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2006年4月

2006年4月28日 (金)

ある覚せい剤犯の思い出

 久しぶりに刑事弁護について真面目に考えていたら、こんな経験を思い出した(守秘義務との関係で事実とは多少異なる)。

 当番弁護士として覚せい剤取締法違反で逮捕された被疑者と接見したときのこと。

 狭い警察署の接見室で、この被疑者と会ったとき私はギョッとした。両手を見ると、残っている指の方が少ないのだ。

 事情を聞くと、覚せい剤使用の常習犯であり錯乱している最中に自分の指を次々と切断したという。

 覚せい剤は精神的依存性が強く、使用を断ち切るのが非常に困難といわれている。私はたくさんの覚せい剤常習者を見てきたが、ここまで肉体を損傷している人ははじめて見た。こういう人は、本当は刑務所ではなくしかるべき医療施設に入れた方がいいと思う。しかし、日本にはそういう専門の医療施設が殆どないのが現状だ。

 この人は、覚せい剤使用の罪で刑務所から出てきたばかりだという。刑務所から出たその日に公衆電話ボックスに入って電話をかけようとしたら、電話帳の上に覚せい剤が置いてあったのでつい出来心で使用してしまい、おかしくなったところを逮捕されたのだという。

 そんな偶然があるだろうか?

 よく裁判では、検察官が覚せい剤使用の被告人に対して「今、目の前に覚せい剤があったら、あなたは使用しませんか?」と聞くが、まさにそんな状況だったわけだ。

 私は正直信じられなかったし、そのような弁明が公判で通用するとも思えなかった。

 当番弁護士には、被疑者の刑事弁護の委任を必ず受けなければならない義務はない。被疑者として取り調べを受ける際に注意すべきことやその後の手続などについて説明するだけでもよいのである。私は受任せず、これらの説明(彼は先刻そのようなことは承知だったと思うが)をするだけで帰宅した。

 しかし、今考えると、この人の場合、以前の記事に書いた窃盗犯とは違い(この窃盗犯の場合は100%物理的に不可能な弁明をしていた)、一応可能性のある弁明だったわけだ。

 この人の弁護を引き受けた弁護士は、どのような弁護活動をしたのだろうか、またどのような弁護をすべきだったのか、などと今ごろになって考え込んでしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 青少年の方、好奇心で覚せい剤に手を出すと大変なことになりますよ!

                A_ilst139  

2006年4月27日 (木)

医療過誤のはなしーその2 診療経過一覧表

 今週、私の担当する医療過誤裁判の期日があった。

 名古屋地方裁判所は民事4部というところが、医療事故関連の事件を集中的に審理している(もっとも、この部の裁判官は医療事故だけを担当しているわけではなく、わずかだが他の事件も担当しているのだが)。今年はこの4部の裁判官の殆どが交替となった。

 4月は、裁判官の交替の時期。新しい裁判官がどういう人なのか、皆興味津々。医療過誤事件に限らず、裁判官が交替すると心証や裁判の進行の仕方ががらりと変わることがあるからだ。裁判官についての情報は研究会のメーリングリストで直ちに報告される。

 私の担当する事件(事件の内容は守秘義務により言えないが)では、今、診療経過一覧表の作成中である。診療経過一覧表というのは、患者の診療の経過(入通院状況、主訴、医師の所見、診断など)、検査や処置、該当するカルテの書証番号や頁数などをA3用紙に時系列順に並べたものである(たいていエクセルが使われる)。

 この診療経過一覧表があると、いちいちカルテの頁などを探さなくてもよくなるので、裁判所、原告代理人、被告代理人、そして原告、被告側の依頼を受けて意見書(私的鑑定書)を作成する医師、裁判所から依頼を受けて鑑定書を作成する医師にとっても、非常に便利になる。作成するのは面倒だが、全体としては時間の節約になるように思う。

 この診療経過一覧表は、事実経過を示すものとして最終的に判決に添付されることもある。

 診療経過一覧表は、まず、患者の診療の経過(入通院状況、主訴、医師の所見、診断など)、検査や処置、該当するカルテの書証番号や頁数などの項目を、被告代理人が作成する。これを原告代理人がチェックして、訂正、補充する。また、経過などについて、原告代理人側がその認否や主張を記載することもある。

 今回、この診療経過一覧表を作成するのに困ったのは、手術中の看護記録の血圧や心拍数の数字(手書き)が読みにくいこと(たとえば、くせ字のため4と9の判別がつかない)(これについては、私の前の記事読めないカルテもお読み下さい)。

 それに血液検査の採血時刻の記載がなく検査結果が出た時刻も不明なこと(被告側は検査機器の時刻あわせをしていなかったので手書きで記載されている時刻は間違いだと主張している)などである。医療過誤事件では検査機器の時刻あわせをしていないケースに遭遇することが多い。私だけかと思って研究会のメンバーにも聞いてみたが、やはり多いという。産婦人科の分娩監視装置などに多い。

 今回の被告代理人の作成してきた診療経過一覧表にはたくさんの間違いや記載漏れがあり、そのチェックには神経を使った。本当に細かい作業なのである。

 しかし、とにかく宿題だった診療経過一覧表を提出できたので、この日の新任裁判官の機嫌はよかった(と私には思えた)。

 刑事裁判と同様、医療過誤裁判でも裁判所は執拗に迅速を求めてくる。しかし、いくら患者側の原告代理人が努力しても、病院側の被告代理人が協力しないこともある。また、医師の都合で鑑定書の作成に時間がかかることもあるのである。

 難しい審理の場合、拙速となることを避けなければならないのは、医療過誤裁判も刑事裁判も同じである。

 「迅速」な審理も重要だが、「充実」した審理も重要である。今度の裁判官も前任の裁判官と同様、「迅速」を非常に重視する方のようなので、ちょっと心配である。

                   Pencil1            

刑事弁護人の役割ー3つの質問

 もし、これをお読みになっている方が刑事弁護人だったとして、このような場合、あなたはどうしますか?(季刊刑事弁護ー現代人文社発行ーNO.22 62頁以下より)。

「設例A 身の代金目的で少女を誘拐し殺害したと疑われ、身体を拘束されているが、まだ何も供述していない依頼者が、「 警察官、検察官あるいは裁判官には、本当のことを話したほうがよいだろうか?」と、あなたに相談した場合。

設例B 強盗事件で起訴された被告人が、「本当は自分が犯人だが、重い刑を受けるのはいやだから無罪を主張したい」というが、弁護人が証拠を見ても有罪判決の可能性が高いと判断した場合。

設例C 自動車運転中に過失で人をはねて死に至らせたとして起訴された被告人が、「実は運転していたのは自分の妻であるが、自分が罪を認めたい」という場合。」

 設例Aは、被疑者弁護のときに弁護人が被疑者にどういうアドバイスをしたらいいか悩む場面である。

 設例Bは、私の前の記事(光市母子殺人事件の弁護人の意図)に書いた窃盗犯のような例である。ただ、こういう場合、たいていの被告人は「本当は自分が犯人だが・・・」などと弁護人にも言わないと思う。ただ「自分は無罪だ」と主張することの方が多いだろう。いずれにせよ、弁護人はどうしたらいいか。

 設例Cは、いわゆる身代わり犯人の場合である。犯人の身代わりとなることは、真犯人を隠すことだから、犯人隠避罪になる。被告人がそのようなことを主張する場合、弁護人としてはどうしたらいいのか。

 設例Bと設例Cについては、「被告人を説得する」のは当然のこと。設例Bでは無罪を主張すれば被告人に不利益な判決となる可能性が高いし、設例Cも被告人にとって(少なくとも刑事裁判上は)有利なことではない。

 だから、設例Bと設例Cでは、「弁護人がいくら説得しても被告人が言い張る場合」を考えて頂きたい。

 今回の光市母子殺人事件について、「刑事弁護人とは一体何なんだ」という疑問をお持ちの方、ぜひこの設問の答えを考えて頂きたい。

 その後に、今まで頂いたコメントのご質問に対して、少しずつ回答させて頂こうと思う。

                 A_ilst178

本の紹介ー小説「司法占領」

 昨日は、夕方から委員会に出席した。

 この弁護士の委員会活動というのは、あまり世間には知られていないだろう。この委員会活動というものについても、少しずつ書いていきたい。

 ただ、今日はちょっと疲れたので、まとまった記事は書けそうにない。

 そこで、ちょっと本の紹介を。

 私の使っているココログ・ベーシックでは、どうもアマゾンのアフリエイトは使えないようだ。それでニフティ・ブックでアフリエイトしてみた。

 「司法占領」は、昨年、私の所属する司法問題対策委員会が主催して講演をして頂いた鈴木仁志弁護士(東京弁護士会所属)が書かれた小説。弁護士の書いた小説は数多くあるが、私が読んだ中ではこれが一番おもしろかった。

 今の司法改革を推し進めていったときにどうなるのか?という問題を提起した近未来小説である。

 最近の日経新聞に「外資系法律事務所による弁護士大量引き抜き時代が始まった。」(4月23日版)との記事があったので、あながち荒唐無稽な話でもあるまい。

 ロースクールについても、レベルに達しない学生に単位を与えざるをえないロースクール講師の苦悩がよく描かれている。今のところ、ロースクール卒業生の司法試験合格率はこの小説ほど高くはない。しかし、規制改革推進のワーキンググループやロースクール側は「合格率を上げろ」と主張しているので、将来どうなることか。

 そして、この小説では、余った弁護士(食えなくなった弁護士)が町に流れ出し市民を食い物にするという大変悲惨な状況がリアルに描かれている。

 この小説は、ぜひ一般の方々にも読んで頂きたいものだ。

 規制緩和路線、自由競争路線を弁護士にそのまま適用したときに、被害を受けるのは一体誰なのか。現場を知る弁護士が一番よく知っている(私の前に書いた A弁護士とB弁護士の記事も読んで頂きたい)。政治家や国民にもよく考えて頂きたいものだ。

 この鈴木弁護士の講演は、非常に論理的で明解なものだった。私は委員会でぜひテープ起こしをして冊子にして配布するべきだと主張している。しかし、委員会の予算が足りない。愛知県弁護士会、予算下さい!

 もう一つ、「季刊刑事弁護」もご紹介。私の今読んでいるN0.22の刑事弁護の論理と倫理は、皆様が疑問に思っている刑事弁護の問題などについて当番弁護士100人や刑事弁護のベテラン、外国の弁護士にもアンケート調査をしていてとても興味深いものだ(但し、NO.22はニフティ・ブックにはなかった)。

 いずれその内容もご紹介しようと思っているが、刑事弁護を本当に理解したいという方はぜひお読み下さい。

2006年4月25日 (火)

刑事弁護についてのQ

 コメントで頂いた質問やご意見に対してお答えしようと思い、一部のコメントにはコメント欄でお答えしたのだが、コメントにコメントで答えるとかなり見にくくなってしまうのに気づいた。これはどのブログでもそうなのか。ブログ初心者の私にはどうもまだコメント機能が使いこなせない。

 それで、記事の方でまずご質問を整理してみようと思う。

Q1 「弁護士にとって真実と勝訴(依頼人の利益)」とどちらが大切なのでしょうか?

Q2  被疑者(被告人)が通用しない弁明をした場合、弁護士側は「その弁明は通用しないから無理です。」と拒否する事は出来ないのですか? 弁護士自身が嘘だと確信を持っていても、立場上被疑者の弁明に沿った弁護をしなければならないのですか? その無理の有る主張をする事で、被害者側の心が更に傷つけられるのは仕方の無い事なのですか? その時は別件として、その損害を求める裁判を起こしたら良いのですか?

Q3 「裁判を開くことで真実が明らかになる」という考えを今まで多くの国民が支持して来ましたが、オウム裁判をはじめていくつかの刑事裁判で「結局、長く時間を掛けても決して真実が明かされることがない裁判が少なからずある」という諦めにも似た考えが主流を占めてきたようです。
 一般人から見ると充分過ぎるほど時間をかけており、なおかつ裁判員制度の導入を含める審理の迅速化をすすめている現在において、「真実を明らかにするため」と主張してこられた弁護士の方が「審理を進めるのになお時間が足りない」と仰せられると、真実の解明を意図的に遅れさせているのはむしろ被告人側ではないか、という心情に切り替わってゆくからではないでしょうか。

Q4 管理人さんのリンクのエッセイを読んで弁護士は中立ではなく依頼人の要請で動くから対立する人には冷たくて当然である、(内容が正確でなかったらすいません)を読んで目からうろこが落ちました。「弁護士は正義の味方」という思い込みが間違っていたのだと思いました。そうすると弁護士が勝訴のためになりふり構わないというのは当たり前のことなのだと思いました。この辺を規制するものはあるのでしょうか?弁護士さんの良心しかないのでしょうか。そうすると弁護士が量産される(つまりおかしな訴訟でも手がけないと弁護士さんが生活に困る)社会は恐ろしいことだと思いました。法科大学院ができるのでそうなるのでしょうか。

Q5 そもそも弁護する対象は「弱者?」なのでしょうか。よく「弱気助け、強気をくじく」というような言葉も聴きますが、そもそも弁護する対象は「弱者?」なのでしょうか。よく「弱気を助け、強気をくじく」というような言葉も聴きますが。

Q6 営業の現場では相手が要求を直接口に出したりせず「察しろ」という形で交渉が行われることが少なくありませんし、口には出さずとも暗に理不尽な要求を突きつけてくる場合があります。
  不可能な理由を言い立てる被告人もなぜそう主張するのかは理由があるのですから上手くそういう意図を汲んで被告人の心を解いてやり、またそのために時間が必要ならとげを立てずに上手く時間を稼ぐ法廷戦術を取る技術が必要なのではないかということです。

Q7 安田弁護士の場合、遅滞戦術を常套手段としており検察とも司法とも関係が良くないようです。
  今回の場合、過去の経歴が裏目に出た面もあるのではないでしょうか。
  そもそも検察が上告をした時点で最悪の事態を想定し足場を固めておくべきだったのではないかと私は思いますし、被告人が犯行当時18歳なりたてで未熟だからという点で争ってやっと 無期懲役を勝ち取ったわけですから上告審で判決が覆る可能性も少なくない。
  勝って兜の緒を締めずにいまさら慌てふためいても「もう遅い」となって当然だと思いますが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そのほかにも、山口母子殺人事件の被告人の殺意の有無、福島県産婦人科逮捕事件の医師の過失の有無などに関連しても、具体的なご意見を頂いたが、やはりこれらの事件については当事者でないと分からないので、私などがあまり憶測で意見を述べるのは間違っていると思う。

 山口母子殺人事件について元検事で今は弁護士、ロースクール講師でもあられる矢部氏(モトケン氏)のブログを読んで、「別の見方もあるのではないか」とつい推測で意見を書いてしまったのだが、その後、事情を知る他の弁護士の話を聞いて、この事件の真相や安田弁護士の真意はまた別のところにある可能性もあると思うようになった。マスコミ報道が全てではない。

 山口母子殺人事件の場合は刑事記録や鑑定書を読んだり被告人と接見しないと本当のところは分からない。また、福島県産婦人科医師逮捕事件についてはカルテや刑事裁判の記録が明らかにならないと本当のところは分からない。どちらも科学的な考察が必要な事件である。

 だから、これら事件の具体的な内容についてもう推測からの意見は書かないことにした。

 しかし、上記コメントのご質問は、これら事件に限らず弁護士のあり方にかかわるご質問なので、大変回答が難しい問題なのだが(私など適任ではないのだが・・・。本当は「ロースクール講師」のモトケン氏こそ適任なのではないかと思ってしまう。)、力の及ぶ限り考えて私の見解としてお答えしようと思っている。

 お答えの前提として、次のことをまずご理解頂きたい。

1 私は死刑廃止論者でも死刑賛成論者でもない。

  本当に矯正不能な極悪人がいるのであれば死刑もやむなしと考えている。しかし、死刑は、死刑の判断を下した者、実際に死刑を執行した者、死刑に立ち会う者に大きな心の傷を与えると思う。また、えん罪事件の場合(最近の名張ぶどう酒事件の奥西被告のことを考えて頂きたい)、死刑を執行してしまったら取り返しのつかないことになる。

 だから、もっと慎重に考えるべき事柄だと思う。今はまだ私はどちらとも意見を決めかねている。

2 「目隠し」をして考えなければならないこともある。

 どうもこのことが、今回の母子殺人事件の司法関係者への反感を招いているような気がする(「テミスの目隠し 」の記事やコメントを見て頂きたい)。

 裁判官が遺影の持ち込みを拒否したことや安田弁護士らの記者会見での説明が、「司法は被害者に非情だ」というマスコミや一部の方の批判を招いているが、これからは一般の方々も好むと好まざるとにかかわらず「裁判員」として重大な刑事裁判に参加することになるのだから、テミスの「目隠し」を求められることがあることを充分に考えて頂きたい。

 この「目隠し」をすることは、一般の方々のみならず、司法関係者であっても、大変に難しいことだと思う。

 今回のマスコミの報道ぶりをみて、裁判員制度が導入されたときには日本の刑事裁判はどうなってしまうのだろうかと思ったが、良識ある方々も多いことが分かった。これからは、司法関係者のみならず一般市民の方々もマスコミ報道に踊らされることなく、ちょっと「目隠し」をして考えてみる訓練をしていくことが大切だと思う。

                Csbeni

2006年4月24日 (月)

刑事弁護の論理と倫理

 今日は、仕事の合間に図書室でコピーした季刊刑事弁護No.22の「特集 刑事弁護の論理と倫理」を読んでいた。

 うーん・・・。難しい!難しすぎる!!

 これをどうやって一般の方々に説明すればいいのか。

 まるで、哲学書を読んでいるようだ。

 しかし、今回の光市母子殺人事件に限らず、刑事弁護の本質にせまった素晴らしい論考だと思う。

 私やモトケン氏(http://www.yabelab.net/blog/2006/04/23-121427.php)のように、「弁護人がいくら説得しても被告人が到底受け入れられないような主張に固執するなら、委任を受けないか、さっさと辞任すればよい。」というような単純な問題ではなさそうだ。

 この「刑事弁護の論理と倫理」について分かりやすく説明できる方はどなたかおられないだろうか。刑事弁護について教えておられる司法研修所の教官やロースクール講師の方、どなたかおられませんか?

 私がそれをするには、相当時間がかかりそうだ。

               Book

医療過誤のはなしーその1

 刑事裁判のことを書いたら思わぬ展開となってしまい、なかなか医療過誤に関する記事を書く時間がなくなってしまった。

 しかし、医療過誤についても少しずつ書いていきたいと思う。

 先週の土曜日は、名古屋の医療事故情報センターと医療過誤問題研究会(私はどちらも会員になっている)「弁護士のための医療過誤訴訟法講座」に出席した。協力医の一人である内科医師S先生を講師にお招きして、血液生化学検査についてご講義頂いた。

 血液生化学検査はなかなか弁護士には理解しにくい分野である。特に電解質のバランスは難しい。S先生は非常に丁寧に分かりやすくご説明下さったのだが、私の理解度は50%に及んでいるかどうか。しかし、こういう講義をお聞きしておくと、少なくとも問題意識を持つことになり、その後の調査の突破口となるので、できる限り出席するようにしている。

 この講座には、名古屋地区だけでなく遠方から来る弁護士も大く、大変盛況だ。医療過誤を担当する弁護士は、やはり知識欲のある人が多いと思う。私などは、事務所から歩いて5分のところが会場だったので、今回は大変助かった。医療過誤事件を扱う弁護士にとって、名古屋は医療事故情報センターもあり、研究会も充実していて、本当にありがたい場所なのだ。

 講義の後、S先生との懇親会に旧知の研究会のメンバー10人ばかりと参加した。

 そこでも話題になったのが、福島県の産婦人科医師の逮捕の件。どうして突然逮捕になったのか、情報不足で皆よく分からない。刑事裁判における検事の冒頭陳述である程度事情が明らかになるまで、静観するしかないだろうという意見も出た。そして、この事件のせいで、ますます産婦人科の協力医の先生を見つけることが難しくなるだろうというのが皆の感想だった。

  患者側の協力医になるというと尻込みをされる医師の方が多いようだが、前にも書いたように誤った情報による無益な裁判を防ぐためにも協力医は必要だと思う。また本当に医療ミスであるなら、きちんとその責任を明らかにし、再発防止をするためにも、協力医の存在は必要であると思う。

 私はS先生には何度も症例をご相談しているが、いずれも的確なご意見を頂いた。ご意見を頂いた結果を依頼者に説明して納得してもらい、損害賠償請求には至らなかったケースもある。

 医師の方々には、こういう協力医の必要性について、もう一度考えて頂きたいと思う。

 

2006年4月22日 (土)

裁判員制度の問題点が早くも露呈か

岡口裁判官の「ボツネタ」ページ(右のリンクにあります)から

 []これが裁判員制度の前提である公判前整理手続の実態

東京地裁の第一号公判前整理手続において,

主任弁護人は,裁判所から徹夜,土日をつぶせといった態度で日程調整を迫られ,

挙げ句に措置請求をちらつかされ,結局 弁護人を辞任されたとされています。

ネタ元は,青年法律家421号(竹村眞史弁護士執筆

   やっぱりなあ・・・!?。

   こちらの私の記事も一度読んで頂きたいと思う。

            刑事弁護人

 なお、明治憲法下の刑事裁判の法廷を再現した資料館の一室の写真は下のもの。

            Photo24 

               ↑  

       クリックすると大きくなります。

 この写真を見て頂くと、明治憲法下の刑事弁護人の孤独を感じて頂けるのではないだろうか。今は、検事は向かって左側の下の段に座っているが、弁護人との力関係からいえば、上の段に座っているのとたいして変わりがない。

 しかも、今は、この上段には、裁判官と一緒にマスコミも座っているのである。

 これから裁判員になる方々には、マスコミと一緒に上の段に座るのだけはやめて頂きたい。

2006年4月21日 (金)

テミスの目隠し

 皆様からいろいろなご意見を頂いたので、刑事弁護に一生懸命取り組んでおられる諸先輩や若手弁護士のご意見なども聞きながら、またちょっと資料なども調べて、少しは弁護士の刑事弁護の本質にせまる記事を書きたいと思っている。

 ただ、どの弁護士も口を揃えて言うには、「なかなか一般の方々に分かってもらうのは難しい。」ということだ。中には、「もう分かってもらわなくても結構。」という諦めに似た感情を抱いている弁護士もいる。

 前にも医療過誤についての記事で書いたが、それぞれの専門分野ごとに特殊な言葉や思考があるなあと思う。しかし、そういう専門分野にいる人間がいつまでも特殊なまま一般の方々に分かりやすい説明をしてこなかったことが、あらぬ誤解を生み、今回のような怒りをかっている気がする。

 私は、刑事弁護をやらなくなってから久しいので、本当は適任ではないのだが、ここはちょっと頑張ってみようかなと思っている。

 先輩弁護士から資料を教えて頂いたので、来週から少しずつできる限り分かりやすい記事を書いていこうと思っている。

 その前に、ちょっとテミスの像についてコメント。

 先回の記事で、テミス像について「私の知るギリシャ神話及び天文の知識では、テミスは法と秩序を司る神で、正義を司る神はその娘であるアストレイア(アストレーア)だったと思います。」というコメントを頂いたのだが、私はギリシャ神話については詳しく知らないので、そうなのかもしれない。ただ、ここでは象徴的な意味でテミス像を取り上げさせて頂くので、テミスとアストレーアの両方を象徴した像として理解して頂いてもいい。

 ギリシャ神話上は正確ではないのかもしれないが、司法界における理解では、このテミス像は「剣は法の厳しさや司法の権威・権力を、天秤は法の公正・公平を、目隠しは先入観や予断を持たないで裁く、法の理想を表現する人格的象徴」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%9F%E3%82%B9

ということでよいと思う。

 ちなみに、この天秤は現在の弁護士バッジの中央部分に刻印されている。

 このテミスの像は欧米では法律事務所によく置かれているそうである。日本ではそれほど見かけないが。

 私は、弁護士にこのテミスをあてはめるのは、ちょっと無理ではないかとかねがね思っていた。

 まず、弁護士には剣(司法の権力)は殆どないのではないか。特に最近はそうである。将来ますますそうなっていくだろうと思ってしまう。

 私が弁護士にもこの剣が与えられていると思うのは、せいぜい破産管財人に選任されたときくらい。破産管財人は、裁判所から選任されて破産した会社や人の財産をお金に替えて債権者に配当したり、破産者について免責を与えるか否か(つまり残った債務を支払わなくてもよいとするかどうか)の意見書を裁判所に提出する。免責を得られるかどうかは破産者のそれからの人生に大きな影響を与える。このときは、やはり剣が与えられていると感じる。

 それ以外に剣が与えられていると思うことはまずない。まあ、弁護士に過払金を求められるサラ金や違法行為を追求されている者は弁護士は剣を持っていると思っているのかもしれないが・・・。

 天秤については、かなり疑問である。弁護士には依頼人というものがあるのだから、「公正」はともかく「公平」を弁護士に要求するのは無理ではないかと思っている。公正を「法律やルールを守ること」ととらえれば、弁護士にこれが求められるのは分かる。しかし、「公平」であれ、というのは一方当事者の利益を守る立場に立つ弁護士には無理だと思う。

 目隠しについては、「先入観や予断を持たない」で相談や依頼に対応することであれば当てはまる。ただし、「裁く」わけではないので、これは当てはまらない。ただ、相談者や依頼者の話を、他の情報(例えばマスコミ報道など)にまどわされるなく聞き、あるいは自分の目で見て(例えば現場を見に行くなど)、客観的に資料を読み、自分で判断することは求められていると思う。

 しかし、これらが全て当てはまるのは、やはり裁判所であろう。裁判所には剣が与えられいるので、天秤と目隠しが求められるのである。

 私は、光市母子殺人事件の情報には詳しくないので、これが本当かどうか分からないが、原審か控訴審かの裁判官が遺族が遺影を持って法廷に入ることを拒み、これを遺族が非常に立腹されたというようなことを書いていたブログがあった。

 これは推測だが、この裁判官は「目隠し」をしたかったのではないだろうか。刑事裁判の場合、裁判官は裁判記録(これには警察官や検察官が被害者の遺族の心情を聞き取りした調書も含まれる。この調書はおそらく膨大な量だろう。)のみをもとに自らの良心に従って何ものからも独立して判断を下さなければならない。どうしても、遺族が遺影を抱きかかえているのをみると、被害者側へと情が流れ、先入観や予断によらない公平な裁判が難しくなると感じたのではないか。

 このような視点からの見方もあることを今一度考えて頂きたいと思う。

マスコミとブログ

 光市母子殺人事件を契機とする弁護士や司法に対する疑問について皆様から頂いたコメントやトラックバックして頂いたブログを、仕事の合間をぬって拝見させて頂いている。少し時間がかかるかもしれないが、まとめてコメントさせて頂きたいと思う。

 私はテレビに出ているマスコミ関係者(アナウンサー、コメンテーター、ジャーナリスト、有識者などという方々)の「こんな極悪人に裁判を受けさせる必要はない、弁護人などいらぬ、さっさと裁判を終わらせて早く死刑にせよ」「早く殺せ、つるせ」的な発言には驚くばかりだったので、むしろインターネット上の皆様の発言にほっとしている。

 いろいろ意見が分かれるのは当然のことで、むしろ画一的なマスコミ報道よりも健全なのではないか。

 一時はこんな状況下で裁判員制度が導入されたら日本の刑事裁判はどうなってしまうのかと危惧していたが、ちょっとほっとした思いである。

2006年4月20日 (木)

テミスの像と続・弁護士とカバン

 今日は仕事の合間に、刑事裁判や弁護士の弁護活動についてご理解頂くためにはどういう記事を書けば分かりやすいかと思い、インターネットで検索して「テミスの像」の写真を探していた。

 「テミス」とはギリシャ神話の「正義の女神」のことである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%A5%9E

 このテミスは目隠しをしている像が多い。

 弁護士会の協同組合でも、何年か前にこの目隠しをしたテミスのブロンズ像が売りに出ていた。結構なお値段だったので、私は買えなかったが。

 ちなみに、最高裁判所の大ホールにもこのテミスの像があるのだという。但し、こちらは目隠しをしていないタイプ。http://www.courts.go.jp/about/sihonomado/sihonomado64.html

 このテミスがなぜ目隠しをしているのか。この目隠しは現代ではより深い意味を持っていると思う。このことは、続けて書きたいと思う。

 もう一つ偶然見つけたのは、京都弁護士会のこの記事。

 弁護士の七つ道具シリーズの「弁護士と鞄」 

http://www.kyotoben.or.jp/break/seven/s002/s002.html

 ベテランの男性弁護士には、今も革カバンを愛用されている方が多いようだ。こちらは以前の記事をちょっと訂正。

                     Buz001_2 

マイ・ブログペット

 ここ2,3日、光市母子殺人事件に関連して刑事弁護のあり様などについて、私なりに考えたことを書いた。自分の仕事以外の時事問題についてこんなに考えたことは久しぶりだ。仕事の方の整理がついてもう少し精神的に余裕ができたら、私よりも刑事弁護の経験のある弁護士のご意見なども頂いて、もうちょっと深い記事を書きたいと思う。また、安田弁護士問題や福島産婦人科医逮捕事件に関連して「弁護士とはなんぞや。司法はおかしくないか。」というようなコメントも頂いているので、こちらも問題を整理してからお答えしたいと思う。

 毎日真面目な話題ばかりでは疲れるので、ちょっと気分転換を・・・。

 私はとうとうブログペットまで飼ってしまった。ついにブログの世界にどっぷりはまってしまったようだ。2ケ月前にはこんな物にはまるとは思ってもいなかったのだが・・・。

 黒猫の方は、元検事の矢部氏のホームページにあったのをすっかり気に入ってしまい、検索してようやく探し出したもの。

 外国の方(作者不詳 将来作者が現れたときは著作権問題が生じるかもしれない)の作品で、サイズと背景色を変更することができる。

 日本の作者のブログペットは成長したりしゃべったり等複雑な機能がついているものはたくさんあるのだが、子供っぽいデザインが多く、私のように若くはない者のブログには恥ずかしくて使えない。

 この黒猫は進化したりはしないが、デザインがちょっとおしゃれである。よく見ると呼吸までしていて手が込んでいる。やはり外国人がデザインしたものだからだろうか。

 もう一つ(というか二つも)貼り付けてしまったのは水槽。こちらはクリックすれば無償で提供しているホームページに飛んでいける。CMが入るのとソフトをインストールしないと見られないという難点はあるが、画像はなかなかきれいである。魚の数を変更することもできる(ちなみに私は3匹ずつとしてみた)。

 私は本物の水槽で本物の熱帯魚を飼っているが、水槽が小さいためにカーディナルテトラ、ラミノーズ、プラティー(熱帯魚を飼っている方ならどなたもご存じの魚)などという小さな魚しか飼えないので、こちらは豪勢にディスカス2種である。

 こんなことが簡単にできるなんて、本当にインターネットというものは進化したものだと、ブログ初心者の私は感心しきりである。

 

2006年4月19日 (水)

光市母子殺人事件の弁護人の意図

 ここ2,3日、あまりニュースやワイドショーを見ていなかったのだが、例の光市母子殺人事件の最高裁弁論について安田、足立両弁護人が記者会見やテレビ出演をして弁論内容について説明をされているようだ。これが、マスコミやブロガーにまた新たな怒りの種をばらまいたらしい。

 私は両弁護人の会見を見ていないしワイドショーなども見ていないのだが、インターネット上で見る限り、正直私には両弁護人がなぜこのようなときにテレビ出演までして弁論内容の説明をしたのか、よく分からない。また、その内容も一般人のみならず裁判官を説得できるようなものとは到底思えない。

 元検事の矢部氏(http://www.yabelab.net/blog/2006/04/19-142053.php)の言われるように、本当にただ被告人の死刑を一日でも先延ばしにするためなのだろうか。

 それとも、死刑が恐くて錯乱している被告人の言い分を弁護人として主張せざるを得なかったのだろうか。

 こういうことは、当の弁護人でないと分からない。弁護人と被告人の接見室での会話を知らないとなんとも言えない。

 ただ、両弁護人とも殺意を否定するための弁明が裁判所に通用する代物ではないということは十分に承知の上であることは確かだろう。

 それで私はある被疑者の刑事弁護人となったときの体験を思い出した(守秘義務との関係で多少の虚構が入っている)。

 私が当番弁護士として窃盗罪で逮捕された青年の弁護人となったときのこと。この青年は、建造物侵入、窃盗未遂の現行犯で逮捕されたのだった。しかし、ご本人は頑として犯行事実を認めない。

 現行犯逮捕されたときの状況というのは、建物近くの川べりにいるところを逮捕されたものだ。建物は川と道路に挟まれており、川は低い位置にあるので、道路側の1階入り口から入って、川の方に出るときは地下1階の出口からということになる。

 被疑者の青年は、「この建物には入っていない、道路から川の方に降りる小路があったので夕涼みに川べりに降りたにすぎない」と主張する。そして、その路も図面を書いて説明していた。

 私は彼の言うことが本当か現地に行って確かめてみた。すると、彼が図示した小路などないのである。川べりに降りるには、建物の中を通らないと絶対に降りることができないのである。

 私は直ぐに青年に接見してこのことを話した。しかし、青年はそれを認めない。いくら説得しても頑として自分は建物に入っていないと言い張った。

 実は彼がタイミングよく逮捕されたのは、彼が警察から別件でマークされ尾行までされていたからだった。そして、逮捕後彼の預金口座からは多額の金が見つかっていた。しかし、彼は競輪で儲けた金であると言い張っていた。

 私はいろいろと説得を試みたが、どうしても彼は罪を認めない。そのとき、私は一番楽な道を選んだ。つまり、「信頼関係が築けない」という理由で辞任したのだ。起訴は必至であり、公判で彼の言い張る「物理的に無理」な主張をする気には到底なれなかったからである。

 被疑者や被告人がこのように絶対に通用しない弁明をすることはよくあることだ。そういうときに、弁護人としてどうするかは難しい問題だ。

 私の後についた弁護人は無理を承知で被告人のいうとおり主張し大変苦労されたようだ。もっとも、この青年は最終的には公判で罪を認めたそうだが。

 光市母子殺人事件の被告人の場合もこうだったのかは、分からない。あくまでも私の推測だ。ただあり得ることだと思う。少なくとも、安田弁護士らがテレビで発表していた弁明は被告人が言い出したことであり、安田弁護士らが考えついた弁明ではあるまい。 

 しかも、今回の安田弁護士らの場合、被告人を説得できなくても簡単には辞任できないだろう。また、期日延ばしのための辞任か、と言われるに決まっている。しかし、説得しようにも裁判所は時間をくれない。

 前の記事でも書いたが、こういう被告人と意思疎通する(信頼関係を築くまでに至らないとしても)には時間が必要なのである。ましてや、遺族やマスコミらが求める「被告人に犯行事実を直視させ改悛の念を抱かせる」のには相当の時間を要するのである。

 世間は今回の裁判の遅延を全て弁護人のせいのように言われるが、よく考えて頂きたい。検察が上告してから最高裁が弁論を開くと決めるまでに一体何年かかっているのか。私はいつ検察が上告したのか知らないのだが、矢部氏のブログでは2年以上はあったという。

 記録を読むだけでなく被告人と何度も接見しなければならない安田弁護士ら弁護人には数ヶ月も与えずに、最高裁は記録を読むだけに2年以上も要していいのか。どうしてこちらの方は非難されないのだろう。

 こういう刑事裁判をよしとするなら、まず、憲法32条「裁判を受ける権利」と憲法37条「刑事被告人の諸権利」を「殺人犯は裁判を受けさせずに直ぐにつるし首にすべし」という条項に改正すべきだ。

 おかしくないですか?日本の刑事裁判、日本のマスコミ。

2006年4月18日 (火)

光市母子殺人事件の上告審結審

 今日は、医療過誤裁判の「診療経過一覧表」というものをチェックしていた。これは骨が折れる細かいデスクワークだ。医療過誤裁判というものが現実にはどのように進行するのかは、またの機会に書こうと思う。たいていの依頼者の方が「テレビドラマとはぜんぜん違いますね。」言われる(先日も「7人の女弁護士のようにはいきませんね。」と言われた)ので、世間にこの現実をもっと知ってもらう必要があると思う。

 それで、ちょっと疲れ気味なのだが、今日は例の光市母子殺人事件の最高裁の弁論の日だったので、気になってインターネットで検索してみた。

 そして見つけたのが、元検事で今は弁護士とロースクール教員の矢部善朗氏のブログ(http://www.yabelab.net/blog/2006/04/18-164517.php)。

 やっぱり1回結審だったのか、と思いつつ、この方のブログを見ていたら、安田弁護士の弁護活動については、このようなご意見だった。

  http://www.yabelab.net/blog/2006/03/20-211437.php#more

 さすが、元検事の方のご意見。なかなか論理的だ。

 もう一つ、興味を惹かれたのがこのブログ。ジャーナリストの宮崎学氏のご意見だ。

 http://www.miyazakimanabu.com/judicial/index.php

 私はこの方のことは時々テレビで拝見する程度で「キツネ目の男」としてしか知らない。この方の文章を読んだこともなかったが、さすがプロの物書きだと思った。簡にして要を得ている(とかく文章が長くなりがちな新人ブロガーの私は見習いたいと思う)。

 この事件については私はあまり知らなかったのだが、インターネット上で被告人が公判中に友人に出した手紙などが公開されていて、遺族に対する同情、被告人と安田弁護士に対する怒りをヒステリックに書き並べたブログが氾濫している。

 しかし、上記の2つのブログは違う。テレビの「ジャーナリスト」や「コメンテーター」という方々の感情的な「ご意見」に辟易していた私は、インターネット上にはこういう冷静な目を持った方々のブログもあるのだなと思い感動した。

 私が以前書いた「刑事弁護人」の記事は、宮崎氏のご意見とほぼ同じだ。ただ、宮崎氏は安田弁護士らが期日に欠席した理由を具体的に掲げている。

 宮崎氏の掲げる理由のうち「前弁護人から引き継ぎしたばかりであり、記録を精査する必要がある。被告人からも更に事情聴取して事実究明する必要がある。そのための期間として3ケ月は必要。」という理由について、「理由にはならない。」と厳しい意見を述べているのが矢部氏のブログ。

 しかし、矢部氏がその前提とする事実認定にはかなりの推測が入っていると思う。前弁護人や安田弁護士から事情聴取でもしないと、本当のところは分からないのではないか。前弁護人がなぜ辞任したのか、いつどのように事件が引き継がれたのか、安田弁護士らの準備期間が充分だったのか、被告人が新たな弁明をしているので事実究明のための時間が必要となったのか(これは確か安田弁護士が記者会見で述べていたような)などは、本当のところは当事者でないと分からないことだ。

 やはり第三者がいろいろと憶測で意見を述べても仕方がないように思う。

 それなのに私がどうしてこの事件に興味を惹かれるかと考えると、やはりこの事件を契機に弁護士に対する世間の目が冷たくなったように感じるからだ。現に、福島の産婦人科医師の逮捕事件についてコメントを書かれた方の中にもこの事件を掲げて「弁護士は金になればなんでもやるのか。」と言われる方がみえた。弁護士に対する不信を招いた事件だったと思う。

 医師の方々が福島の産婦人科医師逮捕の事件に憤りを感じておられるのと、私が安田弁護士に対するマスコミ攻撃に対して憤りを感じているのには、共通のものを感じる。ただ、同業者だからというだけの理由で弁護するのはやめようと思う。

 確かに安田弁護士が「戦術」のためだけに期日延ばしをしたのであれば、矢部氏の言われるとおりだろう。ただ、もし本当に半月しか準備期間がなかったのであれば、安田弁護士の期日延期申請を却下した裁判所に問題があると思う。そのような短期間でこんな事件の準備をするのは無理である。記録は膨大だろうし、被告人と意思疎通をはかるのも難しいと思う。

 インターネット上で取り沙汰されている被告人の手紙の一部を読む限りでは、この被告人の弁護活動は相当難しそうだ。しかし、これは、一部のブロガーの方々が言われているように被告人が「極悪人」だからではない。

 確かにこの手紙を読んだご遺族の心中は怒りに煮えくりかえったことだろう。「殺してやりたい。」と思うのも無理からぬことだと思う。

 ただ、ごく若い人(特に男性)の弁護人や民事事件を担当した経験から言うと、このような若い人の言ったり書いたりしていることは必ずしも本心からではないことが多いのだ。もし、この被告人が残虐非道な極悪人で死刑を免れるために裁判では冷静に反省しているかのように演技していたのだとするならば、公判中にこのような手紙を友人に出すはずがない。悪知恵が働く狡猾な人間なら、「いかにも反省しております」というような手紙を出すはずだ。

 手紙の文面を読む限りでは、「自分は平気だ、こんなことはなんでもない。自分はたいしたことをしていない。周りが悪いのだ。」と思い込もうとしている、わざと悪ぶったことを書いて友人に虚勢を張っているようにも思える(これは若い人にありがちだ)。これは、事件を現実のものと受け止めることが怖い、真実と向き合うのが怖い、という恐怖心の裏返しのように感じた。もちろん、私は精神分析医でもなんでもないので、彼の本心がどこにあるのかは知るよしもないのだが、文面からだけで人の本心を推し量るのは難しいと考えるべきだ。

 若い被告人の場合、弁護人に心を開いてもらうには非常に長い時間がかかると思う。私はこのような重大な刑事事件をやったことはないが、軽微な事件であっても私など平凡な家庭で生まれ育った人間には想像のできないような環境で生きてきた若い被告人たちと意思疎通を図ることは本当に難しかった。そのような場合、接見の回数はどうしても多く必要となる。

 ましてや、このような手紙を書いた被告人の青年との意思疎通のためには半月では(たとえ3ケ月あっても)到底足りない。

 もし、宮崎氏の掲げる理由が本当であるなら、期日は延期されるべきだったと思う。不十分な弁護活動しかできないなら、弁護人がついていないのと同じことだからだ。

 少年の付添人や弁護人になられる弁護士には、深い洞察力、想像力、理解力、それに包容力が必要だと思う。私が少年事件をやらないのは、自分にはそのような力はないと思うからだ。

 しかし、こういう仕事がいかに大変かだけはよく理解できる。そして、真相を解明していくためにも、こういう仕事は大切だと思う。

患者側弁護士の仕事

 私の「協力医がいない。」の記事に対してたくさんのコメントを頂いた。一つ一つお返事することはできないが、日本の医療や医療裁判について本当に真面目に考えておられる方々の貴重なコメントだと思うので、少しずつこのブログで取り上げさせて頂こうと思っている。

 ブログを書き始めてから実感したのは、一般の方々に分かりやすい文章を書くのがいかに難しいかということ。医療関係にしろ法律関係にせよインターネット関係にせよ、独特の専門用語がある。それを一つ一つ誰にでも分かりやすく説明しながら書くのは実に難しい。

 私たち弁護士は普段裁判所向けの文章を作成しているので(ただ、私は裁判所向けの書面もできるだけ分かりやすく書くように努力はしているのだが)、一般の方々に直ぐに理解して頂けるように書くのには相当努力が必要なことが分かった。

 今回の福島県の産婦人科医師逮捕の件については、私もどうしてこんなことになったのか、と疑問は感じている。医師の方々がこの事件に憤慨しておられる気持はよく分かる。ただ、この件に患者側弁護士はどの程度関与したのであろうか。少ないマスコミの情報からだけではとても意見を述べる気持にはなれないが、むしろ、この件は医療事故調査会の院外の3人の医師の見解と検察官の判断によって起訴されたのであって、患者側弁護士が関与してはいないように思うのだが。

 どうも患者側弁護士というと、患者側に立って白も黒と言い含めているようなイメージをお持ちの方が多いようだ。しかし、実際にはそうではない(少なくとも私の場合はそう言わせて頂いてもいいと思う)。

 患者さんやご家族の相談を受けると、誤解に基づく場合も多い。多くの患者さんが医療に対して素人なのだから、誤解しても仕方がないところもある。相談を受けて、それを一つ一つ説明していく苦労というのは、誤解を招いた医師の方々にも知って頂きたいところである(弁護士には守秘義務があるので、具体例を掲げられないのが残念だが)。もう少し言葉を多くして説明してほしい、もう少し患者さんの気持を考えた態度を取ってほしいと思うことが多い。

 医師の方々も多くの患者を抱え時間に追われていること、難しい専門用語の多い医療行為について一つ一つ分かりやすく説明するのは大変なことなどが原因だと思うのだが、患者やその家族はすがるような気持で医師の言葉を待っているのである。

 多くの患者側弁護士は、患者さんの誤解ではないか、本当に医療ミスなのか、ということを常に考えながら行動している。直ちに刑事告訴したり、民事裁判を起こしたりはしない。誤解に基づいて裁判を起こすことは、病院や医師だけでなく、患者さんやそのご家族にとっても不幸なことだからである。

 誤解なら誤解、医療ミスなら医療ミスとはっきりと(もちろん結果のみでなくそう判断する理由についても明確に)意見を言って頂ける医師が必要だと思うのである。もちろん、医師の中でも意見が分かれることはある(それは、弁護士も同じことであるー「行列のできる・・・・」という番組はこの点について一般の方々に知って頂けたという功績はあったと思う)。だから、私たちは難しい事案については複数の医師の意見を聞いてから行動するようにしている。

 こういう調査は本当に大変である。近くに協力医がいないために、遠方にまで出向かなければならないことも多い。そして、この調査の結果、医療ミスではなかったり、医療ミスであったとしても立証が難しいという場合、これを患者さんらに伝えて理解してもらうのもまた難しい。

 医療事故の調査のために第三者機関を設置するということには賛成であるが、その機関のメンバーには誰がなるのだろう、誰がメンバーを選任するのだろう。公正、中立といっても、患者側の医療側に対する不信感が強い場合、医療従事者が主たるメンバーとなれば、患者側がその判断に納得するのは難しいと思う。かといって、一般市民がメンバーになると、裁判員制度のような問題が生じてくるだろう(裁判員制度の問題点については後日機会をみて書きたいと思う)。 第三者機関の制度設計は極めて困難だと思う。 

 患者側弁護士は、患者側と医療側の間に立って、四苦八苦することも多いのである。このことは医療従事者の方々にも知ってもらいたいと思う(今後、できるだけ具体例をまじえながら書きたいと思っている)。

 

2006年4月17日 (月)

協力医がいない。

 私の「医療のソフトとハード」の記事に対して、貴重なコメントを頂いた。

 福島県立病院の産婦人科医師の逮捕については、新聞でも大きく取り上げられている。本当にこの医師に過失があったのかどうかは分からない。これからの刑事、民事両方の訴訟による解明を待つほかない。

 この医師の逮捕のきっかけは、院外の医師3人からなる医療事故調査委員会がまとめた報告書の公表によるものだったという。

 医療事故調査を公表すれば直ちに医師の刑事責任に結びつくとなれば、病院も公表を控えることになりかねない。そうなれば、患者やその家族が真実を知る機会も奪われることになる。

 そして、刑事責任が問われるとなれば被疑者として医師には黙秘権が保障されなければならない。しかし、それでは患者やその家族は真実を知ることが出来ない。これは大変なジレンマだと思う。

 私は患者側の一弁護士にすぎないので、医療被害者救済の制度設計などについて、とても意見を述べることはできない。

 ただ、今のままでは被害者救済が困難だということだけは分かる。

 本来示談で解決されるべき事案であっても、病院側の保険会社は容易に過失を認めない。訴訟になれば費用も時間もかかる。

 そして、何よりも患者が医療事故ではないかと疑っているときに、患者側の弁護士の調査に協力してくれる医師があまりに少ない。裁判になっても、中立の立場で客観的な意見を述べてくれる鑑定医が見つからない。

 数少ない協力医や鑑定医のところに事件が殺到し、これらの医師の方々は本当に大変な思いをされている。そして、患者側は長い間待たされる。

 私が担当している事件にもそういう事件が数多くある。依頼者にはひたすら待ってもらうしかない。

 これが普通のことだろうか。おかしくないですか?日本の医療。

 

2006年4月16日 (日)

名古屋の桜はおしまい

 先週は雨が続いたので名古屋の桜は散ってしまった。そこで、このブログのテンプレートも明日には元に戻すことにした。 

 ちょっとなごりおしいので、最後に下のようなアニメを入れてみた。 

 これは、私のホームページの蝶々(飛んでいる方)と眼鏡(プロフィールの頁)と電車(事務所の地図の頁)を使用させて頂いたフリー素材の作成者ヤスノリ眼鏡店さんの作品。

 このヤスノリ眼鏡店(http://www2.neweb.ne.jp/wd/yasunori/index.htm)さんは本当に眼鏡屋さんで趣味でホームページ用のGIFアニメを作成されている方だ。このマッチ棒くんなどの作品は見ていて本当に楽しい。

                  Guitarman             

 ホームページを作成していてこういう素材屋さんに出会うことは本当に楽しい経験だった。

 ホームページ作成の体験記もおいおい書いていきたいと思っている。

                 Sakura2

ブログ初心者弁護士のつぶやき

 きょうは自宅で休養することにし、部屋の整理やかたづけ事をしている。

 私はノートパソコンを無線ランにして使用しているので、食卓のテーブルの上など、大体どこでもインターネットを見ることが出来る。しかし、もっぱら趣味や医療関係のホームページやブログを見る位で、ある出来事を契機にホームページやブログを自分でやる気になるまでは、弁護士のホームページやブログを見ることはまずなかった。

そして、いろいろな弁護士のホームページやブログをのぞいて見てびっくり(びっくりの理由は後日じっくり書くつもり)。

 弁護士のブログは、1 法律関係の情報提供もの(新しい裁判例、法律の改正、法律相談事例などの紹介) 2 時事的な話題を取り上げているもの 3 つぶやき、ひとりごとなど に分けられるようだ。ちなみに、私のブログは、2と3の混合か。

 1はいわば読者へのサービス。弁護士のホームページにも多くみられる。関心のある人はリンクを張ってくれる可能性が高いのだろう。これは弁護士のブログに限らず、他のいろいろな分野のホームページにも見られることである。

 ただ、私はあまりこの1には気乗りがしない。まず、これをやり出すときりがない。確かにこういう情報提供は役に立つ(特に弁護士にとっては)。ただ、一般の方々に総花的な情報を提供しても本当に役に立っているのかなと思ってしまう。

 それに、私は、一般の方々に、弁護士は取扱分野(どういう事件をやっているのかー逆にいえばどういう事件はやっていないのか等)や報酬基準などの情報を開示する必要があると思ってホームページを始め、また一般の方々に弁護士の仕事の現実や仕事を通して感じる社会問題、今の司法改革の問題点を少しでも知ってもらいたいと思いブログを始めたので、情報提供ものやハウツウものを書くことにはあまり気乗りがしないのである。

 最初は、「まあ、気まぐれにでも読んでくれる人がいればいいや。」と思って始めたブログだが、ブログを始めた以上は、多くの読者を得たいと思うのがどうもブロガーの常のようだ。

 それで、他の弁護士のブログを見習って、ブログランキングなどにも参加し、トラックバック(説明が面倒なのでパス)もやってみた。

 にわか勉強ではじめて知ったのだが、ホームページやブログには、「ページランキング」というのがあるらしい。このページランキングというのは、内容のレベルのことではなく、グーグルなどの検索エンジンの検索にうまくひっかかり、上位に表示されるためのランキングのことらしい。

 これにはHTMLソース(これも説明が面倒なのでパス)やいかに上位のページランキングのホームページなどからリンクされているか、などいろいろな要素で決まるらしい。

 「らしい。」と書いたのは、私にはよく理解できないからである。

 まったく、初心者の私にはよく理解できない世界である。SEO対策といってページランキングを上げるための商売も大流行のようだ。

 私のホームページは、フレームを利用しているので、ロボットエンジンには引っかかりにくいそうだ。とあるホームページ作成関係のホームページや掲示板などではフレームページを使うなど愚の骨頂とばかりに叩かれている。

 私の購入したホームページビルダーの解説書などはフレームページの作成方法に多くの頁を割いているというのに・・・。

 しかし、もう作成し直すのが面倒になって、そのまま使ってしまった。

 というわけで、私のホームページやブログのページランキングはゼロ。

 素人なりに手引きを参考に努力はしてみたものの、素人のやることにはどうも限界があるらしい。

 ただ、私は文章の作成やワープロのブラインドタッチの早さ(「うまさ」ではない)には自信があるので、あまりブログ更新は苦にならない。

 毎日は難しいかもしれないが、記事を書きためて、少しずつでもいいから読者が増えたらなと思っている。

 

2006年4月15日 (土)

医療のソフトとハード

 今週は、癌の見落としを争点とする裁判の書面の作成や証拠として提出する文献などの整理に追われていた。

 そういうときは、私の机の上はメチャクチャである。そういう細かい仕事をしている最中にも電話がかかってくると、別の記録を出して対応しなければならない。机の上は、記録と書類の山になる。電話で思考もストップする。

 私は、だいぶ前から医療過誤事件の大事な書面を作成しなければならないときは、半日なり1日なり自宅にこもることにしている。その方が能率がいいのだ。もちろん、他の仕事はその前後にきちんと段取りをつけて事務員に指示を出すようにし、携帯電話で連絡が取れるようにしている。弁護士は、事務所に座っていればよい仕事ができるというものではないと思う。

 今週その仕事もようやく一段落がついたので、来週からは机の上を整理するつもり。机の上に限らず、事務所内には(新年度がもう始まっているというのに)整理しなければならない記録が貯まっている。

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 この仕事で癌の見落としについていろいろな文献を読んでいる中に、ある大学病院の内科医師(当時)の興味深い報告があった。

 肝臓の癌は、B型、C型などの肝炎や肝硬変の患者さんから発症することが圧倒的に多い。それで、これらの患者さんには定期的な腹部超音波検査が必要となる。

 腹部超音波検査というのは、人間ドックなどで受けた方も多数おられると思うが、冷たいゼリー状の液体をお腹に塗られて検査されるあの検査のことだ。お医者さんは、画面を見ながらお腹の上でプローブという超音波を発生させる装置を動かす。ときおりその手が止まって医師が画面をのぞき込むと、私などはよく不安におそわれる。

 超音波検査は、副作用もなくCTやMRI検査に比べると費用も安くすみ患者の負担も少ないので、比較的よく利用される検査である。

 ある大きな病院(A病院としよう)は肝臓疾患の患者を多く抱えていた。A病院は超音波検査装置を筆者の大学病院の3倍の台数保有し、超音波検査の件数も5倍以上だった。しかし、筆者の大学病院よりも肝臓癌を小さいうちに発見できた確率がはるかに低かった。このA病院の医師らが、筆者の医師のいる大学病院に研修にやって来た。

 筆者の医師からみると、A病院でなぜ小さい肝臓癌が発見されないのかは明らかだったという。

 A病院では、肝臓疾患の患者に対する超音波検査を人間ドック的な検査としてしか実施していなかったのである。つまり、平均的な異常の発見を怠らない程度の検査レベルでしかなく、肝臓疾患の患者に対する肝臓癌の発見という専門的な目的意識を持った検査をしていなかったのである。

 筆者の医師はA病院にいくつかのアドバイスをしたところ、A病院でも小さい肝臓癌が次々と発見されるようになったという。

 そのアドバイスにはかなり専門的なものも含まれているが、医学知識のない私たちであっても当然だろうと理解できるものがある。簡単にまとめると、

1 A病院では人間ドックの超音波検査も肝臓疾患の患者に対する超音波検査も、一般外来で多くの医師、検査技師にランダムに割り振られていた。これを慢性肝炎、肝硬変の患者の肝臓癌の発見に熱心な一人の検査技師または医師に超音波検査を集中させた。

2 超音波検査の際には、小さい肝臓癌を発見するという目的意識を持つようにした。

3 外来に来る慢性肝炎、肝硬変の患者に、定期的な超音波検査が肝臓癌を見つけるのにいかに大切かをプリントなどにして説明した。

4 超音波検査の画面を大きめのものにし、分割画面でモニターせず、一画面をたっぷり使うようにした。また、モニター画面の明るさを調整した。

というものであった。

 その他にも超音波検査装置のうちの1台を肝臓癌発見専用機種とする、プローブを一定の型のものとする等のハード面でのアドバイスもし、このハード面と前記のソフト面の両面の改善によってA病院の小肝癌発見率は飛躍的に向上したという。

 これは、10年以上前の医学雑誌(日本内科学会雑誌 第84巻 第12号 平成7年12月10日 著者 真島康雄医師)に掲載されたものである。

 しかし、現在でも、超音波検査というのは、検査者の熟練度や注意力などに左右されるといわれている。画像検査の中でも、極めてソフト面が重要視される検査といえよう。

 いかに医療技術が進歩し、いかに医療機器が精巧なものになっても、人間が行う以上、技術や経験、そして集中力や注意力などという極めて人間的な要素が結果を左右するのである。

 人間が人間である以上、医療ミスはなくならないと思う。どうすればミスを減らせるかは、とても難しい問題だ。しかし、前記のA病院のように、ちょっとした工夫や努力により、回避可能なものも多いと思う。

                                                                               

2006年4月14日 (金)

アイフルがついに業務停止

 今日の朝、民放のワイドショーを見ていたら、「アイフルの業務停止」のニュースをやっていた。

 ついに財務局もやってくれたのか、と大いに溜飲が下がった。そして、民放がこのようなニュースをしっかり取り上げてくれたのが嬉しかった。

 なにしろ民放にとって、アイフルは大得意である。テレビを見ていてアイフルのCM(例のチワワと俳優SのCM)を見ないことがない。

 昨年から今年にかけてサラ金に対し非常に厳しい最高裁判所の判決が次々と出ているが、これを民放の報道番組が紹介することもない。

 しかし、今日のワイドショーではこのCMを皮肉ったアイフル被害対策全国会議のホームページ(私のホームページのリンク集にもある)と、代表弁護士の電話でのインタビューも放映されていた。

 このTV局はアイフルからの広告収入はもはや諦めたのか・・・。なかなかよい決断だと思う。

 前日にはNHKもクローズアップ現代でサラ金問題を取り上げており、実にタイミングのよい展開だ(NHKは既にアイフルの業務停止の情報を入手していたのか?)。

 これに力を得て、今日はサラ金(アイフルではない)に対して、過払金返還の督促の電話をかけた。担当者は休みや不在という回答が多く(本当か?)、期限内に連絡してこなければ訴訟をすると宣告しておいた。

 「おかしくないですか?日本」のシリーズでも書くつもりだが、本当にこのようなサラ金が隆盛を極める日本はおかしいと思う。

2006年4月13日 (木)

アクセシビリティ

 今日は、久しぶりに簡易裁判所へ行った。最近多くなった過払金の返還請求訴訟のためである。

 簡易裁判所は請求金額が140万円以下の場合に利用できる。私が弁護士になった頃は90万円以下だったのが数年前に引き上げられた。また、平成15年4月1日から司法書士も簡易裁判所の事件では代理人になることができるようになった。

 しかし、簡易裁判所を一番利用しているのはサラ金、クレジット会社、リース会社など。簡易裁判所はこれらの会社の社員に占拠されているといってよい。

 サラ金やクレジット会社から借金の返済を求める裁判を起こされてご本人が簡易裁判所に出頭するケースが多い。そういう場合、裁判官は「訴状の記載に間違いありませんか。」と聞き本人が「間違いありません。」と答え、裁判官が「返済できますか。」と聞き本人が「できません。」と答え、裁判官が「分割ならどうですか。毎月いくらなら返済できますか。」と聞き本人が「1万円ならなんとか。」と答える。その後に、裁判官の隣に座っている司法委員という方々が当事者と一緒に別室に行って具体的な分割返済の和解の段取りをつけるのだ。こういうことが今の簡易裁判所では際限なく繰り返されている。

 私は傍聴席で「あいかわらずだな」と少々辟易して順番を待っていた。ただ、ちょっと気になった出来事があった。

 それは、リース会社が自動車のリース先の会社(リース料の支払いが滞っている)に残リース料の支払いを求めた裁判。会社の社長は保証人にもなっているので、会社だけでなく個人としても訴えられている。裁判官は、「自動車はどうなっているのですか。」と尋ねると社長は「お返しするつもりでずっと駐車場に置いてあります。」と答えていた。裁判官が「訴状では自動車の今の価格が50万円位となっていますね。残リース料は約40万円だから、自動車を引き揚げて清算すればいいでしょう。」と言うと、社員は「リースだから清算は必要ないです。」と答える。裁判官は「契約書に清算条項がありませんか。」と言うので、社員は契約書を取り出して一生懸命見ている。裁判官も証拠として提出されていた契約書のコピーを見ていたが「ゴム印に隠れてよく見えませんね。」と言って、社員から契約書の原本をもらいこちらも一生懸命見ている。

 確かに大抵はリース契約書に物件の返還やリース料の清算について何らかの記載があるはずだ。

 裁判官と社員が契約書に目を近づけて見ている間に、時間がどんどん経ってしまい、後ろの傍聴席で長い間待たされている他の会社の社員や私はイライラしてきた。裁判官もさすがにまずいと思ったのか、「それでは中断しますので、後でまた。」と言ってこの件を後回しにしてしまった。

 裁判官には期日の前に書証の契約書くらいよく見ておいてほしいものだ、リース会社の訴訟担当の社員も自分の会社の契約書くらいよく見ておいてほしいものだ、などという悪態をつきたくなるのは別として・・・。

 二人が目をこらしてもなかなか契約書が読めなかったのには納得がいく。リース契約書やクレジット契約書などは、署名捺印をする書面の裏に契約条項が細かい文字でびっしり書いてあるのだ。この契約書を隅から隅まで読んで契約する人はまずいないだろう(弁護士だって)。

 私は勤務弁護士の時代にリース会社の代理人の仕事をしていて、リースがからむトラブルの面倒さを実感した。それで、自分が開業する際には一切リースを利用しなかった。今も、防犯関係の契約だけはリースだが、あとは全て買い取りにしている。クレジット契約もしたことがない(カード契約のみ)。

 リース契約書もクレジット契約書も、本当に読めるようにはできていない。その内容は結構複雑なもので、トラブルになったときには重要な条項がたくさんあるのだが・・・。

 大体、裁判官でもその会社の裁判担当の社員でもなかなか分からないような契約書が、普通の人に分かるわけがない。

 そんなわけで「アクセシビリティ」(=「利用しやすさ」「わかりやすさ」)というタイトルをつけてみた。これはホームページを作成する際に必要とされるものらしい。ただ、ホームページの場合は、見る人がパソコンの画面設定を調整すれば大きな文字に変換することができるところが違う。

 契約書もそれができるとよいのだが・・・。

 日本の一般人向けの契約書には、このアクセシビリティに全く配慮していないものが多すぎると思う。

 

2006年4月12日 (水)

これからの記事(予定)

 昨日は、医療過誤の準備書面の作成や書証の整理に追われ、ブログを書きたいとは思っていたのだがその気力がどうしても沸いてこなかった。

 しかし、私の場合、幸い書くネタに困ることはない。一応、これから書こうと思っているシリーズとしては、

1 おかしくないですか?日本。

  法律事務所は、社会の病院と言われるように、本当に社会の病理の吹きだまりのような場所。仕事を通じて、「どう考えてもおかしい。」と思うことを書きたいと思っている。 

2 おかしくないですか?弁護士会。

  世間ではあまり知られてないであろう弁護士や弁護士会の内情。おかしいと思うこと多々あり。こちらはなかなか一般の方に分かりやすく書くのが難しい(私自身も自分の感覚ー一応普通だと思っているーでは理解できないことが多い)。こちらも、少しずつ書いていこうと思っている。

3 弁護士と×××

  こちらは、ちょっと一息という感じのコラム。「弁護士とカバン」に続くシリーズ。

 この他にも、これらシリーズにとらわない雑感なども書くつもり。

 というわけで、いろいろと構想はふくらんでいるのだが、仕事や生活に追われて、毎日書けるという自信はない。

 どれだけの方が読んで下さるか分からないが、とにかく始めると決めたからには続けたい。気長にお付き合い下さい。 

 

2006年4月10日 (月)

橋下弁護士×紀藤弁護士

 日曜日の昼間、たまたまテレビをつけたら、橋下徹弁護士と紀藤正樹弁護士が議論をしていた。

 私は紀藤弁護士と司法修習が同期なので、興味を持って見ていた。

 橋下弁護士は「行列のできる・・・」(私はまともに見たことはないが)の出演者として有名になってワイドショーのコメンテーターなどとして頻繁にテレビで顔を見る弁護士だ。私はそのお調子者ぶりがきらいである。タレントとしてはおもしろいのかもしれないが、弁護士としてはあまりテレビには出てほしくない人物だ。

 紀藤弁護士もやはりワイドショーのコメンテーターとして頻繁に顔を見るが、実際に「法の華」事件などの霊感商法をはじめとする消費者被害事件で活躍をしており、私も弁護士会での講演を聞きに行ったことがある。

 議論はもっぱら例の光市母子殺害事件やオウム麻原控訴審事件(先日の刑事弁護人の記事参照)のことだった。

 橋下弁護士は「弁護士会は直ちに弁護人を懲戒にすべきだ」と被害者やマスコミと同じことを主張。紀藤弁護士は、国選弁護人のおかれた厳しい事情(時間給にすれば1円位の報酬にしかならない事件もある、若い弁護士の国選離れが進み引き受け手がない事件が多い等)を説明し、「抽象論、感情論で議論すべきではない」などと主張。

 司会者(アナウンサーの方、名前を忘れた)は光市母子殺害事件の弁護人に対して非常に立腹しており、「死刑賛成の裁判官が交替するのを待つための時間稼ぎだ。」などと怒っている。

 この事件については、私は詳しい事情を知らない。刑事弁護人がなぜ公判廷に出頭しなかったのか、マスコミで取り沙汰されている理由以外に何か真の理由があったのではないか、などの事情によって意見が違ってくる。

 紀藤弁護士の言うように、本当に「抽象論」や「憶測」や「感情」だけで議論していても仕方がないと思う。

 それにしても、橋下弁護士の「我に正義あり」調の剣幕には本当に嫌気がさした。紀藤弁護士は一人で理性的に対応しようとしていたが、橋下弁護士の剣幕と司会者や出席者らの加勢に押されていた。

 また、紀藤弁護士は弁護士になったのは「社会正義のため」とか、「日夜被害者のことを考えて修行僧のような気持ちだ」などと述べていたのも、この手の番組では浮いてしまい、偽善者っぽく聞こえてしまっていた。私も修習生のときや弁護士に成り立ての頃の紀藤弁護士と少し話をしたことがあるが(橋下弁護士ほどではないけれども型破りな人だったと思う)、紀藤弁護士の口からそのような言葉が出るとは思っていなかった。橋下弁護士も「そんなら国選弁護ばっかりやればいいでしょ。」などという皮肉を言っていた。この皮肉に対しては紀藤弁護士は「あんたよりは(国選弁護を)やっている。」と応戦していたが。

 ただ、最後に紀藤弁護士が、誰が「弱者」かはその相手によって決まる、消費者は企業に対しては弱者、企業も国家権力に対しては弱者、被告人も国家権力に対して弱者だ、と言っていたのはよかった。

 日曜の昼下がり、買い物にでも出ようかと思っていたときなので、私の記憶は正確ではない。あまり真面目な番組でもなかったので、議論といってもまあこんなところか。

 

2006年4月 8日 (土)

偽メール事件からの教訓

 民主党の新代表が決まった。偽メール事件以来、マスコミが急に民主党の方に目を向け出したのは皮肉なものである。

 弁護士の眼から見ると、永田議員の失敗は人ごとではない。

 野党国会議員が国会で政府に対して質問するのは、弁護士が法廷で反対尋問(相手方に有利なことを証言するであろう証人に対する尋問)をするのと似ている。

 TVの国会中継を見ていると、野党の国会議員の先生方の中にはこの反対尋問的な質問が非常にお上手だなと思う方と、「うーん・・・」「えっ?」と思う方がいる。そういう眼で見ていると、結構国会中継もおもしろいものだ。

 反対尋問は、もともとこちらに不利な証言しかしないだろうという証人に対する尋問だから、難しい尋問である。作戦として、「聞きたいことも聞かない方がいい」ことも多い。

 司法修習生時代に、ある裁判官から「反対尋問はまず成功しない。成功するのは隠し球があるときだけ。」と聞いたことがある。

 その裁判官から成功する反対尋問の参考例を教えてもらった。これは猥談ではないので、あしからず。

 妻が夫の不貞を理由に離婚訴訟を提起した。しかし、夫は不貞を頑として認めない。妻の代理人の弁護士は、夫に対する尋問の際、「本当に×××さん(相手の女性)と不貞はしていないのですか?」と尋ねた。もちろん、夫は否定する。

 「それでは」と妻の代理人が取り出したのは、夫のお守り袋(妻がこっそり入手していたもの)。

 そのお守り袋の中には×××の名前が書かれた紙と陰毛が入っていた。

 これをつきつけられた夫は、たじたじとなって不貞を認めたという。

 卑賤な例ではあるが、こういうのが反対尋問で成功するというのだ。 

 永田議員の国会での質問の場面は何度も放映されたが、たとえ偽メールが本物だったとしても、隠し球としての使い方はあまりお上手ではないなと思っていた。

  隠し球はもちろん確かなものでなければならない。しっかり確証を得てから使うべきだ。

  永田議員は、たぶん人をあまり疑わない(ある意味性格のいい)素直な人なのだろう。単に人を見る目がなく、功を焦っただけだろう。まだ若いのだから珍しいことではない。

 弁護士だって、証人となる第三者から、そして相談者や依頼者からさえ、騙されるかもしれないという危険に常にさらされている。私も、騙されそうになった経験がたくさんある。今でも騙されていたのかもしれないと思うことがある。人の嘘を見抜くというのは難しいものだ。これは直感に頼るか経験でつちかっていくしかない。若い弁護士の先生方は本当に気を付けて頂きたいものだ。

 民主党は、永田議員を責めるのではなく、永田議員にあのような質問をさせたことを反省すべきだと思う。民主党にも経験豊富な議員がたくさんおられるはずだ。質問の前に相談を受けた他の先輩議員だっていたはずだ。「確証をつかむまでやめておけ。」と誰も言わなかったのだろうか。もしそうなら、若手議員に随分冷たいではないか。

 弁護士は修習期間が短くなり大量増員によって粗製濫造されつつある。私が修習生のときは丁寧な個別指導を受けることができた。また、勤務弁護士時代も書面を真っ赤に添削してもらった。ざっくばらんな酒の席などで先輩弁護士から貴重な失敗談や弁護士としての心得なども披露してもらった。

 先輩の先生方は一人一人の新人弁護士を大切に育てて下さってきたと思う。

 しかし、近い将来そんな余裕はなくなるだろう。既に、弁護士同士の人間関係(特に世代の違う弁護士間の人間関係)は希薄になっている。

 これからは永田議員のような失敗をする弁護士が増えてくるのではないかと不安に思ってしまう。

 永田議員の偽メール事件により国会が空転したことで一番の被害を受けたのは国民だ。

 弁護士の粗製濫造により被害を受けるのも国民である。

 

2006年4月 7日 (金)

A弁護士とB弁護士

 「7人の女弁護士」というドラマが始まるというので思い出したのだが、10年以上前、アメリカのTVドラマに「7人の弁護士」というドラマがあった。アメリカでヒットしたドラマで、日本でも深夜に放映されていた。

 こちらは、別に「女」ばかりではなく、「男女」のいる法律事務所における弁護士の仕事ぶりや日常を描いたものだ。最近のER緊急救命室の法律事務所版という感じで、エンターメント性も入れながらアメリカの弁護士の実像や社会問題を真面目に考えているよいドラマだったと思う。

 昔のことなので、具体的なストーリーは覚えていないのだが、最近思い出すシーンに次のようなものがある(うろ覚えなので、実際のシュチュエーションは違ったかもしれないのでお許しを)。

 A弁護士(仕事はよく出来て後輩には尊敬されているが要領が悪く事務所での地位は今一つ)、B弁護士(仕事はあまり出来ないが要領がよくクライアントー依頼者ーからの受けがよい、事務所でも稼ぎ頭として重用されている)が登場人物。

 2人は共同して、女性タレントが芸能プロダクションの待遇の悪さについて訴えた事件を担当していた。その訴訟の途中で、ある程度裁判官の心証(裁判官が事件をどう見ているか、どういう判決を書こうと思っているかなどについての裁判官の心中)がみえてきた。そんなときに芸能プロダクション側から和解の提案があった。和解の条件は依頼者には必ずしも有利なものではない。

 A弁護士とB弁護士は女性タレントと協議をした。女性タレントは芸能プロダクションのひどい扱いを訴えて、和解はしたくないと言う。

 B弁護士は、女性タレントの話にあいづちを打ちながら、やさしく「お気持ちはよく分かります。勝訴に向けて一緒に頑張りましょう。」と述べた。

 A弁護士はB弁護士よりも事務所での地位が下なので、B弁護士の話を黙って聞いていた。しかし、B弁護士が用事で席を離れたとき、A弁護士はその女性タレントに「僕はここで和解した方があなたのためになると思います。このまま続けていても勝訴の見込みはありません。あなたのタレントとしての価値が下がって、弁護士の請求書の金額が増えるだけです。」ととつとつと説明した。

 その女性タレントはもともとは聡明な人だったので、A弁護士の話をもっともだと思い、芸能プロダクションとの和解に応じた。

 アメリカの弁護士の多くがタイムチャージ制(時間給)を採用しているので、和解で事件が終了すると弁護士報酬は請求できなくなる。

 後日、このことを知ったB弁護士は「事務所の収入が減ったじゃないか。」とA弁護士をなじった。

 これは、10年以上前のアメリカのドラマである。

 しかし、日本でも、将来、A弁護士のような弁護士は衰退していき、B弁護士のような弁護士が繁栄していく、と思うのは私だけだろうか。

弁護士とカバン

 弁護士というと少々いかつい革の書類カバンを持っているというイメージをお持ちだろうか。TVドラマの女性弁護士は、大抵おしゃれなショルダーバックを持っているようだ。

 私も弁護士に成り立ての頃は、カバンにこだわっていた。高いブランド物やきゃしゃでおしゃれなショルダーバックを持っていたこともある。

 しかし・・・・。

 弁護士としての年数を重ねるにつれ、高いブランド物のカバンを仕事用に買っても無駄なことが分かってきた。

 何しろ持たなければならない記録が厚くて重い。せっかく格好いいカバンを買っても、直ぐに壊れるのである。

 しかも、革のカバンは重くて傷がつきやすい。

 そんなわけで、最近は、カバン屋さんの店じまいセールで購入したこぶりの布製の旅行鞄(1つ1,000円)を3つばかり購入し、それに記録を入れて持ち歩いていた。

 この旅行鞄は丈夫で軽く、重宝していた。しかし、やはり記録の重さに耐えかねて次々とダウンしていった。そろそろ、次のカバンを買わなければならないのだが、なかなかよい物が見つからない。

 医療過誤事件などでは、膨大なカルテを持ち運ばなければならないため、キャリーバックというのか引きずっていけるカバン(スチュアーデスさんの持っているような物)を愛用している。

 そこまでいかない場合も、A4サイズ、厚さ4,5センチ程度の記録4,5冊は入る、軽くて丈夫なカバンがほしい。

 最近は、記録やパソコンをリュックに入れて持ち運んでいる弁護士もいるようだ。私も証拠保全の際に若い女性裁判官がリュックをしょって病院にみえたのに驚いたことがある。

 弁護士に高級な革鞄というイメージは既に時代遅れだと思う。

                                                 

2006年4月 6日 (木)

刑事弁護人

 私は、大分前から刑事弁護をやらないことにしている。それ以前、特に勤務弁護士時代と事務所開業当初には国選弁護をたくさんやっていた。そのときの膨大な記録は捨てられないまま今も事務所と自宅に一部保管している。

 しかし、数年前から医療過誤事件の方にもっと時間を割きたいと思うようになって、刑事事件は一切やらないことにした。事務所が拘置所の前なので(別に刑事事件をやるためにこの場所を選んだわけではないのだが)、やめた当初は拘置所にいる被告人からよく手紙がきた。たいていは「事務所が近いから直ぐに接見に来てくれるだろうから。」とか「先生はよく接見に来てくれると聞いたから。」という理由で手紙を送ってくるのである。私は、定式の手紙を用意して、その度に丁重にお断りをしていた。

 刑事弁護をやらない私だが、そんなわけで国選弁護人の辛い立場はよく分かる。

 最近、光市母子殺害事件やオウム麻原控訴審で、マスコミはこぞって弁護人を叩いている。

 光市母子殺害事件の方は国選弁護かどうかは知らないが、オウム事件の方は国選弁護である。

 皆様は弁護士がこういう事件の国選弁護人にどうしてなるのかお分かりだろうか。誰かが弁護人にならなければならないのはお分かりだろう。憲法は全ての国民に裁判を受ける権利と刑事被告人の弁護人を付ける権利を認めているのだから。

  しかし、弁護士はどこからも援助を受けることなく自らの収入で生計を立てている。事務所を経営している者は事務所経費と生活費を稼がなければならない。勤務弁護士なら雇用主の弁護士(親弁)から指示された仕事をしなければならない。

 私利を考えれば、こういう刑事事件を引き受けたくないに決まっている。収入にはならない(むしろマイナス)、世間からは攻撃されるだけで誰もほめてはくれない。

 弁護士に自由競争原理を適用するなら、こういう刑事弁護は引き受けない方が競争に勝てるに決まっている。 

 こういう事件の国選弁護人を買って出る弁護士は少ない。たいてい弁護士会のえらい人やお世話になった先輩弁護士に泣きつかれて、仕方なく(といっては語弊があろうが、少なくとも積極的にではなく)引き受けているのだ。一旦引き受ければ、現実には他の仕事や家庭生活を犠牲にしなければやり遂げることができない。そして、他の仕事にもそれぞれ依頼人がおり、その依頼に対して弁護士は責任があるのだ。家庭にだって父親の存在を必要とする子がいるかもしれず、子に対する責任もあるのだ。

 被害者の方々が被告人や弁護人を攻撃する気持ちはよく分かる。しかし、マスコミや世間が一緒になってやみくもに攻撃するのはどうか。まるで集団リンチを見ているようで、西部劇の縛り首シーンを彷彿とさせる。

 私は、上記2つの事件の刑事弁護人の弁護活動を具体的に知らないので、これらの弁護人を擁護も非難もしないが、昨今の報道を見て感じたことである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ところで、以前にも書いたが、私のホームページの「ごあいさつ」の頁に名古屋市市政資料館の写真がある。階段の上と天井にはステンドグラスがある荘厳な建物で国の重要文化財に指定されている。

 この資料館の中に明治憲法下の刑事法廷が再現されている部屋がある(スライドショーの写真参照)。

 正面の上段には赤い刺繍のある法服を着た裁判官と書記官、青い刺繍のある法服を着た検察官が座っている。白い刺繍のある法服を着て右側に立っているのが弁護人、手前に座っているのが被告人である。

 これら法服の赤、青、白は、裁判官、検察官、弁護士を象徴する色として今も司法修習生のバッジの色になっている。

 この写真を見ると、弁護人が被告人と同じ下壇にいるのに対し、裁判官と検察官は壇上に座っているのがお分かりだろう。

 今、この壇上には裁判官と検察官だけでなくマスコミも座っているように思えてならない。

 

2006年4月 5日 (水)

女性弁護士

 先日、裁判所近くの喫茶店で、川崎の小学生殺人事件について知り合いの男性弁護士と店員さんらと雑談をしていた。店員さんは「春先は変わった人が多くて怖い。」と言う。店員さんの話では、先日、客から××がまずいと言ってすごい勢いで怒鳴りつけられた。どうも裁判からの帰りで機嫌が悪かったらしい(しかし、その客は××を既にたいらげていた)。店員さんは困り切っていたが、近くを通りがかった顔見知りの男性弁護士らは知らん顔だったという。

 そのとき、近くにいた若い女性弁護士が「何言っているの。」と間に入ってくれ、その客と口論になり、その客から「お前、名を名乗れ。」と怒鳴られたという。しかし、その女性弁護士は気丈にも「あんたに名乗る必要はない。」と怒鳴り返し、事なきを得たという。

 店員さんは、その女性弁護士のことを「かっこよかった。」と褒めていた。

 しかし、一歩まちがえばその若い女性弁護士は危ない目にあっていただろう。誰でも、横やりを入れられるのはイヤなものだ。第三者として加勢すると、逆恨みの対象となる可能性もある。彼女の勇気には感心するけれど・・・。

 こういうときは、喫茶店なら店長、弁護士会なら副会長など、しかるべき立場にある方がしかるべき対応をすべきだと思う。そういう方々が職責として相応の対応をすれば、逆恨みの対象とはなりにくいと思う。

 ちなみに、雑談していた男性弁護士に「貴方ならどうする?」と尋ねたところ、「かかわりたくないですよ。怖い目にあいたくないですからね。」という答えだった。

 私ならどうするかと考えると、やはりその若い女性弁護士のようにはしないだろう。お店なら店長、弁護士会なら副会長、あるいは警備員や警察官を呼ぶこと位はするかもしれないが・・・。

 しかし、弁護士となってから当事者として怖い思いをしたことは数知れず。たとえば、法律相談などで見ず知らずの他人(ときには、どう見ても普通ではない人)と密室で一対一になることは、相当怖いものだ。

 今年の春は女性弁護士を取り上げたドラマがなぜか多いようだ。NHKは「町弁」、民放で「7人の女弁護士」だとか。私は、日本の弁護士ドラマはあまり好きではないので、たぶん見ないと思うが・・・。

 こういう女性弁護士の現実を少しでも取り上げてくれるのなら見るかも知れないけれど。

 

 

2006年4月 4日 (火)

 名古屋の桜は今週当たりが見頃である。

 今日は天気もよかったので自転車で裁判所まで行ってみた。お堀端の桜は7、8分咲きといったところか。

 それでテンプレートを期間限定で変えてみた。

 ちなみに、ホームページの「ごあいさつ」の頁のスライドショー中の「名古屋城と桜」のトップ写真は昨年のもの。よく見て頂くと金鯱がない。昨年は愛知万博に貸し出されていたので、ちょうど桜の頃にお城の上に金鯱がなかったのだ。

 ちょっと間の抜けた感じだけれど、お城から金鯱が消えることは今後何十年も(たぶん私が生きているうちは)ないと思うので、逆に貴重な写真として採用した。

 事務所の周辺で、名古屋城以外に桜がきれいなのはスライドショーにもある名古屋市市政資料館。そんなに広くはないが、いろいろな種類の桜が植えてある。最後の写真は先週のもの。早咲きの桜がほぼ満開だった。

 この資料館は私がよくお昼休みにお弁当を持って出かけるところでもある。陽気がいいとサラリーマンらしき人達がベンチで横になっている。

 もともとは裁判所で、今も写真のような明治憲法下の法廷が再現されている。

 この法廷の有り様は、現代の日本の刑事裁判を考える上で貴重なものを示唆していると思い、スライドショーに載せた。これについては、また次の機会にコメントさせて頂く。

 

ホームページ開設

 ホームページを開設した(URL http://homepage2.nifty.com/teramoto-law-office/)。

 このホームページはIBMホームページビルダー10を使って自分で作成したものだ。

 私は、普段はパソコンソフトをワード以外殆ど使っていない。エクセルも苦手で表の作成は事務員任せという有様だ。もともと文系でパソコンいじりは苦手。しかし、今や小学生でもホームページを立ち上げている時代だから、やればできるだろうという安易な気持ちで作成を始めてしまった。

 しかし、そんなに甘くはなかった・・・。

 ビルダーと解説書をアマゾンで1万円足らずで購入したのが2月初め頃。結局、アップまでに約2ケ月かかってしまい、その間ブログは休ませて頂くことになってしまった。

 一応完成したとはいえ、私のホームページは文字通り手作り。基本ができていないために、いろいろと欠陥のあることも判明している。しかし、春の写真(特に桜)を一杯使っているので、名古屋の桜が散る前になんとかアップしたかった。しばらくの間、欠陥は大目に見て頂きたい。

 このホームページ作りの経験で、私は普段仕事で使っていなかった脳細胞をしっかり使った気がする。この経験については、また詳しく書かせて頂こうと思っている。

 

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