刑事弁護人の役割ー3つの質問(回答編)・設例C
刑事弁護人の役割ー3つの質問 (季刊刑事弁護 N022 p62~)
「設例A 身の代金目的で少女を誘拐し殺害したと疑われ、身体を拘束されているが、まだ何も供述していない依頼者が、「警察官、検察官あるいは裁判官には、本当のことを話したほうがよいだろうか?」と、あなたに相談した場合。
設例B 強盗事件で起訴された被告人が、「本当は自分が犯人だが、重い刑を受けるのはいやだから無罪を主張したい」というが、弁護人が証拠を見ても有罪判決の可能性が高いと判断した場合。
設例C 自動車運転中に過失で人をはねて死に至らせたとして起訴された被告人が、「実は運転していたのは自分の妻であるが、自分が罪を認めたい」という場合。」
最後の設例Cを考える。
この設例Cでも、被告人が言う「実は運転していたのは自分の妻である」ということが100%真実であることを前提に考える。
まず、真犯人が妻であることを裁判所に告げる義務がないことは、弁護人には積極的な真実義務がないこと、弁護人には依頼者に対する誠実義務があることから明らかである。過去の司法研修所の教科書は、弁護人が身代わり犯人であることを裁判所に告知すべきだとしていたが、1980年『刑事弁護実務5訂版』以降、この記載は削除されたそうである(季刊刑事弁護NO22、特集刑事弁護の論理と倫理 村岡啓一弁護士 p26)。
しかし、身代わり犯になることは犯罪(犯人隠避罪)だ。弁護人としては、当然、被告人とその妻に対し真実を述べるよう説得すべきである。しかし、それでも、被告人が身代わり犯となることに固執する場合はどうすべきか。
被告人が真犯人であることを前提とする弁護活動(情状立証が中心)をすることは許されないと思う。これは、身代わり犯に加担することになり、犯人隠避罪の共犯になりかねない。弁護人の雇われガンマン的性格を重視する立場であっても、これは犯罪になるので、許されるものではないだろう。
そこで、私選弁護の場合は、被告人に「有罪を前提とする弁護活動はできないこと」を説明し、それでも被告人が「そうしてくれ」と言うのであるなら、辞任せざるをえない(辞任の理由は裁判所には言う必要はない)。
問題は辞任が許されない国選弁護のとき。このときは、どうしたらいいのか。有罪を前提とする弁護活動ができないことは同様なので、無罪を主張するしかないと考える。これをしても、少なくとも刑事裁判上は被告人に不利になるとはいえないので(被告人の主観的な利益には反するだろうが)、弁護人の誠実義務には反しないと考える。
しかし、被告人は協力しないだろうから、設例Bのときと同様被告人に対する尋問は淡々と事務的に進め、検察側提出の有罪の証拠に合理的な疑いがあることを指摘していくほかない(例えば、車の座席やミラーの位置が被告人の身長と合致しないなど)。しかも、真犯人が妻であると指摘することも弁護人の誠実義務に反するからできない。このため非常に苦しい弁護活動になるだろう。
以上が、3つの設例に対して私が考える回答である。しかし、これは、あくまでも一弁護士である私の見解にすぎない。弁護士の中でも見解の分かれるところなので、「季刊刑事弁護N022 特集刑事弁護の論理と倫理」の、当番弁護士100人へのアンケート結果(p63~)やベテラン弁護士の回答(p69~)、海外の弁護士の回答(p75~)を、ぜひお読み下さい。
それにしても、これで刑事弁護人がいかに難しい問題を突きつけられるか、少しはご理解頂けたのではないだろうか。
特に簡単に辞任ができない国選弁護人は辛い。
前記特集記事の執筆者である上田國廣弁護士の友人のK弁護士は、「刑事弁護をしたくない4つの理由」を次のように述べているという。
「その第1は、刑事事件は金にならない。
第2は、品行方正でない人とあまり付き合いたくない。
第3は、警察とは喧嘩したくない。
第4は、刑事裁判そのものに対する無力感、絶望感 である。」
(季刊刑事弁護N022 特集「刑事弁護の論理と倫理」上田國廣弁護士 p31、季刊刑事弁護N03 p15) 。
これは多くの弁護士の本音であろう。
上田弁護士は、刑事弁護人の役割について雇われガンマン的性格を重視すると、「刑事弁護をしたくない『5番目の理由』が出てくることになりかねない。」とされる(季刊刑事弁護N022 特集「刑事弁護の論理と倫理」上田國廣弁護士 p37,38)。
これも同感である。
刑事弁護から足を洗ってしまった私だが、「それでも刑事弁護を引き受けて戦闘的な弁護活動をしている弁護士」に対して深い尊敬の念を抱いている(私の前の記事刑事弁護人、裁判員制度の問題点が早くも露呈かもお読み下さい)。
被疑者に対する国選弁護は、今年から段階的に導入される。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/judical_reform/public_advocacy.html
また、裁判員制度は、2009年までに実施されることが決まっている。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/judical_reform/citizen_judge.html
そのときまでに、国民に刑事裁判や刑事弁護人の役割について十分な理解をして頂けるのだろうか・・・。非常に不安である。
また、今のような状況下で、弁護士を増員すれば刑事弁護を引き受ける弁護士も増えるのだろうか。自由競争や利潤追求の観点からすれば、刑事弁護は上記のように弁護士にとってありがたい仕事ではない。引き受ける弁護士が増えるとしても、(特に国選弁護は)理念のない単なる「やっつけ仕事」的な弁護活動に終始してしまうのではないだろうか。被疑者国選弁護の件数が増えて弁護人の引き受け手がなくなると、弁護士への受任の義務化が強行され(あるいは副検事の経験者らに弁護人となる資格が与えられ)、ますますその傾向に拍車をかけないか。
これからの刑事弁護の行方には不安が尽きない。
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