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« 医療過誤のはなしーその4 後医の重要性 | トップページ | 医療水準論-その2 »

2006年5月26日 (金)

「医療って」さんからのコメントに対して(1)ー医療水準論

 「医療って 」さん(医師の方)から頂いたコメントについて、私の意見を少しずつ書かせて頂こうと思う。

ー後医は名医という、言い方があります。つまり後で診た医師のほうが的確な判断ができるのは当たり前なのです。ー

 これは「レトロスペクティブ」と「プロスペクティブ」のことを指しておられるのだと思う。

 「レトロスペクティブ」(事後的、回顧的)な判断と、「プロスペクティブ」(前向き、将来的)な判断とは異なる、診療の現場ではレトロスペクティブに可能であることと、プロスペクティブに可能なこととは異なる、というふうに医療従事者の方々は言われる。

 医療ってさんの掲げる、風邪と肺炎の例などは、このことを言われるのだと思う。

 この点に関して、医師の注意義務違反を最高裁判所がどのように判断しているかを、少し説明する。

1 医師の注意義務の基準となるべきものは一般的には診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である。

2 臨床医学の実践における医療水準は、全国一律に絶対的な基準として考えるべきものではなく、診療に当たった当該医師の専門分野、所属医療機関の性格、地域の医療環境等の諸般の事情を考慮して決せられるべきものである

3 医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。

(最高裁昭和57年3月30日、昭和63年1月19日、平成7年6月9日、平成8年1月23日判決等)。

 私は、この最高裁判所の基準は、世間の常識からも納得できるものだと思う。

 注意義務違反の有無の判断自体は医療過誤が生じてからになるのでレトロスペクティブにならざるをえないが、「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に従って何をすべきだったかを問題とするのであるからプロスペクティブな視点も取り入れていると思う。

 この医療水準論は、具体的な事件に対する適用の場面では争われることもあるが、総論として実務においては既に定着している。

 医師の方々は、この最高裁の医療水準論に不服なのだろうか。

 「専門知識を持った正しい判断を持った複数の医師が判定する第三者機関」は、この医療水準論を採用せず、独自の基準を使われるのだろうか。注意義務違反の判断が医療慣行重視に流れないだろうか。

 医師の方々は、しきりに「第三者機関が必要」と主張されているが、私は裁判所も第三者機関としてそれほど馬鹿にしたものではないと信頼している(たとえ今、患者側の勝訴率が4割にみたなくても)。

 問題は、公平な裁判に協力しようとしない(公正な判断をする鑑定人になりたがらない、患者側から客観的な意見を求められても応じない、後医となったときに前医の治療行為に問題を感じていてもそれを指摘しない等)医療側にあると思う。

 「医療って」さんも、一度、医療過誤裁判に実際に関わってみられたらどうだろうか。名前を出さない協力医でもいい(裁判になった場合、通常、患者側弁護士はその結果についても協力医に報告している)。紛争になるような医療過誤事件とはどういうものか(単にグレーゾーンについての医師と患者側の見解の相違や誤解等によるだけのものなのか)、被害にあった患者がいかに困難な立場に置かれるか、等がよく分かるだろう。

 (私は、被害者の親族に医療従事者がいる事件を何件か経験している。被害者側に立ったときの医療従事者の方々の医療に対する厳しさには驚かされたものだ。)

 そして、医師の方々も、私たち患者側弁護士が行っている医療事故相談に、一度立ち会ってみられるといい。患者の医療不信の生の声を聞くことができるから。そして、「グレーゾーン」どころではない医療ミスとはどういうものかが分かると思うから。

 できないという医師の方々には、せめて「誤診列島」(中野次郎著)(右の本の紹介にある)を読んで頂きたい。

              But1bl1w2

 今週は、医療過誤事件の仕事が立て込んで、ちょっとストレスが溜まっている。文章が厳しくなったかもしれないが、お許し頂きたい。

 なお、あまり抽象論ばかり書いても実感されないと思うので、これからは私が担当した事件についても(守秘義務に反しない程度で)少しずつ書いていくつもりである。         

              Thunder        

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医療過誤」カテゴリの記事

コメント

 管理人さん、お疲れ様です。いつも勉強になっています。
 まず私は
①診療当時の臨床医学の実践における医療水準
②患者さん本人・家族の事故・過誤についての視点、と社会・医療裁判に関わるものの視点の違い
③後医が前医の医療行為について指摘しにくいこと
 
 について少しコメントさせていただきたいと思います。

 ①は何をもって妥当な医療水準とするのでしょうか。あからさまに言えば、都会の大病院と僻地で医師一人で行う医療は当然違います。それは医師個人の資質よりも設備・マンパワーの違いが大きいと思います。また例えば海外では標準的で有効とわかっていても保険適応が通っていないものはどうするべきだとお考えでしょうか。現実的には病院の持ち出しで行っていることも多いですがそれも限界があります。そして最先端の花形医療(以外地味なだけど大切なことはなかなか変えてもらえません。
 結局は妥当な医療水準とは、標準的な医師が行っている医療なのではないのでしょうか。アフリカの医療とアメリカの最先端医療は違います。その国・地域がどのくらい医療にお金をかけているかで変わるし、それが一般的に慣行されている医療だと思います。だから私は一介の医師であり最高裁の判断にけちをつけることはできませんが、3はあまり納得できません。

 医療水準を決めるためには学会も日本としてのガイドラインを決めなくてはいけません。ただ大事なことは患者さんへの不要な侵襲、医療経済を考えれば100%問題ないガイドラインなんて作れないし、それを批判していたら医療は成り立ちません。そして医療の中にはガイドラインで規定できないこともたくさんあります。今の裁判ではたまたま当たってしまった運の悪い医師が刑事告訴されたり、民事で多額の賠償金を払わされていることが少なくありません。そのような目にあわないために今「逃散」と呼ばれる、訴訟リスクの高い科からの医師がいなくなっています。

 ②について、医療従事者の関係者が医療事故・過誤にあったとき厳しい、とのことですがそれは当然だと思います。私は福島の件でも患者さんの家族の怒りは当然だと思うし、その行動は批判できないと思っています。感情的であっても、患者さん・家族は自分の主張をされるべきだと思います。ただ、司法(特に検察・裁判官)や社会がそれに同調したらどうなるか。今回の福島の件の社会的な影響はご存知でしょう。結局萎縮医療になって患者さん全体の利益にならないと思います。

③については、妥当な指摘をしやすくするシステムを作ればよいのではないでしょうか。患者さん側に立ってくれる鑑定医・医師側の鑑定医、弁護士のディベートの結果裁判官の判定でなく、双方の鑑定医を複数の現役の医師がすることで一本化することがどうして問題なのでしょうか。結果は公表することで不当な判定がでないようにすればいいと思います。医療に素人の弁護士のディベートで決まってしまうことのほうが矛盾が多いと思います。

 読売新聞の最近の記事にもありましたが、患者さん全体の最大限の利益を考えると、現行の司法システムが妥当だとは思えません。医療側がもっと厳しい内部浄化システムと生涯教育の場を作るべきだと思います。ただ医師免許、専門医更新システムにしても現在の勤務システムのように勤務医が寝る暇もないほど働いている現状では難しいと思います。やはり現状の医療従事者の異常な勤務形態を当然とする社会の意識も変えなくては医療水準は上がりません。一筋縄にいく問題ではないのです。
 
 
 多分、私が目にする医療過誤・事故記事は医師側にとって疑問の多いもの(全く至極当然な記事はあまり目に触れないと思います)で、管理人さんの扱われるものとは母集団が異なると思います。
 もしかしたら、管理人さんの提案のように体験してみるのがいいのかもしれません。また管理人さんも医師体験(あるブログで知りましたが衆議院議員の方されていました。)されてみるといいかもしれません。

 またお時間ができたら、いろいろ記事を書いてください。楽しみにしています。

> 私は、この最高裁判所の基準は、世間の常識からも納得できるものだと思う。

そうでしょうか?

最高裁のこの判例における判断基準がそもそも問題だと考えます。普通に考えれば

医者の医療レベルの平均 >> 法律上責任を問われる医療レベル

であるはずでしょう。普通の医者が医療レベルの平均を保つというだけでも大変なことです。医者の技量レベルがどういう分布をしているのかわかりませんが、普通に考えれば「全国の医者の技量の上位50%」に入らなければ自分の技量が平均以上になることはできません。残りの半分の医者はどうやったって平均以下の技量しか持てないのです。

自分の医療レベルを平均以上に保つのはそれだけ難しいはずなのに、平均的な医療を行っていても責任を問われる可能性があるというのは恐ろしいものです。

「m」さんへ
 最高裁の医療水準の3については、やはり誤解があるようです。
 これは、具体的な事案を掲げて説明すべきでした。
 
 有名な判決ですので、ご存知かもしれませんが。

 私の勉強もかねて、時間を見つけて記事の方で書かせて頂こうと思っています。

医師に要求されるレベルはどれくらいか、という観
点は非常に重要だと思いますので、議論していただ
けるのであれば幸いです。福島の産婦人科医師逮捕
の件でも、医療側の不安や不満は結局のところこの
点に尽きると思われるからです。

もう一つ、法曹界の方が日本の医療のレベルという
ものを高く見積もりすぎているのではないか、とい
う気もしています。それなりにスタッフが整ってい
る状態でベストの体調の医者が行った際のレベルを
標準としているのではないか、ということです。

実際の医療現場を体験すればわかると思いますが、
一時間くらいの仮眠しかせずに二日間働き続けるこ
とを強いられる医者はざらにいます。それが日本の
現状です。このような状態で正常よりも相当に落ち
た技量レベルでも、「裁判では問題とされない」よ
うにならなければ医者の側としてはとてもじゃない
けどやってられません。

正直な話、世間一般からみればこうした主張は論外
と思われるでしょう。しかし、それが日本の医療の
現状なのです。その現状で行った医療が民事や刑事
で問題とされるのであれば、医者の側はそうした勤
務を強いる病院から逃げるしかありません。


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