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2006年5月12日 (金)

刑事弁護についてのQに対する(一応の)回答ーその3

 刑事弁護についてのQに対する回答の今日は3回目。回答はあくまでも私個人の考えで、同じ弁護士であってもいろいろな回答があり得ることをご理解頂きたい。

Q4 管理人さんのリンクのエッセイを読んで弁護士は中立ではなく依頼人の要請で動くから対立する人には冷たくて当然である、(内容が正確でなかったらすいません)を読んで目からうろこが落ちました。「弁護士は正義の味方」という思い込みが間違っていたのだと思いました。そうすると弁護士が勝訴のためになりふり構わないというのは当たり前のことなのだと思いました。この辺を規制するものはあるのでしょうか?弁護士さんの良心しかないのでしょうか。そうすると弁護士が量産される(つまりおかしな訴訟でも手がけないと弁護士さんが生活に困る)社会は恐ろしいことだと思いました。法科大学院ができるのでそうなるのでしょうか。

 ちょっとご質問の趣旨が理解しにくいので、私なりに質問の趣旨を推測しながら考える。

 (私のどの記事のことを指しておられるのか分からないのだが)「弁護士は中立ではなく依頼人の要請で動くから対立する人には冷たくて当然である、(内容が正確でなかったらすいません)を読んで目からうろこが落ちました。」という点について。

 まず、弁護士が中立ではないことはそのとおりである。刑事弁護では依頼者は被疑者・被告人であり、民事弁護でも依頼者は一方当事者なのだから。

 中立を求められるのは、裁判官、調停委員、仲裁人、そして裁判員などである。

 「対立する人には冷たくて当然である」と言った覚えはないが、相手方から冷たくみられても仕方がないと思う。

 示談交渉をしていて、相手方に弁護士が付いていないときに、相手方からまるで仲裁人のように行動することを求められることがある。しかし、一方当事者の代理人である弁護士にこういうことを期待するのは無理というものである。こういうときは「私はOOの代理人です。あなたの立場に立って行動するわけにはいかないので、あなたはあなたで別の弁護士に相談したり、ご自分の立場に立ってくれる弁護士を探して下さい。」と言うしかない。その結果として、「冷たい」と思われることがあっても仕方がない。

 刑事弁護の場合、弁護人が対立するのは捜査側、検察側であり、被害者と対立するわけではない。しかし、被害者が「なぜあんな犯罪者の弁護をするのか」と思われることは理解できる。季刊刑事弁護NO22の特集「刑事弁護の論理と倫理」には「被害者と弁護人との関係」(下村忠利弁護士 p57~)という論文も掲載されている。「弁護人は被害者に冷たい」という感想をお持ちの方は、是非お読み頂きたい。

 少し紹介すると、下村弁護士は、「『極悪非道』な被告人を傍聴席から見つめる被害者側からの視線が厳しく、時には同じ憎悪に満ちた目で弁護人も視られていると感じることはよく経験するところでもある。とくに無罪を主張したり、被告人のために有利な主張等を強く展開する際にはそうであろう。」(同p58)とされている。そして、「これに対して、弁護人として毅然としているべきは当然であるが、相当の配慮はすべきであろう(ある刑事弁護士は、被害者が死亡しているような事案では、その遺族が傍聴する可能性がある法廷に赤色系統のネクタイはしていかないことにしているとのことであった)。」という。
 そして、「しかし、被害者側が虚偽・誇張を述べることによって作出されている冤罪や、被害者側にも責任の一端いわゆる「落度」があると思料されるような場合には、どのような場面でも臆せず、被告人のためにこれを指摘し、主張すべきは弁護人の当然の責務である。時によっては、被害者側の感情を逆なですることもあろうが、被告人にとって利益となる主張をすることに遠慮はいらない。」とされる。

 弁護人を被疑者・被告人と同一視することなく、弁護人の「職務」をご理解頂きたいものだ。また、弁護人も前記の「ネクタイの色」に配慮する弁護人の例のように、被害者の感情には(職務に抵触しない限り)配慮する必要はあると思う。

 「弁護士は正義の味方」という思い込みが間違っていたのだと思いました。

  この「正義」が何を指しているのかにもよると思う。一般の人からすると「弱きを助け、強きをくじく」のが正義なのだろう。

 刑事弁護の場合、国家の刑罰権の発動に対して被疑者や被告人は「弱者」である。前の記事でも書いたように、弁護人がついても捜査側や検察側と(物的にも人的にも)対等とはいえない。その意味で、被疑者や被告人の自己防御権のために働くことは弱者救済なのである。被疑者や被告人が犯罪者であっても、このことには変わらない。彼らにも裁判を受ける権利があるのだから。

 その意味で、一生懸命に刑事弁護をする弁護人は正義の追求者だと思う。 

 民事弁護の場合、常に弁護士が「弱きを助け、強きをくじく」立場に立つかは疑問である。しかし、それぞれの当事者にそれぞれの言い分がある。民事事件においては、それぞれの立場により「正義」とするところが違ってくるのだと思う(ただ、正直なところ、相手方代理人の「正義」を疑うこともある。これについては別の機会に書きたいと思う)。

 そうすると弁護士が勝訴のためになりふり構わないというのは当たり前のことなのだと思いました。この辺を規制するものはあるのでしょうか?弁護士さんの良心しかないのでしょうか。

 「なりふり構わない」というのがどういうことを指しているのかは分からないのだが、「目的のために手段を選ばない」ということであるなら、

 まず、弁護人が違法行為に加担できないことは前の記事で述べた。被告人のために偽証の教唆や虚偽の証拠を提出することができないのは当然である。これは民事でも同じである。

 しかし、刑事弁護において、被疑者・被告人の自己防御権の行使のために、弁護人が警察や検察側と戦って被疑者・被告人に有利な結果を得ようとすることは「勝訴のためになりふり構わない」行為ではない。もっとも、戦闘的な弁護活動は、対立関係に立つ警察や検察側からみれば「犯罪者」のための「なりふり構わない」行為のようにみえるかもしれない。しかし、(裁判官と同様に中立を求められる裁判員となる可能性のある)国民がそのように考えるべきではないと思う。

 むしろ、わが国では、実際には、依頼者である被疑者・被告人が争いたいと思っても、弁護人がそれに沿わない弁護活動をする場合が少なくない(戦闘的弁護活動は実に大変なのだ)。このことの方が問題だと思う。

 民事弁護でも刑事弁護でも、今のわが国では、弁護士の倫理やプロフェッションとしての自覚の関係で問題となるのは、勝訴のためにやりすぎることではなく、「依頼者の利益にならないことをやる」、ないしは「依頼者の利益になることをやらない」ことの方が多いと思う。

 そうすると弁護士が量産される(つまりおかしな訴訟でも手がけないと弁護士さんが生活に困る)社会は恐ろしいことだと思いました。

 (これは刑事弁護についてのご質問ではないようだが)「弁護士が量産される社会は恐ろしい」というご感想自体は同感である。

 弁護士が自己の利益を優先させて「依頼者の利益にならないことをやる」場合、あるいは「依頼者の利益になることをやらない」場合、職業倫理には反しても、必ずしも違法行為にはならず、その不当性は「分かる人にだけしか分からない」ことが多い。

 弁護士が過剰になれば、残念ながらそういうケースが増えてくるだろう。弁護士もいくら「公益だ」「社会正義だ」と言ってみたところで、「かすみを食べては生きていけない」のだから。これからは「職業倫理なんて言ってはいられない」という弁護士が増えてくるだろう。

 まだ増員の過渡期にすぎない今でも、ご質問の「おかしな訴訟でも手がけないと」という実例が増えている。最近は、サラ金会社の代理人となる弁護士も出てきている(もっとも、きちんと利息制限法と判例に従った解決をしてくれるのならいいのだが、そうでなくサラ金会社の言いなりの主張をされることも多い)。

 企業の仕事をする弁護士についても、法の遵守について厳しいことを言えば「お前のかわりはいくらでもいる。」と言われ、やむなく経営者の違法行為を見て見ぬふりをする、あるいは加担までする弁護士も出てくるだろう。姉歯建築士の弁護士版というわけだ。

 この問題については、私の前の記事(本の紹介ー小説「司法占領」A弁護士とB弁護士偽メール事件からの教訓日本人と規制緩和 )やPINEさんの記事(弁護士増員を前向きに考えよう)をお読み下さい。

 法科大学院ができるのでそうなるのでしょうか。

 2004年、当初の予定数をはるかに超える数の法科大学院が設置された。法科大学院は学生から入学金や学費をもらって経営をしている。経営上、学生が減ったら困る。修了認定を厳しくすれば(司法試験の受験資格がもらいにくくなれば)、入学希望者は減るだろう。従って、法科大学院の修了認定は甘くなりがちになる。そこへ司法試験の合格者数が拡大されれば、質が落ちても不思議はない。

 合格者数が増えても、裁判官や検察官の採用数はほとんど変わらないので、弁護士が増えるだけのことである。

 法科大学院の学費は年間100万円ほどかかるそうだ。数年後には司法修習生の給与も貸与制となるので、弁護士として出発するときには、奨学金を利用していた者は数百万円、場合によっては一千万円もの借金を抱えていることになるだろう。

 しかも、合格者数の増加により、法律事務所の就職先も容易に見つからない(勤務弁護士の独立が困難になるため空席がなかなか見つからない)。初任給もがた落ち(20万円代というところも出てこよう)になるだろう。にもかかわらず、弁護士会の会費として年間50万円程度は支払わなければならないし、このほかにも弁護士会館の建設費や修繕費積立金として数十万円から数百万円も支払わなければならないこともある。多額の借金を抱えての船出には、あまりに酷な状況である。

 このような多額の借金を抱えていても勤務弁護士なら毎月の給与が保障されているからまだいいだろう。しかし、勤務先が見つからずいきなり独立という弁護士も増えてくる。独立すれば毎月一定の経費がかかるが、収入は不安定である。借金を返すためにそのような弁護士が無理な仕事をして様々な不祥事を起こし一般市民が被害にあうことになるだろう(ちなみに、私は、独立してから「借金をしない。リースも必要最小限。事務所の固定経費は極力抑え、生活もできるだけ質素にする。」など心がけ、無理な仕事をしないですむようにしている)。

 私が今学生なら、とても弁護士資格の取得を目指す気にはなれない。弁護士になってから得られる利益(経済的利益や社会的地位など)が資格を取得するまでのコストに全然見合わないからだ(渉外弁護士や大企業の顧問弁護士をめざす場合は別として)。

 そもそも弁護士に対する日本社会のニーズは、合格者数の増加の割合ほど増えていないというのが私の実感だ。ここ数年、裁判の件数も(減りこそすれ)増えてはいない。弁護士なしでも利用可能なADR(仲裁、調停、あっせんなどの裁判によらない紛争解決方法)が充実すれば、もともと訴訟沙汰のきらいな一般市民はそちらを利用して、ますます裁判の必要性は減少するように思う。まあ、その前に、弁護士が増えすぎて、とんでもない訴訟が次々と提起されるようになり、アメリカのような訴訟社会が到来するかもしれないが・・・。

 これについては、もっと実証的な検証がなされてしかるべきなのだが、規制緩和推進委員会も政府も全くそのような検証をしないで、ただ増員、増員と言っているだけである。

 どうして、誰の利益のために、そんなことになったのかについては、こちらの中隆志弁護士の記事(司法試験合格者大幅増員論は実体がない)、それに月刊THEMISの2006年5月号(http://www.e-themis.net/new/index.php)の関岡英之氏(「拒否できない日本」(文春新書)の著者)の「司法制度改革の源泉は米国型訴訟社会にあり」と同2005年6月号「文科官僚アンド族議員が悪いー倒産寸前の「法科大学院」続出のツケー大学院も院生の定員も当初の2~3倍に増やした安易な構想が失敗を招いた」)をぜひお読み頂きたい。

Q5 そもそも弁護する対象は「弱者?」なのでしょうか。よく「弱気助け、強気をくじく」というような言葉も聴きますが、そもそも弁護する対象は「弱者?」なのでしょうか。

 刑事弁護の場合については、被告人が国家権力に対する関係では弱者であることは前述した。

 民事弁護の場合は、依頼人は必ずしも弱者とはいえない。しかし、それぞれの当事者に言い分があるのであるから、代理人となる弁護士はそれぞれの当事者の言い分を法的に構成して主張するのである。ただ、その主張が果たして法的ないしは倫理的に正当なものかについては疑問を感じることがある。しかし、最終的にはそれは裁判所が決めることである。

 それでは、Q6以下の回答は明日。

                         Ageha

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