報道されることが多くなりましたが、勤務医の多忙が原因であることは間違いないですね。開業医の方はきちんと昼の休憩時間を取っているようですが。

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